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72話-5、ほぼ本気のおふざけ
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いざこざが幾重にも重なり、予定よりも大分遅れをとった、午前十時前。
白目を剥いて気絶していたゴーニャの瞳に、ようやく色が戻り。後頭部の出っ張りに活力が蘇ったぬらりひょんが、いつも通りの調子を取り戻し、お互いに気持ちを落ち着かせた後。
一行は『建物建築・修繕鬼ヶ島』から拝借してきた、ホワイトボードと長机しかない厨房へと入り、その長机を囲む。
そして、ホワイトボードの前に立ったのっぺらぼうの無古都が、「おっほん!」と場の空気を整えるように咳払いをした。
「では改めまして! 皆さんお忙しい中、打ち合わせに参加して頂きありがとうございます! 進行は私! 無古都がさせて頂きます!」
場慣れした様子の無古都がペコリと一礼すると、ホワイトボードマーカーの蓋を取り、ボードに文字を描き始める。
「大体の事はぬらりひょんさんがやってくれましたので~……。今日は、店のメニューを決めていきたいと思います!」
ボードの左上に『店のメニュー』なる題名を書くと、下に『食材』と書き加えていく。
「食材は木霊農園、牛鬼牧場、魚市場難破船から調達出来ますので~……。おや? ほぼ全ての食材が調達出来そうですね。逆に調達出来ない食材を探す方が難しいかも?」
木霊農園では、野菜、穀物、果物、発酵食品。牛鬼牧場では、肉、卵、乳製品、加工食品等。魚市場難破船では、魚、魚卵類、貝類、甲殻類、海藻類等の調達が可能。
故に、メニューの幅が限りなく広がると予想した無古都は、余計な考えは一切止め、一行が居る方へ体を向けた。
「それでは、食材の制限は一旦無しにします。皆さんにスケッチブックと鉛筆をお配りしますので、各々が考えついたメニューを発表して下さい! 念のため言っておきますが、メインは温泉卵ですからね!」
進行をハキハキと進めていく無古都は、ボードの横に置いてあるダンボールから、今言った物を人数分出し、各自に配っていく。
今日の大まかな流れが決まり、スケッチブックと鉛筆と手に取った花梨は「う~ん……」と唸り、視線を天井に持っていった。
「温泉卵に合う食材かぁ。野菜ならレタスやほうれん草。肉、肉ぅ? 丼物しか思いつかないなぁ。魚だと、お刺身なら合うかも?」
「肉と卵の組み合わせになると、やっぱりご飯が欲しくなるな」
花梨の思案が混じる独り言に、同じく頭を悩ませているクロが反応し、独り言を会話に変えていく。
「やっぱりそうなりますよねぇ。ゴーニャは何か思いついた?」
「えと、味噌煮込みうどんに入れると、おいしいと思うわっ」
わざとではなく、思った事をそのまま口にしたゴーニャに、花梨は微笑ましい苦笑いを送る。
「確かに間違いなく美味しいけど、なんか違う気がする」
「じゃあ、花梨の好きな唐揚げにはどうかしら?」
「唐揚げ? 唐揚げ……。そういえば試した事がないや。味が想像出来ないなぁ」
「いいですよー、オーナーさん方! そういう誰も考えそうにない発想をもっと下さい!」
通らないであろう組み合わせを褒めてくる無古都に、花梨はきょとんとした視線を合わせ、あっ、アリなんだ。と心の中でボソッと呟く。
更に、じゃあ、なんでもいいんだな。と超解釈し、欲が先行した構想を頭の中に思い浮かべ、スケッチブックに描いていった。
描き終わると、花梨は欲望にまみれたにへら笑いをし、ボードにメニューを書き綴っている無古都に顔を移した。
「無古都さん、これなんてどうでしょうか?」
「むっ、見せてもらってもよろしいでしょうか?」
問い掛けに気づいた無古都が、書く手を止めて振り返ると、花梨は「ふっふっふっ」と不敵な笑いをしつつ、スケッチブックを無古都に見せつけた。
「じゃーん! 名付けて『全乗せスペシャル』です!」
自信満々にメニュー名を言うと、周りに居た一行も花梨のスケッチブックを見るべく、ざわざわと集まり出していく。
スケッチブック目一杯に描かれていたのは、思いついた限りの食材が山のように積み重なっており、中には花梨の大好物である唐揚げも混じっている。
最早、食べ放題の店で取れる物を、全て皿に乗せたような絵面に、称賛の声を上げる者は誰一人としておらず、全員が呆れ返って目を細めていた。
「秋風、流石にこれはやり過ぎじゃねえか? 大食い対決じゃねぇんだぞ?」
蔑みを含んでいる眼差しでスケッチブックを眺めていた鵺が、率直な意見を言う。
「あっはははは……。若干おふざけが入っています」
「じゃあ、ほとんど本気なんじゃねえか。アホ、最初は無難なもんでいいんだよ。こういうヤベェヤツは、売り上げが安定してからにしろ」
「無難、ですか。鵺さんは、もう考えているんですか?」
「ああ、いくつかあんぞ。例えばだ」
既にメニューを考えていた鵺は、花梨の質問に応えるべく、文字や絵で半分以上埋まっているスケッチブックを表に出した。
「カリカリのベーコンにブラックペッパー。本当は見た目を良くするよう、ベーコンを温泉卵に巻きたいんだが……。温泉卵って柔いから下に敷いてだ。野菜はたぶん、何にでも合うだろ。組み合わせは無限大にある。そこからより合う物を選んでいけばいい。魚は生臭えんだよなあ。鮮度が良い生しらすに醤油……。または、濃い味付けをした刺身の丼物しか思いつかねえわ」
「うわっ、ものすごい量だ。はえ~……」
つらつらと真面目な説明を重ねていく鵺に、花梨は素直に感心してしまい、ただただ抜けた声を漏らしていく。
横から眺めていた赤霧山も、「もう、これだけでいいんじゃないか?」と考える事を放棄し、持っていたまっさらなスケッチブックに顔を移した。
「そういえば、赤霧山さんも何か思いつきました?」
「いや、全然だ。前に鬼ヶ島で花梨さんが温泉卵を持ってきただろ? そこで初めて食ったから、組み合わせが思いつかんのよ。俺はもう、前に言ったセルフサービスだけでいいわ」
「セルフサービス!? ちょっと詳しく教えて下さい!」
ボヤキに近い赤霧山の言葉に、過剰な反応を示した無古都が、赤霧山にグイグイと詰め寄っていった。
「店の中央か壁際に、ある程度の食材を置いとくんだよ。で、それを客に自由に取らせるんだ。金を先に貰っておけば、金額計算も楽になるんじゃないか?」
「おおっ! 素晴らしいアイデアじゃないですか! 採用させて頂きます!」
赤霧山のアイデアを即採用すると、無古都は駆け足でボードがある場所まで戻り、『セルフサービス』と書き込んで花丸を付ける。
「となると、食材を置く台が必要になってきますね。設置場所は中央と壁際、どっちがいいだろうか……? それによって店内のレイアウトがかなり変わってくるなぁ……」
店の構想が僅かに見え始めてきたのか。無古都は己の世界に入り込み、ホワイトボードを睨みつけながらブツブツと呟き出す。
「店の半分側に偏らせるのもアリ……。壁際全てという手もある……。う~む、楽しくなってきましたね!」
一人で盛り上がっていく無古都に、全乗せスペシャルの案を無かった事までにされた花梨は、だんだんと無古都に興味が湧き始め、合間を縫って「すみません、無古都さん」と声をかけた。
「はい、なんでしょうか?」
「無古都さんって、前は何かお仕事でもしていたんですか?」
「え~っと、主に色々なアドバイザーをやってましたよ!」
「アドバイザーっ。すごいですねぇ。例えば、どんなアドバイザーを?」
「ありがとうございます! 投資や建築、健康食。他にも十個以上はやっていましたかね?」
指を折りつつ種類を口にしていく無古都に、花梨は目を丸くしていく。
「うわぁ~、すごいっ。健康食アドバイザーが店長って、すごく心強いや」
「経営は初めての試みですのでドキドキしてますが、必ずや繁盛させてみせますからね!」
己の士気を高めるように、無古都が渾身のガッツポーズを見せつけてきている中。座敷童子の纏がテクテクと歩いてきては、無古都にスケッチブックを差し出した。
「考えてみた、見て」
「本当ですか? どれどれ~」
その場にしゃがみ込んだ無古都が、纏からスケッチブックを受け取り、端っこに小さく描かれている絵を覗いてみる。
そこには丸い物体の上に、点々と黒い丸がいくつも乗っており、思わずスケッチブックを顔に寄せた無古都が、ジト目でいる纏に顔を移す。
「すみません、これはなんでしょうか?」
「小豆と温泉卵」
答えを聞き出してしまった無古都が、眉を軽くひそめ、スケッチブックに顔を戻す。
「小豆と温泉卵……。卵とじは作った事はありますが……、これは未知なる領域ですね。アイデアありがとうございます! 今度の打ち合わせで、実際に作って試食をしてみましょう!」
「やった」
試食まで約束してくれて嬉しくなったのか。纏は無表情を保ったままバンザイし、無古都からスケッチブックを受け取る。
その二人のやり取りに聞き耳を立てていた花梨が、「試食!」と食い気味に反応し、無古都に詰め寄っていく。
「無古都さん、試食はいつやるんですか? 明日ですか?」
「おっとぉ? オーナーさん、かなりの食いしん坊さんですね? え~と、食材とある程度の機材を用意しなければならないので、三日以上先になりますかね。明日は~、ほら、満月が出る日なので、とりあえずはやめておきましょう」
「あ、満月……」
満月という単語を耳にした途端。花梨の頭の中に、二度と思い出しくない忌々しい記憶が次々に蘇り、表情を一気に暗くして、頭をゆっくり下げていった。
しかし、隣で見ていたクロが心境を察したようで。落ちている花梨の肩に腕を回し、体をグイッと自分の方へ引き寄せていく。
「わっ!」
「安心しろ、花梨。明日は、私とぬらりひょん様が付きっきりでお前らを守ってやる。何も心配する必要はないさ。気楽にしてろ」
「……クロさん」
先の満月が出た日にて、唯一命乞い染みた本音を受け止めてくれて、母親にまでなってくれたクロの力強い言葉に、花梨は絶対の安心感を覚え、強張っていた表情を緩めていった。
「ありがとうございます、クロさんっ」
「一応、ワシも居るからな」
存在を忘れられないよう、ぬらりひょんが二人が聞こえる声で呟くと、クロと花梨は顔を見合わせ、苦笑いをする。
そして、無古都の提案で休憩を挟んだ後。再び全員で店に出すメニューを考えていき、打ち合わせは夕方頃まで続いていった。
白目を剥いて気絶していたゴーニャの瞳に、ようやく色が戻り。後頭部の出っ張りに活力が蘇ったぬらりひょんが、いつも通りの調子を取り戻し、お互いに気持ちを落ち着かせた後。
一行は『建物建築・修繕鬼ヶ島』から拝借してきた、ホワイトボードと長机しかない厨房へと入り、その長机を囲む。
そして、ホワイトボードの前に立ったのっぺらぼうの無古都が、「おっほん!」と場の空気を整えるように咳払いをした。
「では改めまして! 皆さんお忙しい中、打ち合わせに参加して頂きありがとうございます! 進行は私! 無古都がさせて頂きます!」
場慣れした様子の無古都がペコリと一礼すると、ホワイトボードマーカーの蓋を取り、ボードに文字を描き始める。
「大体の事はぬらりひょんさんがやってくれましたので~……。今日は、店のメニューを決めていきたいと思います!」
ボードの左上に『店のメニュー』なる題名を書くと、下に『食材』と書き加えていく。
「食材は木霊農園、牛鬼牧場、魚市場難破船から調達出来ますので~……。おや? ほぼ全ての食材が調達出来そうですね。逆に調達出来ない食材を探す方が難しいかも?」
木霊農園では、野菜、穀物、果物、発酵食品。牛鬼牧場では、肉、卵、乳製品、加工食品等。魚市場難破船では、魚、魚卵類、貝類、甲殻類、海藻類等の調達が可能。
故に、メニューの幅が限りなく広がると予想した無古都は、余計な考えは一切止め、一行が居る方へ体を向けた。
「それでは、食材の制限は一旦無しにします。皆さんにスケッチブックと鉛筆をお配りしますので、各々が考えついたメニューを発表して下さい! 念のため言っておきますが、メインは温泉卵ですからね!」
進行をハキハキと進めていく無古都は、ボードの横に置いてあるダンボールから、今言った物を人数分出し、各自に配っていく。
今日の大まかな流れが決まり、スケッチブックと鉛筆と手に取った花梨は「う~ん……」と唸り、視線を天井に持っていった。
「温泉卵に合う食材かぁ。野菜ならレタスやほうれん草。肉、肉ぅ? 丼物しか思いつかないなぁ。魚だと、お刺身なら合うかも?」
「肉と卵の組み合わせになると、やっぱりご飯が欲しくなるな」
花梨の思案が混じる独り言に、同じく頭を悩ませているクロが反応し、独り言を会話に変えていく。
「やっぱりそうなりますよねぇ。ゴーニャは何か思いついた?」
「えと、味噌煮込みうどんに入れると、おいしいと思うわっ」
わざとではなく、思った事をそのまま口にしたゴーニャに、花梨は微笑ましい苦笑いを送る。
「確かに間違いなく美味しいけど、なんか違う気がする」
「じゃあ、花梨の好きな唐揚げにはどうかしら?」
「唐揚げ? 唐揚げ……。そういえば試した事がないや。味が想像出来ないなぁ」
「いいですよー、オーナーさん方! そういう誰も考えそうにない発想をもっと下さい!」
通らないであろう組み合わせを褒めてくる無古都に、花梨はきょとんとした視線を合わせ、あっ、アリなんだ。と心の中でボソッと呟く。
更に、じゃあ、なんでもいいんだな。と超解釈し、欲が先行した構想を頭の中に思い浮かべ、スケッチブックに描いていった。
描き終わると、花梨は欲望にまみれたにへら笑いをし、ボードにメニューを書き綴っている無古都に顔を移した。
「無古都さん、これなんてどうでしょうか?」
「むっ、見せてもらってもよろしいでしょうか?」
問い掛けに気づいた無古都が、書く手を止めて振り返ると、花梨は「ふっふっふっ」と不敵な笑いをしつつ、スケッチブックを無古都に見せつけた。
「じゃーん! 名付けて『全乗せスペシャル』です!」
自信満々にメニュー名を言うと、周りに居た一行も花梨のスケッチブックを見るべく、ざわざわと集まり出していく。
スケッチブック目一杯に描かれていたのは、思いついた限りの食材が山のように積み重なっており、中には花梨の大好物である唐揚げも混じっている。
最早、食べ放題の店で取れる物を、全て皿に乗せたような絵面に、称賛の声を上げる者は誰一人としておらず、全員が呆れ返って目を細めていた。
「秋風、流石にこれはやり過ぎじゃねえか? 大食い対決じゃねぇんだぞ?」
蔑みを含んでいる眼差しでスケッチブックを眺めていた鵺が、率直な意見を言う。
「あっはははは……。若干おふざけが入っています」
「じゃあ、ほとんど本気なんじゃねえか。アホ、最初は無難なもんでいいんだよ。こういうヤベェヤツは、売り上げが安定してからにしろ」
「無難、ですか。鵺さんは、もう考えているんですか?」
「ああ、いくつかあんぞ。例えばだ」
既にメニューを考えていた鵺は、花梨の質問に応えるべく、文字や絵で半分以上埋まっているスケッチブックを表に出した。
「カリカリのベーコンにブラックペッパー。本当は見た目を良くするよう、ベーコンを温泉卵に巻きたいんだが……。温泉卵って柔いから下に敷いてだ。野菜はたぶん、何にでも合うだろ。組み合わせは無限大にある。そこからより合う物を選んでいけばいい。魚は生臭えんだよなあ。鮮度が良い生しらすに醤油……。または、濃い味付けをした刺身の丼物しか思いつかねえわ」
「うわっ、ものすごい量だ。はえ~……」
つらつらと真面目な説明を重ねていく鵺に、花梨は素直に感心してしまい、ただただ抜けた声を漏らしていく。
横から眺めていた赤霧山も、「もう、これだけでいいんじゃないか?」と考える事を放棄し、持っていたまっさらなスケッチブックに顔を移した。
「そういえば、赤霧山さんも何か思いつきました?」
「いや、全然だ。前に鬼ヶ島で花梨さんが温泉卵を持ってきただろ? そこで初めて食ったから、組み合わせが思いつかんのよ。俺はもう、前に言ったセルフサービスだけでいいわ」
「セルフサービス!? ちょっと詳しく教えて下さい!」
ボヤキに近い赤霧山の言葉に、過剰な反応を示した無古都が、赤霧山にグイグイと詰め寄っていった。
「店の中央か壁際に、ある程度の食材を置いとくんだよ。で、それを客に自由に取らせるんだ。金を先に貰っておけば、金額計算も楽になるんじゃないか?」
「おおっ! 素晴らしいアイデアじゃないですか! 採用させて頂きます!」
赤霧山のアイデアを即採用すると、無古都は駆け足でボードがある場所まで戻り、『セルフサービス』と書き込んで花丸を付ける。
「となると、食材を置く台が必要になってきますね。設置場所は中央と壁際、どっちがいいだろうか……? それによって店内のレイアウトがかなり変わってくるなぁ……」
店の構想が僅かに見え始めてきたのか。無古都は己の世界に入り込み、ホワイトボードを睨みつけながらブツブツと呟き出す。
「店の半分側に偏らせるのもアリ……。壁際全てという手もある……。う~む、楽しくなってきましたね!」
一人で盛り上がっていく無古都に、全乗せスペシャルの案を無かった事までにされた花梨は、だんだんと無古都に興味が湧き始め、合間を縫って「すみません、無古都さん」と声をかけた。
「はい、なんでしょうか?」
「無古都さんって、前は何かお仕事でもしていたんですか?」
「え~っと、主に色々なアドバイザーをやってましたよ!」
「アドバイザーっ。すごいですねぇ。例えば、どんなアドバイザーを?」
「ありがとうございます! 投資や建築、健康食。他にも十個以上はやっていましたかね?」
指を折りつつ種類を口にしていく無古都に、花梨は目を丸くしていく。
「うわぁ~、すごいっ。健康食アドバイザーが店長って、すごく心強いや」
「経営は初めての試みですのでドキドキしてますが、必ずや繁盛させてみせますからね!」
己の士気を高めるように、無古都が渾身のガッツポーズを見せつけてきている中。座敷童子の纏がテクテクと歩いてきては、無古都にスケッチブックを差し出した。
「考えてみた、見て」
「本当ですか? どれどれ~」
その場にしゃがみ込んだ無古都が、纏からスケッチブックを受け取り、端っこに小さく描かれている絵を覗いてみる。
そこには丸い物体の上に、点々と黒い丸がいくつも乗っており、思わずスケッチブックを顔に寄せた無古都が、ジト目でいる纏に顔を移す。
「すみません、これはなんでしょうか?」
「小豆と温泉卵」
答えを聞き出してしまった無古都が、眉を軽くひそめ、スケッチブックに顔を戻す。
「小豆と温泉卵……。卵とじは作った事はありますが……、これは未知なる領域ですね。アイデアありがとうございます! 今度の打ち合わせで、実際に作って試食をしてみましょう!」
「やった」
試食まで約束してくれて嬉しくなったのか。纏は無表情を保ったままバンザイし、無古都からスケッチブックを受け取る。
その二人のやり取りに聞き耳を立てていた花梨が、「試食!」と食い気味に反応し、無古都に詰め寄っていく。
「無古都さん、試食はいつやるんですか? 明日ですか?」
「おっとぉ? オーナーさん、かなりの食いしん坊さんですね? え~と、食材とある程度の機材を用意しなければならないので、三日以上先になりますかね。明日は~、ほら、満月が出る日なので、とりあえずはやめておきましょう」
「あ、満月……」
満月という単語を耳にした途端。花梨の頭の中に、二度と思い出しくない忌々しい記憶が次々に蘇り、表情を一気に暗くして、頭をゆっくり下げていった。
しかし、隣で見ていたクロが心境を察したようで。落ちている花梨の肩に腕を回し、体をグイッと自分の方へ引き寄せていく。
「わっ!」
「安心しろ、花梨。明日は、私とぬらりひょん様が付きっきりでお前らを守ってやる。何も心配する必要はないさ。気楽にしてろ」
「……クロさん」
先の満月が出た日にて、唯一命乞い染みた本音を受け止めてくれて、母親にまでなってくれたクロの力強い言葉に、花梨は絶対の安心感を覚え、強張っていた表情を緩めていった。
「ありがとうございます、クロさんっ」
「一応、ワシも居るからな」
存在を忘れられないよう、ぬらりひょんが二人が聞こえる声で呟くと、クロと花梨は顔を見合わせ、苦笑いをする。
そして、無古都の提案で休憩を挟んだ後。再び全員で店に出すメニューを考えていき、打ち合わせは夕方頃まで続いていった。
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