あやかし温泉街、秋国

桜乱捕り

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93話-5、天狐VS仙狐

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「うっし! 金雨きんう、そろそろ俺らも出るか?」
「ですね。人数的にも頃合でしょう」

「おおっ。ついに、金雨きんう様と銀雲ぎんうん様が動き出すぞー」

 妖狐の優れた聴力により、入り乱れる声援と悲鳴の合間を縫い、微かに届いた会話を聞き逃さなかった雅が、狐の耳をピンと立てた。

「金雨さんと銀雲さんって、食事処に居た人達だよね。その二人って強いの?」

「我らが仙狐様だよー? 強いに決まってるじゃーん」

「仙狐様?」

 仙狐という、どこか聞き覚えのある単語に、質問した花梨の獣染みた金色の瞳が、小さく右に逸れ。
 ふと思い出したのか、「あっ」と言いながら雅の方へ戻った。

「仙狐様って、天狐様の次に偉い人だっけ?」

「そーそー、よく覚えてたねー。んで、妖狐神社に居る唯一の仙狐様が、金雨様と銀雲様なのさー」

「はえー。あの方々、仙狐様だったんスね。初めて見たっス」

「普段は、本殿の最奥に居ますからねー。温泉街にもほとんど行かないので、初めて見るのも無理はないですよー」

 雅が意気揚々と説明している間に、二人の仙狐は辺りの様子をうかがいつつ、袖から綺麗な葉っぱを取り出し、変化術でボールに変えた。
 そのまま、楓を視界に捉えて数分後。妖狐達の攻撃が止むタイミングを見計らい、銀雲がすうっと息を吸い込んだ。

「楓さーん! そろそろ行くぜー!」

「む、そうか。なら、ちと待っとれ」

 ホール内に響き渡る大胆不敵な攻撃宣言に、開始から今まで、休む事無くボールをさばいていたのにも関わらず、息一つ乱していない楓が反応し、その場に静止する。
 すると楓を中心に、ほぼ透明色に近い膜みたいな物が、床へ這い出しては四方に向かい、急激に広がり出し。
 壁に到達しては、重力に逆らいながら登っていき、やがて天井まで覆い尽くしていった。
 その、花梨達が居る入口を塞ぐ形で出現した膜を、ただ口をポカンと開けて見ていた花梨が、天井まで追っていた顔を正面へ落とした。

「この膜みたいな物が、結界? なんだか、見覚えがあるような……」

「前に満月が出た時、ぬらりひょん様が永秋えいしゅうに張ってたのと同じ色をしてる」

「それだ! へえ~、かなり薄い見た目をしてるなぁ」

 以前。雪女の雹華ひょうかが月の光に冒され、我を失い暴走した時の事。秋国全体を、分厚い氷の底へ沈めようとした際。
 一手遅れたぬらりひょんが、秋国全域に結界を張ろうとしたものの、永秋えいしゅうを覆い尽くすだけで精一杯に終わり。
 窓を挟んで見えた結界を、自室に居た花梨達が見ており、その朧気な記憶がデジャヴとして感じていた。

「おおっ、スルリと抜ける。波紋が立つから、なんだか綺麗だなぁ」

 好奇心が先行した花梨が、結界を指で突っつこうとするも。何かに触れた感覚も無いまま貫通し、その指を起点にして波紋がゆっくりと広がっていく。

「楽しい」

「うわぁっ、触ると触るだけ波紋が増えてくわっ」

「指でかき混ぜても破れないっスね」

「はいはーい。皆さん方ー、そろそろ危ないから離れてねー」

 警戒心の欠片も無く、結界に波紋を幾重にも走らせている花梨達に、雅が苦笑いをしながら注意を促している最中。
 楓は妖狐達に危害が及ばぬよう、己が動ける範囲のふちギリギリにも結界を出現させ、外と中で二重に張っていった。

「これでよしと。金雨、銀雲、準備が整ったぞ。さあ、本気で掛かって来るがよい」

「言われなくともよ! さあ、おっぱじめるぜえ! 残ってる奴らも、応戦頼むぜっとぉ!」

 本開戦の狼煙を上げるのは、銀雲の雄叫びと共に全身全霊で放たれた、神通力を纏い硬化した超速球。
 投球した際に、小規模の衝撃波を発生させたボールは、破裂音に近い乾いた音を響かせながら、流星のように長い尾を引き飛んでいく。

 しかし、銀雲の放ったボールが、音速の壁を二度突破しようとも、楓には難なく視認出来ているようで。
 自身にボールが届く直前、不可視の『天刻』でボールの勢いを一気に殺しつつ、軌道を真上に逸らし。
 次の手を与えぬよう、新たな天刻でボールを隙間なく捕縛して、応戦で飛んで来た数多のボールの対処も忘れず、確実に払っていった。

「ねえ、雅さん? これ、ドッチボールだよね? あるまじき衝撃波のせいで、耳鳴りがすごいんだけど……」

「ねー、私もキィーンって鳴ってるよー」

「妖狐さんって、聴力もいいんスね……。数日前の剛雷で、雅さんが耳を痛めたのも頷けるっス」

 間髪を容れぬ、銀雲の音速超え投球をものともせず。天刻で軽くいなしては、ボールの変化を力尽くで解いて無力化させる楓。
 一方、気配を消して、極小のボールを神通力で浮かせ、楓の周囲は散りばめていく金雨も見逃さず。
 落ちていたボールを神通力で操り、千里眼を活用して撃ち落としていく。

「おや。今日は、僕と銀雲の連携技も許さぬと。楓様、端から本気のようですね」
「だな。いつもなら、素手で受け止めてくれるってのに。終盤で出てくる天刻を初っ端使うたあ、つれねえぜ」

「ほっほっほっ。言ったじゃろ? 本気で掛かって来いと。今宵は、ちと格好いいワシを見せたくてのお。ほれ、掛かって来ぬなら、さっさと終わらせてしまうぞ?」

 誰に見せたいとは言わぬが、端から全力を出してきた楓が、私欲と挑発を重ねた途端。
 抑え込んでいた妖気、神気を同時に解放し。異なる二つの気が、広いホール内を瞬時に満たしていき。
 どこか覚えのある気に当てられた花梨が、「あれ?」と声を漏らし、辺りをキョロキョロと見渡していった。

「どったのー?」

「ちょっと、また変な感じがしてさ」

「変な感じー?」

「そうそう。この前、満月が出た日にも、なんか薄い膜が体に当たったような気がしたんだけど。今も、それと同じ物を感じたんだよね」

 周りをひっきなしに見渡している花梨の、何気ない一言を聞くや否や。雅の尻尾と耳がピクリとおっ立ち、眠たそうなジト目を更に細めた。

「確かに、そんな事を言ってたけどさー。花梨って、本当に人間だよねー?」

「えっ? そうだよ? なんで?」

「いや、気にしないでー。さあさあー、試合に集中しよー」

 不可解な質問内容と、話をすぐさま切り替えたせいで、不思議に思った花梨が首をかしげるも、詮索は止めて顔をホール内に戻し。
 その間に、花梨へ横目を流した雅は、人間でも、神気を感じ取れる人は稀に居るらしいけどー……。花梨も、たまたまその部類の人間なのかなー? と思案し、あくびをしてから横目を正面に移した。
 涙で潤った視界の先。妖気と神気を解放し、場が温まる前に本気を出した楓が居り。口角を柔らかく上げると、両手をおおらかと開いた。

『万象変化』

 楓が妖々しく何かを唱えると、床に点在していた数十個はあろうボールが、白い煙を纏いながら消えていき。
 数秒もすれば、ボールの姿は全て消えていて、先に何かを仕掛けた楓が、広げていた両手を垂らしていった。

「さあ。金雨、銀雲、ここからどうする?」

「どうやら、透明化ではなさそうですね。僕の目をもってしても視認出来ませんが、君はどうですか?」
「妖気、神気も感じねえ。見惚れる程の完璧な変化術だぜ。下手に動けねえし、ボールになった瞬間を叩くしかねえな」
「そうしたいのは山々なのですが。僕達、もう楓様の術中に陥っていますよ」
「は? ……げっ」

 金雨の終始落ち着いた警告に、銀雲が身体を動かそうとするも、ピクリとも動かず。そこでようやく、銀雲は身体の異変に気付いた。

「金縛りの使用って、ルール上いいのか?」
「楓様が使用しているのであれば、差し支えないかと」
「ああ、そうかい。ったく、今日も不燃焼で終わっちまうのか」

「お主らよ。いつまで、そう演技をしておるんじゃ? ワシの『万象変化』と重ねて、お主らも使用した事や、お主ら本体の居場所も把握しておるぞ?」

 欺くのは傍から無駄だぞと、全てを悟っているかのように語る楓に、金雨が「ありゃ」と苦笑いを交える。

「ねえ、雅さん? まったく付いていけないんだけど、今どうなってるの?」

「えっとねー。楓様が、ホール内のボールを全部掌握して、目に見えない何かに変化させたでしょー? んで、その間に、仙狐様方に強力な金縛りをかけた状態なんだけどー。互いにボールの主導権を握り合ってるから、ほぼ互角って所かなー」

「んでもって、その金縛りを受けた仙狐様方は、実は偽物なんスよね?」

「ですねー。たぶん、生き残ってる子の誰かに化けてると思いますー。ここに入場する前から、打ち合わせでもしてたんでしょうねー」

 状況をまったく理解出来ていない花梨が、助けを求めた雅の説明を受けるも、普通のドッチボールとはかけ離れた展開に、やはり理解が追いつかず。
 辛うじて付いて来れた酒天に、仙狐の本体を探り出した雅が補足を挟む。
 しかし、仙狐達の変化術もかなり高いようで。生き残った十二人の中から、変化中の仙狐を見抜く事は出来なかった。
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