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38話-9、悪夢に終止符を打つお袋の味
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心身共に疲労が限界を超えていた花梨とゴーニャは、クロの体から離れる事無く、暴徒が沈静化しつつある温泉街の大通りを通り過ぎ、永秋へと戻っていた。
中に入り、薄暗い通路を抜けて中央階段を上り、四階にある花梨達の部屋に向かっていく。
クロが部屋の扉を開けて中に入り、電気を点けて部屋を明るくする。そして、後から入ってきた二人をテーブルの前に座るよう促した。
二人が静かに座ると、クロは一度自室に向かい、清潔なタオルを数枚用意してから花梨達の部屋に戻り、タオルを熱いお湯で湿らせつつ二人に服を脱ぐよう指示を出す。
ボロボロになっている服を脱ぎ捨て、下着のみになった二人の身体を、温かいタオルで丁寧に汚れと汗と血を拭き取っていく。
持ってきたタオルを全て使い、二人の身体を綺麗に拭き終えると、クロは常に携帯しているカマイタチ特製の塗り薬を取り出した。
「ひとまず応急手当をしないとな。ちょっと沁みるだろうが、我慢しろよ」
「……イタッ」
「あ~あ、どこも傷だらけじゃないか。背中まですごい事になってやがる。……んっ?」
擦り傷や切り傷、生々しい打撲痕がある花梨の身体に満遍なく塗り薬を広げ、首周りも丹念に塗った後。
頭にも傷がないか確認すると、血が固まり、かさぶたが出来つつある一際大きな傷を見つけた。
その傷を目にしたクロの全身がざわめき、部屋の空気が固くピリッと張りつめていく。
「花梨、この頭の傷はどうした? かなり大きいぞ」
「……たぶん、木の棒で殴打された時にできた傷、かと」
「細い奴とでかい奴、どっちにやられた?」
「細い鬼さんの方に、です……」
花梨から経緯を聞いた途端、クロの収まりつつあった怒りに再び火がつき、腸が瞬時に煮えくり返っていく。
そしてふと、もしかして、ゴーニャの頬のアザも奴が? と予想したクロは、ギラついた眼光を静かにさせてからゴーニャに視線を向けた。
「ゴーニャ、頬のアザはどっちにやられたんだ?」
「……私も細い方によ。必死に逃げてたけど捕まって、思いっきり殴られたの……」
「そう、か……。あの野郎……!」
予想が的中してしまうと、頭の中で怒りと殺意が嵐のように荒れ狂い、クロの瞳が赤黒く変色し始める。
耳の奥をつんざく静寂が、クロから漏れ出している暴風の殺意に染まりゆく中。その染まりつつある空気を、不安そうにしている花梨の声が断ち切った。
「く、クロさん?」
「……ああっ、すまんすまん! ……よし、全部塗り終わったぞ」
怒りと殺意を抑え込んだクロが、花梨の身体に出来ていた傷の全てに薬を塗り終えると、自分の両手にたっぷりと塗り薬を付ける。
そのまま悪どい笑みを浮かべ、ゴーニャがいる方に向き、手をワキワキとさせながらにじり寄っていく。
「ふっふっふっ。ゴーニャの体は小さいから、文字通り全身に塗ってやるからな~」
「ひっ、ヒィィ……」
ニタリと怪しい顔をしているクロは、後ずさりしていくゴーニャを壁際に追い詰めてからしゃがみ込み、優しく撫でながら塗り薬を全身に広げていく。
顔に差し掛かると、頬の青黒いアザが完全に消えるよう強い願いを込めつつ、丹念に塗っていった。
全身全てに塗り終えると、クロはゴーニャの頬に手を添えてニコッと笑う。
「終わったぞ。明日に辻風を呼ぶから、ちゃんと治療してもらおうな」
「ありがとうございます」
「ありがと、クロっ」
二人が感謝の言葉を述べると、クロは「うん」と頷いてから立ち上がり、両手をタオルで吹いていく。
そして、二人に目を向け「よし、それじゃあ服を着ろ。夜飯を作ってやるから着いてこい」と手招きし、扉の方に歩いていった。
限界を超えた疲労から乗り気ではなかったが、花梨は新しい服に着替え、服の替えが無いゴーニャは花梨のTシャツを着て、クロの後を追う。
しんと静まり返っている暗い廊下を抜け、足を踏み外さないよう気をつけながら、手すりを伝って階段を下りていく。
閉店時間をとっくに過ぎているせいか、三階の宿泊所、二階の娯楽施設には人っ子一人おらず、寂しい光景が佇んでいる。
なんとか一階まで下りると、クロは食事処の明かりを点け、体を寄せ合っている二人に席に着くよう指示を出し、そのまま厨房に入っていった。
花梨がゴーニャの体を抱えて椅子に座らせ、自分も隣に座ると、厨房からコンロの火をつける音が聞こえてきた。
「ちょっと待ってろよ。簡単な物だが、急いで作ってやるからな」
「あの、クロさん。悪いんですけど、食欲があまり……」
「私も……」
食いしん坊である二人から似合わない発言が返ってくると、小さく鼻で笑ったクロが、業務用冷蔵庫から大量の野菜を取り出して洗い始める。
「らしくないぞお前ら。本当は腹がへってんだろ?」
「……」
「……」
だんまりを決め込み、俯いた花梨とゴーニャの表情にはいつもの覇気が無く、ただひたすらにしゅんとしていた。
切った野菜と豚肉を炒め始めたクロは、まあ、あんな事があったばかりだ。ショックもでかいだろうし、仕方ないよな……。と心の中で呟き、鍋を振っていた手を止め、塩コショウで味付けをしていく。
匂いの無い空気が漂っている食事処に、食欲をそそる匂いが立ち込めていくも、二人は無関心のまま、お互いに違う方向の一点を見据えていた。
料理が出来たのか、景気な音を立たせていた厨房が静かになる。しばらくすると、お盆に料理を乗せたクロが、席まで運んできて即席の料理を並べていく。
全てが一口大にカットされた、具材が豊富な肉野菜炒め。山のように盛られた白いご飯。温かな湯気な昇っている、豆腐とネギが入った味噌汁。
それらを静かに並べ終えると、クロが対面の席に座り、ニッと笑う。
「ほれ、冷めないうちに食っちまえ」
「……そ、それじゃあ、いただきます」
「……いただきますっ」
料理を目にしても浮かない表情でいる二人は、同時に箸を手に取り、肉野菜炒めを少しだけつまんで口の中に入れる。
瞳に活力が無いまま噛んでいくと、徐々に目が見開いていき、ゴクンと豪快な音を立たせて飲み込んだ。
そして、二人は勢いよくご飯をかき込んでから味噌汁を乱暴に飲み、目に涙を滲ませながら手を休める事無く、料理をガツガツと食べ進めていった。
「はっはっはっ。そうかそうか、泣くほど美味いか」
「はい、はいっ……!」
「とってもおいひいっ……!」
頬いっぱいに料理を詰め込み、涙を流しながら食べている二人を見て、クロはテーブルに肘を突き、手に顔を置いて優しく微笑んだ。
「お袋の味って感じがするだろ? その調子だと全然足らなそうだな、おかわりいるか?」
「はいっ、いっぱいお願いします!」
「私もっ!」
「ははっ、りょーかい」
二人がいつも通りの元気ある表情になると、嬉しくなったクロは厨房へと戻り、再び丹精を込めて肉野菜炒めを作り始める。
肉野菜炒めは塩コショウだけのシンプルな味付けであったが、極限にまでお腹がすいて飢えていた二人にとって、今まで生きてきた中で、一番美味しい料理に思えていた。
クロの真心がこもった優しくも懐かしい温かな風味に、すっかり虜になった二人は、泣くのを止めて無我夢中に箸を進める。
ご飯と味噌汁、肉野菜炒めを三回おかわりして綺麗に完食すると、二人は笑顔でパンッと手を合わせた。
「ごちそう様でした!」
「ごちそうさまでしたっ!」
「うん、いい笑顔だ。やっぱりお前らには、そっちの方が似合ってるぞ」
元気が戻った二人の顔を目にしたクロは、安心したかのように笑みを浮かべると、花梨とゴーニャも釣られて笑みを返す。
お腹が膨れて落ち着いてきたのか、花梨が色々と聞きたい事を思い出し、横に座っていたゴーニャを自分の太ももに座らせてから口を開く。
「そういえばクロさん達は、どうしてススキ畑に……?」
「どうしてって、お前達を助けにさ。酒羅凶が「頭から血ぃ流した花梨が、ゴーニャがいないかと俺の店に尋ねて来た」って、私に伝えに来てな。只事じゃないと思って、急いで楓の所に行って千里眼でお前を探してもらったんだ」
「そう、だったんですね……。すみません、ありがとうございす」
「お前を見つけた楓が「いかん、花梨とゴーニャが知らん奴に殺されそうじゃ」とか言って、ほんとに焦ったさ。んで、いざすっ飛んで行ってみれば、お前に近寄るなって言われるしよ~。だいぶ傷ついたぞ、アレ」
「ゔっ……! ご、ごめんな、さい……」
しゅんとした花梨が、気まずい表情をゴーニャの背後に隠すと、クロがおどけた笑いを飛ばしながら話を続ける。
「冗談だよ。あんな状況だったし、仕方ないさ」
そう言って腕を組んだクロがはにかみ、申し訳なさそうな顔をしている花梨が、隠していた顔を上げた。
「そういえば、クロさん達は満月の光を浴びても大丈夫なんですか?」
「ああ、他の奴らとは鍛え方が違うからな。浴びても全然問題ない」
クロが誇らしげに自慢すると、花梨は尊敬の眼差しを向けて「すごいなぁクロさん、カッコイイです!」と、嘘偽りのない本音を口にした。
褒められる事に関してあまり耐性がなかったクロは、面を食らった目を開き、頬を赤らめて視線を横に逸らす。
そして恥ずかし気に「そ、そうかぁ?」と小声を漏らし、まんざらでもない様子で、赤く染まっている頬をポリポリと掻いた。
その後にクロが、わざとらしい咳払いをしてから立ち上がる。
「疲れただろ? 満月が落ちるまで見張っててやるから、もう寝ろ」
「そ、そうですね。何から何まで、本当にありがとうございます」
「いちいちお礼なんかいらん、気にすんな」
三人は食器類や調理具を水に浸し、食事処の明かりを消して、四階にある花梨達の部屋へと向かっていく。
先を歩いていたクロが扉を開けて二人を誘導し、部屋に入った花梨が消えていた部屋の明かりを点ける。
二人の後を追って中に入ったクロが扉を閉めると、腕を組んでから扉に寄りかかり、寝る準備をしている二人の姿を見守った。
そそくさとパジャマに着替えて歯を磨き終えると、それを確認したクロが「電気を消すぞー。さっさとベッドに入っちまえ」と言い、部屋の明かりを消した。
部屋は瞬く間に暗くなり、少しすると月明かりがカーテンを朧げに青白く発光させ、部屋内を薄暗く照らしていく。
薄暗い光が部屋内に広がっていくと、ベッドに入り込んだ仲のいい二つの影が、クロに向けて見えない満面の笑みを送った。
「おやすみなさいクロさん。今日は本当にありがとうございました!」
「おやすみクロっ、今日はありがとっ!」
「ああ、おやすみ。安心してゆっくり寝ろ」
扉に寄りかかっている影が微笑むと、二つの影も同じように微笑み返す。
温かい布団の中に潜り込むと、ゴーニャが絶対に離さないと言わんばかりに花梨の体に強く抱きつき、花梨は我が子を守る母親のようにゴーニャを抱き返した。
そして、クロが見守っている中。最悪な出来事を早く忘れたいが為に目を瞑ると、二人は一分もしない内に安息の眠りへとついていった。
中に入り、薄暗い通路を抜けて中央階段を上り、四階にある花梨達の部屋に向かっていく。
クロが部屋の扉を開けて中に入り、電気を点けて部屋を明るくする。そして、後から入ってきた二人をテーブルの前に座るよう促した。
二人が静かに座ると、クロは一度自室に向かい、清潔なタオルを数枚用意してから花梨達の部屋に戻り、タオルを熱いお湯で湿らせつつ二人に服を脱ぐよう指示を出す。
ボロボロになっている服を脱ぎ捨て、下着のみになった二人の身体を、温かいタオルで丁寧に汚れと汗と血を拭き取っていく。
持ってきたタオルを全て使い、二人の身体を綺麗に拭き終えると、クロは常に携帯しているカマイタチ特製の塗り薬を取り出した。
「ひとまず応急手当をしないとな。ちょっと沁みるだろうが、我慢しろよ」
「……イタッ」
「あ~あ、どこも傷だらけじゃないか。背中まですごい事になってやがる。……んっ?」
擦り傷や切り傷、生々しい打撲痕がある花梨の身体に満遍なく塗り薬を広げ、首周りも丹念に塗った後。
頭にも傷がないか確認すると、血が固まり、かさぶたが出来つつある一際大きな傷を見つけた。
その傷を目にしたクロの全身がざわめき、部屋の空気が固くピリッと張りつめていく。
「花梨、この頭の傷はどうした? かなり大きいぞ」
「……たぶん、木の棒で殴打された時にできた傷、かと」
「細い奴とでかい奴、どっちにやられた?」
「細い鬼さんの方に、です……」
花梨から経緯を聞いた途端、クロの収まりつつあった怒りに再び火がつき、腸が瞬時に煮えくり返っていく。
そしてふと、もしかして、ゴーニャの頬のアザも奴が? と予想したクロは、ギラついた眼光を静かにさせてからゴーニャに視線を向けた。
「ゴーニャ、頬のアザはどっちにやられたんだ?」
「……私も細い方によ。必死に逃げてたけど捕まって、思いっきり殴られたの……」
「そう、か……。あの野郎……!」
予想が的中してしまうと、頭の中で怒りと殺意が嵐のように荒れ狂い、クロの瞳が赤黒く変色し始める。
耳の奥をつんざく静寂が、クロから漏れ出している暴風の殺意に染まりゆく中。その染まりつつある空気を、不安そうにしている花梨の声が断ち切った。
「く、クロさん?」
「……ああっ、すまんすまん! ……よし、全部塗り終わったぞ」
怒りと殺意を抑え込んだクロが、花梨の身体に出来ていた傷の全てに薬を塗り終えると、自分の両手にたっぷりと塗り薬を付ける。
そのまま悪どい笑みを浮かべ、ゴーニャがいる方に向き、手をワキワキとさせながらにじり寄っていく。
「ふっふっふっ。ゴーニャの体は小さいから、文字通り全身に塗ってやるからな~」
「ひっ、ヒィィ……」
ニタリと怪しい顔をしているクロは、後ずさりしていくゴーニャを壁際に追い詰めてからしゃがみ込み、優しく撫でながら塗り薬を全身に広げていく。
顔に差し掛かると、頬の青黒いアザが完全に消えるよう強い願いを込めつつ、丹念に塗っていった。
全身全てに塗り終えると、クロはゴーニャの頬に手を添えてニコッと笑う。
「終わったぞ。明日に辻風を呼ぶから、ちゃんと治療してもらおうな」
「ありがとうございます」
「ありがと、クロっ」
二人が感謝の言葉を述べると、クロは「うん」と頷いてから立ち上がり、両手をタオルで吹いていく。
そして、二人に目を向け「よし、それじゃあ服を着ろ。夜飯を作ってやるから着いてこい」と手招きし、扉の方に歩いていった。
限界を超えた疲労から乗り気ではなかったが、花梨は新しい服に着替え、服の替えが無いゴーニャは花梨のTシャツを着て、クロの後を追う。
しんと静まり返っている暗い廊下を抜け、足を踏み外さないよう気をつけながら、手すりを伝って階段を下りていく。
閉店時間をとっくに過ぎているせいか、三階の宿泊所、二階の娯楽施設には人っ子一人おらず、寂しい光景が佇んでいる。
なんとか一階まで下りると、クロは食事処の明かりを点け、体を寄せ合っている二人に席に着くよう指示を出し、そのまま厨房に入っていった。
花梨がゴーニャの体を抱えて椅子に座らせ、自分も隣に座ると、厨房からコンロの火をつける音が聞こえてきた。
「ちょっと待ってろよ。簡単な物だが、急いで作ってやるからな」
「あの、クロさん。悪いんですけど、食欲があまり……」
「私も……」
食いしん坊である二人から似合わない発言が返ってくると、小さく鼻で笑ったクロが、業務用冷蔵庫から大量の野菜を取り出して洗い始める。
「らしくないぞお前ら。本当は腹がへってんだろ?」
「……」
「……」
だんまりを決め込み、俯いた花梨とゴーニャの表情にはいつもの覇気が無く、ただひたすらにしゅんとしていた。
切った野菜と豚肉を炒め始めたクロは、まあ、あんな事があったばかりだ。ショックもでかいだろうし、仕方ないよな……。と心の中で呟き、鍋を振っていた手を止め、塩コショウで味付けをしていく。
匂いの無い空気が漂っている食事処に、食欲をそそる匂いが立ち込めていくも、二人は無関心のまま、お互いに違う方向の一点を見据えていた。
料理が出来たのか、景気な音を立たせていた厨房が静かになる。しばらくすると、お盆に料理を乗せたクロが、席まで運んできて即席の料理を並べていく。
全てが一口大にカットされた、具材が豊富な肉野菜炒め。山のように盛られた白いご飯。温かな湯気な昇っている、豆腐とネギが入った味噌汁。
それらを静かに並べ終えると、クロが対面の席に座り、ニッと笑う。
「ほれ、冷めないうちに食っちまえ」
「……そ、それじゃあ、いただきます」
「……いただきますっ」
料理を目にしても浮かない表情でいる二人は、同時に箸を手に取り、肉野菜炒めを少しだけつまんで口の中に入れる。
瞳に活力が無いまま噛んでいくと、徐々に目が見開いていき、ゴクンと豪快な音を立たせて飲み込んだ。
そして、二人は勢いよくご飯をかき込んでから味噌汁を乱暴に飲み、目に涙を滲ませながら手を休める事無く、料理をガツガツと食べ進めていった。
「はっはっはっ。そうかそうか、泣くほど美味いか」
「はい、はいっ……!」
「とってもおいひいっ……!」
頬いっぱいに料理を詰め込み、涙を流しながら食べている二人を見て、クロはテーブルに肘を突き、手に顔を置いて優しく微笑んだ。
「お袋の味って感じがするだろ? その調子だと全然足らなそうだな、おかわりいるか?」
「はいっ、いっぱいお願いします!」
「私もっ!」
「ははっ、りょーかい」
二人がいつも通りの元気ある表情になると、嬉しくなったクロは厨房へと戻り、再び丹精を込めて肉野菜炒めを作り始める。
肉野菜炒めは塩コショウだけのシンプルな味付けであったが、極限にまでお腹がすいて飢えていた二人にとって、今まで生きてきた中で、一番美味しい料理に思えていた。
クロの真心がこもった優しくも懐かしい温かな風味に、すっかり虜になった二人は、泣くのを止めて無我夢中に箸を進める。
ご飯と味噌汁、肉野菜炒めを三回おかわりして綺麗に完食すると、二人は笑顔でパンッと手を合わせた。
「ごちそう様でした!」
「ごちそうさまでしたっ!」
「うん、いい笑顔だ。やっぱりお前らには、そっちの方が似合ってるぞ」
元気が戻った二人の顔を目にしたクロは、安心したかのように笑みを浮かべると、花梨とゴーニャも釣られて笑みを返す。
お腹が膨れて落ち着いてきたのか、花梨が色々と聞きたい事を思い出し、横に座っていたゴーニャを自分の太ももに座らせてから口を開く。
「そういえばクロさん達は、どうしてススキ畑に……?」
「どうしてって、お前達を助けにさ。酒羅凶が「頭から血ぃ流した花梨が、ゴーニャがいないかと俺の店に尋ねて来た」って、私に伝えに来てな。只事じゃないと思って、急いで楓の所に行って千里眼でお前を探してもらったんだ」
「そう、だったんですね……。すみません、ありがとうございす」
「お前を見つけた楓が「いかん、花梨とゴーニャが知らん奴に殺されそうじゃ」とか言って、ほんとに焦ったさ。んで、いざすっ飛んで行ってみれば、お前に近寄るなって言われるしよ~。だいぶ傷ついたぞ、アレ」
「ゔっ……! ご、ごめんな、さい……」
しゅんとした花梨が、気まずい表情をゴーニャの背後に隠すと、クロがおどけた笑いを飛ばしながら話を続ける。
「冗談だよ。あんな状況だったし、仕方ないさ」
そう言って腕を組んだクロがはにかみ、申し訳なさそうな顔をしている花梨が、隠していた顔を上げた。
「そういえば、クロさん達は満月の光を浴びても大丈夫なんですか?」
「ああ、他の奴らとは鍛え方が違うからな。浴びても全然問題ない」
クロが誇らしげに自慢すると、花梨は尊敬の眼差しを向けて「すごいなぁクロさん、カッコイイです!」と、嘘偽りのない本音を口にした。
褒められる事に関してあまり耐性がなかったクロは、面を食らった目を開き、頬を赤らめて視線を横に逸らす。
そして恥ずかし気に「そ、そうかぁ?」と小声を漏らし、まんざらでもない様子で、赤く染まっている頬をポリポリと掻いた。
その後にクロが、わざとらしい咳払いをしてから立ち上がる。
「疲れただろ? 満月が落ちるまで見張っててやるから、もう寝ろ」
「そ、そうですね。何から何まで、本当にありがとうございます」
「いちいちお礼なんかいらん、気にすんな」
三人は食器類や調理具を水に浸し、食事処の明かりを消して、四階にある花梨達の部屋へと向かっていく。
先を歩いていたクロが扉を開けて二人を誘導し、部屋に入った花梨が消えていた部屋の明かりを点ける。
二人の後を追って中に入ったクロが扉を閉めると、腕を組んでから扉に寄りかかり、寝る準備をしている二人の姿を見守った。
そそくさとパジャマに着替えて歯を磨き終えると、それを確認したクロが「電気を消すぞー。さっさとベッドに入っちまえ」と言い、部屋の明かりを消した。
部屋は瞬く間に暗くなり、少しすると月明かりがカーテンを朧げに青白く発光させ、部屋内を薄暗く照らしていく。
薄暗い光が部屋内に広がっていくと、ベッドに入り込んだ仲のいい二つの影が、クロに向けて見えない満面の笑みを送った。
「おやすみなさいクロさん。今日は本当にありがとうございました!」
「おやすみクロっ、今日はありがとっ!」
「ああ、おやすみ。安心してゆっくり寝ろ」
扉に寄りかかっている影が微笑むと、二つの影も同じように微笑み返す。
温かい布団の中に潜り込むと、ゴーニャが絶対に離さないと言わんばかりに花梨の体に強く抱きつき、花梨は我が子を守る母親のようにゴーニャを抱き返した。
そして、クロが見守っている中。最悪な出来事を早く忘れたいが為に目を瞑ると、二人は一分もしない内に安息の眠りへとついていった。
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