ぶっきらぼう魔女は育てたい

桜乱捕り

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47話、本当の安寧

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「まず一つ目。貴様は、余に二度と手を出さないと誓ったな? その誓い、本当に信じていいのか?」

 アルビスが一つ目の質問を投げかけた途端、部屋の空気が一変、肌をつんざく張り詰めたものへと変わった。
 この質問の仕方は、山岳地帯の頂上で、私にしつこく何度も質問を繰り返している時のものとも違う。
 これは質問なんかではない。審判だ。私が言った言葉の真偽を確かめる為の、最終審判に近い空気だ。
 だが、身構える必要は一切無い。ただ真実を伝えればいい。私は横目でサニーが寝てる事を確認し、アルビスに戻した。

「ああ、信じてくれ。攻撃もしなければ、変身魔法を使って近づく事もしない。なんなら、山岳地帯の頂上へ行かない事も約束しよう」

「ほう、そこまでか。いいんだな、本当に信じて? 余は一度裏切られたら、そいつの事は二度と信用しないぞ。貴様は、その覚悟があって言ってるんだな?」

「ある。そして、お前の事を決して裏切らない。約束しよう」

「本当だな? その約束も、嘘偽りは無いんだな?」

「まったく無い」

「……そうか、そうかッ!」

 私が素直な気持ちをぶつけると、アルビスは右手で顔を覆い隠し、肩が小刻みに震え出した。その右手から垣間見える口角は、張り裂けんばかりにつり上がっている。

「ふっ……、ふっふっふっふっ。アーッハッハッハッハッハッ!!」

「……何が、おかしいんだ?」

「これが笑わずにいられるかッ! この迫害の地で、唯一の脅威がやっと消え去ったのだぞ! 今の余にとって、これほど嬉しい事はないッ!!」

 そう叫び、更に高笑いをし出すアルビス。この喜びようはなんだ? 最早、狂喜を通り越している。それに、今の言葉には新しい情報が多すぎる。全てが気になるな……。
 が、聞くのは一部だけにしておこう。今は、深く詮索をしてはいけない。そんな気がする。

「唯一の脅威って、私の事を言ってるのか?」

「そうだ! この地で余と敵対し、対等に渡り合えるのはアカシック・ファーストレディ、貴様しかいないのだぞ! その貴様が、余を二度と襲わないと誓ってくれたのだ! これで余はやっと、この地で本当の安寧を手に入れたのだッ!! ……本当に長かったが、ようやく余にも、また平和に暮らせる時が来たのか……」

 力説したアルビスが、脱力して椅子の背もたれに倒れ込んでいく。表情は心の底から嬉しそうで、穏やかな笑みさえ浮かべている。
 ……そうか。私はアルビスに脅威と認定されていて、見えない恐怖を、今までずっと与え続けていたのか……。
 そう気付いてしまったら、サニーに嘘をついた時よりも強く、左胸がズキズキと痛み出してきた。
 これは、あまりに重い罪悪感から来る痛みだ。アルビスと出会ったのは、約五十年以上も前になる。その時からずっと、アルビスを見えない恐怖で不安にさせていただなんて……。

 私は、とんでもない事をしでかしていた。その時は周りがまったく見えていなく、ただひたすらにピースを生き返らせる事だけに集中していた。
 だがそれは、アルビスにとっては言い訳にすらならない。本当の事を話したとしても、アルビスからしたらまったく関係のない話だ。気持ちを逆撫でする行為でしかない。
 ……謝りたい。いや、謝らなければ。決して許される事ではないが、私は、誠意を込めて謝らなければいけないんだ。

「……アルビス」

「なんだ?」

 私は今、目線をテーブルに向けているから、アルビスの表情はうかがえない。しかし、注目は集められただろう。そう考えた私は、頭を深々と下げた。

「今まで、本当にすまなかった」

「……どうしたんだ、急に?」

「私は、自分のわがまま染みた願いを叶える為に、お前の気持ちや置かれてる立場を考えず、ただ部位が欲しくて、お前を襲い続けてしまっていた」

 懺悔とも言える謝罪を始めるも、アルビスは黙ったまま。私の視界に映っているのは、茶色のテーブルのみ。アルビスの様子は一切分からない。

「お前の喜びようを見て、自分がとんでもない過ちを犯していた事に気付いたんだ。謝って済む問題じゃないのは分かってる。許してほしいとは微塵も思ってない。ただ、心の底から申し訳ないと感じて、お前に謝りたくなったんだ。アルビス、お前にしでかしてきた行為、全てを謝りたい。本当に申し訳なかった」

 二度謝ろうとも、私の罪悪感は晴れるどころか、より一層重くなっていった。そりゃそうだ。私が積み重ねてきた罪は、おおよそ五十年以上。
 たった二回で晴れる訳がない。何十回、何百回、何千回謝ろうとも、この罪は決して償えないだろう。私はそれだけの事をしてきたんだ。
 その罪は、途方にもなく重い。目に見えない罪が背中に重なり、左胸をギリギリと締め付けていく。この重苦しい痛みは、一生付き合う事になるだろうな。

「頭を上げろ、アカシック・ファーストレディ」

 自ら生み出した精神的苦痛により、左胸に耐え難い痛みを感じている中。アルビスが指示を出してきたので、腰を曲げたまま頭を上げる私。
 目線の先には、半目の龍眼を私に合わせてきているアルビス。そのアルビスが、見下げているようにも見える龍眼を閉じ、口角を緩く上げた。

「貴様が余にしてきた行為は、一旦全て許そう」

「え?」

 アルビスがそう告げた直後、私の目線が高くなっていく。横目で自分の体を確認してみると、いつの間にか姿勢が正しくなっていた。

「いや、こんな事は初めてでな。余も何をすれば正解なのか、正直まったく分からんのだ」

「分からない?」

「ああ。余は、五百年以上しぶとく生き伸びてきた。その中で、余を襲ってきた生き物を返り討ちにし、見逃し、逃がした事は多々あった。が、生き伸びていった生き物達は、誰一人として謝罪しに余の前には戻って来なかった。……いや、一人居たな」

 唐突に語り出したアルビスが、凛とした笑みを私に見せつける。

「アカシック・ファーストレディという、たった一人の魔女がな」

「……私が?」

「そうだ。貴様が初めてなのだよ、こうやって余に謝罪してきたのは。だから、余も対応に困ってたのだが……」

 説明している口を止めたアルビスが、握った左手を口元に当て、龍眼の視線を右にズラした。何か思案しているような表情をしている。が、ズラした龍眼をすぐに私へ戻してきた。

「結局の所、考えても答えは出なかった。なので一回、貴様と余の関係を白紙に戻そうじゃないか」

「白紙?」

「そう、白紙。この五十年もの間に、貴様と余は何もしてなかった。敵でも無ければ、味方でもない。中立の関係だ」

 中立の関係。まさか、これまでの関係を一旦無かった事にするだなんて……。私にとっては良いこと尽くめだが、アルビスは本当にそれでいいのか?
 事の発端や原因は、全て私にある。私が全て悪いんだ。それに関係を白紙に戻したとしても、心の内にあるしがらみは何一つとして取れない。
 この柵は、あまりにも多い段階を踏んでいき、少しずつ取らないといけないんだ。アルビスが言ってきた話を呑んではいけない。美味しい思いをするのは、私だけなのだから。

「……それはダメだ」

「なぜだ?」

「なぜって……。お前はそれでいいのか? 今までの原因を作ったのは、全部私なんだ。私が全て悪いんだ。なのに対し、関係を白紙に戻すとなると、私のみがいい思いをする事になる。お前には何一つとして利点がない。だから―――」

 説明を続けようとするも、不意にアルビスの手の平が目の前に現れたせいで、驚いて口が止まってしまった。
 私が黙ったのを確認したのか。その手の平が遠ざかっていき、視野が晴れると、呆れ返っているアルビスの顔が移り込んだ。

「貴様が罪を感じてるのは、充分に伝わった。が、貴様が脅威では無くなった以上、原因の根源、今までの経緯、そして、余の利害。そんなものは、もうどうでもいいのだよ」

 語るタイミングを盗られてしまったせいで、今度はアルビスが語り出す。

「それと、貴様は余を分かってる風に喋っているが……。貴様は余について何も知らず、余も貴様については何も知らない。それとも、貴様は余の何かについて知ってるのか?」

「いや……、何も知らない」

「だろう? 余も貴様の事を、最大の脅威としてしか見ていなく、他の事は何も知らん。貴様は叶えたい願いがあって、余の部位を狙ってたに過ぎない。そして余は、ただそれに抗ってただけの事。そもそも、今さら今までの行為に罪を感じるなぞ、それ自体がおかしいのだよ」

 ……アルビスが言っている事には一理ある。あの喜びようを目にしていなければ、罪悪感そのものが芽生えなかっただろう。
 確かに。私はピースを生き返らせたく、アルビスの部位を狙っていた。いや、アルビスだけじゃない。数え切れない程の魔物や獣を殺し、数多の部位を奪ってきた。
 なら、そいつらにも罪悪感が芽生えないとおかしいじゃないか。が、今芽生えている罪悪感は、アルビスの物しかない。

 この罪悪感は、ずいぶんと身勝手な罪悪感だ。その場凌ぎでしかない、薄っぺらな悲劇を演じる為の罪悪感だ。私は魔女であって、道化師じゃない。
 じゃあ私は、一体どうすればいいんだ……? この無いに等しい薄っぺらな罪悪感を払拭するべく、謝り続けるか。もしくはアルビスの言う通り、今までの関係を無に還し、白紙に戻すべきか。

「何も言わぬという事は、図星だな?」

「いやっ、その……」

 何も言い返せないのに、まだ抵抗を試みる私。違う。正確に的を射られた発言を、認めなくないんだ。
 認めてしまえば、何が正しくて、何が間違いなのかすらあやふやになり、何もかもが分からなくなってくる。
 私はなんで、アルビスに謝ったんだ? 芽生えてしまった罪悪感を無くし、安心感を得たかったから? それだと、ただのどうしようもないクズになってしまう。
 謝るだけなら、幼い子供ですら出来る。後先考えずに行動し、目先で起きた結果を見て初めて罪悪感が芽生え、そして流れるがままに謝る子供。だから今の私は、単なる幼い子供だ。

 あまりの情けなさに次の言葉を発せず、アルビスの顔を見れずに目線を下げている中。アルビスが「ふん」と鼻を鳴らし、話を続ける。

「貴様が感じてる罪のない罪悪感よ、相当根深いようだな。なら、余の二つ目の話で、罪滅ぼしをさせてやろう」

「罪滅ぼし……?」

 下げていた目線をアルビスの方へ持っていき、同じ言葉を繰り返す私。

「そう、罪滅ぼしだ。どんな内容であろうとも、決して拒否はさせぬぞ」

 話す前から私の逃げ場を完全に無くして、テーブルに肘を突き、組んだ腕に顎を乗せたアルビスが、妖しく笑う。
 内容を知る前に、私の拒否権を全て奪われてしまった。ならもう、考える必要は無い。行動で罪悪感を滅ぼし、子供から少しだけ大人に戻ってやる。

「なんでもいい、やらせてくれ」

「ほう。逃げる所か、催促までしてきたか。なら、言うぞ? 心して聞け」

 そう言い、この場を掌握し切っているアルビスが、嬉々としている眼差しで私を捉えた。
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