48 / 301
47話、本当の安寧
しおりを挟む
「まず一つ目。貴様は、余に二度と手を出さないと誓ったな? その誓い、本当に信じていいのか?」
アルビスが一つ目の質問を投げかけた途端、部屋の空気が一変、肌を劈く張り詰めたものへと変わった。
この質問の仕方は、山岳地帯の頂上で、私にしつこく何度も質問を繰り返している時のものとも違う。
これは質問なんかではない。審判だ。私が言った言葉の真偽を確かめる為の、最終審判に近い空気だ。
だが、身構える必要は一切無い。ただ真実を伝えればいい。私は横目でサニーが寝てる事を確認し、アルビスに戻した。
「ああ、信じてくれ。攻撃もしなければ、変身魔法を使って近づく事もしない。なんなら、山岳地帯の頂上へ行かない事も約束しよう」
「ほう、そこまでか。いいんだな、本当に信じて? 余は一度裏切られたら、そいつの事は二度と信用しないぞ。貴様は、その覚悟があって言ってるんだな?」
「ある。そして、お前の事を決して裏切らない。約束しよう」
「本当だな? その約束も、嘘偽りは無いんだな?」
「まったく無い」
「……そうか、そうかッ!」
私が素直な気持ちをぶつけると、アルビスは右手で顔を覆い隠し、肩が小刻みに震え出した。その右手から垣間見える口角は、張り裂けんばかりにつり上がっている。
「ふっ……、ふっふっふっふっ。アーッハッハッハッハッハッ!!」
「……何が、おかしいんだ?」
「これが笑わずにいられるかッ! この迫害の地で、唯一の脅威がやっと消え去ったのだぞ! 今の余にとって、これほど嬉しい事はないッ!!」
そう叫び、更に高笑いをし出すアルビス。この喜びようはなんだ? 最早、狂喜を通り越している。それに、今の言葉には新しい情報が多すぎる。全てが気になるな……。
が、聞くのは一部だけにしておこう。今は、深く詮索をしてはいけない。そんな気がする。
「唯一の脅威って、私の事を言ってるのか?」
「そうだ! この地で余と敵対し、対等に渡り合えるのはアカシック・ファーストレディ、貴様しかいないのだぞ! その貴様が、余を二度と襲わないと誓ってくれたのだ! これで余はやっと、この地で本当の安寧を手に入れたのだッ!! ……本当に長かったが、ようやく余にも、また平和に暮らせる時が来たのか……」
力説したアルビスが、脱力して椅子の背もたれに倒れ込んでいく。表情は心の底から嬉しそうで、穏やかな笑みさえ浮かべている。
……そうか。私はアルビスに脅威と認定されていて、見えない恐怖を、今までずっと与え続けていたのか……。
そう気付いてしまったら、サニーに嘘をついた時よりも強く、左胸がズキズキと痛み出してきた。
これは、あまりに重い罪悪感から来る痛みだ。アルビスと出会ったのは、約五十年以上も前になる。その時からずっと、アルビスを見えない恐怖で不安にさせていただなんて……。
私は、とんでもない事をしでかしていた。その時は周りがまったく見えていなく、ただひたすらにピースを生き返らせる事だけに集中していた。
だがそれは、アルビスにとっては言い訳にすらならない。本当の事を話したとしても、アルビスからしたらまったく関係のない話だ。気持ちを逆撫でする行為でしかない。
……謝りたい。いや、謝らなければ。決して許される事ではないが、私は、誠意を込めて謝らなければいけないんだ。
「……アルビス」
「なんだ?」
私は今、目線をテーブルに向けているから、アルビスの表情は窺えない。しかし、注目は集められただろう。そう考えた私は、頭を深々と下げた。
「今まで、本当にすまなかった」
「……どうしたんだ、急に?」
「私は、自分のわがまま染みた願いを叶える為に、お前の気持ちや置かれてる立場を考えず、ただ部位が欲しくて、お前を襲い続けてしまっていた」
懺悔とも言える謝罪を始めるも、アルビスは黙ったまま。私の視界に映っているのは、茶色のテーブルのみ。アルビスの様子は一切分からない。
「お前の喜びようを見て、自分がとんでもない過ちを犯していた事に気付いたんだ。謝って済む問題じゃないのは分かってる。許してほしいとは微塵も思ってない。ただ、心の底から申し訳ないと感じて、お前に謝りたくなったんだ。アルビス、お前にしでかしてきた行為、全てを謝りたい。本当に申し訳なかった」
二度謝ろうとも、私の罪悪感は晴れるどころか、より一層重くなっていった。そりゃそうだ。私が積み重ねてきた罪は、おおよそ五十年以上。
たった二回で晴れる訳がない。何十回、何百回、何千回謝ろうとも、この罪は決して償えないだろう。私はそれだけの事をしてきたんだ。
その罪は、途方にもなく重い。目に見えない罪が背中に重なり、左胸をギリギリと締め付けていく。この重苦しい痛みは、一生付き合う事になるだろうな。
「頭を上げろ、アカシック・ファーストレディ」
自ら生み出した精神的苦痛により、左胸に耐え難い痛みを感じている中。アルビスが指示を出してきたので、腰を曲げたまま頭を上げる私。
目線の先には、半目の龍眼を私に合わせてきているアルビス。そのアルビスが、見下げているようにも見える龍眼を閉じ、口角を緩く上げた。
「貴様が余にしてきた行為は、一旦全て許そう」
「え?」
アルビスがそう告げた直後、私の目線が高くなっていく。横目で自分の体を確認してみると、いつの間にか姿勢が正しくなっていた。
「いや、こんな事は初めてでな。余も何をすれば正解なのか、正直まったく分からんのだ」
「分からない?」
「ああ。余は、五百年以上しぶとく生き伸びてきた。その中で、余を襲ってきた生き物を返り討ちにし、見逃し、逃がした事は多々あった。が、生き伸びていった生き物達は、誰一人として謝罪しに余の前には戻って来なかった。……いや、一人居たな」
唐突に語り出したアルビスが、凛とした笑みを私に見せつける。
「アカシック・ファーストレディという、たった一人の魔女がな」
「……私が?」
「そうだ。貴様が初めてなのだよ、こうやって余に謝罪してきたのは。だから、余も対応に困ってたのだが……」
説明している口を止めたアルビスが、握った左手を口元に当て、龍眼の視線を右にズラした。何か思案しているような表情をしている。が、ズラした龍眼をすぐに私へ戻してきた。
「結局の所、考えても答えは出なかった。なので一回、貴様と余の関係を白紙に戻そうじゃないか」
「白紙?」
「そう、白紙。この五十年もの間に、貴様と余は何もしてなかった。敵でも無ければ、味方でもない。中立の関係だ」
中立の関係。まさか、これまでの関係を一旦無かった事にするだなんて……。私にとっては良いこと尽くめだが、アルビスは本当にそれでいいのか?
事の発端や原因は、全て私にある。私が全て悪いんだ。それに関係を白紙に戻したとしても、心の内にある柵は何一つとして取れない。
この柵は、あまりにも多い段階を踏んでいき、少しずつ取らないといけないんだ。アルビスが言ってきた話を呑んではいけない。美味しい思いをするのは、私だけなのだから。
「……それはダメだ」
「なぜだ?」
「なぜって……。お前はそれでいいのか? 今までの原因を作ったのは、全部私なんだ。私が全て悪いんだ。なのに対し、関係を白紙に戻すとなると、私のみがいい思いをする事になる。お前には何一つとして利点がない。だから―――」
説明を続けようとするも、不意にアルビスの手の平が目の前に現れたせいで、驚いて口が止まってしまった。
私が黙ったのを確認したのか。その手の平が遠ざかっていき、視野が晴れると、呆れ返っているアルビスの顔が移り込んだ。
「貴様が罪を感じてるのは、充分に伝わった。が、貴様が脅威では無くなった以上、原因の根源、今までの経緯、そして、余の利害。そんなものは、もうどうでもいいのだよ」
語るタイミングを盗られてしまったせいで、今度はアルビスが語り出す。
「それと、貴様は余を分かってる風に喋っているが……。貴様は余について何も知らず、余も貴様については何も知らない。それとも、貴様は余の何かについて知ってるのか?」
「いや……、何も知らない」
「だろう? 余も貴様の事を、最大の脅威としてしか見ていなく、他の事は何も知らん。貴様は叶えたい願いがあって、余の部位を狙ってたに過ぎない。そして余は、ただそれに抗ってただけの事。そもそも、今さら今までの行為に罪を感じるなぞ、それ自体がおかしいのだよ」
……アルビスが言っている事には一理ある。あの喜びようを目にしていなければ、罪悪感そのものが芽生えなかっただろう。
確かに。私はピースを生き返らせたく、アルビスの部位を狙っていた。いや、アルビスだけじゃない。数え切れない程の魔物や獣を殺し、数多の部位を奪ってきた。
なら、そいつらにも罪悪感が芽生えないとおかしいじゃないか。が、今芽生えている罪悪感は、アルビスの物しかない。
この罪悪感は、ずいぶんと身勝手な罪悪感だ。その場凌ぎでしかない、薄っぺらな悲劇を演じる為の罪悪感だ。私は魔女であって、道化師じゃない。
じゃあ私は、一体どうすればいいんだ……? この無いに等しい薄っぺらな罪悪感を払拭するべく、謝り続けるか。もしくはアルビスの言う通り、今までの関係を無に還し、白紙に戻すべきか。
「何も言わぬという事は、図星だな?」
「いやっ、その……」
何も言い返せないのに、まだ抵抗を試みる私。違う。正確に的を射られた発言を、認めなくないんだ。
認めてしまえば、何が正しくて、何が間違いなのかすらあやふやになり、何もかもが分からなくなってくる。
私はなんで、アルビスに謝ったんだ? 芽生えてしまった罪悪感を無くし、安心感を得たかったから? それだと、ただのどうしようもないクズになってしまう。
謝るだけなら、幼い子供ですら出来る。後先考えずに行動し、目先で起きた結果を見て初めて罪悪感が芽生え、そして流れるがままに謝る子供。だから今の私は、単なる幼い子供だ。
あまりの情けなさに次の言葉を発せず、アルビスの顔を見れずに目線を下げている中。アルビスが「ふん」と鼻を鳴らし、話を続ける。
「貴様が感じてる罪のない罪悪感よ、相当根深いようだな。なら、余の二つ目の話で、罪滅ぼしをさせてやろう」
「罪滅ぼし……?」
下げていた目線をアルビスの方へ持っていき、同じ言葉を繰り返す私。
「そう、罪滅ぼしだ。どんな内容であろうとも、決して拒否はさせぬぞ」
話す前から私の逃げ場を完全に無くして、テーブルに肘を突き、組んだ腕に顎を乗せたアルビスが、妖しく笑う。
内容を知る前に、私の拒否権を全て奪われてしまった。ならもう、考える必要は無い。行動で罪悪感を滅ぼし、子供から少しだけ大人に戻ってやる。
「なんでもいい、やらせてくれ」
「ほう。逃げる所か、催促までしてきたか。なら、言うぞ? 心して聞け」
そう言い、この場を掌握し切っているアルビスが、嬉々としている眼差しで私を捉えた。
アルビスが一つ目の質問を投げかけた途端、部屋の空気が一変、肌を劈く張り詰めたものへと変わった。
この質問の仕方は、山岳地帯の頂上で、私にしつこく何度も質問を繰り返している時のものとも違う。
これは質問なんかではない。審判だ。私が言った言葉の真偽を確かめる為の、最終審判に近い空気だ。
だが、身構える必要は一切無い。ただ真実を伝えればいい。私は横目でサニーが寝てる事を確認し、アルビスに戻した。
「ああ、信じてくれ。攻撃もしなければ、変身魔法を使って近づく事もしない。なんなら、山岳地帯の頂上へ行かない事も約束しよう」
「ほう、そこまでか。いいんだな、本当に信じて? 余は一度裏切られたら、そいつの事は二度と信用しないぞ。貴様は、その覚悟があって言ってるんだな?」
「ある。そして、お前の事を決して裏切らない。約束しよう」
「本当だな? その約束も、嘘偽りは無いんだな?」
「まったく無い」
「……そうか、そうかッ!」
私が素直な気持ちをぶつけると、アルビスは右手で顔を覆い隠し、肩が小刻みに震え出した。その右手から垣間見える口角は、張り裂けんばかりにつり上がっている。
「ふっ……、ふっふっふっふっ。アーッハッハッハッハッハッ!!」
「……何が、おかしいんだ?」
「これが笑わずにいられるかッ! この迫害の地で、唯一の脅威がやっと消え去ったのだぞ! 今の余にとって、これほど嬉しい事はないッ!!」
そう叫び、更に高笑いをし出すアルビス。この喜びようはなんだ? 最早、狂喜を通り越している。それに、今の言葉には新しい情報が多すぎる。全てが気になるな……。
が、聞くのは一部だけにしておこう。今は、深く詮索をしてはいけない。そんな気がする。
「唯一の脅威って、私の事を言ってるのか?」
「そうだ! この地で余と敵対し、対等に渡り合えるのはアカシック・ファーストレディ、貴様しかいないのだぞ! その貴様が、余を二度と襲わないと誓ってくれたのだ! これで余はやっと、この地で本当の安寧を手に入れたのだッ!! ……本当に長かったが、ようやく余にも、また平和に暮らせる時が来たのか……」
力説したアルビスが、脱力して椅子の背もたれに倒れ込んでいく。表情は心の底から嬉しそうで、穏やかな笑みさえ浮かべている。
……そうか。私はアルビスに脅威と認定されていて、見えない恐怖を、今までずっと与え続けていたのか……。
そう気付いてしまったら、サニーに嘘をついた時よりも強く、左胸がズキズキと痛み出してきた。
これは、あまりに重い罪悪感から来る痛みだ。アルビスと出会ったのは、約五十年以上も前になる。その時からずっと、アルビスを見えない恐怖で不安にさせていただなんて……。
私は、とんでもない事をしでかしていた。その時は周りがまったく見えていなく、ただひたすらにピースを生き返らせる事だけに集中していた。
だがそれは、アルビスにとっては言い訳にすらならない。本当の事を話したとしても、アルビスからしたらまったく関係のない話だ。気持ちを逆撫でする行為でしかない。
……謝りたい。いや、謝らなければ。決して許される事ではないが、私は、誠意を込めて謝らなければいけないんだ。
「……アルビス」
「なんだ?」
私は今、目線をテーブルに向けているから、アルビスの表情は窺えない。しかし、注目は集められただろう。そう考えた私は、頭を深々と下げた。
「今まで、本当にすまなかった」
「……どうしたんだ、急に?」
「私は、自分のわがまま染みた願いを叶える為に、お前の気持ちや置かれてる立場を考えず、ただ部位が欲しくて、お前を襲い続けてしまっていた」
懺悔とも言える謝罪を始めるも、アルビスは黙ったまま。私の視界に映っているのは、茶色のテーブルのみ。アルビスの様子は一切分からない。
「お前の喜びようを見て、自分がとんでもない過ちを犯していた事に気付いたんだ。謝って済む問題じゃないのは分かってる。許してほしいとは微塵も思ってない。ただ、心の底から申し訳ないと感じて、お前に謝りたくなったんだ。アルビス、お前にしでかしてきた行為、全てを謝りたい。本当に申し訳なかった」
二度謝ろうとも、私の罪悪感は晴れるどころか、より一層重くなっていった。そりゃそうだ。私が積み重ねてきた罪は、おおよそ五十年以上。
たった二回で晴れる訳がない。何十回、何百回、何千回謝ろうとも、この罪は決して償えないだろう。私はそれだけの事をしてきたんだ。
その罪は、途方にもなく重い。目に見えない罪が背中に重なり、左胸をギリギリと締め付けていく。この重苦しい痛みは、一生付き合う事になるだろうな。
「頭を上げろ、アカシック・ファーストレディ」
自ら生み出した精神的苦痛により、左胸に耐え難い痛みを感じている中。アルビスが指示を出してきたので、腰を曲げたまま頭を上げる私。
目線の先には、半目の龍眼を私に合わせてきているアルビス。そのアルビスが、見下げているようにも見える龍眼を閉じ、口角を緩く上げた。
「貴様が余にしてきた行為は、一旦全て許そう」
「え?」
アルビスがそう告げた直後、私の目線が高くなっていく。横目で自分の体を確認してみると、いつの間にか姿勢が正しくなっていた。
「いや、こんな事は初めてでな。余も何をすれば正解なのか、正直まったく分からんのだ」
「分からない?」
「ああ。余は、五百年以上しぶとく生き伸びてきた。その中で、余を襲ってきた生き物を返り討ちにし、見逃し、逃がした事は多々あった。が、生き伸びていった生き物達は、誰一人として謝罪しに余の前には戻って来なかった。……いや、一人居たな」
唐突に語り出したアルビスが、凛とした笑みを私に見せつける。
「アカシック・ファーストレディという、たった一人の魔女がな」
「……私が?」
「そうだ。貴様が初めてなのだよ、こうやって余に謝罪してきたのは。だから、余も対応に困ってたのだが……」
説明している口を止めたアルビスが、握った左手を口元に当て、龍眼の視線を右にズラした。何か思案しているような表情をしている。が、ズラした龍眼をすぐに私へ戻してきた。
「結局の所、考えても答えは出なかった。なので一回、貴様と余の関係を白紙に戻そうじゃないか」
「白紙?」
「そう、白紙。この五十年もの間に、貴様と余は何もしてなかった。敵でも無ければ、味方でもない。中立の関係だ」
中立の関係。まさか、これまでの関係を一旦無かった事にするだなんて……。私にとっては良いこと尽くめだが、アルビスは本当にそれでいいのか?
事の発端や原因は、全て私にある。私が全て悪いんだ。それに関係を白紙に戻したとしても、心の内にある柵は何一つとして取れない。
この柵は、あまりにも多い段階を踏んでいき、少しずつ取らないといけないんだ。アルビスが言ってきた話を呑んではいけない。美味しい思いをするのは、私だけなのだから。
「……それはダメだ」
「なぜだ?」
「なぜって……。お前はそれでいいのか? 今までの原因を作ったのは、全部私なんだ。私が全て悪いんだ。なのに対し、関係を白紙に戻すとなると、私のみがいい思いをする事になる。お前には何一つとして利点がない。だから―――」
説明を続けようとするも、不意にアルビスの手の平が目の前に現れたせいで、驚いて口が止まってしまった。
私が黙ったのを確認したのか。その手の平が遠ざかっていき、視野が晴れると、呆れ返っているアルビスの顔が移り込んだ。
「貴様が罪を感じてるのは、充分に伝わった。が、貴様が脅威では無くなった以上、原因の根源、今までの経緯、そして、余の利害。そんなものは、もうどうでもいいのだよ」
語るタイミングを盗られてしまったせいで、今度はアルビスが語り出す。
「それと、貴様は余を分かってる風に喋っているが……。貴様は余について何も知らず、余も貴様については何も知らない。それとも、貴様は余の何かについて知ってるのか?」
「いや……、何も知らない」
「だろう? 余も貴様の事を、最大の脅威としてしか見ていなく、他の事は何も知らん。貴様は叶えたい願いがあって、余の部位を狙ってたに過ぎない。そして余は、ただそれに抗ってただけの事。そもそも、今さら今までの行為に罪を感じるなぞ、それ自体がおかしいのだよ」
……アルビスが言っている事には一理ある。あの喜びようを目にしていなければ、罪悪感そのものが芽生えなかっただろう。
確かに。私はピースを生き返らせたく、アルビスの部位を狙っていた。いや、アルビスだけじゃない。数え切れない程の魔物や獣を殺し、数多の部位を奪ってきた。
なら、そいつらにも罪悪感が芽生えないとおかしいじゃないか。が、今芽生えている罪悪感は、アルビスの物しかない。
この罪悪感は、ずいぶんと身勝手な罪悪感だ。その場凌ぎでしかない、薄っぺらな悲劇を演じる為の罪悪感だ。私は魔女であって、道化師じゃない。
じゃあ私は、一体どうすればいいんだ……? この無いに等しい薄っぺらな罪悪感を払拭するべく、謝り続けるか。もしくはアルビスの言う通り、今までの関係を無に還し、白紙に戻すべきか。
「何も言わぬという事は、図星だな?」
「いやっ、その……」
何も言い返せないのに、まだ抵抗を試みる私。違う。正確に的を射られた発言を、認めなくないんだ。
認めてしまえば、何が正しくて、何が間違いなのかすらあやふやになり、何もかもが分からなくなってくる。
私はなんで、アルビスに謝ったんだ? 芽生えてしまった罪悪感を無くし、安心感を得たかったから? それだと、ただのどうしようもないクズになってしまう。
謝るだけなら、幼い子供ですら出来る。後先考えずに行動し、目先で起きた結果を見て初めて罪悪感が芽生え、そして流れるがままに謝る子供。だから今の私は、単なる幼い子供だ。
あまりの情けなさに次の言葉を発せず、アルビスの顔を見れずに目線を下げている中。アルビスが「ふん」と鼻を鳴らし、話を続ける。
「貴様が感じてる罪のない罪悪感よ、相当根深いようだな。なら、余の二つ目の話で、罪滅ぼしをさせてやろう」
「罪滅ぼし……?」
下げていた目線をアルビスの方へ持っていき、同じ言葉を繰り返す私。
「そう、罪滅ぼしだ。どんな内容であろうとも、決して拒否はさせぬぞ」
話す前から私の逃げ場を完全に無くして、テーブルに肘を突き、組んだ腕に顎を乗せたアルビスが、妖しく笑う。
内容を知る前に、私の拒否権を全て奪われてしまった。ならもう、考える必要は無い。行動で罪悪感を滅ぼし、子供から少しだけ大人に戻ってやる。
「なんでもいい、やらせてくれ」
「ほう。逃げる所か、催促までしてきたか。なら、言うぞ? 心して聞け」
そう言い、この場を掌握し切っているアルビスが、嬉々としている眼差しで私を捉えた。
9
お気に入りに追加
44
あなたにおすすめの小説

絶対に間違えないから
mahiro
恋愛
あれは事故だった。
けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。
だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。
何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。
どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。
私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。

【完結】あなたに知られたくなかった
ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。
5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。
そんなセレナに起きた奇跡とは?


【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?
みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。
ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる
色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる