あやかし温泉街、秋国

桜乱捕り

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60話-1、その女天狗、敵か味方か

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 『カタキラ』で静かな宴を済ませた四人は、鮮烈な夕日色に染まる雲海の上を飛び、秋国へと続く駅がある街まで戻って来ていた。
 その頃にはなると、辺りはすっかりと闇夜に囲まれており、花梨とゴーニャは人間の姿へ戻る為に。
 クロは人間の姿になる為に、ショッピングモールの近くにある公園に降り立った。

 まだ闇夜に目が慣れていない中。花梨が体を思い切り伸ばしながら口を開く。

「う~んっ……! やっと着いた~。クロさん、元の姿に戻るにはどうすればいいんですか?」

「あっ、そう言えば聞いてなかったな……。兜巾ときんを外せば戻るんじゃないか?」

「えっ? ほ、本当に大丈夫なんでしょうね……?」

「だ、大丈夫、だろう……。たぶん」

 クロも一緒になって困惑し、頭に不安を過らせるような言い方をするも、誤魔化そうとして鼻で笑う。

「まあなんだ。もしそのまま天狗になっちまっても、私が責任を持って面倒を見てやるから気にするな」

「いや、私とゴーニャには由々しき事態になるんですが……」

「そんな言い方はないだろう? とりあえず取ってみろって」

「こ、怖いなぁ~……。仕方ない、取ってみるかぁ」

 元の姿に戻れる保証を得られぬまま、二人は周辺に人間が居ない事を入念に確認すると、頭にかぶっていた兜巾を外す。
 すると、今日一日背中にずっと生えていた漆黒の翼が、力を無くしたように先から消え失せていく。
 その間にも着ていた修験装束しゅげんしょうぞくが、一瞬で大量の黒い羽に変化したかと思うと、地面に向かって舞い落ちていき、中から元々着ていた私服が顔を出す。

 底知れぬ不安があったものの、無事に人間の姿に戻れると、花梨が「ふぅ~っ」と、安堵のこもった白い息を吐いた。

「よかった~、元に戻れたや。背中にずっと大きな翼があったせいか、心なしか背中が軽く感じ……、さむっ!?」

「か、花梨っ……。急にすごく寒くなってきたわっ……」

 花梨とゴーニャは人間の姿に戻り、天狗の姿をしていた時の余韻に浸ろうとするも、今まで微塵も感じていなかった凍てつく北風に煽られ、体を大きく身震いさせる。
 吐く息が白くなっている事に気がつくと、唇をガタガタと言わせていた花梨が、露出している肌を激しく摩り始めた。

「そ、そそそ、そうだった……。ここっ、こっちはいま冬なんだった。て、天狗の姿って、ささ寒さに強いんだなぁ……。くくく、クロさんは、大丈夫ですか?」

「ああ、人間の姿だと寒いな。とっととショッピングモールに行っちまおう」

「そ、そそうで……、えっ? ……クロさん? クロさん、ですよね?」

「そうだが、どうしたんだ急に? 鳩が豆鉄砲を食らったような顔をして」

 身震いが止まらないでいた花梨が、人間姿のクロを目にした途端。寒さを忘れるほどの衝撃が頭を襲う。

 現在のクロの格好は、ダメージ加工されたデニムショートパンツを履いていて、上は真っ赤な無地のTシャツを着ている。
 頭には兜巾の代わりに、深緑色の帽子をつばを後ろにしてかぶっており、口から紫色の風船ガムを膨らませていた。
 普段のクロの服装は、仕事時は鮮やかな青い着物。普段着は黄色い修験装束なのに対し、新たなクロの服装を目撃した花梨とゴーニャ、まといは驚愕して目を丸くさせた。

「なんだか今のクロさん、ストリート街が似合いそう」
「今のクロ、イタズラがすごく好きそう」
「釣り竿持ってほしい」

「おいお前ら、私をいったいなんだと思ってるんだ……? いいから早く行くぞ。寒くてかなわん」

 思わず白く染まった弱音を吐くも、ケロッとした表情でクロが催促すると、四人は早足でショッピングモールに向かっていく。
 明かりが一切無く、暗闇が支配している公園から出て、街頭が点々と明かりを灯している歩道に出る。

 やや明るい歩道を歩いている人は、モコモコのジャンパーや厚手のコートを着ているが、纏以外の三人は薄手の半袖のみなせいか、北風の寒さが余計に身に染みていった。
 そして、暖房が効いたショッピングモール内に慌てて駆け込むと、花梨が透明の息を何度も吐き出し、再び体をブルッと震わせる。
 
「すみませんクロさん。ちょっと、トイレに行ってきたいので、ゴーニャ達を頼みますね」

「ああ、分かった。ここで待ってるから、ゆっくり行ってこい」

 既に、ここに来た目的がすり替わっていたクロは、花梨の背中を見送るや否な。膨らませていた風船ガムをパチンと割り、足元にいるゴーニャに目を向ける。
 花梨の元から一時的に離れたゴーニャは、あからさまにソワソワとしており、店の奥をじっと見据えていた。
 目を離した途端に、パッと姿を消してしまいそうでいるゴーニャを見て、クロはりんとした顔を崩し、ニヤニヤとさせる。

「どうしたゴーニャ、そんなにソワソワして」

「あっ、いやっ! な、なんでも、ないわっ……」

 明らかにおかしい反応に、何か隠していると確信したクロは、詮索をする為に話を続ける。

「何か欲しい物でもあるんだろう? ここで食う前に、全員で一緒に見に行くか?」

「だ、ダメっ! そうしたら花梨にバレむごっ」

 焦っているゴーニャが、隠していた物を自ら暴露する前に、横にいた纏が、咄嗟とっさにゴーニャのよく滑る口を手で塞ぐ。
 が、時すでに遅しと言わんばかりに、ニタァッと悪どい笑みを浮かべたクロが、二人の前にしゃがみ込んだ。

「ほ~う? 花梨にバレたらまずい物を買おうとしてるのか~。悪い奴だなあ」

「あっ、あっ! く、クロっ! お願い、花梨には絶対に言わないで!」
「私からもお願い。花梨には内緒にしておいて」

 あたふたとしているゴーニャを庇う為に、纏も入り込んでくると、だんだんとこの状況が楽しくなってきたのか、クロの悪どい笑みが増していく。

「なんだあ? 纏もこの一件に絡んでるのか。さぁ~て、どうしようかねえ」

「クロ、今日一日お世話になったけど、これはまったくの別問題。花梨に言ったら本気で怒るよ、私」

 珍しく怒りをあらわにさせた纏が、説得をものともしないクロに向かい、肌を突き刺さんばかりの鋭い眼光で睨みつける。
 その纏の横で、気が動転してパニックを起こしているゴーニャが、クロに顔を思いっきり近づけた。

「クロっ! 本当にお願い! 花梨には絶対に言わな、むぎゅっ」

 思わず叫び上げたゴーニャが、目に涙を溜めながら懇願している最中。遮るようにクロがその小さな顔を、両手で軽く押し潰す。
 そして、静かに憤慨している纏に視線を移すと、悪どい笑みをりんとした表情に戻し、右目でウィンクを送った。

 そのウィンクで全てを察したのか、纏が呆気に取られた顔をし、安心してこうべを垂らすと、クロ以上に邪悪な笑みを浮かべた。

「すみませんクロさーん、お待たせしましたー!」

「ひゃ、ひゃりんっ!」

 数多の喧騒を押しのけて、一際大きな花梨の声が飛んでくると、顔がしわくちゃになっているゴーニャが、生きた心地のしない焦りを募らせ始める。
 お構いなしにクロが「おっ、来たなぁ~」と、ねっとりとした口調で言うと、ゴーニャの顔から手を離して立ち上がり、花梨の声がした方へ体を向けた。

「それじゃあクロさん、早速食べましょう!」

「すまん花梨。そうしたいのは山々なんだが、ちと大事な買い物を思い出してな。これから私はそっちに行くから、これで纏と先に適当な物を食っててくれ」

 そう説明をしたクロは、ポケットから緑色のがま口財布を取り出し、中から一万円札を取り出して花梨に手渡す。
 キョトンとしながらも、流れで一万円札を受け取ってしまった花梨が、クロに突き返しつつ微笑んだ。

「なら、私達も一緒にお共しますよ。だから、このお金は返します」

「いや、お前は慣れない空の長旅で疲れてるだろ? ゆっくり休んでろ。それと……」

 花梨が突き返してきた一万円札を、更に突き返したクロが、足元に立っている、今にも泣き出しそうなゴーニャの体を抱え上げる。
 突然の出来事に、ゴーニャが「わっ!?」と声を上げ、クロは口角を緩やかに上げてから花梨に目を戻した。

「その買い物には、ゴーニャの体の大きさが不可欠でな。こいつには悪いが、ちと借りてくぞ」

「ゴーニャを、ですか? はい、分かりました。ゴーニャ、クロさんに迷惑をかけちゃダメだよ?」

「はにゃっ!? えっ、えっ……? う、うんっ、わかった……、えっ?」

 抱えられたゴーニャは状況をまったく飲み込めず、酷く困惑して辺りをひっきりなしに見渡すも、クロは花梨達と別れ、ショッピングモールの奥に足を進める。
 密かに立てていた計画をバラされるのかと思い、爆発しそうなほど脈を打っていたゴーニャの心臓が、奥に進むにつれ、だんだんと落ち着きを取り戻していく。

 フードコートエリアから抜け出すと、未だに状況を把握していないゴーニャが、風船ガムを膨らませているクロに顔をやり、恐る恐る口を開いた。

「く、クロっ……? 私の体が必要って、いったい何を買うのかしら?」

「ん~? あれは嘘だ。花梨にバレたらまずい物を買いたいんだろう? お前一人だと心配だから、私がお供してやるよ」

「えっ……?」

 クロの放った言葉に、落ち着きを取り戻したゴーニャの心臓が、再びドクンと大きな脈を打つ。
 しかし買いたい物が買えると分かり、胸が弾もうとするも、多大なる申し訳なさが先行していまい、ポカンとさせていた口を慌てて動かす。

「そ、それは悪いわよ! クロはフードコートで食べたい物があるんでしょ?」

「食べ物は逃げやしないさ、いつでも食える。だが、お前が花梨と別行動をして、ここに来て買い物をする機会なんて滅多にないじゃないか。出来る事は出来るうちにやっておいた方がいい。そうだろ?」

「で、でもぉ……」

 説得になかなか応じず、納得していないゴーニャに、クロは空いている手をゴーニャの頭にポスンと置き、慣れない手つきで撫で始める。

「私がやりたいと思ってやった事なんだ。お前は何も気にする必要はない。なんなら花梨だけじゃなくて、私にももっと頼れ。私だって、お前の強い味方なんだからな」

「クロが、私の、味方……?」

「ああ、そうだ。だから、どんな些細なワガママや願いでも、どんどん私に言ってこい。全力で応えてやるよ」

「く、クロっ……。ありがとっ!!」

 無邪気に笑ったクロの優しい言葉に、ゴーニャの感じていた申し訳なさは完全に消し飛び、代わりに温かな気持ちで満たされていく。
 そして、結託した二人は更に奥へと進み、乱雑に歩いている人混みの中に消えていった。
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