ぶっきらぼう魔女は育てたい

桜乱捕り

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72話、お母さんは、私が守る!

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「んん~……」

 ……お母さんに抱きついてスリスリしてたら、すぐに寝ちゃったみたいだ。すごく眠いから、目を開けたくないや。でも、目を開けなくても周りの事がわかる。
 鼻から息をすれば、大好きなお母さんの匂いがしてくる。すぐそこにお母さんがいるんだ。それにお母さんも、私の体をギュッてしてくれてるみたい。
 だって、お布団よりも温かいお母さんの体温を、全身で感じ取ってるんだもん。特に前と背中が温かい。
 嬉しいなぁ。お母さんも寝ちゃってるだろうけど、頭をなでなでしてくれないかな?

「……みんな、みんな居なくなっちゃった……」

「ふぇっ?」

 今のは、お母さんの声? なんだろう、すごく悲しそうな声だったや。開けたくない目を開けると、お母さんがいつも着てる黒いローブが見えた。
 顔を上にやったら、月の光に照らされてる、今にも泣き出しそうなお母さんの顔があった。
 呼吸が浅くて早くて、口をギュッと閉じてる。起きてるのかと思ったけど、どうやら寝てるみたいだ。

「なんだよ、この状況? ……教えてくれよ? なあ? 誰か、誰でもいいからっ……。なあ、なあっ!?」

「わっ!?」

 お母さんが大声を出した!? 初めて聞いたや……。もしかして悪い夢を見てて、うなされてるのかな? お母さんは一体、どんな悪い夢を見てるんだろ? ……起こした方が、いいのかな?
 私が悩んでると、お母さんの両目からジワリと涙が出てきて、枕に向かって落ちていった。その涙はどんどん溢れ出してきてる。ものすごい量だ。泣いてるお母さんも初めて見た……。
 これはもう、起こした方いい。とても悪い夢が、お母さんをイジメてるんだ。そんな事はさせないぞ! 今すぐお母さんを起こして、お前から遠ざけてやる!

「お母さん。ねえ、起きて。お母さんってばっ」

 寝てるお母さんが、私の体を強くギュッてしてるから、体を揺らす事しかできない。もっと、もっと強く揺らさないと。

「……イヤだ、イヤだよぉ……」

「お母さん、起きて! 悪い夢から離れないと!」

「……何なんだよ、何なんだよこれ!?」

 また大声を出した。まずいぞ、悪い夢がお母さんに何かしてる。体を揺らすだけじゃダメだ。まずはお母さんから離れないと。
 両腕に力を入れてみても、お母さんの腕がまったく動かせない。たぶんお母さんも力を込めてそうだ。なら、下に向かってすり抜けるしかないや。

「ふざけやがって……!! クソッ、クソッ!!」

「お母さん、待ってて! 今起こしてあげるからっ!」

「ウワァァァアアアアアアーーーーーーッッ!!」

「ヒッ!?」

 耳が痛くなるようなお母さんの叫び声に、私の体がビクッてして、少しも動かせなくなっちゃった。これは、怖くて動かせないんじゃない。驚いてて動かせないんだ。
 目も、顔をぐしゃぐしゃにさせて泣いてるお母さんから離せない。見てたいからじゃない。これから何をすればいいのか、わからなくなってるんだ。
 心ではわかってるのに、頭と体がわかってない。すごく変な気分だ。まるで、心と体が離れちゃったような感覚になってる。でも、今の私はものすごく落ち着いてる。

 けれども、だんだんと目が熱くなってきた。視界もボヤけてきてる。もしかして私の頭が、お母さんに怒られちゃったんだって、勘違いしてるのかもしれない。
 ……お母さんに、怒られちゃった。なんで? 私がなにか悪いことをしたから? 私、悪い子になっちゃったんだ……。早くお母さんを起こして、謝らないと……。
 ……いや、違うっ。悪いのは、お母さんをイジメてる夢の方だ。私は今までずっと寝てたじゃないか。
 しっかりしろ私。私は、お母さんに怒られてなんかいないんだ。怒るべきは、悪い夢の方なんだ! まずは、お母さんの腕から抜け出さないと!

「なんで、どうして……、こんな事に……」

 お母さんが、また泣き出してる。すごく悲しそうな顔をしてるや。これ以上、悪い夢の好きになんかさせないぞ!
 私は体をいっぱい動かして、ゆっくりと下にすり抜けていく。やっとの思いで抜け出すことができて、急いでお母さんの元に行って、体をいっぱい揺すった。

「お母さん! ねえ起きて! お母さんってばっ!」

 お母さんの首がぐわんぐわん動くほど揺らしていると、瞼がピクッと動いて「んん……」と低い声を出した。
 一回揺らすのを止めると、閉じていたお母さんの瞼が開いて、涙の下に沈んでる赤い瞳が私と合った。

「……サニー?」

「やっと起きた! よかったぁ~……」

 やっとの思いでお母さんを悪い夢から離せて、安心して膝をペタンとする私。体の全部から力が抜けちゃった。なんだか、ものすごく疲れたや。

「どうしたんだ? そんなに疲れ切った顔をして」

「どうしたも何も! お母さん、悪い夢のせいですごくうなされてたんだよ? 大声を何回も出してたし、早く起こさないとって思って……」

「私が、うなされてた?」

「うん、ビックリして目が覚めちゃったもん。お母さん、何かイヤなことでもあったの? じゃないと、あんなひどいうなされ方にはならないよ?」

 寝てる時の状況を言ったら、お母さんの瞳が私から逸れて、右に逃げていった。この仕草は、何か考えてる時のお母さんだ。
 きっと誤魔化そうとしてる。なら、次に私が言う言葉は決まったも当然だ。私がじっと見てると、お母さんの瞳が私の方へ戻ってきた。

「その様子だと、私はうなされてたんだろうが……。夢は何も見てないぞ?」

「うそだっ! なら、なんでそんなに泣いてるの!?」

「え?」

 お母さんのこの反応、泣いてることにも気が付いてないみたいだ。何も言ってこないお母さんが、自分の目の下に右手を当てる。
 その手を確認してみると、お母さんはハッとした顔になって、手をギュッと閉じて、瞳が下に向いていった。

でも泣いてたのか……。こんな弱い私の姿なんて、サニーだけには見せたくなかったんだがな……」

 そう言ったお母さんの手が、小さく震え出した。やっぱり、悪い夢にイジメられてたに違いない。
 今のお母さんは悪い夢にイジメられて、心がとても弱くなってる。……確か、読んだことがある絵本の中に、弱い人を守る勇者っていうのがいたはずだ。
 なら、今から私はお母さんを守る為に、とても強い勇者になろう! どんなに悪い奴が来たとしても、私がお母さんを守ってみせるんだ!

「お母さんっ!」

「むっ……、どうしたんだ急に? 大きな声なんか出して」

「私が、お母さんを守る勇者になるよ! だから安心して!」

「サニーが、勇者に?」

「うんっ! どんな悪い奴がお母さんをイジメてきても、私が絶対に守ってあげるからねっ!」

 お母さんの勇者になると宣言をした私は、前に持ってきた手をギュッとする。でも、涙を拭いてるお母さんの顔は、いつもの顔のまま。
 これで笑ってくれると思ったけど……、まだダメみたいだ。一体どうすれば、お母さんの笑顔を取り戻せるんだろ?
 絵をいっぱい描いてもダメ。お母さんの勇者になると言ってもダメだった。……もしかしたら、頭をなでなでしたらお母さんも嬉しくなって、笑ってくれるかもしれない。

 そうやって考えてると、不意にお母さんが、私の体をギュッとしてきた。

「ありがとう、サニー。お前は本当に優しいな。誰にでも自慢ができる、最高の愛娘だ」

「えへへへっ。……はっ」

 違う、私が嬉しくなってどうするんだ。でもこの状態って、お母さんの頭をなでなで出来る好機だぞ。……やっちゃおうかな?
 私もギュッとし返して、そのままお母さんの頭をなでなでする。そうした途端、お母さんの体がプルプルと震え出した。……怒っちゃった、かな?

「……サニー」

「な、なにっ?」

「……もっと、頭を撫でてくれないか?」

 顔は見えないけども。お母さんが返してきた声は、やたらと小さい涙声だった。それに、体以上に震えてる。

「いいの?」

「……ああ、いっぱい頼む。悪い夢にイジメられてた私を、慰めてくれ……」

 本当のこと言ってくれたお母さんが、本格的に泣き出しちゃった……。やっぱり悪い夢を見てたんだ。それに、夢のこともちゃんと覚えてる。
 お母さんを泣かせるほどの、悪い夢。夢は寝てる時にしか見れないから、どうやっても怒ることができない。悔しいなぁ……。お母さんを泣かせた原因はわかってるのに、手も声も届かないだなんて。
 せめて悪い夢を、お母さんからもっと遠ざけないと。もう二度と見ることがないように、お母さんをしっかり守って、楽しませてあげなくっちゃ!

「泣かないで、お母さん」

 頭をなでなでしながら言っても、お母さんから返事はない。なら、このまま喋っちゃお。

「お母さんがもう悪い夢を見ないように、私が守ってあげるからね」

「……うん、うんっ。ありがとう、サニー……」

 お母さんはそう言ってくれたけども、泣き止んでくれそうにない。ここからはもう、何も言わない方が良さそうだ。お母さんが落ち着くまで、ずっと頭をなでなでしてよう。
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