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21話、光が空に落ちていく泉
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二時間、三時間。いや、それ以上経ったかもしれない。
絶える事を知らない振動が心地よかったのか、サニーはいつの間にか眠りに就き、私がゴーレムの墓標を二十本以上流し見した頃。
純白な大地の端っこに来たのか、正面の一角に鬱蒼と茂る木々達が目に入り込んできた。花畑地帯に隣接している地帯は、確か樹海地帯。
しかし、樹海地帯はまだまだ先にあるはず。という事は、花畑地帯の中に森があるという訳か。一直線にそこへ向かっているとなると、あそこが私達を招きたかった場所になるはず。
ゴーレムが棒立ちすると、元気になる場所。未だに答えが出ていないものの、森に入れば分かる事だ。もう予想するのはやめにしよう。
森に入った途端、空気はより一層澄み渡り、平和の象徴とも言える鳥のさえずりが聞こえてきた。
ゴーレムのうるさい足取りを、意に介さず鳴いている所を察するに、ゴーレムを味方だと認識していそうだ。
道の左右には、幅が異なる小川が見える。ゴーレムが作ったのだろうか? そことなく手作り感がある。水が流れているのであれば、奥に泉でもあるのだろう。
森全体は、葉の天井によって光が薄くなっているが、隙間から木漏れ日がチラチラと顔を覗かせていて、あちらこちらで光の線が差し込んでいる。
実に平和に満ちた空間だ。迫害の地に居ることすらあやふやになってくるような、死の危険や匂いがまったくしない場所である。
真新しい光景を眺めていると、鳥のさえずりと小川のせせらぎに気が付いたのか、寝ていたサニーが私の体に頬ずりをしてきた。
「ん~……」
「よくこの状況で寝れたな」
「ままのからだが、ぽかぽかするから……」
「ぽかぽか?」
ぽかぽかするという事は、私の体に体温があるのか? 八十年以上も肌で感じ取れなくなってしまっていたから、最早無いものだと思っていた。
「うんっ、おそらにあるのとおなじぐらいぽかぽかしてる」
「……そうか、よかったな」
そう素っ気なく返す私。私の体は太陽と同じぐらいの温かさなのか。どんなものかは、とっくの昔に忘れてしまったが。
起きたサニーも周りの異変に気付いたようで、辺りをキョロキョロと見渡し始める。
右を向いても半目のまま。左を向けば瞼が開き。もう一度右を向けば、青い瞳をぱちくりとさせた。
「あれ? おはなさんがいない」
「花畑は森の外にある」
「そと? じゃあ、ここはどこなの?」
「花畑地帯にある森の中だ」
「えっと……。それじゃあここは、おはなさんのなかなの?」
「そうだ。……ん?」
返答した自分の言葉に、若干の違和感を持つ。花の中だと、意味がまた違ってくる気がする。ここは、花畑地帯の一角にある森の中だ。
しかし、サニーが言った『はなのなか』が花畑地帯なのであれば、おおむね正しい。ただ、サニーはどういう意味で口にしたのだろうか?
「サニー。『はなのなか』とは、一体どこだ?」
「えっ? おはなさんのなかは、おはなさんのなかだよ」
余計にこんがらがってきてしまった。私が知りたいのは、『はなのなか』の意味。花畑地帯の中なのか、それとも一本の花の中なのかだ。
「……詳しく教えてくれないか?」
「えっと、おはなさんがここにあるでしょ? そのなかだよっ」
二回目の質問にして、やっと意味が分かった。サニーが言っているのは、一本の花の中だ。周りはどう見ても森の中なのだが。
サニーにとって初めて見る風景だろうし、無理もない。何もかも知らないんだ。二歳児としては想像が豊かであると、前向きに評価しておこう。
「あっ、ままっ! なんかまえで『ふわふわ』してるよ」
「む?」
何気なく葉の天井に顔を向けていたら、サニーが突然声を上げたので、正面に顔をやる。
先ほどまで何の変哲もなかった小川が、淡い水色の光を放っており、水面から薄水色の飛光体がぽつぽつと生まれ、空に向かってゆっくりと上がっていた。
少し先に進めば、天に上る薄水色の飛光体の壁に挟まれ。更に奥へ行くと、小川の水を含んだ地面や森の中にも、その飛光体が現れ始める。
恐る恐る飛光体に手を伸ばしてみると、飛光体は私の手の中にすうっと溶け込んでいった。
「……これは、マナか?」
マナ。全ての魔法の源とされている概念的存在。このマナが世界に満ち溢れているからこそ、私のような魔女や魔法使いが、日常的に魔法を使えている。
ただの人間だって、血の滲む努力されすれば習得する事も可能。俗に言う、天才や賢者の元に産まれ、幼少期から上級魔法を使える者もいるが。
マナは基本的に、精霊が居る場所。もしくは、地面の奥深くに結晶体として存在している。だが、この森の中にあるマナは違う。
水に溶け込んでいて、行き場を失ったマナが発光体に変わって宙へと浮かび、空を目指して上っていっている。
こんな光景、属性を有する精霊が住む場所か、エルフの森ぐらいでしか拝める事が出来ない。まさか、迫害の地で拝めるとは。
「すごいな……」
「わぁ~っ、きれい~っ!」
初めて見る光景に圧倒的される私と、興奮してはしゃぎ出すサニー。
その光景はまるで、地面や小川で産まれたばかりの星屑が、空を目指して健気に飛んで行っている様な、とても幻想的な光景だ。
闇を纏った夜にでもここに来たら、薄水色のマナがより鮮明に見え、息を飲む美しさになるだろう。
だが同時に、疑問が浮かんできた。ここまで膨大なマナの量だ。属性を有した精霊がこの森に居るか、とんでもなく巨大なマナの結晶体がないと、こんな現象は起こり得ない。
マナの色からして、属性は水。凍原地帯の最果ての地にて、里から追放された氷の精霊『フローガンズ』が居るが。まさか、ここには水の精霊が居るのだろうか?
しかし、気配や独特の雰囲気は一切無い。もし居るとなれば、森に入る前から凄まじい威圧感を放つ魔力を感じ取れるはず。
それが無いとすると、前までこの場所に居たか、巨大な水のマナの結晶体が存在しているか、そのどちらしかない。マナが水に溶け込んでいる所を見ると、結晶体があるとすれば泉の中。
マナの結晶体はかなり貴重な物だ。欠片でもあるに越した事はない。ついでに、このマナが溶け込んでいる水も欲しい。
が、ここで行動を起こすのはやめておこう。ゴーレムがここに連れて来たという事は、きっとゴーレム達の所有物になる。
未遂だが、ゴーレムの墓標の件で学んでしまったんだ。もう無闇に採取するのは、薬草以外するべきではない。
あまりにも遅すぎるが、これ以上堕ちたくはない。
しばらく空に浮かんでいくマナを見続けていると、道の最奥地に到達した。そこには開けた空間があり、中央には泉がある。
やはりその泉にマナの結晶体があるのか、水底から一層強い光を放っていて、小川から生まれている飛光体よりも、より大きな飛光体を空へと浮かばせていた。
泉がある広場に着くや否や、ゴーレム達は歩みを止め、私達の前に左手の平をかざしてきた。ここで下りろという意味なのだろう。
私は何も言わぬままサニーを抱き直し、手の平に乗る。すると手の平は静かに降下し、私達が降りやすいよう、地面にまで付けてくれた。
地面へ下り、抱えていたサニーを地面に下ろし、飛光体が絶えず湧き出ている泉へ向かって行く。
目を細めてしまう程強い光を放っている水底を覗いてみると、底を埋め尽くす数の小さなマナの結晶体があり、それらに囲まれて、一際巨大なマナの結晶体があった。
あまりにも大きい。普通の人間だと、泉から引き上げることすら困難を極める大きさだ。よくここまで育ったものだ。
不純物は一切含まれていない。まるで汚れを知らないと言わんばかりの透明度。マナの純度や濃度もそう。泉に指先を入れただけで、一瞬で魔力が回復していまいそうな濃さだ。
「すごいな……。迫害の地に、これ程大きなマナの結晶体があるとは……」
「すごいっ! おおきなぴかぴかがあるっ!」
圧倒的なマナの結晶体群に、ただひたすらに呆ける私。そのマナの飛光体は、私達を出迎えてくれるかの様に寄り添って来ては、体の中に溶け込んでいく。
たった二、三粒で、花畑地帯に飛んで来た際に使用した魔力と、ゴーレムを助けた時に消費した魔力が回復してしまった。
身をもって感じたが、やはり純度と濃度がものすごく高い。飛光体でこれだけ魔力が回復するのであれば、泉にある水は、このまま店に売れば高値で売れるはず。
もし商人がこの泉を見つければ、欲がくらんで水を全て奪ってしまうだろう。だがここは、魔物が縦横無尽に徘徊する迫害の地。しかも、外敵が皆無で平和に包まれた場所にある。
何度か死ぬ思いをしてここに来れたとしても、帰りの道で力尽きるだろう。たとえ、大人数で訪れたとしても。
しかし、ゴーレムは私達をここに連れて来たはいいが、やはり意図が掴めない。余計に謎が深まってしまった。これは、ゴーレム達に聞いた方がよさそうだ。
そう決めた私は立ち上がり、目が眩む程の輝きを放つ泉から、背後に居るであろうゴーレム達に体を向けた。
絶える事を知らない振動が心地よかったのか、サニーはいつの間にか眠りに就き、私がゴーレムの墓標を二十本以上流し見した頃。
純白な大地の端っこに来たのか、正面の一角に鬱蒼と茂る木々達が目に入り込んできた。花畑地帯に隣接している地帯は、確か樹海地帯。
しかし、樹海地帯はまだまだ先にあるはず。という事は、花畑地帯の中に森があるという訳か。一直線にそこへ向かっているとなると、あそこが私達を招きたかった場所になるはず。
ゴーレムが棒立ちすると、元気になる場所。未だに答えが出ていないものの、森に入れば分かる事だ。もう予想するのはやめにしよう。
森に入った途端、空気はより一層澄み渡り、平和の象徴とも言える鳥のさえずりが聞こえてきた。
ゴーレムのうるさい足取りを、意に介さず鳴いている所を察するに、ゴーレムを味方だと認識していそうだ。
道の左右には、幅が異なる小川が見える。ゴーレムが作ったのだろうか? そことなく手作り感がある。水が流れているのであれば、奥に泉でもあるのだろう。
森全体は、葉の天井によって光が薄くなっているが、隙間から木漏れ日がチラチラと顔を覗かせていて、あちらこちらで光の線が差し込んでいる。
実に平和に満ちた空間だ。迫害の地に居ることすらあやふやになってくるような、死の危険や匂いがまったくしない場所である。
真新しい光景を眺めていると、鳥のさえずりと小川のせせらぎに気が付いたのか、寝ていたサニーが私の体に頬ずりをしてきた。
「ん~……」
「よくこの状況で寝れたな」
「ままのからだが、ぽかぽかするから……」
「ぽかぽか?」
ぽかぽかするという事は、私の体に体温があるのか? 八十年以上も肌で感じ取れなくなってしまっていたから、最早無いものだと思っていた。
「うんっ、おそらにあるのとおなじぐらいぽかぽかしてる」
「……そうか、よかったな」
そう素っ気なく返す私。私の体は太陽と同じぐらいの温かさなのか。どんなものかは、とっくの昔に忘れてしまったが。
起きたサニーも周りの異変に気付いたようで、辺りをキョロキョロと見渡し始める。
右を向いても半目のまま。左を向けば瞼が開き。もう一度右を向けば、青い瞳をぱちくりとさせた。
「あれ? おはなさんがいない」
「花畑は森の外にある」
「そと? じゃあ、ここはどこなの?」
「花畑地帯にある森の中だ」
「えっと……。それじゃあここは、おはなさんのなかなの?」
「そうだ。……ん?」
返答した自分の言葉に、若干の違和感を持つ。花の中だと、意味がまた違ってくる気がする。ここは、花畑地帯の一角にある森の中だ。
しかし、サニーが言った『はなのなか』が花畑地帯なのであれば、おおむね正しい。ただ、サニーはどういう意味で口にしたのだろうか?
「サニー。『はなのなか』とは、一体どこだ?」
「えっ? おはなさんのなかは、おはなさんのなかだよ」
余計にこんがらがってきてしまった。私が知りたいのは、『はなのなか』の意味。花畑地帯の中なのか、それとも一本の花の中なのかだ。
「……詳しく教えてくれないか?」
「えっと、おはなさんがここにあるでしょ? そのなかだよっ」
二回目の質問にして、やっと意味が分かった。サニーが言っているのは、一本の花の中だ。周りはどう見ても森の中なのだが。
サニーにとって初めて見る風景だろうし、無理もない。何もかも知らないんだ。二歳児としては想像が豊かであると、前向きに評価しておこう。
「あっ、ままっ! なんかまえで『ふわふわ』してるよ」
「む?」
何気なく葉の天井に顔を向けていたら、サニーが突然声を上げたので、正面に顔をやる。
先ほどまで何の変哲もなかった小川が、淡い水色の光を放っており、水面から薄水色の飛光体がぽつぽつと生まれ、空に向かってゆっくりと上がっていた。
少し先に進めば、天に上る薄水色の飛光体の壁に挟まれ。更に奥へ行くと、小川の水を含んだ地面や森の中にも、その飛光体が現れ始める。
恐る恐る飛光体に手を伸ばしてみると、飛光体は私の手の中にすうっと溶け込んでいった。
「……これは、マナか?」
マナ。全ての魔法の源とされている概念的存在。このマナが世界に満ち溢れているからこそ、私のような魔女や魔法使いが、日常的に魔法を使えている。
ただの人間だって、血の滲む努力されすれば習得する事も可能。俗に言う、天才や賢者の元に産まれ、幼少期から上級魔法を使える者もいるが。
マナは基本的に、精霊が居る場所。もしくは、地面の奥深くに結晶体として存在している。だが、この森の中にあるマナは違う。
水に溶け込んでいて、行き場を失ったマナが発光体に変わって宙へと浮かび、空を目指して上っていっている。
こんな光景、属性を有する精霊が住む場所か、エルフの森ぐらいでしか拝める事が出来ない。まさか、迫害の地で拝めるとは。
「すごいな……」
「わぁ~っ、きれい~っ!」
初めて見る光景に圧倒的される私と、興奮してはしゃぎ出すサニー。
その光景はまるで、地面や小川で産まれたばかりの星屑が、空を目指して健気に飛んで行っている様な、とても幻想的な光景だ。
闇を纏った夜にでもここに来たら、薄水色のマナがより鮮明に見え、息を飲む美しさになるだろう。
だが同時に、疑問が浮かんできた。ここまで膨大なマナの量だ。属性を有した精霊がこの森に居るか、とんでもなく巨大なマナの結晶体がないと、こんな現象は起こり得ない。
マナの色からして、属性は水。凍原地帯の最果ての地にて、里から追放された氷の精霊『フローガンズ』が居るが。まさか、ここには水の精霊が居るのだろうか?
しかし、気配や独特の雰囲気は一切無い。もし居るとなれば、森に入る前から凄まじい威圧感を放つ魔力を感じ取れるはず。
それが無いとすると、前までこの場所に居たか、巨大な水のマナの結晶体が存在しているか、そのどちらしかない。マナが水に溶け込んでいる所を見ると、結晶体があるとすれば泉の中。
マナの結晶体はかなり貴重な物だ。欠片でもあるに越した事はない。ついでに、このマナが溶け込んでいる水も欲しい。
が、ここで行動を起こすのはやめておこう。ゴーレムがここに連れて来たという事は、きっとゴーレム達の所有物になる。
未遂だが、ゴーレムの墓標の件で学んでしまったんだ。もう無闇に採取するのは、薬草以外するべきではない。
あまりにも遅すぎるが、これ以上堕ちたくはない。
しばらく空に浮かんでいくマナを見続けていると、道の最奥地に到達した。そこには開けた空間があり、中央には泉がある。
やはりその泉にマナの結晶体があるのか、水底から一層強い光を放っていて、小川から生まれている飛光体よりも、より大きな飛光体を空へと浮かばせていた。
泉がある広場に着くや否や、ゴーレム達は歩みを止め、私達の前に左手の平をかざしてきた。ここで下りろという意味なのだろう。
私は何も言わぬままサニーを抱き直し、手の平に乗る。すると手の平は静かに降下し、私達が降りやすいよう、地面にまで付けてくれた。
地面へ下り、抱えていたサニーを地面に下ろし、飛光体が絶えず湧き出ている泉へ向かって行く。
目を細めてしまう程強い光を放っている水底を覗いてみると、底を埋め尽くす数の小さなマナの結晶体があり、それらに囲まれて、一際巨大なマナの結晶体があった。
あまりにも大きい。普通の人間だと、泉から引き上げることすら困難を極める大きさだ。よくここまで育ったものだ。
不純物は一切含まれていない。まるで汚れを知らないと言わんばかりの透明度。マナの純度や濃度もそう。泉に指先を入れただけで、一瞬で魔力が回復していまいそうな濃さだ。
「すごいな……。迫害の地に、これ程大きなマナの結晶体があるとは……」
「すごいっ! おおきなぴかぴかがあるっ!」
圧倒的なマナの結晶体群に、ただひたすらに呆ける私。そのマナの飛光体は、私達を出迎えてくれるかの様に寄り添って来ては、体の中に溶け込んでいく。
たった二、三粒で、花畑地帯に飛んで来た際に使用した魔力と、ゴーレムを助けた時に消費した魔力が回復してしまった。
身をもって感じたが、やはり純度と濃度がものすごく高い。飛光体でこれだけ魔力が回復するのであれば、泉にある水は、このまま店に売れば高値で売れるはず。
もし商人がこの泉を見つければ、欲がくらんで水を全て奪ってしまうだろう。だがここは、魔物が縦横無尽に徘徊する迫害の地。しかも、外敵が皆無で平和に包まれた場所にある。
何度か死ぬ思いをしてここに来れたとしても、帰りの道で力尽きるだろう。たとえ、大人数で訪れたとしても。
しかし、ゴーレムは私達をここに連れて来たはいいが、やはり意図が掴めない。余計に謎が深まってしまった。これは、ゴーレム達に聞いた方がよさそうだ。
そう決めた私は立ち上がり、目が眩む程の輝きを放つ泉から、背後に居るであろうゴーレム達に体を向けた。
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