46 / 301
45話、魔法壁の穴
しおりを挟む
「さあ、アカシック・ファーストレディよ! 余にシチューを振る舞うのだ!」
私の家に入った途端、アルビスが生き生きとした声で催促をしてきた。余程楽しみにしていたのだろうか? 少しの間でアルビスの見る目が、みるみる内に変わっていく。
「一応昨日の余りがあるが、最初から作るか?」
「今あるのでいい、余は早く食べたいんだ!」
「分かった。温めるから少し待っててくれ」
もう包み隠してすらいない。ヴェルインの自慢話の効力は凄まじいな。これでシチューを食べ、口に合わなかったらヴェルインが可哀想な事になりそうだ。
椅子に座ったアルビスを待たせぬべく、シチューが入った鉄釜に魔法で火を灯す。煮えるのは、おおよそ五分から十分程度。それまで何をしていようか。
やる事が無くなってしまったので、アルビスの対面にある椅子に腰を下ろす私。するとアルビスは腕を組み、そわそわしている顔を窓へ向けた。
「それにしても、貴様が住んでたのは沼地帯ではなかったのか? ここはどう見ても花畑地帯にしか見えんのだが」
「沼地帯で合ってる。ゴーレムを助けたら、こうなった」
「……話が飛躍し過ぎてまるで分からぬぞ? 一から説明しろ」
一からと言われると相当長くなる。ここは簡単に説明してしまおう。
「久々に花畑地帯へ行ったら、そこの管理人であるゴーレムがほとんど地面に埋まってたから助けた。お礼として、ゴーレムからサニーに花を贈ると約束された。が、贈り物の規模が桁違いで、沼地帯が花畑地帯と化した。こんな感じだ」
「要は、はた迷惑な恩返しという訳だな?」
「まあ、そんなものだ」
あの時はサニーが居たからこそ、他種族に微塵の興味すら持ち合わせていなかった私が、ゴーレムを助け出し。殺伐とした沼地帯が、こんな平和に満ちた空間に変貌を遂げたんだ。
逆にサニーが居なければ、沼地帯は以前の姿を保ったままに違いない。そして、アルビスとこうしたやり取りも交わせなかっただろう。
「しかし、貴様が人助けか。にわかに信じ難い話だが、実際こうなってしまったんだ。嘘ではないのだろうな。でだ、さっきの話の続きといこうじゃないか」
「魔法壁の話か?」
「そうだ。今から、沢山ある穴の一つを見せてやろう」
やっとこの話が来た。アルビスだけが知っている、魔法壁の穴の話。現在分かっているのは、熱と冷気の貫通。これだけでもかなり致命的だ。
しかも、これだけじゃない。アルビスは沢山と言っている。早く教えてほしい。その魔法壁の穴を見せると言ったアルビスが、おもむろにサニーへ手招きをした。
「小娘、余の元へ来い。抱っこしてやろう」
「だっこ! わーいっ!」
絵を描いていたサニーが、抱っこと耳にするや否や。太陽よりも眩しく輝いた青い瞳をアルビスにやり、笑顔で駆け寄って行く。
足元まで来ると、アルビスはサニーの体を抱えて抱っこし、そのまま太ももの上にちょこんと座らせた。……凄まじく違和感のある光景だ。
サニーは抱っこされて嬉しいのか、ニコニコとしながら体を左右に揺らし。アルビスはというと、サニーが落ちないよう体をしっかり抱えている。
「アカシック・ファーストレディよ。この状況、貴様はどう見る?」
「傍から見ると、微笑ましい光景だな」
「ふむ、呑気な奴だ。では、質問を付け加えてみよう。余は、魔法壁の発動条件を知ってるのにも関わらず、小娘をこうやって触れられている。この状況、貴様はどう見る?」
「……あっ」
まずい、今の状況は非常にまずい。アルビスは今、サニーの体を直に触っている。すなわちそれは、ゼロ距離から攻撃を放てる事を意味する。
流石にそれだと、魔法壁の展開が間に合わない。サニーの体を包み込む前に、体に攻撃が届いてしまう。なぜアルビスに指摘されるまでの間、サニーが殺されかねない状況に気が付かなかったんだ……。
このままだと、サニーがアルビスによって殺されてしまう。そう考えてしまったせいか、私はいつでも魔法が使えるよう、テーブルの下で指を鳴らす構えを取った。
「アルビス、変な真似はするなよ?」
視野が狭まった私が警告すると、アルビスは手を前に添え、「そう身構えるな」と軽く受け流す。
「貴様らが余に何もしてこない限り、余も貴様らに何もしないと誓おう」
「……その誓い、信じてもいいのか?」
「ああ、安心しろ。余はひねくれ者だが、嘘は決してつかん。魔法壁の穴を実際に見せてやったのだ」
「魔法壁の、穴……」
確かにそうだが……。これは穴なんかじゃない、死に直結する欠陥そのもの。この流れは、知性がある魔物に対し、魔法壁の発動条件を教えてしまった場面を演じているのだろう。
発動条件さえ知ってしまえば、サニーの元へ容易に近づけるという、アルビスからの警告だ。しかし、まだサニーは危険な状況下に置かれているには違いない。
「本当にサニーには、何もしないんだな?」
「小娘だけではない、貴様にも何もしないと言ってるだろうが。さっきは興味本位で聞いてしまった余も悪いのだが……。そう易々と、魔法壁の発動条件を他者に教えるな。それがどんなに親しき奴でもだ。分かったな?」
当たり前の事だ。サニーを守る為の絶対条件だ。だが私は、その当たり前の事を簡単に破ってしまい、流れるがままアルビスに教えてしまった。
先のやり取りを、事前にアルビスとやっておいてよかったかもしれない。これからは気に留めつつ、他者と接していこう。
……待てよ? アルビスはもう、魔法壁の発動条件を知っている。私に警告したものの、アルビスから他者へ伝わる可能性だってあるじゃないか。ひとまず、念を押しておかねば。
「アルビス」
「余は誰にも言わないし、とっとと忘れる。知った所で、小娘には一切手を出さん。貴様が納得するまで何度でも言うぞ」
「む……」
話そうとした内容を見透かされていたのか、的確に言い返されてしまった。アルビスの機嫌を損ないかねないので、これ以上突っつくのはやめにしておこう。
しかし、その考えは遅かったらしく、やや機嫌を悪くしてしまったのか、アルビスが「ふんっ」と高めに鼻を鳴らした。
「もういい、二つ目の穴だ。この魔法壁は、物理、魔法攻撃、敵意、殺意に反応すると言ったな?」
「ああ、言った」
「でだ。そのどれも有さない危険物が小娘に迫ってきた場合、魔法壁は発動しないんじゃないか?」
どれも有さない危険物。パッと思い付いてしまったのが、現在のアルビス。いや、アルビスの事はもういい。そろそろ信用しないと埒が明かない。
「例えば?」
「そうだな。湿地帯や火山地帯で、有毒性のある煙が点々と噴出してるだろう? それは攻撃でもなければ、敵意、殺意も含んでない。ただそこで噴出してるだけだ。風に乗って運ばれて来たとしても、結局の所、どれも有していないだろ?」
「……確かに、言われてみればそうだ」
おまけに霧散でもされたら、目に見えない脅威となる。絶対的安全を保証されると思っていた魔法壁、本当に穴だらけじゃないか。よくよく思えば、発動条件が限定的過ぎる。
サニーを守る為に、満足してはいけない。してしまえば、そこで思考が止まってしまう。取り返しのつかない事態が起きる前に、アルビスに指摘されて本当によかった。
私が素直に認めると、アルビスは小さく頷く。それと同時に、なぜかサニーも頭をカクンと下げた。上げない所を見ると、寝てしまったのだろうか?
「となると、三つ目の穴も確定だな」
「教えてくれ、頼む」
食い気味に催促してみれば、サニーの体を大事に支えているアルビスが、口角を緩く上げる。
「よかろう。三つ目はかなり特殊だが、一部の自然の驚異だ。竜巻、倒木、落石等。このあからさまなのは発動するだろう。が、濁流に流された場合が余も分からん。試す訳にもいかないから、気に留めてろ。そして、確実に発動しないと思われるのが、流れてる溶岩だ」
「流れてる、溶岩……」
「そう。噴火して飛来して来た物に関しては、攻撃と見なされて発動するかもしれない。が、流れてる溶岩は、どれも有してない。そこに小娘が転落しても、魔法壁は発動しないまま溶岩の海にドボン。骨も残さず溶けてしまうだろう」
「本当に特殊だな。だが、それも穴なのには違いない。そうなると、自然落下等の事故も発動しないだろうな」
そう。自然落下も物理、魔法攻撃、殺意、敵意、どれも有していない。地面はただそこにあるだけ。こちらが勢いよく落下し、勝手に向かって行っているだけだ。
私自ら魔法壁の穴を見つけたせいか、アルビスが「ほう」と口にし、眉を跳ね上げる。
「それは、次に言おうとしてた穴だ。貴様もだんだん理解してきたじゃないか」
「ああ、理解した。いや、理解しないといけない。本来、この穴は私が見つけないといけない物だ。なのに対し、ちょっと魔法壁の発動条件を知ったお前が、ここまで見つけてくれた。本当に感謝してるよ」
「ふむ、よろしい。一応、余が思い付いた穴はこれぐらいだが……。流石に、その穴の埋め方までは知らん。後はアカシック・ファーストレディ、貴様次第だぞ?」
「分かってる。全部埋めてみせるさ、出来るまでな」
絶対にやってみせる。いや、やらなければいけない。アルビスが見つけてくれた先の穴を、必ず全て埋める。
これは、今後の私への課題だ。いくつかはすぐに埋められるが、見えない脅威の対応。そして、溶岩に落ちた時の対処。
この二つは、一から新しい呪文を作らなければいけないな。となると、また夜更かしをせなば。私の決意を聞いたアルビスが、満足気な表情をしながら頷いた。
「貴様なら出来るだろう。でだ、本題へ戻ろうか」
「本題? なんだ?」
「シチューだ! もう煮えたぎっているだろう! 早く余に振る舞えッ!」
「あ、そうだった。ちょっと待ってろ、今用意する」
意識が魔法壁の穴に集中していたせいか、すっかりと忘れていた。椅子から立ち上がり、魔法で火を止めつつ鉄釜の所へ向かう。
そして、木の皿と匙を棚から出している最中。「……小娘? 小娘?」という、サニーを何度も呼んでいるアルビスの声が聞こえてきたので、そちらに顔を移した。
目線の先に映ったのは、スヤスヤと眠っているサニーの顔を、困った様子で覗き込んでいるアルビスの姿。少しの間を置いてから、アルビスが私に顔を合わせてきた。
「大変だ、アカシック・ファーストレディ。小娘が寝てしまったから、余が動けん……」
小声でアルビスが言ってきた所を察するに、本当に困っているようだ。サニーが寝ているのに気が付いた途端、起こすと思っていたが……。
むしろその逆。サニーを起こさぬよう、私に声を掛けてくるだなんて。
「待ってろ。シチューをそっちに持っていったら、サニーをどかしてやる」
「ああ、頼む。しかし、せっかく寝てるんだ。起こさぬよう静かにどかしてやれ」
「……分かった」
挙句の果てには、起こさぬようにと来たか。これはサニーを想ってくれていないと、絶対に出てこない言葉だ。
これではっきりとした事が一つある。アルビスは信用出来る人物だ。いや、私が必要以上に警戒していただけだったのかもしれない。
私は普段のアルビスの事を、何も知らないんだ。いや、知ろうとさえしていなかった。昔の私は、アルビスを研究材料の素材としか見ていなかったのだから。
今思うと、あまりにも酷すぎる。アルビスだって生きているんだ。そして何かしらの理由があって、この迫害の地へ来たのだろうに。
私の家に入った途端、アルビスが生き生きとした声で催促をしてきた。余程楽しみにしていたのだろうか? 少しの間でアルビスの見る目が、みるみる内に変わっていく。
「一応昨日の余りがあるが、最初から作るか?」
「今あるのでいい、余は早く食べたいんだ!」
「分かった。温めるから少し待っててくれ」
もう包み隠してすらいない。ヴェルインの自慢話の効力は凄まじいな。これでシチューを食べ、口に合わなかったらヴェルインが可哀想な事になりそうだ。
椅子に座ったアルビスを待たせぬべく、シチューが入った鉄釜に魔法で火を灯す。煮えるのは、おおよそ五分から十分程度。それまで何をしていようか。
やる事が無くなってしまったので、アルビスの対面にある椅子に腰を下ろす私。するとアルビスは腕を組み、そわそわしている顔を窓へ向けた。
「それにしても、貴様が住んでたのは沼地帯ではなかったのか? ここはどう見ても花畑地帯にしか見えんのだが」
「沼地帯で合ってる。ゴーレムを助けたら、こうなった」
「……話が飛躍し過ぎてまるで分からぬぞ? 一から説明しろ」
一からと言われると相当長くなる。ここは簡単に説明してしまおう。
「久々に花畑地帯へ行ったら、そこの管理人であるゴーレムがほとんど地面に埋まってたから助けた。お礼として、ゴーレムからサニーに花を贈ると約束された。が、贈り物の規模が桁違いで、沼地帯が花畑地帯と化した。こんな感じだ」
「要は、はた迷惑な恩返しという訳だな?」
「まあ、そんなものだ」
あの時はサニーが居たからこそ、他種族に微塵の興味すら持ち合わせていなかった私が、ゴーレムを助け出し。殺伐とした沼地帯が、こんな平和に満ちた空間に変貌を遂げたんだ。
逆にサニーが居なければ、沼地帯は以前の姿を保ったままに違いない。そして、アルビスとこうしたやり取りも交わせなかっただろう。
「しかし、貴様が人助けか。にわかに信じ難い話だが、実際こうなってしまったんだ。嘘ではないのだろうな。でだ、さっきの話の続きといこうじゃないか」
「魔法壁の話か?」
「そうだ。今から、沢山ある穴の一つを見せてやろう」
やっとこの話が来た。アルビスだけが知っている、魔法壁の穴の話。現在分かっているのは、熱と冷気の貫通。これだけでもかなり致命的だ。
しかも、これだけじゃない。アルビスは沢山と言っている。早く教えてほしい。その魔法壁の穴を見せると言ったアルビスが、おもむろにサニーへ手招きをした。
「小娘、余の元へ来い。抱っこしてやろう」
「だっこ! わーいっ!」
絵を描いていたサニーが、抱っこと耳にするや否や。太陽よりも眩しく輝いた青い瞳をアルビスにやり、笑顔で駆け寄って行く。
足元まで来ると、アルビスはサニーの体を抱えて抱っこし、そのまま太ももの上にちょこんと座らせた。……凄まじく違和感のある光景だ。
サニーは抱っこされて嬉しいのか、ニコニコとしながら体を左右に揺らし。アルビスはというと、サニーが落ちないよう体をしっかり抱えている。
「アカシック・ファーストレディよ。この状況、貴様はどう見る?」
「傍から見ると、微笑ましい光景だな」
「ふむ、呑気な奴だ。では、質問を付け加えてみよう。余は、魔法壁の発動条件を知ってるのにも関わらず、小娘をこうやって触れられている。この状況、貴様はどう見る?」
「……あっ」
まずい、今の状況は非常にまずい。アルビスは今、サニーの体を直に触っている。すなわちそれは、ゼロ距離から攻撃を放てる事を意味する。
流石にそれだと、魔法壁の展開が間に合わない。サニーの体を包み込む前に、体に攻撃が届いてしまう。なぜアルビスに指摘されるまでの間、サニーが殺されかねない状況に気が付かなかったんだ……。
このままだと、サニーがアルビスによって殺されてしまう。そう考えてしまったせいか、私はいつでも魔法が使えるよう、テーブルの下で指を鳴らす構えを取った。
「アルビス、変な真似はするなよ?」
視野が狭まった私が警告すると、アルビスは手を前に添え、「そう身構えるな」と軽く受け流す。
「貴様らが余に何もしてこない限り、余も貴様らに何もしないと誓おう」
「……その誓い、信じてもいいのか?」
「ああ、安心しろ。余はひねくれ者だが、嘘は決してつかん。魔法壁の穴を実際に見せてやったのだ」
「魔法壁の、穴……」
確かにそうだが……。これは穴なんかじゃない、死に直結する欠陥そのもの。この流れは、知性がある魔物に対し、魔法壁の発動条件を教えてしまった場面を演じているのだろう。
発動条件さえ知ってしまえば、サニーの元へ容易に近づけるという、アルビスからの警告だ。しかし、まだサニーは危険な状況下に置かれているには違いない。
「本当にサニーには、何もしないんだな?」
「小娘だけではない、貴様にも何もしないと言ってるだろうが。さっきは興味本位で聞いてしまった余も悪いのだが……。そう易々と、魔法壁の発動条件を他者に教えるな。それがどんなに親しき奴でもだ。分かったな?」
当たり前の事だ。サニーを守る為の絶対条件だ。だが私は、その当たり前の事を簡単に破ってしまい、流れるがままアルビスに教えてしまった。
先のやり取りを、事前にアルビスとやっておいてよかったかもしれない。これからは気に留めつつ、他者と接していこう。
……待てよ? アルビスはもう、魔法壁の発動条件を知っている。私に警告したものの、アルビスから他者へ伝わる可能性だってあるじゃないか。ひとまず、念を押しておかねば。
「アルビス」
「余は誰にも言わないし、とっとと忘れる。知った所で、小娘には一切手を出さん。貴様が納得するまで何度でも言うぞ」
「む……」
話そうとした内容を見透かされていたのか、的確に言い返されてしまった。アルビスの機嫌を損ないかねないので、これ以上突っつくのはやめにしておこう。
しかし、その考えは遅かったらしく、やや機嫌を悪くしてしまったのか、アルビスが「ふんっ」と高めに鼻を鳴らした。
「もういい、二つ目の穴だ。この魔法壁は、物理、魔法攻撃、敵意、殺意に反応すると言ったな?」
「ああ、言った」
「でだ。そのどれも有さない危険物が小娘に迫ってきた場合、魔法壁は発動しないんじゃないか?」
どれも有さない危険物。パッと思い付いてしまったのが、現在のアルビス。いや、アルビスの事はもういい。そろそろ信用しないと埒が明かない。
「例えば?」
「そうだな。湿地帯や火山地帯で、有毒性のある煙が点々と噴出してるだろう? それは攻撃でもなければ、敵意、殺意も含んでない。ただそこで噴出してるだけだ。風に乗って運ばれて来たとしても、結局の所、どれも有していないだろ?」
「……確かに、言われてみればそうだ」
おまけに霧散でもされたら、目に見えない脅威となる。絶対的安全を保証されると思っていた魔法壁、本当に穴だらけじゃないか。よくよく思えば、発動条件が限定的過ぎる。
サニーを守る為に、満足してはいけない。してしまえば、そこで思考が止まってしまう。取り返しのつかない事態が起きる前に、アルビスに指摘されて本当によかった。
私が素直に認めると、アルビスは小さく頷く。それと同時に、なぜかサニーも頭をカクンと下げた。上げない所を見ると、寝てしまったのだろうか?
「となると、三つ目の穴も確定だな」
「教えてくれ、頼む」
食い気味に催促してみれば、サニーの体を大事に支えているアルビスが、口角を緩く上げる。
「よかろう。三つ目はかなり特殊だが、一部の自然の驚異だ。竜巻、倒木、落石等。このあからさまなのは発動するだろう。が、濁流に流された場合が余も分からん。試す訳にもいかないから、気に留めてろ。そして、確実に発動しないと思われるのが、流れてる溶岩だ」
「流れてる、溶岩……」
「そう。噴火して飛来して来た物に関しては、攻撃と見なされて発動するかもしれない。が、流れてる溶岩は、どれも有してない。そこに小娘が転落しても、魔法壁は発動しないまま溶岩の海にドボン。骨も残さず溶けてしまうだろう」
「本当に特殊だな。だが、それも穴なのには違いない。そうなると、自然落下等の事故も発動しないだろうな」
そう。自然落下も物理、魔法攻撃、殺意、敵意、どれも有していない。地面はただそこにあるだけ。こちらが勢いよく落下し、勝手に向かって行っているだけだ。
私自ら魔法壁の穴を見つけたせいか、アルビスが「ほう」と口にし、眉を跳ね上げる。
「それは、次に言おうとしてた穴だ。貴様もだんだん理解してきたじゃないか」
「ああ、理解した。いや、理解しないといけない。本来、この穴は私が見つけないといけない物だ。なのに対し、ちょっと魔法壁の発動条件を知ったお前が、ここまで見つけてくれた。本当に感謝してるよ」
「ふむ、よろしい。一応、余が思い付いた穴はこれぐらいだが……。流石に、その穴の埋め方までは知らん。後はアカシック・ファーストレディ、貴様次第だぞ?」
「分かってる。全部埋めてみせるさ、出来るまでな」
絶対にやってみせる。いや、やらなければいけない。アルビスが見つけてくれた先の穴を、必ず全て埋める。
これは、今後の私への課題だ。いくつかはすぐに埋められるが、見えない脅威の対応。そして、溶岩に落ちた時の対処。
この二つは、一から新しい呪文を作らなければいけないな。となると、また夜更かしをせなば。私の決意を聞いたアルビスが、満足気な表情をしながら頷いた。
「貴様なら出来るだろう。でだ、本題へ戻ろうか」
「本題? なんだ?」
「シチューだ! もう煮えたぎっているだろう! 早く余に振る舞えッ!」
「あ、そうだった。ちょっと待ってろ、今用意する」
意識が魔法壁の穴に集中していたせいか、すっかりと忘れていた。椅子から立ち上がり、魔法で火を止めつつ鉄釜の所へ向かう。
そして、木の皿と匙を棚から出している最中。「……小娘? 小娘?」という、サニーを何度も呼んでいるアルビスの声が聞こえてきたので、そちらに顔を移した。
目線の先に映ったのは、スヤスヤと眠っているサニーの顔を、困った様子で覗き込んでいるアルビスの姿。少しの間を置いてから、アルビスが私に顔を合わせてきた。
「大変だ、アカシック・ファーストレディ。小娘が寝てしまったから、余が動けん……」
小声でアルビスが言ってきた所を察するに、本当に困っているようだ。サニーが寝ているのに気が付いた途端、起こすと思っていたが……。
むしろその逆。サニーを起こさぬよう、私に声を掛けてくるだなんて。
「待ってろ。シチューをそっちに持っていったら、サニーをどかしてやる」
「ああ、頼む。しかし、せっかく寝てるんだ。起こさぬよう静かにどかしてやれ」
「……分かった」
挙句の果てには、起こさぬようにと来たか。これはサニーを想ってくれていないと、絶対に出てこない言葉だ。
これではっきりとした事が一つある。アルビスは信用出来る人物だ。いや、私が必要以上に警戒していただけだったのかもしれない。
私は普段のアルビスの事を、何も知らないんだ。いや、知ろうとさえしていなかった。昔の私は、アルビスを研究材料の素材としか見ていなかったのだから。
今思うと、あまりにも酷すぎる。アルビスだって生きているんだ。そして何かしらの理由があって、この迫害の地へ来たのだろうに。
10
お気に入りに追加
44
あなたにおすすめの小説

絶対に間違えないから
mahiro
恋愛
あれは事故だった。
けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。
だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。
何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。
どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。
私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。

【完結】あなたに知られたくなかった
ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。
5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。
そんなセレナに起きた奇跡とは?


【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?
みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。
ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる
色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる