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79話-9、みんなを救う、愛する人のアイデア(閑話)
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青空を流れていた巻雲が、夕日に姿を変えた太陽と共に、地平線の彼方へ落ち始めた頃。
花梨と雪女の雹華、化け狸の釜巳は室内に漂うしっとりとした空気で、外が眠る準備を始めている事を悟り。
解散する流れとなって店内へ移動し、ゴーニャと座敷童子の纏と合流して、夕闇に染まりつつある店先へ出て行った。
「う~ん、この時間帯の空気も美味しいなぁ~」
半日ぶりに外へ出た花梨が、体を伸ばしながら深呼吸した後、店内の逆光を浴びている雹華に体を向けた。
「雹華さん。今日一日、本当にありがとうございました!」
「いえいえ。今日だけじゃ全然語り足りなかったから、また今度にでも集まりましょうね」
「はい、その時が来たら是非お願いします! それと、釜巳さんも今日はありがとうございました!」
ふんわりと微笑んだ花梨が、隣に立っていた釜巳に体ごと向けて、ペコリと丁寧に頭を下げる。
「私も、今日は色々と楽しかったわぁ~。もう二、三週間ぐらいはノンストップで語れるから、頻繁に会いましょうねぇ~」
「ながっ! それじゃあ、携帯電話で逐一連絡しますね」
「分かったわぁ~。大体暇してるから、いつでもしてちょうだいねぇ~」
花梨と釜巳が、再び会う約束を交わしている最中。二人の会話を目で追っていたゴーニャが、静かに聞いている雹華に顔を合わせた。
「雹華っ、今日は特別券をありがとっ。美味しい物がいっぱい食べられたから、すごく幸せだったわっ!」
「ありがとう雹華。それとごめん。極寒甘味処にある小豆全部食べちゃった」
特に悪気が無さそうな無表情を保っている纏が、ゴーニャの感想の後を追うと、雹華は予想通りな苦笑いを纏へ送った。
「あら、またやっちゃったのね。分かったわ、今日中に補充をしておかないと」
「えっ? 纏姉さん、在庫まで全部食べちゃったんですか?」
半ば信じ難いやり取りに耳を疑った花梨が、二人の会話に割って入る。
「うん、手と口が止まらなかった」
「はえ~……。確か少なくとも、数百キロ以上はあるはずなのに」
一度働いた事がある故に、在庫状況を把握していた花梨が呆気に取られ、口をポカンとさせた。
「これで二度目ね。もしまたやる機会があったら、在庫を倍にしておかないと」
「二度目っ!?」
「最初は温泉街に来てから二日目ぐらいの時。数十年振りに食べたから泣きながら食べてた」
「泣きながら……?」
ふと気になるワードに、言葉を濁らせた花梨は、そういえば纏姉さんって、どういう経緯でこの温泉街へ来たんだろう? と好奇心が湧いてくるも、首を横に振り、不謹慎な好奇心を振り払っていく。
振っていた首を止めると、雹華が手を二度叩き、全員の注目を集めていった。
「さあさあ。遅くなるとクロちゃん達が心配するだろうし、そろそろ帰りなさい」
「あっ、そうですね。それじゃあ雹華さん、今日は本当にありがとうございました!」
「ありがとうっ、雹華っ! ばいばいっ」
「ありがとう雹華、またね」
「それじゃあ雹華ちゃん、また後でねぇ~」
三人が、夕闇を吹き飛ばす別れの言葉を口にした後。釜巳だけは再度会う約束を交わし、花梨達と同じ方角に向かって歩き出していった。
大通りに伸びていく四つの影法師を見送った雹華は、静かにほくそ笑み、雪女達が集まり出している店内へと戻っていく。
店内の天井から差している光源よりも、明るい談笑に包まれた店内は、どのテーブル席も雪女が座っており、ほとんどが埋まっている状態。
まだ帰って来ていない者を抜かすと、総勢九十名以上。その全員が笑顔でいる人混みを避けつつ、雹華は今日が休日なのにも関わらず、店を受け持ってくれた雪女達の元へ向かっていった。
「みんな、お疲れ様」
店長である雹華の労いの言葉を耳にするや否や。雪女達は談笑を止め、一斉に雹華へ顔を向ける。
「お疲れー。撮影会、予定よりかなり早く終わったじゃん。楽しかった?」
一番手前に居た雪女が感想を聞いてくるも、雹華は首を横に振った。
「ううん、撮影会はほとんどやっていないのよ」
「ありゃ、そうなの? 秋風さん、嫌がっちゃった?」
「いえ、本人もすごく乗り気だったわ。実際、やる寸前までいったんだけど……。まあ、色々とあってね。っと、そうだわ。特別ボーナスを渡さないとね」
「おー、待ってましたー!」
特別ボーナスという単語に、五人の雪女達の心は一気に舞い上がり、奥に座っていた雪女が体を手前に詰めていく。
まるで子供のようにはしゃぎ出した仲間を見て、雹華は華奢な笑みを浮かべると、袖から厚手の封筒を五枚取り出し、各々に配っていった。
「うわー、こりゃまた厚いねー。いったいいくら入ってんの?」
封筒を裏表に返している雪女の質問に対し、雹華は手の平を広げ「五十万円よ」と、さも当然のように返す。
「五十万円っ!? ……雹華ってこういう時は、ほんと大盤振る舞いするよね」
「私のわがままに付き合ってくれたからね、それでも足りないぐらいよ。それと、ごめんなさい。折角の休日なのに、ゴーニャちゃん達の相手をしてくれて。本当にありがとう」
「あっはははは……。まあ、雹華のお願いだから全然構わないけどねー。それにしても、額が多すぎるって。これだから毎回、秋風さんに怒られるんだよ?」
「今回は一億円あげようとしたんだよね。予想は簡単に出来るけど、相当怒られたでしょ?」
「前は一千万あげようとして、寸前で思い留まって百万円にしてたけど、結局怒られてたもんね」
雪女達が笑いながら思い返すは、花梨が初めて極寒甘味処で働いた時の事。厨房で繰り広げていた二人のやり取りを、皿を洗っていた雪女が聞き、二時間後には雪女全員に伝わっていた。
そこから懲りるどころか、拗らせて更に十倍の額を渡そうとしていた雹華は、「そうだ!」と声を弾ませ、レジの横まで駆けて行く。
「みんなー! ちょっとこっちを向いてちょうだーい」
声を張り上げて全員の注目を集めると、雹華はレジの後ろから、花梨に上げるはずだった一億円が入っているジュラルミンケースを引っ張り出し、両手で持ち上げた。
「ここに、花梨ちゃんに渡す予定だった一億円があります」
「予定だったって事は、やっぱり断られたんだね」
「当たり前でしょう? 天文学的な額だもん、誰だって断るよ」
「ねえ雹華ー、やっぱり怒られたー?」
「うん、こっぴどくね」
反省の色を微塵も見せない返答をした雹華が、「でね」と続ける。
「その花梨ちゃんから、とても良いアイデアを貰ったのよ。たぶん、みんなもすっごく喜ぶわよ?」
「えー、なになに? 勿体振らずに言ってよー」
「もしかして、臨時ボーナス?」
「それだったら単純計算で、一人百万円かぁ。悪くないね」
「それも良いわね。けど、もーっと良い事よ」
皆の想像で期待が膨らんでいくも、雹華は焦らすように口角を緩く上げた。
「このお金でね、極寒甘味処二号店を建てようと思っているの」
「極寒甘味処、二号店……?」
まるで予想外な答えに、声を重ねてからしんと静まり返る店内。が、それはほんの一瞬だった。
「……ほんと? 本当に言ってるの、それ!?」
「やったー! これで働ける人がいっぱい増えて、ここに居られる日が増えるじゃん!」
「村に居るぐらいなら、ここで働いてた方がよっぽど楽しいもんね」
飛び交うは、賛同しかない嬉々とした嵐。既に建てた後の事を話し合い、働く己の姿を想像している者達。
両手を合わせ、無邪気な笑顔で喜んでいる者達。よほど嬉しかったのか、泣いている者を慰めている者など。
十人十色の喜びを分かち合い、反対する者は皆無と判断した雹華は、誰よりも麗らかな満面の笑みになった。
「それじゃあ、決まりね! 善は急げとよく言うけど、今日にでもぬらりひょん様の所へ打診しに行く?」
「あっ、いいね! どうせ行くなら、みんなで行こうよ!」
「なんなら、『建物建築・修繕鬼ヶ島』に直行して、もう頼んじゃおうよ!」
「うーんと大きいお店にしてさ、みんなで働けるようにしたいよねー」
最早、全員逸る気持ちを抑える気すらなく、溶けかねない熱意とやる気に後押しされると、雹華は大きく頷いた。
「それじゃあ、みんなで行っちゃいましょう! 遅くなるとぬらりひょん様に悪いから、早く準備してちょうだい」
周りの熱意に飲まれた雹華が指示を出すと、雪女達は手を掲げて「おー!」と声を上げ、準備に取り掛かる。
準備はものの数秒で終わり、全員が店の外へ出てからシャッターを閉めると、総勢百人を超える雪女の大行列が、永秋に向けて進行を始める。
そして、その視覚的に涼しげな大行列は、永秋の手前で花梨達と合流してしまい、驚きながらも一緒になって支配人室を目指していった。
―――――極寒甘味処から帰宅後の、花梨の日記
今日も色々あったけど、私にとって、またとんでもない日になってしまった。まだちょっと信じられないでいるよ。
だってさ。一歳半の頃に、私は隠世に来た事があって、釜巳さんと会った事があるって話をされたら、そりゃあね。
どこの隠世かは聞けなかったけども、私の予想だと、たぶん秋国の近くだと思っている。だからこそ、楓さんも私の事を知っていたんだろうし、鵺さんもあんな事を言っていたんだろうな。
そうじゃなければ、辻褄が合わないもん。でもなぁ、まだ確証が得られないや。雹華さんや釜巳さんから、私の事が広まった可能性もあるし。
けれども、私が初めて秋国に来た時、懐かしいと感じた気持ちの原因が、ようやく分かった気がする。
だって私は過去に、隠世へ来た事があったんだもん。まだ物心すらついていない、とても小さな頃の私がね。
という事は、他の人達も私と会っていたり、知っているかもしれないな。これについては後々、ぬらりひょん様やクロさん達にも聞いてみようかな?
他にも、日頃からお世話になっている人達にもね。だったら、ぬらりひょん様とクロさんに聞くのは、最後にしよっと。
他の皆さんは、小さい頃の私を知っているんだろうか? もし知っていたら、どんな事を話してくれるんだろう?
これはすごく楽しみでもある反面、どんな答えが返って来るかが分からないから、怖い気持ちも少しある。あと、返って来ない事も考慮しておかなければ。
それと、それなりの覚悟も決めておかないと。じゃないと身構える事が出来ないし、毎回驚いてばかりいると、頭や心が疲れちゃうからね。
それはそうと! 朝、極寒甘味処へ向かう途中に、私が話を逸らそうとして言った案が通ってしまったらしく、秋国に、極寒甘味処二号店が建つ事になったんだ!
もう、ビックリしたよね。帰りに永秋の前で、百人を超す雪女さんと合流して、一緒になって支配人室になだれ込んでいった時は。
流石にあの圧倒的な密度は、ぬらりひょん様も驚いていたなぁ。仰天しながら「な、なんだ? なんだ!?」って狼狽えていたよ。
でも、雹華さんが極寒甘味処二号店の案を出してから、決まるまでの間はすごく早かったんだ。三分も掛からなかったんじゃないかな?
決まった時もすごかったんだよ? ぬらりひょん様が笑顔で後押しした直後、支配人室内に居た雪女さん達が一斉に喜んで、一時お祭り騒ぎになったんだ。
それでね、その極寒甘味処二号店の案を最初に出したのが、私だったからね……。なんか、雪女さん達にものすごく感謝されながら、盛大に胴上げされました……。
いやぁ、胴上げなんて初めてされたよ。しかし、なんであそこまで感謝されたんだろう? ちょっと気になるや。
それにしても、極寒甘味処二号店か。雹華さんは一号店と二号店、いったいどっちで働くんだろう?
これは頃合を見て聞いてみよっと。行くとしたら、雹華さんが居るお店に行きたいしね。うーん、早く建ってほしいなぁ。すごく楽しみだ!
花梨と雪女の雹華、化け狸の釜巳は室内に漂うしっとりとした空気で、外が眠る準備を始めている事を悟り。
解散する流れとなって店内へ移動し、ゴーニャと座敷童子の纏と合流して、夕闇に染まりつつある店先へ出て行った。
「う~ん、この時間帯の空気も美味しいなぁ~」
半日ぶりに外へ出た花梨が、体を伸ばしながら深呼吸した後、店内の逆光を浴びている雹華に体を向けた。
「雹華さん。今日一日、本当にありがとうございました!」
「いえいえ。今日だけじゃ全然語り足りなかったから、また今度にでも集まりましょうね」
「はい、その時が来たら是非お願いします! それと、釜巳さんも今日はありがとうございました!」
ふんわりと微笑んだ花梨が、隣に立っていた釜巳に体ごと向けて、ペコリと丁寧に頭を下げる。
「私も、今日は色々と楽しかったわぁ~。もう二、三週間ぐらいはノンストップで語れるから、頻繁に会いましょうねぇ~」
「ながっ! それじゃあ、携帯電話で逐一連絡しますね」
「分かったわぁ~。大体暇してるから、いつでもしてちょうだいねぇ~」
花梨と釜巳が、再び会う約束を交わしている最中。二人の会話を目で追っていたゴーニャが、静かに聞いている雹華に顔を合わせた。
「雹華っ、今日は特別券をありがとっ。美味しい物がいっぱい食べられたから、すごく幸せだったわっ!」
「ありがとう雹華。それとごめん。極寒甘味処にある小豆全部食べちゃった」
特に悪気が無さそうな無表情を保っている纏が、ゴーニャの感想の後を追うと、雹華は予想通りな苦笑いを纏へ送った。
「あら、またやっちゃったのね。分かったわ、今日中に補充をしておかないと」
「えっ? 纏姉さん、在庫まで全部食べちゃったんですか?」
半ば信じ難いやり取りに耳を疑った花梨が、二人の会話に割って入る。
「うん、手と口が止まらなかった」
「はえ~……。確か少なくとも、数百キロ以上はあるはずなのに」
一度働いた事がある故に、在庫状況を把握していた花梨が呆気に取られ、口をポカンとさせた。
「これで二度目ね。もしまたやる機会があったら、在庫を倍にしておかないと」
「二度目っ!?」
「最初は温泉街に来てから二日目ぐらいの時。数十年振りに食べたから泣きながら食べてた」
「泣きながら……?」
ふと気になるワードに、言葉を濁らせた花梨は、そういえば纏姉さんって、どういう経緯でこの温泉街へ来たんだろう? と好奇心が湧いてくるも、首を横に振り、不謹慎な好奇心を振り払っていく。
振っていた首を止めると、雹華が手を二度叩き、全員の注目を集めていった。
「さあさあ。遅くなるとクロちゃん達が心配するだろうし、そろそろ帰りなさい」
「あっ、そうですね。それじゃあ雹華さん、今日は本当にありがとうございました!」
「ありがとうっ、雹華っ! ばいばいっ」
「ありがとう雹華、またね」
「それじゃあ雹華ちゃん、また後でねぇ~」
三人が、夕闇を吹き飛ばす別れの言葉を口にした後。釜巳だけは再度会う約束を交わし、花梨達と同じ方角に向かって歩き出していった。
大通りに伸びていく四つの影法師を見送った雹華は、静かにほくそ笑み、雪女達が集まり出している店内へと戻っていく。
店内の天井から差している光源よりも、明るい談笑に包まれた店内は、どのテーブル席も雪女が座っており、ほとんどが埋まっている状態。
まだ帰って来ていない者を抜かすと、総勢九十名以上。その全員が笑顔でいる人混みを避けつつ、雹華は今日が休日なのにも関わらず、店を受け持ってくれた雪女達の元へ向かっていった。
「みんな、お疲れ様」
店長である雹華の労いの言葉を耳にするや否や。雪女達は談笑を止め、一斉に雹華へ顔を向ける。
「お疲れー。撮影会、予定よりかなり早く終わったじゃん。楽しかった?」
一番手前に居た雪女が感想を聞いてくるも、雹華は首を横に振った。
「ううん、撮影会はほとんどやっていないのよ」
「ありゃ、そうなの? 秋風さん、嫌がっちゃった?」
「いえ、本人もすごく乗り気だったわ。実際、やる寸前までいったんだけど……。まあ、色々とあってね。っと、そうだわ。特別ボーナスを渡さないとね」
「おー、待ってましたー!」
特別ボーナスという単語に、五人の雪女達の心は一気に舞い上がり、奥に座っていた雪女が体を手前に詰めていく。
まるで子供のようにはしゃぎ出した仲間を見て、雹華は華奢な笑みを浮かべると、袖から厚手の封筒を五枚取り出し、各々に配っていった。
「うわー、こりゃまた厚いねー。いったいいくら入ってんの?」
封筒を裏表に返している雪女の質問に対し、雹華は手の平を広げ「五十万円よ」と、さも当然のように返す。
「五十万円っ!? ……雹華ってこういう時は、ほんと大盤振る舞いするよね」
「私のわがままに付き合ってくれたからね、それでも足りないぐらいよ。それと、ごめんなさい。折角の休日なのに、ゴーニャちゃん達の相手をしてくれて。本当にありがとう」
「あっはははは……。まあ、雹華のお願いだから全然構わないけどねー。それにしても、額が多すぎるって。これだから毎回、秋風さんに怒られるんだよ?」
「今回は一億円あげようとしたんだよね。予想は簡単に出来るけど、相当怒られたでしょ?」
「前は一千万あげようとして、寸前で思い留まって百万円にしてたけど、結局怒られてたもんね」
雪女達が笑いながら思い返すは、花梨が初めて極寒甘味処で働いた時の事。厨房で繰り広げていた二人のやり取りを、皿を洗っていた雪女が聞き、二時間後には雪女全員に伝わっていた。
そこから懲りるどころか、拗らせて更に十倍の額を渡そうとしていた雹華は、「そうだ!」と声を弾ませ、レジの横まで駆けて行く。
「みんなー! ちょっとこっちを向いてちょうだーい」
声を張り上げて全員の注目を集めると、雹華はレジの後ろから、花梨に上げるはずだった一億円が入っているジュラルミンケースを引っ張り出し、両手で持ち上げた。
「ここに、花梨ちゃんに渡す予定だった一億円があります」
「予定だったって事は、やっぱり断られたんだね」
「当たり前でしょう? 天文学的な額だもん、誰だって断るよ」
「ねえ雹華ー、やっぱり怒られたー?」
「うん、こっぴどくね」
反省の色を微塵も見せない返答をした雹華が、「でね」と続ける。
「その花梨ちゃんから、とても良いアイデアを貰ったのよ。たぶん、みんなもすっごく喜ぶわよ?」
「えー、なになに? 勿体振らずに言ってよー」
「もしかして、臨時ボーナス?」
「それだったら単純計算で、一人百万円かぁ。悪くないね」
「それも良いわね。けど、もーっと良い事よ」
皆の想像で期待が膨らんでいくも、雹華は焦らすように口角を緩く上げた。
「このお金でね、極寒甘味処二号店を建てようと思っているの」
「極寒甘味処、二号店……?」
まるで予想外な答えに、声を重ねてからしんと静まり返る店内。が、それはほんの一瞬だった。
「……ほんと? 本当に言ってるの、それ!?」
「やったー! これで働ける人がいっぱい増えて、ここに居られる日が増えるじゃん!」
「村に居るぐらいなら、ここで働いてた方がよっぽど楽しいもんね」
飛び交うは、賛同しかない嬉々とした嵐。既に建てた後の事を話し合い、働く己の姿を想像している者達。
両手を合わせ、無邪気な笑顔で喜んでいる者達。よほど嬉しかったのか、泣いている者を慰めている者など。
十人十色の喜びを分かち合い、反対する者は皆無と判断した雹華は、誰よりも麗らかな満面の笑みになった。
「それじゃあ、決まりね! 善は急げとよく言うけど、今日にでもぬらりひょん様の所へ打診しに行く?」
「あっ、いいね! どうせ行くなら、みんなで行こうよ!」
「なんなら、『建物建築・修繕鬼ヶ島』に直行して、もう頼んじゃおうよ!」
「うーんと大きいお店にしてさ、みんなで働けるようにしたいよねー」
最早、全員逸る気持ちを抑える気すらなく、溶けかねない熱意とやる気に後押しされると、雹華は大きく頷いた。
「それじゃあ、みんなで行っちゃいましょう! 遅くなるとぬらりひょん様に悪いから、早く準備してちょうだい」
周りの熱意に飲まれた雹華が指示を出すと、雪女達は手を掲げて「おー!」と声を上げ、準備に取り掛かる。
準備はものの数秒で終わり、全員が店の外へ出てからシャッターを閉めると、総勢百人を超える雪女の大行列が、永秋に向けて進行を始める。
そして、その視覚的に涼しげな大行列は、永秋の手前で花梨達と合流してしまい、驚きながらも一緒になって支配人室を目指していった。
―――――極寒甘味処から帰宅後の、花梨の日記
今日も色々あったけど、私にとって、またとんでもない日になってしまった。まだちょっと信じられないでいるよ。
だってさ。一歳半の頃に、私は隠世に来た事があって、釜巳さんと会った事があるって話をされたら、そりゃあね。
どこの隠世かは聞けなかったけども、私の予想だと、たぶん秋国の近くだと思っている。だからこそ、楓さんも私の事を知っていたんだろうし、鵺さんもあんな事を言っていたんだろうな。
そうじゃなければ、辻褄が合わないもん。でもなぁ、まだ確証が得られないや。雹華さんや釜巳さんから、私の事が広まった可能性もあるし。
けれども、私が初めて秋国に来た時、懐かしいと感じた気持ちの原因が、ようやく分かった気がする。
だって私は過去に、隠世へ来た事があったんだもん。まだ物心すらついていない、とても小さな頃の私がね。
という事は、他の人達も私と会っていたり、知っているかもしれないな。これについては後々、ぬらりひょん様やクロさん達にも聞いてみようかな?
他にも、日頃からお世話になっている人達にもね。だったら、ぬらりひょん様とクロさんに聞くのは、最後にしよっと。
他の皆さんは、小さい頃の私を知っているんだろうか? もし知っていたら、どんな事を話してくれるんだろう?
これはすごく楽しみでもある反面、どんな答えが返って来るかが分からないから、怖い気持ちも少しある。あと、返って来ない事も考慮しておかなければ。
それと、それなりの覚悟も決めておかないと。じゃないと身構える事が出来ないし、毎回驚いてばかりいると、頭や心が疲れちゃうからね。
それはそうと! 朝、極寒甘味処へ向かう途中に、私が話を逸らそうとして言った案が通ってしまったらしく、秋国に、極寒甘味処二号店が建つ事になったんだ!
もう、ビックリしたよね。帰りに永秋の前で、百人を超す雪女さんと合流して、一緒になって支配人室になだれ込んでいった時は。
流石にあの圧倒的な密度は、ぬらりひょん様も驚いていたなぁ。仰天しながら「な、なんだ? なんだ!?」って狼狽えていたよ。
でも、雹華さんが極寒甘味処二号店の案を出してから、決まるまでの間はすごく早かったんだ。三分も掛からなかったんじゃないかな?
決まった時もすごかったんだよ? ぬらりひょん様が笑顔で後押しした直後、支配人室内に居た雪女さん達が一斉に喜んで、一時お祭り騒ぎになったんだ。
それでね、その極寒甘味処二号店の案を最初に出したのが、私だったからね……。なんか、雪女さん達にものすごく感謝されながら、盛大に胴上げされました……。
いやぁ、胴上げなんて初めてされたよ。しかし、なんであそこまで感謝されたんだろう? ちょっと気になるや。
それにしても、極寒甘味処二号店か。雹華さんは一号店と二号店、いったいどっちで働くんだろう?
これは頃合を見て聞いてみよっと。行くとしたら、雹華さんが居るお店に行きたいしね。うーん、早く建ってほしいなぁ。すごく楽しみだ!
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