あやかし温泉街、秋国

桜乱捕り

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77話-8、言わせない禁断の愛と、絶叫し続ける者

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 夫婦となった八吉やきち神音かぐねが、三日後に『丑三つ時占い』へ行く約束を交わすも、文句と祝福のリレーは問答無用に続いていった。

 永秋えいしゅうにある施設を全て無料で使える特別券を二人に渡し、「なあ、祝儀ってなんだ?」とこっそり聞いてきたクロ。
 しばらくの間、売値を半額以下にすると約束してくれた木霊の朧木おぼろぎ、牛鬼の馬之木ばのき、船幽霊の幽船寺ゆうせんじ、茨木童子の酒天しゅてん
 夜に捗ると言い、怪しい香炉を渡してきた猫又の莱鈴らいりんと、その香炉の効果と意味を瞬時に理解し、興味津々に詰め寄ってきた化け狸の釜巳かまみ

 結婚セールだと称し、永久的に着物レンタルの料金を値下げしてくれた、ろくろ首の首雷しゅらい。熱傷や打ち身に効くと説明し、河童の妙薬を渡してきた流蔵りゅうぞう
 診断、薬、整体マッサージの料金を格安にすると確約してきた、カマイタチの辻風つじかぜ薙風なぎかぜ癒風ゆかぜ
 渡せる物が特に無く、祝福のなんたるかをぬえに質問した後。五万円を包んだ祝儀を渡した小豆洗いの洗香あらかと、静か餅の硬嵐こうらん

 増築とリフォームまで無料で行うと再度約束してきた、鬼の青飛車あおびしゃ赤霧山あかぎりやま。そして、どうやって短時間で用意したのか。花環はなわを二つほど贈呈した、のっぺらぼうの無古都むこと

 各々個性があるプレゼントを送り終え、改めて全員で祝福の言葉を大量に浴びせた後。予定には無かった大規模な会食が始まった。
 全員が席に着き、豪華な和食に舌鼓したつづみを打っている中。八吉と神音のテーブルには、花梨、ゴーニャ、クロ、ぬらりひょん、かえでみやびがおり。
 大ぶりな海老の天ぷらを食べた八吉が、対面の席で巨大な伊勢海老の刺身を食べている花梨に目をやり、鼻からため息を漏らした。

「花梨とゴーニャもすまねえな。結婚する事を言わなかったのにも関わらず、狐の嫁入りに参加してくれてよ」

 先ほどから詫びを入れ続けていた八吉に対し、花梨は口の中に入っている刺身を飲み込んだ。

「いえいえ、気にしないで下さい。とても貴重な体験が出来ましたし、すごく楽しかったです。ねっ、ゴーニャ」

「うんっ。ちょっと緊張しちゃったけど、夢のように楽しい一日だったわっ」

 未だ結婚については知らないものの。当たり障りのない感想を述べたゴーニャが、フグの唐揚げを口に運ぶ。

「ほら。ゴーニャもこう言っているので、私達は全然大丈夫です」

「そ、そうか?」

「はい。八吉さん、ここに来てからずっと謝りっぱなしだったじゃないですか。せっかくの日が台無しになっちゃいますよ? なので、謝るのはもう禁止です。分かりましたね?」

「うっ……」

 ぬらりひょんや楓ならまだしも、よもや花梨に釘を刺されるとは思いもよらず。黒毛和牛ステーキに伸ばしていた箸が止まり、体を波立たせる八吉。

「ふっふっふっ。花梨に言われたら何も言い返せまい」

「そりゃそうだけどよお……。楓、少しは俺の気持ちも察してくれよなあ」

「分かっとるが、お主も気にし過ぎじゃ。のお、神音?」

「むぐっ……!」

 不意に話を振られるも、自分にも思い当たる節があるのか。驚いて松茸を喉に詰まらせた神音が、慌てて胸を強く叩き、喉に引っ掛かっていた松茸を飲み込んだ。

「わ、私も気にしてる所があるので……。八吉の事をとやかく言うのは、ちょっと」

「なんだ神音よ、お前さんもか。本当にお前さんら、似た者同士だな。夫婦と言うよりも、まるで兄妹みたいだ」

「えっへへへへ……」

 ぬらりひょんの例えを悪く思っていないようで、神音が惚気のろけた照れ笑いしている最中。先の話を間違えて解釈したゴーニャが、唐揚げを食べ始めた花梨に、ぽやっとしてる顔を向けた。

「花梨っ。ケッコンていうのは、私達でもできるのかしら?」

「……ゴーニャ君? 君はいったい、何を考えているのかな?」

「ほらっ。ケッコンしたら、キスができるでしょ? だから私も、花梨とケッコ、むぎゅっ」

 ただキスをしたいが為だけに、禁断の愛を申し出そうとしたゴーニャを、花梨は「はい、ストーップ」と受け流しつつ両手で頬を押した。

「ダメじゃぞゴーニャ。ゴーニャが結婚したら、花梨の子の顔が拝めなくなってしまうじゃないか」

「楓さん? 問題はそこじゃないと思うんスけど……」

「花梨の、子……?」

 三人の会話に耳を研ぎ澄ませていたぬらりひょんが、『花梨の子』という言葉の意味を、頭の中で歪曲させたのか。
 途端に硬直し、持っていたフォークを皿の上に落としたかと思えば。体が小刻みに震え出し、呆然としている顔を花梨に移していった。

「か、花梨……? お前さん、彼氏が、いる、のか?」

「へっ? い、いやっ、いないですよ!?」

「だって……、今、楓が、花梨の子って―――」

「てめえ秋風、どこの馬の骨と付き合ってやがんだ? ああ?」

「……はい?」

 心ここに在らずで、今にも泣き出しそうでいるぬらりひょんに、花梨が弁解しようとするも。突然横から、遠くの席に座っていたはずの鵺が割って入ってきては、逃がさまいと花梨の胸ぐらを鷲掴んだ。

「いやあの、鵺さん? 聞いて下さい。私に彼氏は―――」

「がりんぢゃんがげっごんずるなんでぇっ! あだじぃ、いやだぁっ!!」

「花梨ちゃん、彼氏さんがいたの!? ねえ、誰、どんな殿方っ!?」

「えっ、えっ?」

 勘違いしたぬらりひょんが、早とちりをした鵺を召喚し。更には血の涙を流している雹華、興奮気味に詰め寄ってくる釜巳を呼び寄せ、花梨が為す術無く囲まれていく。

「あ、あの……! そうだ、クロさん! クロさんも、ちょっと皆さんに何か―――」

「花梨が、結婚? ……嘘だろ? 母として温かく見送るべきなのか……? いやでも、まずは花梨の彼氏がどんな奴か確認するべきじゃ……?」

 鵺、雹華、釜巳に体を激しく揺さぶられている花梨が、場の雰囲気に飲まれない良識人であり、心強い助け舟であろうクロに手を差し伸べる。
 しかし、クロも勘違いの言葉に惑わされていて、母として愛娘の門出を祝うか。幻の彼氏がどんな人物か見極めるべきかで、頭を抱えて悩んでいた。
 そんな子を真面目に想う母の葛藤に、花梨は一旦嬉しくなるも、勘違いされている事により複雑な心境になり、口元をヒクつかせる。

 助けを求められる者がおらず、事の発端を起こした楓に弁明を求めようとした矢先。胸ぐらを掴んでいた手に引き寄せられ、顔を無理やり依然として睨みつけている鵺に合わせられた。

「でだ秋風。今のお前に、彼氏とやらが居ようが居まいが関係ねえ。もし結婚する事になったら、必ず私に報告しろ。分かったな?」

「ぬ、鵺さんに、ですか?」

「ああ。お前が求める理想の場所、会場、日時、ウェディングドレス、会場のコーディネート、料理、一日の流れ、新婚旅行まで全部私が完璧にサポートしてやる」

「……全部?」

「全部だ、全部私がやる! こちとらなあ、ウブったらしい八吉のせいで完全不燃焼なんだよ。もし言わずに結婚式を挙げてみろお? どうなるか分かってんだろうな?」

「え~っと……。どうなるん、でしょうか?」

「どうなる? あ~……」

 まさか、聞き返されるとは夢にも思っておらず。このまま押し通せるだろうと踏んでいた鵺の瞳が、細まりつつ右に逃げていく。
 本当に何も考えておらず、鵺がぶつくさと言いながら固まってしまっている所。先ほど花梨に言い包められた八吉が、「へへっ」と笑った。

「花梨も、そのうち結婚すんだよなあ。その時が来たら、是非俺も呼んでくれよ?」

「私も絶対に呼んでよね。何があっても必ず行くから」

「あっはははは……。まあ彼氏がいないので、その内にでも」

 今回の主役である神音も加わってくるも、いつ来るか分からない未来のせいで確約が出来ず、苦笑いで誤魔化そうとする花梨。
 が、静観していた楓がそれを許してはくれず。ここぞとばかりに妖々しい笑みを浮かべた。

「花梨よ、安心せい。ワシがちゃーんと、理想の美男を見つけてやるからの」

「ま、まだ言いますか……。でも、結婚かあ。私が結婚するなんて想像つかないや」

「そんな事を言いおって。学生の頃、よくらぶれたぁを貰っとったじゃないか」

「ぶっ!?」

 会場に居る大半の者に突き刺さりかねない楓の爆弾発言に、真っ先に「は?」と反応したのは、未だに花梨の胸ぐらを掴んでいる鵺だった。

「楓、その話詳しく聞かせろ」

「よいぞ。あれは確か、花梨が高校二年生の時じゃったか」

「だぁぁあああーーっ!! 楓さん、それ本当にダメなヤツ! ていうか、なんでそこまで知っているんですか!?」

「ほっほっほっ、ワシを誰だと思っとるんじゃ? 千里眼で全てお見通しじゃ。それでの―――」

 楓が暴露話を続けようとするも、花梨は大声を出し続け、その話を阻止しようとする。
 しかし楓は、目をギンギンに輝かせている釜巳に催促され、花梨の叫び声にかき消されていく暴露話を続けていった。
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