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61話、私を天使と言ってくれた人の為に
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「では、話しますね。私は『バレスラード国』の辺境にある、とある村に住んでいました」
『バレスラード国』? 迫害の地以外の地理にも詳しいつもりでいたが、いまいちピンと来ない名前だ。
私が迫害の地に来てから出来た国なのだろうか? それなら知らない理由も頷けるが。
「近くに大きな湖があり、湖の背後には緑が映える山々が見えて、景観がとても素晴らしい村でした。暮らしは裕福とは程遠いものでしたが、魔物の襲撃などは一切無く。やっとの思いで子宝を授かった私は、夫と日々不自由なく幸せに過ごしていました」
大きな湖、か。比べるのは悪いけども、少しだけここと条件が似ている気がする。結果論だが、湖の近くに墓を作って本当によかった。
「そして、何事もなく赤ん坊が無事に生まれてから、約二週間が経った頃です。あの時は、動物や鳥の鳴き声が無い、不気味な程に静かな夜でした。赤ん坊を寝かしつけて、夕飯の準備に取り掛かろうとした直後、外から一つの叫び声が上がったんです」
語っている内に、当時の記憶が蘇ってきてしまったのだろう……。エリィさんの語る声が、みるみる内に掠れていった。
「慌てて外に出て、入口の方を見てみたら……。血塗れた鎧を身に纏っている、バレスラード国の兵士達が居たんです。最初目にした時は、何が起こっているのかまるで分かりませんでした」
バレスラード国の兵士……。魔物が襲来してきたのかと予想していたが、また物騒な話になってきたな。
「呆然としている中。兵士達の足元に、何か大きな物が転がっていたんです。何だろうと思って確認しようとしたら、その転がっている物が『エリィ、逃げろ!』と、叫んできたんです……」
「まさかっ……」
黙って話を聞いていようとしていたが、先にその転がっている物が何か分かってしまったが故に、無意識の内に声を発してしまった。
私の『まさか』という言葉を汲み取ったエリィさんが、悲しげに頷く。
「暗くてよく見えませんでしたが、間違いなく夫の声でした」
「やはり……」
「そこで初めて、この村が危機に瀕しているんだと頭で理解した私は、赤ん坊が寝てる木のカゴと少量の食料を持って、村の裏手から逃げ出したんです。真っ暗な森の中をがむしゃらに走り、先が見えない斜面を登り、開けた場所に出てから遠目にある村を見てみたら……。村全体には火の手が上がっていて……」
語る口がとうとう止まり、頭を下げていくエリィさん。あまりにも惨い話じゃないか……。民を守る為に存在しているはずの兵士が、その国に住んでいる民を襲うだなんて。
しかしエリィさんはまるで、私達のようだ。幸せの絶頂に居る中、突如として第三者が介入してぶち壊し、大切な人を殺されてしまったんだ。
だから、どうしてもエリィさんを私。エリィさんの夫さんを、私の大切な彼である『ピース』と重ねてしまう。本当は重ねるだなんて、おこがましい事なのだが……。
「それから、七日間ぐらいは走ったでしょうか……。食料は全て赤ん坊に与え、いくつもの山を越えて、途切れない森の中を彷徨っている内に、私はだんだんと衰弱していきました。足が前に進んでいるのかすら分からなくなり、視界がだんだんと霞んできたので、少し休む為に木に寄りかかったんです。そうしたら狼の遠吠えが耳に入り、そこで死を悟りました」
という事は、森を彷徨っている内に迫害の地に入り込んでしまい、針葉樹林地帯で赤ん坊を誰かに託し、狼に食われてしまったのだな。
「赤ん坊だけはどうにかしたかった私は、急いで置き手紙を書き。狼に襲わせない為に赤ん坊を手放し、狼の腹を満たす為に、私自らが餌になるべく、遠吠えがした方に歩いて行きました」
「そして、私がその赤ん坊を拾った訳ですね」
「そうなりますね」
悲しげな表情から一転、嬉しそうに微笑むエリィさん。が、その微笑みが二転し、今度は苦笑いへと変わる。
「なので、狼に食べられて幽霊になり、しばらくそこに居たんですが……。アカシックさんが言っていた捨て台詞を、全部聞いちゃったんですよね」
「ゔっ……! や、やはり、聞いてらっしゃったん、ですね……」
気まずいどころの騒ぎじゃない。今の私にとってそれは、心の致命傷になりかねない事実である……。
私は、硬直してしまった体を無理矢理動かし、地面に付く勢いで頭を下げた。
「エリィさんの悲惨な経緯を露知らず、とんでもない事を言ってしまいまして、本当に申し訳ありませんでした……」
「いえいえっ、知らなくて当然の事ですよ。それに、アカシックさんにも都合という物がありましたでしょうし……。とにかく、頭を上げて下さい」
あたふたした様子でエリィさんが言ってきたので、少しだけ頭を上げる私。が、そう言われても、心を抉るような捨て台詞を吐いたのには変わりない。もうエリィさんには、合わせられる顔がない……。
「先ほど申した通り、私はアカシックさんを恨んだ事なんて一度たりともございません。むしろ、その逆です。感謝しかしていません。どんな形であれ、あの子を一度拾って下さったんです。そして、今日まで大事に育ててくれていたんですから」
「エリィさん……」
あんな捨て台詞を吐いたにも関わらず、エリィさんは感謝をしているとまで言ってくれた。それだけでも、私にのしかかっている罪悪感が、少し軽くなったような気がする。
「ですが、問題はその後なんですよ……」
「問題?」
今まで優しい口調で語っていたエリィさんの声が震え出し、急に低くなった。これは、怒っている?
「ええ。アカシックさんがいなくなった、その日の夜にですねぇ……。あの、ファートとかいう憎たらしい奴が現れまして……!」
「ファート? ……あっ」
「にやにやした顔をしながら私の骨を拾ったかと思えば……、変な事をぶつくさと呟いた途端! 私は、自分の骨に体が吸い込まれてしまい、囚われてしまったんです!」
間違いない。エリィさんは、ファートに対して怒っている。それもかなり……。ここからは鬱憤を晴らす為の愚痴だ。それを聞けるのは私だけだし、ちゃんと聞いておかねば。
「喋る事も出来なければ、体を自由に動かす事もままならず……。その上、狭くて暗い棺の中に、腐った死体と一緒に閉じ込められて……! もうっ、本当に最悪な気分でしたっ!」
「お、お気持ちは、お察しします……」
おしとやかな怒号を放ち、息を切らしたのか、胸に手を置いて乱れた呼吸を整えるエリィさん。
骨に囚われていた期間は、おおよそ五年以上にもなる。普通の人間であれば、自我が崩壊するか、精神が壊れて発狂しかねない環境下だ。それに耐え切ったエリィさんは、やはり心身共に強いお方だ。
「ハァハァハァ……。なので……、私はアカシックさんに、四度助けられた事になるんです」
「四度、ですか?」
四度? 二度なら分からなくもないが……。一度目は、赤ん坊を拾った事。二度目は、スケルトン化していたエリィさんを骸骨から解放した事。後の二つは、一体なんなんだろうか?
私の質問に対し、息が整ってきたエリィさんが小さく頷いた。
「私が手放した赤ん坊を拾って、育ててくれた事。身を徹して、私をファートから解き放ってくれた事。一人寂しく狼の餌になった私に、村を思い出させてくれる様な墓を用意してくれた事。そして、こんなに素敵で愛嬌のある、サニーの絵をくれた事です」
四つを内容を明かしてくれたエリィさんが、大事に持っていたサニーの自画像を眺めてから微笑み、右頬に涙を伝わせる。
「ですからアカシックさんは、私にとって救いの天使様なんです。本当に、本当にありがとうございます……!」
もう一度私の事を天使様と言ってくれたエリィさんが、深々と頭を下げた。涙の量が増えているようで、墓に点々と落ちていっている。
悪態の闇に染まった出会いや、勘違いが極まった経緯を全て度外視すれば……。私は知らず知らずの内に、決して耳に届くはずのないエリィさんの願いを、叶え続けていた事になる。
私が、新薬の副作用で不老になっていなければ。あの日、要の薬草を切らせていなければ。針葉樹林地帯へ行き、中央部分に下り立っていなければ。
赤ん坊の泣き声に、耳を傾けていなければ。その泣き声に向かって、歩み出していなければ。赤ん坊を見つけた直後に、狼達に襲われていなければ。
二つ目の罪悪感に駆られたくないが為に、赤ん坊を家に持ち帰っていなければ。腹をすかせた赤ん坊の腹を満たすべく、街へ粉ミルクを買いに行かなければ。エリィさんと出会う事も無かったし、願いを叶えてあげられる事も出来なかった。
これは偶然が幾重にも重なった、数奇なる出会いだ。もしくは神のイタズラか、定められた運命か。
エリィさんが頭をなかなか上げようとしない中。フェアリーヒーリングの効果が切れたようで、私達を包み込んでいた虹色の光が薄れていき、闇夜に染まった景色が露になってきた。
それと同時に、エリィさんの半透明な足先から光の粒子へと変わり、足先がすうっと消えていった。
「エリィさん、足が!」
「えっ? ……あ」
私の荒いだ声に反応して目を開き、真っ先に足元を見てしまったのだろう。不意に見えたエリィさんのハッとした表情が、なんとも言えない寂し気なものへと変わる。
「……私もそろそろ、あの世へ行かないとですね。だいぶ待たせちゃったけど、夫に逢えるかなぁ」
『夫に逢えるかな』。この切に呟いた言葉は、この世とあの世の境目に居る、エリィさんの最後の願いだ。ならば私は、この願いを聞き受け、叶えてやらないといけない。
なぜなら私は、エリィさんにとっての天使なのだから。
「エリィさん。その夫に逢いたいという願い、叶えてあげましょう」
「アカシックさんが、ですか?」
「はい。エリィさんは、私の事を天使だと言って下さいました。なら天使である私の役目は、迷える魂を正しい道へと導き、あるべき場所へ還す事です」
「……出来るん、ですか?」
「出来ます。“アカシック”という天使の名において、エリィさんを必ずや、夫さんの元へ導いて差し上げましょう」
断言してみせたはいいものの。出来るかどうかは、私の技量や魔力の量、夜空と大地にかかっている。ここからは一切の妥協は許されない。神経を研ぎ澄ませてやらないと!
そう全ての覚悟を決めた私は、両手を大きく左右に広げる。そのまま大きく深呼吸し、星々が瞬いてる夜空を仰いだ。
『バレスラード国』? 迫害の地以外の地理にも詳しいつもりでいたが、いまいちピンと来ない名前だ。
私が迫害の地に来てから出来た国なのだろうか? それなら知らない理由も頷けるが。
「近くに大きな湖があり、湖の背後には緑が映える山々が見えて、景観がとても素晴らしい村でした。暮らしは裕福とは程遠いものでしたが、魔物の襲撃などは一切無く。やっとの思いで子宝を授かった私は、夫と日々不自由なく幸せに過ごしていました」
大きな湖、か。比べるのは悪いけども、少しだけここと条件が似ている気がする。結果論だが、湖の近くに墓を作って本当によかった。
「そして、何事もなく赤ん坊が無事に生まれてから、約二週間が経った頃です。あの時は、動物や鳥の鳴き声が無い、不気味な程に静かな夜でした。赤ん坊を寝かしつけて、夕飯の準備に取り掛かろうとした直後、外から一つの叫び声が上がったんです」
語っている内に、当時の記憶が蘇ってきてしまったのだろう……。エリィさんの語る声が、みるみる内に掠れていった。
「慌てて外に出て、入口の方を見てみたら……。血塗れた鎧を身に纏っている、バレスラード国の兵士達が居たんです。最初目にした時は、何が起こっているのかまるで分かりませんでした」
バレスラード国の兵士……。魔物が襲来してきたのかと予想していたが、また物騒な話になってきたな。
「呆然としている中。兵士達の足元に、何か大きな物が転がっていたんです。何だろうと思って確認しようとしたら、その転がっている物が『エリィ、逃げろ!』と、叫んできたんです……」
「まさかっ……」
黙って話を聞いていようとしていたが、先にその転がっている物が何か分かってしまったが故に、無意識の内に声を発してしまった。
私の『まさか』という言葉を汲み取ったエリィさんが、悲しげに頷く。
「暗くてよく見えませんでしたが、間違いなく夫の声でした」
「やはり……」
「そこで初めて、この村が危機に瀕しているんだと頭で理解した私は、赤ん坊が寝てる木のカゴと少量の食料を持って、村の裏手から逃げ出したんです。真っ暗な森の中をがむしゃらに走り、先が見えない斜面を登り、開けた場所に出てから遠目にある村を見てみたら……。村全体には火の手が上がっていて……」
語る口がとうとう止まり、頭を下げていくエリィさん。あまりにも惨い話じゃないか……。民を守る為に存在しているはずの兵士が、その国に住んでいる民を襲うだなんて。
しかしエリィさんはまるで、私達のようだ。幸せの絶頂に居る中、突如として第三者が介入してぶち壊し、大切な人を殺されてしまったんだ。
だから、どうしてもエリィさんを私。エリィさんの夫さんを、私の大切な彼である『ピース』と重ねてしまう。本当は重ねるだなんて、おこがましい事なのだが……。
「それから、七日間ぐらいは走ったでしょうか……。食料は全て赤ん坊に与え、いくつもの山を越えて、途切れない森の中を彷徨っている内に、私はだんだんと衰弱していきました。足が前に進んでいるのかすら分からなくなり、視界がだんだんと霞んできたので、少し休む為に木に寄りかかったんです。そうしたら狼の遠吠えが耳に入り、そこで死を悟りました」
という事は、森を彷徨っている内に迫害の地に入り込んでしまい、針葉樹林地帯で赤ん坊を誰かに託し、狼に食われてしまったのだな。
「赤ん坊だけはどうにかしたかった私は、急いで置き手紙を書き。狼に襲わせない為に赤ん坊を手放し、狼の腹を満たす為に、私自らが餌になるべく、遠吠えがした方に歩いて行きました」
「そして、私がその赤ん坊を拾った訳ですね」
「そうなりますね」
悲しげな表情から一転、嬉しそうに微笑むエリィさん。が、その微笑みが二転し、今度は苦笑いへと変わる。
「なので、狼に食べられて幽霊になり、しばらくそこに居たんですが……。アカシックさんが言っていた捨て台詞を、全部聞いちゃったんですよね」
「ゔっ……! や、やはり、聞いてらっしゃったん、ですね……」
気まずいどころの騒ぎじゃない。今の私にとってそれは、心の致命傷になりかねない事実である……。
私は、硬直してしまった体を無理矢理動かし、地面に付く勢いで頭を下げた。
「エリィさんの悲惨な経緯を露知らず、とんでもない事を言ってしまいまして、本当に申し訳ありませんでした……」
「いえいえっ、知らなくて当然の事ですよ。それに、アカシックさんにも都合という物がありましたでしょうし……。とにかく、頭を上げて下さい」
あたふたした様子でエリィさんが言ってきたので、少しだけ頭を上げる私。が、そう言われても、心を抉るような捨て台詞を吐いたのには変わりない。もうエリィさんには、合わせられる顔がない……。
「先ほど申した通り、私はアカシックさんを恨んだ事なんて一度たりともございません。むしろ、その逆です。感謝しかしていません。どんな形であれ、あの子を一度拾って下さったんです。そして、今日まで大事に育ててくれていたんですから」
「エリィさん……」
あんな捨て台詞を吐いたにも関わらず、エリィさんは感謝をしているとまで言ってくれた。それだけでも、私にのしかかっている罪悪感が、少し軽くなったような気がする。
「ですが、問題はその後なんですよ……」
「問題?」
今まで優しい口調で語っていたエリィさんの声が震え出し、急に低くなった。これは、怒っている?
「ええ。アカシックさんがいなくなった、その日の夜にですねぇ……。あの、ファートとかいう憎たらしい奴が現れまして……!」
「ファート? ……あっ」
「にやにやした顔をしながら私の骨を拾ったかと思えば……、変な事をぶつくさと呟いた途端! 私は、自分の骨に体が吸い込まれてしまい、囚われてしまったんです!」
間違いない。エリィさんは、ファートに対して怒っている。それもかなり……。ここからは鬱憤を晴らす為の愚痴だ。それを聞けるのは私だけだし、ちゃんと聞いておかねば。
「喋る事も出来なければ、体を自由に動かす事もままならず……。その上、狭くて暗い棺の中に、腐った死体と一緒に閉じ込められて……! もうっ、本当に最悪な気分でしたっ!」
「お、お気持ちは、お察しします……」
おしとやかな怒号を放ち、息を切らしたのか、胸に手を置いて乱れた呼吸を整えるエリィさん。
骨に囚われていた期間は、おおよそ五年以上にもなる。普通の人間であれば、自我が崩壊するか、精神が壊れて発狂しかねない環境下だ。それに耐え切ったエリィさんは、やはり心身共に強いお方だ。
「ハァハァハァ……。なので……、私はアカシックさんに、四度助けられた事になるんです」
「四度、ですか?」
四度? 二度なら分からなくもないが……。一度目は、赤ん坊を拾った事。二度目は、スケルトン化していたエリィさんを骸骨から解放した事。後の二つは、一体なんなんだろうか?
私の質問に対し、息が整ってきたエリィさんが小さく頷いた。
「私が手放した赤ん坊を拾って、育ててくれた事。身を徹して、私をファートから解き放ってくれた事。一人寂しく狼の餌になった私に、村を思い出させてくれる様な墓を用意してくれた事。そして、こんなに素敵で愛嬌のある、サニーの絵をくれた事です」
四つを内容を明かしてくれたエリィさんが、大事に持っていたサニーの自画像を眺めてから微笑み、右頬に涙を伝わせる。
「ですからアカシックさんは、私にとって救いの天使様なんです。本当に、本当にありがとうございます……!」
もう一度私の事を天使様と言ってくれたエリィさんが、深々と頭を下げた。涙の量が増えているようで、墓に点々と落ちていっている。
悪態の闇に染まった出会いや、勘違いが極まった経緯を全て度外視すれば……。私は知らず知らずの内に、決して耳に届くはずのないエリィさんの願いを、叶え続けていた事になる。
私が、新薬の副作用で不老になっていなければ。あの日、要の薬草を切らせていなければ。針葉樹林地帯へ行き、中央部分に下り立っていなければ。
赤ん坊の泣き声に、耳を傾けていなければ。その泣き声に向かって、歩み出していなければ。赤ん坊を見つけた直後に、狼達に襲われていなければ。
二つ目の罪悪感に駆られたくないが為に、赤ん坊を家に持ち帰っていなければ。腹をすかせた赤ん坊の腹を満たすべく、街へ粉ミルクを買いに行かなければ。エリィさんと出会う事も無かったし、願いを叶えてあげられる事も出来なかった。
これは偶然が幾重にも重なった、数奇なる出会いだ。もしくは神のイタズラか、定められた運命か。
エリィさんが頭をなかなか上げようとしない中。フェアリーヒーリングの効果が切れたようで、私達を包み込んでいた虹色の光が薄れていき、闇夜に染まった景色が露になってきた。
それと同時に、エリィさんの半透明な足先から光の粒子へと変わり、足先がすうっと消えていった。
「エリィさん、足が!」
「えっ? ……あ」
私の荒いだ声に反応して目を開き、真っ先に足元を見てしまったのだろう。不意に見えたエリィさんのハッとした表情が、なんとも言えない寂し気なものへと変わる。
「……私もそろそろ、あの世へ行かないとですね。だいぶ待たせちゃったけど、夫に逢えるかなぁ」
『夫に逢えるかな』。この切に呟いた言葉は、この世とあの世の境目に居る、エリィさんの最後の願いだ。ならば私は、この願いを聞き受け、叶えてやらないといけない。
なぜなら私は、エリィさんにとっての天使なのだから。
「エリィさん。その夫に逢いたいという願い、叶えてあげましょう」
「アカシックさんが、ですか?」
「はい。エリィさんは、私の事を天使だと言って下さいました。なら天使である私の役目は、迷える魂を正しい道へと導き、あるべき場所へ還す事です」
「……出来るん、ですか?」
「出来ます。“アカシック”という天使の名において、エリィさんを必ずや、夫さんの元へ導いて差し上げましょう」
断言してみせたはいいものの。出来るかどうかは、私の技量や魔力の量、夜空と大地にかかっている。ここからは一切の妥協は許されない。神経を研ぎ澄ませてやらないと!
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