ぶっきらぼう魔女は育てたい

桜乱捕り

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50話、酒に溺れる者

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「……ふむ。五十年以上振りに飲んだせいか、美味く感じるな」

「そうか。口に合ってなによりだ」

 アカシック・ファーストレディが余の為に購入してきてくれた、このハーブティーよ。風味は粗く、余が求めていた物とはかけ離れているものの、どこか懐かしさを感じる。
 そもそもの話。当時、余が飲んだハーブティーの名は知らない。余を匿ってくれた破天荒な貴婦人、『ベルラザ』が勝手に出し、勧めてきた物だからな。名だけでも聞いておけばよかった。

「かんぱーい!!」

 五十年以上前の感傷に浸ろうかと思いきや。ヴェルインの魔物を呼びかねない煩わしい大声が闇夜に響き、がやがやと騒ぎ出した。
 星空の下にある野外の宴会場に眼を向けてみれば、焚き火と凍りついている大樽を囲い、酒が入っているであろう小樽を夜空に仰ぎ、一気飲みしているウェアウルフ達の姿があった。

「っかぁ~! めちゃくちゃ冷えてて美味え! ありがとよレディ! こんなに冷えた酒を飲んだのは、生まれて初めてだぜえ!」

「そうか、よかったな」

 ヴェルインの嬉々とした感謝の言葉に、相変わらずぶっきらぼうに返すファーストレディ。あの樽を凍らせたのは、他でもないこの魔女である。
 酒は冷えている方が美味いと豪語していたヴェルインの為に、すかさず凍らせたらしい。余は酒を飲んだ事が無いから分からぬが、あの反応を見ると美味いのだろうな。

「ぷはぁっ、甘くておいひいっ!」

 余の隣に座っていた小娘も、口周りに白いヒゲを生やしながら弾んだ声で言う。小娘が飲んでいるのは、シチューのように白い飲み物。匂いから察するに、動物の乳汁だろうか?

「アカシック・ファーストレディ。小娘が飲んでるのは一体なんだ?」

 余の問い掛けに気付いたファーストレディが、ヴェルイン達に向けていた顔を余に合わせ、「ああ」と口にし、顔を小娘に持っていく。

「街の一等地で売ってた、最高級の動物の乳汁だ。量が少ない割には、やたら高かった」

「最高級、ねえ。いくらしたんだ?」

「銀貨八十枚だ」

「ふむ、そうか」

 流れるがままに聞いてみたが、余は買い出しをした事がないので、物の価値についての知識を持ち合わせていない。興味が無いのに聞いてしまう余のこの癖よ、いい加減直したい所である。
 こいつらと付き合い始めて、接する時間がかなり増えてしまったんだ。その内、ボロが出かねん。早急に直してしまおう。

 しかし、ヴェルイン、余、小娘はそれぞれ違う飲み物を嗜んでいるのに対し、ファーストレディは何も飲み食いをしていない。
 してる事と言えば、微笑んでいる小娘の頭をただただ撫でているだけ。しかも、顔色を一切変えずに無表情のままで。
 こいつの中には、感情という概念が存在していない。余と戦っている時もそうだった。大魔法を放とうとも、致命的な攻撃を体に掠めようとも、赤い瞳を若干細めるだけ。

 こいつと接して半年は経つが……。怒らず、悲しまず、楽しまず、嬉しがらず。感情の起伏がまったく見受けられない。声色もほぼ一定でぶっきらぼう。
 最早、感情が全て死んでいると言っても過言ではない。生き物として、母親としての大事な部分が欠落している。こいつを違う何かで例えるとしたら、語れば相槌を打ってくる人形だろうか。
 そう思ってしまう程に、こいつは常に一定の返事をしてくるのだ。小娘は、こいつと一緒に居て楽しいのか? それすら心配に思えてくる。

「小娘。母親であるアカシック・ファーストレディと一緒に居て、貴様は楽しいのか?」

「ママと? うんっ、楽しいよっ!」

「ふむ、そうか。ならいい」

 興味本位で聞いてしまったせいか。小娘が青い瞳をきょとんとさせて、訳も分からず首をかしげてしまった。
 これは、無粋な質問だったな。小娘の心の拠り所は、ファーストレディしか居ないのだから当たり前の事だ。
 だが、それを聞けて安心した。ファーストレディは、小娘の事をちゃんと想い、よく慕っている。不器用ながらもよくやっているようだ。

「レディ! お前も飲めよ! ほら、俺様が直々に注いでやる」

「わ、私もか?」

 ハーブティーをおかわりしようとした途端。酔いが回ってきたであろうヴェルインが、ファーストレディに無理矢理小樽を持たせ、酒を注ぎ始めた。
 先の反応から察するに、こいつも酒は飲んだ事が無さそうだ。……やはり、酒は美味いのだろうか? 余も飲みたくなってきてしまった。

「そうそう! こんな時ぐらい、楽しく飲め飲め!」

「そ、そうか……。酒は飲んだ事無いが、じゃあ少しだけ」

「んな辛気臭え事言ってねえで、いっぱい飲めって!」

 やはりファーストレディも飲んだ事が無かったのか。しかしヴェルインの奴、小樽並々に注いでいるが、ファーストレディは飲んで大丈夫なのか?

「おい、こんなに飲めないぞ」

 そうだ、もっと言ってやれ。そうでないと、酔っ払いを言い包める事が出来ないからな。なんなら周りの空気を読まず、怒って言ってやればいい。

「いいからいいから! ほれ、グイッっていけ! グイッて!」

「むう……」

 逆に言い包められたファーストレディが、小樽を細まった目で睨みつける。そのままコクンと飲むと、少しの間を置き、ゴクゴクと飲み始めてしまった。……本当に大丈夫なのだろうか? そんなに勢いよく飲んで。

「ぷはあっ。ヴェルイン、もーいっぱいちょーらい。……ヒック」

「おお、いい飲みっぷりじゃねえか! ほーれ、どんどん飲め!」

「待て、ヴェルイン。アカシック・ファーストレディの様子がおかしくないか?」

「へ?」

 余の問い掛けに、抜けた声で返答し、呆けた顔をファーストレディに向けるヴェルイン。なんだ? 今の幼稚染みたファーストレディの声は? とてつもなく嫌な予感がするぞ。

「ヴェルイン、は~や~く~」

「……レディさん? 大丈夫?」

「にゃにが? あたしは魔女らよ? ヒック」

「ああ、ダメだこれ……。目が完全にわってやがる」

 何を見たのか、ヴェルインが瞬時にさじを投げた。余も体を横にズラし、ファーストレディの顔をうかがってみる。
 常に半目でいた赤い瞳は、開いているのか判断がつかない程に閉じていて、白かった頬はほんのりと赤みを帯びている。間違いない。完全に酔っ払っているな、これは。
 余がこっそりと顔を覗いていると、ファーストレディが急に余の方へ振り向き、グイッと距離を詰めて来た。

「なんらアルビシュ、あたしの顔をじぃーっと見て。文句あるのかぁ?」

「ま、待て、アカシック・ファーストレディよ……。余は何も言っておらんぞ?」

「ん~っ?」

 理不尽に問い詰めてきては、更に余との距離を詰めてくるファーストレディ。近い、近すぎる……。視界に満遍なく、眉をひそめたファーストレディの顔を映っている。
 この場合、余は一体どうすればいいのだ? 突き飛ばすのは簡単だが、今のこいつを刺激するのは危険過ぎる。何をしでかすか分からない。
 距離にして十cmも無い中。ファーストレディが突然離れたかと思えば、今度は両手を余の顔に伸ばしてきて、頬を摘んだ。

「あ、アカシック・ファーストレディ……? 貴様、何をしてるんだ?」

「アルビシュのほっぺ、シャニーと同じぐらい柔らかいにゃ。ずるいじょ」

「しゃ、シャニー? ……ああ、小娘の事か。まあ、悪い気はせんな」

 身動きが出来ず、心にもない事を言ってこの場を凌ぐ余。下手に刺激すると、余の頬と顔が見るも無残な事になりそうだから、無難な返ししか出来ぬ……。
 自由気ままに余の頬を、甘く摘み続けていたり、痛くない程度に引っ張っていたファーストレディが、眉間にシワを寄せた顔をヴェルインに持っていく。

「ヴェルインっ、お酒はまーだっ?」

「あの、レディ様。お酒はもうお止めになられた方が……」

「やーだっ、もっと飲む~」

 抜けた駄々をこねているファーストレディが、左腕をぶんぶん振り回し出した。これは、怒っている? まさか、ファーストレディには感情があるのか?
 酒が中々出てこないせいで、酒に飲まれているファーストレディが、赤く発光している顔を余に戻し、空いた左手で余の頬を摘み出す。

「うへへっ。アルビシュのほっぺ、や~らか~い」

「……む? 貴様、今、笑わなかったか?」

「ふにゅ?」

 余の見間違いかもしれないが……。今確かに、ファーストレディがにへら笑いをした、はず。ほんの一瞬ばかりだったから、確証が得られん。もう一度見てみたい。
 が、ファーストレディの目が、眠たそうにしぱしぱさせて細まっていく。もう開いているのかどうかすら怪しい。早くせねば。

「アカシック・ファーストレディよ、もう一度笑ってくれないか?」

「……わりゃぅ~? こ、お……」

「おっと」

 ……間に合わなかったか。ファーストレディが、余に体を倒してきて寝てしまった。しかし、先に思った事を全て撤回せねばなるまいな。
 ファーストレディにも、ちゃんとした感情がある。垣間見れた感情は『怒』と『楽』。たぶん残りの『哀』と『喜』もあるに違いない。
 これは余の推測だが……。たぶん、感情を自ら閉ざしているのだろう。今日は酒に溺れてしまい、二つの感情を出していたが、出そうと思えば普段でも出せるはずだ。
 普段、感情を出さない理由までは分からんが。ファーストレディにも感情がある事が分かったから、それだけでも良しとしよう。

「あれ? ママ、どうしちゃったの?」

 口の周りにある白いヒゲを二重にさせた小娘が、今までの惨状に意を介さず、あっけらかんと言ってきた。

「寝てしまった」

「え~っ、寝っちゃったの? おかわりがほしかったのにな」

「む、そうか。なら余が持ってきてやろう」

「ほんとっ? ありがと、アルビスさん!」

 瞬いている焚き火に照らされている小娘が、星よりも明るい笑顔を浮かべる。ついでに、ファーストレディも家の中へ―――、いや、一人にさせるのは危険だ。
 仕方ない。ウェアウルフ共の騒がしい宴会が収まるまでの間、余がファーストレディと小娘を守るとしよう。
 そう決めた余は、地面にファーストレディの体が付かぬよう風魔法で浮かした後。小娘のおかわりを持って来る為に、ファーストレディの家へ向かって行った。
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