ぶっきらぼう魔女は育てたい

桜乱捕り

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54話、娘が怖がらない理由

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「でねでねっ! 木がいーっぱいあるのが森で……。あっ、ママ! 何か見えてきたよ」

「む?」

 口を休める事なく動かし続け、森について説明していたサニーが何か見つけたようで、前方に向かって指を差した。
 その小さな指先を一旦見てから、私も顔を前に移す。するとそこには、左右の地平線に沿ってどこまでも続いている、やや白みを帯びた茶色の高い壁らしき物があった。
 渦を巻くような形で、右側へゆっくり流れている所を見ると……。間違いない、ファートが風魔法で作り出した砂塵の壁だ。

「あれが砂塵だ」

「へぇ~っ、おっきい!」

 途方にもなく巨大な砂の壁に、感銘を受けたサニー。本来ならば、ここまで大規模な砂塵にはならないだろう。
 以前、聞いてもいないのにファートが勝手に話してきた事なのだが。本人いわく、広大な砂漠で神殿を見つけ出すのは至難の業らしく、目印にと巨大な物にしているらしい。
 なので山岳地帯を正面に見て、そこから真っ直ぐ進んで行けば、自ずと砂塵にぶつかり、神殿へと帰れる訳である。

「あの中心部分に、今日の目的地の神殿がある。行くぞ」

「オーッ!!」

 サニーが高々と挙げた右手が帽子のつばに当たり、斜めへ傾く。現在飛んでいる高さだと、直進すると砂塵にぶつかってしまうので、緩やかに高度を上げていく。
 余裕を持って砂塵よりも高い位置に行き、砂塵の遥か上を進む。中は暴風が吹き荒れているせいもあってか、地鳴りを思わせる重低音を響かせている。
 圧巻的な光景と音に、真下を覗いていたサニーが、「うわぁ~っ」と驚いている様子の声を漏らした。

「すごいっ。どこを見ても下が動いてるや」

「まるで砂の大河だな」

 とは言ったものの。本来の砂漠が見えなくなってしまっても、この物珍しい景色にも慣れてしまえば、先ほどとあまり変わらなくなってしまう。
 下が動いているか、動いていないかの違いだけ。景観の違いはさほど変わらない。数分もすれば飽きてしまったのか、サニーの顔は正面を向いていて、体を左右に揺らしながら鼻歌を歌っていた。
 そこから約十分後。暇を打ち消してくれていた陽気な鼻歌を、私も喉を鳴らして追っていたら、サニーが「あっ」と言い、鼻歌を止めた。

「ママ、あそこだけぽっかりと空いてるよ」

 喉を鳴らすの止め、サニーが指を差した方向に視線を向ける。目線の先にあるは、綺麗に切り取られたように、不自然に空いている巨大な穴。
 空を飛べる者であれば、不思議に思い行きたくなってしまうような、目印と言っても過言ではない穴の中央に、ファートが居る神殿が佇んでいる。

「あの穴の中に、今日の目的地の神殿がある」

「すごい所にあるねっ」

「そうだな」

 乗っている箒の速度を速め、穴に近づいていく。サニーに穴の中の全容を見せるべく、真上まで来ると、一旦停止して真下を覗いてみた。

 数kmはあろう穴の中央に、水分の存在を知らなそう程カラカラに乾いている、黄色くくすんだ平坦なレンガの屋根が見える。
 その屋根の右側からは、申し訳ない程度の気持ちで貴重な来客を招くように伸びている、ガタガタに傾いたレンガの道。
 元はちゃんと立っていたのだろうが。レンガ道の左右に、あらゆる方向に倒れている柱が点々とあった。まるで整備されていない。いや、したとしてもすぐに倒れたり傾いてしまうのだろう。
 下を眺めていたサニーは、絵本で出てくるような神殿を想像していたのか。私に合わせてきた顔は、特に感想が無さそうな真顔をしていた。

「あの神殿、色々と壊れちゃってるね」

「砂漠地帯は悪環境だからな。劣化が早いんだろ」

「れっか……。物が悪くなっちゃう事だよね」

「そうだ。本当にお利口になったな、サニーは。行くぞ」

 サニーの知識を褒めつつ、ゆっくりと降下を始める。砂の地面に下りると、魚の魔物の餌食になりかねないので、階段を飛び越えて入口前に下りるとしよう。
 だんだんと地面が迫ってきて、正面に神殿の入口が見える高さまで下り、降下を止める。そのまま入口まで進み、見上げる程に高い柱の横で足を床に付けた。

「前から見ると、絵本通りだっ!」

 『ふわふわ』で箒から下りている最中、手と足をブラブラさせているサニーが言う。

「建物自体はちゃんとしてるな。さあ、中に入るぞ」

 箒の先端にぶら下げていた布袋を肩に下げ、乗っていた漆黒色の箒を消す。離れないようサニーと手を繋いでから、入口に向かって歩き出した。
 まだ太陽の明るさに慣れたままの目で、薄暗さが際立つ中へと入る。入口を抜けた途端、背後から石同士を激しく擦りつけた様な音がし出し、足元にあった唯一の光源さえも消えてしまった。
 理由を知っているが、一応後ろを向いてみる。そこには、抜けてきたはずの入口が跡形も無く消えており、どこを見渡しても闇に染まっている壁しかなかった。

「あれ? 入口が無くなっちゃってるや」

 少しも臆する事無く、あっけらかんと言うサニー。これは来客者の恐怖心を煽る、ファートの演出の一つだ。私はもう幾度となく目にしているので、何も感じないけれども。

「下からレンガがせり上がって、入口を塞いだんだ」

「そうなんだ。なんでそんな事をするんだろうね?」

「一応、恐怖心を煽る為なんだが……。サニーは怖くないのか?」

「うんっ。ママと一緒にいるから、ぜんぜん怖くないよ」

「私と一緒に居ると怖くない、か」

 怖がるどころか、サニーは安心し切った様子で微笑んでみせた。なるほど、そうか。ようやくサニーが怖がらない理由が分かった気がする。
 サニーは私の傍に居ると、絶対的な安心感を得ているに違いない。それはもう、ありとあらゆる恐怖を跳ね除ける程に。そうだ、これしか考えられない。
 そうなると私が傍に居なければ、サニーは恐怖心を直に感じ取り、自ずと不安がるはずだ。が、これは試そうとは微塵も思わないし、間違ってでもやらない。

 最愛なる娘をわざわざ怖がらせる行為なぞ、それらを安全な所から学ばせる時だけで充分だ。好奇心や面白がってやるなんて、母親として失格である。
 しかし、聞いてみたいという、抗う事が難しい探求心を持っている自分がいる。……聞いてみるだけなら、問題ないだろう。

「なら、私が傍に居ないとどうなるんだ?」

「ママが、そばにいないと……?」

 やはり、酷な質問だったのかもしれない。私が質問をすると、サニーの表情は周りの暗闇に溶け込む様に、しょぼくれていった。
 何を思っているのか、大体の予想はつくが……。サニーは口を尖らせつつ顔を下げた。少しすると、先ほどよりも暗くなっている顔を私に見せつけ、両手を差し伸べてきた。
 何も言わない所を察するに、抱っこを要求しているのだろう。無言のわがままに応える為に抱っこすると、サニーは離さないと言わんばかりに、私の体に強く抱きついてきた。

「ママがいなくなっちゃうなんて、絶対にイヤだっ……」

 力強くも、やや震えた声で訴えるサニー。今の発言には、色々な感情が含まれている。分かっただけでも、寂しさ、悲しさ。そして、かなり大きな恐怖心と不安感。
 サニーが唯一恐れている事。それは、母親である私が傍から居なくなってしまう事だ。子としては当然の事だな。
 居るのが当たり前で、心を寄り添える母親が突然目の前から居なくなったとしたら、未曽有の不安に駆られ、どす黒い恐怖に心を蝕まれて、耐えられずに泣き出してしまうだろう。
 私は、サニーの母親だ。同時に絶対的な安心感を得られる象徴であり、とても心強い味方でもある。そして、私もサニーが傍から居なくなるなんて、嫌だ。絶対に嫌だ。

 そんなもの、冗談でも考えたくないし、思いたくもない。

「ごめんな、サニー。惨い質問をしてしまって」

「もう、そんなことを聞くのはやめてね……」

 私が居なくなった世界を想像したのだろうか。サニーの返答はやたらとか細かったし、体が小刻みに震え出してしまった。サニーは今、本当に怖がっている。
 神殿内に閉じ込められて、暗闇の中に居るからじゃない。砂漠から出現する、魚の魔物を怖がっている訳でもない。私が傍から居なくなってしまった事を想像してしまい、想像の孤独に囚われて、泣きそうな程に怖がっているんだ。
 孤独感。私も、大切な彼であるピースが殺されてしまった時に味わったが……。あの心が張り裂けそうな思いをするのは、もう沢山だ。

「分かってる。安心しろサニー。お前の傍からは、決して離れないからな」

「……絶対だよ? 約束だからね?」

「ああ、約束だ」

 安心させる為に即答すれば、サニーは私の体に密着させていた顔を離し、暗闇を照らしそうなほど眩しい笑みを浮かべた。

「なら、よかったっ」

「しかし……。私が買い出しに行ってる時にも、寂しい思いをしてたんだな」

「ううんっ、その時は大丈夫だよ」

「え? 私が傍から離れるのに、それは大丈夫なのか?」

 サニーの気持ちを分かったつもりで言ったのだが……。思いもよらぬ返事に、抜けた言葉で返す私。その予想外な返事をしたサニーが、素早くうなずいた。

「だってその時のママは、必ずサニーの所に帰って来てくれるもん」

「ああ、なるほどな」

 娘の言い分に納得し、ちょっと弾んだ声を出す。私が買い出しに行く前に、サニーは必ず「行ってらっしゃい」と言い、私も何かしらの言葉か仕草を返している。
 そのやり取りで、安心感を得ているのだろう。私が必ず家に帰って来るという、絶対の安心感を。私はサニーの笑顔を眺めた後。サニーを地面に下ろし、右手を差し伸べた。

「さあ、奥に行くぞ。私の手を離すなよ」

「うんっ!」

 暗闇を払う返事をしてから、サニーは私の手を握る。私も離さない為に小さな手を握り返し、闇が一層深い奥へと歩み出した。
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