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70話、夜空を駆ける流星群に願いを込めて
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「待って、待って! ……あー、夕日が落ちちゃった。もう一枚だけ描きたかったのにぃ」
慌てているサニーが、一日の流れを決して乱さない夕日を呼び止めようとするも、夕日は聞く耳を持たず、地平線の彼方に落ちていった。そして目の前から光が消え失せ、闇夜を纏う。
同時に、黄昏時から解放された私の視野が、勝手に夜空を仰いでいき、背中に柔らかな衝撃が走った。
ようやく動かせる様になった視線を右側に移してみる。上半分に見えるは、夜空で健気に瞬く満天の星空。
下半分にあるは、力無く真っ直ぐ伸びている私の右腕と、大きな一枚布。今の私は、大の字で寝ているんだな。
視線を真上に戻すと、もう星しか見えない。海や夕日とはまた違う、自然が織り成す幻想的な光景が広がっている。
この景色ならば、眺めていても涙は出てこないし、なにより泣き疲れた心が安らいでくる。未だに眠りに就かない波の音も、非常に心地が良い。このまま寝れてしまいそうだ。
「お母さん、寝っ転がってなにしてるの?」
「グッ……」
不意に、体に重みを感じたかと思えば。視界の下から、サニーの不思議そうにしている顔が現れてきた。流石に六歳にもなると、結構重いな。
「夜空を見てみろ。綺麗だぞ」
「夜空? ……うわぁ~っ、すごい!」
私の催促に応えたサニーが、夜空に顔を向けた途端。まだ夕日の名残を垣間見せる、感銘を受けた声を夜空に放つも、すぐさま私に顔を戻してきた。
やはり気分は滾っているようで、青い瞳は彗星の如く輝いている。
「ねえ、お母さん。お母さんの上で寝てもいい?」
「むしろ、そうしてくれ」
「やった!」
どの星よりも眩しい笑顔になったサニーが、そのまま少し下がり、私の体の上に寝っ転がる。
すかさず私は、圧を感知したら瞬時に閉じる罠のように、広げていた腕を素早く閉じ、サニーの体を抱きしめた。
するとサニーは「あっ!」と怒ったような声を上げ、頬をプクッと膨らませ、プリプリしている表情を私に見せつけてきた。
「またお母さんだけ! ズルいよ~」
「分かった分かった。今日寝る時は、お互いの体をギュッとして寝ような」
「本当? だったら、お母さんの体をずっとすりすりしながら寝てやるもんね」
「頼む、是非そうしてくれ」
即答で答えれてやれば、サニーは機嫌を取り戻し、楽し気に笑ってから夜空に顔を移した。
よし、今夜は最高の夢が見れそうだ。そんな約束をしたせいか、今すぐにでも家に帰りたくなってきてしまった。早くサニーと一緒に寝たい。
しかし、サニーの体を抱きしめつつ、波の音が聞こえる夜空を眺めていたい気持ちもある。サニーも満足するまで見ていたいだろうし、しばらくは星空を堪能していよう。
光源らしい光源が一切無いので、星の光を邪魔する物は何一つとしてない。全ての星がはっきりと見える。
自己主張が激しく、火の様に瞬いている赤い星。冷静そうで、目を離した途端に消えてしまいそうな儚さがある青い星。逆に元気で、やんちゃな光を放っている黄色い星。
やや大人びた雰囲気を醸し出している、色付きの強い紫色の星。全ての星々を見守り、母性のある光で夜空を照らしている月―――。
「……む?」
「お母さん、どうかしたの?」
「いや、なんでもない……」
月を視界に捉えてみれば……。かつて、サニーの本当の母親である『エリィ』さんが還った月の下に、例の星の光が瞬いていた。なんでまた現れたのだろうか? それも、三つもある。
一つはエリィさんで間違いない。あの特徴的な光り方には、まだ覚えがある。隣にある光は、エリィさんの夫さんだろう。雄々しくて、力強い光り方をしているからな。
だが、その夫婦の上に居る、異色の光り方をしている星は一体なんだ? 漆黒の闇夜を振り払うかの様に、清らかな純白の光を放っている星。
いや。星というよりも、本当の光に近い。それと、なぜだろう? あんな光は初めて見たというのに、どこか懐かしさを感じる。
絶対なる安心感と、確たる信頼感を得られる光だ。あの光を別のものに例えるならば、神父様であるレムさんや、私の大切な彼であるピースの様な存在。それらに似た既視感が、あの光に宿っている。
「お母さん、見て見てっ!」
「む?」
サニーが突然騒ぎ出したので、視線を月からサニーへ持っていく。そのサニーはというと、夜空に向けて指を差していた。
「どうした?」
「夜空でいっぱい何かが動いてるよ!」
「夜空で?」
言われるがままに、何か変化が訪れたであろう夜空を仰ぐ。目に見えた情報を認めるや否や、私は「すごいな……」と無意識の内に声を出していた。
「流星群じゃないか。しかも、数がかなり多い」
流星群。その場で佇んでいる星とは違い、自由気ままに夜空を走っている星だ。それも長い距離を走っている。本来であれば、すぐに消えてしまうというのに。
数にして、おおよそ五十以上。その数は減るどこか更に増えていき、最早、流星の雨が夜空に降り注いでいる様な光景だ。自然の大魔法とでも言うべきだろうか。
「絵本で知ってたけど、初めて見たっ! すごいすごいっ!」
「これ程の数は、私も初めて見るな。まるで、何かを祝福でもしているかの様だ」
自分で例えておいて何だが、かなり大規模な祝福だ。星規模での祝福か、何もかもが別次元の話だ。そう思ったせいで、私という存在が一気にちっぽけになった気がする。
だが、その考えすら流星群に奪われ、遥か遠くへ運んでいってしまっている。一瞬だけ、一粒の砂よりも小さな存在になりかけていたが、もうそれすら忘れそうだ。
「流石にこれは描けないなぁ」
「確かに。普段より長く居座ってるものの、消えるのがあまりにも早いな」
「だねぇ。あっ、そうだお母さん。流星群って確か、願いを叶えてくれるんだよね?」
「いや、それは流れ星の……、待てよ? 流星群も似たような物か。なら、こいつらも願いを叶えてくれるだろ」
「よーしっ! 願い事をいっぱいするぞーっ!」
「声に出して願うなよ? 他の人に聞かれると、逆に叶わなくなるらしいからな」
「わかったっ!」
逸る気持ちを抑えずに、顔を夜空へ戻し、合わせた手を握るサニー。……別に、いくら願おうとも自由なはず。私も叶えたい願いは、かなり多い。全て願ってしまおうか。
欲を出してしまった私も、サニーを抱きしめていた手を解き、自分の手を握り直し、瞼を閉じた。
ピースを生き返らせる事が出来ますように。ピースを生き返らせる事が出来ますように。ピースを生き返らせる事が出来ますように。
どのぐらい言えばいいのか分からず、一旦願いを唱えるのを止め、片目を開ける。流星群は依然として数を保っているので、次の願いも言ってしまおう。
まともな体に戻れますように。まともな体に戻れますように。まともな体に戻れますように。
もう一度片目を開けてみるも、流星群は止まる事を知らない様子で、夜空を駆け巡っては姿を消していっている。これなら、まだまだ願い事が言えるな。
サニーがもっと、私に甘えてくれますように。サニーがもっと、私に甘えてくれますように。サニーがもっと、私に甘えてくれますよう―――。
「よーし、ぶっぱなせ!」
「……む?」
「わっ、なにあれ!?」
突如としてファートのうるさい声が聞こえてきたので、目を開けた直後。視界の上部分に、一本の赤い線の後を追う螺旋を描いた熱線と、夜空に伸びていく凍てついた青の太い光線が入り込んできた。
あの二色の線は、間違いなく竜のブレスだ。しかし急になぜ、属性が違うブレスが二本も? サニーの魔法壁が発動していない所を見ると、私達を狙ってはいないようだが……。
忽然と現れた闇夜を払う二色のブレスは、やがては細くなり消えていった。発射源であろう下にある砂浜を、サニーと共にこっそりと覗いてみる。
目線の先には、闇が深い浜辺に二匹の骨竜と、左側に居る骨竜の背中に、嬉々としながら手を振っているファートの姿があった。
「ファート、なんだそいつらは?」
「へっへーん、いいだろう? 我が乗ってるのが、ファイヤードラゴン。こっちに居るのがアイスドラゴンだ。共に成体前だが、綺麗な状態で残っててよ。いやあ~、ここは穴場だぜ? 見た事もねえ骨が、そこら中にわんさか埋まってやがるんだあ~」
よほど嬉しかったのか、ファイヤードラゴンの背骨に頬ずりをし出すファート。確かに。左側の骨竜の目には、怪しく揺らいでいる赤い炎が。右側の骨竜には、氷のように透き通った青い炎が灯っている。
二匹共、海を超えた先にある凍原か雪原地帯、火山地帯に生息している竜のはずなのだが。距離は途方にもなく離れているのに、よくここまで流れて来たものだ。
「あの骨のドラゴンさん達、描いてみたいなぁ」
「いや。今日はもう遅いから、明日以降にしろ」
「え~? むう~」
夕日を描き切れなくて不燃焼気味なのだろう。口を尖らせたサニーが、しかめっ面をしながら睨みつけてきている。どんな顔をしても可愛いな、サニーは。
「今日は、私の体をギュッとして寝るんじゃないのか?」
「あっ、そうだった! ファートさんっ! もうお家に帰るよ!」
「ええ~っ、もう~? もう少しだけ砂浜を探索したい~」
絵を描く事よりも、私に甘える事を最優先としたサニーが、母親の如く催促をし出したが。
ファートはファートで、負けじと子供のように駄々をこねては、体をクネクネと左右に揺らしている。
伝染していく甘えよ。傍から見てて面白いので、もう少しだけ続けてほしい。
「ダーメ! 夜は暗くて危ないから、もう帰らないとダメなの!」
「そんなぁ~、我の時間はこれからなのに~」
「夜は、お布団に入って寝る時間なの! だから、ファートさんも寝なきゃだよ!」
「我、昼夜逆転生活をしてるから、夜になっても寝れないのぉ~」
「なら、頑張って寝て!」
「ええ~っ……?」
すごい無茶振りをしているな。今のサニーは、子供を寝かし付けるのに必死な母親のようだ。そして珍しく困惑しているファートは、元気が有り余っている子供。
その子供であるファートが折れたようで。口をポカンと開け、助けを求めるように間抜け面を私に合わせてくるも、頭と肩が同時に下がっていった。
「はい、分かりました……。頑張って寝てみます……」
話の趣旨をすり替えられ、サニーに更生されそうなファートが、ファイヤードラゴンの背中に項垂れていく。
そもそもの話、ここで別れる手もあったが……。いや、それを言ったら、ファートがまた調子に乗り出してしまいそうだ。やはり素直に従わせ、共に帰路へ就くとしよう。
「じゃあ、帰るか」
「うんっ、すぐに帰ろう!」
早く私の体に抱きつきたいのか。鼻をふんふん鳴らしているサニーが、力強く催促をする。かなり興奮しているが、その状態で眠れるのだろうか?
「ファート。速度を出して帰るが、付いて来れるか?」
「たぶん、大丈夫だと思います……」
両腕と両足を力無く垂らしているファートが、闇よりも暗い声で返答をしてきた。よく見てみると目を瞑っているようだが、もう寝るつもりでいるのか?
帰路の途中で本当に寝てしまったら、一体どうするつもりなんだ? ……まあその時になったら、全員に『ふわふわ』をかけて連れて帰るとしよう。
そう決めた私は風の杖を手に引き寄せ、一枚布を動かす。体全体で夜風を感じる速度を出すと、目線を何気なく月の下へ移していった。
「……む? 全部、白くなってる……?」
確かエリィさんと夫さんの光は、やや黄色がかっていたのに対し、今は三つとも全てが白くなっている。私が見ていない間に、一体何が起きたんだ?
不穏な胸のざわめきや、嫌な予感はまったくしないものの。何が起こっているのか皆目見当がつかないので、だんだんと心配になってきた。
エリィさんと夫さんの身に、何も起きてなければいいのだが……。
慌てているサニーが、一日の流れを決して乱さない夕日を呼び止めようとするも、夕日は聞く耳を持たず、地平線の彼方に落ちていった。そして目の前から光が消え失せ、闇夜を纏う。
同時に、黄昏時から解放された私の視野が、勝手に夜空を仰いでいき、背中に柔らかな衝撃が走った。
ようやく動かせる様になった視線を右側に移してみる。上半分に見えるは、夜空で健気に瞬く満天の星空。
下半分にあるは、力無く真っ直ぐ伸びている私の右腕と、大きな一枚布。今の私は、大の字で寝ているんだな。
視線を真上に戻すと、もう星しか見えない。海や夕日とはまた違う、自然が織り成す幻想的な光景が広がっている。
この景色ならば、眺めていても涙は出てこないし、なにより泣き疲れた心が安らいでくる。未だに眠りに就かない波の音も、非常に心地が良い。このまま寝れてしまいそうだ。
「お母さん、寝っ転がってなにしてるの?」
「グッ……」
不意に、体に重みを感じたかと思えば。視界の下から、サニーの不思議そうにしている顔が現れてきた。流石に六歳にもなると、結構重いな。
「夜空を見てみろ。綺麗だぞ」
「夜空? ……うわぁ~っ、すごい!」
私の催促に応えたサニーが、夜空に顔を向けた途端。まだ夕日の名残を垣間見せる、感銘を受けた声を夜空に放つも、すぐさま私に顔を戻してきた。
やはり気分は滾っているようで、青い瞳は彗星の如く輝いている。
「ねえ、お母さん。お母さんの上で寝てもいい?」
「むしろ、そうしてくれ」
「やった!」
どの星よりも眩しい笑顔になったサニーが、そのまま少し下がり、私の体の上に寝っ転がる。
すかさず私は、圧を感知したら瞬時に閉じる罠のように、広げていた腕を素早く閉じ、サニーの体を抱きしめた。
するとサニーは「あっ!」と怒ったような声を上げ、頬をプクッと膨らませ、プリプリしている表情を私に見せつけてきた。
「またお母さんだけ! ズルいよ~」
「分かった分かった。今日寝る時は、お互いの体をギュッとして寝ような」
「本当? だったら、お母さんの体をずっとすりすりしながら寝てやるもんね」
「頼む、是非そうしてくれ」
即答で答えれてやれば、サニーは機嫌を取り戻し、楽し気に笑ってから夜空に顔を移した。
よし、今夜は最高の夢が見れそうだ。そんな約束をしたせいか、今すぐにでも家に帰りたくなってきてしまった。早くサニーと一緒に寝たい。
しかし、サニーの体を抱きしめつつ、波の音が聞こえる夜空を眺めていたい気持ちもある。サニーも満足するまで見ていたいだろうし、しばらくは星空を堪能していよう。
光源らしい光源が一切無いので、星の光を邪魔する物は何一つとしてない。全ての星がはっきりと見える。
自己主張が激しく、火の様に瞬いている赤い星。冷静そうで、目を離した途端に消えてしまいそうな儚さがある青い星。逆に元気で、やんちゃな光を放っている黄色い星。
やや大人びた雰囲気を醸し出している、色付きの強い紫色の星。全ての星々を見守り、母性のある光で夜空を照らしている月―――。
「……む?」
「お母さん、どうかしたの?」
「いや、なんでもない……」
月を視界に捉えてみれば……。かつて、サニーの本当の母親である『エリィ』さんが還った月の下に、例の星の光が瞬いていた。なんでまた現れたのだろうか? それも、三つもある。
一つはエリィさんで間違いない。あの特徴的な光り方には、まだ覚えがある。隣にある光は、エリィさんの夫さんだろう。雄々しくて、力強い光り方をしているからな。
だが、その夫婦の上に居る、異色の光り方をしている星は一体なんだ? 漆黒の闇夜を振り払うかの様に、清らかな純白の光を放っている星。
いや。星というよりも、本当の光に近い。それと、なぜだろう? あんな光は初めて見たというのに、どこか懐かしさを感じる。
絶対なる安心感と、確たる信頼感を得られる光だ。あの光を別のものに例えるならば、神父様であるレムさんや、私の大切な彼であるピースの様な存在。それらに似た既視感が、あの光に宿っている。
「お母さん、見て見てっ!」
「む?」
サニーが突然騒ぎ出したので、視線を月からサニーへ持っていく。そのサニーはというと、夜空に向けて指を差していた。
「どうした?」
「夜空でいっぱい何かが動いてるよ!」
「夜空で?」
言われるがままに、何か変化が訪れたであろう夜空を仰ぐ。目に見えた情報を認めるや否や、私は「すごいな……」と無意識の内に声を出していた。
「流星群じゃないか。しかも、数がかなり多い」
流星群。その場で佇んでいる星とは違い、自由気ままに夜空を走っている星だ。それも長い距離を走っている。本来であれば、すぐに消えてしまうというのに。
数にして、おおよそ五十以上。その数は減るどこか更に増えていき、最早、流星の雨が夜空に降り注いでいる様な光景だ。自然の大魔法とでも言うべきだろうか。
「絵本で知ってたけど、初めて見たっ! すごいすごいっ!」
「これ程の数は、私も初めて見るな。まるで、何かを祝福でもしているかの様だ」
自分で例えておいて何だが、かなり大規模な祝福だ。星規模での祝福か、何もかもが別次元の話だ。そう思ったせいで、私という存在が一気にちっぽけになった気がする。
だが、その考えすら流星群に奪われ、遥か遠くへ運んでいってしまっている。一瞬だけ、一粒の砂よりも小さな存在になりかけていたが、もうそれすら忘れそうだ。
「流石にこれは描けないなぁ」
「確かに。普段より長く居座ってるものの、消えるのがあまりにも早いな」
「だねぇ。あっ、そうだお母さん。流星群って確か、願いを叶えてくれるんだよね?」
「いや、それは流れ星の……、待てよ? 流星群も似たような物か。なら、こいつらも願いを叶えてくれるだろ」
「よーしっ! 願い事をいっぱいするぞーっ!」
「声に出して願うなよ? 他の人に聞かれると、逆に叶わなくなるらしいからな」
「わかったっ!」
逸る気持ちを抑えずに、顔を夜空へ戻し、合わせた手を握るサニー。……別に、いくら願おうとも自由なはず。私も叶えたい願いは、かなり多い。全て願ってしまおうか。
欲を出してしまった私も、サニーを抱きしめていた手を解き、自分の手を握り直し、瞼を閉じた。
ピースを生き返らせる事が出来ますように。ピースを生き返らせる事が出来ますように。ピースを生き返らせる事が出来ますように。
どのぐらい言えばいいのか分からず、一旦願いを唱えるのを止め、片目を開ける。流星群は依然として数を保っているので、次の願いも言ってしまおう。
まともな体に戻れますように。まともな体に戻れますように。まともな体に戻れますように。
もう一度片目を開けてみるも、流星群は止まる事を知らない様子で、夜空を駆け巡っては姿を消していっている。これなら、まだまだ願い事が言えるな。
サニーがもっと、私に甘えてくれますように。サニーがもっと、私に甘えてくれますように。サニーがもっと、私に甘えてくれますよう―――。
「よーし、ぶっぱなせ!」
「……む?」
「わっ、なにあれ!?」
突如としてファートのうるさい声が聞こえてきたので、目を開けた直後。視界の上部分に、一本の赤い線の後を追う螺旋を描いた熱線と、夜空に伸びていく凍てついた青の太い光線が入り込んできた。
あの二色の線は、間違いなく竜のブレスだ。しかし急になぜ、属性が違うブレスが二本も? サニーの魔法壁が発動していない所を見ると、私達を狙ってはいないようだが……。
忽然と現れた闇夜を払う二色のブレスは、やがては細くなり消えていった。発射源であろう下にある砂浜を、サニーと共にこっそりと覗いてみる。
目線の先には、闇が深い浜辺に二匹の骨竜と、左側に居る骨竜の背中に、嬉々としながら手を振っているファートの姿があった。
「ファート、なんだそいつらは?」
「へっへーん、いいだろう? 我が乗ってるのが、ファイヤードラゴン。こっちに居るのがアイスドラゴンだ。共に成体前だが、綺麗な状態で残っててよ。いやあ~、ここは穴場だぜ? 見た事もねえ骨が、そこら中にわんさか埋まってやがるんだあ~」
よほど嬉しかったのか、ファイヤードラゴンの背骨に頬ずりをし出すファート。確かに。左側の骨竜の目には、怪しく揺らいでいる赤い炎が。右側の骨竜には、氷のように透き通った青い炎が灯っている。
二匹共、海を超えた先にある凍原か雪原地帯、火山地帯に生息している竜のはずなのだが。距離は途方にもなく離れているのに、よくここまで流れて来たものだ。
「あの骨のドラゴンさん達、描いてみたいなぁ」
「いや。今日はもう遅いから、明日以降にしろ」
「え~? むう~」
夕日を描き切れなくて不燃焼気味なのだろう。口を尖らせたサニーが、しかめっ面をしながら睨みつけてきている。どんな顔をしても可愛いな、サニーは。
「今日は、私の体をギュッとして寝るんじゃないのか?」
「あっ、そうだった! ファートさんっ! もうお家に帰るよ!」
「ええ~っ、もう~? もう少しだけ砂浜を探索したい~」
絵を描く事よりも、私に甘える事を最優先としたサニーが、母親の如く催促をし出したが。
ファートはファートで、負けじと子供のように駄々をこねては、体をクネクネと左右に揺らしている。
伝染していく甘えよ。傍から見てて面白いので、もう少しだけ続けてほしい。
「ダーメ! 夜は暗くて危ないから、もう帰らないとダメなの!」
「そんなぁ~、我の時間はこれからなのに~」
「夜は、お布団に入って寝る時間なの! だから、ファートさんも寝なきゃだよ!」
「我、昼夜逆転生活をしてるから、夜になっても寝れないのぉ~」
「なら、頑張って寝て!」
「ええ~っ……?」
すごい無茶振りをしているな。今のサニーは、子供を寝かし付けるのに必死な母親のようだ。そして珍しく困惑しているファートは、元気が有り余っている子供。
その子供であるファートが折れたようで。口をポカンと開け、助けを求めるように間抜け面を私に合わせてくるも、頭と肩が同時に下がっていった。
「はい、分かりました……。頑張って寝てみます……」
話の趣旨をすり替えられ、サニーに更生されそうなファートが、ファイヤードラゴンの背中に項垂れていく。
そもそもの話、ここで別れる手もあったが……。いや、それを言ったら、ファートがまた調子に乗り出してしまいそうだ。やはり素直に従わせ、共に帰路へ就くとしよう。
「じゃあ、帰るか」
「うんっ、すぐに帰ろう!」
早く私の体に抱きつきたいのか。鼻をふんふん鳴らしているサニーが、力強く催促をする。かなり興奮しているが、その状態で眠れるのだろうか?
「ファート。速度を出して帰るが、付いて来れるか?」
「たぶん、大丈夫だと思います……」
両腕と両足を力無く垂らしているファートが、闇よりも暗い声で返答をしてきた。よく見てみると目を瞑っているようだが、もう寝るつもりでいるのか?
帰路の途中で本当に寝てしまったら、一体どうするつもりなんだ? ……まあその時になったら、全員に『ふわふわ』をかけて連れて帰るとしよう。
そう決めた私は風の杖を手に引き寄せ、一枚布を動かす。体全体で夜風を感じる速度を出すと、目線を何気なく月の下へ移していった。
「……む? 全部、白くなってる……?」
確かエリィさんと夫さんの光は、やや黄色がかっていたのに対し、今は三つとも全てが白くなっている。私が見ていない間に、一体何が起きたんだ?
不穏な胸のざわめきや、嫌な予感はまったくしないものの。何が起こっているのか皆目見当がつかないので、だんだんと心配になってきた。
エリィさんと夫さんの身に、何も起きてなければいいのだが……。
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