あやかし温泉街、秋国

桜乱捕り

文字の大きさ
上 下
363 / 384

94話-2、対抗意識を燃やす、二人の親バカ

しおりを挟む
 姉の花梨から、クリスマスのなんたるかを軽く聞いたゴーニャとまといが、ぬらりひょんと密談をおこなった次の日。
 その花梨達は、一月四日に開催される『河童の日』に向けて、十時から始まる打ち合わせの参加をする前に、なぜか女天狗のクロも居る支配人室へ来ていた。
 今日の内容を確認し終え、気合いを入れた花梨が、腕を組んで話を聞いていたクロへ顔をやった。

「それじゃあクロさん、行ってきますね」

「ああ、気を付けて行ってこい。私も『河童の日』を、楽しみにしてるからな」

「はい! 酒天しゅてんさんと共に、必ず盛り上げてみせます! では、ゴーニャと纏姉さんを、よろしくお願いします」

 クロに眠気を見せない熱い宣言を交わすと、ぬらりひょんとクロへ会釈をした花梨が、全員に手を振りながら扉に向かい。扉を静かに開け、一人支配人室を後にする。
 その、元気な背中を見送り、千里眼で花梨が三階まで下りた事を確認したぬらりひょんは、「よし」と場の空気を変える、気合いのこもった声を発した。

「さてさて、クロよ。昨日話した通り、ゴーニャと纏も、例の計画に参加してくれる事になったぞ」

「ええ。準備の人数が増えるのは、私も願ったり叶ったりです。今日はよろしくな、二人共」

「よろしくお願いしますっ!」
「頑張る」

 花梨の宣言にも負けない、ハキハキとした二人の返しに、クロはりんとした笑みで応えた。

「それにしても。まさか、お前らが参加してくれるとはな。これなら、時間に余裕が生まれるだろうし。夕食のレシピを二、三品増やしちまおうかな」

「夕食っ! ねえ、クロっ。私も夕食作りを手伝っていいかしらっ?」

「ゴーニャが?」

「うんっ。『焼き鳥屋八咫やた』で料理を作り始めたから、包丁だってちゃんと使えるわっ。だから、お願いクロっ!」

「えっ!? とうとう料理まで作り出したのか?」

 ここ最近、恐るべき速さで上達していく腕を、八咫烏の八吉やきち神音かぐねに買われ、固定シフトも組まれる予定でいるゴーニャ。
 その、れっきとした正社員も夢ではなくなったゴーニャに、驚きを隠せないクロは、目を丸くしてひん剥いていた。

「そうよっ。一品料理の、ガーリックポテトフライ、梅肉和えのたたききゅうりでしょ? 焼きおにぎりや、花梨が大好きな唐揚げも作ってるわっ」

「はぁ~……。焼きおにぎりって、ちゃんと作るのが案外難しいんだぞ? それを店で作って出せるなんて、すごいじゃないか」

「えへへっ。八吉達も、お前なら安心して任せられるって、笑顔で言ってくれてたわっ」

「それ、私も見てた。あと、ゴーニャが作ったまかない料理も美味しかった」

 証人の纏が割って入ってきては、当時食べた賄い料理の味を思い出したようで。無表情を保っている口から、ヨダレがじゅるりと垂れていく。

「でしょでしょっ? 唐揚げと焼き鳥が乗った丼物を作ったら、みんなおいしいって喜んでくれたのっ」

「へえ~、賄いまで出してるのか。……話を聞いてたら、だんだん食べたくなってきたな。なあ、ゴーニャ。今度、私も食べに行っていいか?」

「いいわよっ、おいしい焼き鳥を焼いて待ってるわっ!」

 さり気なく、客入れまでしたゴーニャの話を聞き、食欲を刺激されたぬらりひょんも、「ワシも、また行ってみようかのお」とこっそり呟く。

「ありがとう、楽しみにしてるよ。っと、話が少し逸れちまったな。それじゃあ、ゴーニャ。午後になったら料理を作り始めるから、お前も手伝ってくれ」

「いいの!? やったっ! ありがとう、クロっ!」

 纏の信頼感がある証言もあり、ゴーニャの申し出を快諾すると、ゴーニャは弾けた満面の笑みになり。心強いパートナーが出来たクロも、柔らかく微笑んだ。

「ふっふっふっ、愛する妹の手料理か。こりゃあ花梨も、喜ぶに違いない。纏よ、ワシらも負けていられんぞ? 花梨の部屋に立派な装飾をして、あっと驚かせてやらないとな」

「うん。壁を歩けるから高い場所の装飾は任せて」

 クロとゴーニャに負けじと、ぬらりひょんと纏が装飾組で同盟を結ぶと、料理組として優勢になったゴーニャが、「あっ」と反応を示した。

「装飾って、高い場所もするのねっ。だったら、大人の妖狐になっちゃおっと」

 料理だけではなく、装飾も頑張ろうと意気込むと、ゴーニャは肩に掛けていた赤いショルダーポーチから、大人の妖狐に変化へんげ出来る葉っぱの髪飾りを取り出し。
 最早、第二の本体になりつつある、大人の妖狐姿になり、「よしっ!」と気合いを入れ直した。

「それじゃあ、そろそろ花梨の部屋に行くとするか。皆、今日はよろしく頼むぞ」

「はいっ! よろしくお願いしますっ!」
「よろしくお願いします」

 準備が整った所を見計らい、ぬらりひょんも書斎机から飛び降り、皆を先導するように先を行く。そして、雑談を交えながら付いていき、支配人室を後にした。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 支配人室から、花梨の部屋へ移動している最中。一度クロの部屋に寄り、大小様々なダンボール箱を五箱分、花梨の部屋に運んだ後。紙テープを剥がし、中身を丁寧に取り出していた。

「わあっ。輪っか状の紙が、沢山くっ付いてるわっ」

「それは、輪つなぎだ。私とぬらりひょん様で作ったんだけど、慣れない作業だったから、まあ大変だった」

 あえて、初めて作ったていで説明したクロであるが。まだ、花梨が学生時代の頃。
 クリスマスや各季節のイベントが近づくと、ぬらりひょんとクロは、部屋に装飾を施すべく、決まって輪つなぎを大量に作っており。
 今なら、体が一連の流れを完璧に覚えていて、一メートルの輪つなぎなら、目を瞑りながらでも十分掛からず作れるようになっていた。

「こっちのダンボールには、それなりに大きい木が入ってる」

「それはモミの木と言ってな。クリスマスになると、その木にオーナメントという飾りを色々付けていくんだ。例えば~」

 纏が自身の身長よりも、倍はありそうなモミの木の引っ張り出すと、ぬらりひょんが別のダンボール箱を漁り始め、多種多様なオーナメントを出していく。

「ツリーの一番上に飾る星、トップスターだろ? 数色ある玉がオーナメントボールで……。キャンディケインや電飾、ひいらぎ、白い綿、ベルなどを配置していく。それに、同じく輪っか状の物でも、ちょっと装飾が豪華な物があるだろ? これはクリスマスリースと言って、主に玄関などに飾るんだ」

「ぬらりひょん様、すごく詳しい」

「トップスターっていうのが、キラキラしててすごく綺麗だわっ」

 オーナメントの各正式名称を全て知っており、手馴れた様子でモミの木を立てたぬらりひょんが、部屋の一番目立つ場所へ移動させた。

「だろう? 簡単に付けられる方法も知っているから、分からない事があれば、どんどん聞いてきてくれ」

「ぬらりひょん様にだけ、いい顔はさせませんよ? 私も色々知ってるから、気軽に質問してきてくれな」

 知識を披露したぬらりひょんに遅れを取らないよう、対抗意識を燃やしたクロも、壁に両面テープを貼り、輪つなぎを見栄えよく飾っていき。
 変に空いたスペースには、両面テープを長めに貼り、雲の形を模した白い綿を飾り付け。壁に二色のモールを交互に並べていき、即席の壁面クリスマスツリーを作っていく。
 説明を挟みつつ、僅か十五分で壁一面をクリスマス色に染め上げたクロに、ぬらりひょんも負けじと心に火がついたのか。
 置いてけぼりを食らっているゴーニャと纏へ、各オーナメントに込められた意味を説明しながら、クリスマスツリーの装飾を仕上げていった。

「二人共、装飾する速さが尋常じゃない」

「分かりやすい説明だけど……。その説明が終わると、同時に装飾も終わっちゃってるのよねっ。まだ二十分も経ってないのに、ダンボール箱が、もう三つも空になっちゃった」

 約十七年間、花梨をいかにして喜ばせるか試行錯誤を繰り返し、全力を尽くして取り組んでいった結果。
 二人は決まって同じ装飾の担当に就き、出来栄えの良さを花梨に説いては、気に入った装飾を選ばせて、一喜一憂していたクロとぬらりひょん。
 そして今回も、二人は例外無く勝負をおっぱじめてしまい、部屋に装飾を始めてから一時間後には、装飾の全行程を終えてしまった。
しおりを挟む
感想 10

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

真夜中の仕出し屋さん~料理上手な狛犬様と暮らすことになりました~

椿蛍
キャラ文芸
「結婚するか、化け物屋敷を管理するか」 仕事を辞めた私に、父は二つの選択肢を迫った。 料亭『吉浪』に働いて六年。 挫折し、料理を作れなくなってしまった―― 結婚を断り、私が選んだのは、化け物屋敷と父が呼ぶ、亡くなった祖父の家へ行くことだった。 祖父が亡くなって、店は閉まっているはずだったけれど、なぜか店は開いていて―― 初出:2024.5.10~ ※他サイト様に投稿したものを大幅改稿しております。

狼神様と生贄の唄巫女 虐げられた盲目の少女は、獣の神に愛される

茶柱まちこ
キャラ文芸
 雪深い農村で育った少女・すずは、赤子のころにかけられた呪いによって盲目となり、姉や村人たちに虐いたげられる日々を送っていた。  ある日、すずは村人たちに騙されて生贄にされ、雪山の神社に閉じ込められてしまう。失意の中、絶命寸前の彼女を救ったのは、狼と人間を掛け合わせたような姿の男──村人たちが崇める守護神・大神だった。  呪いを解く代わりに大神のもとで働くことになったすずは、大神やあやかしたちの優しさに触れ、幸せを知っていく──。  神様と盲目少女が紡ぐ、和風恋愛幻想譚。 (旧題:『大神様のお気に入り』)

鬼の御宿の嫁入り狐

梅野小吹
キャラ文芸
▼2025.2月 書籍 第2巻発売中! 【第6回キャラ文芸大賞/あやかし賞 受賞作】  鬼の一族が棲まう隠れ里には、三つの尾を持つ妖狐の少女が暮らしている。  彼女──縁(より)は、腹部に火傷を負った状態で倒れているところを旅籠屋の次男・琥珀(こはく)によって助けられ、彼が縁を「自分の嫁にする」と宣言したことがきっかけで、羅刹と呼ばれる鬼の一家と共に暮らすようになった。  優しい一家に愛されてすくすくと大きくなった彼女は、天真爛漫な愛らしい乙女へと成長したものの、年頃になるにつれて共に育った琥珀や家族との種族差に疎外感を覚えるようになっていく。 「私だけ、どうして、鬼じゃないんだろう……」  劣等感を抱き、自分が鬼の家族にとって本当に必要な存在なのかと不安を覚える縁。  そんな憂いを抱える中、彼女の元に現れたのは、縁を〝花嫁〟と呼ぶ美しい妖狐の青年で……?  育ててくれた鬼の家族。  自分と同じ妖狐の一族。  腹部に残る火傷痕。  人々が語る『狐の嫁入り』──。  空の隙間から雨が降る時、小さな体に傷を宿して、鬼に嫁入りした少女の話。

おにぎり屋さんの裏稼業 〜お祓い請け賜わります〜

瀬崎由美
キャラ文芸
高校2年生の八神美琴は、幼い頃に両親を亡くしてからは祖母の真知子と、親戚のツバキと一緒に暮らしている。 大学通りにある屋敷の片隅で営んでいるオニギリ屋さん『おにひめ』は、気まぐれの営業ながらも学生達に人気のお店だ。でも、真知子の本業は人ならざるものを対処するお祓い屋。霊やあやかしにまつわる相談に訪れて来る人が後を絶たない。 そんなある日、祓いの仕事から戻って来た真知子が家の中で倒れてしまう。加齢による力の限界を感じた祖母から、美琴は祓いの力の継承を受ける。と、美琴はこれまで視えなかったモノが視えるようになり……。 第8回キャラ文芸大賞にて奨励賞をいただきました。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

下っ端妃は逃げ出したい

都茉莉
キャラ文芸
新皇帝の即位、それは妃狩りの始まりーー 庶民がそれを逃れるすべなど、さっさと結婚してしまう以外なく、出遅れた少女は後宮で下っ端妃として過ごすことになる。 そんな鈍臭い妃の一人たる私は、偶然後宮から逃げ出す手がかりを発見する。その手がかりは府庫にあるらしいと知って、調べること数日。脱走用と思われる地図を発見した。 しかし、気が緩んだのか、年下の少女に見つかってしまう。そして、少女を見張るために共に過ごすことになったのだが、この少女、何か隠し事があるようで……

オレは視えてるだけですが⁉~訳ありバーテンダーは霊感パティシエを飼い慣らしたい

凍星
キャラ文芸
幽霊が視えてしまうパティシエ、葉室尊。できるだけ周りに迷惑をかけずに静かに生きていきたい……そんな風に思っていたのに⁉ バーテンダーの霊能者、久我蒼真に出逢ったことで、どういう訳か、霊能力のある人達に色々絡まれる日常に突入⁉「オレは視えてるだけだって言ってるのに、なんでこうなるの??」霊感のある主人公と、彼の秘密を暴きたい男の駆け引きと絆を描きます。BL要素あり。

処理中です...