ぶっきらぼう魔女は育てたい

桜乱捕り

文字の大きさ
上 下
62 / 301

61話、私を天使と言ってくれた人の為に

しおりを挟む
「では、話しますね。私は『バレスラード国』の辺境にある、とある村に住んでいました」

 『バレスラード国』? 迫害の地以外の地理にも詳しいつもりでいたが、いまいちピンと来ない名前だ。
 私が迫害の地に来てから出来た国なのだろうか? それなら知らない理由もうなずけるが。

「近くに大きな湖があり、湖の背後には緑が映える山々が見えて、景観がとても素晴らしい村でした。暮らしは裕福とは程遠いものでしたが、魔物の襲撃などは一切無く。やっとの思いで子宝を授かった私は、夫と日々不自由なく幸せに過ごしていました」

 大きな湖、か。比べるのは悪いけども、少しだけここと条件が似ている気がする。結果論だが、湖の近くに墓を作って本当によかった。

「そして、何事もなく赤ん坊が無事に生まれてから、約二週間が経った頃です。あの時は、動物や鳥の鳴き声が無い、不気味な程に静かな夜でした。赤ん坊を寝かしつけて、夕飯の準備に取り掛かろうとした直後、外から一つの叫び声が上がったんです」

 語っている内に、当時の記憶が蘇ってきてしまったのだろう……。エリィさんの語る声が、みるみる内に掠れていった。

「慌てて外に出て、入口の方を見てみたら……。血塗れた鎧を身に纏っている、バレスラード国の兵士達が居たんです。最初目にした時は、何が起こっているのかまるで分かりませんでした」

 バレスラード国の兵士……。魔物が襲来してきたのかと予想していたが、また物騒な話になってきたな。

「呆然としている中。兵士達の足元に、何か大きな物が転がっていたんです。何だろうと思って確認しようとしたら、その転がっている物が『エリィ、逃げろ!』と、叫んできたんです……」

「まさかっ……」

 黙って話を聞いていようとしていたが、先にその転がっている物が何か分かってしまったが故に、無意識の内に声を発してしまった。
 私の『まさか』という言葉を汲み取ったエリィさんが、悲しげにうなずく。

「暗くてよく見えませんでしたが、間違いなく夫の声でした」

「やはり……」

「そこで初めて、この村が危機に瀕しているんだと頭で理解した私は、赤ん坊が寝てる木のカゴと少量の食料を持って、村の裏手から逃げ出したんです。真っ暗な森の中をがむしゃらに走り、先が見えない斜面を登り、開けた場所に出てから遠目にある村を見てみたら……。村全体には火の手が上がっていて……」

 語る口がとうとう止まり、頭を下げていくエリィさん。あまりにも惨い話じゃないか……。民を守る為に存在しているはずの兵士が、その国に住んでいる民を襲うだなんて。
 しかしエリィさんはまるで、私達のようだ。幸せの絶頂に居る中、突如として第三者が介入してぶち壊し、大切な人を殺されてしまったんだ。
 だから、どうしてもエリィさんを私。エリィさんの夫さんを、私の大切な彼である『ピース』と重ねてしまう。本当は重ねるだなんて、おこがましい事なのだが……。

「それから、七日間ぐらいは走ったでしょうか……。食料は全て赤ん坊に与え、いくつもの山を越えて、途切れない森の中を彷徨っている内に、私はだんだんと衰弱していきました。足が前に進んでいるのかすら分からなくなり、視界がだんだんと霞んできたので、少し休む為に木に寄りかかったんです。そうしたら狼の遠吠えが耳に入り、そこで死を悟りました」

 という事は、森を彷徨っている内に迫害の地に入り込んでしまい、針葉樹林地帯で赤ん坊を誰かに託し、狼に食われてしまったのだな。

「赤ん坊だけはどうにかしたかった私は、急いで置き手紙を書き。狼に襲わせない為に赤ん坊を手放し、狼の腹を満たす為に、私自らが餌になるべく、遠吠えがした方に歩いて行きました」

「そして、私がその赤ん坊を拾った訳ですね」

「そうなりますね」

 悲しげな表情から一転、嬉しそうに微笑むエリィさん。が、その微笑みが二転し、今度は苦笑いへと変わる。

「なので、狼に食べられて幽霊になり、しばらくそこに居たんですが……。アカシックさんが言っていた捨て台詞を、全部聞いちゃったんですよね」

「ゔっ……! や、やはり、聞いてらっしゃったん、ですね……」

 気まずいどころの騒ぎじゃない。今の私にとってそれは、心の致命傷になりかねない事実である……。
 私は、硬直してしまった体を無理矢理動かし、地面に付く勢いで頭を下げた。

「エリィさんの悲惨な経緯を露知らず、とんでもない事を言ってしまいまして、本当に申し訳ありませんでした……」

「いえいえっ、知らなくて当然の事ですよ。それに、アカシックさんにも都合という物がありましたでしょうし……。とにかく、頭を上げて下さい」

 あたふたした様子でエリィさんが言ってきたので、少しだけ頭を上げる私。が、そう言われても、心を抉るような捨て台詞を吐いたのには変わりない。もうエリィさんには、合わせられる顔がない……。

「先ほど申した通り、私はアカシックさんを恨んだ事なんて一度たりともございません。むしろ、その逆です。感謝しかしていません。どんな形であれ、あの子を一度拾って下さったんです。そして、今日まで大事に育ててくれていたんですから」

「エリィさん……」

 あんな捨て台詞を吐いたにも関わらず、エリィさんは感謝をしているとまで言ってくれた。それだけでも、私にのしかかっている罪悪感が、少し軽くなったような気がする。

「ですが、問題はその後なんですよ……」

「問題?」

 今まで優しい口調で語っていたエリィさんの声が震え出し、急に低くなった。これは、怒っている?

「ええ。アカシックさんがいなくなった、その日の夜にですねぇ……。あの、ファートとかいう憎たらしい奴が現れまして……!」

「ファート? ……あっ」

「にやにやした顔をしながら私の骨を拾ったかと思えば……、変な事をぶつくさと呟いた途端! 私は、自分の骨に体が吸い込まれてしまい、囚われてしまったんです!」

 間違いない。エリィさんは、ファートに対して怒っている。それもかなり……。ここからは鬱憤を晴らす為の愚痴だ。それを聞けるのは私だけだし、ちゃんと聞いておかねば。

「喋る事も出来なければ、体を自由に動かす事もままならず……。その上、狭くて暗い棺の中に、腐った死体と一緒に閉じ込められて……! もうっ、本当に最悪な気分でしたっ!」

「お、お気持ちは、お察しします……」

 おしとやかな怒号を放ち、息を切らしたのか、胸に手を置いて乱れた呼吸を整えるエリィさん。
 骨に囚われていた期間は、おおよそ五年以上にもなる。普通の人間であれば、自我が崩壊するか、精神が壊れて発狂しかねない環境下だ。それに耐え切ったエリィさんは、やはり心身共に強いお方だ。

「ハァハァハァ……。なので……、私はアカシックさんに、四度助けられた事になるんです」

「四度、ですか?」

 四度? 二度なら分からなくもないが……。一度目は、赤ん坊を拾った事。二度目は、スケルトン化していたエリィさんを骸骨から解放した事。後の二つは、一体なんなんだろうか?
 私の質問に対し、息が整ってきたエリィさんが小さく頷いた。

「私が手放した赤ん坊を拾って、育ててくれた事。身を徹して、私をファートから解き放ってくれた事。一人寂しく狼の餌になった私に、村を思い出させてくれる様な墓を用意してくれた事。そして、こんなに素敵で愛嬌のある、サニーの絵をくれた事です」

 四つを内容を明かしてくれたエリィさんが、大事に持っていたサニーの自画像を眺めてから微笑み、右頬に涙を伝わせる。

「ですからアカシックさんは、私にとって救いの天使様なんです。本当に、本当にありがとうございます……!」

 もう一度私の事を天使様と言ってくれたエリィさんが、深々と頭を下げた。涙の量が増えているようで、墓に点々と落ちていっている。
 悪態の闇に染まった出会いや、勘違いが極まった経緯を全て度外視すれば……。私は知らず知らずの内に、決して耳に届くはずのないエリィさんの願いを、叶え続けていた事になる。

 私が、新薬の副作用で不老になっていなければ。あの日、要の薬草を切らせていなければ。針葉樹林地帯へ行き、中央部分に下り立っていなければ。
 赤ん坊の泣き声に、耳を傾けていなければ。その泣き声に向かって、歩み出していなければ。赤ん坊を見つけた直後に、狼達に襲われていなければ。
 二つ目の罪悪感に駆られたくないが為に、赤ん坊を家に持ち帰っていなければ。腹をすかせた赤ん坊の腹を満たすべく、街へ粉ミルクを買いに行かなければ。エリィさんと出会う事も無かったし、願いを叶えてあげられる事も出来なかった。

 これは偶然が幾重にも重なった、数奇なる出会いだ。もしくは神のイタズラか、定められた運命か。

 エリィさんが頭をなかなか上げようとしない中。フェアリーヒーリングの効果が切れたようで、私達を包み込んでいた虹色の光が薄れていき、闇夜に染まった景色が露になってきた。
 それと同時に、エリィさんの半透明な足先から光の粒子へと変わり、足先がすうっと消えていった。

「エリィさん、足が!」

「えっ? ……あ」

 私の荒いだ声に反応して目を開き、真っ先に足元を見てしまったのだろう。不意に見えたエリィさんのハッとした表情が、なんとも言えない寂し気なものへと変わる。

「……私もそろそろ、あの世へ行かないとですね。だいぶ待たせちゃったけど、夫に逢えるかなぁ」

 『夫に逢えるかな』。この切に呟いた言葉は、この世とあの世の境目に居る、エリィさんの最後の願いだ。ならば私は、この願いを聞き受け、叶えてやらないといけない。
 なぜなら私は、エリィさんにとっての天使なのだから。

「エリィさん。その夫に逢いたいという願い、叶えてあげましょう」

「アカシックさんが、ですか?」

「はい。エリィさんは、私の事を天使だと言って下さいました。なら天使である私の役目は、迷える魂を正しい道へと導き、あるべき場所へ還す事です」

「……出来るん、ですか?」

「出来ます。“アカシック”という天使の名において、エリィさんを必ずや、夫さんの元へ導いて差し上げましょう」

 断言してみせたはいいものの。出来るかどうかは、私の技量や魔力の量、夜空と大地にかかっている。ここからは一切の妥協は許されない。神経を研ぎ澄ませてやらないと!
 そう全ての覚悟を決めた私は、両手を大きく左右に広げる。そのまま大きく深呼吸し、星々がまたたいてる夜空を仰いだ。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

絶対に間違えないから

mahiro
恋愛
あれは事故だった。 けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。 だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。 何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。 どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。 私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

処理中です...