ぶっきらぼう魔女は育てたい

桜乱捕り

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40話、砂漠地帯は一旦置いといて

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「っかぁ~! 何回食ってもうめえなあ、このシチューは。おかわりっ!」

「うるさい。サニーが起きてしまうだろ」

 ヴェルインと色彩対決を一旦休戦した後。私はシチューを温め直し、座って寝てるサニーに『ふわふわ』をかけ、そっとベッドの上に持っていった。
 シチューは三日分作ったのだが……。もしかすると、これで無くなってしまうかもしれない。私は二杯、ヴェルインは四杯食べたので、そろそろ底を尽きてしまう。
 とうとう底が見えた鉄釜からシチューを全てすくい、木の皿に盛る。そのままヴェルインの元へ持って行き、目の前に置いた。

「これが最後の一杯だ」

「これで最後か……。本当にうめえから、無限に食いてえんだがなあ」

 ボヤキつつも、シチューを口にして無邪気な笑みを浮かべるヴェルイン。まあ、私が作ったシチューを褒めてくれるのは悪くない。日を改めて、更に大きな鉄釜を購入するか。
 ヴェルインがあまりに美味しそうに食べるので、触発された私も対面の椅子に腰を下ろし、シチューを口に運ぶ。

「しかし、毎日のように食べてよく飽きないな。生肉もあるぞ?」

「生肉よりも、断然こっちの方がいいぜ。一生食っても飽きねえわ」

 シチューをやたらと褒めてくるヴェルインが、テーブルに左肘を突き、「それとよ」と付け加え、持っている木の匙を左右に振る。

「俺の仲間も、アジトで口を揃えて話してたぜ? レディのシチューは最高にうめえってよ」

「そうか。ありがとうと伝えといてくれ」

 そういえば、ヴェルインが連れて来た仲間は最初生肉を食べていたが、泉の水を使い始めてからは、シチューばかり食べていたな。そういう事だったのか。
 という事は、他の料理にも泉の水を使えば、それを食べるようになるのだろうか? 水を使った料理……。今は思い付かないな、やめておこう。

「でよ、あれから『ファート』の所には行ったのか?」

「いや。サニーが砂漠地帯に行く事を嫌がってるから、まだ行ってないんだ」

 半年前に砂漠地帯へ行った際、恐怖や危機感を学ばせるべく、魚の魔物を直接見せてやったはいいものの……。
 あれから砂漠地帯にサニーを誘うと、適当にはぐらかされるようになったので、未だに二回目は行っていない。
 なので前倒しとして、あいつの所にでも行こうかと思っている。

「ありゃ、そうなの? いくらなんでも、驚かせ過ぎたんじゃねえか?」

「そうだな、そこは反省してる。だから先に『アルビス』の所へ行く予定だ」

「あ、アルビスん所に行くのぉ!?」

 アルビスの名を口にした途端、ヴェルインが大声を上げながら立ち上がった。心なしか、表情に焦りの色が見える。なんでこんなに焦っているんだ?

「なんで、そこまで過剰に反応するんだ?」

「あっ……。ほ、ほらよぉ。あいつって、性格が悪ぃだろ? もしサニーちゃんに何かあったら、心配でよお」

 ヴェルインの語る口が僅かながらに震えている。サニーの心配は無用、アルビスの攻撃でも貫けない堅固な魔法壁がある。こいつは嘘をついていて、私に何かを隠しているに違いない。
 アルビスのように、しつこく詮索してみるか。そう思案した私は、腕を組んでからヴェルインを視界の真ん中に捉えた。

「ヴェルイン、私に何か隠してるだろ?」

「いっ!?」

 少し突っついてみれば、ヴェルインの耳と尻尾があからさまに逆立ち、力を無くして萎びていった。あまりにも露骨で分かりやすい反応だ。
 ピクリとも動かなくなったヴェルインは、わざらしく「ゴホン」と咳払いを一つし、苦笑いをしながら椅子に座る。

「い、いんやあ~? なんも隠してねえけどお?」

 声がやたらと甲高いし、視線が泳いでいて私に合わせてこないヴェルイン。挙動不審にもほどがある。こいつ、嘘をつくのが下手だな。
 誤魔化そうとして、鳴らない口笛まで吹き出した。「ぷしゅーぷしゅー」と言っている。なんだか、だんだん可愛く思えてきた。

「今正直に言えば、許してやる」

「ほんとっ? ……殺さない?」

「……そこまでの事をしたのか?」

 一体、ヴェルインはアルビスに何をしでかしたんだ? テーブルに顔を半分隠し、私に潤んだ上目遣いを送っている所を察するに、相当な事をしたのだろう。
 内容次第では、あまり許せそうにもないな。ヴェルインの上目遣いを捉えてる私の視野が、だんだんと狭まっていく。

「レディさん、顔がすごく怖いです」

「私は今、どんな顔をしてるんだ?」

「僕の事を、鋭い眼差しで睨んできてます……」

 そう言ったヴェルインの上目遣いが、テーブルの下に沈んでいく。見えるのはテーブルに添えている前足と、可哀想な程までに垂れ下がっている耳のみ。
 ここまでの怯えよう、逆に興味が湧いてきてしまった。今なら何を言われても許せそうだ。とっとと吐かせてしまおう。

「許してやるから、何をしたのか教えてくれ」

 私が言葉の免罪符を差し出すと、ヴェルインの耳が健気にピンと立ち、テーブルの下から上目遣いを覗かせてきた。

「……ほんと? 僕の事、凍らせない?」

「何もしないと約束しよう。気になるから早く教えてくれ」

 絶対の約束を交わしてから椅子に寄りかかると、ヴェルインは安心し切ったため息を漏らしつつ立ち上がり、椅子に腰を下ろす。
 まだ言うのを躊躇っているのか。前足で頬を掻き、視線をキョロキョロと泳がせるも、肘を突いてから手の平に頬を置き、気まずさを含んだ笑みを作った。

「いやなぁ……、アルビスにも言っちまったんだよ」

「何をだ?」

「その~……、だな。レディが作ったシチューが、めちゃくちゃ美味いってよお」

「……それだけなのか?」

 何かの間違いかと思い、念を押して問い掛けてみるも、ヴェルインは黙ったままうなずいた。
 ……なんか、拍子抜けしてしまったな。ここまで溜めておいて、やっとの思いで隠していた物を口にしたかと思えば、なんて事はない。
 ヴェルインはなぜ、ここまで言うのを躊躇っていたのか。本当にどうでもいい事だ。もういい、安心させてやろう。

「くだらん」

「……へ?」

「言ったからなんになる? 別に、特別でもなんでもない些細な会話だ」

「で、でもよ。もしお前がアルビスん所に行って、アルビスがシチューを食わせろって言ってきたら、どうするつもりなんだ?」

 なるほど、それを危惧していたのか。他愛もない問題だ。

「あいつが、そんな物に興味を持つ訳がない。それに私が作れるシチューの量は、巨体なあいつにとってつゆ程度なものだ。風味すら感じないだろ」

「あ~、確かにそう言われてみれば……」

「それに、あいつは私の事が大嫌いだ。最悪、サニーに絵を描かせる前に帰れと言われる可能性すらある」

 私の説明に納得したようで、ヴェルインは「あ~、はいはいはいはい」と言い、すぼめた口を天井に向け、腕を組む。そして「ならよ」と口にし、私に顔を戻してきた。

「やっぱ行かない方がいいんじゃね? 時間の無駄だと思うぜ」

「いや。以前、あいつから鱗を分けてもらったからな。それのお礼を再度しておきたいんだ」

「鱗……。あ~! サニーちゃんが体調を悪くした時の話か! そういや、秘薬にあいつの鱗が使われてるんだよな?」

「そうだ。もしあいつが山岳地帯に居なかったら、サニーはあの時に死んでいたかもしれないんだ。一応、元気なサニーの姿も見せておこうと思ってな」

 とは言っても、ヴェルインの言っている事も一理ある。行って早々強制帰宅も充分にありえる話だ。それだけは心に留めておき、身構えていよう。
 そのまま話を続けようとするも、「ふあぁ~……」という寝ぼけた声がベッドの方から聞こえてきたので、そちらに顔を向ける。
 目線の先には、既に体を伸ばした後なのか、上体を起こして目を擦っているサニーの姿があった。

「起こしてしまったか、すまんな」

「おっ、じゃあ再開するか? どっちの色が多くなるかよお」

「むっ」

 すっかりと忘れていたが、私達は戦っている最中だった。すかさず私は、六属性の杖を再召喚。勝ちが確定している姿へと戻る。
 が、ヴェルインは未だに敗北を認めていないようで、ニヤリと怪しく口角を上げた後、サニーに体を向けた。

「サニーちゃーん! 俺の事を描いてくれよー」

「その後は私を描いてくれ。全ての杖を余す事無くな」

「ん~……。あっ! ママとヴェルインさん、テーブルの前に並んで並んで!」

 私達のお願いを一蹴し、はしゃぎながら別の指示を出してくるサニー。その返しに先に反応したのは、「へっ?」と声を漏らしたヴェルインだった。

「……レディと一緒に並ぶの?」

「うんっ! ママとヴェルインさんを一枚の紙に描きたいの! お願いっ!」

 可愛げに理由を明かしたサニーが、ベッドから飛び降りる。わがままを聞いてくれると思っているのか、画用紙と色棒を用意し始めた。
 ……なんだろう。色で競い合っているのが、一気に馬鹿らしくなってしまった。ヴェルインに顔をやってみると、私と同じ事を思っていたのだろうか。
 ヴェルインも全てを諦めたような苦笑いを、私に向けてきていた。

「もうよ、やめにしようぜ。どっちの色が多いかなんてよ」

「そうだな、サニーの好きなように描かせよう」

 これは休戦ではない、終戦だ。どちらかがまた吹っ掛けさえしなければ、もう二度と始まる事はないだろう。

「ママ、ヴェルインさん。背中を合わせっこして!」

 終戦の証として握手まで交わしていると、不意にサニーの新たな指示が聞こえてきた。ヴェルインがサニーの居る方に顔をやったので、私もそれを追う。

「サニーちゃん、それって格好の指示かい?」

「うんっ! あとね、腕を組んでこっちを見ててほしいな」

 ヴェルインと背中を合わせ、尚且つ腕を組みながらサニーに顔を向けている格好。想像する限り、かなり恥ずかしい気がする。あまりやりたくない。

「本当に、その恰好をしないとダメなのか?」

「してして! 絶対にかっこいいから!」

 サニーはもう、私達の姿を頭の中に描いているようだ。その証拠に、目覚めたばかりの青い瞳をキラキラと輝かせ、鼻をふんふんと鳴らしている。
 この状態になると、私でもサニーを止める事は出来ない。最早、やるしか道はないようだ。そう嫌々覚悟を決めた私は、鼻から大きく息を漏らし、ヴェルインに顔を戻す。

「やるぞ」

「サニーちゃんの指示なら仕方ねえな。やるか」

 ここからは長丁場になるはず。時間にして、一時間以上は見ておいた方がいい。……起きていられるだろうか?
 ヴェルインに預けた背中から、固いながらも寝心地が良さそうな毛皮の感触がする。
 七日間以上寝ていない私にとって、その感触はさながら極上のベッド。まずい、強烈な睡魔が襲ってきた。なんとかこの時間だけは耐えてくれ、私よ……。
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