あやかし温泉街、秋国

桜乱捕り

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93話-10、人間は人間でも(閑話)

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 仙狐の銀雲ぎんうんと、来年の正月に新設された『河童の日』の発展を願うべく、茨木童子の酒天しゅてんを混じえて熱い約束を交わした、次の日。

 温泉街が暖かな陽気に包まれ、活気付いてきた午前十時半頃。どこか浮かない顔をした天狐のかえで剛力酒ごうりきしゅを飲み、茨木童子の姿になった花梨。
 盛り上げ役は任せろと、自信に満ち溢れた表情をしている酒天。全ての発案者である銀雲、付き添いのゴーニャと纏は、永秋えいしゅうの四階にある支配人室に居り。
 代表として銀雲が説明役に回り、『河童の日』の発展を誰よりも願い、静かに耳を傾けていたぬらりひょんへ、熱く説いていた。

「とまあ、大体そんな感じです。総大将、いかがでしょう?」

「いやはや……。まさか仙狐である貴方様が、『河童の日』をそこまで想って下さっていたとは。有難い限りです」

「仙狐と言っても、俺はそこまで大したもんじゃないです。それに皆を束ねる総大将が、そう畏まらないで下さい」

 妖怪の総大将と言えど、相手は神通力を取得している、天狐と引けを取らぬ神に近し存在。
 妖怪よりも高位で、次元すら違う者からの要望に、ぬらりひょんはたじろぐも。『河童の日』を盛り上げたいという確かな熱意を感じ、心を打たれていた。

「お言葉に甘えたいのは、山々なのですが。皆の上に立つ身だからこそ、分を弁えなければなりません。申し訳ありませんが、ご対応はこのままさせて頂きます」

「ああ、なるほどです。なら今度、酒でも交わしましょう。身分なぞ関係無く、同じ妖怪として楽しくね」

「いいですね。是非とも、よろしくお願い致します」

 社交辞令の場を設けられると、ぬらりひょんは礼儀正しく一礼をし。早く対等として見られたいと願う銀雲も、ニッと笑みを返す。

「それにしても。仕事に一途な酒天も、『河童の日』に参加してくれるとはな。お前さん主催以外の催しに、率先して出てくれたのは、これが初めてじゃないか?」

「へへへっ……、そうっスね。なので! 流蔵さんの為にも「河童の日」を大いに盛り上げて、楽しい思い出を沢山作っていきたいっス!」

「うむ。お前さんが参加をしてくれるのは、ワシも嬉しいぞ。流蔵も知ったら、笑顔で喜んでくれるだろう」

 嘘偽り無い気持ちが酒天へ届くように、ぬらりひょんはほがらかにほくそ笑み、表情でも喜びを伝える。
 そのまま二度うなずくと、視線でやり取りを追っていた花梨に顔を移した。

「そして、花梨よ」

「はいっ!」

「西の無敗という二つ名の知名度は、あの界隈で知らぬ者が居らんほど有名になっている。なのですまんが、宣伝をする際、お前さんの二つ名を借りたい」

「宣伝、ですか?」

 改まったぬらりひょんの提案に、花梨がきょとんとした目で反応すると、ぬらりひょんが「そうだ」と返す。

「年末近くになったら、温泉街にポスターを張り出し、莱鈴らいりんぬえが宣伝を始める。西の無敗と酒天が、『河童の日』に参加すると周知されてみろ? 期待は大きく膨らみ、噂は瞬く間に広がっていき、大勢の集客が見込めるはずだ」

「へえ~。私の二つ名って、そんな大きな宣伝効果があるんですね」

「ぬらりひょん様。あたしも、花梨さんと一緒に宣伝されるんスか?」

 ポスターを使用した宣伝と聞き、確認も兼ねて食い気味に割って入った酒天が、質問をする。

「おお、そうだな。お前さんの名も、借りていいか?」

「ええ、いいっスよ! あたしの名前も宣伝の役に立つなら、いくらでも使って下さいっス!」

 むしろ、花梨と共に大きく掲載してくれと快諾した酒天が、力強いガッツポーズをした。

「うむ。では、有難く使わせてもらおう。花梨も、それでいいか?」

「はい。それで、大勢の妖怪さんが集まってくれるなら、私も願ったり叶ったりです!」

 酒天の宣言にも負けぬ、ハキハキとした声で快諾してくれた花梨も、弾けた笑顔をぬらりひょんに送る。
 そんな、銀雲の『河童の日』に対する熱意をも押し返す、二人のやる気に満ちた表情に、ぬらりひょんは自分のように嬉しくなり、口元をほころばせた。

「うむ。ありがとう、二人共。恩に着る。これは、正月が楽しみになってきたな」

「では、総大将。カリンと酒天は、参加という方向で見てよろしいでしょうか?」

 話の流れは大体固まったが、念を押す銀雲の確認に、ぬらりひょんはすかさず「ええ、もちろんですとも」と返答した。

「貴方様が、花梨と酒天に話を持ち掛けてくれたからこそ、より良い『河童の日』を行えるようになれそうです。なんと御礼を申し上げればよいやら」

「いえいえ。半分は、俺の私利私欲ですから。こちらこそ案を採用して頂き、ありがとうございます!」

 心の底から感謝の意を込めて、仙狐の名に恥じぬ態度で綺麗なお時期をすると、気持ちを切り替えた銀雲が、「よぉーし!」と唸り上げる。

「やったな二人共! んじゃ次は、流蔵の所へ行くぞ!」

「はいっ!」
「了解っス!」

 すっかり意気投合した二人が、喜びを分かち合いながら返事をした後。花梨と酒天は、銀雲に合わせていた顔を、ぬらりひょんの方へやった。

「ぬらりひょん様、ありがとうございます! 参加するからには、絶対に盛り上げてみせます! なので、当日を楽しみにしてて下さい!」

「あたしからも、ありがとうございます! あたしも気合いを入れて、盛り上げていくっス!」

「うむ。ワシも今から、『河童の日』を心待ちにしている。当日の流れや説明については、追々していくつもりだが。何か聞きたい事や質問があれば、いつでもワシが受け付けているので、気軽に聞きに来てくれ」

「分かりました! では、失礼します!」
「失礼するっス!」

 花梨と酒天も一礼すると、終始静かにしていたゴーニャや纏も、二人の真似をし。全員が部屋から出ていく間際、銀雲が「それじゃあ、楓さん。また後でな!」と言い、軽く手を挙げた。

「ああ、言って参れ。あまり迷惑を掛けるでないぞ?」

「分かってますって!」

 あまり期待出来なさそうな返事をすると、銀雲は楓を支配人室に一人残し、部屋を出て扉を閉めた。

「楓よ。お前さんは行かんのか?」

「まあの。ワシは別件でお主に用があり、皆に付いてきたんじゃ」

「別件?」

「そうじゃ。じゃが銀雲が、まだ三階付近に居る。あやつの聴力だと聞かれる恐れがあるから、ちと待っててくれ」

 どうやら、身内に聞かれるとマズイ内容らしく。腕を組んで扉を見ていた楓は、そこから一言も発さなくなり、支配人室内に静寂が訪れる。
 訳も分からぬまま、待たされてから約三十秒後。千里眼で、銀雲達の居場所を見続けていた楓が、「そろそろ、よかろう」と言い、ぬらりひょんが居る方へ体を向けた。

「さて、ぬらりひょんよ。お主に、一つ伝えなければならない事がある」

「なんだ?」

「その、なんじゃがのお。良いのか悪いのか、ワシにも分からんのじゃが……」

 どこか歯切れが悪く、確証が持てていない様な楓の言い回しに、ぬらりひょんの眉間にシワが寄っていく。

「どうしたんだ? いつものお前さんらしくないじゃないか」

「あまりに予期せぬ出来事じゃったからの。たった一度しか感じられなかったし、まだそれが本当なのか疑っておるんじゃ」

「あのお前さんが、そこまで狼狽える出来事、と? とりあえず、内容が見えてこないから、落ち着いて話してくれ」

「そ、そうじゃの」

 ぬらりひょんの言葉に甘えた楓が、胸元に手を添え、一度大きく深呼吸をする。
 息を限界まで吐き終えると、少しだけ心が整ったのか。落ち着を取り戻した妖々しい糸目を、ぬらりひょんへ戻した。

「すまぬ、待たせてしまい。では、言うぞ。ここへ来た理由は、花梨についてじゃ」

「花梨?」

「そうじゃ。昨日、花梨達が妖狐寮に泊まったのは、お主も知っておるじゃろう?」

「ああ。明日の予定は、必ず前日に教えてくれるから知っていたぞ。酒天も居るから、すごく楽しみだと言っていた」

 花梨達の動向については、大体把握していたぬらりひょんが、袖からキセルを取り出し、詰めタバコを入れていく。

「なるほど、でじゃ。その花梨と酒天が、特別げすととして、ワシ主催のりくりぇいしょんに参加してくれての」

「レクリエーション? 大勢集まって、何かの催し物をするアレか?」

「そのりくりえぃしょんで合っている。それで、その時はどっちぼぉるをしたのじゃがのお……」

 急に楓の語り口が重くなり、キセルをふかしたぬらりひょんが、右目を細めた。

「ドッチボールをして、どうしたんだ?」

「……その、二人には、終盤に加わってもらったんじゃが。花梨がワシに投げてきたぼぉるを、受け止めた際に、とある“気”をぼぉるから感じ取ったんじゃ」

「き? よく分からんが、やけに勿体ぶるじゃないか。結局、何があったんだ?」

 早く全容を説明して欲しいと、催促するぬらりひょんが、キセルの煙を天井へふかしていく。

「まだワシも、その“気”を一度しか感じ取れていないから、確証を得られていないんじゃ。もしかしたら、ワシの勘違いかもしれぬとな」

「その、きっていうのは、一体なんなんだ?」

「……ただの人間では、絶対に持ち合わせていないはずの“神気”じゃよ」

「……は? 神気?」

 ようやく、話の本題に入るも。まるで予期せぬ単語が出てきたせいで、ぬらりひょんはキセルをふかすのを忘れ、口をポカンと開けたままでいる。

「……神気って。お前さんや神のみが持つ、万物の元となる気のはずだろ? 何故、花梨から感じたんだ?」

「それが分からぬのじゃ。花梨は、神でなければ現人神あらひとがみでもない。正真正銘、ただの人間で間違いない、はずなのじゃが……。花梨から感じた神気は、ワシより高位の物じゃった」

「神に等しいお前さんより、高位な神気って……。もう、本当の神しかおらんじゃないか」

「そうなんじゃよ。じゃから、余計混乱しておるんじゃ」

 話を詰めていけばいくほど、謎は深まっていくばかりで。いくら考えても導き出せない答えを求め、楓とぬらりひょんは頭を悩ませていく。
 以前、酒天やクロからも受けた、花梨についての相談も加味していくにつれ。あまり軽視出来ぬ内容になり、ぬらりひょんは徐々に不安を募らせていった。

「……うーむ。ここはもう、あいつ頼みになってしまうか?」

「む。何か当てがあるのか?」

「まあな。ほれ、前に閻魔大王の所へ向かっている最中、茨園いばらぞの 奄々えんえんについて話しただろ?」

「ああ。確か、八百比丘尼やおびくにでもあり、現代で指折りのイタコで、市長もやっていると言っていたの。そやつなら、分かるというのか?」

「可能性は、低いかもしれんがな。莱鈴らいりんの情報によると、あいつはそろそろ任期満了で、次の選挙には出ず、そのまま長期休暇に入るらしい。なので、そのタイミングで茨園と会い、『八咫烏の日』が行われる前日にでも、ここへ連れて来ようかと思っている」

 花梨を父と母に逢わせる為に、欠けてはならない人物の一人、茨園いばらぞの 奄々えんえん
 これからの動向を把握しており、誘うには好条件が揃っている状態を楓に共有すると、ぬらりひょんはキセルの煙を大量にふかした。

「それにしても、花梨が神か。ワシにとって女神なのは間違いないが、可愛さに磨きがかかってしまうな」

「急に惚気けるのお。少しぐらい、緊張感を持ったらどうじゃ?」

「何も分からぬまま持ってどうする? それにだ。もし花梨が神であっても、花梨は花梨だ。可愛い愛娘には変わりない」

「まあ、それはそうじゃが。やはり、気になるのお……」

 たとえ、花梨が何者であろうとも、ぬらりひょんの一理ある言葉に言い包められるが。杞憂では終われられない内容に、一人難しい顔で眉をひそめる楓。
 しかし結局、いくら考えようとも答えを出せるはずもなく。一旦諦めた楓は、気疲れしたため息を鼻からこぼした。
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