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95話-5、火事場の酒力
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本殿内部から出るまでの間、花梨は楓の神楽が頭の中で流れ続け、夢見心地の感覚が抜けず、上の空なまま外へ出ていく。
軽く仰いでいた視界に、本殿の天井が見えなくなり、多色の狐火が飛び交う満点の星空に変わった頃。深い余韻に浸っていた花梨が、細いため息を吐きながら肩を落とした。
「すごかったなぁ、楓さんの神楽」
「心を奪われるって、たぶんこんな感じなのねっ……」
「正に神の舞」
夢見心地から意識が戻ってきたゴーニャと纏も、花梨と同じく秋夜空を眺めていて、細いため息を出す。
「あ~あ、チクショウ。見惚れちまって、祈願すんの忘れてたぜ。勿体ねえ」
「鵺もか。私も祈願しようとしてたけど……。神楽が始まった瞬間おこがましくなって、結局何も出来なかった」
「楓の舞を目にしたら、誰もがそうなるだろう。あの姿こそ、本来の楓だからな」
後頭部に両手を回し、祈願をし損ねて不貞腐れる鵺に。腕を組み、秋夜空を見上げて黄昏れるクロの後を追う、ぬらりひょんの楓に対する敬意。
未だ余韻に囚われたままの一行は、黙ったまま星々が瞬く夜空を眺め、空っぽの心に心地よいまどろみを宿していく。
瞼を閉じれば、そのまま夢の世界へ落ちていきそうな眠気を覚えてから、約数分後。全員の眠気を、まとめて吹き飛ばす腹の虫が豪快に鳴り響いた。
「お腹すいたなぁ」
「私もっ、何か食べたくなってきちゃったわっ」
「ガッツリ食べたい」
「分厚い肉が食いてえなあ」
余韻や雰囲気を諸共ぶち壊す切り替えの早さに、触発されてきたぬらりひょんとクロも、互いに顔を見合わせては、ほがらかな苦笑いを浮かべた。
「ぬらりひょん様も行きますか?」
「そうだな。今日ぐらいなら、いくら食べてもバチは当たらんだろう」
意見が合致した一行は、楓の神楽を振り返りながら中央階段を降りていき、通り過ぎた時と賑わいが変わらない境内に向かって行く。
皆が最初に選んだ出店は、豚汁であり。各自大盛りを頼んでは、無料の七味唐辛子を適量振りかけ、人が少ない場所まで移動した。
「んふふっ、味噌のいい匂いがするや~。今年初豚汁、いただきまーす」
夜食の挨拶を交わすと、唇に割り箸を挟んで器用に割り、味噌の匂いが乗った湯気を浴びつつ、汁をすする。
カツオがほんのり香る出汁と、心身を共に優しく温める味噌が利いていて、最後に七味唐辛子の後を引くピリッとした刺激が、花梨の食欲を底上げしていく。
具は、出汁が芯まで染み込み、噛む前にホロっと勝手にほぐれていく大根。ホクホクとした食感で、出汁にも負けない甘さを兼ね揃えたニンジン。
何色にも染まらぬ食べやすい渋みがあり、固さと独特の強い風味で主張してくるゴボウ。口に入れれば瞬く間にとろけ、出汁に甘さとコクをプラスする玉ねぎ。
しっとりとした噛み応えで、出汁の風味を跳ね除ける素朴な甘さが嬉しいじゃがいも。差し出される前に添えられて、新鮮なシャキシャキが残り、程よい辛味がたまらない小口切りネギ。
肉の確かな歯応えとプリプリな脂身、二つの食感を併せ持ち、噛めば噛むだけまろやかな甘さと、凝縮された旨味が弾け出す豚バラ肉。
全ての具材を余すこと事無く堪能し、箸を休めず食べ終えると、ほっこり顔の花梨が至福の白い息を漏らした。
「ああ~、体の内側がポカポカと温まる~。んまいっ!」
「ぷはぁっ! 七味唐辛子が、とても合ってておいひい~っ」
「ネギはあればあるだけいい。おかわりしよ」
「やべ、一杯じゃ全然足らねえわ。私もおかわりしよ」
纏と鵺のおかわり宣言に、ほぼ脊髄反射で反応した花梨とゴーニャも、負けじと二人の後を追い掛けていく。
「この時間に食べると、背徳感があっていいですね。ぬらりひょん様は、おかわりします?」
「いや。ワシはもつ煮を多く食べたいから、豚汁は一杯で抑えておく」
「ああ、もつ煮もいいですね。ビールと最高に合うんですよ」
「だな。この時間帯じゃなければ、気兼ねなく飲んでいたんだがの」
ビールという誘惑の強いワードに、酒飲み仲間である二人の会話に花が咲き乱れ。もつ煮にちなみ、芋焼酎が挙げられたり。
芋焼酎に合うツマミは、さつま揚げや明太子、枝豆など次々出て、近々それで飲み明かそうと約束を交わした後。
満足するまで豚汁をおわかりした花梨達が、「ぬらりひょん様ー、クロさーん」と声を掛けた。
「そろそろ、次の出店に行こうと思ってるんですが、どうします?」
「む、そうか。分かった、今行く」
「これだけ出店があれば、流石に芋焼酎を扱った出店も───」
「言うな。ワシもその気になってしまうだろうが」
燻製とウィスキーの欲は諦められたものの。今度は、もつ煮と芋焼酎の組み合わせに期待を寄せたクロが、辺りをひっきりなしに探し始めるも。
飲みたい欲が湧いてきてしまったぬらりひょんが、己に言い聞かせるように制止し。言う事を聞いたクロは、両手を垂らし、口を尖らせながら花梨達の背中を追い始めた。
そんな、すっかり酒の気分になったクロへ、紙コップを片手に持ち、頬をほんのりと赤らめた鵺が横に付いた。
「おうおう、どうしたどうしたぁ? 正月から辛気臭えオーラ出しやがってよお」
「邪魔するんじゃない。今、芋焼酎を扱った出店を……、あれ? 酒の匂いがする?」
鵺が近づいて来た途端。ほんのりと漂う酒の匂いを感じたクロが、嗅覚頼りに出処を探り始める。
鼻をすんすんとさせ、目を瞑りながら濃くなっていく香りの軌跡を辿り、ここだと確信を得て目をバッと開けた。
待望とも言える視界の先には、鵺が持っていた紙コップがあり。中を覗いてみると、濁り無き透明の液体が注がれていた。
「ぬ、鵺? この液体、もしかして?」
「ああ、これ? 直会殿の近くで、振る舞い酒を配っててよ。豚汁そっちのけで、めっちゃ飲んできちまったぜ」
「なんだって!? ちょ、私も行ってくる!」
「おいクロ! ワシの分も頼んだぞ!」
慌ててぬらりひょんがお願いするも、既にクロの姿は無く、声は届かなかったかと思いきや。
お盆を持ったクロがすぐさま現れ、呆然としていたぬらりひょんの前で立ち止まると、息を激しく乱したまま紙コップを差し出した。
「お、お前さん、飛ぶのも速いが、走るのも速いんだな……。ありがとう」
「ハァハァハァ……。わ、私も、今初めて、知りました……」
「すっげー。あの速さで十杯も持ってきてらあ」
目にも留まらぬ速さで行って帰って来たクロに、鵺が素直に感服しては、持っていた振る舞い酒をチビりとすする。
クロもクロで、酷い乾いた喉と欲を潤すべく、頂戴してきた紙コップを手に持ち、振る舞い酒をゴクリと一口飲んだ。
「……クゥ~っ! これよこれ、美味いっ! はぁ~、最高だ」
待ち侘びた今年初酒に、一口目から見てて気持ちのいい唸り声を上げ、清々しいとろけ顔になっていくクロ。
「うん。清涼感のある口当たりに、キリッとくる辛さよ。確かに美味い。この酒は、もつ煮との相性が良さそうだな」
「ですね。よし、花梨! 次は、もつ煮を食べに行くぞ!」
「いいですね、行きましょう!」
クロの気迫を宿したワガママに、即賛同した花梨が力強いガッツポーズで応えた。
「クロ達がお酒を飲んでるなら、私達も甘酒で対抗したいわっ」
「もつ煮と合うか分からないけど、せざるを得ない」
「甘酒だったら、流石に酔わないだろうなぁ。なら、私も対抗しちゃおっと」
流れるがままに、振る舞い酒連合対甘酒連合の構図に分かれ、もつ煮の出店がある場所を目指して足を運び出す。
が、対抗の火花は散らず。全員して、周りの活気にも負けぬ談笑をし合い、笑顔で参拝客の中に溶け込んでいった。
軽く仰いでいた視界に、本殿の天井が見えなくなり、多色の狐火が飛び交う満点の星空に変わった頃。深い余韻に浸っていた花梨が、細いため息を吐きながら肩を落とした。
「すごかったなぁ、楓さんの神楽」
「心を奪われるって、たぶんこんな感じなのねっ……」
「正に神の舞」
夢見心地から意識が戻ってきたゴーニャと纏も、花梨と同じく秋夜空を眺めていて、細いため息を出す。
「あ~あ、チクショウ。見惚れちまって、祈願すんの忘れてたぜ。勿体ねえ」
「鵺もか。私も祈願しようとしてたけど……。神楽が始まった瞬間おこがましくなって、結局何も出来なかった」
「楓の舞を目にしたら、誰もがそうなるだろう。あの姿こそ、本来の楓だからな」
後頭部に両手を回し、祈願をし損ねて不貞腐れる鵺に。腕を組み、秋夜空を見上げて黄昏れるクロの後を追う、ぬらりひょんの楓に対する敬意。
未だ余韻に囚われたままの一行は、黙ったまま星々が瞬く夜空を眺め、空っぽの心に心地よいまどろみを宿していく。
瞼を閉じれば、そのまま夢の世界へ落ちていきそうな眠気を覚えてから、約数分後。全員の眠気を、まとめて吹き飛ばす腹の虫が豪快に鳴り響いた。
「お腹すいたなぁ」
「私もっ、何か食べたくなってきちゃったわっ」
「ガッツリ食べたい」
「分厚い肉が食いてえなあ」
余韻や雰囲気を諸共ぶち壊す切り替えの早さに、触発されてきたぬらりひょんとクロも、互いに顔を見合わせては、ほがらかな苦笑いを浮かべた。
「ぬらりひょん様も行きますか?」
「そうだな。今日ぐらいなら、いくら食べてもバチは当たらんだろう」
意見が合致した一行は、楓の神楽を振り返りながら中央階段を降りていき、通り過ぎた時と賑わいが変わらない境内に向かって行く。
皆が最初に選んだ出店は、豚汁であり。各自大盛りを頼んでは、無料の七味唐辛子を適量振りかけ、人が少ない場所まで移動した。
「んふふっ、味噌のいい匂いがするや~。今年初豚汁、いただきまーす」
夜食の挨拶を交わすと、唇に割り箸を挟んで器用に割り、味噌の匂いが乗った湯気を浴びつつ、汁をすする。
カツオがほんのり香る出汁と、心身を共に優しく温める味噌が利いていて、最後に七味唐辛子の後を引くピリッとした刺激が、花梨の食欲を底上げしていく。
具は、出汁が芯まで染み込み、噛む前にホロっと勝手にほぐれていく大根。ホクホクとした食感で、出汁にも負けない甘さを兼ね揃えたニンジン。
何色にも染まらぬ食べやすい渋みがあり、固さと独特の強い風味で主張してくるゴボウ。口に入れれば瞬く間にとろけ、出汁に甘さとコクをプラスする玉ねぎ。
しっとりとした噛み応えで、出汁の風味を跳ね除ける素朴な甘さが嬉しいじゃがいも。差し出される前に添えられて、新鮮なシャキシャキが残り、程よい辛味がたまらない小口切りネギ。
肉の確かな歯応えとプリプリな脂身、二つの食感を併せ持ち、噛めば噛むだけまろやかな甘さと、凝縮された旨味が弾け出す豚バラ肉。
全ての具材を余すこと事無く堪能し、箸を休めず食べ終えると、ほっこり顔の花梨が至福の白い息を漏らした。
「ああ~、体の内側がポカポカと温まる~。んまいっ!」
「ぷはぁっ! 七味唐辛子が、とても合ってておいひい~っ」
「ネギはあればあるだけいい。おかわりしよ」
「やべ、一杯じゃ全然足らねえわ。私もおかわりしよ」
纏と鵺のおかわり宣言に、ほぼ脊髄反射で反応した花梨とゴーニャも、負けじと二人の後を追い掛けていく。
「この時間に食べると、背徳感があっていいですね。ぬらりひょん様は、おかわりします?」
「いや。ワシはもつ煮を多く食べたいから、豚汁は一杯で抑えておく」
「ああ、もつ煮もいいですね。ビールと最高に合うんですよ」
「だな。この時間帯じゃなければ、気兼ねなく飲んでいたんだがの」
ビールという誘惑の強いワードに、酒飲み仲間である二人の会話に花が咲き乱れ。もつ煮にちなみ、芋焼酎が挙げられたり。
芋焼酎に合うツマミは、さつま揚げや明太子、枝豆など次々出て、近々それで飲み明かそうと約束を交わした後。
満足するまで豚汁をおわかりした花梨達が、「ぬらりひょん様ー、クロさーん」と声を掛けた。
「そろそろ、次の出店に行こうと思ってるんですが、どうします?」
「む、そうか。分かった、今行く」
「これだけ出店があれば、流石に芋焼酎を扱った出店も───」
「言うな。ワシもその気になってしまうだろうが」
燻製とウィスキーの欲は諦められたものの。今度は、もつ煮と芋焼酎の組み合わせに期待を寄せたクロが、辺りをひっきりなしに探し始めるも。
飲みたい欲が湧いてきてしまったぬらりひょんが、己に言い聞かせるように制止し。言う事を聞いたクロは、両手を垂らし、口を尖らせながら花梨達の背中を追い始めた。
そんな、すっかり酒の気分になったクロへ、紙コップを片手に持ち、頬をほんのりと赤らめた鵺が横に付いた。
「おうおう、どうしたどうしたぁ? 正月から辛気臭えオーラ出しやがってよお」
「邪魔するんじゃない。今、芋焼酎を扱った出店を……、あれ? 酒の匂いがする?」
鵺が近づいて来た途端。ほんのりと漂う酒の匂いを感じたクロが、嗅覚頼りに出処を探り始める。
鼻をすんすんとさせ、目を瞑りながら濃くなっていく香りの軌跡を辿り、ここだと確信を得て目をバッと開けた。
待望とも言える視界の先には、鵺が持っていた紙コップがあり。中を覗いてみると、濁り無き透明の液体が注がれていた。
「ぬ、鵺? この液体、もしかして?」
「ああ、これ? 直会殿の近くで、振る舞い酒を配っててよ。豚汁そっちのけで、めっちゃ飲んできちまったぜ」
「なんだって!? ちょ、私も行ってくる!」
「おいクロ! ワシの分も頼んだぞ!」
慌ててぬらりひょんがお願いするも、既にクロの姿は無く、声は届かなかったかと思いきや。
お盆を持ったクロがすぐさま現れ、呆然としていたぬらりひょんの前で立ち止まると、息を激しく乱したまま紙コップを差し出した。
「お、お前さん、飛ぶのも速いが、走るのも速いんだな……。ありがとう」
「ハァハァハァ……。わ、私も、今初めて、知りました……」
「すっげー。あの速さで十杯も持ってきてらあ」
目にも留まらぬ速さで行って帰って来たクロに、鵺が素直に感服しては、持っていた振る舞い酒をチビりとすする。
クロもクロで、酷い乾いた喉と欲を潤すべく、頂戴してきた紙コップを手に持ち、振る舞い酒をゴクリと一口飲んだ。
「……クゥ~っ! これよこれ、美味いっ! はぁ~、最高だ」
待ち侘びた今年初酒に、一口目から見てて気持ちのいい唸り声を上げ、清々しいとろけ顔になっていくクロ。
「うん。清涼感のある口当たりに、キリッとくる辛さよ。確かに美味い。この酒は、もつ煮との相性が良さそうだな」
「ですね。よし、花梨! 次は、もつ煮を食べに行くぞ!」
「いいですね、行きましょう!」
クロの気迫を宿したワガママに、即賛同した花梨が力強いガッツポーズで応えた。
「クロ達がお酒を飲んでるなら、私達も甘酒で対抗したいわっ」
「もつ煮と合うか分からないけど、せざるを得ない」
「甘酒だったら、流石に酔わないだろうなぁ。なら、私も対抗しちゃおっと」
流れるがままに、振る舞い酒連合対甘酒連合の構図に分かれ、もつ煮の出店がある場所を目指して足を運び出す。
が、対抗の火花は散らず。全員して、周りの活気にも負けぬ談笑をし合い、笑顔で参拝客の中に溶け込んでいった。
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