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28話-4、ペコペコの腹を満たす小さな海
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朝日が完全に顔を出し、夏の強い日差しが照りつけている朝七時頃。
一方的なドッチボールであるマグロ漁は、やっとの事で終わりを迎え、花梨達を乗せた漁船は魚市場難破船への帰路に就いていた。
同じく漁を終えた各漁船と合流しながら帰って行く中。デッキの中央で大の字で寝そべり、息を荒げて空を見ていた花梨の携帯電話に一本の着信が入る。
まだ呼吸が整っていない花梨が、寝そべりながら携帯電話をポケットから取り出し、画面を見てみると『非通知』と表示されており「おっ、ゴーニャからだ」と、嬉しそうに発信ボタンを押した。
「もしもーし」
「私、メリーさん。いま、座敷童子の纏《まとい》におんぶされているの」
「へっ? どういう状況なの、それは?」
「ご飯を食べてから纏が遊ぼうって言ってきて、そのままおんぶされたのよっ。これから何をするのかしら?」
「あっ、それは……」
ゴーニャの不穏な言葉を耳にした花梨は、かつて、纏の遊びと称した温泉街障害物走をした事を思い出す。
妖怪が行き交う大通りを風よりも早く走り抜け、屋根に飛び移ってから更に全力疾走したこと。
建物の屋根と屋根の間を飛び移りながら永秋を目指し、着いたら着いたで、文字通り壁を走って屋根まで上っていったこと。
まだ十日ほど前の出来事で記憶が真新しく、鮮明に覚えていた花梨は、纏姉さんってば、容赦ないなぁ……。と、これからゴーニャに起きるであろう惨劇を容易に想像できた。
電話越しから纏の「話は済んだ? それじゃあ、しっかり掴まっててね」と声が入り込み、不思議に思ったゴーニャが話を続ける。
「えっ? なんでかしら?」
「本当にしっかり掴まっていた方がいいよ。振り落とされないように気をつけてね……」
「振り落とされないように? いったいどういう意味―――、ちょ、ちょっと纏っ? 急に走り出さないで……、イヤァァァーーーッッ!!」
ゴーニャの悲痛な叫び声と共に電話がブツッと切れ、その叫び声を耳にした花梨は口をヒクつかせながら「どうか、生きて帰ってきてね……」と、縁起でもない事を口走り、携帯電話をポケットにしまう。
そこからしばらくすると、海鳥の鳴き声が響き渡っている魚市場難破船へと到着し、花梨がくたびれた体を起こして漁船から降りると、先に降りて待っていた幽船寺が腕を組んでニカッと笑った。
「お疲れ秋風さんよ。魚の準備が出来るまでの間、あら汁でも飲んでいくかい?」
「あら汁っ! 是非ともいただきます! もうお腹ペコペコなんですよぉ~」
「んじゃあ、すぐそこで別の仲間が作っているから貰ってきなぁ。ウチのは特製でな、その日に獲れたモンを全部ぶち込むんでぃ。うめぇぞ~」
「うわぁ~、聞いただけでヨダレが……」
極限まで腹がへっていた花梨は、子犬の泣き声のような腹の虫を鳴らし、幽船寺が言ったあら汁を思い描きつつ、想像と妄想の世界でそのあら汁を食べ始める。
ありったけの海の幸がぶち込まれた大きな鍋を抱え上げ、甲殻類や魚の骨をものともせずに一気飲みし終えると、ニヤけ面で想像と妄想の世界から帰還し、本物のあら汁を頂く事にした。
少し歩くと、レンガで作られた囲炉裏の上で、大型の厚底鍋をかき混ぜている船幽霊がおり、花梨は胸を弾ませながら歩み寄っていき、その船幽霊に明るく声をかけた。
「すみませーん、あら汁くださーいっ!」
「う~い、どうぞー。熱いから気をつけな」
そう注意を促した船幽霊は、プラスチック製の深皿にあら汁を具と共にたっぷりとよそい、割り箸と一緒に目を輝かせている花梨に差し出した。
受け取った花梨は「アチチッ」と声を漏らし、深皿を両手で持ち変えながら割り箸を口に挟み、空いている手で割り箸を引っ張り、パキッと音を立たせて綺麗に割る。
手が深皿の熱さに慣れてくると、両手で持って中身を確認してみた。白く濁っている汁の中には、パックリと開いている大ぶりのアサミやシジミ。骨にプリプリの身が付いている鯛や鮭。ブリやカツオと思われる魚の身も入っている。
野菜もたっぷりと入っており、イチョウ切りされている大根やニンジン。大きめに斜め切りされたネギもあり、それらを見た花梨はにんまりと笑みを浮かべた。
そして、あら汁の匂いを嗅ぎたくなり、熱い湯気が昇っている深皿に顔を近づけてから鼻で大きく息を吸い、一度止めてから満足そうな表情で口から吐き出した。
「あ~、このお皿の中には海がふんだんに詰まってるや。絶対美味しいに決まってるってこんなの! いっただっきまーすっ!」
逸る気持ちが限界を迎えると、己を急かしながらあら汁に息を数回吹きかけ、白く濁った汁をゆっくりとすすった。
最初の一瞬だけは、アッサリとした塩っ気を感じたかと思うと、瞬時にコクの深い濃厚な魚介類達が顔を覗かせ、暴れまわるように口の中で泳ぎ始める。
大量の具が混ざり合っているせいで、お互いの風味が喧嘩すると予想していたがそうでもなく、全ての具が出汁として機能しており、四季折々の味の豊かさを醸し出している。
一番強い風味は大量に入っている鮭の風味であり、皮ごと投入された厚い身からは、未だに旨みの凝縮された脂を滲み出していた。
その他にも、アサリや鯛、マグロと昆布といった多種多様の風味も負けじと飛び出してきて、口の中に小さな海が生成されていく。
汁を一口飲んだ花梨は「ほおっ……」と、ほっこりと笑みを浮かべて声の混じったため息を漏らすと、待望の具を食べ始める。
早く食べたかったが為か、熱々の具に息を吹きかけて冷ますのを忘れ、口に入れてから慌ててホフホフと言いながら冷ましていく。
程よく冷めてくると、小骨ごと細かくなるまで噛み砕き、染み出してくる風味を余すことなく楽しみつつ、ゆっくりと飲み込んだ。
全てさっき獲れたばかりの新鮮な魚介類で、汁に味が溶け込んでもなお、具には各々の味がしっかりと残っている。
プリプリとしていたり、ホロホロになっている各魚の身。シャキッと歯ごたえのある野菜。砂抜きがまったくされておらず、砂の食感があるアサリやシジミ。
それらを飲み込むたびに「はぁ~……」と、声を出して満遍なく余韻を感じ、更に黙々と具を食べては汁を飲み込んでいった。
深皿の中身が空っぽになると、貝殻や骨を近くにあるバケツの中に放り込み、すぐさまおかわりを頼んでは、再び深皿に出来た小さな海に舌鼓を打っていく。
五杯目を食べ終わると七味唐辛子を発見し、深皿の中に振りかけて風味を変えて堪能し、おわかりが九杯目に差し掛かった頃。
食欲魔である花梨の相手をしていた船幽霊が、またお前か……。と言いたげな表情をしながら口を開く。
「あんた食いすぎだ。他の奴らの分が無くなっちまうよ」
「えっ? あっ、あっはははは……。すみません、ものすごく美味しかったので、つい~」
文句を言われた花梨は、申し訳なさそうな表情をしながら頬を掻くも、空き皿を持っている手は正直で、おかわりを求めるように船幽霊の元へ伸ばしていた。
その皿を見た船幽霊は、呆れ顔になるも皿を受け取り、溢れんばかりにたっぷりとよそいでから「ほら、これで最後だぞ」と、念を押しながら花梨に手渡した。
「やったぁ! ありがとうございますっ!」
笑っても泣いても最後の一杯になったあら汁を受け取ると、今までにない程ゆっくりと味わい、骨に付いている身も綺麗サッパリに食べ、名残惜しみながら汁を飲み干す。
深皿と割り箸をバケツの中に入れると、あら汁をよそってくれた船幽霊に「あら汁ありがとうございました! とっても美味しかったです!」と感謝をしながら深々と一礼し、その場を後にした。
「はぁ~、すごく美味しかったや。ゴーニャにも食べさせてあげたかったけど、ここに連れて来るのはちょっと危ないよなぁ。そういや、ゴーニャは大丈夫だろうか……」
ふと纏による、温泉街障害物走に付き合わされているゴーニャの安否が気になりだし、早く永秋に帰りたくなった花梨は幽船寺を探し始めると、再び携帯電話に一本の着信が入り、今度は画面を確認せず電話に出た。
「もしもし」
「わ、わたっ……、私っ……、め、メリー、さぁん……。いいいまっ、永秋ののっ、屋根の……、うえっ、うえぇっ……」
「無事にゴール……、できてないね。大丈夫?」
「と、とても怖かったわっ……。纏から聞いたんだけど、花梨もこんな事をやったの?」
「ああ、うん。私も座敷童子に変化して、纏姉さんと一緒にやったよ。壁とか走れて楽しかったよー。もう少ししたら、そっちに帰るね」
「ほんとっ!? 早く帰ってきてねっ!」
「うん。早くゴーニャに会いたいから、ダッシュで帰るよ」
「私もっ! 早く花梨に会いたいわっ! 部屋で待ってるからねっ! 纏っ、花梨が帰ってくる―――」
ゴーニャの喜ぶ声が聞こえてから電話が切れ、花梨は携帯電話をポケットにしまい込み、再び幽船寺を探し始める。
漁で疲れたのか、大いびきをかいて寝ている船幽霊達がいる休憩場所。漁で獲った魚を市場に出す為に、下処理をしている場所。
慌ただしい声や音が飛び交いつつ、様々な魚が並び始めている魚市場内。金額が徐々に上がっていく叫び声と、高いベルの音が鳴り響く競り場。
首をひっきりなしに動かしていた花梨は、魚市場内に幽船寺の姿が無い事を確認すると、波の音と海鳥の鳴き声が聞こえる外へと出る。
そこから少し歩き、漁で獲った魚を降ろしている停船場に目をやると、その中に、ガミガミと指を差しながら指示を出している幽船寺の姿を見つけた。
「いた! いたけど……。幽船寺さんの隣に、箱車トラックみたいなリヤカーが置いてあるなぁ……。四トン、いや、魚の量を考えると十トンぐらいの容量かな? 女天狗さん達も、あれをここまで運んで来るのは大変だっただろうなぁ……」
やっとの事で幽船寺を見つけた花梨は、同時に目に入った箱車リヤカーのせいで気が滅入るも、早くゴーニャに会いたいが一心でうなだれつつ、幽船寺がいる停船場へと歩き始めた。
一方的なドッチボールであるマグロ漁は、やっとの事で終わりを迎え、花梨達を乗せた漁船は魚市場難破船への帰路に就いていた。
同じく漁を終えた各漁船と合流しながら帰って行く中。デッキの中央で大の字で寝そべり、息を荒げて空を見ていた花梨の携帯電話に一本の着信が入る。
まだ呼吸が整っていない花梨が、寝そべりながら携帯電話をポケットから取り出し、画面を見てみると『非通知』と表示されており「おっ、ゴーニャからだ」と、嬉しそうに発信ボタンを押した。
「もしもーし」
「私、メリーさん。いま、座敷童子の纏《まとい》におんぶされているの」
「へっ? どういう状況なの、それは?」
「ご飯を食べてから纏が遊ぼうって言ってきて、そのままおんぶされたのよっ。これから何をするのかしら?」
「あっ、それは……」
ゴーニャの不穏な言葉を耳にした花梨は、かつて、纏の遊びと称した温泉街障害物走をした事を思い出す。
妖怪が行き交う大通りを風よりも早く走り抜け、屋根に飛び移ってから更に全力疾走したこと。
建物の屋根と屋根の間を飛び移りながら永秋を目指し、着いたら着いたで、文字通り壁を走って屋根まで上っていったこと。
まだ十日ほど前の出来事で記憶が真新しく、鮮明に覚えていた花梨は、纏姉さんってば、容赦ないなぁ……。と、これからゴーニャに起きるであろう惨劇を容易に想像できた。
電話越しから纏の「話は済んだ? それじゃあ、しっかり掴まっててね」と声が入り込み、不思議に思ったゴーニャが話を続ける。
「えっ? なんでかしら?」
「本当にしっかり掴まっていた方がいいよ。振り落とされないように気をつけてね……」
「振り落とされないように? いったいどういう意味―――、ちょ、ちょっと纏っ? 急に走り出さないで……、イヤァァァーーーッッ!!」
ゴーニャの悲痛な叫び声と共に電話がブツッと切れ、その叫び声を耳にした花梨は口をヒクつかせながら「どうか、生きて帰ってきてね……」と、縁起でもない事を口走り、携帯電話をポケットにしまう。
そこからしばらくすると、海鳥の鳴き声が響き渡っている魚市場難破船へと到着し、花梨がくたびれた体を起こして漁船から降りると、先に降りて待っていた幽船寺が腕を組んでニカッと笑った。
「お疲れ秋風さんよ。魚の準備が出来るまでの間、あら汁でも飲んでいくかい?」
「あら汁っ! 是非ともいただきます! もうお腹ペコペコなんですよぉ~」
「んじゃあ、すぐそこで別の仲間が作っているから貰ってきなぁ。ウチのは特製でな、その日に獲れたモンを全部ぶち込むんでぃ。うめぇぞ~」
「うわぁ~、聞いただけでヨダレが……」
極限まで腹がへっていた花梨は、子犬の泣き声のような腹の虫を鳴らし、幽船寺が言ったあら汁を思い描きつつ、想像と妄想の世界でそのあら汁を食べ始める。
ありったけの海の幸がぶち込まれた大きな鍋を抱え上げ、甲殻類や魚の骨をものともせずに一気飲みし終えると、ニヤけ面で想像と妄想の世界から帰還し、本物のあら汁を頂く事にした。
少し歩くと、レンガで作られた囲炉裏の上で、大型の厚底鍋をかき混ぜている船幽霊がおり、花梨は胸を弾ませながら歩み寄っていき、その船幽霊に明るく声をかけた。
「すみませーん、あら汁くださーいっ!」
「う~い、どうぞー。熱いから気をつけな」
そう注意を促した船幽霊は、プラスチック製の深皿にあら汁を具と共にたっぷりとよそい、割り箸と一緒に目を輝かせている花梨に差し出した。
受け取った花梨は「アチチッ」と声を漏らし、深皿を両手で持ち変えながら割り箸を口に挟み、空いている手で割り箸を引っ張り、パキッと音を立たせて綺麗に割る。
手が深皿の熱さに慣れてくると、両手で持って中身を確認してみた。白く濁っている汁の中には、パックリと開いている大ぶりのアサミやシジミ。骨にプリプリの身が付いている鯛や鮭。ブリやカツオと思われる魚の身も入っている。
野菜もたっぷりと入っており、イチョウ切りされている大根やニンジン。大きめに斜め切りされたネギもあり、それらを見た花梨はにんまりと笑みを浮かべた。
そして、あら汁の匂いを嗅ぎたくなり、熱い湯気が昇っている深皿に顔を近づけてから鼻で大きく息を吸い、一度止めてから満足そうな表情で口から吐き出した。
「あ~、このお皿の中には海がふんだんに詰まってるや。絶対美味しいに決まってるってこんなの! いっただっきまーすっ!」
逸る気持ちが限界を迎えると、己を急かしながらあら汁に息を数回吹きかけ、白く濁った汁をゆっくりとすすった。
最初の一瞬だけは、アッサリとした塩っ気を感じたかと思うと、瞬時にコクの深い濃厚な魚介類達が顔を覗かせ、暴れまわるように口の中で泳ぎ始める。
大量の具が混ざり合っているせいで、お互いの風味が喧嘩すると予想していたがそうでもなく、全ての具が出汁として機能しており、四季折々の味の豊かさを醸し出している。
一番強い風味は大量に入っている鮭の風味であり、皮ごと投入された厚い身からは、未だに旨みの凝縮された脂を滲み出していた。
その他にも、アサリや鯛、マグロと昆布といった多種多様の風味も負けじと飛び出してきて、口の中に小さな海が生成されていく。
汁を一口飲んだ花梨は「ほおっ……」と、ほっこりと笑みを浮かべて声の混じったため息を漏らすと、待望の具を食べ始める。
早く食べたかったが為か、熱々の具に息を吹きかけて冷ますのを忘れ、口に入れてから慌ててホフホフと言いながら冷ましていく。
程よく冷めてくると、小骨ごと細かくなるまで噛み砕き、染み出してくる風味を余すことなく楽しみつつ、ゆっくりと飲み込んだ。
全てさっき獲れたばかりの新鮮な魚介類で、汁に味が溶け込んでもなお、具には各々の味がしっかりと残っている。
プリプリとしていたり、ホロホロになっている各魚の身。シャキッと歯ごたえのある野菜。砂抜きがまったくされておらず、砂の食感があるアサリやシジミ。
それらを飲み込むたびに「はぁ~……」と、声を出して満遍なく余韻を感じ、更に黙々と具を食べては汁を飲み込んでいった。
深皿の中身が空っぽになると、貝殻や骨を近くにあるバケツの中に放り込み、すぐさまおかわりを頼んでは、再び深皿に出来た小さな海に舌鼓を打っていく。
五杯目を食べ終わると七味唐辛子を発見し、深皿の中に振りかけて風味を変えて堪能し、おわかりが九杯目に差し掛かった頃。
食欲魔である花梨の相手をしていた船幽霊が、またお前か……。と言いたげな表情をしながら口を開く。
「あんた食いすぎだ。他の奴らの分が無くなっちまうよ」
「えっ? あっ、あっはははは……。すみません、ものすごく美味しかったので、つい~」
文句を言われた花梨は、申し訳なさそうな表情をしながら頬を掻くも、空き皿を持っている手は正直で、おかわりを求めるように船幽霊の元へ伸ばしていた。
その皿を見た船幽霊は、呆れ顔になるも皿を受け取り、溢れんばかりにたっぷりとよそいでから「ほら、これで最後だぞ」と、念を押しながら花梨に手渡した。
「やったぁ! ありがとうございますっ!」
笑っても泣いても最後の一杯になったあら汁を受け取ると、今までにない程ゆっくりと味わい、骨に付いている身も綺麗サッパリに食べ、名残惜しみながら汁を飲み干す。
深皿と割り箸をバケツの中に入れると、あら汁をよそってくれた船幽霊に「あら汁ありがとうございました! とっても美味しかったです!」と感謝をしながら深々と一礼し、その場を後にした。
「はぁ~、すごく美味しかったや。ゴーニャにも食べさせてあげたかったけど、ここに連れて来るのはちょっと危ないよなぁ。そういや、ゴーニャは大丈夫だろうか……」
ふと纏による、温泉街障害物走に付き合わされているゴーニャの安否が気になりだし、早く永秋に帰りたくなった花梨は幽船寺を探し始めると、再び携帯電話に一本の着信が入り、今度は画面を確認せず電話に出た。
「もしもし」
「わ、わたっ……、私っ……、め、メリー、さぁん……。いいいまっ、永秋ののっ、屋根の……、うえっ、うえぇっ……」
「無事にゴール……、できてないね。大丈夫?」
「と、とても怖かったわっ……。纏から聞いたんだけど、花梨もこんな事をやったの?」
「ああ、うん。私も座敷童子に変化して、纏姉さんと一緒にやったよ。壁とか走れて楽しかったよー。もう少ししたら、そっちに帰るね」
「ほんとっ!? 早く帰ってきてねっ!」
「うん。早くゴーニャに会いたいから、ダッシュで帰るよ」
「私もっ! 早く花梨に会いたいわっ! 部屋で待ってるからねっ! 纏っ、花梨が帰ってくる―――」
ゴーニャの喜ぶ声が聞こえてから電話が切れ、花梨は携帯電話をポケットにしまい込み、再び幽船寺を探し始める。
漁で疲れたのか、大いびきをかいて寝ている船幽霊達がいる休憩場所。漁で獲った魚を市場に出す為に、下処理をしている場所。
慌ただしい声や音が飛び交いつつ、様々な魚が並び始めている魚市場内。金額が徐々に上がっていく叫び声と、高いベルの音が鳴り響く競り場。
首をひっきりなしに動かしていた花梨は、魚市場内に幽船寺の姿が無い事を確認すると、波の音と海鳥の鳴き声が聞こえる外へと出る。
そこから少し歩き、漁で獲った魚を降ろしている停船場に目をやると、その中に、ガミガミと指を差しながら指示を出している幽船寺の姿を見つけた。
「いた! いたけど……。幽船寺さんの隣に、箱車トラックみたいなリヤカーが置いてあるなぁ……。四トン、いや、魚の量を考えると十トンぐらいの容量かな? 女天狗さん達も、あれをここまで運んで来るのは大変だっただろうなぁ……」
やっとの事で幽船寺を見つけた花梨は、同時に目に入った箱車リヤカーのせいで気が滅入るも、早くゴーニャに会いたいが一心でうなだれつつ、幽船寺がいる停船場へと歩き始めた。
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