ぶっきらぼう魔女は育てたい

桜乱捕り

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63話、絵の答え合わせと寄り添う星々

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「さて、家に着いたはいいが……。皆にどう言い訳をするか」

 窓から明かりが漏れ出している我が家を上空から見下ろし、大きな悩みを含んだため息をつく私。

 ヴェルインとアルビスに買い出しに行くと言い、留守番を頼んでから、もう何時間が経過しただろうか? 今は夜がかなり更けている。
 家から出る前は昼下がりだったので、少なくとも六時間。下手したら八時間以上は経っているはず。買い出しだけで済ませられる話ではない。
 おまけに、着ているローブは泥まみれ。家の中に居るであろう、元執事であるアルビスの観察眼は伊達じゃない。
 私の割れている爪をも見逃さず、指摘してくる可能性がある。さて、どんな嘘をつこうか……。

 新参者と戦っていた。悪くない嘘だが、どんな奴と戦っていたかと突っつかれれば、途端に言葉が詰まり、すぐに嘘だとバレてしまう。
 森を歩いている時に何度も転んだ。泥まみれな姿は誤魔化せるだろうが……。爪が割れたり剥がれたりする転び方とか、一体どんな転び方なんだ? これもやめておこう。
 銀貨や銅貨が入っている布袋が池に落ちてしまったから、必死になって泥漁りをしていた。……いいんじゃないか、この嘘は?
 これなら、泥まみれな姿もうなずける。池底を長時間漁っている内に、爪が割れたりするのも不自然ではない。

 家には金貨が二千枚以上あるが、焦っていて忘れていた。と、とぼけてしまえばいい。残りの細かな指摘はごり押してしまおう。
 嘘を貫くべく、音を立てずに家の裏手に降り、銀貨などが入っている布袋を地面に埋める。乗っていた漆黒色の箒を消し、しゃがみながら窓の下を通り過ぎ、家の扉へと向かった。
 そして、扉に手を掛けようとした直後。家の中から、ヴェルインの大きな下駄笑いが聞こえてきた。どうやら、皆は和やかな雰囲気でいるらしい。
 好都合だ。私の帰りが遅くて心配していると思っていたが、これなら家の中に入りやすいし、嘘をつくのが容易になるだろう。

 よし、一応静かに入ろう。そう決めた私は扉を開け、家の中に入った。

「だぁーっはっはっはっはっ!! おいアルビス! 見てみろよ、このレディのすげえ表情をよお!」

「や、やめろ……。その顔を、余に見せるな……」

 片や、盛大に下駄笑いし、アルビスの背中をバンバン叩いているヴェルイン。片や、それに意を介さず、肩をふるふると震わせているアルビス。
 ヴェルインは、私の表情とかどうとか言っていたな。あいつらは、私の何を見ているんだ? 気になるから確認しておこう。

「ヴェルイン、誰の表情を見てみろって?」

「ひっひひひ……。お前も見てみろよ、この絵に描かれたレディのギャァアアアアーーーーッッ!!」

「むおっ」

 ヴェルインが私に顔を合わせるや否や。緩み切っていたにやけ面が、断末魔と共に大口を開いた驚愕のものへと変わった。不意を突かれたので、私も驚いて半歩後退ってしまった……。
 そのまま時が止まった様に硬直したヴェルインの表情が、ヒクついたぎこちない笑みにすり替わる。

「あ、あっ……。なんだよレディ様ぁ~。帰って来たなら、一言申してくれればよかったですのにぃ~」

「む、ようやく帰ってきたか」

「ママっ、おかえりっ!」

「ああ、ただいま」

 全員の意識が一斉に私へと向き、それぞれの思いを口にしてきた。この様子だと、私の存在はすっかりと蚊帳の外に居たようだな。
 テーブルの上に、サニーの絵が大量に散乱している所を察するに。ヴェルインとアルビスは、ずっとサニーに付き合っていたのだろう。
 自分で淹れたのか。ハーブティーを口に含んだアルビスが、「で」と話題を切り出す。

「やけに遅かったな。それに、一体どうしたんだその恰好は? 泥まみれではないか」

「これは……。その、池に銀貨やらが入った布袋を落としてしまってな。慌てて池の中に入り込んで、今までずっと漁ってたんだ」

「ほ~う。池の中に、ねえ」

 やはり、この嘘もまずかったか? アルビスの鋭い視線が這いずり回るが如く、ゆっくりと上下に移動し、私の体を見渡している。……なんだ、このいたたまれない緊張感は?
 この緊張感は、私が幼少期の頃。神父様であるレムさんが、私を叱る前の緊張感に酷似している。まずい。アルビスが何か言い出す前に、別の話題を出さなければ。

「そ、そうだヴェルイン。さっき、私の絵がどうとか言ってたな? どの絵だ?」

「へあっ!? い、いやぁ~……。さっきの絵を見るのは、やめた方がよろしいですぜ? レディ様には、その~、刺激が強いというか、惨いというか……」

 焦りを見え隠れさせた笑みを浮かべ、慣れた様子で手の甲を擦るヴェルイン。なんか、お調子者の真髄を垣間見ている気分だ。

「いいから、どれだ? 見せてみろ」

「有無を言わさねえなあ、おい……。え~っ、本当に見るのかよ? やめといた方がいいぜ?」

「そう言われると余計に見たくなる。早く見せてくれ」

 催促するも、何か後ろめたい事でもあるのか。躊躇っているヴェルインの横目がアルビスの方へ流れていく。

「余に助けを求めるな。本人が見たいと言ってるんだ、見せてやればいいだろ」

「はあ~っ……。味方がいねえってつれぇなあ。後悔して知らねえぞ? ほらよ、これだ」

 乾いたため息を吐いたヴェルインが、目の前に置いてあった画用紙を手に取り、私へ雑に差し伸べてきた。
 ヴェルインはどうして、ここまで嫌がっているんだ? それに、普段と変わりない凛とした表情でいるが、アルビスの肩がまた小刻みに震え出している。
 これも気になる所だが、まあいい。絵を見ればすぐに分かる事だ。

「これか。どれどれ―――」

 あまりにも信じ難い絵を目にしたせいで、視界に映っている私の手が意に反してわなわなと震え出し、画用紙を握り締めた。
 画用紙の中央でふんぞり返っている、死霊使いのファート。そのファートの前で、こいつは誰だと言わんばかりに歯を食いしばり、凄まじいふんばり面をしていて、がに股で頭の上に剣を置いている私。
 更に私の両隣では、楽な姿勢で剣を地面に立たせている四体のスケルトン。……なぜ、なぜこの絵が、ここにあるんだ? 確かこの絵は、宝物庫の最奥に持っていかれたはずなのに……。

「さ、サニー? この絵は、ファートにあげたはず、じゃ……?」

「えっとね、思い出しながら描いた絵だよ」

「へ、へぇ~……。思い出しながら、ねぇ……。すごいじゃないか。なあサニー……、私は、こんなすごい顔を、してたのか?」

「うんっ。初めて見たから、すごくよく覚えてる」

 初めて見たから? 私も生まれて初めてしたぞ、こんな凄まじいふんばり面……。というか私、今でもこんな表情が出来るんだな……。そこに驚いた。本当に私、だよな? 何かの間違いではないよな?

「やっぱ後悔してんじゃねえか。声も体もガチガチに震えてんぞ?」

 そう言ってるヴェルインの表情も、僅かながらに崩れている。不意にこの絵を見せたら、やはり先ほどの様に下駄笑いするのだろうか?

「そうか。お前はこの私の絵を見て、アホみたいに笑ってたんだな?」

「えあっ!? れ、レディ様ぁ~、その考えは早計でございまぁーはっはっはっはっはっ!!」

 案の定、即座に絵を見せつけてみれば、ヴェルインが間抜け面で下駄笑いをし出した。我慢をしようとする努力すら見受けられない。自分に正直だな、こいつは。
 だからこそ憎めない所もあるものの、今日は別だ。天罰を与えてやろう。

「ヴェルイン。今日の夕飯はシチューではなく、生肉だけな」

「がっ……!? は、はい……、ありがたき、幸せでござい、ふっふふふ……」

 相応の天罰を与えても尚、含み笑いを続けているヴェルイン。この絵には、それ程までの破壊力がある訳だな。恐ろしいから、サニーが忘れた頃に封印しとかねば。

「そもそもだ。その絵は、小娘が頑張って描いた絵だぞ? それを笑うなぞ失礼だと思わないのか?」

「アルビス」

「む? ……ぶふおっ!!」

 ヴェルインに喝を入れたアルビスに、ハーブティーを口に含んだ瞬間を見計らい、絵を見せつけてみれば。アルビスの顔がグルンと窓の方へ向き、霧状のハーブティーを噴き出した。
 そのままアルビスの体は前のめりになり、ハーブティーが良くない場所に入り込んだのか、可哀想なまでに咳き込み出した。

「ゴホッゴホッ!! ……す、すまん、アカシック・ファーストレディ。ちゃんと、綺麗に掃除をしておく……」

「そうか。ついでに部屋全体も掃除しといてくれ」

「お、仰せのままに……」

 一時的に私の執事と化したアルビスが立ち上がり、おぼつかない足取りで雑巾を取りに行く。今の不意打ちは、流石に悪かったかもしれない。
 雑巾を濡らしたアルビスが窓まで歩むと、私に横目を送ってきては、顎でこっちへ来いと言わんばかりの指示を出してきた。少し嫌な予感がするが、行ってみるとするか。

「どうした?」

「ここからは、二人で話の続きをしようじゃないか」

「話の続き?」

「とぼけるな。小娘とヴェルインを欺く事は出来ても、余を騙す事なぞ早々出来んぞ?」

「……やはり、バレてたか」

「当たり前だ。嘘をつくのであれば、違和感無くより精巧に、現実味を持たせなければならない。貴様は、池を漁ってたと言ったな?」

「ああ、言った」

「泥地だったのなら、余もそれなりに納得していただろう。現実味もまあまあある。が、貴様はわざわざ池と言った。なら、その体の前だけに付着してる泥よ、池水で落ちてないとおかしいと思わないか?」

「……そうだな」

 確かに。今まで気が付かなかったが、体の後ろ部分を見てみると、泥はほとんど付着していない。
 あまりにも不自然な汚れ方だ。それだったら、まだ転び続けていたという嘘の方が、幾分マシだったかもしれない。

「それに、ローブに水の乾いた形跡も見受けられない。すなわち、貴様は元々池にすら入ってない事を意味する。どうせ、銀貨やらが入った布袋も落としてはいないのだろ?」

「ああ、落としてない。家の裏に埋めた」

「ほう、それなりに努力はしたようだな。だが、爪が甘すぎるぞ、アカシック・ファーストレディ。その爪すら無くなってるがな。余の観察眼をあまり舐めるなよ?」

「そうだな。お前に嘘をつくのは、困難を極めそうだ」

 素直に嘘をついた事を認めると、アルビスは「ふっ」と勝ち誇った様に鼻で笑い、窓に軽く息を吹きかける。

「困難ではない。今の貴様では不可能だ。まあ分かった所で、あいつらに言いふらす真似はしないがな。しかし、わざわざ嘘までついたんだ。帰宅が遅れた理由よ、どうせ言いたくない内容なのだろ?」

「相変わらず鋭いな。色々と助かるよ」

「伊達に五十年も執事をやってないさ。が、流石に貴様が何をやってたかまでは予想出来んがな。前だけが泥まみれの体。夜空に『奥の手』を使い、大規模な回復魔法の散布。まったくもって分からん」

「やっぱり、この周辺でも光の雨が降ってたのか?」

「ああ。降り出した途端、小娘が大いにはしゃぎ出して、目が釘付けになってたぞ。絵も大量に描いてたし、あとで見てみろ」

「分かった。それで……、その光の雨を見たサニーは、何か言ってたか?」

「『お星さまがいっぱい落ちてきた』、と騒いでたぞ」

「そうか、サニーらしいな」

 私自身、奥の手である『語り』の最大範囲は把握していない。ここからエリィさんの墓までの距離は、おおよそ五km前後だろうか。かなり広範囲だ。使う機会は滅多に無いが、参考にしておこう。
 サニーの話題を節目に、互いに口を開かなくなった。耳に入り込んでくるのは、アルビスが窓を拭いている音。背後に居る、機嫌が戻ったヴェルインとサニーの会話のみ。
 そそくさと風呂へ向かうのも悪いので、暇潰しに視線を夜空へ移してみる。やんわりとまたたいている星々。疎らに空を駆けている流れ星。
 その流れ星を見守っているかの様に、悠々と夜空に佇んでいる月。そして、その月の真下にあるのは―――。

「……よかった。無事に逢えたんだな……!」

「ん? ……貴様にはしては珍しい。なにか、声を荒らげる程いい事があったようだな。固い無表情が、ほんの僅かに柔らかくなってるぞ」

「ああっ、たった今あった。よかった、本当によかった」

 目に涙でも滲んできたのだろうか、また視界が薄っすらと霞んできた。月の真下にあったのは、ようやく再会を果たせた様に嬉々としていて、どの星々よりも力強い光を放っている、二つの大きな星だった。
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