あやかし温泉街、秋国

桜乱捕り

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55話-2、救いたい心と救われた心

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 延々と一人で涙を流し続けていた花梨は、誰にも慰められる事なく泣き止むと、自分の姿が映らない窓から目を逸らし、座席にちょこんと体育座りをした。
 耐え難い疎外感に襲われ、駅事務室に居るゴーニャと河童の流蔵りゅうぞうが恋しくなり、早く目的の駅まで着かないだろうかと思いを募らせつつ、冷たいため息を漏らす。

 そして、目的の駅まで残り六駅に差し掛かると、電車の扉が開くと同時にホームで待っていた大量の人間達が、押し寄せながら車両内に乗り込んできた。
 その雪崩のように迫ってくる人間達が目に入ると、逃げ場が無い花梨は慌ててジャンプし、天井へと逃げる。
 誰もいない天井に降り立ち、天と地が逆さまになった床を見上げると、少し前まで誰も居なかった車両内には、隙間が無いほどまでに埋め尽くされた人間達の頭部が目に入った。

「帰宅ラッシュかな……? 思わず天井に逃げちゃったけど、やっぱり私の姿が見えていないのか、誰も驚かないや……」

 僅かな期待を寄せていたものの、天井に立っている花梨には誰も顔を向けず、電車に揺られている頭部が右往左往している。
 再び強い疎外感に襲われた花梨は、妖怪のみが座れるであろう、孤独という名の特等席である天井に体育座りをした。

 誰も見向きすらしてくれない中。人間達から反応がないか、淡い期待を持ちながら手を振ってみたり、「お~い」と、不特定多数の人間に声を掛けてみるも、やはり反応はない。
 幾度となく試してみるも、湧いてくるのは虚しさと虚無感だけで、花梨は小さなため息をつき、顔を膝にうずめた。
 そのまま目を瞑ると、気持ちが暗い奈落の底へ落ちていく感覚におちいり、冷めた目頭がじんわりと熱くなっていった。

 呼吸をするのも億劫になってくると、私はここに居るのに、みんなと同じように生きているのに、誰も私の姿が見えないなんて……。こんなの、死んでるのとなんら変わりないじゃんか……。と、自暴自棄になっていく。
 更に、ゴーニャ、本当に辛い環境の中で生きてきたんだなぁ……。可哀想に……。と、ゴーニャの暗い過去を改めて思い返していると、熱を失っていた心の中に、新たな想いが芽生え始める。

「ゴーニャは私と出会ってから、幸せになれたのかなぁ……。私はちゃんと、ゴーニャを救う事ができたんだろうか……?」

 花梨はゴーニャと出会ってから、ほぼ毎日一緒に同じ時間を過ごし、苗字をあげて家族として迎え入れ、美味しい物を食べ、気持ちの良い風呂に浸かり、温かな布団で共に寝てきた。
 そんなごく普通の日常を味わい続けてきたが、それでゴーニャの心は満たされていったのかは聞いた事がなく、新たな想いが芽生えた花梨の心の中に、湧いてきてはいけない疑問も生まれ、膨らんでいく。 
 疑問が更に大きく膨らんでいくと、今自分が置かれている状況はどうでもよくなり、一つの疑問に頭が支配されていった。

「……さり気なく聞いてみようかなぁ。こんな酷い生活から、ゴーニャを救う事ができたのか確認してみたい。ゴーニャをもっと、幸せにしてあげたい。私に出来る事があれば、何でもしてあげたいなぁ」

 荒んだ心がだんだんと落ち着きを取り戻し、自己犠牲を何とも思わず新たなる決意を固めると、唐突にアナウンスが流れ出し、目的の駅が近い事を車両内に居る乗客達に知らせる。
 その近くで聞こえるアナウンスを耳にすると、花梨はすぐさま立ち上がり、開く方の扉に歩いていく。

 電車が駅のホームに到着し、扉が開いた瞬間。花梨は空いている地面に降り立ち、座敷童子の能力をフルに活用するように、柱と柱の間を飛び跳ねながら駅事務室に向かっていった。 
 狭い通路に入れば、壁や天井を全速力で走り抜け、広い構内に出れば、点々と設置されている時計やオブジェの上に着地しつつ進んでいく。

 そして目まぐるしく流れる景色の中に、人間の姿では見えない駅事務室の扉が目に飛び込むと、乱暴に扉を開けて駅事務室内に入り、そっと扉を閉めた。
 急に花梨が部屋の中に入ってきたせいか、驚いた流蔵りゅうぞうが「うおっ!? ビックリした!」と大きな声を上げると、その拍子で眠りに就いていたゴーニャが、ゆっくりと目を覚ます。

 目を丸くしている流蔵をよそに、息を荒げている花梨は「座敷童子さんおやすみなさい」と、唱えて元の人間の姿に戻ると、苦笑いしながら頬をポリポリと掻いた。

「す、すみません。驚かせちゃいまして……」

「ほんまやで、心臓が止まるかと思ったわ。……でもまあ、無事でなによりや」

「花梨っ、おかえりなさいっ!」

「ゴーニャ……! ただいまっ!!」

 帰りの車両内で、ずっと会いたがっていたゴーニャを目にすると、花梨は目に涙を浮かべながらゴーニャを強く抱きしめ、泣いているのがバレないよう静かに鼻をすすった。
 その勢いで、ゴーニャがかぶっていたつばが広い白い帽子が床に落ち、呆気に取られた流蔵が、帽子を拾って付着したホコリを手で払う。
 花梨に強く抱きしめられたゴーニャは、隙間を縫うように頭を左右に揺らしつつ上がっていき、「ぷはっ」と声を漏らして顔を覗かせる。

「花梨っ、急にどうしたの? ビックリしちゃったわっ」

「ごめん……。もう少しだけ、こうさせて……」

 花梨の震えた返答に様子がおかしいと察するも、抱きしめられて嬉しくなったのか、ゴーニャは無邪気に微笑んだ。

「花梨がそう言うなら、ずっとギュッてしてていいわよ」

「……ありがとう」

 ゴーニャと再会できたせいか、花梨の涙腺は限界まで緩んでしまい、しばらくの間は顔を上げる事ができず、結局、十分ほどゴーニャの肩を涙で濡らして続けていた。




 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――





 ようやく落ち着いて涙が収まった花梨は、ゴーニャを太ももの上に座らせて優しく抱きしめつつ、本来の仕事である駅事務室の見張りを再開した。
 夜が深くなってきたせいか、朝の時に比べると入ってくる人間に化けた妖怪の数は少なく、特にやる事が無いまま時間だけが過ぎていく。

 駅事務室内に静寂だけが佇んでいる中。花梨に抱きしめられていたゴーニャは、体がポカポカして眠くなってきたのか、小さな口を開けてあくびをする。
 心地よい眠気に身を委ね、首をカクンとさせているゴーニャを目にした花梨は、クスッとほくそ笑んでからゴーニャの頭をそっと撫でた。

「ゴーニャってば、あんなに寝てたのにまた眠くなってきちゃったの?」

「う~ん……」

「本当によく寝てるよね。なんでそんなにすぐ眠くなっちゃうの?」

 ゴーニャは寝ぼけ眼を擦り、再び大きなあくびをしてから話を続ける。

「えっと、花梨のそばにいると安心するし、とってもいい匂いがしてくるから、すぐに眠くなってきちゃうの」

「えっ? 私の体からそんな匂いが……? ははっ、そっか。私の傍にいると安心するんだね」

「うんっ!」

 花梨の顔を見上げつつ、ゴーニャが無垢な笑顔でそう答えると、花梨は心の底から嬉しくなり、ふわっと微笑み返す。
 そのまま花梨は、今ならさり気なく、あの事を聞けるかもしれないなぁ……。と、タイミングを見計らい、重い口を開いた。

「あのさ、ゴーニャ。……一つ、聞いてもいいかな?」

「ふにゃ……。なにかしら?」

 神妙な面立ちでいる花梨は、電車内で決めた例の質問を投げかけようとするも、躊躇ためらってしまったのか口を閉ざしてしまい、少しの間だけ黙り込む。
 ゴーニャが不思議に思って首をかしげると、花梨の中で決心がついたのか、一度深呼吸してからゴーニャに弱々しい眼差しを向けた。

「……ゴーニャは今、幸せ?」

「私が、幸せ?」

「そう。ちょっと気になった、だけなんだけどもね」

「幸せ……。うんっ! 大好きな花梨と一緒にいるから、とっても幸せよ!」

 ゴーニャが即答してきた言葉が、凍てついた不安に駆られている花梨の心を強く打ち、火が付いたように熱く火照らせていった。
 体の中に熱い何かが込み上げてくると、今日だけで何度も泣いてしまった花梨の目に、再び大量の涙が滲んでいく。

「ほ、本当? ……本当に?」

「うんっ! 私には、これ以上の幸せなんてないわっ。今こうやって花梨にギュッてされてるだけで、ものすごく幸せだもんっ」

「……そっか、そっか! 私と一緒にいるだけでゴーニャは幸せなんだっ! そっか、嬉しいなぁ! ……よかった。本当に、よかった……」

「花梨っ?」

 知らず知らずの内にゴーニャを幸せにしていた事が分かると、花梨は感極まって涙が堪え切れなくなり、顔を咄嗟とっさにゴーニャの帽子に深くうずめる。
 そして、帰りに受けたトラウマに近いショックは全て、熱い涙と共に流れ去っていき、ゴーニャに救われた花梨の心が温かく弾んでいった。
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