あやかし温泉街、秋国

桜乱捕り

文字の大きさ
上 下
176 / 379

60話-2、最愛なる者に贈る、真心を込めたプレゼント

しおりを挟む
「それでだゴーニャ、お前が欲しい物とはいったい何なんだ? それが売ってるであろう店に連れて行ってやるから、教えてくれ」

 クロの質問に対してゴーニャは、やや疑いを込めた眼差しをクロに向ける。

「……花梨に、絶対に言わない?」

「念を押してくるな、よっぽどの物か。大丈夫だ、安心しろ。絶対に言わないと約束する」

 その固い約束に胸を撫で下ろしたゴーニャは、疑いを無くした眼差しを前に戻す。

「わかったわっ。えとっ、私が買いたい物は、大好きな花梨へのプレゼントなの」

「ほう、花梨へのプレゼントか。……へっ? プレゼント?」

「うんっ。秋国って、たまに寒い日があるでしょ? なのに花梨は、寒い日でもずっとTシャツ一枚でいるの。見てると寒そうにしてる時があるから、上に羽織る温かい服と、新しいジーパンを買ってあげたいなって、思って」

「はあ~……。お前が買いたがってたのは、花梨へのプレゼントだったのか……」

 ゴーニャが隠していた全貌を知ったクロは、まったくの予想外であったせいか、そこから少しの間だけ言葉を失う。
 そして、先ほどのまといやゴーニャの反応を思い返すと、全てに合点がいき、心の中に後味の悪い罪悪感が芽生え始める。
 イタズラ心で演技をしていたとはいえ、二人にとって最悪な行動をしでかしたクロは、空いている手で後頭部を強く掻き、りんとしていた顔を歪めた。 

「だから纏はあんなに怒って、ゴーニャは泣くほど焦ってたワケか……。冗談とはいえ、悪い事をしちまったなあ」

「ほんとよ。さっきのクロっ、とてもイジワルだったわっ」

「すまん、やり過ぎた。反省してるよ。しかし、花梨に上着か……」

 プレゼントの内容を聞いたクロは、花梨の奴、動きづらくなるからっていう理由で、重ね着するのを断固として拒否するんだよなあ……。幼少の頃だろうが高校に上がろうが、真冬にならないと上着を着なかったっけ。と、祖父を演じていた時の記憶を思い出す。
 そのままゴーニャに横目をやると、私が指摘するのも野暮だろうし、ゴーニャが決めた事だ。最愛なる妹からのプレゼントだ、喜ばないワケがない。なら私は、助言をするだけにしよう。と思案し、口元を緩ませた。

「なら、なおさら私がお供について正解だったな。喜べゴーニャ、私は花梨の事ならなんでも知ってるぞ。身長や体の大きさ、もちろん足のサイズまでもな」

「ほんとっ? それなら心強いわっ!」

「ああ、任せておけ。それでだ、どんな上着にするか決めてるのか?」

 クロの更なる質問に、ゴーニャは人差し指を顎に置き、視線を天井に向けて考え込むと、「あっ!」と声を上げる。

「そうだ、帽子みたいなのが付いてる服! それにしようと思ってるの。それと、生地があまり厚くなくて動きやすそうなのがいいわっ」

「帽子? 帽子……。ああ、パーカーか。お前の要望通りなら、夏から秋にかけての服が良さそうだな」

「そうね、それがいいわっ!」

「よし、そうと決まればだ。夏物と秋物の服を取り扱ってる店に行くとしよう」

 明確な目的の店が決まると、二人は各フロアの店が記されている案内図を確認し、これから行く店の数を絞っていく。
 ザッと目を通すと、二十店舗以上も該当する店があり、全ての店には巡れないと早々に諦め、改めて話し合った結果。
 秋物のパーカーとジーパンが置いてある店一点に絞り、早足で目的の店に向かっていった。

 まばらに歩いている客を避けつつ、目的の店の前に着くと、開き切っていない自動ドアをすり抜け、新服の匂いが漂う店内へと入る。
 夜が更けてきているせいか、服の季節が今の季節に合っていないせいか。店内にはほとんど客がおらず、店員達が暇を持て余していた。

 そして、餌という名の客に飢えている店員達が、獲物であるクロとゴーニャの姿を目にするや否や。いやらしい笑顔を浮かべ、滑るように二人の元へ近づいていく。
 クロ達の目の前まで来た、あからさまな営業スマイルをしている店員が、手でゴマ擦りをしながら軽く会釈をすると、見下げているクロに顔を合わせた。

「いらっしゃいませぇ~! どのような服をお求めでしょうか~?」

「パーカーとジーパンだ。ゆっくり探したいから、置いてある場所だけ教えてくれないか?」

「……わ、分かりました。それではご案内致します」

 店員の目論見に一早く勘付いたクロは、共に行動させまいと威圧的で素っ気ない態度で指示を出し、萎縮した店員の後ろを着いていく。
 パーカーとジーパンが置いてある場所を全て行き、店員がクロに慌てて説明し終えると、そそくさと逃げるように離れていった。
 他の店員達も近づいて来ない事を確認すると、クロは鼻をフンッと鳴らし、温かな目をゴーニャに送る。

「さて、時間はまだたっぷりある。ゆっくり選んでけな。分からない事があったら、どんどん私に言ってくれ」

「ありがとっ! えと、早速なんだけど……。服ってサイズがあるのよね? 花梨は、どのサイズが合うのかしら?」

「Mサイズだと少し大きいから、Sサイズだな。ぶかぶかな服は嫌うんだよ、あいつ」

「そうなのね、わかったわっ!」

 サイズを教えてもらったゴーニャは、「Sサイズ、Sサイズ……」と忘れないように何度も復唱しつつ、花梨にプレゼントする為のパーカーを探し始める。
 最初は、ゴーニャの低い目線でも届く棚から網羅していき、見上げるほどに高い箇所にある棚は、クロが率先してゴーニャを抱っこし、じっくりと眺めていった。

 全体が灰色で、部屋着に最適な物。前がチャックで開けられるようになっており、動きやすそうな印象がある物。
 生地が厚く、内側がボア素材になっている温かそうな物。デニム素材で、見た目が固いながらも爽やかなイメージがある物。
 コートのように長く、突然の雨から守ってくれそうな物。帽子部分に動物の耳が付いており、ワンパクそうな雰囲気がある物など。 

 一通り眺め終わりそうになるも、花梨に合いそうなパーカーが見当たらず、諦めかけていたその瞬間。
 ゴーニャの落ち込んでいた目が、一つのパーカーに吸い込まれるようにピタリと止まる。

 秋の雰囲気にピッタリの、紅葉を思わせる鮮やかな赤いパーカーで、前は五つの黒いボタンで留められるようになっている。
 腰回りまで隠れる長さであるが、薄手の生地を使用しており、非常に動きやすそうな印象も受けた。
 腕周りには、腕章を彷彿とさせる白い生地がグルリと回っていて、それが紅葉の赤さを際立たせるアクセントになっている。

 一目でそのパーカーに目を奪われたゴーニャは、頭の中で花梨が着ている姿を想像してみると、これ以上に無いほど似合っており、興奮気味に赤いパーカーを指差した。

「クロっ、この赤いパーカーがいいっ!」

「おお、いいじゃないか。花梨にすごく似合いそうだ」

「でしょでしょっ! できれば三着か四着欲しいわっ」

「そうするか、一着だと何かと物足りないしな。Sサイズは……、あるな。値段はっと……、は、八千円だと? やたらと高いな。ゴーニャ、予算はどのくらいあるんだ?」

 想定外の値段に驚きが隠せないクロが、最悪自分も金を出そうと考えつつ問い掛けると、ゴーニャは「えと、三万円あるわっ」と答え、クロの表情に驚きが増していく。

「三万円も持ってるのか。花梨から貰ったのか?」

「ううん。ぬらりひょん様にお願いして、こっそりと焼き鳥屋八咫やたで働かせてもらったの。それで、一日働いた分の給料として貰ったお金よ」

「なにぃ!? 金まで自分で調達してたのか、こりゃ驚いた……。花梨の奴、全て知ったら嬉しくて泣いちまうだろうな」

「えっ? 花梨っ、泣いちゃうの……?」

 泣くという単語にゴーニャが過剰に反応すると、クロはニヤリと口角を上げ、誤解を招かない為に話を続ける。

「そうだゴーニャ。一つ花梨の秘密を教えてやろう」

「ひみつ?」

「ああ。だが、これから話す内容は花梨には内緒だぞ?」

「内緒……。うん、わかったわっ」

 ゴーニャがそう約束すると、クロは小さくうなずいた。

「実は花梨の奴、かなりの泣き虫でな。嬉しい出来事が立て続けに起こったり、感極まったりすると、すぐに姿を消すんだ。どうしてか分かるか?」

「う~ん……、わからないわっ。どうしてなの?」

 ゴーニャが質問を返すと、クロは目を瞑りつつ正面に顔を向ける。

「こっそりと影に隠れて泣いてるのさ。理由までは知らないが……、あいつ、人前で涙を見せるのが大嫌いみたいでな。姿を消しても、少ししたら明るい表情で戻ってくるんだが、目が真っ赤になってるから泣いてたのがバレッバレなんだよ」

「そうなのね。でも、何でそんな秘密を私に教えてくれたの?」

「私が『嬉しくて泣いちまうだろうな』って言ったら、お前が嫌そうな反応を示したからさ。花梨には悪いが、これで安心したろ?」

「うんっ。花梨って、嬉しくなると泣いちゃう時もあるのね。知らなかったわっ」

 誤解が解けた事を確認すると、クロは安心して笑みを浮かべる。しかし、ゴーニャの表情にはまだ幾分の曇りがあり、その表情を保ったまま赤いパーカーに顔をやった。
 しばらくの間、購入する事を決めたパーカーを、不安そうな眼差しで眺めていたゴーニャが、弱々しい声で喋り始める。

「ねえ、クロっ」

「んっ、どうした?」

「私がこのパーカーをプレゼントしたら、花梨は喜んでくれるかしら……?」

 素朴な疑問でもあり、ゴーニャにとって最大の不安要素である悩みに、クロは「たくっ」と呆れた声を漏らし、ゴーニャの頭の上に手をポスンと置いた。

「お前はもっと自分に自信を持て。一人で計画を立てて、汗水流して働いて金を調達し、花梨の事を想ってお前自らが決めた、真心のこもった最高のプレゼントなんだぞ? 胸を張れ、胸を」

「最高の、プレゼント……?」

「そうだ。あと、プレゼントには自分の想いがこもってるもんなんだ。その想いが大きければ大きいほど、プレゼントの価値は無限大に上がっていく。そしてこのパーカーにはな、ゴーニャ。お前の温かな想いが沢山詰まってるんだ。そんな嬉しいプレゼント、花梨は絶対喜ぶに決まってる。私が保証しよう」

「私の、想い……」

 クロの不安要素を根こそぎ飛ばしていくような喝に、ゴーニャは心の底から安心感を抱き、更に迷いのない自信をつけていく。
 曇っていた表情がだんだんと晴れていき、晴天を思わせる眩しい笑顔になったゴーニャが、更に明るい満面の笑みになる。

「ありがとクロっ! そう言われると、なんだか私も嬉しくなってくるわっ」

「お前が嬉しくなってどうするんだ。お前は、これから花梨を喜ばしてやるんだぞ? 嬉しくなる前に気合を入れてけ」

「わかったわっ! 絶対に花梨を喜ばしてやるんだから!」

「ああ、その意気だ。応援してるぞ、頑張れよ」

「うんっ!」

 クロの励ましで多大なる勇気を貰ったゴーニャは、真心がこもったパーカーを三着選ぶと、床に落ちないようにと、クロがパーカーを腕を置いた。
 その後に、余った金額の範囲内でジーパンを一着選ぶと、まとめてカウンターに持っていき、クロの提案でギフト梱包してもらい、店を後にする。
 花梨に悟られぬようクロが荷物を持ち、フードコートエリアに戻っていく中。足取りの軽いゴーニャが、嬉々と弾んでいる青い瞳をクロに向けた。

「クロっ、今日は本当にありがとっ!」

「礼には及ばんさ。あっ、そうだ。フードコートに戻ったら、まといにこっそりとお礼を言っておけよ」

「纏に?」

「ああ。ゴーニャの事を想って、ふざけてた私に向かってあんなに怒ってたんだ。人の事を想って怒るなんざ、そうそう出来る事じゃない。いい仲間を持ったな、その関係を大事にしてけよ」

「仲間……。うん、わかったわっ!」

 仲間という響きが嬉しかったのか、ゴーニャがふわっと微笑むと、クロも思わず微笑み返す。
 そして、閉店時間を迎えた店が多くなり、人がかなり少なくなってきた通路を歩いていき、何も知らない花梨の元へ戻っていった。
しおりを挟む
感想 10

あなたにおすすめの小説

生贄の花嫁~鬼の総領様と身代わり婚~

硝子町玻璃
キャラ文芸
旧題:化け猫姉妹の身代わり婚 多くの人々があやかしの血を引く現代。 猫又族の東條家の長女である霞は、妹の雅とともに平穏な日々を送っていた。 けれどある日、雅に縁談が舞い込む。 お相手は鬼族を統べる鬼灯家の次期当主である鬼灯蓮。 絶対的権力を持つ鬼灯家に逆らうことが出来ず、両親は了承。雅も縁談を受け入れることにしたが…… 「私が雅の代わりに鬼灯家に行く。私がお嫁に行くよ!」 妹を守るために自分が鬼灯家に嫁ぐと決心した霞。 しかしそんな彼女を待っていたのは、絶世の美青年だった。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

身体検査

RIKUTO
BL
次世代優生保護法。この世界の日本は、最適な遺伝子を残し、日本民族の優秀さを維持するとの目的で、 選ばれた青少年たちの体を徹底的に検査する。厳正な検査だというが、異常なほどに性器と排泄器の検査をするのである。それに選ばれたとある少年の全記録。

職場のパートのおばさん

Rollman
恋愛
職場のパートのおばさんと…

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

こども病院の日常

moa
キャラ文芸
ここの病院は、こども病院です。 18歳以下の子供が通う病院、 診療科はたくさんあります。 内科、外科、耳鼻科、歯科、皮膚科etc… ただただ医者目線で色々な病気を治療していくだけの小説です。 恋愛要素などは一切ありません。 密着病院24時!的な感じです。 人物像などは表記していない為、読者様のご想像にお任せします。 ※泣く表現、痛い表現など嫌いな方は読むのをお控えください。 歯科以外の医療知識はそこまで詳しくないのですみませんがご了承ください。

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

処理中です...