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77話-5、周りが騒がしい八咫烏の嫁入り
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天狐の楓の、花梨を想う母性溢れる暴走が止み、夜空にまだ夕焼けの残紅が垣間見える、夕方の五時頃。
狐火が飛び交い出した妖狐神社の境内では、これから狐の嫁入りを行うべく、妖狐達が織り成す列が出来ていた。
最前列には、片手に神楽鈴を持っている楓と、自前の龍笛を握っている妖狐の雅がおり。
次に、提灯や煌びやかな装飾が施された、今回の主役であり新郎新婦である、八咫烏の八吉と神音を乗せた山車。
その新郎新婦を囲むように、神楽鈴と龍笛を持っている妖狐達も乗っており、狐の嫁入りが始まるのを今か今かと待ち構えている。
更に山車の周りには、大きめのぶら提灯を携えている妖狐達が居て、花梨達も左側の列に並んでいた。
山車の後方からは、狐の嫁入りと新郎新婦の存在を立たせる狐火班。太陽が昇っている内であれば、山車にも乗って天気雨を防ぐ和傘班。
更にその班の合間にも、神楽鈴班と龍笛班が割り込んでいて、全長約三十メートル前後の大規模な列を形成させている。
静かに佇む狐の嫁入りの列を見て、参拝客が何事かと集まり出し始めた中。最前列に居る楓が、糸目を微笑ませつつ山車に手をかざした。
「さあさあ皆さん、お目を拝借。あの祝い山車に居ますは、新郎『八吉様』、新婦『神音様』でございます。我ら妖狐一同は、新たな夫婦に永遠の愛があらん事を願い、深い慈しみを持ちまして祝福をお贈り致します。これから始めますは、狐の嫁入りもとい、八咫烏の嫁入り。お目を拝借の皆様方は、温かい拍手でお御迎え下さいませ。―――では」
参拝客の全意識を山車へ向け、独自の祝辞を述べた楓が、山車と共に祝福の拍手を浴び。だんだんと収まってくると、持っていた神楽鈴を力強く鳴らす。
それを合図に拍手は完全に止み、神楽鈴班が呼応して一斉に鈴の音を鳴らすと、龍笛班も後を追って演奏を始め、『狐の嫁入り』然り『八咫烏の嫁入り』が開演した。
数秒後。八吉達を乗せた山車が、楓の神通力でふわりと宙に浮き、先頭を行く楓の歩む速度に合わせて前へと進み出す。
「とうとう始まったぁ~……」
「す、すごく緊張するわっ……」
八咫烏の嫁入りが始まった途端。なんとか出だしを合わせ、周りに付いていけたものの。ほぼぶっつけ本番と変わりない状態の花梨とゴーニャは、鈴と笛の音に掻き消される小声で呟き、全身を駆け巡るガチガチの緊張を誤魔化していく。
しかし一度合ってしまえば、たとえ緊張していたとしても、狐の嫁入り独特の歩み方を覚えた体が周りに合わせ、勝手に足が前に歩んでいった。
そのまま一定の速度を保ちつつ、歩くコース先を示している狐火が赤い鳥居を照らしながら抜け、先に温泉街の大通りへ飛び出していく。
狐の嫁入りの列は、まず初めに『座敷童子堂』の前に差し掛かるも、花梨達が居る方とは反対側にあるせいで、纏の様子を窺えないまま通過していった。
次に、道を開けている客の壁に埋もれた極寒甘味処が見えてきたので、花梨達は雪女の雹華の様子を探るべく、横目をチラリと送る。
すると、背伸びをして山車の様子を見ていた雹華が、溺愛する者の視線に気づいたようで。吸い込まれるように花梨達へ顔を合わせ、透き通った青い瞳をギラリと輝かせた。
「やっぱり!! 花梨ちゃん達も居るわっ!!」
予想でもしていたのか。花梨達の姿を認めるや否や、店に飛び込む勢いで駆けていき、まだ客が居る店内に向かって叫び上げた。
「ちょっと誰か! 撮影を手伝ってちょうだい!! 八吉ちゃん達と花梨ちゃん達の晴れ舞台なの!! 超解像のビデオカメラと、超望遠レンズ付きの一眼レフカメラも持ってきて!! あっ、あと、温泉街のみんなにも連絡してちょうだい!!」
最早、絶叫に近い声で店員に指示を出し、一部の注目までもかっさらっていく雹華。
その温泉街に響き渡らんばかりの指示は、やはり八吉達の耳にも入り込んでいて、苦笑いしている顔を合わせていた。
「八吉さん達だけならまだしも、私達の晴れ舞台って……」
「あらぁ、やっぱり八吉ちゃんだったわぁ~」
「んっ?」
目が血走っている雹華の、「釜巳ちゃん、今どこに居るの!?」という音割れがしていそうな電話を聞かされている最中。不意に頭上から別の声が聞こえてきたので、花梨は上目遣いで確認してみる。
ギリギリ見える視線の先には、蛇のうねり歩きを彷彿させる棒状の何かが映り込み。声や喋り方からして、その波打つ棒状の物は首で、主はろくろ首の首雷だと分かった。
「よう首雷。いつ見ても便利な首してんな」
「いいでしょう~? ご相手は確かぁ、八吉ちゃんの所の神音ちゃんでよかったかしらぁ~?」
「は、はい、そうです。八咫烏の神音です。八吉がいつもお世話になってます」
「ああ、やっぱりぃ~。その白無垢ぅ、とってもよく似合ってるわよぉ~」
花梨達の居る場所では、山車に居る首雷の表情を見る事は出来ないが、神音の「えへへへ……」という嬉しさと恥じらいが混じっている声が、上から流れてきた。
「八吉ちゃんったらぁ、結婚するなら言ってくれればよかったのにぃ~」
「すまねえなあ。言うのが恥ずかしくて、ぬらりひょん様にしか知らせてねえんだよ」
「あらあらぁ~。八吉ちゃんってばぁ、ウブなのねぇ~。この後ぉ、披露宴とかはやるのかしらぁ~?」
「披露宴自体はやらねえが、直会殿で小規模の会食をやるぜ」
「そう~。ならぁ、必ず行くから用意しておかないとぉ~。それじゃあ八吉ちゃん、神音ちゃん、ご結婚おめでとう~」
八吉と神音が声を重ねて「ありがとう」とお礼を返すと、花梨達の存在に気付かぬまま、首雷の首が『着物レンタルろくろ』に戻っていく。
同時に雹華の絶叫も聞こえなくなり、短い嵐が過ぎ去ったかと思いきや。一反木綿に乗っている雹華が、突如として視界の上から現れては、先頭を行く楓の元へ降りていった。
「楓ちゃん楓ちゃん! あらゆる角度から狐の嫁入りを撮影してもいいかしら!?」
「よいぞ。だが、新郎新婦よりも目立つ行動だけは避けとくれ」
警告とも取れる楓の注意に、鼻をふんふん鳴らしていていた雹華の表情がハッとし、気まずそうに肩を落としていく。
「ご、ごめんなさいね……。ひとまず楓ちゃん、撮影の許可をありがとう。目立たない場所からこっそりと撮るわね」
楓の一言により我を取り戻し、謝りを入れた雹華が慌てて飛び去っていき、ボランティアの凄腕カメラマンが加わる。
フラッシュは自粛し、ビデオカメラを携えている雪女がもう一人加わり。狐火が飛び交う夜空から、一夜限りの思い出を記録していると、狐の嫁入りの列は、永秋が佇んでいる丁字路まで来ていた。
左側に続く道の見物客の中に、一際巨体で目立つ酒呑童子の酒羅凶と、酒羅凶に肩車され、特等席に居る茨木童子の酒天の姿が。
永秋の二階部分には、ぬらりひょんを肩に置いて滞空している女天狗のクロの姿があり。狐の嫁入りを、凛とした笑みをしながら見守っていた。
「八吉さーん! 神音さーん! ご結婚おめでとうっス!」
「八吉てめえ! 俺に結婚の報告をしないとかいい度胸してんじゃねえか! 後で山ほど祝い酒持ってくから覚悟してろ!!」
「おお! 酒天、酒羅凶、ありがとよ!」
「あ、ありがとうございます」
片や、周りの喧騒を跳ね除ける元気の良い祝福の言葉。片や、喧騒を黙らせる不器用な祝福の怒号に、後を追ってお礼を述べる八吉と神音。
大通りの右側も、道を塞ぐ勢いで客が群がっていて、その中には、カマイタチ三兄妹の辻風、薙風、癒風が、山車に居る八吉達に笑みを送っている。
更には、鬼の青飛車、赤霧山。猫又の莱鈴、河童の流蔵、化け狸の釜巳。
人影にこっそりと小豆洗いの洗香、その洗香の体をギュッと抱きしめている静か餅の硬嵐の姿もあり、新旧温泉街メンバーがほぼほぼ揃っていた。
「八吉ちゃーん! ご結婚おめでとうー! いきなりの報告だったから今日は無理だけど、明日にでも和菓子を沢山作って持ってくわねー!」
「釜巳ー、ありがとよ! お前の和菓子、嫁の神音が大好きだから楽しみにしてるぜー!」
釜巳と八吉がやり取りをしている途中、初めて嫁と呼ばれて嬉しくなったのか。神音は顔を俯かせ、頬を赤らめてほくそ笑む。
八吉が山車から身を乗り出し、釜巳に手を振っていると、身長三メートル前後ある青飛車が山車に近づいてきて、八吉の目線とほぼ同じ高さで顔を合わせた。
「八吉さん、結婚おめでとう。今度、店全体の修繕を無料でやってあげるね」
「マジか!? ありがとよ青飛車! すげえ助かるぜ!」
「うおっほん!」
八吉達が騒がしい祝福の空気に囲まれていくと、クロの肩に座っているぬらりひょんが、場の空気を改めるべく咳払いをする。
どの喧騒よりも響く咳払いに、辺りは途端に静まり返り、全員がぬらりひょんに注目をした。
先ほどの騒がしさとは打って代わり、祝福と静寂が同居している空気を認めると、ぬらりひょんはうんうんと二度頷く。
「まずは、ここに居る方々に感謝の意を伝えたい。予告無く始まった八咫烏の嫁入りに集まり頂き、誠に感謝する」
辺りを埋め尽くすまでに集まった客を見渡しては、頭を深々と下げるぬらりひょん。
「そして今宵は、秋国が創立して以来、誠にめでたい日となった。いやはや、実に悦ばしい」
客の注目を独占し、さながら演説の様に語るぬらりひょんが、温かい眼差しを、今日の主役達である八吉達に送る。
「神音よ」
「は、はいっ!」
「八吉は、太陽のように明るい存在だ。皆の心を暖かく照らしてくれる清々しい笑顔。それに人情が厚く、思いやり深く。困難を極める壁に当たった時、必ず毎回手を差し伸べてくれて、お前さんを助けてくれるだろう。八吉とは、そういう奴だ」
秋国が創立する前から、仲間である八吉の素性を包み隠さず語り出したぬらりひょんが、年相応の笑みを浮かべ、一呼吸置く。
「そして八吉は、ワシの大事な仲間でもある。だからこそ神音よ、八吉を末永く幸せにしてやってくれ。これは、ワシたっての切なる願いだ。どうか八吉を、よろしく頼む」
実の息子を見送るように切実な思いがこもっていて、やや寂しげに語ったぬらりひょんが、再び頭を深く下げる。
誰もかもが神音の返答を待ちわびていると、神音は座らせていた腰を立たせ、明るく男勝りな笑顔をぬらりひょんに送った。
「はいっ!」
神音が返した言葉は、たった一言の返事。が、その返事の中にある確たる想いと、八吉に対する愛情の深さを汲み取ったぬらりひょんが頭を上げ、ふわりと微笑んだ。
「うむ、とても言い返事だ。これなら何も心配はいらんな。それじゃあ改めて、八吉、神音よ、結婚おめでとう」
ぬらりひょんの祝辞が終わると同時に、辺りから疎らに手を叩く音が鳴り出し、瞬く間に拍手喝采へと変わっていく。
鳴り止まぬ賞賛の雨に打たれ、数多の人達に祝福された夫婦は、幸せに潤んでいる瞳を合わせた。
「ははっ。一生忘れられない思い出が、今日だけで沢山出来ちまったなあ、神音」
「うん。私ね、今まで生きてきた中で、この瞬間が一番幸せだと思ってるんだ。八吉は、どう思ってる?」
「そんなもん決まってんだろ? 俺も、この瞬間が一番幸せだと思ってんぜ」
長い時を生きてきた中で、一つの幸せの頂に辿り着いた事を、確たる自信で言い合う夫婦の八咫烏。そしてその夫婦は待ち切れず、正式な結婚式を行う前に、熱い誓いのキスを交わした。
狐火が飛び交い出した妖狐神社の境内では、これから狐の嫁入りを行うべく、妖狐達が織り成す列が出来ていた。
最前列には、片手に神楽鈴を持っている楓と、自前の龍笛を握っている妖狐の雅がおり。
次に、提灯や煌びやかな装飾が施された、今回の主役であり新郎新婦である、八咫烏の八吉と神音を乗せた山車。
その新郎新婦を囲むように、神楽鈴と龍笛を持っている妖狐達も乗っており、狐の嫁入りが始まるのを今か今かと待ち構えている。
更に山車の周りには、大きめのぶら提灯を携えている妖狐達が居て、花梨達も左側の列に並んでいた。
山車の後方からは、狐の嫁入りと新郎新婦の存在を立たせる狐火班。太陽が昇っている内であれば、山車にも乗って天気雨を防ぐ和傘班。
更にその班の合間にも、神楽鈴班と龍笛班が割り込んでいて、全長約三十メートル前後の大規模な列を形成させている。
静かに佇む狐の嫁入りの列を見て、参拝客が何事かと集まり出し始めた中。最前列に居る楓が、糸目を微笑ませつつ山車に手をかざした。
「さあさあ皆さん、お目を拝借。あの祝い山車に居ますは、新郎『八吉様』、新婦『神音様』でございます。我ら妖狐一同は、新たな夫婦に永遠の愛があらん事を願い、深い慈しみを持ちまして祝福をお贈り致します。これから始めますは、狐の嫁入りもとい、八咫烏の嫁入り。お目を拝借の皆様方は、温かい拍手でお御迎え下さいませ。―――では」
参拝客の全意識を山車へ向け、独自の祝辞を述べた楓が、山車と共に祝福の拍手を浴び。だんだんと収まってくると、持っていた神楽鈴を力強く鳴らす。
それを合図に拍手は完全に止み、神楽鈴班が呼応して一斉に鈴の音を鳴らすと、龍笛班も後を追って演奏を始め、『狐の嫁入り』然り『八咫烏の嫁入り』が開演した。
数秒後。八吉達を乗せた山車が、楓の神通力でふわりと宙に浮き、先頭を行く楓の歩む速度に合わせて前へと進み出す。
「とうとう始まったぁ~……」
「す、すごく緊張するわっ……」
八咫烏の嫁入りが始まった途端。なんとか出だしを合わせ、周りに付いていけたものの。ほぼぶっつけ本番と変わりない状態の花梨とゴーニャは、鈴と笛の音に掻き消される小声で呟き、全身を駆け巡るガチガチの緊張を誤魔化していく。
しかし一度合ってしまえば、たとえ緊張していたとしても、狐の嫁入り独特の歩み方を覚えた体が周りに合わせ、勝手に足が前に歩んでいった。
そのまま一定の速度を保ちつつ、歩くコース先を示している狐火が赤い鳥居を照らしながら抜け、先に温泉街の大通りへ飛び出していく。
狐の嫁入りの列は、まず初めに『座敷童子堂』の前に差し掛かるも、花梨達が居る方とは反対側にあるせいで、纏の様子を窺えないまま通過していった。
次に、道を開けている客の壁に埋もれた極寒甘味処が見えてきたので、花梨達は雪女の雹華の様子を探るべく、横目をチラリと送る。
すると、背伸びをして山車の様子を見ていた雹華が、溺愛する者の視線に気づいたようで。吸い込まれるように花梨達へ顔を合わせ、透き通った青い瞳をギラリと輝かせた。
「やっぱり!! 花梨ちゃん達も居るわっ!!」
予想でもしていたのか。花梨達の姿を認めるや否や、店に飛び込む勢いで駆けていき、まだ客が居る店内に向かって叫び上げた。
「ちょっと誰か! 撮影を手伝ってちょうだい!! 八吉ちゃん達と花梨ちゃん達の晴れ舞台なの!! 超解像のビデオカメラと、超望遠レンズ付きの一眼レフカメラも持ってきて!! あっ、あと、温泉街のみんなにも連絡してちょうだい!!」
最早、絶叫に近い声で店員に指示を出し、一部の注目までもかっさらっていく雹華。
その温泉街に響き渡らんばかりの指示は、やはり八吉達の耳にも入り込んでいて、苦笑いしている顔を合わせていた。
「八吉さん達だけならまだしも、私達の晴れ舞台って……」
「あらぁ、やっぱり八吉ちゃんだったわぁ~」
「んっ?」
目が血走っている雹華の、「釜巳ちゃん、今どこに居るの!?」という音割れがしていそうな電話を聞かされている最中。不意に頭上から別の声が聞こえてきたので、花梨は上目遣いで確認してみる。
ギリギリ見える視線の先には、蛇のうねり歩きを彷彿させる棒状の何かが映り込み。声や喋り方からして、その波打つ棒状の物は首で、主はろくろ首の首雷だと分かった。
「よう首雷。いつ見ても便利な首してんな」
「いいでしょう~? ご相手は確かぁ、八吉ちゃんの所の神音ちゃんでよかったかしらぁ~?」
「は、はい、そうです。八咫烏の神音です。八吉がいつもお世話になってます」
「ああ、やっぱりぃ~。その白無垢ぅ、とってもよく似合ってるわよぉ~」
花梨達の居る場所では、山車に居る首雷の表情を見る事は出来ないが、神音の「えへへへ……」という嬉しさと恥じらいが混じっている声が、上から流れてきた。
「八吉ちゃんったらぁ、結婚するなら言ってくれればよかったのにぃ~」
「すまねえなあ。言うのが恥ずかしくて、ぬらりひょん様にしか知らせてねえんだよ」
「あらあらぁ~。八吉ちゃんってばぁ、ウブなのねぇ~。この後ぉ、披露宴とかはやるのかしらぁ~?」
「披露宴自体はやらねえが、直会殿で小規模の会食をやるぜ」
「そう~。ならぁ、必ず行くから用意しておかないとぉ~。それじゃあ八吉ちゃん、神音ちゃん、ご結婚おめでとう~」
八吉と神音が声を重ねて「ありがとう」とお礼を返すと、花梨達の存在に気付かぬまま、首雷の首が『着物レンタルろくろ』に戻っていく。
同時に雹華の絶叫も聞こえなくなり、短い嵐が過ぎ去ったかと思いきや。一反木綿に乗っている雹華が、突如として視界の上から現れては、先頭を行く楓の元へ降りていった。
「楓ちゃん楓ちゃん! あらゆる角度から狐の嫁入りを撮影してもいいかしら!?」
「よいぞ。だが、新郎新婦よりも目立つ行動だけは避けとくれ」
警告とも取れる楓の注意に、鼻をふんふん鳴らしていていた雹華の表情がハッとし、気まずそうに肩を落としていく。
「ご、ごめんなさいね……。ひとまず楓ちゃん、撮影の許可をありがとう。目立たない場所からこっそりと撮るわね」
楓の一言により我を取り戻し、謝りを入れた雹華が慌てて飛び去っていき、ボランティアの凄腕カメラマンが加わる。
フラッシュは自粛し、ビデオカメラを携えている雪女がもう一人加わり。狐火が飛び交う夜空から、一夜限りの思い出を記録していると、狐の嫁入りの列は、永秋が佇んでいる丁字路まで来ていた。
左側に続く道の見物客の中に、一際巨体で目立つ酒呑童子の酒羅凶と、酒羅凶に肩車され、特等席に居る茨木童子の酒天の姿が。
永秋の二階部分には、ぬらりひょんを肩に置いて滞空している女天狗のクロの姿があり。狐の嫁入りを、凛とした笑みをしながら見守っていた。
「八吉さーん! 神音さーん! ご結婚おめでとうっス!」
「八吉てめえ! 俺に結婚の報告をしないとかいい度胸してんじゃねえか! 後で山ほど祝い酒持ってくから覚悟してろ!!」
「おお! 酒天、酒羅凶、ありがとよ!」
「あ、ありがとうございます」
片や、周りの喧騒を跳ね除ける元気の良い祝福の言葉。片や、喧騒を黙らせる不器用な祝福の怒号に、後を追ってお礼を述べる八吉と神音。
大通りの右側も、道を塞ぐ勢いで客が群がっていて、その中には、カマイタチ三兄妹の辻風、薙風、癒風が、山車に居る八吉達に笑みを送っている。
更には、鬼の青飛車、赤霧山。猫又の莱鈴、河童の流蔵、化け狸の釜巳。
人影にこっそりと小豆洗いの洗香、その洗香の体をギュッと抱きしめている静か餅の硬嵐の姿もあり、新旧温泉街メンバーがほぼほぼ揃っていた。
「八吉ちゃーん! ご結婚おめでとうー! いきなりの報告だったから今日は無理だけど、明日にでも和菓子を沢山作って持ってくわねー!」
「釜巳ー、ありがとよ! お前の和菓子、嫁の神音が大好きだから楽しみにしてるぜー!」
釜巳と八吉がやり取りをしている途中、初めて嫁と呼ばれて嬉しくなったのか。神音は顔を俯かせ、頬を赤らめてほくそ笑む。
八吉が山車から身を乗り出し、釜巳に手を振っていると、身長三メートル前後ある青飛車が山車に近づいてきて、八吉の目線とほぼ同じ高さで顔を合わせた。
「八吉さん、結婚おめでとう。今度、店全体の修繕を無料でやってあげるね」
「マジか!? ありがとよ青飛車! すげえ助かるぜ!」
「うおっほん!」
八吉達が騒がしい祝福の空気に囲まれていくと、クロの肩に座っているぬらりひょんが、場の空気を改めるべく咳払いをする。
どの喧騒よりも響く咳払いに、辺りは途端に静まり返り、全員がぬらりひょんに注目をした。
先ほどの騒がしさとは打って代わり、祝福と静寂が同居している空気を認めると、ぬらりひょんはうんうんと二度頷く。
「まずは、ここに居る方々に感謝の意を伝えたい。予告無く始まった八咫烏の嫁入りに集まり頂き、誠に感謝する」
辺りを埋め尽くすまでに集まった客を見渡しては、頭を深々と下げるぬらりひょん。
「そして今宵は、秋国が創立して以来、誠にめでたい日となった。いやはや、実に悦ばしい」
客の注目を独占し、さながら演説の様に語るぬらりひょんが、温かい眼差しを、今日の主役達である八吉達に送る。
「神音よ」
「は、はいっ!」
「八吉は、太陽のように明るい存在だ。皆の心を暖かく照らしてくれる清々しい笑顔。それに人情が厚く、思いやり深く。困難を極める壁に当たった時、必ず毎回手を差し伸べてくれて、お前さんを助けてくれるだろう。八吉とは、そういう奴だ」
秋国が創立する前から、仲間である八吉の素性を包み隠さず語り出したぬらりひょんが、年相応の笑みを浮かべ、一呼吸置く。
「そして八吉は、ワシの大事な仲間でもある。だからこそ神音よ、八吉を末永く幸せにしてやってくれ。これは、ワシたっての切なる願いだ。どうか八吉を、よろしく頼む」
実の息子を見送るように切実な思いがこもっていて、やや寂しげに語ったぬらりひょんが、再び頭を深く下げる。
誰もかもが神音の返答を待ちわびていると、神音は座らせていた腰を立たせ、明るく男勝りな笑顔をぬらりひょんに送った。
「はいっ!」
神音が返した言葉は、たった一言の返事。が、その返事の中にある確たる想いと、八吉に対する愛情の深さを汲み取ったぬらりひょんが頭を上げ、ふわりと微笑んだ。
「うむ、とても言い返事だ。これなら何も心配はいらんな。それじゃあ改めて、八吉、神音よ、結婚おめでとう」
ぬらりひょんの祝辞が終わると同時に、辺りから疎らに手を叩く音が鳴り出し、瞬く間に拍手喝采へと変わっていく。
鳴り止まぬ賞賛の雨に打たれ、数多の人達に祝福された夫婦は、幸せに潤んでいる瞳を合わせた。
「ははっ。一生忘れられない思い出が、今日だけで沢山出来ちまったなあ、神音」
「うん。私ね、今まで生きてきた中で、この瞬間が一番幸せだと思ってるんだ。八吉は、どう思ってる?」
「そんなもん決まってんだろ? 俺も、この瞬間が一番幸せだと思ってんぜ」
長い時を生きてきた中で、一つの幸せの頂に辿り着いた事を、確たる自信で言い合う夫婦の八咫烏。そしてその夫婦は待ち切れず、正式な結婚式を行う前に、熱い誓いのキスを交わした。
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