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★38話-2、希望の光を遮る絶望
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花梨が太い木の棒で殴打され、地面に倒れ込んだ後。
二人組の鬼に捕まって攫われたゴーニャは、冷たい秋の夜風に煽られ、銀色の波を立たせているススキ畑の海にいた。
花梨が太い木の棒で殴打された場面を見て、激昂して短い手足をバタつかせるも、ガタイのいい鬼の隆々とした太い腕からは逃げられず、広い肩の上で虚しく暴れていた。
そして、三百六十度どこを見回してもススキ畑しか目に映らない場所まで来ると、ひっきりなしに暴れていたゴーニャは、不意に地面の上へと雑に放り投げられる。
「イタッ! くぅっ……」
いきなり放り投げられたせいで受け身が取れず、背中から地面に落ちたゴーニャは、一瞬息が詰まり、耐え難い苦痛により顔を歪める。
その様に二人組の鬼が下衆に嘲笑う中。背中の痛みに耐えつつゆらりと立ち上がり、怒りの炎が燃える青い瞳でキッと睨みつけた。
「い、いきなりなんなのよあんた達! 花梨の頭を棒で思いきり殴るなんて……! 絶対に許さないんだからっ!!」
ゴーニャの怒号を浴び、下品な笑い声で返答した後。ニタリと口角を上げた細身の鬼が「ヒッヒッヒッヒッ」と、薄汚い声を漏らす。
「おうおう、随分と威勢のいい商品だぜぇこいつは」
「兄貴、久々の上物じゃないっスか。売り飛ばさないで俺達のアジトに連れて帰りませんか?」
「そいつはいい、死ぬまでコキ使ってやるかぁ?」
自分を無視して会話を始めた二人に、ゴーニャは皮膚がチリチリに焼ける勢いで激怒し、悔し紛れにその場で地団駄を踏んで二人に向かい指を差した。
「ゴチャゴチャとうるさいわね! そっちの細い奴! さっさと温泉街に戻って花梨に謝りなさいよっ!」
「カリン? ああ、さっき棒でぶん殴った奴の事かぁ? 頭から血ぃ流しながら倒れたことだし、もう死んでんだろ」
微塵も予想だにしていなかった、耳を疑うような言葉を聞いた瞬間。
ゴーニャの思考が完全に停止し、怒りに溢れ返っていた頭が真っ白になり、顔からみるみる血の気が引いていった。
「えっ……? か、花梨が……、死ん、だ……?」
「おう、死んだ死んだ。これで温泉街に戻らなくてもよくなったなぁ~」
花梨が死んだと聞かれたゴーニャは愕然とし、力が無くなった腕をダランと垂らす。
たとえ嘘だとしても現場を目撃してしまったせいか、良からぬ想像が意に反して勝手に膨らんでしまい、無意識の内に目頭がどんどん熱くなっていく。
視界がぼやけるほどに涙が溜まり、弱っていた心が砕け散りそうになるも、まだ確定したワケでは無いと自らに言い聞かせ、涙を振り払うように首を強く左右に振った。
その亀裂が入った心の中で、……そうだ、携帯電話で花梨に電話をしたら確認ができる。でも、あいつらに電話をしている所を見られたら、何かされそうで怖いわっ……。どうにかしてここから逃げ出さないと……。と、携帯電話が入っている赤いショルダーポーチに手を掛けた。
何か手立てはないかと、まだ偽りである言葉にショックを受けている頭を、無理やり回転させて考える。
限られた時間の中で考え抜いた末に、少しでも隙を作ってこの場から逃げ出そうと決め、背後にある生い茂ったススキ畑に横目を送る。
「う、嘘よっ! 花梨はそのくらいじゃ死なないわっ! どうせ今頃助けを呼んで、ここに駆けつけてるハズよっ!」
「ギャーギャーうるせぇなぁ。黙らねぇと、その小せぇ口を糸かなんかで縫い付けんぞ?」
「数発ぶん殴って黙らせましょうぜ。暴れたくてウズウズしてるんスよ」
痺れを切らしてきたのか、便乗するようにガタイのいい鬼が、バットを彷彿とさせる太い指を豪快に鳴らしながら割って入ってきた。
苛立ち始めている細身の鬼が、ニタァッと黄ばんだ牙を覗かせつつ、蔑んだ金色の瞳でゴーニャを睨みつける。
「アジトに戻ったら適当に治療すりゃあいいんだし、やっちまえ。ただし、殺すなよ?」
「ウィッス」
許可を貰って声を弾ませたガタイのいい鬼が、新しいオモチャを見つけた子供みたいな表情へと変わり、立ち尽くしているゴーニャの元へ、ジリジリと近づいていく。
その筋肉が張り巡らされている巨体は、体が小さいゴーニャにとってはあまりにも大きく、壁が迫りくるような圧迫感の強い恐怖から一歩、二歩、三歩と後退りした。
「こ、来ないで! ……あっ、ぬらりひょん様っ! 助けて、こっちよ!」
「なにっ、ぬらりひょんだと!?」
妖怪の総大将であるぬらりひょんの出現に、二人組の鬼は唖然とし、慌てて辺りを見渡してぬらりひょんを探し始め、同時に後ろを振り向いた瞬間。
タイミングを見計らっていたゴーニャは、急いで鬱蒼と生い茂るススキ畑の中へと飛び込み、全速力で逃げ出した。
体の奥底から吐き気を催す焦りを感じ、念入りに辺りを見渡していた二人組の鬼は、待てども待てどもぬらりひょんが現れない事を確認すると、額から吹き出していた大粒の冷や汗を腕で拭った。
「こ、来ねぇじゃねえか……。ホラ吹きやがったなてめえ……、あれ、いねえ!! どこ行きやがった!?」
「あのガキ逃げやがったな!」
「グッ……、探せ! 温泉街に戻られて、俺達の事をチクられたらめんどくせえ事になるぞ!!」
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
いつまで経っても変わらぬ景色を全速力で駆け抜けていたゴーニャは、自分は今、どこに居てどこに向かって走っているのか分からなくなっていた。
見上げる程までに背が高いススキのせいで、温泉街へと続いている一本道を探し出せず。
がむしゃらに走り回っていたせいで体力に限界がきて、走っていた足を止め、肩で呼吸をしながら膝に手を置き、頭を垂らした。
「ハァハァハァハァ……。な、なんとか逃げ切れたみたいね……。早く花梨に電話をしないと!」
未だに呼吸が整わないでいるまま、二人組の鬼が近くに居ない事を確認すると、汗が引いていない手でショルダーポーチから携帯電話を取り出し、花梨に電話を掛けた。
神にも縋る思いで花梨が電話に出るのを祈るも、その祈りは届かなかったのか、いつまで待っても携帯電話からは相手を呼ぶコール音だけが聞こえてくる。
一分、二分と待ち続けてみるも結果は変わらず、花梨が電話に出る事はなかった。
「……なんで? なんで電話に出てくれないの……? も、もしかして、本当に、死―――」
「おい、いたか!?」
「ダメっス兄貴、どこにも居やせん!」
「ヒッ……!?」
細身の鬼が言い放った言葉に、真実味が帯び始めている最中。遠方から、必死になりゴーニャを探している二人組の鬼の荒んだ大声が聞こえてきた。
その言葉を耳にしたゴーニャは慌てて電話を切り、体をなるべく小さく屈め、足の踏み場すら無いススキの中に、震えが止まらない身を隠して息を潜めた。
そして、今まで感じた事のない身の毛がよだつ恐怖と、捕まったら自分も殺されるんじゃないかという二つの恐怖に駆られ、乾いていた目に熱い涙が溜まり始める。
しばらくすると、すぐ近くまで迫っていた大雑把にススキをかき分けていた音が、だんだんと遠ざかっていく。
たった数秒が、数十分にも数時間にも思えるほど長く感じた時間の流れが正常に戻り、一安心すると目に溜まっていた涙が一気に溢れ出し、頬を伝って地面に落ちていった。
「グスッ……。花梨っ、本当に死んじゃったの……?」
かつて、“電話をしてくれたら必ず出るからね”と約束した花梨が電話に出ないせいで、細身の鬼が軽く言い放った言葉に、確たる真実味を帯びていく。
最愛の家族である、世界でたった一人の人間が死んだという絶望感は計り知れなく、そこからゴーニャは何も考えられなくなり、ただひたすらその場で泣き続けた。
声すら出せないまま地面を濡らし続けて数十分が経つと、再び二人組の鬼の声と共に、ススキをかき分ける音が迫ってきたが、今のゴーニャには隠れる余力すら残されていなかった。
それでも二人組の鬼には見つからず、迫っていた声と音は、ススキが風に流れて擦れている音と一緒に彼方へと消え去り、辺りには不気味な静寂が訪れる。
そこから更に五分以上が経過した後。花梨が死んだという現実を受け止めきれないでいるゴーニャは、涙でぐしゃぐしゃになっている顔を、着ているロリータドレスで拭いてから携帯電話を取り出した。
「もう一度だけ掛けてみようかしら……。でも、これでも出てくれなかったら……」
既に、最初に電話をしてから三十分以上は経過しており、花梨が電話に出てくれなかった時の事が頭を過ると、心を押し潰してくる不安のせいで電話を掛けられくなった。
自然と呼吸が乱れて動悸が激しくなっていくも、落ち着かせる為に何度も深呼吸をし、不本意に暴れる呼吸を整えつつ手をギュッと握り締める。
そして、心臓の鼓動音が静寂を切り裂く中。意を決してもう一度だけ大きく深呼吸をし、恐る恐る花梨に電話を掛けた。
携帯電話から一回目のコール音が鳴り終わる。二回目もそのまま終わり、諦めの色が濃くなってきた三回目、コール音が途中で途切れた。
「ゴーニャ? ゴーニャなの!?」
「か、花梨っ!!」
ゴーニャの携帯電話から聞こえてきたのは、息を激しく切らしているも、紛れもなく花梨本人の声であった。
どうしようもない不安に駆られ、絶望の波に飲み込まれそうでいたゴーニャの心に、目を遮るほどまでに眩しい希望の光が差し込む。
二人組の鬼の事をすっかりと忘れ、大声で叫んだゴーニャが話を続けようとするも、深淵で眠っていたメリーさんの意識が目を覚まし、歓喜に満ち溢れているゴーニャの意識を瞬時に乗っ取り、表に現れる。
「私、メリーさん。いま、ぐぅっ……!!」
「……ゴーニャ? ゴーニャ!? どうしたの!?」
「か、身体が……、熱いっ……」
「身体が……? ま、まさか……」
メリーさんの人格が表に出てきた事により、内なる怪異の血が満月の光に侵され、その沸騰するように熱い血が、ゴーニャを身体を容赦なく内側から痛めつけていく。
「頑張ってゴーニャ! 今どこにいるの!?」
「い、いま……、ススキ、畑に―――」
「あっ、居た! テメェ誰に電話してやがる!!」
「キャアッ!」
花梨に自分の居場所を伝えたと同時に、ゴーニャの大声を聞きつけていた細身の鬼に見つかり、希望である携帯電話を奪われた。
携帯電話からは、ゴーニャの名前を何度も叫ぶ花梨の声が聞こえてくるも、細身の鬼が携帯電話を持っていた手を振り上げる。
「クソが、こんな物ぶっ壊してやる!」
「や、やめてっ……! 壊さないで!!」
ゴーニャは慌てて阻止しようとして手を伸ばすも届かず、細身の鬼が地面に転がっている石に向かい、携帯電話を思い切り叩きつけた。
そして、花梨との唯一の繋がりである携帯電話は、無残にもバラバラに砕け散り、怒り狂った細身の鬼は辺りにバラけた部品を何度も踏みつけていった。
二人組の鬼に捕まって攫われたゴーニャは、冷たい秋の夜風に煽られ、銀色の波を立たせているススキ畑の海にいた。
花梨が太い木の棒で殴打された場面を見て、激昂して短い手足をバタつかせるも、ガタイのいい鬼の隆々とした太い腕からは逃げられず、広い肩の上で虚しく暴れていた。
そして、三百六十度どこを見回してもススキ畑しか目に映らない場所まで来ると、ひっきりなしに暴れていたゴーニャは、不意に地面の上へと雑に放り投げられる。
「イタッ! くぅっ……」
いきなり放り投げられたせいで受け身が取れず、背中から地面に落ちたゴーニャは、一瞬息が詰まり、耐え難い苦痛により顔を歪める。
その様に二人組の鬼が下衆に嘲笑う中。背中の痛みに耐えつつゆらりと立ち上がり、怒りの炎が燃える青い瞳でキッと睨みつけた。
「い、いきなりなんなのよあんた達! 花梨の頭を棒で思いきり殴るなんて……! 絶対に許さないんだからっ!!」
ゴーニャの怒号を浴び、下品な笑い声で返答した後。ニタリと口角を上げた細身の鬼が「ヒッヒッヒッヒッ」と、薄汚い声を漏らす。
「おうおう、随分と威勢のいい商品だぜぇこいつは」
「兄貴、久々の上物じゃないっスか。売り飛ばさないで俺達のアジトに連れて帰りませんか?」
「そいつはいい、死ぬまでコキ使ってやるかぁ?」
自分を無視して会話を始めた二人に、ゴーニャは皮膚がチリチリに焼ける勢いで激怒し、悔し紛れにその場で地団駄を踏んで二人に向かい指を差した。
「ゴチャゴチャとうるさいわね! そっちの細い奴! さっさと温泉街に戻って花梨に謝りなさいよっ!」
「カリン? ああ、さっき棒でぶん殴った奴の事かぁ? 頭から血ぃ流しながら倒れたことだし、もう死んでんだろ」
微塵も予想だにしていなかった、耳を疑うような言葉を聞いた瞬間。
ゴーニャの思考が完全に停止し、怒りに溢れ返っていた頭が真っ白になり、顔からみるみる血の気が引いていった。
「えっ……? か、花梨が……、死ん、だ……?」
「おう、死んだ死んだ。これで温泉街に戻らなくてもよくなったなぁ~」
花梨が死んだと聞かれたゴーニャは愕然とし、力が無くなった腕をダランと垂らす。
たとえ嘘だとしても現場を目撃してしまったせいか、良からぬ想像が意に反して勝手に膨らんでしまい、無意識の内に目頭がどんどん熱くなっていく。
視界がぼやけるほどに涙が溜まり、弱っていた心が砕け散りそうになるも、まだ確定したワケでは無いと自らに言い聞かせ、涙を振り払うように首を強く左右に振った。
その亀裂が入った心の中で、……そうだ、携帯電話で花梨に電話をしたら確認ができる。でも、あいつらに電話をしている所を見られたら、何かされそうで怖いわっ……。どうにかしてここから逃げ出さないと……。と、携帯電話が入っている赤いショルダーポーチに手を掛けた。
何か手立てはないかと、まだ偽りである言葉にショックを受けている頭を、無理やり回転させて考える。
限られた時間の中で考え抜いた末に、少しでも隙を作ってこの場から逃げ出そうと決め、背後にある生い茂ったススキ畑に横目を送る。
「う、嘘よっ! 花梨はそのくらいじゃ死なないわっ! どうせ今頃助けを呼んで、ここに駆けつけてるハズよっ!」
「ギャーギャーうるせぇなぁ。黙らねぇと、その小せぇ口を糸かなんかで縫い付けんぞ?」
「数発ぶん殴って黙らせましょうぜ。暴れたくてウズウズしてるんスよ」
痺れを切らしてきたのか、便乗するようにガタイのいい鬼が、バットを彷彿とさせる太い指を豪快に鳴らしながら割って入ってきた。
苛立ち始めている細身の鬼が、ニタァッと黄ばんだ牙を覗かせつつ、蔑んだ金色の瞳でゴーニャを睨みつける。
「アジトに戻ったら適当に治療すりゃあいいんだし、やっちまえ。ただし、殺すなよ?」
「ウィッス」
許可を貰って声を弾ませたガタイのいい鬼が、新しいオモチャを見つけた子供みたいな表情へと変わり、立ち尽くしているゴーニャの元へ、ジリジリと近づいていく。
その筋肉が張り巡らされている巨体は、体が小さいゴーニャにとってはあまりにも大きく、壁が迫りくるような圧迫感の強い恐怖から一歩、二歩、三歩と後退りした。
「こ、来ないで! ……あっ、ぬらりひょん様っ! 助けて、こっちよ!」
「なにっ、ぬらりひょんだと!?」
妖怪の総大将であるぬらりひょんの出現に、二人組の鬼は唖然とし、慌てて辺りを見渡してぬらりひょんを探し始め、同時に後ろを振り向いた瞬間。
タイミングを見計らっていたゴーニャは、急いで鬱蒼と生い茂るススキ畑の中へと飛び込み、全速力で逃げ出した。
体の奥底から吐き気を催す焦りを感じ、念入りに辺りを見渡していた二人組の鬼は、待てども待てどもぬらりひょんが現れない事を確認すると、額から吹き出していた大粒の冷や汗を腕で拭った。
「こ、来ねぇじゃねえか……。ホラ吹きやがったなてめえ……、あれ、いねえ!! どこ行きやがった!?」
「あのガキ逃げやがったな!」
「グッ……、探せ! 温泉街に戻られて、俺達の事をチクられたらめんどくせえ事になるぞ!!」
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
いつまで経っても変わらぬ景色を全速力で駆け抜けていたゴーニャは、自分は今、どこに居てどこに向かって走っているのか分からなくなっていた。
見上げる程までに背が高いススキのせいで、温泉街へと続いている一本道を探し出せず。
がむしゃらに走り回っていたせいで体力に限界がきて、走っていた足を止め、肩で呼吸をしながら膝に手を置き、頭を垂らした。
「ハァハァハァハァ……。な、なんとか逃げ切れたみたいね……。早く花梨に電話をしないと!」
未だに呼吸が整わないでいるまま、二人組の鬼が近くに居ない事を確認すると、汗が引いていない手でショルダーポーチから携帯電話を取り出し、花梨に電話を掛けた。
神にも縋る思いで花梨が電話に出るのを祈るも、その祈りは届かなかったのか、いつまで待っても携帯電話からは相手を呼ぶコール音だけが聞こえてくる。
一分、二分と待ち続けてみるも結果は変わらず、花梨が電話に出る事はなかった。
「……なんで? なんで電話に出てくれないの……? も、もしかして、本当に、死―――」
「おい、いたか!?」
「ダメっス兄貴、どこにも居やせん!」
「ヒッ……!?」
細身の鬼が言い放った言葉に、真実味が帯び始めている最中。遠方から、必死になりゴーニャを探している二人組の鬼の荒んだ大声が聞こえてきた。
その言葉を耳にしたゴーニャは慌てて電話を切り、体をなるべく小さく屈め、足の踏み場すら無いススキの中に、震えが止まらない身を隠して息を潜めた。
そして、今まで感じた事のない身の毛がよだつ恐怖と、捕まったら自分も殺されるんじゃないかという二つの恐怖に駆られ、乾いていた目に熱い涙が溜まり始める。
しばらくすると、すぐ近くまで迫っていた大雑把にススキをかき分けていた音が、だんだんと遠ざかっていく。
たった数秒が、数十分にも数時間にも思えるほど長く感じた時間の流れが正常に戻り、一安心すると目に溜まっていた涙が一気に溢れ出し、頬を伝って地面に落ちていった。
「グスッ……。花梨っ、本当に死んじゃったの……?」
かつて、“電話をしてくれたら必ず出るからね”と約束した花梨が電話に出ないせいで、細身の鬼が軽く言い放った言葉に、確たる真実味を帯びていく。
最愛の家族である、世界でたった一人の人間が死んだという絶望感は計り知れなく、そこからゴーニャは何も考えられなくなり、ただひたすらその場で泣き続けた。
声すら出せないまま地面を濡らし続けて数十分が経つと、再び二人組の鬼の声と共に、ススキをかき分ける音が迫ってきたが、今のゴーニャには隠れる余力すら残されていなかった。
それでも二人組の鬼には見つからず、迫っていた声と音は、ススキが風に流れて擦れている音と一緒に彼方へと消え去り、辺りには不気味な静寂が訪れる。
そこから更に五分以上が経過した後。花梨が死んだという現実を受け止めきれないでいるゴーニャは、涙でぐしゃぐしゃになっている顔を、着ているロリータドレスで拭いてから携帯電話を取り出した。
「もう一度だけ掛けてみようかしら……。でも、これでも出てくれなかったら……」
既に、最初に電話をしてから三十分以上は経過しており、花梨が電話に出てくれなかった時の事が頭を過ると、心を押し潰してくる不安のせいで電話を掛けられくなった。
自然と呼吸が乱れて動悸が激しくなっていくも、落ち着かせる為に何度も深呼吸をし、不本意に暴れる呼吸を整えつつ手をギュッと握り締める。
そして、心臓の鼓動音が静寂を切り裂く中。意を決してもう一度だけ大きく深呼吸をし、恐る恐る花梨に電話を掛けた。
携帯電話から一回目のコール音が鳴り終わる。二回目もそのまま終わり、諦めの色が濃くなってきた三回目、コール音が途中で途切れた。
「ゴーニャ? ゴーニャなの!?」
「か、花梨っ!!」
ゴーニャの携帯電話から聞こえてきたのは、息を激しく切らしているも、紛れもなく花梨本人の声であった。
どうしようもない不安に駆られ、絶望の波に飲み込まれそうでいたゴーニャの心に、目を遮るほどまでに眩しい希望の光が差し込む。
二人組の鬼の事をすっかりと忘れ、大声で叫んだゴーニャが話を続けようとするも、深淵で眠っていたメリーさんの意識が目を覚まし、歓喜に満ち溢れているゴーニャの意識を瞬時に乗っ取り、表に現れる。
「私、メリーさん。いま、ぐぅっ……!!」
「……ゴーニャ? ゴーニャ!? どうしたの!?」
「か、身体が……、熱いっ……」
「身体が……? ま、まさか……」
メリーさんの人格が表に出てきた事により、内なる怪異の血が満月の光に侵され、その沸騰するように熱い血が、ゴーニャを身体を容赦なく内側から痛めつけていく。
「頑張ってゴーニャ! 今どこにいるの!?」
「い、いま……、ススキ、畑に―――」
「あっ、居た! テメェ誰に電話してやがる!!」
「キャアッ!」
花梨に自分の居場所を伝えたと同時に、ゴーニャの大声を聞きつけていた細身の鬼に見つかり、希望である携帯電話を奪われた。
携帯電話からは、ゴーニャの名前を何度も叫ぶ花梨の声が聞こえてくるも、細身の鬼が携帯電話を持っていた手を振り上げる。
「クソが、こんな物ぶっ壊してやる!」
「や、やめてっ……! 壊さないで!!」
ゴーニャは慌てて阻止しようとして手を伸ばすも届かず、細身の鬼が地面に転がっている石に向かい、携帯電話を思い切り叩きつけた。
そして、花梨との唯一の繋がりである携帯電話は、無残にもバラバラに砕け散り、怒り狂った細身の鬼は辺りにバラけた部品を何度も踏みつけていった。
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