あやかし温泉街、秋国

桜乱捕り

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44話-2、妖怪と疑われたおじいちゃん

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「頼む、見てくれよ……!」

「おじいちゃんっ、何をしてるの?」

 焦りを募らせているぬらりひょんが、追い詰められたような険しい表情をしつつ、携帯電話で誰かにメールを送信し終えた直後。
 不意にゴーニャに問いかけられ、度肝を抜かれたのか、体全体がビクッと波を打つ。そのまま携帯電話を袖にしまい込むと、気が気でない目をゴーニャに向けた。

「なな、なっ……、なんでもないぞ! き、気にするでない! ……ん、ゴーニャよ。左頬に米粒が付いとるぞ」

 話を逸らす為に、付いていない米粒を取る仕草をし、自分のトレイに乗せたフリをすると、キョトンとしていたゴーニャが「ありがとっ、おじいちゃんっ」とニコッと笑い、残っているお子様ランチを食べ進めた。
 ぬらりひょんも、焦りで味が分からなくなったそばの汁を飲み終えると、すっかりと冷めたポテトフライに手を伸ばす。
 油を吸い切っていてふにゃふにゃになっているも、味がほとんど分からなかったお陰か、お構い無しにどんどん口に放り込んでいく。

 横目で花梨の動向を確認すると、既に長蛇の列の真ん中付近まで進んでおり、底無しの不安を覚え始め、さて、次はどうやって時間稼ぎをするか……。と、思案していると、袖の中に入れた携帯電話が音を出さずに震え出した。
 その振動に気がつくと、ゴーニャに背中を向けながら携帯電話を取り出し、わらにもすがる思いで内容を確認してみると、何かから解放されたような安堵のため息をつく。

 そして、席にもたれ込みつつ携帯電話を袖にしまい込み、先ほど花梨から返してもらったキセルを取り出す。

 今の内に吸おうと思い、詰めタバコをギッチリ入れるも、火をつける前にキセルをじっと睨みつけ、鼻から息を漏らし、キセルを袖にしまい込む。
 口が寂しいのか、油で湿ったポテトフライを唇に挟み、上下左右に動かして暇を潰していると、『ブリザードマジック』で適当な物を購入してきた花梨が、微笑みながらテーブルまで戻ってきた。 

「おじいちゃん、お待たせしました!」

「おお、すまんな」

 ぬらりひょん以外の分も一緒に購入してきたようで、黒蜜がたっぷり乗ったあんみつをぬらりひょんに。バニラ、ストロベリー、チョコの三色アイスをゴーニャに手渡す。
 そのまま花梨は、生地がはち切れんばかりにフルーツが詰め込まれた、ほんのりと湯気が昇っているチョコレートソースが掛かっているクレープを持ちながら、自分の席へ座った。

 手に持っているクレープを改めて眺め、ヨダレを垂らしつつ目を輝かせた花梨が大口を開き、パンパンに膨らんだクレープを一気に頬張る。

「んん~っ! キンキンに冷えたフルーツと、熱いチョコレートソースのハーモニよ! んまいっ!」

「ふむ。適度に甘い黒蜜が、渋いお茶と合いそうだ。そうだ花梨よ、ゆきが営んでいる店はどうだった?」

 とろけた表情をしている花梨が、口の周りに付着したチョコレートソースをペロッと舐め取り、手に付いているクリームを口に入れた後、ぬらりひょんに目を向ける。

「私よりも背が低くて、わらで作られた三角帽子をかぶった子供みたいな店員さんが、いっぱい居ましたね。田舎混じりの喋り方で、とってもキュートでした」

「そうか。雪ん子は言わば雪の精、雪女の子供みたいなもんだ」

「へぇ~。じゃあ大人になったら雪女さんになるんですか?」

 粘度が高い黒蜜で、濃い琥珀色に輝いている白玉を口に入れたぬらりひょんが、小さくうなずく。

「そうだ。ちなみにだが、このショッピングモールの八分の一の店は、妖怪達が営んでおるぞ」

「そうなんですか!? いったいどんな店を……?」

「そうだな。寝具類なら『布団かぶせ』や『枕返し』。食器類は『付喪神つくもがみ』一同。乗り物類なら『輪入道』。ああ、野菜、肉、魚ならうちの『木霊農園こだまのうえん』『牛鬼牧場うしおにぼくじょう』『魚市場難破船うおいちばなんぱせん』から獲れた物を少しずつ置いてあるぞ」

 クレープの生地からはみ出し、零れ落ちそうになっているクリームを、急いで口に入れた花梨が「へえ~」と相槌を打つ。

「すごいなぁ~。私の勝手な想像なんですが、妖怪さんが作った物って、なんだかものすごく長持ちしそうなイメージがあります」

「一つ一つ丁寧に作られておるし、あながち間違いではないな。大体が昔ながらの風情に溢れ、心安らぐ和風の見た目をしておる。ワシも愛用しておるぞ」

「そうなんですね。いつも使っているキセルも、このショッピングモールで買ったんですか?」

「いや、これはとある奴ら・・から貰ったキセルだ。気にするでない」

「ふ~ん、ちょっと気になるなぁ……」

 ぬらりひょんの素っ気ない返答に、やや疑問が残った花梨は、クレープを完食してから湿ったタオルで手を拭いた後。テーブルの上に置いていた自分の携帯電話を手に取った。

「さてと、おじいちゃんに電話しよっと」

 その弾んだ言葉に、あんみつを食べていたぬらりひょんの手が一瞬止まるも、今度は花梨を止めること無く落ち着いた様子で、再びあんみつを黙々と食べ始める。
 花梨の耳を通し、携帯電話のコール音が鳴り響く中。アイスを食べているゴーニャを横目で眺め、ほくそ笑んでいると、鳴っていたコール音が途中で途切れた。

「もしもし?」

 携帯電話から聞こえてきたのは、どこか威厳があるも無愛想で、懐かしさが込み上げてくる声であり、久々にその声を聞いた花梨の心が、ふわっと踊る。

「もしもしおじいちゃん? 花梨だよっ、久しぶり~!」

「おお、花梨か。本当に久々だな、元気でやってたか?」

「うん! 元気モリモリだよ~。おじいちゃんも元気そうでよかったや。いま、何してるの?」

「いまか? えっと……、縁側で饅頭を食ってるぞ」

 キセルを吸う方か、間食が好きなおじいちゃんの方かを確認した花梨は、饅頭を食べているなら、間食が好きな方のおじいちゃんだな。と予想し、話を続ける。

「饅頭かぁ、美味しそうだなぁ~。そうだ、おじいちゃんに一つだけ質問があるんだけどさ、いいかな?」

「ん、なんだ?」

「うちの家から離れた場所に、大型のスーパーがあるんじゃんか。おじいちゃんってば、すごい速さで行って帰ってきてたけど……、いったいどうやって行ってたの?」

「大型スーパー、か。……は、走って、だが?」

 自信が無く少々震えた声の返答に、信用できなかった花梨が更に問い詰める。

「嘘だ~。走っても片道四十分以上は掛かるんだよ? それを買い物を含めて往復で二十分とか、車を使っても絶対に無理があるよ」

「うっ……。わ、ワシは……、ものすごく、足が速いんだ」

「本当に~? 本当だったらオリンピックで余裕で優勝できるよ~?」

「そ、そうだな。なら、出場するか検討しておこう……」

 何かと腑に落ちないでいる花梨が、拙い悪巧みを思いついたのか、悪人面をしながらニタリと笑みを浮かべ、口元を手で覆い隠した。

「おじいちゃん、実は妖怪か何かなんじゃないの? 空を速く飛べる天狗だったりしてぇ~」

「ぶっ!!」
「ぶふっ!?」

 花梨のふざけた発言に対し、ぬらりひょんと携帯電話の向こう側にいるおじいちゃんが、同時に口を含んでいた物を豪快に噴き出した。
 一つに重なる二つの苦しそうな咳き込みに、花梨は困惑して、ぬらりひょんと携帯電話を交互に見返し、慌てて携帯電話を耳に当てる。

「だ、大丈夫おじいちゃん!?」

「ま、饅頭が器官に入った……、ゴホッゴホッ!!」

「ご、ごめんっ! そんなに驚くとは思わなかったんだ……」

 咳き込んでいたおじいちゃんが、飲み物を飲んで落ち着きを取り戻したのか、携帯電話から大きなため息が聞こえてきた。

「死ぬかと思った……。たくっ、相変わらずふざけた事を言いおって。そんな事を言ったら、お前も天狗とやらになるんだぞ? それでもいいのか?」

「あ~、そっか。でも、空を飛べるのって楽しそうだし……。私は別にそれでも、いいかな?」

「本当かっ?」

 予想外の返答だったのか、おじいちゃんが弾んだ声で反応するも、それを誤魔化すように耳をつんざく咳払いをし、話を続ける。

「くだらん。家を出てからも全然変わってないなお前は、ある意味安心したよ」

「えへへっ、おじいちゃんも全然変わってなくて安心したや」

「うるさい、用はそれだけか?」

「うん、これだけ。ありがとうおじいちゃん、また何かあったら電話するね!」

「うむ、じゃあな」

「じゃあね~! バイバ~イ」

 最後は適当にはぐらかされた感じが残るものの、これ以上話題が無かった花梨は、素直に電話を切ってポケットにしまい込んだ。
 そして、未だに口を抑えつけ、激しく咳き込んでいるぬらりひょんに目を向けると、傍に置いてあった飲み物を慌てて差し出した。

「ぬ、ぬらりひょん様も大丈夫ですか? これを飲んでください」

「す、すまん……」

 差し出された飲み物を一気飲みすると、「ぷはあ~っ」と生き返ったような声を漏らし、息を大きく吸い込み、肺の空気を全て吐き出すように疲労のこもったため息をつく。

「……んで、おじいちゃんは何と言っておったんだ?」

「走って行ってたと言ってましたねぇ。自分はものすごく足が速いんだとも言ってました」

「ふむ。本人がそう言うなら、そうなんだろ。しかし……」

 喉に異物感が残っていたのか、ぬらりひょんは近くにあった紙コップを手に取り、中に入っている飲み物を口に含む。

「なんでまた急に、妖怪やら天狗やらと言い出したんだ?」

「え~と、特に深い理由は無いんですが……。前にクロさんが、ものすごく速く空を飛べると言っていたので、つい」

「ふんっ。あそこまで速く飛べる天狗は、クロしかおらん。あいつだけ色々と規格外なだけだ」

「はえ~、そうなんですねぇ。じゃあやっぱ、走って行ってたのかなぁ? でもな~、イマイチ信じられないんだよなぁ……」

 これ以上、詮索されるのもマズいと思ったぬらりひょんは、アイスを食べ終わり、満足そうな表情をしているゴーニャを確認すると、わざとらしく時計に目を向ける。
 時計は午後二時半過ぎを指しており、ショッピングモールの入口に目を移すと、自分達が来た時よりも更に大勢の客が、どんどん入り込んできている。
 
 テーブルに目を戻し、そろそろ頃合いだと感じたぬらりひょんは、残っているあんみつを急いで口の中に入れた。

「花梨よ。そろそろ温泉街にいる連中に配るお礼の品物を、買っといた方がいいんじゃないか?」

「えっ? あっ、もうこんな時間か。そうですね、それじゃあ少ししたら行きましょうか」

 そう決めた花梨が、空いた皿を自分のトレイにかき集め、身支度の準備を進める。
 そのよそでぬらりひょんが、ほとんど味を堪能出来なかったあんみつを完食すると、三人は食器類を各店の返却口に置き、荷物を持って再びショッピングモールの散策を始めた。
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