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75話-5、守護者茨木童子は、一撃で沈める
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「おおっ! ずっと潜ってても全然苦しくならないし、前がハッキリ見えるっ!」
「しかも、スラスラ喋れるっスね! 人魚の体すごいっス!」
海の中へ潜るも、視界は非常に良好で息苦しくもならず。地上に居る時とさほど変わりないお陰で、人魚の体になった自分達に感動し、大いにはしゃぎ出す花梨と酒天。
前へ進んで行く毎に、海底が緩やかに深くなっていき。やがて沖まで出ると、周りの景色に変化が訪れ出す。
水面から差し込んでくる柔らかな光は、幾重にも連なる光のカーテンに見え。遠くなっていった海底は、だんだんと極彩色に染まり、視覚的に賑やかになっていく。
赤、緑、黄と、色が騒がしい珊瑚礁。その珊瑚礁の周りでは、小さな魚達が和気あいあいと泳いでいる。
海流の流れを知らせるイソギンチャクも居れば、餌を待ち構え、岩場に身を潜めているウツボの眼光も垣間見えた。
人魚の翡翠の説明を聞きつつ、尾びれでの泳ぎ方に慣れ始め。更に先へ進んで行けば、数多の魚達が織り成すトルネードと遭遇。
そのまま下を進み、トルネードの真下まで来ると、二人は泳ぐの止め、体を海面に向けた。
目先にある、可視化された魚の竜巻。中央には水面に浮かぶ太陽が陣取っており、たまに魚達が覆い隠すと、隙間から木漏れ日に似た光がチラチラと目を眩ませ、花梨達の目を細めさせていった。
「幻想的だなぁ」
「そうっスねえ……」
本来の目的をすっかりと忘れ、水中に響く感想を言うと、口から出た泡が水面を目指して昇り、魚の竜巻に巻き込まれていく。
一分、二分と見惚れ、沈んでいく体が海底に着いた頃。形が綺麗に整っていた魚の竜巻が一斉に分散し、同時に一つの巨大な影が横切っていった。
「なんか今、大きな影が通り過ぎませんでした?」
「今のは、ホオジロザメさんですね」
のほほんと正体を見破った翡翠の発言に、二人は「えっ!?」と声を揃えて叫び、驚愕させた目を翡翠に移す。
「サメっ!? あ、危ないじゃないですか! 早く逃げましょうよ!」
「ですね、そうしましょう」
まるで危機感を持っていない翡翠が泳ぎ出すと、二人も全力で尾びれを動かし、慌ててその場から離脱する。
が、それがいけなかったのか。逃げ惑う魚を貪っていたホオジロザメが大きな餌の存在に気づき、猛スピードで二人に目掛けて泳ぎ出し、すぐさま背後を取った。
「ぬおおおおっ!? ちょっ、こっちに来てますよ!?」
「ホオジロザメさんは、約三十キロメートル以上の速度で泳ぐので、それ以上の速さで泳いだら大丈夫です」
「三十キロメートル以上!? 無理無理無理っ!!」
「おっし! なら、あたしの出番っスねえ!」
人魚の姿になってからまだ時間が浅く、本来のスピードをまったく出せていない花梨が喚いている中。
並泳していた酒天が、ここぞとばかりに声を張り上げてから泳ぐの止め、ホオジロザメが迫って来ている方へ振り向いた。
「しゅ、酒天さん!? 危ないですよ!」
思わず花梨も泳ぐの止め、酒天の背中に警告を飛ばすも、泳ぎ出そうとはしない酒天は拳を鳴らし、口角をニッと上げる。
「安心して下さい、花梨さん。一撃で決めるっス」
自信満々に酒天が宣言すると、息を大きく吸っては吐き出し、落ち着いた様子で精神を統一し、目先に居る相手に集中する。
酒天とホオジロザメとの距離、残り約四十メートルにまで迫ると、酒天は固く握り締めた拳を構え、タイミングを見計らう。
そして、残り十メートル。ホオジロザメが大口を開けながら突進して来ると、タイミングを見極めた酒天は体をやや下に沈めつつ、拳を振り上げた。
「オラァッ!」
吠えた酒天がホオジロザメの顎に繰り出すは、空気の膜を纏った鋭いアッパー。
目にも留まらぬ速度のアッパーは、見事ヒットしたらしく。大砲を打ち込んだような轟音が酒天を中心として海中に轟き、内蔵を揺らす衝撃波が遅れてやってきた。
まともにアッパーを食らったホオジロザメは、鋭利な歯と赤いモヤを辺りに撒き散らしつつ、体を縦に何度も回転させていて、七回転ほどすると回転は緩やかになり、ピクリとも動かないまま海面へ浮上していった。
翡翠と花梨が呆然と見守っている最中。花梨の守護を全う出来た酒天は、驚異が去った事を認めるや否や。両手に握り拳を作り、体をふるふると震わせる。
「はぁ~っ……、これっスよこれっ! 花梨さん達を無事守れた、この凄まじい達成感っ! あっはぁ~、最高っスぅ~」
長い月日を経て、ようやく使命を全う出来た事もあり。酒天は至福に酔いしれた表情を浮かべ、緩み切ったにへら顔に変わっていく。
そんな酒天をよそに、絶体絶命の危機に陥っていた花梨は、フラフラと力無く酒天の元へ泳ぎ寄り、己を守ってくれた手を、両手で握りしめた。
「あ、ありがとうございます、酒天さんっ……。酒天さんが居なかったら、今頃どうなっていたことやら……」
「いえいえ、これがあたしの役目っスからね! どんどんあたしに頼って下さいっ!」
本来の役目を果たせて、かつての汚名を返上し、守護者としての立場を確立できた酒天は、ここぞとばかりに高らかに述べ、ワンパク気味にニッと微笑む。
頼もしくもあり、頼り甲斐があり、安心して背中を任せられるような笑みに、花梨も絶対的な安心感を覚え、ふわりと微笑み返した。
「すごい怪力ですね、酒天さん。もしかしたら、クラーケンさんにも勝てるかもしれませんよ」
「へっ、クラーケン?」
割り込んできた翡翠の不穏な単語に、酒天が素に近い口調で反応を示すと、翡翠はぽやっとした表情で話を続ける。
「怪域に住んでいるお方の一人です。他にもシーサーペントさんとかも居ますよ」
「両方ともUMAじゃん! はえ~、実際に居るんだ……」
テレビで稀に聞くものの。実際には目にした事が無い二つの怪物名に、花梨は疑う事なく信用してしまい、オレンジ色の瞳を見開いていく。
名前を聞いてもイマイチピンと来ず、首を傾《かし》げた酒天が、「ゆーま? なんスか、それ?」とあっけらかんと質問した。
「う~ん……。とてつもなく巨大なタコやイカみたいなのがクラーケンで、すごく大きな蛇みたいなのがシーサーペントです」
「へえ~、タコやイカっスか。とにかく足が多いので、多勢に無勢みたいな状況になるから、海中だと分が悪いっスねえ。蛇の方は、頭に一撃さえ入れれば勝機はあるかも……?」
花梨が説明と容姿を簡潔に挟むと、相手の姿形が朧気に見えてきた酒天は、すぐに最悪の状況に備え、脳内で戦闘のシミュレーションを開始する。
顎に手を添え、ぶつくさと物騒な独り言を交えていると、翡翠の「住処にさえ入らなければ大丈夫ですので、先へ進みましょう」と催促が入り、三人は目的地を目指して泳ぎ出していく。
泳いでいく内に火照った体を冷やしてくれる、冬の海域。そよ風に似た穏やかな海流で、非常に泳ぎやすい暖かな春の海域。逆に温水にすら感じる中でも、小魚達が元気よく暴れ泳いでいる夏の海域。
そして春夏秋冬の海域を泳ぎ巡り、再び秋の海域に入ると、辺りの水質と雰囲気は一変し、だんだんと薄暗く澱んでいった。
「なんか、急に暗くなってきましたね」
「そうっスね。海水も、ちょっとねったりとしてきたような気がするっス」
「ここから怪域に入りますので、必ず私の真後ろに付いて来て下さいね」
警告とも取れる翡翠の説明に、二人は若干嫌な予感を抱き、互いに顔を見合わせた後。同時に翡翠の背中に顔を戻す。
「もしかして……。例の方達の、住処の合間を縫って泳いでいく感じですかね?」
「そうなります。少しでも入ると、延々と追いかけて来ますので気をつけて下さいね」
先のホオジロザメの時よりも、より絶望の色が濃い現状を、おっとりとした様子で明かした翡翠に、二人は口をヒクつかせ、急いで翡翠の背後へと付く。
四季折々の平和な海域とは打って変わり、不気味な静寂が佇む危険な怪域を、なるべく音を立てずに泳ぎ進んで行く三人。
時には直角に曲がり。ある時は急上昇し。突然蛇泳を繰り返していき、不可視の境界線を掻い潜っては、落ち着かない心境の中で安堵のため息を漏らす。
最早、帰りたい気持ちさえ芽生えてきた頃。海底が徐々に明るくなっていき、辺りを満遍なく張っていた緊張感が和らいでいく。
そして、遠くの前方に一際強い輝きを放つ海底を目視すると、翡翠が一旦泳ぐのを止め、花梨達の方へ顔をやった。
「あの輝きに包まれている海底に、私の里があります」
「あれが……。はあ~、来るだけで疲れたや……」
「いやぁ~、ゴーニャちゃんを連れて来なくて正解でしたね。道中の殺気が凄まじくて、絶対に怯えてたっスよ」
目的地に来ただけで疲労困憊の花梨と、ぬらりひょんの的確な指示に感服する酒天。
「本当ですよ。人魚の姿を楽しむ余裕が、ほとんどありませんでしたしね」
「そうっスねえ。なんなら、地上の方が比較的安全まであるっスよ」
互いに慣れない驚異に愚痴を零すと、普段その驚異を身近に感じていて、慣れっこの翡翠が「ふふっ」と笑う。
「時期に慣れますよ。では、里の方へ行きましょう」
そう二人を雑に言い包めた翡翠が、光に向かって泳ぎ出すも、花梨は「慣れたくないなぁ……」とボヤき。酒天も「あたしもイヤっスねえ」と小声で同調し、翡翠の後を追い掛けていく。
そのまま三人は、蛇泳、急上昇、急降下をする事無く一直線に泳いでいき、闇の中にある一筋の光を目指していった。
「しかも、スラスラ喋れるっスね! 人魚の体すごいっス!」
海の中へ潜るも、視界は非常に良好で息苦しくもならず。地上に居る時とさほど変わりないお陰で、人魚の体になった自分達に感動し、大いにはしゃぎ出す花梨と酒天。
前へ進んで行く毎に、海底が緩やかに深くなっていき。やがて沖まで出ると、周りの景色に変化が訪れ出す。
水面から差し込んでくる柔らかな光は、幾重にも連なる光のカーテンに見え。遠くなっていった海底は、だんだんと極彩色に染まり、視覚的に賑やかになっていく。
赤、緑、黄と、色が騒がしい珊瑚礁。その珊瑚礁の周りでは、小さな魚達が和気あいあいと泳いでいる。
海流の流れを知らせるイソギンチャクも居れば、餌を待ち構え、岩場に身を潜めているウツボの眼光も垣間見えた。
人魚の翡翠の説明を聞きつつ、尾びれでの泳ぎ方に慣れ始め。更に先へ進んで行けば、数多の魚達が織り成すトルネードと遭遇。
そのまま下を進み、トルネードの真下まで来ると、二人は泳ぐの止め、体を海面に向けた。
目先にある、可視化された魚の竜巻。中央には水面に浮かぶ太陽が陣取っており、たまに魚達が覆い隠すと、隙間から木漏れ日に似た光がチラチラと目を眩ませ、花梨達の目を細めさせていった。
「幻想的だなぁ」
「そうっスねえ……」
本来の目的をすっかりと忘れ、水中に響く感想を言うと、口から出た泡が水面を目指して昇り、魚の竜巻に巻き込まれていく。
一分、二分と見惚れ、沈んでいく体が海底に着いた頃。形が綺麗に整っていた魚の竜巻が一斉に分散し、同時に一つの巨大な影が横切っていった。
「なんか今、大きな影が通り過ぎませんでした?」
「今のは、ホオジロザメさんですね」
のほほんと正体を見破った翡翠の発言に、二人は「えっ!?」と声を揃えて叫び、驚愕させた目を翡翠に移す。
「サメっ!? あ、危ないじゃないですか! 早く逃げましょうよ!」
「ですね、そうしましょう」
まるで危機感を持っていない翡翠が泳ぎ出すと、二人も全力で尾びれを動かし、慌ててその場から離脱する。
が、それがいけなかったのか。逃げ惑う魚を貪っていたホオジロザメが大きな餌の存在に気づき、猛スピードで二人に目掛けて泳ぎ出し、すぐさま背後を取った。
「ぬおおおおっ!? ちょっ、こっちに来てますよ!?」
「ホオジロザメさんは、約三十キロメートル以上の速度で泳ぐので、それ以上の速さで泳いだら大丈夫です」
「三十キロメートル以上!? 無理無理無理っ!!」
「おっし! なら、あたしの出番っスねえ!」
人魚の姿になってからまだ時間が浅く、本来のスピードをまったく出せていない花梨が喚いている中。
並泳していた酒天が、ここぞとばかりに声を張り上げてから泳ぐの止め、ホオジロザメが迫って来ている方へ振り向いた。
「しゅ、酒天さん!? 危ないですよ!」
思わず花梨も泳ぐの止め、酒天の背中に警告を飛ばすも、泳ぎ出そうとはしない酒天は拳を鳴らし、口角をニッと上げる。
「安心して下さい、花梨さん。一撃で決めるっス」
自信満々に酒天が宣言すると、息を大きく吸っては吐き出し、落ち着いた様子で精神を統一し、目先に居る相手に集中する。
酒天とホオジロザメとの距離、残り約四十メートルにまで迫ると、酒天は固く握り締めた拳を構え、タイミングを見計らう。
そして、残り十メートル。ホオジロザメが大口を開けながら突進して来ると、タイミングを見極めた酒天は体をやや下に沈めつつ、拳を振り上げた。
「オラァッ!」
吠えた酒天がホオジロザメの顎に繰り出すは、空気の膜を纏った鋭いアッパー。
目にも留まらぬ速度のアッパーは、見事ヒットしたらしく。大砲を打ち込んだような轟音が酒天を中心として海中に轟き、内蔵を揺らす衝撃波が遅れてやってきた。
まともにアッパーを食らったホオジロザメは、鋭利な歯と赤いモヤを辺りに撒き散らしつつ、体を縦に何度も回転させていて、七回転ほどすると回転は緩やかになり、ピクリとも動かないまま海面へ浮上していった。
翡翠と花梨が呆然と見守っている最中。花梨の守護を全う出来た酒天は、驚異が去った事を認めるや否や。両手に握り拳を作り、体をふるふると震わせる。
「はぁ~っ……、これっスよこれっ! 花梨さん達を無事守れた、この凄まじい達成感っ! あっはぁ~、最高っスぅ~」
長い月日を経て、ようやく使命を全う出来た事もあり。酒天は至福に酔いしれた表情を浮かべ、緩み切ったにへら顔に変わっていく。
そんな酒天をよそに、絶体絶命の危機に陥っていた花梨は、フラフラと力無く酒天の元へ泳ぎ寄り、己を守ってくれた手を、両手で握りしめた。
「あ、ありがとうございます、酒天さんっ……。酒天さんが居なかったら、今頃どうなっていたことやら……」
「いえいえ、これがあたしの役目っスからね! どんどんあたしに頼って下さいっ!」
本来の役目を果たせて、かつての汚名を返上し、守護者としての立場を確立できた酒天は、ここぞとばかりに高らかに述べ、ワンパク気味にニッと微笑む。
頼もしくもあり、頼り甲斐があり、安心して背中を任せられるような笑みに、花梨も絶対的な安心感を覚え、ふわりと微笑み返した。
「すごい怪力ですね、酒天さん。もしかしたら、クラーケンさんにも勝てるかもしれませんよ」
「へっ、クラーケン?」
割り込んできた翡翠の不穏な単語に、酒天が素に近い口調で反応を示すと、翡翠はぽやっとした表情で話を続ける。
「怪域に住んでいるお方の一人です。他にもシーサーペントさんとかも居ますよ」
「両方ともUMAじゃん! はえ~、実際に居るんだ……」
テレビで稀に聞くものの。実際には目にした事が無い二つの怪物名に、花梨は疑う事なく信用してしまい、オレンジ色の瞳を見開いていく。
名前を聞いてもイマイチピンと来ず、首を傾《かし》げた酒天が、「ゆーま? なんスか、それ?」とあっけらかんと質問した。
「う~ん……。とてつもなく巨大なタコやイカみたいなのがクラーケンで、すごく大きな蛇みたいなのがシーサーペントです」
「へえ~、タコやイカっスか。とにかく足が多いので、多勢に無勢みたいな状況になるから、海中だと分が悪いっスねえ。蛇の方は、頭に一撃さえ入れれば勝機はあるかも……?」
花梨が説明と容姿を簡潔に挟むと、相手の姿形が朧気に見えてきた酒天は、すぐに最悪の状況に備え、脳内で戦闘のシミュレーションを開始する。
顎に手を添え、ぶつくさと物騒な独り言を交えていると、翡翠の「住処にさえ入らなければ大丈夫ですので、先へ進みましょう」と催促が入り、三人は目的地を目指して泳ぎ出していく。
泳いでいく内に火照った体を冷やしてくれる、冬の海域。そよ風に似た穏やかな海流で、非常に泳ぎやすい暖かな春の海域。逆に温水にすら感じる中でも、小魚達が元気よく暴れ泳いでいる夏の海域。
そして春夏秋冬の海域を泳ぎ巡り、再び秋の海域に入ると、辺りの水質と雰囲気は一変し、だんだんと薄暗く澱んでいった。
「なんか、急に暗くなってきましたね」
「そうっスね。海水も、ちょっとねったりとしてきたような気がするっス」
「ここから怪域に入りますので、必ず私の真後ろに付いて来て下さいね」
警告とも取れる翡翠の説明に、二人は若干嫌な予感を抱き、互いに顔を見合わせた後。同時に翡翠の背中に顔を戻す。
「もしかして……。例の方達の、住処の合間を縫って泳いでいく感じですかね?」
「そうなります。少しでも入ると、延々と追いかけて来ますので気をつけて下さいね」
先のホオジロザメの時よりも、より絶望の色が濃い現状を、おっとりとした様子で明かした翡翠に、二人は口をヒクつかせ、急いで翡翠の背後へと付く。
四季折々の平和な海域とは打って変わり、不気味な静寂が佇む危険な怪域を、なるべく音を立てずに泳ぎ進んで行く三人。
時には直角に曲がり。ある時は急上昇し。突然蛇泳を繰り返していき、不可視の境界線を掻い潜っては、落ち着かない心境の中で安堵のため息を漏らす。
最早、帰りたい気持ちさえ芽生えてきた頃。海底が徐々に明るくなっていき、辺りを満遍なく張っていた緊張感が和らいでいく。
そして、遠くの前方に一際強い輝きを放つ海底を目視すると、翡翠が一旦泳ぐのを止め、花梨達の方へ顔をやった。
「あの輝きに包まれている海底に、私の里があります」
「あれが……。はあ~、来るだけで疲れたや……」
「いやぁ~、ゴーニャちゃんを連れて来なくて正解でしたね。道中の殺気が凄まじくて、絶対に怯えてたっスよ」
目的地に来ただけで疲労困憊の花梨と、ぬらりひょんの的確な指示に感服する酒天。
「本当ですよ。人魚の姿を楽しむ余裕が、ほとんどありませんでしたしね」
「そうっスねえ。なんなら、地上の方が比較的安全まであるっスよ」
互いに慣れない驚異に愚痴を零すと、普段その驚異を身近に感じていて、慣れっこの翡翠が「ふふっ」と笑う。
「時期に慣れますよ。では、里の方へ行きましょう」
そう二人を雑に言い包めた翡翠が、光に向かって泳ぎ出すも、花梨は「慣れたくないなぁ……」とボヤき。酒天も「あたしもイヤっスねえ」と小声で同調し、翡翠の後を追い掛けていく。
そのまま三人は、蛇泳、急上昇、急降下をする事無く一直線に泳いでいき、闇の中にある一筋の光を目指していった。
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