あやかし温泉街、秋国

桜乱捕り

文字の大きさ
上 下
343 / 379

91-2話、時には譲る事も母親の務め

しおりを挟む
 夜の七時過ぎとはいえ、人っ子一人居ないせいで、やたらと静かに感じる廊下へ出たぬえは、早歩きで先を行くぬらりひょんの後を追い、背後へと付いた。

「な、なあ、ぬらさん?」

 恐る恐る声を掛けようとも、ぬらりひょんは慣れた手つきで携帯電話を操作しており。問い掛けに答えぬまま、携帯電話を右耳に当てた。

「もしもし? ワシだ」

 相手はすぐに出たのか。会話が始まると、ぬらりひょんはいつの間にか来ていた支配人室の扉を開け、暗闇を纏う室内へ入っていく。
 ただ気まずさが先行し、黙ったまま一緒に支配人室内に入った鵺は、この中で電話をするのはいかがなものかと思い、こっそりと部屋の電気を点けた。

「お前さん。大嶽丸おおたけまるが温泉街に来る事を、いつから知っていたんだ?」

「お、大嶽丸!?」

 会話の途中で出てきた、酒呑童子、玉藻前たまものまえ崇徳天皇すとくてんのうと、三大悪妖怪の名に連なってもおかしくない大妖怪の名に、鵺が思わず声を荒らげる。

「なに? お前さんも、昨夜知ったのか? ……ふむ、脅迫紛いな果たし状が届いたと。なるほど。だから店員達の安全を最優先し、急遽店を臨時休業したという訳か」

 電話の向こう側に居る、酒羅凶の声は鵺の耳まで届かぬものの。
 ぬらりひょんが確認の意味を込め、復唱していく言葉により、大体の状況が把握出来た鵺が、「は~ん……」と相槌を打っていく。

「どうやら、避けられぬ戦いのようだが……。お前さんよりも、結託した楓の方がやる気に満ちているとは意外だな。逆に、お前さんの方が戦意が無いとは。分かるわ、あからさまに呆れ気味な声色をしているからな」

 全容が明らかになり、心に余裕が出てきたぬらりひょんは、携帯電話を首と肩で挟み、和服の袖からキセルを取り出す。

「で、どこで戦うつもりでいるんだ? ああ、ススキ畑か。確かに、あそこなら被害は最小限に抑えられるだろう。しかし、ワシと楓の結界は、天変地異如きで破れるほどヤワではない。……なら、楓に伝えておけ。やるなら遠慮はいらん。徹底的にやれ、ワシが許可するとな」

 楓の強さは未知数ながらも、どこか安心感を覚える許可を与えると、ぬらりひょんは通話を切り、白い細いキセルの煙をふかした。

「なんだか、色々すげえ言葉が飛び交ってたけどよ。まさか、楓と大嶽丸が戦う事になるなんてなあ」

「なんでも、果たし状はかなり前から来ていたらしいんだ。しかし、酒羅凶はことごとく断っていたと。それで、今回送られてきた果たし状には、決闘を断ったら秋国をぶっ潰すと書いてあり、それを聞いた楓が激怒して、代わりに決闘をさせろと申し出たらしいぞ」

「ま、マジか……。まあ、楓が怒るのも無理はねえか。私だって、それを聞いたら間違いなくプッツンするだろうしな」

「ワシだってそうだ。もし楓が名乗り出ていなかったら、ワシが行く所だったぞ」

 下手すれば、秋国総力戦まで発展していたかもしれない、大嶽丸からの果たし状に、二人は僅かながらもいきり立っていく。
 しかし、天狐という地位に居るだけで、温泉街のナンバー二にまでのし上がった楓の出現に、今回は出る幕が無いと悟り、落ち着きを取り戻していった。

「けどよ、ぬらさん。楓って、強えのか?」

 落ち着きを取り戻したせいで、楓の実力をまったく知らず、シンプルな疑問が湧いてきた鵺が、あっけらかんと質問をする。

「ワシ、クロ、お前さん、雹華ひょうかが同時に相手をして、ようやくといった所だろうな」

「……え、嘘? 私や雹華はともかく、ぬらさんとクロって最強の一角だろ? それでもやっとって感じなのかよ?」

「阿呆。身近に居るから、忘れているんだろうが。あやつは神通力を習得した天狐であり、神に等しき妖怪だぞ?」

「あ、そういえば……」

 『妖狐神社』に行けば、ほぼいつでも会える存在で、同じ日常を過ごす親しみやすい人物もあるせいか。
 己達とは違う次元に居る妖怪だという事実が、頭からすっかり抜けていた鵺が、肩をストンと落とした。

「いや、よく考えると……。あんたら二人でも渡り合えんだろ? それでも十分すげえや」

「褒めても何も出んからな。それよりも」

 そろそろ時間がないと、話を切ったぬらりひょんが、キセルの煙を穏やかにふかす。

「もう少ししたら、ススキ畑で楓と大嶽丸の戦いが始まる。生々しい戦闘音がここまで届くだろうから、なんとかして花梨達を誤魔化すぞ」

「そういや、そんな事も言ってたな。けどよ、大嶽丸って火の雨や暴風雨、剛雷まで呼び起こせんだろ? とんでもねえ戦闘音が鳴り響くんじゃねえか? どうやって誤魔化すよ?」

「そこは、ワシが機転を利かせる。お前さん達は、ワシの言った事に相槌を打ってくれるだけでいい」

「相槌、ねえ。だったら私は、あまり下手な事を言わねえ方がいいなあ」

 つい口を滑らせて余計な事を言いかねないと、自らに釘を打った鵺が、後頭部に両手を回す。

「それでもいい。後、クロにもある程度の事情を説明したいから、ここへ連れて来てくれ」

「りょーかい。クロを呼んだら、私は戻って来ないで部屋に残ってるぜ。雹華には、メールで知らせとくわ」

 先月の事もあり、花梨達の不安をこれ以上煽らせぬと、愛娘を想う密会を終えた鵺は、クロを支配人室に呼ぶべく、携帯電話を取り出しながら部屋を後にした。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 何食わぬ顔で花梨達の部屋に戻って来た鵺が、クロに支配人室へ行けと指示を出してから、約十五分後。
 鵺にも説明した内容を、神妙な面立ちで聞いていたクロにも伝え終えると、二人して支配人室を後にし。
 嵐の前の静けさが佇む廊下を歩き、あまり落ち着きのない様子のクロが、鼻からため息を漏らした。

「しかし……。なんでこうも毎回、何かが起きるんでしょうね」

「外出禁止令まで出した今回は、と思ったが。中々上手くいかぬもんだな」

「ですね。あの日を境に、花梨は満月と聞くと見るからに意気消沈します。普段通りに振る舞ってますが、内心相当怖がってるでしょう」

「あれが起きたのは、僅か二ヶ月前だからな。心に負った深い傷は、そうそう癒えるもんじゃない」

 皆もが忘れたい、二ヶ月前の過去を振り返る度に、部屋へ戻る足取りは重くなり、歩幅が小さくなっていく。
 会話も無くなり、クロは視線すら合わせなくなり、ぬらりひょんとは真逆の方へ逃がしていった。が、一人で考え事でもしていたのか。目を瞑ったクロが、「よし」と覚悟を決めた様に力強く呟いた。

「ん? どうした?」

「決めました。今夜は、花梨をずっと抱きしめていようかと思います」

「……は?」

 クロらしからぬ突拍子もない決意表明に、ぬらりひょんはただ呆気に取られ、理解に苦しむ目が細まっていく。

「ほら、私は花梨の母親じゃないですか。母親が傍に居るだけで、花梨はきっと安心するでしょう。ですが、それだけでは足りません。心の底から安心させてやりたいんです。なので、花梨を後ろから抱きしめ続けてやれば、絶対の安心感を覚えると思うんです。どうでしょう、ぬらりひょん様? 良い案だと思いませんか?」

「……ま、まあ、一理ある。確かに、お前さんの母性は暖かみがあるし、花梨を安心させる事が出来るだろうが……」

 ひとまず、欲が垣間見えるクロの提案を肯定したぬらりひょんが、持っていたキセルを袖に入れる。

「お前さん、ただ花梨に甘えたいだけなんじゃないか?」

「それもあります」

「やはりな……」

 むしろ、それが目的だと曇りなき眼で答えたクロへ、呆れた眼差しを送るぬらりひょん。

「しかし、今は酒天が同じ事をやっているぞ。もし、まだやっていた場合、お前さんはどうするつもりなんだ?」

「あ、そういえばそうでしたね。どいてもらう訳にもいかないですし、……むう」

「阿呆、真面目に悩むな。お前さんは、いつでも花梨に甘えられるだろう? ここは、花梨と会える機会が少ない酒天に譲ってやれ」

「……えっ? あいや。はい、分かりました」

 やや意気消沈し、諦められていない様子のクロの体に、侘しい気持ちがのしかかって項垂れていく。
 そんな、暖かな母性の行き場を失ったクロの肩を、ぬらりひょんはポンッと叩きながら花梨の部屋へ戻っていった。
しおりを挟む
感想 10

あなたにおすすめの小説

生贄の花嫁~鬼の総領様と身代わり婚~

硝子町玻璃
キャラ文芸
旧題:化け猫姉妹の身代わり婚 多くの人々があやかしの血を引く現代。 猫又族の東條家の長女である霞は、妹の雅とともに平穏な日々を送っていた。 けれどある日、雅に縁談が舞い込む。 お相手は鬼族を統べる鬼灯家の次期当主である鬼灯蓮。 絶対的権力を持つ鬼灯家に逆らうことが出来ず、両親は了承。雅も縁談を受け入れることにしたが…… 「私が雅の代わりに鬼灯家に行く。私がお嫁に行くよ!」 妹を守るために自分が鬼灯家に嫁ぐと決心した霞。 しかしそんな彼女を待っていたのは、絶世の美青年だった。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

身体検査

RIKUTO
BL
次世代優生保護法。この世界の日本は、最適な遺伝子を残し、日本民族の優秀さを維持するとの目的で、 選ばれた青少年たちの体を徹底的に検査する。厳正な検査だというが、異常なほどに性器と排泄器の検査をするのである。それに選ばれたとある少年の全記録。

百合系サキュバス達に一目惚れされた

釧路太郎
キャラ文芸
名門零楼館高校はもともと女子高であったのだが、様々な要因で共学になって数年が経つ。 文武両道を掲げる零楼館高校はスポーツ分野だけではなく進学実績も全国レベルで見ても上位に食い込んでいるのであった。 そんな零楼館高校の歴史において今まで誰一人として選ばれたことのない“特別指名推薦”に選ばれたのが工藤珠希なのである。 工藤珠希は身長こそ平均を超えていたが、運動や学力はいたって平均クラスであり性格の良さはあるものの特筆すべき才能も無いように見られていた。 むしろ、彼女の幼馴染である工藤太郎は様々な部活の助っ人として活躍し、中学生でありながら様々な競技のプロ団体からスカウトが来るほどであった。更に、学力面においても優秀であり国内のみならず海外への進学も不可能ではないと言われるほどであった。 “特別指名推薦”の話が学校に来た時は誰もが相手を間違えているのではないかと疑ったほどであったが、零楼館高校関係者は工藤珠希で間違いないという。 工藤珠希と工藤太郎は血縁関係はなく、複雑な家庭環境であった工藤太郎が幼いころに両親を亡くしたこともあって彼は工藤家の養子として迎えられていた。 兄妹同然に育った二人ではあったが、お互いが相手の事を守ろうとする良き関係であり、恋人ではないがそれ以上に信頼しあっている。二人の関係性は苗字が同じという事もあって夫婦と揶揄されることも多々あったのだ。 工藤太郎は県外にあるスポーツ名門校からの推薦も来ていてほぼ内定していたのだが、工藤珠希が零楼館高校に入学することを決めたことを受けて彼も零楼館高校を受験することとなった。 スポーツ分野でも名をはせている零楼館高校に工藤太郎が入学すること自体は何の違和感もないのだが、本来入学する予定であった高校関係者は落胆の声をあげていたのだ。だが、彼の出自も相まって彼の意志を否定する者は誰もいなかったのである。 二人が入学する零楼館高校には外に出ていない秘密があるのだ。 零楼館高校に通う生徒のみならず、教員職員運営者の多くがサキュバスでありそのサキュバスも一般的に知られているサキュバスと違い女性を対象とした変異種なのである。 かつては“秘密の花園”と呼ばれた零楼館女子高等学校もそういった意味を持っていたのだった。 ちなみに、工藤珠希は工藤太郎の事を好きなのだが、それは誰にも言えない秘密なのである。 この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルアッププラス」「ノベルバ」「ノベルピア」にも掲載しております。

職場のパートのおばさん

Rollman
恋愛
職場のパートのおばさんと…

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

こども病院の日常

moa
キャラ文芸
ここの病院は、こども病院です。 18歳以下の子供が通う病院、 診療科はたくさんあります。 内科、外科、耳鼻科、歯科、皮膚科etc… ただただ医者目線で色々な病気を治療していくだけの小説です。 恋愛要素などは一切ありません。 密着病院24時!的な感じです。 人物像などは表記していない為、読者様のご想像にお任せします。 ※泣く表現、痛い表現など嫌いな方は読むのをお控えください。 歯科以外の医療知識はそこまで詳しくないのですみませんがご了承ください。

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

処理中です...