12 / 301
11話、意外と使う秘薬
しおりを挟む
サニーが私の家に来てから、一年半。
この頃になると普通に歩ける様になり、部屋を縦横無尽に歩き回っている。だからこそ目が離せない。新薬、新たなる魔法の開発をする隙すら与えてくれない程に。
歩ける様になったものの、サニーはまだ、これをしたらどの様な結果を招くかなど、まったく知らないでいる。
故に、壁へ一直線に向かっては体当たり。足元を見ていないせいで、盛大に転んではテーブルの足に頭を強打。あっという間に傷だらけになっていく。
この前もそうだ。転んだ拍子に額がパックリと割れてしまい、希釈した秘薬を慌てて掛ける事態にまでなった。
開いた傷は数時間後に跡を残さず完治したが、ここまで活発に動き回られると、また傷を負ってしまうのではと身構えてしまう。
そして、一日に一回以上も傷を負うせいで、秘薬の消費量がすごい事になってきた。これは、僅かな傷でも私が秘薬を使ってしまうせいなのだが。
サニーの顔や体に、傷跡を残すのだけは避けたい。その傷跡を残したまま、サニーが成長したとしよう。十歳にもなれば、全身は痣だらけ。見るも無残な姿になる。
一応、サニーも女だ。傷跡が絶えない体なぞ、本人も望まないだろう。私がそこまでサニーを育てているのも、怪しい所であるが。
「ままっ、ままっ」
「だから私はお前の母親ではないと、何度言えば分かるんだ?」
「ままっ、ぶうーん、ぶうーん」
輪郭の整った口を尖らせて、青い瞳を微笑ませながら指図してくるサニー。『ぶうーん』とは、名の無い風魔法で体を宙に浮かせ、飛び回らせろと言う意味だ。
赤ん坊の頃から頻繁にやってきたせいか、今のサニーも、これが大のお気に入りである。毎日お願いしてくるし、私もそれに応えてしまっている。
「またか。三十分だけだぞ」
「ぶうぅーん。きゃっきゃっ」
体を宙に浮かせた途端、サニーは両手を広げてはしゃぎ出す。赤ん坊の頃から数えると、既に百回以上飛ばしているが、一向に飽きる気配を見せない。
太陽の様に眩しく笑っているサニーを見ていると、私は今後サニーをどうしていきたいのか、答えを出せないままでいる自分に言い聞かせ始める。
私がただ、二つ目の罪悪感に囚われたくないが為に拾ったまでの捨て子。最初は育てるつもりなんて、微塵もなかった。すぐに死ぬか、いつかは捨ててやろうとさえ思っていた。
しかし私は数ヶ月前、風邪で死にかけたサニーをまた助けてしまった。しかもアルビスに指摘されるまで、焦っている気持ちに気が付かないまま。
だからこそ、秘薬を大量に作ってしまったのかもしれない。無意識の内に、サニーの為を想って。私はもう既に、無い心の中でサニーを育てる決意でもしているのだろうか?
すなわちそれは、私がサニーの母親になる事を意味してしまう。血の繋がりがなく、赤の他人であり、縁も所縁もないサニーの母親に。
拾ったばかりの私だったら、馬鹿げていると一蹴するに違いない。だが、今の私は違う。
少なからずの迷いがある。サニーを育てるかどうかではなく、母親になるかどうかと。
もう、私の手でサニーを捨てる事はまず無い。魔物や獣の餌にするかもそう。ヴェルインを最後に、二度としなくなるだろう。
ヴェルインに『特別な感情は持ってないし、愛着がある訳でもない』と言い放ってしまったが、たぶんあれは嘘だ。
心の奥底かどこかで、サニーに対する特別な何かが芽生えているはず。
もし芽生えていなければ、風邪をひいた時も無視していただろうし、傷を負う度に秘薬も使わない。
ただひたすらに、生傷を負っていくサニーの姿を静観しているに違いない。絶対にそうだ。
この八十年間、私は大切な彼を生き返らせる為に、ずっと四苦八苦してきた。なのに対し、サニーと出会ってからものの一年半で、この変わり様。
八十年間もがむしゃらに過ごしてきたのだ。今の私には、休息が必要なのかもしれない。これは、全てに行き詰っている私の甘えなのだろうが。
決して大切な彼を忘れた訳ではない。しかし、八十年もの年月を費したのにも関わらず、彼を生き返らせる為の新薬や魔法を生み出せていないのも事実。
少し、周りに視野を広げた方がいいのかもしれない。もしかしたらそこに、見逃していた何かがあるかもしれないし。ほんの少しだけ、休んでしまおうか。
「ままっ、だっこ、だっこ」
「む」
空中で体をじたばたとさせ、新たなるわがままを言うサニー。私はすぐに指招きでサニーを近づけ、太ももの上に乗せる。するとサニーは、私の胸元で頬ずりをし出した。
「まーまっ、ままっ」
一年前の私は、サニーに触るのを極力避けていた。相手をするのが面倒臭く、一秒でも長く新薬、新たなる魔法の開発をしていたいが為に。それと、単純に疲れるという理由も少々。
だが、少しだけ吹っ切れてしまえば、なんて事はない。それらの理由は途端に曖昧になっていく。これでハッキリした。今までの私は、周りがまったく見えていなかった。
煮えくり果てているであろう頭を休ませ、気持ちを落ち着かせよう。サニーの母親になるかどうかは、また別問題であるが。
「サニー、夕食は何が食べたい?」
「ふわふわっ、ぷにぷにっ」
「……昨日食べた魚のすり身か?」
大袈裟に頷くサニー。一歳半ともあってか、難なく会話を交わせる様になってきた。なのでサニーがやりたい事、食べたい物も大体分かる。
一年前はまだ赤ん坊で、『あー』と『うー』しか言わなかったから、意思疎通が取れるだけでもかなりの進歩だ。物事が円滑に進む。
夕食も決まったので、昨日余った魚の身を使おう。魔法で氷漬けにしておいたから、鮮度に問題はないはず。昨日と味付けを変えれば、サニーは喜ぶだろうか?
この頃になると普通に歩ける様になり、部屋を縦横無尽に歩き回っている。だからこそ目が離せない。新薬、新たなる魔法の開発をする隙すら与えてくれない程に。
歩ける様になったものの、サニーはまだ、これをしたらどの様な結果を招くかなど、まったく知らないでいる。
故に、壁へ一直線に向かっては体当たり。足元を見ていないせいで、盛大に転んではテーブルの足に頭を強打。あっという間に傷だらけになっていく。
この前もそうだ。転んだ拍子に額がパックリと割れてしまい、希釈した秘薬を慌てて掛ける事態にまでなった。
開いた傷は数時間後に跡を残さず完治したが、ここまで活発に動き回られると、また傷を負ってしまうのではと身構えてしまう。
そして、一日に一回以上も傷を負うせいで、秘薬の消費量がすごい事になってきた。これは、僅かな傷でも私が秘薬を使ってしまうせいなのだが。
サニーの顔や体に、傷跡を残すのだけは避けたい。その傷跡を残したまま、サニーが成長したとしよう。十歳にもなれば、全身は痣だらけ。見るも無残な姿になる。
一応、サニーも女だ。傷跡が絶えない体なぞ、本人も望まないだろう。私がそこまでサニーを育てているのも、怪しい所であるが。
「ままっ、ままっ」
「だから私はお前の母親ではないと、何度言えば分かるんだ?」
「ままっ、ぶうーん、ぶうーん」
輪郭の整った口を尖らせて、青い瞳を微笑ませながら指図してくるサニー。『ぶうーん』とは、名の無い風魔法で体を宙に浮かせ、飛び回らせろと言う意味だ。
赤ん坊の頃から頻繁にやってきたせいか、今のサニーも、これが大のお気に入りである。毎日お願いしてくるし、私もそれに応えてしまっている。
「またか。三十分だけだぞ」
「ぶうぅーん。きゃっきゃっ」
体を宙に浮かせた途端、サニーは両手を広げてはしゃぎ出す。赤ん坊の頃から数えると、既に百回以上飛ばしているが、一向に飽きる気配を見せない。
太陽の様に眩しく笑っているサニーを見ていると、私は今後サニーをどうしていきたいのか、答えを出せないままでいる自分に言い聞かせ始める。
私がただ、二つ目の罪悪感に囚われたくないが為に拾ったまでの捨て子。最初は育てるつもりなんて、微塵もなかった。すぐに死ぬか、いつかは捨ててやろうとさえ思っていた。
しかし私は数ヶ月前、風邪で死にかけたサニーをまた助けてしまった。しかもアルビスに指摘されるまで、焦っている気持ちに気が付かないまま。
だからこそ、秘薬を大量に作ってしまったのかもしれない。無意識の内に、サニーの為を想って。私はもう既に、無い心の中でサニーを育てる決意でもしているのだろうか?
すなわちそれは、私がサニーの母親になる事を意味してしまう。血の繋がりがなく、赤の他人であり、縁も所縁もないサニーの母親に。
拾ったばかりの私だったら、馬鹿げていると一蹴するに違いない。だが、今の私は違う。
少なからずの迷いがある。サニーを育てるかどうかではなく、母親になるかどうかと。
もう、私の手でサニーを捨てる事はまず無い。魔物や獣の餌にするかもそう。ヴェルインを最後に、二度としなくなるだろう。
ヴェルインに『特別な感情は持ってないし、愛着がある訳でもない』と言い放ってしまったが、たぶんあれは嘘だ。
心の奥底かどこかで、サニーに対する特別な何かが芽生えているはず。
もし芽生えていなければ、風邪をひいた時も無視していただろうし、傷を負う度に秘薬も使わない。
ただひたすらに、生傷を負っていくサニーの姿を静観しているに違いない。絶対にそうだ。
この八十年間、私は大切な彼を生き返らせる為に、ずっと四苦八苦してきた。なのに対し、サニーと出会ってからものの一年半で、この変わり様。
八十年間もがむしゃらに過ごしてきたのだ。今の私には、休息が必要なのかもしれない。これは、全てに行き詰っている私の甘えなのだろうが。
決して大切な彼を忘れた訳ではない。しかし、八十年もの年月を費したのにも関わらず、彼を生き返らせる為の新薬や魔法を生み出せていないのも事実。
少し、周りに視野を広げた方がいいのかもしれない。もしかしたらそこに、見逃していた何かがあるかもしれないし。ほんの少しだけ、休んでしまおうか。
「ままっ、だっこ、だっこ」
「む」
空中で体をじたばたとさせ、新たなるわがままを言うサニー。私はすぐに指招きでサニーを近づけ、太ももの上に乗せる。するとサニーは、私の胸元で頬ずりをし出した。
「まーまっ、ままっ」
一年前の私は、サニーに触るのを極力避けていた。相手をするのが面倒臭く、一秒でも長く新薬、新たなる魔法の開発をしていたいが為に。それと、単純に疲れるという理由も少々。
だが、少しだけ吹っ切れてしまえば、なんて事はない。それらの理由は途端に曖昧になっていく。これでハッキリした。今までの私は、周りがまったく見えていなかった。
煮えくり果てているであろう頭を休ませ、気持ちを落ち着かせよう。サニーの母親になるかどうかは、また別問題であるが。
「サニー、夕食は何が食べたい?」
「ふわふわっ、ぷにぷにっ」
「……昨日食べた魚のすり身か?」
大袈裟に頷くサニー。一歳半ともあってか、難なく会話を交わせる様になってきた。なのでサニーがやりたい事、食べたい物も大体分かる。
一年前はまだ赤ん坊で、『あー』と『うー』しか言わなかったから、意思疎通が取れるだけでもかなりの進歩だ。物事が円滑に進む。
夕食も決まったので、昨日余った魚の身を使おう。魔法で氷漬けにしておいたから、鮮度に問題はないはず。昨日と味付けを変えれば、サニーは喜ぶだろうか?
0
お気に入りに追加
44
あなたにおすすめの小説

絶対に間違えないから
mahiro
恋愛
あれは事故だった。
けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。
だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。
何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。
どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。
私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。

【完結】あなたに知られたくなかった
ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。
5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。
そんなセレナに起きた奇跡とは?

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?
みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。
ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる
色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる