あやかし温泉街、秋国

桜乱捕り

文字の大きさ
上 下
372 / 379

95話-5、火事場の酒力

しおりを挟む
 本殿内部から出るまでの間、花梨はかえでの神楽が頭の中で流れ続け、夢見心地の感覚が抜けず、上の空なまま外へ出ていく。
 軽く仰いでいた視界に、本殿の天井が見えなくなり、多色の狐火が飛び交う満点の星空に変わった頃。深い余韻に浸っていた花梨が、細いため息を吐きながら肩を落とした。

「すごかったなぁ、楓さんの神楽」

「心を奪われるって、たぶんこんな感じなのねっ……」

「正に神の舞」

 夢見心地から意識が戻ってきたゴーニャとまといも、花梨と同じく秋夜空を眺めていて、細いため息を出す。

「あ~あ、チクショウ。見惚れちまって、祈願すんの忘れてたぜ。勿体ねえ」

ぬえもか。私も祈願しようとしてたけど……。神楽が始まった瞬間おこがましくなって、結局何も出来なかった」

「楓の舞を目にしたら、誰もがそうなるだろう。あの姿こそ、本来の楓だからな」

 後頭部に両手を回し、祈願をし損ねて不貞腐れるぬえに。腕を組み、秋夜空を見上げて黄昏れるクロの後を追う、ぬらりひょんの楓に対する敬意。
 未だ余韻に囚われたままの一行は、黙ったまま星々が瞬く夜空を眺め、空っぽの心に心地よいまどろみを宿していく。
 瞼を閉じれば、そのまま夢の世界へ落ちていきそうな眠気を覚えてから、約数分後。全員の眠気を、まとめて吹き飛ばす腹の虫が豪快に鳴り響いた。

「お腹すいたなぁ」

「私もっ、何か食べたくなってきちゃったわっ」

「ガッツリ食べたい」

「分厚い肉が食いてえなあ」

 余韻や雰囲気を諸共ぶち壊す切り替えの早さに、触発されてきたぬらりひょんとクロも、互いに顔を見合わせては、ほがらかな苦笑いを浮かべた。

「ぬらりひょん様も行きますか?」

「そうだな。今日ぐらいなら、いくら食べてもバチは当たらんだろう」

 意見が合致した一行は、楓の神楽を振り返りながら中央階段を降りていき、通り過ぎた時と賑わいが変わらない境内けいだいに向かって行く。
 皆が最初に選んだ出店は、豚汁であり。各自大盛りを頼んでは、無料の七味唐辛子を適量振りかけ、人が少ない場所まで移動した。

「んふふっ、味噌のいい匂いがするや~。今年初豚汁、いただきまーす」

 夜食の挨拶を交わすと、唇に割り箸を挟んで器用に割り、味噌の匂いが乗った湯気を浴びつつ、汁をすする。
 カツオがほんのり香る出汁と、心身を共に優しく温める味噌が利いていて、最後に七味唐辛子の後を引くピリッとした刺激が、花梨の食欲を底上げしていく。

 具は、出汁が芯まで染み込み、噛む前にホロっと勝手にほぐれていく大根。ホクホクとした食感で、出汁にも負けない甘さを兼ね揃えたニンジン。
 何色にも染まらぬ食べやすい渋みがあり、固さと独特の強い風味で主張してくるゴボウ。口に入れれば瞬く間にとろけ、出汁に甘さとコクをプラスする玉ねぎ。
 しっとりとした噛み応えで、出汁の風味を跳ね除ける素朴な甘さが嬉しいじゃがいも。差し出される前に添えられて、新鮮なシャキシャキが残り、程よい辛味がたまらない小口切りネギ。
 肉の確かな歯応えとプリプリな脂身、二つの食感を併せ持ち、噛めば噛むだけまろやかな甘さと、凝縮された旨味が弾け出す豚バラ肉。

 全ての具材を余すこと事無く堪能し、箸を休めず食べ終えると、ほっこり顔の花梨が至福の白い息を漏らした。

「ああ~、体の内側がポカポカと温まる~。んまいっ!」

「ぷはぁっ! 七味唐辛子が、とても合ってておいひい~っ」

「ネギはあればあるだけいい。おかわりしよ」

「やべ、一杯じゃ全然足らねえわ。私もおかわりしよ」

 纏と鵺のおかわり宣言に、ほぼ脊髄反射で反応した花梨とゴーニャも、負けじと二人の後を追い掛けていく。

「この時間に食べると、背徳感があっていいですね。ぬらりひょん様は、おかわりします?」

「いや。ワシはもつ煮を多く食べたいから、豚汁は一杯で抑えておく」

「ああ、もつ煮もいいですね。ビールと最高に合うんですよ」

「だな。この時間帯じゃなければ、気兼ねなく飲んでいたんだがの」

 ビールという誘惑の強いワードに、酒飲み仲間である二人の会話に花が咲き乱れ。もつ煮にちなみ、芋焼酎が挙げられたり。
 芋焼酎に合うツマミは、さつま揚げや明太子、枝豆など次々出て、近々それで飲み明かそうと約束を交わした後。
 満足するまで豚汁をおわかりした花梨達が、「ぬらりひょん様ー、クロさーん」と声を掛けた。

「そろそろ、次の出店に行こうと思ってるんですが、どうします?」

「む、そうか。分かった、今行く」

「これだけ出店があれば、流石に芋焼酎を扱った出店も───」

「言うな。ワシもその気になってしまうだろうが」

 燻製とウィスキーの欲は諦められたものの。今度は、もつ煮と芋焼酎の組み合わせに期待を寄せたクロが、辺りをひっきりなしに探し始めるも。
 飲みたい欲が湧いてきてしまったぬらりひょんが、己に言い聞かせるように制止し。言う事を聞いたクロは、両手を垂らし、口を尖らせながら花梨達の背中を追い始めた。
 そんな、すっかり酒の気分になったクロへ、紙コップを片手に持ち、頬をほんのりと赤らめた鵺が横に付いた。

「おうおう、どうしたどうしたぁ? 正月から辛気臭えオーラ出しやがってよお」

「邪魔するんじゃない。今、芋焼酎を扱った出店を……、あれ? 酒の匂いがする?」

 鵺が近づいて来た途端。ほんのりと漂う酒の匂いを感じたクロが、嗅覚頼りに出処を探り始める。
 鼻をすんすんとさせ、目を瞑りながら濃くなっていく香りの軌跡を辿り、ここだと確信を得て目をバッと開けた。
 待望とも言える視界の先には、鵺が持っていた紙コップがあり。中を覗いてみると、濁り無き透明の液体が注がれていた。

「ぬ、鵺? この液体、もしかして?」

「ああ、これ? 直会殿なおらいでんの近くで、振る舞い酒を配っててよ。豚汁そっちのけで、めっちゃ飲んできちまったぜ」

「なんだって!? ちょ、私も行ってくる!」

「おいクロ! ワシの分も頼んだぞ!」

 慌ててぬらりひょんがお願いするも、既にクロの姿は無く、声は届かなかったかと思いきや。
 お盆を持ったクロがすぐさま現れ、呆然としていたぬらりひょんの前で立ち止まると、息を激しく乱したまま紙コップを差し出した。

「お、お前さん、飛ぶのも速いが、走るのも速いんだな……。ありがとう」

「ハァハァハァ……。わ、私も、今初めて、知りました……」

「すっげー。あの速さで十杯も持ってきてらあ」

 目にも留まらぬ速さで行って帰って来たクロに、鵺が素直に感服しては、持っていた振る舞い酒をチビりとすする。
 クロもクロで、酷い乾いた喉と欲を潤すべく、頂戴してきた紙コップを手に持ち、振る舞い酒をゴクリと一口飲んだ。

「……クゥ~っ! これよこれ、美味いっ! はぁ~、最高だ」

 待ち侘びた今年初酒に、一口目から見てて気持ちのいい唸り声を上げ、清々しいとろけ顔になっていくクロ。

「うん。清涼感のある口当たりに、キリッとくる辛さよ。確かに美味い。この酒は、もつ煮との相性が良さそうだな」

「ですね。よし、花梨! 次は、もつ煮を食べに行くぞ!」

「いいですね、行きましょう!」

 クロの気迫を宿したワガママに、即賛同した花梨が力強いガッツポーズで応えた。

「クロ達がお酒を飲んでるなら、私達も甘酒で対抗したいわっ」

「もつ煮と合うか分からないけど、せざるを得ない」

「甘酒だったら、流石に酔わないだろうなぁ。なら、私も対抗しちゃおっと」

 流れるがままに、振る舞い酒連合対甘酒連合の構図に分かれ、もつ煮の出店がある場所を目指して足を運び出す。
 が、対抗の火花は散らず。全員して、周りの活気にも負けぬ談笑をし合い、笑顔で参拝客の中に溶け込んでいった。
しおりを挟む
感想 10

あなたにおすすめの小説

生贄の花嫁~鬼の総領様と身代わり婚~

硝子町玻璃
キャラ文芸
旧題:化け猫姉妹の身代わり婚 多くの人々があやかしの血を引く現代。 猫又族の東條家の長女である霞は、妹の雅とともに平穏な日々を送っていた。 けれどある日、雅に縁談が舞い込む。 お相手は鬼族を統べる鬼灯家の次期当主である鬼灯蓮。 絶対的権力を持つ鬼灯家に逆らうことが出来ず、両親は了承。雅も縁談を受け入れることにしたが…… 「私が雅の代わりに鬼灯家に行く。私がお嫁に行くよ!」 妹を守るために自分が鬼灯家に嫁ぐと決心した霞。 しかしそんな彼女を待っていたのは、絶世の美青年だった。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

身体検査

RIKUTO
BL
次世代優生保護法。この世界の日本は、最適な遺伝子を残し、日本民族の優秀さを維持するとの目的で、 選ばれた青少年たちの体を徹底的に検査する。厳正な検査だというが、異常なほどに性器と排泄器の検査をするのである。それに選ばれたとある少年の全記録。

職場のパートのおばさん

Rollman
恋愛
職場のパートのおばさんと…

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

こども病院の日常

moa
キャラ文芸
ここの病院は、こども病院です。 18歳以下の子供が通う病院、 診療科はたくさんあります。 内科、外科、耳鼻科、歯科、皮膚科etc… ただただ医者目線で色々な病気を治療していくだけの小説です。 恋愛要素などは一切ありません。 密着病院24時!的な感じです。 人物像などは表記していない為、読者様のご想像にお任せします。 ※泣く表現、痛い表現など嫌いな方は読むのをお控えください。 歯科以外の医療知識はそこまで詳しくないのですみませんがご了承ください。

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

処理中です...