51 / 301
50話、酒に溺れる者
しおりを挟む
「……ふむ。五十年以上振りに飲んだせいか、美味く感じるな」
「そうか。口に合ってなによりだ」
アカシック・ファーストレディが余の為に購入してきてくれた、このハーブティーよ。風味は粗く、余が求めていた物とはかけ離れているものの、どこか懐かしさを感じる。
そもそもの話。当時、余が飲んだハーブティーの名は知らない。余を匿ってくれた破天荒な貴婦人、『ベルラザ』が勝手に出し、勧めてきた物だからな。名だけでも聞いておけばよかった。
「かんぱーい!!」
五十年以上前の感傷に浸ろうかと思いきや。ヴェルインの魔物を呼びかねない煩わしい大声が闇夜に響き、がやがやと騒ぎ出した。
星空の下にある野外の宴会場に眼を向けてみれば、焚き火と凍りついている大樽を囲い、酒が入っているであろう小樽を夜空に仰ぎ、一気飲みしているウェアウルフ達の姿があった。
「っかぁ~! めちゃくちゃ冷えてて美味え! ありがとよレディ! こんなに冷えた酒を飲んだのは、生まれて初めてだぜえ!」
「そうか、よかったな」
ヴェルインの嬉々とした感謝の言葉に、相変わらずぶっきらぼうに返すファーストレディ。あの樽を凍らせたのは、他でもないこの魔女である。
酒は冷えている方が美味いと豪語していたヴェルインの為に、すかさず凍らせたらしい。余は酒を飲んだ事が無いから分からぬが、あの反応を見ると美味いのだろうな。
「ぷはぁっ、甘くておいひいっ!」
余の隣に座っていた小娘も、口周りに白いヒゲを生やしながら弾んだ声で言う。小娘が飲んでいるのは、シチューのように白い飲み物。匂いから察するに、動物の乳汁だろうか?
「アカシック・ファーストレディ。小娘が飲んでるのは一体なんだ?」
余の問い掛けに気付いたファーストレディが、ヴェルイン達に向けていた顔を余に合わせ、「ああ」と口にし、顔を小娘に持っていく。
「街の一等地で売ってた、最高級の動物の乳汁だ。量が少ない割には、やたら高かった」
「最高級、ねえ。いくらしたんだ?」
「銀貨八十枚だ」
「ふむ、そうか」
流れるがままに聞いてみたが、余は買い出しをした事がないので、物の価値についての知識を持ち合わせていない。興味が無いのに聞いてしまう余のこの癖よ、いい加減直したい所である。
こいつらと付き合い始めて、接する時間がかなり増えてしまったんだ。その内、ボロが出かねん。早急に直してしまおう。
しかし、ヴェルイン、余、小娘はそれぞれ違う飲み物を嗜んでいるのに対し、ファーストレディは何も飲み食いをしていない。
してる事と言えば、微笑んでいる小娘の頭をただただ撫でているだけ。しかも、顔色を一切変えずに無表情のままで。
こいつの中には、感情という概念が存在していない。余と戦っている時もそうだった。大魔法を放とうとも、致命的な攻撃を体に掠めようとも、赤い瞳を若干細めるだけ。
こいつと接して半年は経つが……。怒らず、悲しまず、楽しまず、嬉しがらず。感情の起伏がまったく見受けられない。声色もほぼ一定でぶっきらぼう。
最早、感情が全て死んでいると言っても過言ではない。生き物として、母親としての大事な部分が欠落している。こいつを違う何かで例えるとしたら、語れば相槌を打ってくる人形だろうか。
そう思ってしまう程に、こいつは常に一定の返事をしてくるのだ。小娘は、こいつと一緒に居て楽しいのか? それすら心配に思えてくる。
「小娘。母親であるアカシック・ファーストレディと一緒に居て、貴様は楽しいのか?」
「ママと? うんっ、楽しいよっ!」
「ふむ、そうか。ならいい」
興味本位で聞いてしまったせいか。小娘が青い瞳をきょとんとさせて、訳も分からず首を傾げてしまった。
これは、無粋な質問だったな。小娘の心の拠り所は、ファーストレディしか居ないのだから当たり前の事だ。
だが、それを聞けて安心した。ファーストレディは、小娘の事をちゃんと想い、よく慕っている。不器用ながらもよくやっているようだ。
「レディ! お前も飲めよ! ほら、俺様が直々に注いでやる」
「わ、私もか?」
ハーブティーをおかわりしようとした途端。酔いが回ってきたであろうヴェルインが、ファーストレディに無理矢理小樽を持たせ、酒を注ぎ始めた。
先の反応から察するに、こいつも酒は飲んだ事が無さそうだ。……やはり、酒は美味いのだろうか? 余も飲みたくなってきてしまった。
「そうそう! こんな時ぐらい、楽しく飲め飲め!」
「そ、そうか……。酒は飲んだ事無いが、じゃあ少しだけ」
「んな辛気臭え事言ってねえで、いっぱい飲めって!」
やはりファーストレディも飲んだ事が無かったのか。しかしヴェルインの奴、小樽並々に注いでいるが、ファーストレディは飲んで大丈夫なのか?
「おい、こんなに飲めないぞ」
そうだ、もっと言ってやれ。そうでないと、酔っ払いを言い包める事が出来ないからな。なんなら周りの空気を読まず、怒って言ってやればいい。
「いいからいいから! ほれ、グイッっていけ! グイッて!」
「むう……」
逆に言い包められたファーストレディが、小樽を細まった目で睨みつける。そのままコクンと飲むと、少しの間を置き、ゴクゴクと飲み始めてしまった。……本当に大丈夫なのだろうか? そんなに勢いよく飲んで。
「ぷはあっ。ヴェルイン、もーいっぱいちょーらい。……ヒック」
「おお、いい飲みっぷりじゃねえか! ほーれ、どんどん飲め!」
「待て、ヴェルイン。アカシック・ファーストレディの様子がおかしくないか?」
「へ?」
余の問い掛けに、抜けた声で返答し、呆けた顔をファーストレディに向けるヴェルイン。なんだ? 今の幼稚染みたファーストレディの声は? とてつもなく嫌な予感がするぞ。
「ヴェルイン、は~や~く~」
「……レディさん? 大丈夫?」
「にゃにが? あたしは魔女らよ? ヒック」
「ああ、ダメだこれ……。目が完全に据わってやがる」
何を見たのか、ヴェルインが瞬時に匙を投げた。余も体を横にズラし、ファーストレディの顔を窺ってみる。
常に半目でいた赤い瞳は、開いているのか判断がつかない程に閉じていて、白かった頬はほんのりと赤みを帯びている。間違いない。完全に酔っ払っているな、これは。
余がこっそりと顔を覗いていると、ファーストレディが急に余の方へ振り向き、グイッと距離を詰めて来た。
「なんらアルビシュ、あたしの顔をじぃーっと見て。文句あるのかぁ?」
「ま、待て、アカシック・ファーストレディよ……。余は何も言っておらんぞ?」
「ん~っ?」
理不尽に問い詰めてきては、更に余との距離を詰めてくるファーストレディ。近い、近すぎる……。視界に満遍なく、眉をひそめたファーストレディの顔を映っている。
この場合、余は一体どうすればいいのだ? 突き飛ばすのは簡単だが、今のこいつを刺激するのは危険過ぎる。何をしでかすか分からない。
距離にして十cmも無い中。ファーストレディが突然離れたかと思えば、今度は両手を余の顔に伸ばしてきて、頬を摘んだ。
「あ、アカシック・ファーストレディ……? 貴様、何をしてるんだ?」
「アルビシュのほっぺ、シャニーと同じぐらい柔らかいにゃ。ずるいじょ」
「しゃ、シャニー? ……ああ、小娘の事か。まあ、悪い気はせんな」
身動きが出来ず、心にもない事を言ってこの場を凌ぐ余。下手に刺激すると、余の頬と顔が見るも無残な事になりそうだから、無難な返ししか出来ぬ……。
自由気ままに余の頬を、甘く摘み続けていたり、痛くない程度に引っ張っていたファーストレディが、眉間にシワを寄せた顔をヴェルインに持っていく。
「ヴェルインっ、お酒はまーだっ?」
「あの、レディ様。お酒はもうお止めになられた方が……」
「やーだっ、もっと飲む~」
抜けた駄々をこねているファーストレディが、左腕をぶんぶん振り回し出した。これは、怒っている? まさか、ファーストレディには感情があるのか?
酒が中々出てこないせいで、酒に飲まれているファーストレディが、赤く発光している顔を余に戻し、空いた左手で余の頬を摘み出す。
「うへへっ。アルビシュのほっぺ、や~らか~い」
「……む? 貴様、今、笑わなかったか?」
「ふにゅ?」
余の見間違いかもしれないが……。今確かに、ファーストレディがにへら笑いをした、はず。ほんの一瞬ばかりだったから、確証が得られん。もう一度見てみたい。
が、ファーストレディの目が、眠たそうにしぱしぱさせて細まっていく。もう開いているのかどうかすら怪しい。早くせねば。
「アカシック・ファーストレディよ、もう一度笑ってくれないか?」
「……わりゃぅ~? こ、お……」
「おっと」
……間に合わなかったか。ファーストレディが、余に体を倒してきて寝てしまった。しかし、先に思った事を全て撤回せねばなるまいな。
ファーストレディにも、ちゃんとした感情がある。垣間見れた感情は『怒』と『楽』。たぶん残りの『哀』と『喜』もあるに違いない。
これは余の推測だが……。たぶん、感情を自ら閉ざしているのだろう。今日は酒に溺れてしまい、二つの感情を出していたが、出そうと思えば普段でも出せるはずだ。
普段、感情を出さない理由までは分からんが。ファーストレディにも感情がある事が分かったから、それだけでも良しとしよう。
「あれ? ママ、どうしちゃったの?」
口の周りにある白いヒゲを二重にさせた小娘が、今までの惨状に意を介さず、あっけらかんと言ってきた。
「寝てしまった」
「え~っ、寝っちゃったの? おかわりがほしかったのにな」
「む、そうか。なら余が持ってきてやろう」
「ほんとっ? ありがと、アルビスさん!」
瞬いている焚き火に照らされている小娘が、星よりも明るい笑顔を浮かべる。ついでに、ファーストレディも家の中へ―――、いや、一人にさせるのは危険だ。
仕方ない。ウェアウルフ共の騒がしい宴会が収まるまでの間、余がファーストレディと小娘を守るとしよう。
そう決めた余は、地面にファーストレディの体が付かぬよう風魔法で浮かした後。小娘のおかわりを持って来る為に、ファーストレディの家へ向かって行った。
「そうか。口に合ってなによりだ」
アカシック・ファーストレディが余の為に購入してきてくれた、このハーブティーよ。風味は粗く、余が求めていた物とはかけ離れているものの、どこか懐かしさを感じる。
そもそもの話。当時、余が飲んだハーブティーの名は知らない。余を匿ってくれた破天荒な貴婦人、『ベルラザ』が勝手に出し、勧めてきた物だからな。名だけでも聞いておけばよかった。
「かんぱーい!!」
五十年以上前の感傷に浸ろうかと思いきや。ヴェルインの魔物を呼びかねない煩わしい大声が闇夜に響き、がやがやと騒ぎ出した。
星空の下にある野外の宴会場に眼を向けてみれば、焚き火と凍りついている大樽を囲い、酒が入っているであろう小樽を夜空に仰ぎ、一気飲みしているウェアウルフ達の姿があった。
「っかぁ~! めちゃくちゃ冷えてて美味え! ありがとよレディ! こんなに冷えた酒を飲んだのは、生まれて初めてだぜえ!」
「そうか、よかったな」
ヴェルインの嬉々とした感謝の言葉に、相変わらずぶっきらぼうに返すファーストレディ。あの樽を凍らせたのは、他でもないこの魔女である。
酒は冷えている方が美味いと豪語していたヴェルインの為に、すかさず凍らせたらしい。余は酒を飲んだ事が無いから分からぬが、あの反応を見ると美味いのだろうな。
「ぷはぁっ、甘くておいひいっ!」
余の隣に座っていた小娘も、口周りに白いヒゲを生やしながら弾んだ声で言う。小娘が飲んでいるのは、シチューのように白い飲み物。匂いから察するに、動物の乳汁だろうか?
「アカシック・ファーストレディ。小娘が飲んでるのは一体なんだ?」
余の問い掛けに気付いたファーストレディが、ヴェルイン達に向けていた顔を余に合わせ、「ああ」と口にし、顔を小娘に持っていく。
「街の一等地で売ってた、最高級の動物の乳汁だ。量が少ない割には、やたら高かった」
「最高級、ねえ。いくらしたんだ?」
「銀貨八十枚だ」
「ふむ、そうか」
流れるがままに聞いてみたが、余は買い出しをした事がないので、物の価値についての知識を持ち合わせていない。興味が無いのに聞いてしまう余のこの癖よ、いい加減直したい所である。
こいつらと付き合い始めて、接する時間がかなり増えてしまったんだ。その内、ボロが出かねん。早急に直してしまおう。
しかし、ヴェルイン、余、小娘はそれぞれ違う飲み物を嗜んでいるのに対し、ファーストレディは何も飲み食いをしていない。
してる事と言えば、微笑んでいる小娘の頭をただただ撫でているだけ。しかも、顔色を一切変えずに無表情のままで。
こいつの中には、感情という概念が存在していない。余と戦っている時もそうだった。大魔法を放とうとも、致命的な攻撃を体に掠めようとも、赤い瞳を若干細めるだけ。
こいつと接して半年は経つが……。怒らず、悲しまず、楽しまず、嬉しがらず。感情の起伏がまったく見受けられない。声色もほぼ一定でぶっきらぼう。
最早、感情が全て死んでいると言っても過言ではない。生き物として、母親としての大事な部分が欠落している。こいつを違う何かで例えるとしたら、語れば相槌を打ってくる人形だろうか。
そう思ってしまう程に、こいつは常に一定の返事をしてくるのだ。小娘は、こいつと一緒に居て楽しいのか? それすら心配に思えてくる。
「小娘。母親であるアカシック・ファーストレディと一緒に居て、貴様は楽しいのか?」
「ママと? うんっ、楽しいよっ!」
「ふむ、そうか。ならいい」
興味本位で聞いてしまったせいか。小娘が青い瞳をきょとんとさせて、訳も分からず首を傾げてしまった。
これは、無粋な質問だったな。小娘の心の拠り所は、ファーストレディしか居ないのだから当たり前の事だ。
だが、それを聞けて安心した。ファーストレディは、小娘の事をちゃんと想い、よく慕っている。不器用ながらもよくやっているようだ。
「レディ! お前も飲めよ! ほら、俺様が直々に注いでやる」
「わ、私もか?」
ハーブティーをおかわりしようとした途端。酔いが回ってきたであろうヴェルインが、ファーストレディに無理矢理小樽を持たせ、酒を注ぎ始めた。
先の反応から察するに、こいつも酒は飲んだ事が無さそうだ。……やはり、酒は美味いのだろうか? 余も飲みたくなってきてしまった。
「そうそう! こんな時ぐらい、楽しく飲め飲め!」
「そ、そうか……。酒は飲んだ事無いが、じゃあ少しだけ」
「んな辛気臭え事言ってねえで、いっぱい飲めって!」
やはりファーストレディも飲んだ事が無かったのか。しかしヴェルインの奴、小樽並々に注いでいるが、ファーストレディは飲んで大丈夫なのか?
「おい、こんなに飲めないぞ」
そうだ、もっと言ってやれ。そうでないと、酔っ払いを言い包める事が出来ないからな。なんなら周りの空気を読まず、怒って言ってやればいい。
「いいからいいから! ほれ、グイッっていけ! グイッて!」
「むう……」
逆に言い包められたファーストレディが、小樽を細まった目で睨みつける。そのままコクンと飲むと、少しの間を置き、ゴクゴクと飲み始めてしまった。……本当に大丈夫なのだろうか? そんなに勢いよく飲んで。
「ぷはあっ。ヴェルイン、もーいっぱいちょーらい。……ヒック」
「おお、いい飲みっぷりじゃねえか! ほーれ、どんどん飲め!」
「待て、ヴェルイン。アカシック・ファーストレディの様子がおかしくないか?」
「へ?」
余の問い掛けに、抜けた声で返答し、呆けた顔をファーストレディに向けるヴェルイン。なんだ? 今の幼稚染みたファーストレディの声は? とてつもなく嫌な予感がするぞ。
「ヴェルイン、は~や~く~」
「……レディさん? 大丈夫?」
「にゃにが? あたしは魔女らよ? ヒック」
「ああ、ダメだこれ……。目が完全に据わってやがる」
何を見たのか、ヴェルインが瞬時に匙を投げた。余も体を横にズラし、ファーストレディの顔を窺ってみる。
常に半目でいた赤い瞳は、開いているのか判断がつかない程に閉じていて、白かった頬はほんのりと赤みを帯びている。間違いない。完全に酔っ払っているな、これは。
余がこっそりと顔を覗いていると、ファーストレディが急に余の方へ振り向き、グイッと距離を詰めて来た。
「なんらアルビシュ、あたしの顔をじぃーっと見て。文句あるのかぁ?」
「ま、待て、アカシック・ファーストレディよ……。余は何も言っておらんぞ?」
「ん~っ?」
理不尽に問い詰めてきては、更に余との距離を詰めてくるファーストレディ。近い、近すぎる……。視界に満遍なく、眉をひそめたファーストレディの顔を映っている。
この場合、余は一体どうすればいいのだ? 突き飛ばすのは簡単だが、今のこいつを刺激するのは危険過ぎる。何をしでかすか分からない。
距離にして十cmも無い中。ファーストレディが突然離れたかと思えば、今度は両手を余の顔に伸ばしてきて、頬を摘んだ。
「あ、アカシック・ファーストレディ……? 貴様、何をしてるんだ?」
「アルビシュのほっぺ、シャニーと同じぐらい柔らかいにゃ。ずるいじょ」
「しゃ、シャニー? ……ああ、小娘の事か。まあ、悪い気はせんな」
身動きが出来ず、心にもない事を言ってこの場を凌ぐ余。下手に刺激すると、余の頬と顔が見るも無残な事になりそうだから、無難な返ししか出来ぬ……。
自由気ままに余の頬を、甘く摘み続けていたり、痛くない程度に引っ張っていたファーストレディが、眉間にシワを寄せた顔をヴェルインに持っていく。
「ヴェルインっ、お酒はまーだっ?」
「あの、レディ様。お酒はもうお止めになられた方が……」
「やーだっ、もっと飲む~」
抜けた駄々をこねているファーストレディが、左腕をぶんぶん振り回し出した。これは、怒っている? まさか、ファーストレディには感情があるのか?
酒が中々出てこないせいで、酒に飲まれているファーストレディが、赤く発光している顔を余に戻し、空いた左手で余の頬を摘み出す。
「うへへっ。アルビシュのほっぺ、や~らか~い」
「……む? 貴様、今、笑わなかったか?」
「ふにゅ?」
余の見間違いかもしれないが……。今確かに、ファーストレディがにへら笑いをした、はず。ほんの一瞬ばかりだったから、確証が得られん。もう一度見てみたい。
が、ファーストレディの目が、眠たそうにしぱしぱさせて細まっていく。もう開いているのかどうかすら怪しい。早くせねば。
「アカシック・ファーストレディよ、もう一度笑ってくれないか?」
「……わりゃぅ~? こ、お……」
「おっと」
……間に合わなかったか。ファーストレディが、余に体を倒してきて寝てしまった。しかし、先に思った事を全て撤回せねばなるまいな。
ファーストレディにも、ちゃんとした感情がある。垣間見れた感情は『怒』と『楽』。たぶん残りの『哀』と『喜』もあるに違いない。
これは余の推測だが……。たぶん、感情を自ら閉ざしているのだろう。今日は酒に溺れてしまい、二つの感情を出していたが、出そうと思えば普段でも出せるはずだ。
普段、感情を出さない理由までは分からんが。ファーストレディにも感情がある事が分かったから、それだけでも良しとしよう。
「あれ? ママ、どうしちゃったの?」
口の周りにある白いヒゲを二重にさせた小娘が、今までの惨状に意を介さず、あっけらかんと言ってきた。
「寝てしまった」
「え~っ、寝っちゃったの? おかわりがほしかったのにな」
「む、そうか。なら余が持ってきてやろう」
「ほんとっ? ありがと、アルビスさん!」
瞬いている焚き火に照らされている小娘が、星よりも明るい笑顔を浮かべる。ついでに、ファーストレディも家の中へ―――、いや、一人にさせるのは危険だ。
仕方ない。ウェアウルフ共の騒がしい宴会が収まるまでの間、余がファーストレディと小娘を守るとしよう。
そう決めた余は、地面にファーストレディの体が付かぬよう風魔法で浮かした後。小娘のおかわりを持って来る為に、ファーストレディの家へ向かって行った。
0
お気に入りに追加
44
あなたにおすすめの小説

絶対に間違えないから
mahiro
恋愛
あれは事故だった。
けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。
だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。
何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。
どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。
私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。

【完結】あなたに知られたくなかった
ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。
5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。
そんなセレナに起きた奇跡とは?


【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?
みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。
ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる
色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる