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★73話-1、妖怪の血を呼び覚ます、満月の光。その3
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温泉街を燦々と照らしていた太陽が役目を終え、地平線の彼方へと没していく、夕方の五時過ぎ頃。
雪女の雹華は、三時頃に閉店させた極寒甘味処で一人、今日の売り上げ計算を黙々としていた。
数時間掛けてそろばんを弾き、何度伝票と照らし合わせても売り上げが合わず、ついに諦めて計算を止め、疲労のこもったため息を漏らす。
「何回計算しても二十七円合わないから、間違いないわね。仕方ないわ」
疲れ目を擦りながら冷たいボヤキを入れ、自分の財布がある袖に手を入れる。
そのまま純白の長財布を出すと、合わない二十七円を取り出し、金庫の中にあるコインケースの中に入れて、しっかりと鍵を閉めた。
「さてと、ようやく終わったわね。今は何時かし―――」
「ヒャーッハッハッハッハッ! なんだぁ? その蚊が刺したような弱っちい攻撃はよお!」
「おい! 雑魚がそっちに逃げたぞ! 捕まえて嬲ってやろうぜえ!」
掛け時計に顔をやろうとした直後。店の外から、普段であれば決して耳にしない罵詈雑言が飛んできて、慌てて顔を外へ向ける雹華。
目線の先にある、半分開いているシャッターの向こう側では、既に満月の光に侵されている妖怪達が、本能を剥き出しにして暴れまわっていた。
飛び交う灼熱の火球。その火球を黙らせる水柱。丸太のように太い拳で、無防備のまま殴り合う鬼達。
孤立無援と数の暴力が織り成す、あちらこちらの虚空に火花を咲かす殺陣。すれ違いざまに多数の切り傷を体に刻んでいく、傍若無人なカマイタチ。
シャッターから垣間見える凄惨たる光景に、時計を見ずとも夜になっている事を理解した雹華は、早足でシャッターの元へと駆けて行った。
「まずいわ。もう夜になっていただなんて……」
焦る気持ちが先行してしまい、周りを警戒せず、シャッターに手を掛けて閉じようとした途端。薄汚い緑色の手が、雹華の白い手首を鷲掴む。
不意の出来事にも関わらず、雹華は一切動じずに、凍てついた青い瞳を緑色の手に移し、腕へと滑らせていく。
そこには、口角が裂けんばかりにつり上がり、鼻につく笑い声を発している餓鬼が二人、濁った金色の瞳で雹華を見据えていた。
「よお、白い姉ちゃん。な~にコソコソと隠れてんだあ? 俺達と一緒に遊ぼうぜえ」
「誘う相手を間違っているわよ。早く手を離しなさい」
「間違っちゃいねえよ。オラ、陰気くせェ場所に引きこもってねぇで、てめえもさっさと外に出ちまいなあ!」
「あっ! やめ―――」
か弱い雹華が抵抗しようとするも、堕ちた餓鬼の力の方が圧倒的に強く、体ごと屋根の無い外に放り出され、大通りの真ん中まで転がっていく。
体の回転が止まり、道の真ん中で突っ伏すや否や。満月の青白い光に照らされてしまった雹華の体から、侵さた証である白い湯気が昇り始めた。
「あ、ああっ!! か、体中が、燃えるように熱い……!! と、溶け、ちゃう……。は、はや、く……、中、に……」
「させねえよ!」
「キャアッ!!」
体を巡る冷ややかな血液が全て沸騰し、全身が溶けていく錯覚を覚えて錯乱している雹華が、地面を這いつくばって店内に戻ろうとする。
しかし、餓鬼達の非情で雑な蹴りが行く手を阻み、再び道の真ん中まで戻されてしまった。
「い、イヤ……。意識が、目の前、ガ……、暗く、ナッテ……。ダ、誰カ……、タスケ、テ……」
視界に闇が掛かり、何者かに純白な心が塗り替えられていくような感覚に襲われ、極寒甘味処に震えた手を伸ばしていく雹華。
が、途中で力尽きてしまったのか。僅かに浮いていた上体が倒れ込み、伸ばしていた手が遅れて後を追い、地面へ落ちていった。
十秒、三十秒と待てども、ピクリとも動かなくなってしまった雹華を見て、餓鬼達は呆気に取られている顔を見合わせ、雹華に戻す。
「動かなくなっちまったな。死んだのか?」
「嘘だろ? 一回蹴っ飛ばしただけだぜ? いくらなんでも脆すぎるだろ」
あまりの呆気なさに不満を吐き捨て、不燃焼気味に眉間にシワを寄せていく餓鬼達。
周りの点々とした阿鼻叫喚を気にも留めず、妖狐神社がある方面に体を向けると、肩を竦めながら歩き出した。
「つまんねーの。別の女を探しに行こうぜ」
「だな。次はもっと頑丈な、ブェックション!」
耳鳴りしか聞こえない静寂に、餓鬼の下品なクシャミが鳴り響き、辺りに反響していく。
「うう、気のせいか? なんか急に、すげえ寒くなってきたような……」
「いや、気のせいなんかじゃねえ。吐く息が白くなってやがんぞ」
片方の餓鬼が異変に気づき、息を「ハァーッ」と吐いてみる。
すると口から白が濃い息が出てくるも、無風のせいか目の前で漂い続け、やがては重力に囚われ、音も無くゆっくりと地面へ流れていく。
耳鳴りすら消えた無音の中で、雪のように白い息を眺めていた餓鬼が、あまりの寒さにブルッと身震いをした。
「寒っ! んだよこの温泉街、夜になるとめちゃくちゃ寒くなんじゃねえか」
「お、おい……」
「あ? なんだ?」
「周り、見てみろ……」
「周りぃ? なんだよ、いったい……」
白い息が地面に積もり、広がっていく様を見届けていた餓鬼が、あっけらかんと言ってから視線を温泉街に移すと、絶句して言葉を失い、目を見開いていく。
そこに広がっていた景色は、永久の秋が佇む空間とは程遠い、有り得ないものであった。中身がある氷像。それも一体や二体ではなく、無数に存在している。
相手の胸ぐらを掴み、殴りかかろうとしている氷像。口から噴射している業火ごと凍り付いている氷像。水柱だったであろう氷柱の上に座り、逃げ惑う氷像と、眺めて悠々と微笑んでいる氷像。
目に映る氷像を粗方確認すると、表情や行動から察するに、どれも自分が氷を纏った事すら気づいておらず、氷像と化していた。
「……なんだよ、これ? 何が起こってんだ?」
「わ、分からねえけど……、俺達も逃げた方がいいんじゃねえか?」
「そうだな。さっさとズラか―――」
餓鬼達が未曽有の危機感を抱き、秋国の入口へ向かおうとするも、足がまったく動かない事に気づき、目線を下に持っていく。
視界に映ったのは、分厚い氷を纏い地面と一体化している、己の両足であった。
「げっ!? あ、足が凍りついてやがる!」
「え? うわっ! 俺の足もだ!」
「……ふふっ。ねえ、いったいどこに逃げようって、いうのかしら?」
自分達以外は氷像と化しているのに対し、突然聞こえてきた身の毛がよだつ声に、二人の餓鬼が反射的に辺りを見渡す。
背後に目をやると、そこには死んだと思っていたはずの雹華が、頭を垂らしながら立っていた。
「お、お前、生きてたのか……?」
「まさか……。この有様、てめえの仕業か!?」
片方の餓鬼が声を張り上げて問い詰めるも、雹華は黙ったまま後ろを向き、垂らしていた頭を上げ、厚い氷の底に埋まっている秋国を舐めるように見渡した。
「へえ~。手加減無しで力を使うと、こうなっちゃうのね。永秋までカチンコチンに凍っちゃっているわあ。フッ、ウフフッ……、アーッハッハッハッハッハッハ!!」
闇夜に浮かぶ青白い満月を仰ぎ、両手を大きく広げて背を反らし、狂ったように禍々しい笑い声を上げる雹華。
十秒ほど笑い続けた後。反っていた背が項垂れ、顔だけを永秋に送る。
「あの状態だと、当然みんなも氷漬けになっているわよねえ。ぬらりひょん様や花梨ちゃん達、死んじゃったかしら?」
さほど興味が無さそうに呟くと、雹華は餓鬼達が居る方へ体を戻し、妖々しく発光している青い瞳で、餓鬼達を捉えた。
「まあ、どうでもいいか」
新たな玩具を見つけたかのように微笑すると、雹華は餓鬼達の元へ、ゆらりと歩き出す。
「ヒッ!? こ、こっちに来るんじゃねえ化け物!」
「やめろ、やめてくれえ! 誰か、誰か助けてくれぇ!!」
「あらぁ、遊ぼうって言ったのはあなた達でしょう? いいわよ、遊んであげるわ」
中身が無い言葉を連ねていく雹華が、「ただし」と付け加え、餓鬼達に華奢な手をかざす。
「一方的にだけどもね」
雪女の雹華は、三時頃に閉店させた極寒甘味処で一人、今日の売り上げ計算を黙々としていた。
数時間掛けてそろばんを弾き、何度伝票と照らし合わせても売り上げが合わず、ついに諦めて計算を止め、疲労のこもったため息を漏らす。
「何回計算しても二十七円合わないから、間違いないわね。仕方ないわ」
疲れ目を擦りながら冷たいボヤキを入れ、自分の財布がある袖に手を入れる。
そのまま純白の長財布を出すと、合わない二十七円を取り出し、金庫の中にあるコインケースの中に入れて、しっかりと鍵を閉めた。
「さてと、ようやく終わったわね。今は何時かし―――」
「ヒャーッハッハッハッハッ! なんだぁ? その蚊が刺したような弱っちい攻撃はよお!」
「おい! 雑魚がそっちに逃げたぞ! 捕まえて嬲ってやろうぜえ!」
掛け時計に顔をやろうとした直後。店の外から、普段であれば決して耳にしない罵詈雑言が飛んできて、慌てて顔を外へ向ける雹華。
目線の先にある、半分開いているシャッターの向こう側では、既に満月の光に侵されている妖怪達が、本能を剥き出しにして暴れまわっていた。
飛び交う灼熱の火球。その火球を黙らせる水柱。丸太のように太い拳で、無防備のまま殴り合う鬼達。
孤立無援と数の暴力が織り成す、あちらこちらの虚空に火花を咲かす殺陣。すれ違いざまに多数の切り傷を体に刻んでいく、傍若無人なカマイタチ。
シャッターから垣間見える凄惨たる光景に、時計を見ずとも夜になっている事を理解した雹華は、早足でシャッターの元へと駆けて行った。
「まずいわ。もう夜になっていただなんて……」
焦る気持ちが先行してしまい、周りを警戒せず、シャッターに手を掛けて閉じようとした途端。薄汚い緑色の手が、雹華の白い手首を鷲掴む。
不意の出来事にも関わらず、雹華は一切動じずに、凍てついた青い瞳を緑色の手に移し、腕へと滑らせていく。
そこには、口角が裂けんばかりにつり上がり、鼻につく笑い声を発している餓鬼が二人、濁った金色の瞳で雹華を見据えていた。
「よお、白い姉ちゃん。な~にコソコソと隠れてんだあ? 俺達と一緒に遊ぼうぜえ」
「誘う相手を間違っているわよ。早く手を離しなさい」
「間違っちゃいねえよ。オラ、陰気くせェ場所に引きこもってねぇで、てめえもさっさと外に出ちまいなあ!」
「あっ! やめ―――」
か弱い雹華が抵抗しようとするも、堕ちた餓鬼の力の方が圧倒的に強く、体ごと屋根の無い外に放り出され、大通りの真ん中まで転がっていく。
体の回転が止まり、道の真ん中で突っ伏すや否や。満月の青白い光に照らされてしまった雹華の体から、侵さた証である白い湯気が昇り始めた。
「あ、ああっ!! か、体中が、燃えるように熱い……!! と、溶け、ちゃう……。は、はや、く……、中、に……」
「させねえよ!」
「キャアッ!!」
体を巡る冷ややかな血液が全て沸騰し、全身が溶けていく錯覚を覚えて錯乱している雹華が、地面を這いつくばって店内に戻ろうとする。
しかし、餓鬼達の非情で雑な蹴りが行く手を阻み、再び道の真ん中まで戻されてしまった。
「い、イヤ……。意識が、目の前、ガ……、暗く、ナッテ……。ダ、誰カ……、タスケ、テ……」
視界に闇が掛かり、何者かに純白な心が塗り替えられていくような感覚に襲われ、極寒甘味処に震えた手を伸ばしていく雹華。
が、途中で力尽きてしまったのか。僅かに浮いていた上体が倒れ込み、伸ばしていた手が遅れて後を追い、地面へ落ちていった。
十秒、三十秒と待てども、ピクリとも動かなくなってしまった雹華を見て、餓鬼達は呆気に取られている顔を見合わせ、雹華に戻す。
「動かなくなっちまったな。死んだのか?」
「嘘だろ? 一回蹴っ飛ばしただけだぜ? いくらなんでも脆すぎるだろ」
あまりの呆気なさに不満を吐き捨て、不燃焼気味に眉間にシワを寄せていく餓鬼達。
周りの点々とした阿鼻叫喚を気にも留めず、妖狐神社がある方面に体を向けると、肩を竦めながら歩き出した。
「つまんねーの。別の女を探しに行こうぜ」
「だな。次はもっと頑丈な、ブェックション!」
耳鳴りしか聞こえない静寂に、餓鬼の下品なクシャミが鳴り響き、辺りに反響していく。
「うう、気のせいか? なんか急に、すげえ寒くなってきたような……」
「いや、気のせいなんかじゃねえ。吐く息が白くなってやがんぞ」
片方の餓鬼が異変に気づき、息を「ハァーッ」と吐いてみる。
すると口から白が濃い息が出てくるも、無風のせいか目の前で漂い続け、やがては重力に囚われ、音も無くゆっくりと地面へ流れていく。
耳鳴りすら消えた無音の中で、雪のように白い息を眺めていた餓鬼が、あまりの寒さにブルッと身震いをした。
「寒っ! んだよこの温泉街、夜になるとめちゃくちゃ寒くなんじゃねえか」
「お、おい……」
「あ? なんだ?」
「周り、見てみろ……」
「周りぃ? なんだよ、いったい……」
白い息が地面に積もり、広がっていく様を見届けていた餓鬼が、あっけらかんと言ってから視線を温泉街に移すと、絶句して言葉を失い、目を見開いていく。
そこに広がっていた景色は、永久の秋が佇む空間とは程遠い、有り得ないものであった。中身がある氷像。それも一体や二体ではなく、無数に存在している。
相手の胸ぐらを掴み、殴りかかろうとしている氷像。口から噴射している業火ごと凍り付いている氷像。水柱だったであろう氷柱の上に座り、逃げ惑う氷像と、眺めて悠々と微笑んでいる氷像。
目に映る氷像を粗方確認すると、表情や行動から察するに、どれも自分が氷を纏った事すら気づいておらず、氷像と化していた。
「……なんだよ、これ? 何が起こってんだ?」
「わ、分からねえけど……、俺達も逃げた方がいいんじゃねえか?」
「そうだな。さっさとズラか―――」
餓鬼達が未曽有の危機感を抱き、秋国の入口へ向かおうとするも、足がまったく動かない事に気づき、目線を下に持っていく。
視界に映ったのは、分厚い氷を纏い地面と一体化している、己の両足であった。
「げっ!? あ、足が凍りついてやがる!」
「え? うわっ! 俺の足もだ!」
「……ふふっ。ねえ、いったいどこに逃げようって、いうのかしら?」
自分達以外は氷像と化しているのに対し、突然聞こえてきた身の毛がよだつ声に、二人の餓鬼が反射的に辺りを見渡す。
背後に目をやると、そこには死んだと思っていたはずの雹華が、頭を垂らしながら立っていた。
「お、お前、生きてたのか……?」
「まさか……。この有様、てめえの仕業か!?」
片方の餓鬼が声を張り上げて問い詰めるも、雹華は黙ったまま後ろを向き、垂らしていた頭を上げ、厚い氷の底に埋まっている秋国を舐めるように見渡した。
「へえ~。手加減無しで力を使うと、こうなっちゃうのね。永秋までカチンコチンに凍っちゃっているわあ。フッ、ウフフッ……、アーッハッハッハッハッハッハ!!」
闇夜に浮かぶ青白い満月を仰ぎ、両手を大きく広げて背を反らし、狂ったように禍々しい笑い声を上げる雹華。
十秒ほど笑い続けた後。反っていた背が項垂れ、顔だけを永秋に送る。
「あの状態だと、当然みんなも氷漬けになっているわよねえ。ぬらりひょん様や花梨ちゃん達、死んじゃったかしら?」
さほど興味が無さそうに呟くと、雹華は餓鬼達が居る方へ体を戻し、妖々しく発光している青い瞳で、餓鬼達を捉えた。
「まあ、どうでもいいか」
新たな玩具を見つけたかのように微笑すると、雹華は餓鬼達の元へ、ゆらりと歩き出す。
「ヒッ!? こ、こっちに来るんじゃねえ化け物!」
「やめろ、やめてくれえ! 誰か、誰か助けてくれぇ!!」
「あらぁ、遊ぼうって言ったのはあなた達でしょう? いいわよ、遊んであげるわ」
中身が無い言葉を連ねていく雹華が、「ただし」と付け加え、餓鬼達に華奢な手をかざす。
「一方的にだけどもね」
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