ぶっきらぼう魔女は育てたい

桜乱捕り

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68話、私だって甘たい時はある

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「ごちそうさまでしたっ! よしっ。お母さん、海を描きたい!」

「その前に、口が汚れてるから拭いてやる」

 私とサニーでパンを分け合い続けた結果、六つあったパンを全て食べてしまった。それでも尚、腹が満腹にならないなんて。幸せは別腹なんだな。
 内懐から白い布を取り出し、野菜の汁が付着しているサニーの口周りを拭く。拭き終わると、サニーはありがとうと言わんばかりの、感謝が篭った笑みを浮かべた。
 その何時間でも見ていられそうな笑顔を拝んだ後。私は画用紙と色棒を取るべく、布袋に手を伸ばす。と、その前に、足を痺れさせたくないので確認をしておかねば。

「サニー。絵を描く時は、やはり私の所へ来るのか?」

「うんっ!」

 さも当然の如く言い切るサニー。やはりな、先に聞いておいてよかった。花畑地帯、砂漠地帯で二回も足が痺れてしまったんだ。私だって学ぶ。そう何度も同じ失敗はしない。本当にしたくない。
 サニーが私の元へ来る前に、足を前に伸ばして少し広げる。そのまま布袋を漁り出すと、体にポスンと軽い振動を感じ取ったので、顔を前に向ける。
 目線の先には、既に私の体に寄り掛かっているサニーが居て、嬉しそうな顔をしながら待っていた。
 身長が伸びたせいか、二年前に比べると可愛い顔がかなり近くにある。

「大きくなったな」

「えへへ。その内、お母さんを追い越してやるんだ」

「本当にありそうだな」

 私の身長は、おおよそ百六十cm。サニーの身長は、確か百十七cmだったか。私よりサニーの方が大きくなる可能性は、大いにある。
 芽生えなくてもいい危機感を抱きつつ、画用紙と色棒を布袋から取り出し、目の前に居るサニーの太ももの上に置いた。

「ほら」

「ありがとう、お母さんっ」

 感謝を述べたサニーは、布袋から水色の色棒を取り出し、白い画用紙に塗り始めた。下から描いている所を見ると、海から描いているようだ。
 ……待てよ? 私の目の前には、体をピタリとくっつけているサニーが居る。これは、ごく自然にサニーの体を抱きしめる好機じゃないか。
 ここへ来る前にサニーとは、同じ背丈になったら、体を同時にギュッとする約束を交わしたが……。今体を抱きしめたら怒るだろうか?

 とは言っても、サニーと私は親子の関係である。普段からそんな事をしたとしても、別に不自然ではない。むしろ普通だ。仲がいい証拠でもある。……やってしまうか。
 我慢出来なくなった私は、内懐から聖水を取り出し、サニーに気が付かれぬよう手を念入りに清める。そして準備が整ったので、サニーの体にそっと抱きついた。
 するとサニーの描いている手が止まり、頭が少しだけ下がる。私の手を見ているな。少しすると、しかめっ面なサニーの顔が私の方へ向いてきて、頬をプクッと膨らませた。

「お母さん、一緒にギュッてしようって約束したじゃんかっ」

「それは、私とお前が同じ身長になった時の約束だろ?」

「……あれ? そうだね」

 ちょっと屁理屈を交えるも、なぜか納得したサニーの頬が萎んでいく。本当にいいのか、それで?

「でも、お母さんだけズルいよ。私もお母さんをギュッてしたい!」

「後でな。今は、ずっとこうしてたい気分なんだ」

「む~っ。お母さんも、私と同じぐらい甘えん坊さんだね」

「そうだな。私だって、お前に甘えたい時もあるさ。たぶん、今がそうだ」

 否定せず、本格的にサニーの体に抱きつく私。サニーの体温は感じ取れないものの、心が幸せで満ちていっているのが、手に取るように分かる。非常に良い気分だ。心地が良い。

「お母さんも、甘えたい時があるの?」

「ああ、もちろんだ。こうやってお前の体をギュッとして甘えてると、すごく幸せな気分になる」

「あっ、私も私もっ! お母さんに頭を撫でられたり抱っこされると、すごく嬉しいよ」

「そうか。なら、もっとしてやらないとな」

「やった!」

 私は今、サニーの肩に顔を置いている状態なので、表情はうかがえないが、たぶん弾けた笑顔になっているだろう。
 しかし、サニーは頭を撫でられたり抱っこされている時は、毎回こんな気分になっていたんだな。
 と言う事は、私はサニーを幸せにしてあげられている事を意味する。それが分かっただけでも大満足だ。

 サニーが次の言葉を発さない所を察するに、絵を描く事に集中し出したな。ならば私は、ずっとサニーの体に抱きついていよう。
 視界から入ってくる情報が大幅に制限され、私も一切動けなくなってしまうが、まったくもって問題ない。
 今は、サニーの体をギュッとし続けている事が大事なのだ。むしろ、最優先事項とも言える。

 視界の斜め下に映る、ピンと張っている大きな一枚布。ちょうど真ん中部分は、白波を立たせている海。残りの上には、ふっくらと焼けたパンの形に似ている雲が浮かんだ、群青の空。
 潮の匂いがする海風の中には、時折、サニーの匂いが混ざり込んでいる。心が安らぐ柔らかな花の匂い。髪の毛を洗う時に使用している洗い粉の匂いだ。
 目に映り続けている、とても平和で現実的な景色。鼻に入り込んでくる、懐かしくもあり、心を穏やかにしてくれる匂い。耳をくすぐる様に通っていく、さざ波の音。
 ボーッとしているだけなのに、勝手に得られる情報が全て、私の心と体を癒していく。やはり海は、こうでなければな。

 ピースと一緒に居る時もそうだった。大人になってから、今でも買い出しに行っている『タート』に移り住み、毎日の様に浜辺に行っては、日が沈んでも遊んでいた。
 海水を掛け合ったり。砂浜で無意味に山を作ったり。燦々さんさんと照りつく太陽の下で、二人共大の字で寝っ転がったり。
 不意に来た大波のせいで、全身びしょ濡れになってしまい、互いに顔を見合わせてから大笑いしたり。

 特に好きだったのは、地平線の彼方に沈んでいく、色鮮やかな夕日を見ている事だった。力強い光はやがて、地平線に飲まれて眠りに就く光景。何度見ても飽きず、毎回感極まってため息を漏らしていたな。
 そして次に来るのは、時の流れさえもまどろむ闇夜の時間。どこを仰いでも、星に埋め尽くされた満天の星空。海にも映っているから、海の中も星だらけの状態。

 そんな時間まで、サニーとここに居たいのだが……。夜は魔物が凶暴化するので、夕日を拝む前に帰らなければならない。
 あの時と今では、状況がまるで違う。片や、笑いながら会話を交え、徒歩で帰れる距離にある平穏な街。
 片や、本能に従い、目に入った物を片っ端に殺していく魔物達が徘徊している地帯を、いくつも飛び越えなければならない。
 街に居る時は、片道約十分。迫害の地に居る今では、片道約三時間弱。結果は、火を見るよりも明らか。幾分安全が保障されている、日が出ている内に家へ帰りたい。

 魔物と鉢合わせない高高度を保って帰れば、話はまた変わってくるが……。下は全て闇夜を纏っているので、景色がまったく代わり映えしなくなってしまう。さて、一体どうしたものか……。

「描けたっ!」

「む」

 自分にまで甘えようか考えている最中。サニーの決め台詞が聞こえてきたので、海を眺めていた視線を前に持っていく。

「流石に早いな。見せてくれ」

「いいよっ」

 さり気なくサニーの頬に私の頬を密着させ、絵を確認してみる。下半分は、白を使って白波が表現されている海。海の青には三色ぐらい使われている様だ。空が移っている描写も兼ねているな。
 そして上半分には、美味しそうな雲が浮かんでいる清々しい青空。海よりも青が濃い。似た色だというのに、よくここまで違う色を出せたものだ。流石は愛娘である。
 更に上中央部分にあるは、少しずつ海に近づいて来ている太陽の姿。周りだけ黄色が淡く塗られている。他は真っ白。白色で白を強調しているな。サニーの得意な手法だ。
 私だったら、太陽は赤く塗ってしまうだろう。だが、目を細めて太陽を直視してみると、実際は赤くない。むしろ白っぽく見える。サニーはそれを見逃さず、見た通りに描いた訳か。

「すごいな。ここにも、もう一つの海がある様に見える」

「でしょでしょ! 海と空の色がどれも近いから、ちょっと考えて描いてみたんだ」

「ちゃんと海と空の境目が分かるし、それぞれ違う青を使用してるから、各々の個性が出てる。とても分かりやすい絵だ」

「わーいっ! お母さんに褒められちゃったっ」

 私が密着しているせいで、声だけで喜びを表現するサニー。……やはり、夕日に染まる海の絵を見てみたい。あわよくば、部屋の目立つ所に飾りたい。
 これは私のわがままであり、甘えの強い願望である。自分で言うのも何だが、私が箒で飛ぶ速度は速い。追って来られる者は居ないだろう。これは慢心ではない。絶対の自信だ。
 なので夜になり、魔物が凶暴化したとしても、私やサニーには関係の無い事だ。その上を素早く飛び越してしまえばいい。そう思ってしまう程、私は夕日と、サニーの夕日の絵が見てみたいんだ。
 魔物を殺すという選択肢はない。私はもう、無駄な殺しは絶対にしないと決意しているのだから。……今日だけなら、甘えてしまってもいいか。

「サニー。夕日に染まった海もまた綺麗だが、見てみたいと思わないか?」

「夕日に染まった海……! 見てみたいっ!」

「そうか。なら、もう二時間もすれば日が落ちてくるだろうから、別の場所も描いてみるか?」

「うんっ、描いてみたい!」

「よし。じゃあ、ちょっと移動するぞ」

 私のわがままを叶えるべく、サニーを説得して巻き込んでしまったが……。サニーも見てみたいと言ってくれたので、このまま夜まで海に滞在してしまおう。
 ズルくて自分に甘い私は風の杖を召喚し、魔法の絨毯となった大きな一枚布を動かし、絵に出来そうな風景を探し始めた。
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