あやかし温泉街、秋国

桜乱捕り

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62話-12、そこで途切れた日記

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 今日は改めて、秋国全体を見に回って来たよ! ついでに、お店の配置も再確認してきたのだ。

 秋国の入口であるひずみの前に立つと、真正面に大きな永秋えいしゅうが見える。そして、入口のすぐ横には『妖狐神社』があるんだ。
 だんだんと準備が整ってきたのか、色んな出店が揃いつつある。神社にちなんで破魔矢やおみくじ屋。甘酒とか御神酒おみきなどが飲めたりする出店など。
 それで、一つ面白い出店があるんだ。そのお店には、小さな葉っぱの髪飾りが売っているんだけども、この髪飾り、身に付けたら妖狐に変化へんげできるようになっているんだ。

 この髪飾りにはかえでさんの妖力が込められているらしく、やや値段が高い髪飾りは、身に付けると人間の姿になれるらしい。
 これ、地味にすごくない? 身に付けるだけで変化できるとか、いったいどんな妖力が込められているんだろう?

 次は、永秋が見える大通り。この大通りがメインストリートになるかな。温泉街ともあり、沢山の温泉施設があるよ。
 とりあえず、主要の建物から。妖狐神社から十分ほど歩けば、雹華ひょうかさんが営む『極寒甘味処ごっかんかんみどころ』が見えてくる。
 今はだいぶ落ち着いてきた事もあり、雪化粧村から来てくれた雪女さん達が、開店に向けて新たなメニューを考えているところかな。

 既に、二百種類を超えるメニューがあるけども、雹華さん達の向上心は留まる事を知らず、どんどん増えていっているよ。
 入口の前には、六つの白いテーブル席が追加された。お客さんがいっぱい来たら、もっと増える可能性があるかもね。

 お次は極寒甘味処のすぐ近くにある、首雷しゅらいさんが営む『着物レンタルろくろ』。極寒甘味処とは、ご近所さんである。
 着物は粗方作れたようで、これからは、体型が特殊な妖怪さんの着物を作り始めるとのこと。これがまた大変らしいんだよねぇ。
 壁みたいなぬりかべさん。体が常に濡れている濡れ女さん。手足がいっぱいある妖怪さんや、背中に翼が生えている妖怪さんなどなど。

 こっちの作業の方が途方にないらしく、しばらくは不眠不休で着物を作り続けるらしい。お疲れ様です、ろくろ首さん方と首雷さん……。
 次は温泉施設を二つほど挟み、軽食などが食べられるお店を過ぎていくと、定食屋に着く。まだ店員さんは募集中であり、決まるまでの間は、女天狗さんと妖狐さんが合同で営んでくれるんだ。
 そこから更に進んで永秋の近くまで来ると、右側に大急ぎで準備を進めている『一反木綿タクシー』がある。

 ぬらりひょんさんいわく、やっと移動手段の目途が立ったらしいので、温泉街のオープンまでには間に合わせるんだって。
 空を飛べる一反木綿さんに乗れるのかぁ、楽しみだなぁ。空から温泉街を見渡せるなんて、すごく贅沢だよね。

 そして、永秋の前まで来ると丁字路になっているんだけども、左側は主に『居酒屋浴び呑み』『焼き鳥屋八咫やた』があるのだ。
 その二つのお店も準備が整いつつあり、いつでも開店が出来るようになっている。後は、メニューの値段調整ぐらいかな?

 更に進むと、地平線の彼方まで続いているススキ畑があり、『木霊農園こだまのうえん』『牛鬼牧場うしおにぼくじょう』『魚市場難破船うおいちばなんぱせん』へと出る。
 木霊農園は、今や一面野菜畑になっていて、どこまでも気持ちのいい緑が広がっているんだ。この緑、全部野菜なんだよね。食べきれるんだろうか……?
 牛鬼牧場の動物さん達も、すっかりとこの牧場に慣れている様子だ。みんながみんな、とても平和に暮らしているよ。

 魚市場難破船も準備は整ったかな? 漁船が更に増えていて、建物内も整備されており、いつでも開店が可能だ。
 ただ、漁船が何隻かおしゃかになっていたんだよねぇ……。さては幽船寺ゆうせんじさん達、発作が抑えきれなかったな……?

 そして、永秋の右側には『薬屋つむじ風』『建物建築・修繕鬼ヶ島』があり、その奥には秋国山に続く赤くて大きな橋がある。
 カマイタチさん達、ちょくちょく帰ってきてはいるんだけども、まだまだ素材が足りないのか、よくお店を空けているんだ。

 だけども店内には塗り薬が入っている壺が、着々と増えていっているよ。今日立ち寄ってみたら、一キロ分貰っちゃったや。大事に使おっと。
 建物建築・修繕鬼ヶ島も、かなり準備が進んでいるよ。建物内には木材や瓦、各建物の扉や窓(主に、居酒屋浴び呑み用)などが置かれ始めている。
 木材の香りって、大好きなんだよねぇ~。癒されるというか、なんというか。思わず深呼吸をして、何度も木材の香りを堪能しちゃったや。

 で、秋国山に続く橋の下に釣り屋があるんだけども、この釣り屋、現在店員さんを募集中である。ここも今のところ、女天狗さんと妖狐さんが受け持ってくれる予定だ。

 秋国山のふもとまで行くと、左側が秋国山を登る為の穏やかな坂道。右側が深い竹林道へと続いている。
 この竹林道の途中に、占い屋と釜巳かまみさんの要望で、みんながお茶を楽しめる『茶道場』があるんだよね。釜巳さん主催で不定期で行われるので、必ず参加しなければなるまい。
 ちなみに、更に奥に進んで行くと妖狐神社に出るよ。ここから温泉街をグルリと一周できる形かな? これはぬえさんの案なんだけども、よく出来ているなぁ。

 秋国山の左側の坂道を行けば、釜巳さんが営むお店『ぶんぶん茶処』。山頂にも一軒お店があり、甘味を提供するお店にする予定だけども、また決定までには至っていない。
 それと秋国山の山頂に着けば、そこから温泉街を一望できるようになっている! ここの景気ね、本当に最高だよ!
 左側を見れば、温泉街が見え。正面を向けば、大きな永秋が見え。右側に目を移せば、紅葉とした彩り鮮やかな山々が延々と続いている。

 一日中居ても飽きないかもしれないなぁ。黄昏ながら見るみやびやかな風景。肌で感じる涼し気な秋の風。その風に乗って流れてくるモミジやイチョウの葉っぱ。
 空気も新鮮で美味しいし、癒されること間違いなしだよ! この風景を楽しみながら温かいおしることか食べたら、絶対に美味しいハズ!
 ちょっと、ぬらりひょんさんに相談してみようかな? 相談というよりも、一歩的なお願いになるかもだけど……。

 これで、おおまかな温泉街の全容が見れた。ここまで来るのに、三年ぐらい経ったかな。長かったような、短かったような。
 全ての始まりは、私の好奇心だった。街ぐるみのプロジェクトに応募して、お父さんと一緒になって温泉街の建築図面を描き。
 コスト・費用対効果という現実の壁に阻まれて挫折し。そして、妖怪さんの総大将であるぬらりひょんさんと出会った。

 ぬらりひょんさんは、私とお父さんの温泉街をすごく褒めてくれて、その温泉街を夢から形にしてくれた。
 その温泉街が今、私の目の前にある。仲間である妖怪さん達が、沢山いる。全員が全員とても優しくて、温かみがあって、笑顔が絶えない。
 私は、この温泉街と妖怪さん達が大好きだ。それはもう、一言では言い表せない程に。

 そういえばぬらりひょんさんが、明日重要な話があると、私とお父さんに言ってきていたなぁ。いったい、どんな話なんだろうか?














 とあるページを読み終えたぬらりひょんは、黙ったままキセルの煙をふかし、次のページを捲った。













 今日はぬらりひょんさんが、ものすごい話をしてきたんだ。

 それは永秋の支配人及び、女将についてである。このあやかし温泉街、秋国は、最初は主に妖怪さん達の客が訪れる予定になっている。
 それで、皆さんがお客さんの対応に慣れてきて、落ち着いてきた頃に、人間もこの温泉街に招き入れる予定なんだよね。
 だからもちろん、支配人はぬらりひょんさん。女将はクロさんがやる事になっていたんだ。だけどぬらりひょんさんは、あくまで『妖怪達』の対応だけだと言ってきた。

 で、『人間達』の対応をする為に、お父さんが支配人。私に女将をやってほしいと頼んできたんだ。
 その頼みを耳にした私とお父さんは、目をパチクリとさせて、言葉を失っちゃったよね。だってさ、支配人と女将だよ?
 心の片隅では、この温泉街で働きたいという気持ちは強く持っていたけど……。まさか、永秋の顔になれるとはまったく思ってなかったんだもん。

 もちろん私とお父さんは、声を揃えてすぐに「やります!」って叫んだよ! 断る理由なんて、どこにもなかったからね!
 しかも温泉街がオープンする前に、プレオープンをする事になっているんだけども、その間だけ、私とお父さんの貸切にしてくれる事を約束してくれたんだ!
 期間は一週間! それまで自由に温泉街を満喫できるんだ! その話を聞いた私とお父さんは、また泣いちゃったよね。ここに来てから、何回人前で泣いたんだろう。

 ああ、楽しみだなぁ。本当に楽しみだ! だから明日から、どこから回るかお父さんと予定を立てるんだ。
 花梨も楽しみにしてくれているかなぁ? 最近歩けるようになってきたから、更に可愛さが増しているんだよねぇ。
 花梨も大きくなったら、ここで働くのかな? 妖怪さん達ばかりの温泉街を見たら、いったいどんな反応をするんだろう。















 次のページを読み終えるも、ぬらりひょんとクロの表情は固く、二人はページの感想について一切述べず、口を噤んでいるばかり。
 日記の明るい雰囲気とは反して、支配人室内の空気はだんだんと重くなり、耳鳴りが鮮明に聞こえる程のうるさい静寂が、二人の身体にまとわりついていく。
 しかし、二人はその煩わしい静寂を破る事なく沈黙を貫き通し、ページの捲る音だけが支配人内に響き渡った。
















 温泉街プレオープン三日前。朝起きたら、テーブルの上に一枚の手紙が置いてあったんだ。誰からだろう? と思って見てみたら、なんと鵺さんからだった。

 内容はこうだ。



 よう二人共。夢の詰まった温泉街が無事に完成して、なによりだ。おめでとうさん。
 前に言った通り、私は客としてここに来たいから、とっとと去る事にするよ。
 でだ、お前ら二人の過去話を聞いてたら、面白い事を思いついたんだ。

 それで、新しい会社を設立しようと思ってね。なんでも取り扱い、なんでも出来るような会社をな。
 まあ、ロクでもない会社になって、すぐに倒産すると思うけどよ。
 あと、大食い対決だが……。負け続けちまったが、これから巻き返してやるからな?
 せいぜい覚悟しとけ。いつでも対決できるよう、腹をすかせておけよ?

 んじゃ、あばよ。 鵺



 ……鵺さんらしいっちゃ鵺さんらしいけど。別れの言葉ぐらいは、直に言いたかったなぁ。でも、文章を見るからに、またいつか会えるんだ。その日を気長に待とう。
 しかし、大食い対決よ。私とお父さんは、勝ちを譲る気は一切ない! 鵺さんといつでも対決できるよう、コンディションを整えておかねば!

 まあ、これは全て建前なんだけどもね。本音は、ずっと一緒に居たかったなぁ。せめて、満足いくまで話をしたかった……。
 それにしても、新しい会社かぁ。なんでも取り扱い、なんでも出来る会社とか書いてあるけど、興味しかない。
 鵺さんが温泉街に来たら、私とお父さんで質問攻めしてやろっと。そしてまた、大食い対決に勝ってやるのだ!














 静寂がより一層濃くなりゆく中。ぬらりひょんはキセルをふかすのも忘れ、ページを一つ飛ばして捲った。














 温泉街プレオープン前日! この日は朝から晩までずっと、永秋の宴会場で打ち上げをしていたよ!

 なんたって明日からついに、温泉街がオープンするんだもん! 今まで建築に携わってくれた妖怪さん達はもう、飲んで食べての大騒ぎさ!
 その光景はまるで、小さな百鬼夜行みたいだったけども、実際こうやって眺めていると、私達人間とそんなに大差がないように思えてくる。
 妖怪さん達と長く一緒にいたせいか、私の感覚がマヒしちゃっているように感じちゃうけど、本当にそう思えたんだ。

 でも、こんな光景も、もう少ししたら当たり前な光景になる。妖怪さんと人間が一緒に飲み食い出来る当たり前の日が、もう少しで実現するんだ。
 楽しみだなぁ。やっぱり最初は、みんな驚いたりするんだろうか? ……驚いちゃうか。なんたって普通の人間には、非現実的な光景だからね。
 ふっふっふっ。人間のリアクションを楽しみにしていよう。……この一文だけ見ると、なんか私が妖怪さんっぽいな。

 明日は、私とお父さんは客としてここの来る! だから一旦、家に帰る事にしたんだ。最初からここに居たら、初々しい気持ちがなくなっちゃうからね。
 それで帰り際に、クロさんと雹華ひょうかさんが一緒に作ったショートケーキを、一ホール貰ったんだ。
 そういえば、雹華さんが作った甘味を食べるのは、これが初めてになるなぁ。だけど、ずっと食べ続けていたから食べられるだろうか……?

 それにしても、家に帰るのは久々だなぁ。一年以上ぶりぐらいだろうか? 今は十一月になっているから、現世うつしよは冬になっているんだよね。
 こっちはずっと秋の季節のままだから、向こうに帰る度にビックリしちゃうんだよねぇ。四季の感覚をすっかりと忘れちゃってるや。
 さてと、そろそろ帰らねば。荷物は極力少ない方がいいから、大体はこっちに置いておこう。日記は見られないように、どっかに隠しておかないとね。

















 プレオープン前日の日記を読み終えると、ぬらりひょんは震えが止まらない手で、恐る恐る次のページを捲る。
 しかし次のページには何も書かれておらず、その次のページ。また次のページを捲ってみるも、何も書かれていない真っ白なページが続いているだけであった。
 そのまま最後のページまで来ると、ぬらりひょんの手に震えが増していき、奥歯を力の限りに噛み締める。

「やはり……、やはり次のページには何も、書かれていない、か……」

「……」

 黙っていたクロもある程度の予想はしていたのか、うつむかせている表情は歪んでおり、組んでいた手に力が入っているのか、爪が腕に食い込んでいる。
 ぬらりひょんも表情を悲痛に歪ませ、キセルを持っていた手を握り締め、書斎机に向かって振りかざそうとするも、その腕は力なく書斎机の上に落ちていく。

「こんなにも、この温泉街を楽しみにしてくれていたのに……。なんで、なんで死んでしまったんだお前さんらよ……!!」

「……」

「……無念だ。ああ、無念だ……。運命とはなんと、残酷なものなんだ……」

 当時の苦痛にまみれた記憶を掘り返され、後悔の念に駆られたぬらりひょんは、その後悔を大粒の涙に変え、点々と書斎机の上に落としていく。
 クロもぬらりひょんの涙に触発され、目頭を熱くさせるも、決して涙を流さまいと必死に堪える。冷静さを保とうとし、長い深呼吸を静かにすると、クロは言葉を慎重に選びつつ口を開いた。

「私達がもっと早く鷹瑛たかあき達の家に着くか、一緒に付いて行っていれば……。あいつらは助かっていたかもしれませんね……」

 クロの震えている言葉が耳に入ると、ぬらりひょんは袖で涙をぬぐい、日記を閉じて椅子にもたれ込んだ。

「……そうだな。結果論だが、運命を変えられていたかもしれん」

 落ち着きと取り戻してきたぬらりひょんは、紅葉もみじから貰ったキセルに詰めタバコ入れると、クロが話題をすり替えるように話を続ける。

「それで、その日記はどうするんですか?」

「無論、こやつらの家族である花梨に返す。……時が来たらな」

「その時っていうのは、いったいいつになったら来るんですかね?」

 呆れ返ったクロが、わざとらしく肩を竦《すく》めてため息をつくと、ぬらりひょんの全身が大きく波打ち、「ゔっ……!」と詰まった声を漏らす。

「そ、その内だ! もう少し待っとれ!」

「はいはい、期待しないで待ってますよ。それじゃあ、夕食の準備をしてきますね」

 いつものりんとした表情に戻っているクロが、雑に手を振りながら支配人室を後にすると、ぬらりひょんは扉に向かって「ったく……」とボヤきを飛ばし、腕を組んでからキセルの白い煙をふかす。
 そして、紅葉もみじの古ぼけた日記を手に取ると、寂しげな眼差し送り、書斎机の引き出しの中にしまい込んだ。
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