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25話、あなたの好きな物はなんですか?
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青空の下でなびいていた純白の大地は、時が経つに連れオレンジ色へと染まり。月明かりを浴びながらも、淡い闇の衣をその身に纏い。
数多の星々を従えている半分に欠けた月が、夜空の頂点を陣取った頃。最後のゴーレムを運んでいたゴーレム達の大行進は、ようやく森へ到着した。
行きは六時間強。帰りは九時間以上も経っただろうか。長かった。途方にもなく長かった。途中で寝てしまったサニーの寝息をずっと聞いていたせいか、釣られて私も寝てしまいそうだった。
終始意気揚々さを保っていた大行進は、鳥のさえずりが聞こえなくなった森の中へ入り。地上の星々を模したマナの飛光体が飛び交う泉まで来ると、その行進は一斉に止まる。
そして、最後のゴーレムを闇が移っている小川に浸けると、周りに居たゴーレムは我も我もと集まり出し、体に水をかけ始めた。
最後のゴーレムの傍に近寄れない哀れなゴーレムも、反対側にある小川から水を手ですくっては、密集しているゴーレムの群れに向かい、水をかけていく。
ただのゴーレムにも水がかかってしまい、魔力を取り込む際に発する光がそこらかしこで起こっているせいで、最後のゴーレムの状態が視認すら出来ない。
仕方なく移動し、密集しているゴーレム達の真上まで来るも、最後のゴーレムだけは体が光っていなく、依然として魔力が枯渇したまま。
土まみれだった体はすっかりと綺麗になったものの、一分、二分待てども、なかなか発光し始めない。もしかして、核が傷ついてしまっているのだろうか?
「最後の最後に、それはないだろう……」
自分の耳にさえ届くか怪しい小声で、ボソッと呟く私。周りに居るゴーレム達も、流石におかしいと思い始めたのか、かけている水の量を増やしていく。
体がやたらと大きいから、水が染み込んでいくのが遅いだけ。それとも大量の魔力が必要か。あとは、単にこいつだけ魔力を補給しようとも、体が光らないだけ。そう思いたい。
「全然足らんぞ、口を開けて少しずつ入れろ」
周りに不安を与えぬべく、適当に指示を出す。この救出は、一体でも欠けてしまえば意味を成さない。“全員を助け出したい”。そう思い、私自らが始めたのだ。
この八十年間、魔物や獣を研究材料としか見ていなく、他者には一切の興味すら持ち合わせていなかった、この私がだ。頼むから、欠けてくれるな。
「うごかないね」
いつの間にか起きていたサニーが、善悪のどちらも含んでいない、無垢で残酷な感想を言った。たぶんサニーも、いつかは起きると確信しているだろう。
もし、最後のゴーレムが起きなかった場合。サニーはまた、私を頼ってくるのだろうか? そうしたら私は、一体どうすればいい?
現状出来る最善の策は尽くした。だが、壊れたゴーレムの直し方までは知らない。最悪、最後のゴーレムを街に持っていき、知識を有したドワーフにでも見てもらうしかないだろう。
「……無駄だろうが、秘薬を使ってみるか」
なけなしの策を思い付き、『ふわふわ』で秘薬が入っている布袋を手元に持ってきた瞬間。
「あっ!」
「むっ」
サニーが意味のありそうな声を上げ、私は反射的に最後のゴーレムへ顔をやる。
すると、今までうんともすんとも言わなかった最後のゴーレムの体が、力強く輝き出していた。まるで、まだ死なないと言わんばかりの強さで。
周りに居るゴーレム達も無言ではあるが、全員が両手を高々と挙げ、全身で喜びを表現している。
私も何か捨て台詞を吐きたかったが、何も言わず、鼻から疲労の篭った長いため息を漏らした。このまま横たわってしまえば、すぐにでも眠れてしまいそうだ。
「これで全員助かったか。後は、起きるのを待つだけだな」
ここから更に待つと予想し、布袋を箒の先端に戻す。しかし、その予想を打ち砕く様に、最後のゴーレムの体がピクリと動く。
そのまま文字通り重い瞼を開けると、大量の水滴を滴らせつつ上体を起こし、ゴーレムまみれな辺りを見渡した。
「……お前達? なぜ私は、精霊の森に居るんだ……? 確か私も、穴に落ちて死んだはずじゃあ……?」
最後のゴーレムが、滑らかな口調で喋り出した。今の言葉から察するに、魔力が枯渇する寸前の記憶まではあるようだ。なら、話は早い。
「目を覚ましたようだな」
私の声に気が付き、最後のゴーレムが起きたばかりの首で空を仰ぐと、無機質な瞳を丸くさせる。
「あなた様は、いつぞやの!」
「私を覚えてるのか?」
「はい、私の体の一部を分け与えましたからね。忘れるはずがございません。それで、私の体は役に立ちましたかね?」
「あっ、ああ……。役に立ったぞ」
まったくもって役に立たなかったが、正直に話してしまうと悪いと思い、苦し紛れに嘘をつく。その震えた返答に対し、最後のゴーレムは笑みを送ってきた。
「そうですか、それはよかった。お役に立てて光栄です。それでですが、なぜ私がここに居るのか、あなた様はお分かりになりますでしょうか?」
「埋まってたお前を私が地上に出し、六十四体のゴーレムがここまで運んで来たんだ」
「六十四体!? 全員じゃないですか! それはおかしいです! 私が穴に落ちた時には、既に十体以上も私と同じ運命を辿っていましたから」
「それも私が地上に出し、ゴーレム達がここに運んだ。十体以上と言ったが、私が久々にここに訪れた時、もう五体しか居なかったぞ」
「五っ……!?」
埋まっていた間の経緯を簡単に話すと、最後のゴーレムは驚愕した表情をし、肩を落として頭を下げていく。
こいつだけ喋れる上に、表情もやたらと豊かだ。話が円滑に進む。非常に楽でいい。居場所さえ分かっていれば、こいつから助けてしまえばよかったかもしれない。
「そこまで数が減っていたなんて……。いやはや、なんとお礼をすればいいのやら……」
「お礼を言うなら、このサニーに言え。こいつが居なければ、私はお前達を助けなかったのだからな」
全ての切っ掛けを作ってくれたサニーを、最後のゴーレムに見せつけるべく、目線の高さまで下りていく。当本人は何も分かっていなく、最後のゴーレムと私の顔を、何度も見返していた。
「おお、サニーさんと言うのですね。はじめまして」
「はじめまして?」
初めて耳にする単語のせいか、サニーはきょとんとさせている青い瞳を私に向け、その目をぱちくりとさせる。
「初めて会った奴との挨拶みたいなものだ。お前も『はじめまして』と言って、自分の名前を言え」
私が説明を入れると、サニーは理解したのかワンパクな笑みを浮かべ、「わかったっ!」と言い、最後のゴーレムに顔を戻す。
「はじめまして、さにーですっ!」
「まだ小さいのに、なんと礼儀正しいお方だ。この度は私達を助けていただきまして、本当に感謝しています。ありがとうございます。それでなんですが、サニーさん。あなたの好きな物はなんですか?」
「ままっ!」
最後のゴーレムの意味深な質問に、即答するサニー。思わぬ所でサニーの本音を聞けてしまった。なんだか体がむず痒い。
「ほう、お母さんですか。なんとも可愛らしい。すみませんが、他にはありませんか?」
「おえかきっ!」
「お絵かきですか。とても素敵なご趣味をお持ちで。えっと、他にはありませんか?」
サニーから何を聞き出したいのか、最後のゴーレムが必要以上に食い下がってくる。まさか、自分達が用意出来る物が出てくるまで、その質問を続けるつもりなのだろうか?
「ままがつくったしちゅー!」
「確かそれは、料理名でしたよね。ほ、他にはぁ~?」
最後のゴーレムが、やや申し訳なさそうになってきている。やはり、私の予想は合っているかもしれない。
「え~っと……。あっ、おはなっ!」
「お花? お花……、お花! 分かりました!」
用意出来る物が出てきたのか、最後のゴーレムが表情をマナの飛光体よりも明るくさせる。その表情を保ったまま、なぜか私の方へと顔を向けてきた。
「あなた様のお名前は、確かアカシックさん、でしたよね?」
「そうだ」
「アカシックさんは、どこにお住みでしょうか?」
「……沼地帯だが?」
まさか、花を沼地帯まで持ってくるつもりか? ここから沼地帯に行くには、険しい山々を五十以上も超えないといけないが。
そう伝えたいものの、せめてもの礼として花を贈りたい気持ちも無下に出来ない。考えを改め、ここで渡してくれないだろうか。
「沼地帯……。山岳地帯を超えた所に、あったはず……」
最後のゴーレムが太い手で口元を抑え、独り言とも言い難い声で喋り出した。やめろ、危険な思いをしてまで来なくていい。
私の伝えられない想いを汲み取ってくれなかった最後のゴーレムは、山を越える覚悟を決めたのか、微笑ました顔をサニーに戻す。
「サニーさんは、お花が好きなんですね。少々準備が掛かりますが、数日後を楽しみにしていて下さい」
質問の意図が分からないでいるサニーは、ただただ首を傾げるばかり。
うんうんと満足気に二度頷いた最後のゴーレムが、今度は私に顔をやってきた。
「アカシックさんにも、何かお礼をしたいのですが……」
「お礼なぞいらん。が、強いて言えば」
ここぞとばかりに私は、相変わらずマナの飛光体を生み出している泉に視線を流す。
「泉の水を少しだけ持って帰りたいんだが、いいか?」
「泉の水、ですか。あれは自然に湧きだしている水ですので、いくらでも持って帰って下さい」
「あまり多く持ち帰ってしまったら、お前達が魔力を補給出来なくなるだろうが。ほんの少しだけでいい」
最後のゴーレムから許可を得られたので、私は布袋から飲み水が入った容器を取り出す。振ってみると中身は入っていない様なので、そのまま泉に向かっていく。
箒から降りて底を覗いてみれば、闇夜を振り払う光を放っている、水のマナの結晶体群があった。正直あれも何本か欲しいが、欲を出すのはやめておこう。
「つめたっ!」
「む」
体の下から声が聞こえてきたので、そっちに目を向けてみれば。いつの間にか体の下に潜り込んでいたサニーが、泉に右手を突っ込んでいた。
「ままっ、すごくつめたいよ」
「そうか」
サニーには水の冷たさが分かる様だが……。生憎、私は新薬の副作用が体に起きているせいで、冷たさはおろか、温かささえも分からない。
容器に水を入れる為に、私も泉に容器ごと手を入れてみるも、やはりその冷たさは肌で感じ取れなかった。
「ねっ、つめたいでしょ?」
「……そうだな」
本当の事を言っても仕方がないので、話を合わせる為に嘘をつく。この先、こんなやり取りを何回するのだろうか。
今頃になって、肌で温度を感じ取れないのが、だんだんともどかしくなってきた。家に帰ったら、私も秘薬を飲んでみよう。
容器からポコポコと湧いていた空気の泡が出なくなり、手を泉から出す。漏れないようキツく蓋をし、容器を適当に拭いてから布袋の中に戻した。
「アカシックさん、それだけで本当にいいのですか?」
背後から最後のゴーレムが語りかけてきたので、サニーと一緒に後ろへ振り返る。
「まあ……、そうだな」
欲が少しだけ出てしまい、曖昧な返事をしてしまった。最後のゴーレムは、その僅かな欲を汲み取ったのか、緩く口角を上げる。
「それではアカシックさん。あなたも数日後を楽しみにしていて下さい」
「あっ……。だ、大丈夫だ。本当にこれだけで充分だぞ」
「はて、何の事でしょうか?」
「む……」
したり顔でいるゴーレムの返答に、私は恥ずかしさが篭ったため息を鼻から吐き、自分で分かる程に肩を落とす。
今ので精神的にも疲れてしまったので、黙ったまま右手に漆黒色の箒を召喚。『ふわふわ』でサニーを先に乗せてから、私も箒に跨り、逃げる様に宙へと浮いた。
「帰る」
「おや、もう帰ってしまうんですか? もう少しお礼をしたいのですが」
「いらん。それと、一つだけ忠告しておく。山岳地帯を越えてる途中、穴に落ちるなよ?」
「ゔっ……。ご、ご忠告ありがとうございます。細心の注意を払いつつ、沼地帯へと行かせていただきます」
やはり来るつもりでいるのか。山岳地帯で身動きが取れなくなったら、救出がかなり困難になる。せっかく蘇った命だ。あまり無茶をしないでほしい。
もう帰ると言ってしまったので、長居は無用。私は、一体一体ゴーレム達に顔を向けながらゆっくりと進み、後ろを一切振り返らず、日中よりも明るい雰囲気がある森から抜け出していった。
数多の星々を従えている半分に欠けた月が、夜空の頂点を陣取った頃。最後のゴーレムを運んでいたゴーレム達の大行進は、ようやく森へ到着した。
行きは六時間強。帰りは九時間以上も経っただろうか。長かった。途方にもなく長かった。途中で寝てしまったサニーの寝息をずっと聞いていたせいか、釣られて私も寝てしまいそうだった。
終始意気揚々さを保っていた大行進は、鳥のさえずりが聞こえなくなった森の中へ入り。地上の星々を模したマナの飛光体が飛び交う泉まで来ると、その行進は一斉に止まる。
そして、最後のゴーレムを闇が移っている小川に浸けると、周りに居たゴーレムは我も我もと集まり出し、体に水をかけ始めた。
最後のゴーレムの傍に近寄れない哀れなゴーレムも、反対側にある小川から水を手ですくっては、密集しているゴーレムの群れに向かい、水をかけていく。
ただのゴーレムにも水がかかってしまい、魔力を取り込む際に発する光がそこらかしこで起こっているせいで、最後のゴーレムの状態が視認すら出来ない。
仕方なく移動し、密集しているゴーレム達の真上まで来るも、最後のゴーレムだけは体が光っていなく、依然として魔力が枯渇したまま。
土まみれだった体はすっかりと綺麗になったものの、一分、二分待てども、なかなか発光し始めない。もしかして、核が傷ついてしまっているのだろうか?
「最後の最後に、それはないだろう……」
自分の耳にさえ届くか怪しい小声で、ボソッと呟く私。周りに居るゴーレム達も、流石におかしいと思い始めたのか、かけている水の量を増やしていく。
体がやたらと大きいから、水が染み込んでいくのが遅いだけ。それとも大量の魔力が必要か。あとは、単にこいつだけ魔力を補給しようとも、体が光らないだけ。そう思いたい。
「全然足らんぞ、口を開けて少しずつ入れろ」
周りに不安を与えぬべく、適当に指示を出す。この救出は、一体でも欠けてしまえば意味を成さない。“全員を助け出したい”。そう思い、私自らが始めたのだ。
この八十年間、魔物や獣を研究材料としか見ていなく、他者には一切の興味すら持ち合わせていなかった、この私がだ。頼むから、欠けてくれるな。
「うごかないね」
いつの間にか起きていたサニーが、善悪のどちらも含んでいない、無垢で残酷な感想を言った。たぶんサニーも、いつかは起きると確信しているだろう。
もし、最後のゴーレムが起きなかった場合。サニーはまた、私を頼ってくるのだろうか? そうしたら私は、一体どうすればいい?
現状出来る最善の策は尽くした。だが、壊れたゴーレムの直し方までは知らない。最悪、最後のゴーレムを街に持っていき、知識を有したドワーフにでも見てもらうしかないだろう。
「……無駄だろうが、秘薬を使ってみるか」
なけなしの策を思い付き、『ふわふわ』で秘薬が入っている布袋を手元に持ってきた瞬間。
「あっ!」
「むっ」
サニーが意味のありそうな声を上げ、私は反射的に最後のゴーレムへ顔をやる。
すると、今までうんともすんとも言わなかった最後のゴーレムの体が、力強く輝き出していた。まるで、まだ死なないと言わんばかりの強さで。
周りに居るゴーレム達も無言ではあるが、全員が両手を高々と挙げ、全身で喜びを表現している。
私も何か捨て台詞を吐きたかったが、何も言わず、鼻から疲労の篭った長いため息を漏らした。このまま横たわってしまえば、すぐにでも眠れてしまいそうだ。
「これで全員助かったか。後は、起きるのを待つだけだな」
ここから更に待つと予想し、布袋を箒の先端に戻す。しかし、その予想を打ち砕く様に、最後のゴーレムの体がピクリと動く。
そのまま文字通り重い瞼を開けると、大量の水滴を滴らせつつ上体を起こし、ゴーレムまみれな辺りを見渡した。
「……お前達? なぜ私は、精霊の森に居るんだ……? 確か私も、穴に落ちて死んだはずじゃあ……?」
最後のゴーレムが、滑らかな口調で喋り出した。今の言葉から察するに、魔力が枯渇する寸前の記憶まではあるようだ。なら、話は早い。
「目を覚ましたようだな」
私の声に気が付き、最後のゴーレムが起きたばかりの首で空を仰ぐと、無機質な瞳を丸くさせる。
「あなた様は、いつぞやの!」
「私を覚えてるのか?」
「はい、私の体の一部を分け与えましたからね。忘れるはずがございません。それで、私の体は役に立ちましたかね?」
「あっ、ああ……。役に立ったぞ」
まったくもって役に立たなかったが、正直に話してしまうと悪いと思い、苦し紛れに嘘をつく。その震えた返答に対し、最後のゴーレムは笑みを送ってきた。
「そうですか、それはよかった。お役に立てて光栄です。それでですが、なぜ私がここに居るのか、あなた様はお分かりになりますでしょうか?」
「埋まってたお前を私が地上に出し、六十四体のゴーレムがここまで運んで来たんだ」
「六十四体!? 全員じゃないですか! それはおかしいです! 私が穴に落ちた時には、既に十体以上も私と同じ運命を辿っていましたから」
「それも私が地上に出し、ゴーレム達がここに運んだ。十体以上と言ったが、私が久々にここに訪れた時、もう五体しか居なかったぞ」
「五っ……!?」
埋まっていた間の経緯を簡単に話すと、最後のゴーレムは驚愕した表情をし、肩を落として頭を下げていく。
こいつだけ喋れる上に、表情もやたらと豊かだ。話が円滑に進む。非常に楽でいい。居場所さえ分かっていれば、こいつから助けてしまえばよかったかもしれない。
「そこまで数が減っていたなんて……。いやはや、なんとお礼をすればいいのやら……」
「お礼を言うなら、このサニーに言え。こいつが居なければ、私はお前達を助けなかったのだからな」
全ての切っ掛けを作ってくれたサニーを、最後のゴーレムに見せつけるべく、目線の高さまで下りていく。当本人は何も分かっていなく、最後のゴーレムと私の顔を、何度も見返していた。
「おお、サニーさんと言うのですね。はじめまして」
「はじめまして?」
初めて耳にする単語のせいか、サニーはきょとんとさせている青い瞳を私に向け、その目をぱちくりとさせる。
「初めて会った奴との挨拶みたいなものだ。お前も『はじめまして』と言って、自分の名前を言え」
私が説明を入れると、サニーは理解したのかワンパクな笑みを浮かべ、「わかったっ!」と言い、最後のゴーレムに顔を戻す。
「はじめまして、さにーですっ!」
「まだ小さいのに、なんと礼儀正しいお方だ。この度は私達を助けていただきまして、本当に感謝しています。ありがとうございます。それでなんですが、サニーさん。あなたの好きな物はなんですか?」
「ままっ!」
最後のゴーレムの意味深な質問に、即答するサニー。思わぬ所でサニーの本音を聞けてしまった。なんだか体がむず痒い。
「ほう、お母さんですか。なんとも可愛らしい。すみませんが、他にはありませんか?」
「おえかきっ!」
「お絵かきですか。とても素敵なご趣味をお持ちで。えっと、他にはありませんか?」
サニーから何を聞き出したいのか、最後のゴーレムが必要以上に食い下がってくる。まさか、自分達が用意出来る物が出てくるまで、その質問を続けるつもりなのだろうか?
「ままがつくったしちゅー!」
「確かそれは、料理名でしたよね。ほ、他にはぁ~?」
最後のゴーレムが、やや申し訳なさそうになってきている。やはり、私の予想は合っているかもしれない。
「え~っと……。あっ、おはなっ!」
「お花? お花……、お花! 分かりました!」
用意出来る物が出てきたのか、最後のゴーレムが表情をマナの飛光体よりも明るくさせる。その表情を保ったまま、なぜか私の方へと顔を向けてきた。
「あなた様のお名前は、確かアカシックさん、でしたよね?」
「そうだ」
「アカシックさんは、どこにお住みでしょうか?」
「……沼地帯だが?」
まさか、花を沼地帯まで持ってくるつもりか? ここから沼地帯に行くには、険しい山々を五十以上も超えないといけないが。
そう伝えたいものの、せめてもの礼として花を贈りたい気持ちも無下に出来ない。考えを改め、ここで渡してくれないだろうか。
「沼地帯……。山岳地帯を超えた所に、あったはず……」
最後のゴーレムが太い手で口元を抑え、独り言とも言い難い声で喋り出した。やめろ、危険な思いをしてまで来なくていい。
私の伝えられない想いを汲み取ってくれなかった最後のゴーレムは、山を越える覚悟を決めたのか、微笑ました顔をサニーに戻す。
「サニーさんは、お花が好きなんですね。少々準備が掛かりますが、数日後を楽しみにしていて下さい」
質問の意図が分からないでいるサニーは、ただただ首を傾げるばかり。
うんうんと満足気に二度頷いた最後のゴーレムが、今度は私に顔をやってきた。
「アカシックさんにも、何かお礼をしたいのですが……」
「お礼なぞいらん。が、強いて言えば」
ここぞとばかりに私は、相変わらずマナの飛光体を生み出している泉に視線を流す。
「泉の水を少しだけ持って帰りたいんだが、いいか?」
「泉の水、ですか。あれは自然に湧きだしている水ですので、いくらでも持って帰って下さい」
「あまり多く持ち帰ってしまったら、お前達が魔力を補給出来なくなるだろうが。ほんの少しだけでいい」
最後のゴーレムから許可を得られたので、私は布袋から飲み水が入った容器を取り出す。振ってみると中身は入っていない様なので、そのまま泉に向かっていく。
箒から降りて底を覗いてみれば、闇夜を振り払う光を放っている、水のマナの結晶体群があった。正直あれも何本か欲しいが、欲を出すのはやめておこう。
「つめたっ!」
「む」
体の下から声が聞こえてきたので、そっちに目を向けてみれば。いつの間にか体の下に潜り込んでいたサニーが、泉に右手を突っ込んでいた。
「ままっ、すごくつめたいよ」
「そうか」
サニーには水の冷たさが分かる様だが……。生憎、私は新薬の副作用が体に起きているせいで、冷たさはおろか、温かささえも分からない。
容器に水を入れる為に、私も泉に容器ごと手を入れてみるも、やはりその冷たさは肌で感じ取れなかった。
「ねっ、つめたいでしょ?」
「……そうだな」
本当の事を言っても仕方がないので、話を合わせる為に嘘をつく。この先、こんなやり取りを何回するのだろうか。
今頃になって、肌で温度を感じ取れないのが、だんだんともどかしくなってきた。家に帰ったら、私も秘薬を飲んでみよう。
容器からポコポコと湧いていた空気の泡が出なくなり、手を泉から出す。漏れないようキツく蓋をし、容器を適当に拭いてから布袋の中に戻した。
「アカシックさん、それだけで本当にいいのですか?」
背後から最後のゴーレムが語りかけてきたので、サニーと一緒に後ろへ振り返る。
「まあ……、そうだな」
欲が少しだけ出てしまい、曖昧な返事をしてしまった。最後のゴーレムは、その僅かな欲を汲み取ったのか、緩く口角を上げる。
「それではアカシックさん。あなたも数日後を楽しみにしていて下さい」
「あっ……。だ、大丈夫だ。本当にこれだけで充分だぞ」
「はて、何の事でしょうか?」
「む……」
したり顔でいるゴーレムの返答に、私は恥ずかしさが篭ったため息を鼻から吐き、自分で分かる程に肩を落とす。
今ので精神的にも疲れてしまったので、黙ったまま右手に漆黒色の箒を召喚。『ふわふわ』でサニーを先に乗せてから、私も箒に跨り、逃げる様に宙へと浮いた。
「帰る」
「おや、もう帰ってしまうんですか? もう少しお礼をしたいのですが」
「いらん。それと、一つだけ忠告しておく。山岳地帯を越えてる途中、穴に落ちるなよ?」
「ゔっ……。ご、ご忠告ありがとうございます。細心の注意を払いつつ、沼地帯へと行かせていただきます」
やはり来るつもりでいるのか。山岳地帯で身動きが取れなくなったら、救出がかなり困難になる。せっかく蘇った命だ。あまり無茶をしないでほしい。
もう帰ると言ってしまったので、長居は無用。私は、一体一体ゴーレム達に顔を向けながらゆっくりと進み、後ろを一切振り返らず、日中よりも明るい雰囲気がある森から抜け出していった。
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