ぶっきらぼう魔女は育てたい

桜乱捕り

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45話、魔法壁の穴

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「さあ、アカシック・ファーストレディよ! 余にシチューを振る舞うのだ!」

 私の家に入った途端、アルビスが生き生きとした声で催促をしてきた。余程楽しみにしていたのだろうか? 少しの間でアルビスの見る目が、みるみる内に変わっていく。

「一応昨日の余りがあるが、最初から作るか?」

「今あるのでいい、余は早く食べたいんだ!」

「分かった。温めるから少し待っててくれ」

 もう包み隠してすらいない。ヴェルインの自慢話の効力は凄まじいな。これでシチューを食べ、口に合わなかったらヴェルインが可哀想な事になりそうだ。
 椅子に座ったアルビスを待たせぬべく、シチューが入った鉄釜に魔法で火を灯す。煮えるのは、おおよそ五分から十分程度。それまで何をしていようか。
 やる事が無くなってしまったので、アルビスの対面にある椅子に腰を下ろす私。するとアルビスは腕を組み、そわそわしている顔を窓へ向けた。

「それにしても、貴様が住んでたのは沼地帯ではなかったのか? ここはどう見ても花畑地帯にしか見えんのだが」

「沼地帯で合ってる。ゴーレムを助けたら、こうなった」

「……話が飛躍し過ぎてまるで分からぬぞ? 一から説明しろ」

 一からと言われると相当長くなる。ここは簡単に説明してしまおう。

「久々に花畑地帯へ行ったら、そこの管理人であるゴーレムがほとんど地面に埋まってたから助けた。お礼として、ゴーレムからサニーに花を贈ると約束された。が、贈り物の規模が桁違いで、沼地帯が花畑地帯と化した。こんな感じだ」

「要は、はた迷惑な恩返しという訳だな?」

「まあ、そんなものだ」

 あの時はサニーが居たからこそ、他種族に微塵の興味すら持ち合わせていなかった私が、ゴーレムを助け出し。殺伐とした沼地帯が、こんな平和に満ちた空間に変貌を遂げたんだ。
 逆にサニーが居なければ、沼地帯は以前の姿を保ったままに違いない。そして、アルビスとこうしたやり取りも交わせなかっただろう。

「しかし、貴様が人助けか。にわかに信じ難い話だが、実際こうなってしまったんだ。嘘ではないのだろうな。でだ、さっきの話の続きといこうじゃないか」

「魔法壁の話か?」

「そうだ。今から、沢山ある穴の一つを見せてやろう」

 やっとこの話が来た。アルビスだけが知っている、魔法壁の穴の話。現在分かっているのは、熱と冷気の貫通。これだけでもかなり致命的だ。
 しかも、これだけじゃない。アルビスは沢山と言っている。早く教えてほしい。その魔法壁の穴を見せると言ったアルビスが、おもむろにサニーへ手招きをした。

「小娘、余の元へ来い。抱っこしてやろう」

「だっこ! わーいっ!」

 絵を描いていたサニーが、抱っこと耳にするや否や。太陽よりも眩しく輝いた青い瞳をアルビスにやり、笑顔で駆け寄って行く。
 足元まで来ると、アルビスはサニーの体を抱えて抱っこし、そのまま太ももの上にちょこんと座らせた。……凄まじく違和感のある光景だ。
 サニーは抱っこされて嬉しいのか、ニコニコとしながら体を左右に揺らし。アルビスはというと、サニーが落ちないよう体をしっかり抱えている。

「アカシック・ファーストレディよ。この状況、貴様はどう見る?」

「傍から見ると、微笑ましい光景だな」

「ふむ、呑気な奴だ。では、質問を付け加えてみよう。余は、魔法壁の発動条件を知ってるのにも関わらず、小娘をこうやって触れられている。この状況、貴様はどう見る?」

「……あっ」

 まずい、今の状況は非常にまずい。アルビスは今、サニーの体を直に触っている。すなわちそれは、ゼロ距離から攻撃を放てる事を意味する。
 流石にそれだと、魔法壁の展開が間に合わない。サニーの体を包み込む前に、体に攻撃が届いてしまう。なぜアルビスに指摘されるまでの間、サニーが殺されかねない状況に気が付かなかったんだ……。
 このままだと、サニーがアルビスによって殺されてしまう。そう考えてしまったせいか、私はいつでも魔法が使えるよう、テーブルの下で指を鳴らす構えを取った。

「アルビス、変な真似はするなよ?」

 視野が狭まった私が警告すると、アルビスは手を前に添え、「そう身構えるな」と軽く受け流す。

「貴様らが余に何もしてこない限り、余も貴様らに何もしないと誓おう」

「……その誓い、信じてもいいのか?」

「ああ、安心しろ。余はひねくれ者だが、嘘は決してつかん。魔法壁の穴を実際に見せてやったのだ」

「魔法壁の、穴……」

 確かにそうだが……。これは穴なんかじゃない、死に直結する欠陥そのもの。この流れは、知性がある魔物に対し、魔法壁の発動条件を教えてしまった場面を演じているのだろう。
 発動条件さえ知ってしまえば、サニーの元へ容易に近づけるという、アルビスからの警告だ。しかし、まだサニーは危険な状況下に置かれているには違いない。

「本当にサニーには、何もしないんだな?」

「小娘だけではない、貴様にも何もしないと言ってるだろうが。さっきは興味本位で聞いてしまった余も悪いのだが……。そう易々と、魔法壁の発動条件を他者に教えるな。それがどんなに親しき奴でもだ。分かったな?」

 当たり前の事だ。サニーを守る為の絶対条件だ。だが私は、その当たり前の事を簡単に破ってしまい、流れるがままアルビスに教えてしまった。
 先のやり取りを、事前にアルビスとやっておいてよかったかもしれない。これからは気に留めつつ、他者と接していこう。
 ……待てよ? アルビスはもう、魔法壁の発動条件を知っている。私に警告したものの、アルビスから他者へ伝わる可能性だってあるじゃないか。ひとまず、念を押しておかねば。

「アルビス」

「余は誰にも言わないし、とっとと忘れる。知った所で、小娘には一切手を出さん。貴様が納得するまで何度でも言うぞ」

「む……」

 話そうとした内容を見透かされていたのか、的確に言い返されてしまった。アルビスの機嫌を損ないかねないので、これ以上突っつくのはやめにしておこう。
 しかし、その考えは遅かったらしく、やや機嫌を悪くしてしまったのか、アルビスが「ふんっ」と高めに鼻を鳴らした。

「もういい、二つ目の穴だ。この魔法壁は、物理、魔法攻撃、敵意、殺意に反応すると言ったな?」

「ああ、言った」

「でだ。そのどれも有さない危険物が小娘に迫ってきた場合、魔法壁は発動しないんじゃないか?」

 どれも有さない危険物。パッと思い付いてしまったのが、現在のアルビス。いや、アルビスの事はもういい。そろそろ信用しないと埒が明かない。

「例えば?」

「そうだな。湿地帯や火山地帯で、有毒性のある煙が点々と噴出してるだろう? それは攻撃でもなければ、敵意、殺意も含んでない。ただそこで噴出してるだけだ。風に乗って運ばれて来たとしても、結局の所、どれも有していないだろ?」

「……確かに、言われてみればそうだ」

 おまけに霧散でもされたら、目に見えない脅威となる。絶対的安全を保証されると思っていた魔法壁、本当に穴だらけじゃないか。よくよく思えば、発動条件が限定的過ぎる。
 サニーを守る為に、満足してはいけない。してしまえば、そこで思考が止まってしまう。取り返しのつかない事態が起きる前に、アルビスに指摘されて本当によかった。
 私が素直に認めると、アルビスは小さくうなずく。それと同時に、なぜかサニーも頭をカクンと下げた。上げない所を見ると、寝てしまったのだろうか?

「となると、三つ目の穴も確定だな」

「教えてくれ、頼む」

 食い気味に催促してみれば、サニーの体を大事に支えているアルビスが、口角を緩く上げる。

「よかろう。三つ目はかなり特殊だが、一部の自然の驚異だ。竜巻、倒木、落石等。このあからさまなのは発動するだろう。が、濁流に流された場合が余も分からん。試す訳にもいかないから、気に留めてろ。そして、確実に発動しないと思われるのが、流れてる溶岩だ」

「流れてる、溶岩……」

「そう。噴火して飛来して来た物に関しては、攻撃と見なされて発動するかもしれない。が、流れてる溶岩は、どれも有してない。そこに小娘が転落しても、魔法壁は発動しないまま溶岩の海にドボン。骨も残さず溶けてしまうだろう」

「本当に特殊だな。だが、それも穴なのには違いない。そうなると、自然落下等の事故も発動しないだろうな」

 そう。自然落下も物理、魔法攻撃、殺意、敵意、どれも有していない。地面はただそこにあるだけ。こちらが勢いよく落下し、勝手に向かって行っているだけだ。
 私自ら魔法壁の穴を見つけたせいか、アルビスが「ほう」と口にし、眉を跳ね上げる。

「それは、次に言おうとしてた穴だ。貴様もだんだん理解してきたじゃないか」

「ああ、理解した。いや、理解しないといけない。本来、この穴は私が見つけないといけない物だ。なのに対し、ちょっと魔法壁の発動条件を知ったお前が、ここまで見つけてくれた。本当に感謝してるよ」

「ふむ、よろしい。一応、余が思い付いた穴はこれぐらいだが……。流石に、その穴の埋め方までは知らん。後はアカシック・ファーストレディ、貴様次第だぞ?」

「分かってる。全部埋めてみせるさ、出来るまでな」
 
 絶対にやってみせる。いや、やらなければいけない。アルビスが見つけてくれた先の穴を、必ず全て埋める。
 これは、今後の私への課題だ。いくつかはすぐに埋められるが、見えない脅威の対応。そして、溶岩に落ちた時の対処。
 この二つは、一から新しい呪文を作らなければいけないな。となると、また夜更かしをせなば。私の決意を聞いたアルビスが、満足気な表情をしながら頷いた。

「貴様なら出来るだろう。でだ、本題へ戻ろうか」

「本題? なんだ?」

「シチューだ! もう煮えたぎっているだろう! 早く余に振る舞えッ!」

「あ、そうだった。ちょっと待ってろ、今用意する」

 意識が魔法壁の穴に集中していたせいか、すっかりと忘れていた。椅子から立ち上がり、魔法で火を止めつつ鉄釜の所へ向かう。
 そして、木の皿とさじを棚から出している最中。「……小娘? 小娘?」という、サニーを何度も呼んでいるアルビスの声が聞こえてきたので、そちらに顔を移した。
 目線の先に映ったのは、スヤスヤと眠っているサニーの顔を、困った様子で覗き込んでいるアルビスの姿。少しの間を置いてから、アルビスが私に顔を合わせてきた。

「大変だ、アカシック・ファーストレディ。小娘が寝てしまったから、余が動けん……」

 小声でアルビスが言ってきた所を察するに、本当に困っているようだ。サニーが寝ているのに気が付いた途端、起こすと思っていたが……。
 むしろその逆。サニーを起こさぬよう、私に声を掛けてくるだなんて。

「待ってろ。シチューをそっちに持っていったら、サニーをどかしてやる」

「ああ、頼む。しかし、せっかく寝てるんだ。起こさぬよう静かにどかしてやれ」

「……分かった」

 挙句の果てには、起こさぬようにと来たか。これはサニーを想ってくれていないと、絶対に出てこない言葉だ。
 これではっきりとした事が一つある。アルビスは信用出来る人物だ。いや、私が必要以上に警戒していただけだったのかもしれない。

 私は普段のアルビスの事を、何も知らないんだ。いや、知ろうとさえしていなかった。昔の私は、アルビスを研究材料の素材としか見ていなかったのだから。
 今思うと、あまりにも酷すぎる。アルビスだって生きているんだ。そして何かしらの理由があって、この迫害の地へ来たのだろうに。
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