あやかし温泉街、秋国

桜乱捕り

文字の大きさ
上 下
161 / 379

54話-1、駅事務室の見張り番

しおりを挟む
 夜が眠りに就き、眩しい朝焼けが温泉街を照らし始めた、朝六時半頃。

 今日は休日である花梨を起こしに、部屋に訪れていた女天狗のクロは、軽い罪悪感に囚われつつ、幸せそうな表情で寝ている花梨の寝顔を覗いていた。

「うぇっへへへへ……。この大きなゴマ饅頭、逃げ足が速いなぁ……」

「饅頭を追いかけてる夢を見てるのか……。食い物の夢しか見ないのか、こいつは? さてと、今日は休日だしそっと起こし―――」

「捕まえたぁ~……」

 せめてもの情けと思い、過激な起こし方はせず、優しく起こそうとした瞬間。寝ている花梨に顔をガッチリと両手で掴まれる。

「いただきまぁ~す……」

「……花梨? 花梨!? お、おい、やめろっ! 離せ! はな……、なんだこいつ!? 力がめちゃくちゃつよっ……!?」

 顔を掴まれたクロは、必死になり花梨の手を剥がそうとするも、食場の馬鹿力が発動している花梨の力は凄まじく、今のクロの力では、どう足掻いても引き剥がす事ができなかった。
 そのまま、大口を開けている花梨の顔が徐々に迫り、捕食されるという焦りを感じたクロが、目覚ましよりもけたたましい叫び声を上げる。

「花梨起きろ! かりーーんっ!! 私だ! ゴマ饅頭じゃなくて、お前の世話役を任されているクロだ!!」

「えへへっ、活きがいいゴマ饅頭だなぁ~。饅頭の踊り食いなんて初めてだぁ……」

「グッ……! このっ、ゴマ饅頭じゃないって言ってんだろうがぁ!」

 会話が一切成立しない寝言のせいと、追い詰められて怒りを覚えたクロは、一度頭を引いて勢いをつけ、花梨のひたいに向かい、体重の乗った重い頭突きを繰り出す。
 ズゴッと鈍い音を立たせると、花梨は「ぎにゃっ!」と悲痛な声を上げ、後頭部を思いっきり枕に叩きつけた。

 その衝撃でベッド全体に大きな波が立ち、一緒に寝ていたゴーニャと座敷童子のまといの体が、ふわっと宙に浮く。
 未だに寝ている二人がベッドに落ちると、クロの頭突きでゴマ饅頭に逃げられ、ワケの分からぬまま目を覚ました花梨が、全身を痙攣させながら口を開いた。

「く、クロ……、さん。今日の、起こし方は……、また一段と、はげ、しい……」

「いったたた……。誰のせいだと思ってんだ、アホンダラ」

「よ、よく分からない、ですけど……。す、すみま、せん、でした……」

 クロの強烈な一撃により、完全に眠気が吹き飛んだ花梨は、赤く腫れた額を摩りながら起き上がり、涙が滲んでいる瞳をクロに向ける。

「イテテテ……。休日に起こされたって事は、お仕事が入ったんですかね?」

「ああ、そうだ。すまんが、これを着てから支配人室に行ってくれ」

 罪悪感がすっかり薄れ、曖昧な返事をしたクロが、壁に掛けていた一着の服を手に取り、あくびをついている花梨に差し出した。
 寝ぼけ眼を擦りつつ服を受け取り、その場で広げてみると、サラリーマンが着ているような印象を受ける、深い紺色のスーツのようだった。
 しかし、スーツには似合わないワッペンが胸部分に付いており、帽子も一緒に渡された事から、花梨はとある予想をしながら口を開く。

「これは……、駅員の制服、ですか?」

「そうだ。駅事務室の見張り番をする予定だった酒天しゅてんが、急な予定が入って行けなくなっちまってな。他に手が空いてる奴がいないから、代理としてお前に行ってもらう事になったんだ」

「はえ~、私がですか。分かりました!」

「休日に何度もすまんな。急な事だったから、朝飯は私の私物とフルーツで勘弁してくれ」

 大雑把に説明を終えたクロが、額を摩りつつ部屋を後にすると、痛がっている後ろ姿を見送った花梨が二人を起こし、ベッドから抜け出す。
 花梨は制服を汚さない為にパジャマ姿で歯を磨き、夢現ゆめうつつから抜け出せていないゴーニャと纏は、私服に着替えてから歯を磨く。

 そして、歯を磨き終えてテーブルに目をやると、そこにはクロの私物だと思われるコーンフレーク。大皿に注がれている真っ白な牛乳。
 更に別の皿には、輪切りにされたバナナやキウイ。一口大にカットされたリンゴやメロンなど、様々なフルーツが盛られていた。

「おお、コーンフレークだ。クロさん、色んな物を持っているんだなぁ。いただきまーす!」

「いただきますっ!」
「いただきます」

 早めの朝食の号令を唱えると、花梨は早速コーンフレークの封を開け、牛乳がたっぷり注がれている皿に、山ができるほど大量に入れた。
 その花梨を眺めていた二人も、真似をして初めて見るコーンフレークを、牛乳が注がれている皿の中に入れていく。

 準備が整うと、スプーンを手に取った花梨は、まだ牛乳と馴染んでいないコーンフレークをすくい、口の中へと入れる。
 固いコーンフレークを噛み砕いていくと、独特の甘さが口の中に広がり、牛乳の濃厚な甘さと混ざり合っていく。
 細かく噛み砕いて飲み込んだ後に、コーンフレークの甘さが移った牛乳を少しだけ飲み、ふわっとほくそ笑んだ。

「う~ん。このコーンフレークでしか味わえない、なんとも言えない甘さよ。んまいっ」

「花梨っ。この小さくて固いのが牛乳を吸っちゃって、ふにゃふにゃになっちゃったわっ」

「これはコーンフレークって言うんだ。柔らかくなっても美味しいよ~。あっ、フルーツを入れると更に美味しくなるよ」

「そうなの? それじゃあ早速っ」

 いい事を教えてもらったゴーニャは、別皿に盛られている各フルーツを、牛乳が飛び散らないようそっと移し、コーンフレークとバナナを一緒に口の中へ運んだ。

「ふあっ。バナナと牛乳って、とっても合うのね! おいひい~っ」
「キウイも甘くなってる」

 横で聞いていた纏も、こっそりと真似をして口に入れており、ほがらかな表情を浮かべつつ、コーンフレークとフルーツを食べ進めていった。
 そして、三人同時にいつもと雰囲気が異なる朝食を完食し、皿を水で洗い流した後。花梨は駅員の制服に着替え始める。

 薄いTシャツを着てから、その上にパリッとしているシャツに腕を通し、下から順番にボタンをしていく。
 丁寧にアイロンが掛けられている紺色のズボンを履き、黒色のベルトをしっかりと締める。次に、赤いネクタイを綺麗に締め、最後に紺色で厚手の制服を身に纏った。
 オレンジ色の長髪を、慣れた手つきでポニーテールにわき、金色の翼が刺繍されている帽子を深くかぶると、右手で敬礼しながら笑みを浮かべる。

「花梨っ、すごくカッコイイっ!」
「似合ってる」

「ふふっ、ありがとう二人共。駅員の制服を着るなんて、何年ぶりだろう?」

 気分が高まってきた花梨は、制服にシワが無いか念入りにチェックをすると、身支度を整えて部屋を後にする。
 そのまま三人で支配人室に向かい、三回ノックしてから中に入ると、ぬらりひょんよりも先に、花梨と同じ制服を着た男性らしき人物が目に映り込んだ。
 その男性は書斎机に寄りかかっており、花梨の制服姿を目にするや否や。眠たそうでいる瞼を軽く見開いた。

「なんや、酒天の代理はお前さんやったんか」

「あれっ? その声は、流蔵りゅうぞうさん?」

「せやせや、よう分かったな。今日一日よろしく頼むで」

 若干の面影を残しつつ人間の姿に化けている流蔵が、今日一日お供になる相手が分かると、眠たげな表情をニッと緩ませる。
 普段は全身が緑色で、重厚感のある甲羅を背負っている河童の姿なのに対し、今はどこからどう見ても人間の姿をしており、その新鮮味溢れる姿に花梨は、多少の違和感を覚えた。
 
 書斎机の椅子に座り、会話を静かに聞いていたぬらりひょんが、キセルの煙をふかしてから鼻で笑う。

「そういう事だ花梨よ。毎度休日にすまんが、よろしく頼むぞ」

「お疲れ様です、ぬらりひょん様。それは全然大丈夫ですが、私は何をすればいいんですかね?」

 今日の仕事内容をまったく把握していない花梨が、首をかしげながら質問をすると、書斎机に寄りかかっていた流蔵が、扉に向かって歩み出す。

「それは、向こうに行ってる途中にワシが説明するわ。時間も押しとるし、はよ行くで」

「えっ? あっ、はい! それじゃあぬらりひょん様、行ってきます!」

「うむ、色々と急かしてすまんな。気をつけて行って来いよ」

 説明をされないまま花梨達は支配人室を後にし、目的地である駅事務室を目指す為に、静寂が佇んでいる永秋えいしゅうを出て、地下鉄のホームへと向かっていった。
しおりを挟む
感想 10

あなたにおすすめの小説

生贄の花嫁~鬼の総領様と身代わり婚~

硝子町玻璃
キャラ文芸
旧題:化け猫姉妹の身代わり婚 多くの人々があやかしの血を引く現代。 猫又族の東條家の長女である霞は、妹の雅とともに平穏な日々を送っていた。 けれどある日、雅に縁談が舞い込む。 お相手は鬼族を統べる鬼灯家の次期当主である鬼灯蓮。 絶対的権力を持つ鬼灯家に逆らうことが出来ず、両親は了承。雅も縁談を受け入れることにしたが…… 「私が雅の代わりに鬼灯家に行く。私がお嫁に行くよ!」 妹を守るために自分が鬼灯家に嫁ぐと決心した霞。 しかしそんな彼女を待っていたのは、絶世の美青年だった。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

身体検査

RIKUTO
BL
次世代優生保護法。この世界の日本は、最適な遺伝子を残し、日本民族の優秀さを維持するとの目的で、 選ばれた青少年たちの体を徹底的に検査する。厳正な検査だというが、異常なほどに性器と排泄器の検査をするのである。それに選ばれたとある少年の全記録。

百合系サキュバス達に一目惚れされた

釧路太郎
キャラ文芸
名門零楼館高校はもともと女子高であったのだが、様々な要因で共学になって数年が経つ。 文武両道を掲げる零楼館高校はスポーツ分野だけではなく進学実績も全国レベルで見ても上位に食い込んでいるのであった。 そんな零楼館高校の歴史において今まで誰一人として選ばれたことのない“特別指名推薦”に選ばれたのが工藤珠希なのである。 工藤珠希は身長こそ平均を超えていたが、運動や学力はいたって平均クラスであり性格の良さはあるものの特筆すべき才能も無いように見られていた。 むしろ、彼女の幼馴染である工藤太郎は様々な部活の助っ人として活躍し、中学生でありながら様々な競技のプロ団体からスカウトが来るほどであった。更に、学力面においても優秀であり国内のみならず海外への進学も不可能ではないと言われるほどであった。 “特別指名推薦”の話が学校に来た時は誰もが相手を間違えているのではないかと疑ったほどであったが、零楼館高校関係者は工藤珠希で間違いないという。 工藤珠希と工藤太郎は血縁関係はなく、複雑な家庭環境であった工藤太郎が幼いころに両親を亡くしたこともあって彼は工藤家の養子として迎えられていた。 兄妹同然に育った二人ではあったが、お互いが相手の事を守ろうとする良き関係であり、恋人ではないがそれ以上に信頼しあっている。二人の関係性は苗字が同じという事もあって夫婦と揶揄されることも多々あったのだ。 工藤太郎は県外にあるスポーツ名門校からの推薦も来ていてほぼ内定していたのだが、工藤珠希が零楼館高校に入学することを決めたことを受けて彼も零楼館高校を受験することとなった。 スポーツ分野でも名をはせている零楼館高校に工藤太郎が入学すること自体は何の違和感もないのだが、本来入学する予定であった高校関係者は落胆の声をあげていたのだ。だが、彼の出自も相まって彼の意志を否定する者は誰もいなかったのである。 二人が入学する零楼館高校には外に出ていない秘密があるのだ。 零楼館高校に通う生徒のみならず、教員職員運営者の多くがサキュバスでありそのサキュバスも一般的に知られているサキュバスと違い女性を対象とした変異種なのである。 かつては“秘密の花園”と呼ばれた零楼館女子高等学校もそういった意味を持っていたのだった。 ちなみに、工藤珠希は工藤太郎の事を好きなのだが、それは誰にも言えない秘密なのである。 この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルアッププラス」「ノベルバ」「ノベルピア」にも掲載しております。

職場のパートのおばさん

Rollman
恋愛
職場のパートのおばさんと…

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

こども病院の日常

moa
キャラ文芸
ここの病院は、こども病院です。 18歳以下の子供が通う病院、 診療科はたくさんあります。 内科、外科、耳鼻科、歯科、皮膚科etc… ただただ医者目線で色々な病気を治療していくだけの小説です。 恋愛要素などは一切ありません。 密着病院24時!的な感じです。 人物像などは表記していない為、読者様のご想像にお任せします。 ※泣く表現、痛い表現など嫌いな方は読むのをお控えください。 歯科以外の医療知識はそこまで詳しくないのですみませんがご了承ください。

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

処理中です...