あやかし温泉街、秋国

桜乱捕り

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42話-1、自信に満ち溢れた相談

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 花梨が高熱を出してから四日が経った、午前九時頃。

 身体中にあった傷がすっかりと癒えた姉妹は、早々に朝食と歯磨きを済ませ、四日分の汚れを洗い流す為に朝風呂に入っていた。
 汚れを含んだ頭や身体を念入りに洗い合い、すっかりと固まった筋肉をほぐしつつ、適温の湯に肩まで浸かる。

 三十分以上の長湯をして風呂から上がり、身支度を完璧に終えた花梨が、リュックサックを背負って入念にストレッチをした後。ほぐれた身体を思いっきりグイッと伸ばす。

「んん~っ、完全ふっかーーっつ!」

「やったっ、おめでと花梨っ!」

「ゴーニャの看病のお陰だよ~。付きっきりでしてくれて、本当にありがとうね」

 テンションが舞い上がっている花梨が、その場にしゃがんでゴーニャの頬にキスをすると、予期せぬ嬉しい出来事にゴーニャのテンションも上がり、ニコニコしながら花梨に飛びついた。
 胸元で甘えるように何度も頬ずりをすると、花梨も負けじと微笑みながらゴーニャに頬ずり返し、そのままゴーニャを抱っこして立ち上がる。

「よし、それじゃあぬらりひょん様の所に行こっか。話した通りだけど……、大丈夫、かな?」

「うんっ。ずっと花梨に抱きついて、辺りを見ないようにすれば平気……、だと思うわっ」

「分かった。辛くなったら無理をしないで、すぐに言ってね」

「うんっ」

 花梨が不安の含んだ眼差しで確認し終えると、ゴーニャを抱えたまま自分達の部屋を後にする。
 四日ぶりに部屋から出た事もあってか、久々に見た廊下の景色に胸を躍らせつつ、新鮮味がある支配人室へと向かっていく。

 そして、支配人室の扉を三回ノックしてから部屋に入ると、懐かしささえ感じるキセルの煙で薄っすらと白く染まっている部屋が、花梨達を出迎える。
 部屋を白く染め上げている犯人である、書斎机にある椅子に座っているぬらりひょんの前まで近づいていくと、軽く一礼をしてから口を開いた。 

「お疲れ様です、ぬらりひょん様!」

「おお、すっかり元気になった様でなによりだ。よかったよかった」

 ぬらりひょんが安心し切った表情でキセルの煙をふかすと、いつもより美味しく感じたのか、口元が少しだけ緩む。

「お陰様ですっかり良くなりました、本当にありがとうございます! それで、早速なんですがご相談がありまして」

「相談?」

 相談を持ち掛けられたぬらりひょんが花梨の表情を伺うと、いつになく真剣で、自信に満ち溢れた眼差しをこちらに向けていた。
 この時の花梨の眼差しは、何度断ったとしても自分の話が通るまで、絶対に粘り続ける事をぬらりひょんは知っていた。

 相談と言う名の一方的なワガママに、嫌な予感がしたぬらりひょんは、諦めのこもったため息をつく。

「なんだ、言ってみろ」

「一回街に戻る許可が欲しいんですが……、いいですかね?」

「街に? 何しに行くんだ?」

「えっと、お買い物や野暮用を済ませにです。ゴーニャの新しい洋服や携帯電話。お見舞いのお礼の品の購入や、私の携帯電話の料金を支払いに、とかですかね」

 そのお願いを耳にしたぬらりひょんは、黙ったままキセルの吸い殻を灰皿に捨て、綺麗に拭いてから袖にしまい込み、座っていた椅子から飛び降りた。
 花梨がぬらりひょんの姿を目で追う中。目の前まで歩み寄り、キョトンとしている花梨の顔を見上げ、わざとらしい咳払いをする。

「ふむ、構わぬが一つだけ条件がある」

「条件、ですか?」

「お前さん達だけだと何かと不安だ。ワシも着いていくぞ、いいな」

 条件を突き付けられた花梨が、不満のある苦笑いをしながら言葉を返す。

「不安って、私は子供じゃないんですからね。これでも立派な大人なんです。買い物ぐらい一人で―――」

「どうせ、ショッピングモールに行くんだろう? お前さんのことだ。目的を果たす前に、フードコートで有り金を全て使うに決まっとる」

「ゔっ……」

 確実に来たるであろう未来を言われ、的のド真ん中を射られた花梨は、体をビクッと波立たせ、泳ぎ始めた横目をぬらりひょんに送る。
 そのまま、顔中を引きつらせながら目線を横にずらし、弱々しく震えた声で反論を始めた。

「そ、そそっ、そんなワケないじゃないですかぁ~。もう~イヤだなぁ~、ぬらりひょん様ってばぁ~」

「ラーメン」

「えっ?」

「ハンバーガー、たこ焼き、クレープ」

「ちょ、ちょっと待ってくださいぬらりひょん様、それ以上は……!」

 花梨が誘惑の強い料理名を聞くや否や。その料理を頭の中で想像してしまったのか、ヨダレをタラッと垂らし、子犬の泣き声を思わせる腹の虫を鳴らす。
 ワナワナとした手をぬらりひょんに伸ばすも、嘲笑うかのようにぬらりひょんがニタリと口角を上げ、料理名を唱え続ける。

「カレー、ピザ、唐揚げ、ポテトフライ、ホットドッグ、ソフトクリーム、かき氷、シュークリーム、ケーキ……」

「す、ストップストップ!! 分かりました、私の負けですっ! ご、ご同行お願い致しますぅ……」

 フードコートにあるであろう料理の品々に負けた花梨は、床に膝と手を突き、嗚咽おえつしながらぬらりひょんに頭を下げた。
 それを聞いていたゴーニャも料理の事は知っており、ぽけっとした表情になりつつ天井を向き、食べ物が敷き詰められた妄想の世界へと、人知れず旅立っていった。

 ぬらりひょんが高らかに勝ち誇った笑いを発している所、熱いお茶を持って来た女天狗のクロが「なんだ、この状況は……?」と呟きながら部屋に入り、扉を閉める。
 お茶の入った湯飲みを書斎机に置くと、空いた両手を腰に当て、鼻でため息をつき、ぬらりひょんを睨みつけた。

「病み明けの花梨をイジメて楽しいですか? ぬらりひょん様」

「ちょうどよかった。クロよ、これから花梨達と出掛けてくるから、帰ってくるまでの間、またワシの代わりを頼んだぞ」

 突拍子もなくそう言われたはクロは、「はっ?」と声を漏らし、眉間にシワを寄せる。

「ズルいですよ、どこに行くんですか?」

「ちょいとショッピングモールにな。なに、夕方までには戻ってくるさ」

「ぬらりひょん様は、多忙の身でお疲れじゃないですかあ。お手を煩わせるワケにはいきません、私が代わりに行きましょう」

 クロの棒読みな発言に、ぬらりひょんが腕を組んでから「はっ」と声を上げた。

「心にも無い事を言いおって。ダメだ。お前さんも花梨同様、食べ物に弱いだろう? 目的を見失った花梨に言いくるめられて終わりだ」

 痛い理由を言い放たれるも、ぬらりひょんを行かせまいと仁王立ちして立ちはだかったクロが、鼻をふんっと鳴らす。

「そんな事は断じてありえません。私の意思は鋼のように硬いんです。花梨の世話役として、そんな醜態を晒すハズ―――」

「ワシは知っとるぞ。お前さん、休日はよく地方に飛び回って食べ歩きをしとるそうじゃないか」

「んんっ!? な、なぜ、それを……?」

 秘密にしていた事をバラされたクロが、驚いてりんとした表情を崩すと、ぬらりひょんは袖にしまい込んだキセルと取り出し、詰めタバコを入れて火をつけた。
 そのまま白い煙をふかすと、勝利を確信したのか、キセルの先をクロに突きつけてニヤリと笑う。

「ワシの情報網を舐めるなよ? この前の休日は、北海道まで飛んでジンギスカンを食ってきただろう?」

「あ、当たって、る……」

「その前は沖縄に飛び、ゴーヤチャンプルーやサーターアンダギーを。更にその前は、名古屋に飛んで―――」

「分かった、分かりましたよ! 大人しく留守番してますから、それ以上言わないでください!」

 休日の密かな楽しみを赤裸々に暴かれたクロは、先ほどまでぬらりひょんが座っていた椅子にドカッと乱暴に座り、ぬらりひょんの為に持ってきたお茶を飲み始めた。
 再び高らかに笑い上げたぬらりひょんは、キセルの吸い殻を捨て、綺麗に拭いてから袖にしまい込み、扉へと向かっていく。

「安心しろ、お土産はちゃ~んと買ってきてやるからなぁ~。そんじゃあ行くぞ、二人共」

 既に主導権を握られていて逆らえない花梨は、未だに現実世界に戻ってきていないゴーニャを抱っこし、申し訳なさそうな表情をしつつ、クロに一礼をしてから支配人室を後にした。
 キセルの煙が漂う静かな部屋に残されたクロは、換気をする為に窓を開け、煙が薄くなっていく部屋内を見渡し、二度目のため息をつく。

 重い背中を丸くし、やる気が湧いてこないまま椅子に座り、お茶を飲み干してから机に突っ伏した。

「あ~あ、私も花梨達と一緒に食べ歩きしたいな~……、チクショウ。……そうだ、ぬらりひょん様が隠し持ってるとっておきの饅頭を食っちまおっと」

 仕返しにと企んだクロは、お茶を煎れ直す為に空の湯のみをお盆に乗せ、支配人室を出て一階に下りていった。
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