ぶっきらぼう魔女は育てたい

桜乱捕り

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34話、恐怖について学ばせる

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 家から数km離れると、純白に染まった花畑が終わりを迎え、鈍色にまみれたかつての沼地帯が現れた。
 今だと違和感さえ覚える風景だが、ゴーレム達はここまで花を植えていたとは。草原地帯が一年で花畑地帯に変貌を遂げた理由もうなずける。

 やはり、花に囲まれた平和な沼地帯の方が断然いい。前の沼地帯は、太陽を覆い隠す分厚い暗雲が常にあり、足元さえ朧気に霞む濃霧。
 そして魔物や獣が大量に徘徊していた、とても危険な空間だった。
 私一人だけならなんて事はないが、今は娘のサニーが居る。結果論だから言える事なのだが、よくもまあ三年間もあんな危険な場所に、サニーと共に居れたものだ。今では考えられないな。

「くらくなってきちゃったね」

「そうだな。早く砂漠地帯へ行こう」

 サニーもつまらなそうにしているし、もっと速度を出して行きたい所だが。生憎、初速から限界速度である。流石にもうこれ以上の速度は出せない。
 時間にして、後十分以上は掛かるだろうか。途中にある山岳地帯の山を二つ超えれば、その向こう側が砂漠地帯になる。そろそろ高度を上げておこう。

「サニー、寒くないか?」

「ちょっとさむいけど、へいきだよ!」

「そうか。もう少しだけ耐えてくれ」

「わかったっ」

 やはり、高度を上げると寒くなるか。たとえ砂漠地帯に着いたとしても、私は暑さを一切感じない。いい加減、体に起きているこの新薬の副作用も無くなってほしいものだ。
 そろそろ、サニーの体温を肌で感じ取ってみたい。きっと幸せに満ちた温かさだろう。限りなく近くにある幸せを感じ取れないなんて、あまりにももどかしい。

「サニー、私の体は温かいか?」

「うんっ、ぽかぽかしてて温かいよ!」

 体を反らして私に顔を合わせてきたサニーが言う。

「どんな温かさなんだ?」

「どんな、温かさ?」

 普段とは訳が違う質問をしてみれば、サニーは途端に目をぱちくりとさせた。

「例えば、そうだな……。自分で言っといてなんだが、サニーにはまだ難しい質問だったな」

「う~ん……。あっ、ずっとピタッてしてたい温かさ!」

「ピタッて?」

「うんっ! ずっとママとピタッてしてたいな。そうすれば、ずっとぽかぽかしてて温かいからっ」

「……そうか」

 今言ったサニーの言葉には、一体どんな意味が込められているのだろうか? 知りたい。単に暖を取りたい為だけなのか。それとも、私と寄り添っていると幸せを感じるとかなのか。
 そう言えばクロフライムを助けた際。『あなたの好きな物はなんですか?』という質問に対し、サニーは即答で『まま』と言っていたな。なら、後者かもしれない。
 都合のいい自己解釈だが、たぶん合っているだろう。そうだ、そうに違いない。絶対にそうだ。聞かなくても分かる。

 後は今後、どうサニーに悟られず嘘をつくかだ。なるべくならサニーの心を傷付ける事なく、優しい嘘をついていきたい。
 これはサニーが歳を重ねる毎に、かしこくなっていく度に難しくなっていくだろう。どうしたものか……。

 まだ考えるには早い今後の事について頭を悩ましていると、薄くなってきた濃霧の中から、それなりに高い山の影が見えてきた。
 これを二つ超えてしまえば、目的地である砂漠地帯へと着く。さっさと超えて、サニーに新たな景色を見せてやらねば。

 来る前から高度を上げておいたので、これ以上上昇する事無く山を越えていく。
 一つ越せば、空気が途端に乾いていき。二つ超えれば、申し訳ない程度の草原が見え。更にその先に、滑らかな隆起が続いている、どこを見渡しても砂しかない大地が私達を出迎えてくれた。
 空は雲一つ無く、どこまでも澄み渡っている群青。下は無風のせいか、不気味な静寂を保っている明るい茶色。
 砂を極めた大地には、魔物や獣の姿が一切無い。これについてはとある理由がある。が、まだサニーには教えなくていいだろう。

「うわっ、きゅうにぽかぽかが強くなった!」

「肌を焼く暑さだろ。これが砂漠地帯だ。喉が少しでも乾いたら、すぐに言え」

「わかったっ!」

 とは言ったものの、早く日陰が存在する水場を探さねば。代わり映えしない砂の大地が無尽蔵に続いているから、適当に飛び回るしか探し当てる方法がない。
 まずは、水場の陽炎かげろうを探そう。それさえ見つけてしまえば、近くに本物の水場がある。捜索範囲を広げたいから、もう少し高度を上げるとするか。
 地面には向かわず、何も言わずに高度を上げてしまったせいか。サニーが「あれ?」と声を漏らし、私に顔を向けてきた。

「ママ、じめんに下りないの?」

「いや、今下りるのは非常にまずい。下りた途端に食われてしまうからな」

「食わ、れる?」

 下りたらまずい原因をあえて言わなかったせいか、知りたがりのサニーが、教えろと言わんばかりに首をかしげた。
 丁度いい機会だ。サニーは恐怖や危機感について、あまりにも無頓着である。命の危険にさらされた事がないからなのか。はたまた、元々の胆力が凄まじいのかまでは知らないが。
 だからこそ、恐怖や危機感について学ばせるまたとない好機だ。この好機を逃さない為にも、早速行動に移すとしよう。

「こういう事だ。真下を見てろ」

 砂漠地帯の現状を視覚的に説明すべく、サニーの注目を下へ向ける私。その隙に、私は指をパチンと鳴らし、人の形をした氷を生成。
 その氷を落とし、地面に刺さった瞬間。砂の大地から大量の魚の姿をした魔物が現れ、人型の氷を強靭な顎で無作為に食い散らかし始めた。

「うわっ、なにあれ!? お魚さんが氷を食べちゃってる!」

 瞬く間に小さくなり、見るも無惨に噛み砕かれていく人型の氷。数秒もすれば、初めからそこに何も無かったかのように、跡形も無く消滅してしまった。
 数年以上前は、地上には数多の魔物や獣がそこら中を闊歩かっぽしていた。だが、あの魔物の出現により、地上に居る全ての者達が食われてしまい、ある意味死の大地へと変わってしまったのだ。
 ここの安全地帯は岩場。それと、固くて厚い一枚岩の上に存在する水場のみ。地面が砂になっている箇所は、基本足を踏み入れない方が無難である。

「地面に下りると、私達もああなってしまうが……。下りてみるか?」

「お魚さんに食べられちゃうからやだっ! ママ、ぜったいに下りちゃダメだからね!」

 強く私に言い聞かせ、箒を離さんとばかりに握るサニー。実際に見せたお陰か、効果てきめんである。これで少しは、恐怖や危機感について学べればいいのだが。
 もう少し高度を上げてみると、遥か前方に水場らしき点が目に入り込んできた。今日は運がいい。普段は、一時間以上探しても見つからない時があるというのに。
 早速、飛ぶ速度を速めて近づいてみると、サニーも水場の存在に気が付いたのか、「あっ!」と声を上げ、水場に向かって指を差した。

「ママ、何かあるよ!」

「あれが今日の目的地である水場だ。……が、あれは陽炎だな」

 近づいて行くに連れ、水場全体がゆらゆらと怪しく揺れ出した。間違いない、あの水場は偽物である陽炎だ。
 間違えて地面に下りようとすれば、途端に水場は目の前から消え失せ、魚の魔物に食われてしまうだろう。自然が作り出す容赦ない幻影。もしくは悪気のない罠である。

「かげろう?」

「なんと言えばいいか……。実際目に見えているが、本当はそこにない物。砂漠地帯や暑い日にしか拝めない、自然のイタズラみたいなものだな」

「じゃああれは、“うそ”ってこと?」

「むっ……」

 まさか、嘘についても分かっているだなんて……。どっちだ? ヴェルインか? クロフライムか? 一体どっちがサニーに教えたんだ?
 そして私が見ていない間に、何をどこまで教えたんだ? 帰ったら、急いで二人に問い詰めねば。

「まあ……、そういう事になるな」

 ばつが悪そうに返答する私。“約束”と“嘘”については、私は一度もサニーに言った事がないし、当然教えた事もない。
 気兼ねなく寄り添える者が増えてしまったから、私以外の者から知識や情報を取り入れる機会が増えてしまっている。
 早く本物の水場を探し出し、話題を変えてしまおう。そう焦って決めた私は、更に高度を上げ、陽炎ではない本物の水場を探し始めた。
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