45 / 296
44話、予想外の展開
しおりを挟む
「こ、小娘ェ……! まだか? まだ、描き終えられぬのかぁッ……!?」
「もう少し待ってくださいっ」
アルビスが同じ体勢を維持したまま、五十分以上は経っただろうか。そのアルビスの長い首は小刻みに震えていて、見るからに我慢の限界が来ている。
サニーが描いている絵を覗いてみると、さっき言ったもう少しは、本当にもう少しだ。後は、鼻先の色を濃く塗るぐらいで終わる。
上半身から描かれている、艶めかしい反射光を発している堅固な黒い鱗。畳まれているが、翼は立派な雰囲気を醸し出している。
首は、前と後ろで違う配色だ。後ろは黒が濃く、下顎から腹にかけては灰色。凛々しくもあり、どこか底知れぬ恐怖を感じさせる紫色の龍眼。
角もそう。鱗とは違う黒が使われている。下に白が塗られているようだ。そして、雄大さを誇る顔面。これならアルビスも満足するに違いない。一時間以内で、よくここまで描けたものだ。
「ここまで時間が、かかったのだッ……! 余を満足させる絵でなければ、分かって、いるだろうなあ……!?」
「満足できなかったら、どうなっちゃうんですか?」
「えっ?」
“分かっているだろうな?”という、言葉に含まれた意味を理解していないサニーが、恐れる事無く質問してみれば、アルビスは呆気に取られた返事をした。今の抜けた声は、私も初めて聞いたぞ……。
普通の大人であれば、残虐的な方法で殺されると直感するだろう。が、サニーは違う。まず、殺されると思っていない。いや、その考えまでに至らないのだ。大人の駆け引きを知らない四歳児だからな。
これがサニーの怖い所である。恐怖に対してあまりに無頓着であり、たとえ学んだとしても、それだけにしか恐怖心を覚えない。アルビスがサニーに何かしない限り、アルビスに対して恐怖心は一生芽生えないだろう。
「……いや、なんでもない。忘れてくれ」
自分の流れに持っていけないアルビスが、とうとうしょぼくれてしまった。四歳児に優位を取れないのは、自尊心もあった話じゃない。ズタズタになっているだろう。
「アルビス、休憩するか?」
「貴様、余を、侮ってるな……? これしきの首の痺れなぞ、余にとって何の造作も、もォッ……!?」
ちょっと首を動かした途端、アルビスの全身がビクンッと大きな波が打ち、龍眼をグルンと上に向けた。首の痺れが全身を駆け巡り、我慢の限界を超えたな。
しかし、その痺れの辛さは私もよく知っている。かつて花畑地帯で、散々な目にあったからな。あの拷問紛いな痺れは、二度と味わいたくない。
「……秘薬でも飲むか?」
「た、頼む……。余の口の中に、直接入れて、くれ……」
最早、痺れによって喋るのも難しいみたいだ。口が魚みたいにパクパクとしていて、顔全体が痙攣しているが如くガクガクと震えている。
早急にアルビスに秘薬を与えるべく、右手に漆黒色の箒を召喚。左手に秘薬が入った容器を持ちつつ、椅子に座る形で箒に腰をかけ、高い位置にあるアルビスの顔まで飛ぶ。
そのまま秘薬を口の中に流し込めば、アルビスは待ってましたと言わんばかりに口を閉じ、喉を大きく鳴らして飲み込んだ。
すると秘薬が効いたのか。見るも無惨に痙攣していた顔の震えがピタリと止まり、穏やかになったアルビスの龍眼が、静かに閉じていく。
「……流石は余の鱗が使われた秘薬だ。痺れが一瞬で取れたぞ」
「痺れにも効くのか。私もあの時飲んでおけばよかったな」
やはり万能薬に近いだけはある。本当になんでも効くな。役目を果たしたのでそそくさと地面に降り立ち、箒を消してサニーの元へ向かう私。
絵の進捗具合を確認しようとすると、サニーが「描けたっ!」と叫び、画用紙を掲げた。まるで狙っていたようなタイミングだが、まあ仕方ない。
「ほう、やっとか。見せてみろ」
滑らかに喋られるようになったアルビスが、なんの気兼ねもなく首を動かし、威圧感のある巨大な顔を近づけてきた。
もし秘薬をあげる前に絵が完成していたら、どんな反応をしていたのだろうか? 少し気になる。
「どうぞっ」
先の一連のやり取りに意を介していなかったサニーが、描き終えたばかりの絵を、アルビスに見せつけた。
アルビスの龍眼は、真剣そのもの。細めて舐める様に絵を確認している。時折、「ほう……」とか「ふむ」と声を漏らした後、顔を遠ざけていった。
「上手く描けてるじゃないか。よくやった小娘、褒めてやろう」
「わーいっ! よかったっ、ありがとうございますっ!」
満面の笑みになり、ふわりとお辞儀をするサニー。たぶんではあるが、サニーがどんな絵を描こうとも、アルビスは褒めていただろう。そんな気がする。
「ついでだ。小娘、この姿も描いてもらおうか」
そう言ったアルビスの周りに、突如として白い光を放つ魔法陣が出現。アルビスの足元から竜巻に似た漆黒の風が巻き起こり、アルビスの巨体を覆い隠していく。
数秒すると漆黒の竜巻が収まっていき、黒の壁が晴れていくと、中からはアルビスではなく、私よりやや身長が高い人間の男性らしき人物が姿を現した。
後ろに流れるように生えている、艶やかな紫色の髪。輪郭が整っている中性的な顔。凛々しいつり目の中には、アルビスと同じ紫が濃い龍眼。左目だけに眼鏡を掛けているが……。確かあれは、片眼鏡という物だったような?
全体的に黒で、使用人を彷彿とさせる服装。その男性が緩んでいた白い手袋を引っ張り、首に巻いていた黒の襟締めを直すと、こちらに体を向けてきた。
「さあ小娘、改めて描け」
「……お前、アルビスなのか?」
「そうだが?」
「驚いた……。お前も変身魔法を使えたんだな」
これまでにアルビスとは幾度となく相まみえてきたが、アルビスの人間姿なんて初めて見た……。しかしなぜ、使用人の服なぞ着ているのだろうか?
「当たり前だ。こうでもしなければ、今まで人間の目を欺けてこれなかったからな」
人間の目を欺く? なんで、そんな必要があるんだ? アルビスが迫害の地に来た理由と、何か関係しているのか?
だが、ここで聞くのも野暮だろうし、このまま話を続けてしまおう。
「それで、使用人の服を?」
「これは余を匿ってくれた貴婦人の世話を……、いや、そんな事はどうでもいい」
何かを言いかけたアルビスが腕を組み、人間の姿には似つかない龍眼で私を捉える。
「この地でこの姿を見せたのは、貴様らを合わせて三人目だ。光栄に思うがいい」
「三人目……。最初は誰が見たんだ?」
興味本位で質問をしてみれば、アルビスは組んでいた右手を顎に添え、視線を右に持っていく。
「あれは確か……。そうだ、凍原地帯に居る暴れん坊の『フローガンズ』だったか」
「なに? お前もフローガンズに会った事があるのか?」
「その反応は、貴様もか?」
「ああ、昔に一度だけな」
アルビスもフローガンズと会っていただなんて。凍原地帯は、海の向こう側にある地帯だ。私が最高速度で飛んで行ったとしても、七日以上は掛かる。
私は研究材料を集めるべく、がむしゃらに海を飛び越え、たまたま鉢合わせてしまったのだが。アルビスはどんな用事で凍原地帯へ行ったのだろうか?
「ほう、じゃあ貴様もフローガンズと戯れたのだな」
「「暇だから戦ってくれ」と言われて、十日間以上相手をした」
「よくもまあ、そこまで相手をしてやれたものだな。余は半日で置き去りにしたぞ」
共通の話題が出てくると、流れるように会話が交わせる。ほんの少しではあるが、アルビス自身に興味が湧いてきた。
こんな興味が湧いてくるとは……。数日前の私ですら考えられない事だ。普通に接するだけで、これだけ考え方が変わるだなんて。
「アルビスさんっ、腕を組んでくださいっ!」
「む?」
花が咲き始めた会話を遮り、サニーの新たな指示が割って入ってきた。アルビスが、指示が飛んできた方に顔を向けたので、私も追って顔をやる。
そこには地面にちょこんと座り、既にアルビスを描き始めているサニーの姿があった。急に姿を変えたアルビスに対して、なんの疑問を持っていないようだが……。そこは気にした方がいいと思うぞ。
「こうか?」
やはり素直にサニーの指示に従い、腕を組むアルビス。
「はいっ、そのままでお願いしますっ!」
「ふむ、これなら楽でいい。そうだ、アカシック・ファーストレディよ」
「なんだ?」
「唐突にここへ来た貴様らに対し、何度も願いを叶えてやったのだ。余の願いも叶えてもらうぞ」
そう語ったアルビスが、口角を緩く上げた。アルビスの願い、一体なんだ? ……いや、思い当たる節が一つだけある。
今のアルビスは、標準的な人間の姿をしている。そしてそのアルビスは、事前にヴェルインからある事を拭き込まれているはずだ。もしかすると……。
「願い……、なんだ?」
「余の願い。それは、アカシック・ファーストレディ、貴様が作ったシチューを食べたい」
予想通りの展開になってしまった。が、なんかしら別の形でお礼をする予定だったので、都合がいい。断る理由も無ければ、躊躇う必要すらない。
「別にいいが……。珍しいな、お前がシチューに興味を持つだなんて」
「ヴェルインが、余と会う度に言ってくるのだよ。レディが作ったシチューは、最高に美味いとな。どれ程までの料理か、少々興味を抱いていたのだ」
やはり、ヴェルインの入れ知恵だったか。会う度とか言っていたが、しつこいにも程がある。しかし、それ程までに私が作ったシチューを気に入っている証拠でもある。悪い気は一切起きない。
それにしても、私の家でアルビスと鉢合わせたら、ヴェルインは相当ばつが悪いだろう。その様子を是非見てみたいので、必ず二人を会わせよう。
「じゃあサニーの絵が描き終わり次第、私の家に来るか?」
「無論だ。楽しみにしてるぞ」
さも当然の様に口にし、凛とした笑みを浮かべるアルビス。まさか、アルビスを家に招待する日が来るだなんて。
シチューは昨日作った余りがある。それとも、一から作ってしまおうか? 作り立ては確かに美味いが、一晩置いたシチューも味が染み込んでいて、また違う美味しさがある。
これは、後でアルビスに聞いてみよう。今の私なら、なんの気兼ねもなくアルビスに質問が出来るし、あいつも答えてくれるはずだ。
「もう少し待ってくださいっ」
アルビスが同じ体勢を維持したまま、五十分以上は経っただろうか。そのアルビスの長い首は小刻みに震えていて、見るからに我慢の限界が来ている。
サニーが描いている絵を覗いてみると、さっき言ったもう少しは、本当にもう少しだ。後は、鼻先の色を濃く塗るぐらいで終わる。
上半身から描かれている、艶めかしい反射光を発している堅固な黒い鱗。畳まれているが、翼は立派な雰囲気を醸し出している。
首は、前と後ろで違う配色だ。後ろは黒が濃く、下顎から腹にかけては灰色。凛々しくもあり、どこか底知れぬ恐怖を感じさせる紫色の龍眼。
角もそう。鱗とは違う黒が使われている。下に白が塗られているようだ。そして、雄大さを誇る顔面。これならアルビスも満足するに違いない。一時間以内で、よくここまで描けたものだ。
「ここまで時間が、かかったのだッ……! 余を満足させる絵でなければ、分かって、いるだろうなあ……!?」
「満足できなかったら、どうなっちゃうんですか?」
「えっ?」
“分かっているだろうな?”という、言葉に含まれた意味を理解していないサニーが、恐れる事無く質問してみれば、アルビスは呆気に取られた返事をした。今の抜けた声は、私も初めて聞いたぞ……。
普通の大人であれば、残虐的な方法で殺されると直感するだろう。が、サニーは違う。まず、殺されると思っていない。いや、その考えまでに至らないのだ。大人の駆け引きを知らない四歳児だからな。
これがサニーの怖い所である。恐怖に対してあまりに無頓着であり、たとえ学んだとしても、それだけにしか恐怖心を覚えない。アルビスがサニーに何かしない限り、アルビスに対して恐怖心は一生芽生えないだろう。
「……いや、なんでもない。忘れてくれ」
自分の流れに持っていけないアルビスが、とうとうしょぼくれてしまった。四歳児に優位を取れないのは、自尊心もあった話じゃない。ズタズタになっているだろう。
「アルビス、休憩するか?」
「貴様、余を、侮ってるな……? これしきの首の痺れなぞ、余にとって何の造作も、もォッ……!?」
ちょっと首を動かした途端、アルビスの全身がビクンッと大きな波が打ち、龍眼をグルンと上に向けた。首の痺れが全身を駆け巡り、我慢の限界を超えたな。
しかし、その痺れの辛さは私もよく知っている。かつて花畑地帯で、散々な目にあったからな。あの拷問紛いな痺れは、二度と味わいたくない。
「……秘薬でも飲むか?」
「た、頼む……。余の口の中に、直接入れて、くれ……」
最早、痺れによって喋るのも難しいみたいだ。口が魚みたいにパクパクとしていて、顔全体が痙攣しているが如くガクガクと震えている。
早急にアルビスに秘薬を与えるべく、右手に漆黒色の箒を召喚。左手に秘薬が入った容器を持ちつつ、椅子に座る形で箒に腰をかけ、高い位置にあるアルビスの顔まで飛ぶ。
そのまま秘薬を口の中に流し込めば、アルビスは待ってましたと言わんばかりに口を閉じ、喉を大きく鳴らして飲み込んだ。
すると秘薬が効いたのか。見るも無惨に痙攣していた顔の震えがピタリと止まり、穏やかになったアルビスの龍眼が、静かに閉じていく。
「……流石は余の鱗が使われた秘薬だ。痺れが一瞬で取れたぞ」
「痺れにも効くのか。私もあの時飲んでおけばよかったな」
やはり万能薬に近いだけはある。本当になんでも効くな。役目を果たしたのでそそくさと地面に降り立ち、箒を消してサニーの元へ向かう私。
絵の進捗具合を確認しようとすると、サニーが「描けたっ!」と叫び、画用紙を掲げた。まるで狙っていたようなタイミングだが、まあ仕方ない。
「ほう、やっとか。見せてみろ」
滑らかに喋られるようになったアルビスが、なんの気兼ねもなく首を動かし、威圧感のある巨大な顔を近づけてきた。
もし秘薬をあげる前に絵が完成していたら、どんな反応をしていたのだろうか? 少し気になる。
「どうぞっ」
先の一連のやり取りに意を介していなかったサニーが、描き終えたばかりの絵を、アルビスに見せつけた。
アルビスの龍眼は、真剣そのもの。細めて舐める様に絵を確認している。時折、「ほう……」とか「ふむ」と声を漏らした後、顔を遠ざけていった。
「上手く描けてるじゃないか。よくやった小娘、褒めてやろう」
「わーいっ! よかったっ、ありがとうございますっ!」
満面の笑みになり、ふわりとお辞儀をするサニー。たぶんではあるが、サニーがどんな絵を描こうとも、アルビスは褒めていただろう。そんな気がする。
「ついでだ。小娘、この姿も描いてもらおうか」
そう言ったアルビスの周りに、突如として白い光を放つ魔法陣が出現。アルビスの足元から竜巻に似た漆黒の風が巻き起こり、アルビスの巨体を覆い隠していく。
数秒すると漆黒の竜巻が収まっていき、黒の壁が晴れていくと、中からはアルビスではなく、私よりやや身長が高い人間の男性らしき人物が姿を現した。
後ろに流れるように生えている、艶やかな紫色の髪。輪郭が整っている中性的な顔。凛々しいつり目の中には、アルビスと同じ紫が濃い龍眼。左目だけに眼鏡を掛けているが……。確かあれは、片眼鏡という物だったような?
全体的に黒で、使用人を彷彿とさせる服装。その男性が緩んでいた白い手袋を引っ張り、首に巻いていた黒の襟締めを直すと、こちらに体を向けてきた。
「さあ小娘、改めて描け」
「……お前、アルビスなのか?」
「そうだが?」
「驚いた……。お前も変身魔法を使えたんだな」
これまでにアルビスとは幾度となく相まみえてきたが、アルビスの人間姿なんて初めて見た……。しかしなぜ、使用人の服なぞ着ているのだろうか?
「当たり前だ。こうでもしなければ、今まで人間の目を欺けてこれなかったからな」
人間の目を欺く? なんで、そんな必要があるんだ? アルビスが迫害の地に来た理由と、何か関係しているのか?
だが、ここで聞くのも野暮だろうし、このまま話を続けてしまおう。
「それで、使用人の服を?」
「これは余を匿ってくれた貴婦人の世話を……、いや、そんな事はどうでもいい」
何かを言いかけたアルビスが腕を組み、人間の姿には似つかない龍眼で私を捉える。
「この地でこの姿を見せたのは、貴様らを合わせて三人目だ。光栄に思うがいい」
「三人目……。最初は誰が見たんだ?」
興味本位で質問をしてみれば、アルビスは組んでいた右手を顎に添え、視線を右に持っていく。
「あれは確か……。そうだ、凍原地帯に居る暴れん坊の『フローガンズ』だったか」
「なに? お前もフローガンズに会った事があるのか?」
「その反応は、貴様もか?」
「ああ、昔に一度だけな」
アルビスもフローガンズと会っていただなんて。凍原地帯は、海の向こう側にある地帯だ。私が最高速度で飛んで行ったとしても、七日以上は掛かる。
私は研究材料を集めるべく、がむしゃらに海を飛び越え、たまたま鉢合わせてしまったのだが。アルビスはどんな用事で凍原地帯へ行ったのだろうか?
「ほう、じゃあ貴様もフローガンズと戯れたのだな」
「「暇だから戦ってくれ」と言われて、十日間以上相手をした」
「よくもまあ、そこまで相手をしてやれたものだな。余は半日で置き去りにしたぞ」
共通の話題が出てくると、流れるように会話が交わせる。ほんの少しではあるが、アルビス自身に興味が湧いてきた。
こんな興味が湧いてくるとは……。数日前の私ですら考えられない事だ。普通に接するだけで、これだけ考え方が変わるだなんて。
「アルビスさんっ、腕を組んでくださいっ!」
「む?」
花が咲き始めた会話を遮り、サニーの新たな指示が割って入ってきた。アルビスが、指示が飛んできた方に顔を向けたので、私も追って顔をやる。
そこには地面にちょこんと座り、既にアルビスを描き始めているサニーの姿があった。急に姿を変えたアルビスに対して、なんの疑問を持っていないようだが……。そこは気にした方がいいと思うぞ。
「こうか?」
やはり素直にサニーの指示に従い、腕を組むアルビス。
「はいっ、そのままでお願いしますっ!」
「ふむ、これなら楽でいい。そうだ、アカシック・ファーストレディよ」
「なんだ?」
「唐突にここへ来た貴様らに対し、何度も願いを叶えてやったのだ。余の願いも叶えてもらうぞ」
そう語ったアルビスが、口角を緩く上げた。アルビスの願い、一体なんだ? ……いや、思い当たる節が一つだけある。
今のアルビスは、標準的な人間の姿をしている。そしてそのアルビスは、事前にヴェルインからある事を拭き込まれているはずだ。もしかすると……。
「願い……、なんだ?」
「余の願い。それは、アカシック・ファーストレディ、貴様が作ったシチューを食べたい」
予想通りの展開になってしまった。が、なんかしら別の形でお礼をする予定だったので、都合がいい。断る理由も無ければ、躊躇う必要すらない。
「別にいいが……。珍しいな、お前がシチューに興味を持つだなんて」
「ヴェルインが、余と会う度に言ってくるのだよ。レディが作ったシチューは、最高に美味いとな。どれ程までの料理か、少々興味を抱いていたのだ」
やはり、ヴェルインの入れ知恵だったか。会う度とか言っていたが、しつこいにも程がある。しかし、それ程までに私が作ったシチューを気に入っている証拠でもある。悪い気は一切起きない。
それにしても、私の家でアルビスと鉢合わせたら、ヴェルインは相当ばつが悪いだろう。その様子を是非見てみたいので、必ず二人を会わせよう。
「じゃあサニーの絵が描き終わり次第、私の家に来るか?」
「無論だ。楽しみにしてるぞ」
さも当然の様に口にし、凛とした笑みを浮かべるアルビス。まさか、アルビスを家に招待する日が来るだなんて。
シチューは昨日作った余りがある。それとも、一から作ってしまおうか? 作り立ては確かに美味いが、一晩置いたシチューも味が染み込んでいて、また違う美味しさがある。
これは、後でアルビスに聞いてみよう。今の私なら、なんの気兼ねもなくアルビスに質問が出来るし、あいつも答えてくれるはずだ。
10
お気に入りに追加
43
あなたにおすすめの小説
絶対に間違えないから
mahiro
恋愛
あれは事故だった。
けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。
だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。
何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。
どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。
私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。
幼い公女様は愛されたいと願うのやめました。~態度を変えた途端、家族が溺愛してくるのはなぜですか?~
朱色の谷
ファンタジー
公爵家の末娘として生まれた6歳のティアナ
お屋敷で働いている使用人に虐げられ『公爵家の汚点』と呼ばれる始末。
お父様やお兄様は私に関心がないみたい。愛されたいと願い、愛想よく振る舞っていたが一向に興味を示してくれない…
そんな中、夢の中の本を読むと、、、
悪役令嬢になるのも面倒なので、冒険にでかけます
綾月百花
ファンタジー
リリーには幼い頃に決められた王子の婚約者がいたが、その婚約者の誕生日パーティーで婚約者はミーネと入場し挨拶して歩きファーストダンスまで踊る始末。国王と王妃に謝られ、贈り物も準備されていると宥められるが、その贈り物のドレスまでミーネが着ていた。リリーは怒ってワインボトルを持ち、美しいドレスをワイン色に染め上げるが、ミーネもリリーのドレスの裾を踏みつけ、ワインボトルからボトボトと頭から濡らされた。相手は子爵令嬢、リリーは伯爵令嬢、位の違いに国王も黙ってはいられない。婚約者はそれでも、リリーの肩を持たず、リリーは国王に婚約破棄をして欲しいと直訴する。それ受け入れられ、リリーは清々した。婚約破棄が完全に決まった後、リリーは深夜に家を飛び出し笛を吹く。会いたかったビエントに会えた。過ごすうちもっと好きになる。必死で練習した飛行魔法とささやかな攻撃魔法を身につけ、リリーは今度は自分からビエントに会いに行こうと家出をして旅を始めた。旅の途中の魔物の森で魔物に襲われ、リリーは自分の未熟さに気付き、国営の騎士団に入り、魔物狩りを始めた。最終目的はダンジョンの攻略。悪役令嬢と魔物退治、ダンジョン攻略等を混ぜてみました。メインはリリーが王妃になるまでのシンデレラストーリーです。
愛していました。待っていました。でもさようなら。
彩柚月
ファンタジー
魔の森を挟んだ先の大きい街に出稼ぎに行った夫。待てども待てども帰らない夫を探しに妻は魔の森に脚を踏み入れた。
やっと辿り着いた先で見たあなたは、幸せそうでした。
【完結】公爵家の末っ子娘は嘲笑う
たくみ
ファンタジー
圧倒的な力を持つ公爵家に生まれたアリスには優秀を通り越して天才といわれる6人の兄と姉、ちやほやされる同い年の腹違いの姉がいた。
アリスは彼らと比べられ、蔑まれていた。しかし、彼女は公爵家にふさわしい美貌、頭脳、魔力を持っていた。
ではなぜ周囲は彼女を蔑むのか?
それは彼女がそう振る舞っていたからに他ならない。そう…彼女は見る目のない人たちを陰で嘲笑うのが趣味だった。
自国の皇太子に婚約破棄され、隣国の王子に嫁ぐことになったアリス。王妃の息子たちは彼女を拒否した為、側室の息子に嫁ぐことになった。
このあつかいに笑みがこぼれるアリス。彼女の行動、趣味は国が変わろうと何も変わらない。
それにしても……なぜ人は見せかけの行動でこうも勘違いできるのだろう。
※小説家になろうさんで投稿始めました
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
メインをはれない私は、普通に令嬢やってます
かぜかおる
ファンタジー
ヒロインが引き取られてきたことで、自分がラノベの悪役令嬢だったことに気が付いたシルヴェール
けど、メインをはれるだけの実力はないや・・・
だから、この世界での普通の令嬢になります!
↑本文と大分テンションの違う説明になってます・・・
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる