あやかし温泉街、秋国

桜乱捕り

文字の大きさ
上 下
246 / 379

★73話-6、堕ちた先に見せる微笑み

しおりを挟む
「ごめんなさいね、ぬえちゃん。あなたにはもう、微塵の興味も無いの」

 素っ気なく文字を連ねたように語った雹華ひょうかは、迫る楕円形をした黒煙のボールに向かい、左手をかざす。

「だから、消えてちょうだい」

 淡々とした口調で死の宣告を言い渡すと、螺旋の如く渦巻く吹雪を左手から出し、無表情を薄ら笑いで上塗りする。
 竜巻にも似た吹雪は先を広げて突き進んでいくと、飛んで来た黒煙のボールを瞬時に凍らせ、勢いが死んでしまったのか。空中で制止して地面へと落下していった。

「はあっ!? それも凍らせんのかよ!?」

 圧縮を解除しても、黒煙は氷牢に囚われたままで。鵺はヤケクソ気味に両手を広げ、新たに出した黒煙の空間で渦巻く吹雪をやり過ごそうとする。
 が、まだ広がり切っていない黒煙の空間の前に、突如として巨大な漆黒の竜巻が出現。
 その漆黒の竜巻に衝突した吹雪は軌道を無理矢理変えられ、黒と白が混ざり合い、灰色の竜巻へと色を変えていく。
 そのまま全ての吹雪が竜巻に飲み込まれると、やがて回転が緩やかになっていき、吹雪と共に消滅していった。

「……今のは、クロがやったのか?」

 最早、怒り狂ったクロの助け船は無いと踏んでいた鵺は、黒煙の空間を解いて夜空を仰ぐ。
 すると、鋭い眼差しをしたクロと顔が合い、クロは一度雹華に視線を向けた後、鵺に戻して左目でウィンクをした。

 何か意味がありそうなウィンクを認めた鵺は、……まさかあいつ、実はキレてねえのか? じゃあ、さっきの流れは一体……? と目を細める。
 雹華の動向を横目でうかがいつつ、たぶん、クロの事だ。なんか考えがあってキレた演技をやってんだろ。なら私は、それに乗っかってみっか。という考えに至り、息を大きく吸い込んだ。

「おいクロ! てめえまでキレたらシャレになんねえんだよ! なんべんでも言ってやるが、マジで黒風くろかぜだけは使うんじゃねえぞ!」

「あいつはぬらりひょん様と花梨を殺すって言ったんだぞ? 怒らない方がおかしいだろ? 殺るって言うからには、先に殺り返すまでさ」

 普段通りの様子で返してくるも、その中に全身をつんざいてくる殺意を含んでいるクロに、こいつ、キレてないんだよな……? あのウィンクは、そういう意味なんだ、よな……? と不安を募らせつつも話を続ける。

「おい、雹華はてめえの親友だろ? あいつだって、ある意味被害者なんだ。それを忘れんじゃねえ。ぜってえ殺すんじゃねえぞ?」

 二人の事を想って念を押すも、クロは言葉を返さず黙ったまま。しかし、もう一度だけ左目でウィンクをし、雹華に顔を向けた。
 確信が持てる二度目のウィンクに、……大丈夫だ、あいつはキレてねえ。けど、キレた演技をしてる意味がわかんねえな。と思案し、両拳を前に構える。
 クロと雹華の姿を交互に見て、私は、あまり余計な手出しをしない方がいいか? なら、様子見で一旦身を隠すか。と結論付け、全身に黒煙を纏い、辺りに広げていった。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 先ほどよりも大規模な黒煙を目視したクロは、今のウィンクで、私が怒ってない事が伝わったっぽいな。と判断し、安堵のため息を漏らす。
 視線を雹華へ戻すと、黒春くろはるは速度が遅いし、少しの風でも散ってくから、至近距離で放つか、先に辺りに充満させておかないと意味がない。さて、どうしたものか……。と、頭を悩ませていく。
 こちらへ向かって来るツララ、斬撃、吹雪を躱しながら、竜巻で雹華の逃げ場を無くし、上から黒春を流し込む。これでいってみるか。と決め、テングノウチワを右下から左上に全力で振り抜いた。

 それを合図に、雹華の周りの黒い風が発生。そのまま分厚い大暴風が吹き荒れ、巨大な漆黒の竜巻へと形を変えていく。
 一瞬、体ごと持っていかれそうな狂風に、雹華は片腕で顔を隠す。しかし、中はすぐに無風になり、恐る恐る腕を下げていった。
 視線の先には、斜め上へ太い線を描いている闇が深い壁。その壁をなぞるように顔を上に持っていくと、夜空にはテングノウチワを仰ぎ、淡い桃色の何かを出しているクロの姿。

 隙を突いたクロが放っているは、少しでも触れてしまえば、何をされようとも一瞬間は眠りに就いてしま『黒春』。
 だが、雹華が見たかったのは『黒風』であり、拍子抜けした雹華の目が細まっていく。

「それ、黒風じゃないでしょ? ふざけているの?」

「いいや、こっちは大真面目さ。悪いが、眠ってもらうぞ」

「眠る? ……ああそれ、黒春なのね」

 眠るという単語に、クロの思惑に感付いた雹華は、目前を覆っている渦巻く闇の壁に目をやり、桃色の天井が迫る夜空に戻した。

「これで私の逃げ場を無くしたつもりのようだけど、甘いわね黒四季ちゃん。黒四季ちゃんが何でも切り刻めるように。今の私は、何でも凍らせる事が出来るのよ」

「なに?」

 ハッタリがましい雹華の言葉に、クロは眉をひそめ、テングノウチワを振っていた手を止める。

「信じられないって顔をしているわね。いいわ、見せてあげる」

 そうぶっきらぼうに言った雹華が、四方を遮る厚い闇の壁に左手をかざす。

「バカッ! それに触るんじゃ―――」

 雹華の予想外な行動に、クロは思わず素に戻り警告をした途端。ピキンという澄んだ単調的な音が、クロの警告に割って入った。
 ほぼ同時に、目に映り込んだ信じがたい光景に言葉を失い、黒い瞳を限界まで見開いていく。

 視界内にあるのは、闇の狂風と黒春すら覆い尽くし、水のように固まってしまった分厚く堅固な氷の壁。
 先ほど、鵺の黒煙を凍らせている場面を見ていたが、まさか自分の風まで凍らされるとは、想像すらしていなかったクロ。
 頭の中が真っ白になるも、本能的に何か危険を察知したのか。慌てて後方へ飛んで距離を取り、凍てついた風氷の牢に囚われている雹華を見据える。
 目先に映ったのは、満月の光を浴び過ぎて完全に堕ちてしまった、禍々しい笑顔を浮かべている雹華であった。

「黒風を見せてくれないなら、もう黒四季ちゃんにも用は無いわ。黒四季ちゃんの技、真似させてもらうわね」

 わざと次の攻撃を宣言した雹華は、右手に生やしていた氷の剣を解き、両手を自由にさせる。
 そして右手を軽く数回振ると、純白の華奢な両手を、遠くまで離れたクロにかざした。

「この吹雪は、しつこいわよ?」

 口角を妖しく上げた雹華が放つは、うねりを上げた五本の凍てつく大旋風だいせんぷう
 鞭のようにしなる白い大旋風は、蛇を彷彿とさせる動きでクロの元へ異なる角度で迫り、食らいつこうとする。
 クロも二本の黒い旋風で応戦し、二本の白い大旋風を打ち消すも、残りの三本に掠めるように触れられ、呆気なく凍らされていく。

 常軌を逸する大旋風に追われているクロは、風まで凍らされるなら、私の分が悪すぎる。……流石に、炎までは凍らされないよな? と予想し、テングノウチワを振り抜き、もう一本の大旋風を相殺。
 上空から叩きつける勢いで落ちてきた大旋風を躱し、なら、黒夏くろなつも使っちまうか。と決め、振り返りながら急停止し、テングノウチワを後ろへ大きく振りかぶった。

「お前も加減が出来てくれよ。黒夏!」

 願望を込めつつ技名を叫び、テングノウチワを真横に一閃。その軌跡から二本の煌々こうこうと燃え盛る炎の竜巻が現れ、太陽のように温泉街を照らす。
 空中で灼熱の竜巻、凍てついた吹雪の大旋風が衝突し合うと、風をも凍らせた大旋風が竜巻に飲まれ、勢いを無くしていく。
 縦横無尽に駆けていた大旋風が全てのみ込まれると、役目を果たし終えたのか、それとも熱を失ったのか。灼熱の竜巻も徐々に細くなっていき、音も無く消滅していった。

 黒夏に手応えを感じたクロは、いける。私はまだ、雹華に対抗出来る。なら、全ての風に黒夏を付与するか。と活路を見出し、再びテングノウチワを振って追撃を開始。
 次にクロが放ったのは、灼熱の炎を纏う風の斬撃。普通の斬撃より速度は劣るものの、雹華が追加で出してきた大旋風を真っ二つに切断。
 形、炎の勢い、スピードを保ったまま雹華へ目掛けて飛んでいき、やや離れた地面に衝突すると、けたたましい火柱を何本も上げ、周りの氷を溶かしていった。
 その周囲を赤く照らす火柱の熱を避けるべく、左手で顔を覆った雹華が、逃げるように後方へ飛び、火柱から距離を取る。

「……まるで大道芸みたいな天狗ね。これは黒夏かしら? 流石にアレを食らったら溶けちゃうわね。なるほど、あくまで黒風は出さないんだ。……絶対に出させてやるわ」

 熱に弱く、技の威力を認めた雹華は次の行動を起こす為、一定の距離を保って様子を窺っているクロに顔をやり、大きな一度ため息をつく。
 全神経を研ぎ澄まし、今度は長くも細い息を吐き出すと、普段花梨達に見せているような、温かみのある笑みをクロに送った。

「黒四季ちゃん。私ね、どうしても黒風を見てみたいの。だけど、見せてくれないのなら……」

 まるで最初から満月の光に侵されていないような、いつも通りの口調で語る雹華に、クロは虚を衝かれて怯んでしまい、テングノウチワを振り抜こうとしている手を止める。
 次に雹華は、空いている両手を夜空にかざし、平和でありふれた日常に垣間見せる微笑みを見せつけた。

「この温泉街を、跡形もなく潰してやるわ」
しおりを挟む
感想 10

あなたにおすすめの小説

生贄の花嫁~鬼の総領様と身代わり婚~

硝子町玻璃
キャラ文芸
旧題:化け猫姉妹の身代わり婚 多くの人々があやかしの血を引く現代。 猫又族の東條家の長女である霞は、妹の雅とともに平穏な日々を送っていた。 けれどある日、雅に縁談が舞い込む。 お相手は鬼族を統べる鬼灯家の次期当主である鬼灯蓮。 絶対的権力を持つ鬼灯家に逆らうことが出来ず、両親は了承。雅も縁談を受け入れることにしたが…… 「私が雅の代わりに鬼灯家に行く。私がお嫁に行くよ!」 妹を守るために自分が鬼灯家に嫁ぐと決心した霞。 しかしそんな彼女を待っていたのは、絶世の美青年だった。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

ロボリース物件の中の少女たち

ジャン・幸田
キャラ文芸
高度なメタリックのロボットを貸す会社の物件には女の子が入っています! 彼女たちを巡る物語。

職場のパートのおばさん

Rollman
恋愛
職場のパートのおばさんと…

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

身体検査

RIKUTO
BL
次世代優生保護法。この世界の日本は、最適な遺伝子を残し、日本民族の優秀さを維持するとの目的で、 選ばれた青少年たちの体を徹底的に検査する。厳正な検査だというが、異常なほどに性器と排泄器の検査をするのである。それに選ばれたとある少年の全記録。

こども病院の日常

moa
キャラ文芸
ここの病院は、こども病院です。 18歳以下の子供が通う病院、 診療科はたくさんあります。 内科、外科、耳鼻科、歯科、皮膚科etc… ただただ医者目線で色々な病気を治療していくだけの小説です。 恋愛要素などは一切ありません。 密着病院24時!的な感じです。 人物像などは表記していない為、読者様のご想像にお任せします。 ※泣く表現、痛い表現など嫌いな方は読むのをお控えください。 歯科以外の医療知識はそこまで詳しくないのですみませんがご了承ください。

処理中です...