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84話-7、その涙を零さぬ為に
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「さっきも言った通り。私も気が付いたら、田んぼ道で一人ポツンと立ってた。赤とんぼが沢山飛んでて、奥には山がずっと連なってた」
「赤とんぼって事は、季節は秋ぐらいですかね?」
「秋隣ぐらいの夏だったかな。涼しかったし、ひぐらしがカナカナって鳴いてた」
当時の情景を語ったせいか。百年以上も前の記憶が蘇り出し、瞼越しで見たいと感じた纏が、そっと目を瞑る。
「それで、ここまではゴーニャと一緒。田んぼに映った自分の姿を見たせいで、私も最初は人間の子供だと思ってた」
「纏もなのねっ。なんだか、ちょっと嬉しいかもっ」
「ゴーニャもだけど、私もまんま人間の姿をしてるからね。勘違いしても仕方ない。だけど、私はその勘違いが長く続いた」
瞼を開いた纏が寝返りを打ち、花梨達にジト目を合わせる。
「もしかして、誰とも合わなかったんですか?」
「ううん、逆。歩いてたらすぐ町に着いて、遊んでた子供を見て羨ましいなって思って、声を掛けたらすぐに打ち解けて一緒に遊んだ」
「って事は、纏は最初から姿が見えてたのねっ」
やや羨ましさが垣間見えるゴーニャの言葉に、纏はコクンと頷く。
「全員に見えてた。それに知らない人の家に入ったら、そこに住んでた人達に『おかえり』とまで言われたから、確信までしちゃった」
「えっ? 初対面の人に、そんな事を言われたんですか?」
「うん。まるで我が子のように愛想よくしてくれたし。食卓に行けば、私の分の食事も並んでた」
初めて口にした温かな食事。その二度と食べられない味の記憶を噛み締めた纏の目線が、下へ落ちる。
「だから、ここが私の家なんだと思って、何の疑いもなく住み始めた。私を深く愛してくれたし、膝枕で寝っ転がって甘えてたし、寝る前は必ず子守唄も歌ってくれてた」
「ふ~ん、なんだか不思議な話ねっ」
「そうだね。よくよく考えても、なんでそこまでしてくれたのかは今でも分からない。でも、それがいけなかった」
話の佳境に入ると、纏は花梨達から逃げるように顔を天井へ戻した。
「座敷童子が住むと、その家に何が起こるか知ってる?」
「座敷童子が住むと? え~っと……。確か、いい事が起こるんでしたっけ?」
「そう。幸福が訪れて、一生困らないほどの富が入ってくる。住んでる間だけは」
纏の不穏な言い回しに、座敷童子について多少の知識を持っていたものの。他の事については知らない花梨が、軽く眉をひそめる。
「最初は、私も家の人達も困惑してた。田んぼを掘れば、お金になる物が沢山出てきたり。どんな些細な事でも、莫大な利益を生む結果をもたらしたり。それで一ヶ月もすれば、何不自由なく暮らせるようになってた」
天井に向いていた纏の目線が、後悔の念の重さに再び下がっていく。
「なったのはいい。いいんだけど、お金って人を狂わせる力があるんだ。家の人達は豪邸に移り住んだんだけど、前みたいに食卓を囲む機会が減って。なんて事はない会話をする回数も無くなり、全員が素っ気なくなっていった」
震え出した唇を隠すように、纏は鼻の下まで寝袋に潜っていった。
「それで愛想を尽かした私は、「さよなら」って言い残して家から出ていった」
不意に暗雲が立ち込み始めた纏の語りに、姉妹は返せる言葉が見つからず、口を閉ざして纏を見据えるばかり。
「それで次に行ったのは、優しいおばあちゃんとおじいちゃんが居る家。そこでも私はすぐに受け入れられて、二人の間に挟まって熱いお茶を啜ってた」
まだ人間だと信じてやまなかった頃の自分を忘れたいが為に、纏の視線が左下へ逸れていく。
「でも、結果はまた一緒。一ヶ月ぐらいしたら、おばあちゃんとおじいちゃんの生活が裕福になっていった。だけど、二人はいくらお金が入っても変わらなかった。けど、周りの見る目が変わっていって。二人が手の届かない存在になっちゃって……」
語り口まで暗くなると、天井に向いていた纏の体が寝返りを打ち、花梨達に後頭部を見せた。
「そこでようやく、色々とおかしいと思い始めた。私の行く先々の家が裕福になってるって」
「そこで、自分が人間じゃないって、わかったのかしら……?」
絞り出せたゴーニャの問いに、纏は首を横に振る。
「ううん、まだ疑問に思い始めただけ。自分が人間じゃないって分かったのは、次に住んだ貧しい人の家で」
返答が来て、多少心が落ち着いてきたのか。纏は背けていた顔を、花梨達がいる方へやる。
「その家は、隙間風を直す余裕も無かった。満足にご飯も食べられない人だった。なのに一ヶ月もすれば、巨万の富を得て豪邸に引っ越してった」
「……はぁ。すごい、ですね」
ゴーニャが反応を示せたお陰で、ようやく花梨も閉ざしていた口を開き、当たり障りのない相槌を打つ。
「すごいよね。勘違いは続いてるけど、そこでやっと自分が人間じゃない事に気付いた」
「勘違いが続いてるって、どういう意味ですか?」
「そのまんまの意味。行く先々の人を幸せに出来るのなら、きっと私は人間じゃなくて、福の神かなんかなんだろうって悪い方向に勘違いした」
「福の神、ですか」
無難にしか言葉を返せない花梨に対し、纏は無言で頷き返す。
「形はどうあれ、私が住んだ家に幸福が訪れる。約束された裕福な暮らしが出来るようになる。ならば私は色んな家に住み移って、様々な人を幸せにしよう。私は別に愛されなくていい。人が幸せになれるのであれば、それで構わない。そう決心した。……その決心が、最大の過ちだった」
「あやまちっ?」
初めて耳にする単語だったが故、ゴーニャは意味を知りたくて質問したが、だたの反応に聞こえた纏は話を続けた。
「座敷童子が家に住むと、住んでる人に幸福が訪れる。なら私がその家から去ると、一体どうなると思う?」
「去ると? ……えっと」
話の流れや『住んでいる間だけは』という、纏の意味深な発言に、ある程度の察しはついていたが。躊躇いが生まれた花梨は、喉まで出てきた答えが言えず、やり場のない視線を泳がせていくばかり。
「……どうなっちゃうのっ?」
好奇心と本当に答えを知らないゴーニャが、率先して答えを催促すると、纏は涙が滲み始めた目を天井へ移した。
「住んでた家に、大きな不幸が訪れる」
「……えっ?」
「私はそれを知らないで、沢山の家に移り住んだ。ただ、人を幸せにしたい為―――」
「纏姉さん。ぬらりひょん様とは、どういう出会い方をしたんですか?」
当たってしまった予想と、涙ぐむ纏に耐えかねた花梨は、苦し紛れに話の流れを変えるべく、割り込んでまで別の話題を振った。
「……ぬらりひょん様と?」
「はい。ほら、纏姉さんは、私と初めて出会った時には秋国に住んでたじゃないですか。だから、ちょっと気になりまして。ねっ、ゴーニャ。ゴーニャも聞きたいでしょ?」
「えっ? ……あっ、うん! 私もそれを聞きたいわっ!」
花梨からただならぬ空気を感じ取ったのか。不意に賛同を求められるも、ゴーニャはぎごちなく同意し、聞く姿勢となった顔を纏へやった。
姉妹の新たな話題に期待を寄せた眼差しに、纏は柄にもなく困惑するも、二人なりの優しさだと受け取り、口元をほころばせた。
「……ありがとう、二人共。正直ここからは話したくなかった」
片や、感謝の言葉に微笑み返し、小さく頷く姉。片や、纏の感謝に初めて理解が追い付き、気まずさを含んだ苦笑いを送る妹。
そんなちぐはぐの姉妹を認めた纏も、柔らかい笑みを浮かべ、潤んでいた目を指で拭《ぬぐ》った。
「赤とんぼって事は、季節は秋ぐらいですかね?」
「秋隣ぐらいの夏だったかな。涼しかったし、ひぐらしがカナカナって鳴いてた」
当時の情景を語ったせいか。百年以上も前の記憶が蘇り出し、瞼越しで見たいと感じた纏が、そっと目を瞑る。
「それで、ここまではゴーニャと一緒。田んぼに映った自分の姿を見たせいで、私も最初は人間の子供だと思ってた」
「纏もなのねっ。なんだか、ちょっと嬉しいかもっ」
「ゴーニャもだけど、私もまんま人間の姿をしてるからね。勘違いしても仕方ない。だけど、私はその勘違いが長く続いた」
瞼を開いた纏が寝返りを打ち、花梨達にジト目を合わせる。
「もしかして、誰とも合わなかったんですか?」
「ううん、逆。歩いてたらすぐ町に着いて、遊んでた子供を見て羨ましいなって思って、声を掛けたらすぐに打ち解けて一緒に遊んだ」
「って事は、纏は最初から姿が見えてたのねっ」
やや羨ましさが垣間見えるゴーニャの言葉に、纏はコクンと頷く。
「全員に見えてた。それに知らない人の家に入ったら、そこに住んでた人達に『おかえり』とまで言われたから、確信までしちゃった」
「えっ? 初対面の人に、そんな事を言われたんですか?」
「うん。まるで我が子のように愛想よくしてくれたし。食卓に行けば、私の分の食事も並んでた」
初めて口にした温かな食事。その二度と食べられない味の記憶を噛み締めた纏の目線が、下へ落ちる。
「だから、ここが私の家なんだと思って、何の疑いもなく住み始めた。私を深く愛してくれたし、膝枕で寝っ転がって甘えてたし、寝る前は必ず子守唄も歌ってくれてた」
「ふ~ん、なんだか不思議な話ねっ」
「そうだね。よくよく考えても、なんでそこまでしてくれたのかは今でも分からない。でも、それがいけなかった」
話の佳境に入ると、纏は花梨達から逃げるように顔を天井へ戻した。
「座敷童子が住むと、その家に何が起こるか知ってる?」
「座敷童子が住むと? え~っと……。確か、いい事が起こるんでしたっけ?」
「そう。幸福が訪れて、一生困らないほどの富が入ってくる。住んでる間だけは」
纏の不穏な言い回しに、座敷童子について多少の知識を持っていたものの。他の事については知らない花梨が、軽く眉をひそめる。
「最初は、私も家の人達も困惑してた。田んぼを掘れば、お金になる物が沢山出てきたり。どんな些細な事でも、莫大な利益を生む結果をもたらしたり。それで一ヶ月もすれば、何不自由なく暮らせるようになってた」
天井に向いていた纏の目線が、後悔の念の重さに再び下がっていく。
「なったのはいい。いいんだけど、お金って人を狂わせる力があるんだ。家の人達は豪邸に移り住んだんだけど、前みたいに食卓を囲む機会が減って。なんて事はない会話をする回数も無くなり、全員が素っ気なくなっていった」
震え出した唇を隠すように、纏は鼻の下まで寝袋に潜っていった。
「それで愛想を尽かした私は、「さよなら」って言い残して家から出ていった」
不意に暗雲が立ち込み始めた纏の語りに、姉妹は返せる言葉が見つからず、口を閉ざして纏を見据えるばかり。
「それで次に行ったのは、優しいおばあちゃんとおじいちゃんが居る家。そこでも私はすぐに受け入れられて、二人の間に挟まって熱いお茶を啜ってた」
まだ人間だと信じてやまなかった頃の自分を忘れたいが為に、纏の視線が左下へ逸れていく。
「でも、結果はまた一緒。一ヶ月ぐらいしたら、おばあちゃんとおじいちゃんの生活が裕福になっていった。だけど、二人はいくらお金が入っても変わらなかった。けど、周りの見る目が変わっていって。二人が手の届かない存在になっちゃって……」
語り口まで暗くなると、天井に向いていた纏の体が寝返りを打ち、花梨達に後頭部を見せた。
「そこでようやく、色々とおかしいと思い始めた。私の行く先々の家が裕福になってるって」
「そこで、自分が人間じゃないって、わかったのかしら……?」
絞り出せたゴーニャの問いに、纏は首を横に振る。
「ううん、まだ疑問に思い始めただけ。自分が人間じゃないって分かったのは、次に住んだ貧しい人の家で」
返答が来て、多少心が落ち着いてきたのか。纏は背けていた顔を、花梨達がいる方へやる。
「その家は、隙間風を直す余裕も無かった。満足にご飯も食べられない人だった。なのに一ヶ月もすれば、巨万の富を得て豪邸に引っ越してった」
「……はぁ。すごい、ですね」
ゴーニャが反応を示せたお陰で、ようやく花梨も閉ざしていた口を開き、当たり障りのない相槌を打つ。
「すごいよね。勘違いは続いてるけど、そこでやっと自分が人間じゃない事に気付いた」
「勘違いが続いてるって、どういう意味ですか?」
「そのまんまの意味。行く先々の人を幸せに出来るのなら、きっと私は人間じゃなくて、福の神かなんかなんだろうって悪い方向に勘違いした」
「福の神、ですか」
無難にしか言葉を返せない花梨に対し、纏は無言で頷き返す。
「形はどうあれ、私が住んだ家に幸福が訪れる。約束された裕福な暮らしが出来るようになる。ならば私は色んな家に住み移って、様々な人を幸せにしよう。私は別に愛されなくていい。人が幸せになれるのであれば、それで構わない。そう決心した。……その決心が、最大の過ちだった」
「あやまちっ?」
初めて耳にする単語だったが故、ゴーニャは意味を知りたくて質問したが、だたの反応に聞こえた纏は話を続けた。
「座敷童子が家に住むと、住んでる人に幸福が訪れる。なら私がその家から去ると、一体どうなると思う?」
「去ると? ……えっと」
話の流れや『住んでいる間だけは』という、纏の意味深な発言に、ある程度の察しはついていたが。躊躇いが生まれた花梨は、喉まで出てきた答えが言えず、やり場のない視線を泳がせていくばかり。
「……どうなっちゃうのっ?」
好奇心と本当に答えを知らないゴーニャが、率先して答えを催促すると、纏は涙が滲み始めた目を天井へ移した。
「住んでた家に、大きな不幸が訪れる」
「……えっ?」
「私はそれを知らないで、沢山の家に移り住んだ。ただ、人を幸せにしたい為―――」
「纏姉さん。ぬらりひょん様とは、どういう出会い方をしたんですか?」
当たってしまった予想と、涙ぐむ纏に耐えかねた花梨は、苦し紛れに話の流れを変えるべく、割り込んでまで別の話題を振った。
「……ぬらりひょん様と?」
「はい。ほら、纏姉さんは、私と初めて出会った時には秋国に住んでたじゃないですか。だから、ちょっと気になりまして。ねっ、ゴーニャ。ゴーニャも聞きたいでしょ?」
「えっ? ……あっ、うん! 私もそれを聞きたいわっ!」
花梨からただならぬ空気を感じ取ったのか。不意に賛同を求められるも、ゴーニャはぎごちなく同意し、聞く姿勢となった顔を纏へやった。
姉妹の新たな話題に期待を寄せた眼差しに、纏は柄にもなく困惑するも、二人なりの優しさだと受け取り、口元をほころばせた。
「……ありがとう、二人共。正直ここからは話したくなかった」
片や、感謝の言葉に微笑み返し、小さく頷く姉。片や、纏の感謝に初めて理解が追い付き、気まずさを含んだ苦笑いを送る妹。
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