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24話-2、雨音が聞こえる露天風呂
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力が入らない足で永秋へと入った花梨は、すぐさまずぶ濡れの和傘を元の落ち葉に戻すと、ゴーニャを背負ったまま猛ダッシュで自分達の部屋に駆けていった。
乱暴に扉を開けて部屋に入るなり、夢中で狐の耳を触っていたゴーニャをそっと畳の上に降ろし、慌てて葉っぱの髪飾りを外して元の人間の姿に戻ると、色付いた吐息を漏らしつつ、その場で膝から崩れ落ちた。
「ハァ……、ハァ……。い、色々と、危なかった……」
「花梨っ、尻尾ぉ」
「い、今はダメェ~……。詳しくは言えないけど、非常にマズイ……」
「ん~……」
ゴーニャは帰ったら隙を見て、花梨に生えているモフモフの狐の尻尾を触ろうと企んでいたが、それが叶わずじまいで終わり、残念そうに自分の指を咥える。
しばらくして、ある程度体の火照りが収まってきた花梨は、更に落ち着かせるように何度か深呼吸すると、ゴーニャと手を繋いで露天風呂へと向かっていった。
今日は珍しく、ゴーニャから白い濁り湯に入ってみたいと言うリクエストがあり、花梨はそのリクエストに応えるため、濁り湯がある露天風呂を目指していく。
脱衣場で服を脱いでから体にタオルを巻き、雨音が聞こえる風呂場に入場する。
少し肌寒さを感じる中。温かいシャワーを浴びて頭を洗っていると、またお湯と水の蛇口を間違えたのか、隣からゴーニャの「ヒャアッ!?」という、聞きなれつつある甲高い叫び声が聞こえてきた。
「ゴーニャってば、ほぼ毎回間違えてるよねぇ。そろそろ慣れようよ」
「だって……。目を瞑るとどっちがどっちだか、わからなくなっちゃうんだもの……」
「まあ、気持ちは分かるけどさ。いい加減……、うぇあっ!?」
唐突に花梨の珍しい叫び声が風呂場に響き渡ると、ゴーニャは急いで蛇口を閉め、ニヤついている表情を花梨に向けた。
「花梨っ、もしかしてぇ~?」
「……」
黙ったまま身震いをした花梨は、横目でゴーニャの様子を覗いてみると、左手で緩んだ口元を隠してニヤニヤとしている。
そして静かに俯き、もう一度ゴーニャに目を向けてから「あっはははは……、私も間違えちゃったや」と白状し、頬をポリポリと掻きながら苦笑いをした。
ゴーニャも釣られて笑って全てをうやむやにすると、気を取り直してから体を丹念に洗い、ゴーニャのリクエストした白い濁り湯へと向かう。
白い濁り湯も、この前入った青空のような濁り湯同様、床底にライトが仕込まれていて明るく光っており、まるで雲の上にいるような気分にさせてくれて、二人の胸を躍らせる。
二人は、逸る気持ちで雲の湯船に体を沈めると、微かにミルクのような甘い匂いが鼻を通っていく。
呼吸をするたびに、脳がだんだんとリラックスしていくのが分かり、その呼吸が自然と深呼吸に変わっていった。
トロみのある湯質が肌に絶え間なく吸いついていき、馴染むようにしっとりと優しく潤していく。そのトロみを肌で感じた花梨が、右手を左腕に滑らせて白い濁り湯の中へと落とした。
「んっはぁ~……。雨の降る音と甘い匂いが相まって、すっごく落ち着くや~。ん~、気持ちいいっ」
「ブクブクブク……」
「あっ、ゴーニャ。温泉でそういうのは、あまりやらない方がいいよ」
目を離していた隙にゴーニャが、口を湯船に沈めて空気を出して遊んでおり、花梨に言われて沈めていた口を上げると、不満そうな眼差しを花梨に向ける。
「このお湯、全然甘くないわっ……」
「そりゃそうだ……。もうやっちゃダメだよ? お腹壊しちゃうかもしれないからね」
そう注意をした花梨は、ふと夜空に目を向ける。今日は厚い雨雲が空を覆い隠しているせいで、天然のプラネタリウムの開園は見送られており、仕方なく温泉街に目を移した。
誰も歩いていない温泉街では、朧げに瞬いている黄色や白の提灯の灯りが、星の輝きもよりも儚く道を照らしている。
その弱い光を、心を空っぽにして眺めていると、視界がだんだんと霞んでホタルのような輝きに見えてきて、落ち着いた気分をノスタルジックな物へと塗り替えていく。
眠気にも似た夢心地気分の中。隣で静かにしていたゴーニャが口を開いた。
「こういう景色も悪くないわね」
「そうだねぇ。雨はあまり好きじゃないけど、たまにはいつもと違う雰囲気のある温泉街も、悪くはないかな」
雨音が奏でるヒーリングミュージックを聴き、雲の湯船で甘い匂いを堪能し、温かみのある提灯の灯りを細目で眺めていると、リラックスし過ぎて気持ちのいい睡魔が二人を襲い始め、寝落ちする前に露天風呂から上がっていった。
タオルで濡れた体と眠気を拭き取り、あくびを交えて服に着替え、いつもより冷たい空気を感じつつ自分達の部屋に戻っていく。
廊下よりやや温かい部屋に入ると、テーブルの上には存在感のある大きな土鍋が置いてあり、取り皿と山盛りのご飯。締めに入れるのであろうと予想される、うどんが土鍋を囲んでいる。
まだ熱い土鍋の蓋を開けてみると、中にはザク切りにされたキャベツや、厚めに輪切りされているニンジンとタマネギ。
一口大に斜め切りされたネギ。それらを覆い隠すほど大量に入っている豚肉。そして、その具材ら全てを真っ赤に染めているキムチ鍋が、湯気を昇らせながら現れた。
「んっはぁ~っ、食欲を刺激するいい匂い~! 肌寒い時には嬉しい夜飯だ」
「花梨っ、これはきっと辛《から》い料理でしょ?」
「正解! これはかなり美味しいよ~。それじゃあ、いただきまーす!」
「いただきますっ!」
二人が元気よく夜飯の号令を唱えると、花梨が取り皿を手にし、土鍋から具材とエキスが凝縮された赤いスープを入れてゴーニャに渡す。
花梨も同様に、自分の取り皿に一通りの具材とスープを入れると、二人は同時に大きな豚肉を箸で取り、一斉に口の中へと入れた。
まず初めに、程よくピリッとした辛さとニンニクの風味が口の中に広がるも、咀嚼をしていく内に染み出してきた豚肉の甘い脂が辛さを抑えていき、中和されていく。
しかし、その二つの風味で食欲が一気に増進され、堪らなくご飯が欲しくなり、二人は同時にご飯を口の中にかき込んだ。
「う~ん、キムチ鍋とご飯の相性抜群っ! ご飯が足りなくなっちゃいそうだなぁ」
「ちょうどいい辛さでおいしいわっ」
「ねっ、いくらでも食べられそうだ」
豚肉を更に食べると、歯ごたえが充分にあり、辛さを吹き飛ばす甘みのあるニンジン。箸で持ち上げると、崩れるほど柔らかくなっているタマネギ。
そして、下にまだ隠れていた大量のキャベツやニラ、ウィンナーを食べ進めつつ、合間にご飯を沢山口の中に入れていく。
案の定、土鍋の中にはまだ具が残っているにも関わらず、二人は先にご飯を完食してしまい、早めの締めに取り掛かる。
うどんを土鍋の中に入れてから少しかき混ぜ、キムチの赤い色がうどんに移り始めてから取り出し、花梨は豪快にすすり、ゴーニャは一本ずつちゅるんと食べた。
「コシが強くて、んまいっ。一度に二度鍋を楽しめるから、やっぱり締めは最高だなぁ」
「花梨っ、もっと食べたいわっ」
「おっ、いい食べっぷりだねぇ。はい、零さないように気をつけてね」
「ありがとっ!」
ゴーニャが笑顔でお礼を言うと、嬉しそうにうどんをすすり始め、その姿を見た花梨が微笑みながら話を続ける。
「ゴーニャ、美味しそうにうどんを食べるよねぇ」
「うんっ。初めて食べた物だから、うどんが一番大好きなの」
「なるほどね。それじゃあ今度にでも、うどんを使った料理が沢山ある『定食屋付喪』に行こっか。メニュー表を見たら目移りしちゃうかもよ~?」
「ほんとっ? 楽しみだわっ!」
「私も妖狐に変化して、油揚げがたっぷり入った裏メニューの料理を……、へっ、へへへっ……」
「妖狐? ……尻尾ぉ」
「ゔっ……」
体を小さく波立たせた花梨が、「た、食べてる時はなるべる触らないでね……」と言ってうどんをすすり、ゴーニャが「えぇ~っ……」と、文句を垂らしながらうどんを一本だけ口の中に入れた。
締めのうどんを食べ終え、残ったスープまで飲み干して土鍋の中を空っぽにすると、二人は体がポカポカに温まった事を感じつつ、天井に向かって余韻が含まれたため息をつく。
そして体が冷める前に、食器類を全て一階にある食事処に返却し、まだ夜飯の匂いが立ち込めている自分達の部屋へと戻る。
念入りに歯を磨いてからパジャマに着替えると、ゴーニャはベッドの上でゴロゴロと転がって遊び、花梨は日記を書き始めた。
今日は休みなので、ゴーニャと一緒に秋国山にある『ぶんぶく茶処』と、『秋国山小豆餅』に行ってきた!
秋国山に続く橋を渡っている途中、河童の川釣り流れを覗いてみると、相変わらず釣りをしている妖怪さんはいなかったけど、相撲目的なのか土俵に向かって長蛇の列が出来ていたんだ。
流蔵さん、楽しそうに生き生きと相撲を取っていたなぁ。私が相撲を取った時よりもかなり強くなっていたから、私も頑張らねば!
秋国山に着いて初めて山を登ってみたけど、秋がぎゅっと詰まった紅葉のトンネルは最高だったなぁ。次の休みにでも、また足を運ぼうかな?
その紅葉のトンネルの歩いていると、トンネルに囲まれているぶんぶく茶処を見つけたんだ。そこには化け狸の釜巳さんがいたんだけども、私の事を知っているような風だったし「こんなに大きくなって!」って言いながら、私に抱きついてきたんだ。
でも、不思議とイヤな気分にはまったくならなかったし、むしろ、安心感のある懐かしい感じがしたんだよなぁ。昔どこかで会った事があったんだろうか? ……う~ん、未だに思い出せないや。
それで、なぜか釜巳さんの奢りで甘味を食べる事になったんだけど、釜巳さんってば、頼んでいないのにどんどん甘味を持ってくるんだよ……。
どれも本当に美味しかったけど奢りだったし、悪いと思って丁重に断って逃げ出しちゃった。今度行った時に、お金を払わないと……。
その時になったら、ゴーニャと一緒になって全メニューを制覇してやるんだ!(もちろん、お金もちゃんと払う!)
次に秋国山小豆餅に行ったけど……、行ったんだけど……。そこには、カワイイ静か餅の硬嵐さんと、カッコイイ小豆洗いの洗香さんが居たんだ。
最初は、硬嵐さんが女、洗香さんを男だと思っていたけど、逆でね……。すっごいビックリしたなぁ……。もう見た目だけで性別を判断するのは、絶対にやめておこう……。
で、雨が降ってきたから妖狐に変化して、和傘を作って帰ったんだけど、どうやら妖狐と化け狸にとって、耳と尻尾は性感帯らしいんだ。(釜巳さんから聞いた)
ゴーニャにずっと狐の耳をいじられていたけど、触られるたびに、こう、ね? ビクンと来るというか、ね? 感じた、というか……。とりあえず色々と危ない状況だった……。次に妖狐に変化する時は、気をつけねば……。
せっかくの休日だってのに、雨が降ってくるなんてなぁ。明日は止んでるといいんだけど……。
「……止んでなかったら何をしようかなぁ」
「花梨っ、纏来ないわねっ」
「雨が降ってるからねぇ。……今日も二人で寝よっか」
「やったっ!」
そう決めた花梨は、カバンの中に日記をしまい込み、雨の雫が線を引いている窓から外を眺め、座敷童子の纏が居ない事を確認すると、ゴーニャと共にベッドの中へと潜りこんだ。
すかさずゴーニャは、夜飯のせいかいつもより温かくなっている花梨の体に抱きつき、微笑みながら顔を埋めて頬ずりをした。
「今日も花梨を独占よ! 嬉しいわっ」
「ふふっ、甘えん坊さんめ。おやすみゴーニャ」
「おやすみ、花梨っ」
甘えん坊と言った花梨もゴーニャをそっと抱きしめ、姉妹は静かに眠りへと落ちていく。普段聞こえる二人分の寝息は、強い雨音にかき消され、雨と共に地面の中に吸い込まれていった。
乱暴に扉を開けて部屋に入るなり、夢中で狐の耳を触っていたゴーニャをそっと畳の上に降ろし、慌てて葉っぱの髪飾りを外して元の人間の姿に戻ると、色付いた吐息を漏らしつつ、その場で膝から崩れ落ちた。
「ハァ……、ハァ……。い、色々と、危なかった……」
「花梨っ、尻尾ぉ」
「い、今はダメェ~……。詳しくは言えないけど、非常にマズイ……」
「ん~……」
ゴーニャは帰ったら隙を見て、花梨に生えているモフモフの狐の尻尾を触ろうと企んでいたが、それが叶わずじまいで終わり、残念そうに自分の指を咥える。
しばらくして、ある程度体の火照りが収まってきた花梨は、更に落ち着かせるように何度か深呼吸すると、ゴーニャと手を繋いで露天風呂へと向かっていった。
今日は珍しく、ゴーニャから白い濁り湯に入ってみたいと言うリクエストがあり、花梨はそのリクエストに応えるため、濁り湯がある露天風呂を目指していく。
脱衣場で服を脱いでから体にタオルを巻き、雨音が聞こえる風呂場に入場する。
少し肌寒さを感じる中。温かいシャワーを浴びて頭を洗っていると、またお湯と水の蛇口を間違えたのか、隣からゴーニャの「ヒャアッ!?」という、聞きなれつつある甲高い叫び声が聞こえてきた。
「ゴーニャってば、ほぼ毎回間違えてるよねぇ。そろそろ慣れようよ」
「だって……。目を瞑るとどっちがどっちだか、わからなくなっちゃうんだもの……」
「まあ、気持ちは分かるけどさ。いい加減……、うぇあっ!?」
唐突に花梨の珍しい叫び声が風呂場に響き渡ると、ゴーニャは急いで蛇口を閉め、ニヤついている表情を花梨に向けた。
「花梨っ、もしかしてぇ~?」
「……」
黙ったまま身震いをした花梨は、横目でゴーニャの様子を覗いてみると、左手で緩んだ口元を隠してニヤニヤとしている。
そして静かに俯き、もう一度ゴーニャに目を向けてから「あっはははは……、私も間違えちゃったや」と白状し、頬をポリポリと掻きながら苦笑いをした。
ゴーニャも釣られて笑って全てをうやむやにすると、気を取り直してから体を丹念に洗い、ゴーニャのリクエストした白い濁り湯へと向かう。
白い濁り湯も、この前入った青空のような濁り湯同様、床底にライトが仕込まれていて明るく光っており、まるで雲の上にいるような気分にさせてくれて、二人の胸を躍らせる。
二人は、逸る気持ちで雲の湯船に体を沈めると、微かにミルクのような甘い匂いが鼻を通っていく。
呼吸をするたびに、脳がだんだんとリラックスしていくのが分かり、その呼吸が自然と深呼吸に変わっていった。
トロみのある湯質が肌に絶え間なく吸いついていき、馴染むようにしっとりと優しく潤していく。そのトロみを肌で感じた花梨が、右手を左腕に滑らせて白い濁り湯の中へと落とした。
「んっはぁ~……。雨の降る音と甘い匂いが相まって、すっごく落ち着くや~。ん~、気持ちいいっ」
「ブクブクブク……」
「あっ、ゴーニャ。温泉でそういうのは、あまりやらない方がいいよ」
目を離していた隙にゴーニャが、口を湯船に沈めて空気を出して遊んでおり、花梨に言われて沈めていた口を上げると、不満そうな眼差しを花梨に向ける。
「このお湯、全然甘くないわっ……」
「そりゃそうだ……。もうやっちゃダメだよ? お腹壊しちゃうかもしれないからね」
そう注意をした花梨は、ふと夜空に目を向ける。今日は厚い雨雲が空を覆い隠しているせいで、天然のプラネタリウムの開園は見送られており、仕方なく温泉街に目を移した。
誰も歩いていない温泉街では、朧げに瞬いている黄色や白の提灯の灯りが、星の輝きもよりも儚く道を照らしている。
その弱い光を、心を空っぽにして眺めていると、視界がだんだんと霞んでホタルのような輝きに見えてきて、落ち着いた気分をノスタルジックな物へと塗り替えていく。
眠気にも似た夢心地気分の中。隣で静かにしていたゴーニャが口を開いた。
「こういう景色も悪くないわね」
「そうだねぇ。雨はあまり好きじゃないけど、たまにはいつもと違う雰囲気のある温泉街も、悪くはないかな」
雨音が奏でるヒーリングミュージックを聴き、雲の湯船で甘い匂いを堪能し、温かみのある提灯の灯りを細目で眺めていると、リラックスし過ぎて気持ちのいい睡魔が二人を襲い始め、寝落ちする前に露天風呂から上がっていった。
タオルで濡れた体と眠気を拭き取り、あくびを交えて服に着替え、いつもより冷たい空気を感じつつ自分達の部屋に戻っていく。
廊下よりやや温かい部屋に入ると、テーブルの上には存在感のある大きな土鍋が置いてあり、取り皿と山盛りのご飯。締めに入れるのであろうと予想される、うどんが土鍋を囲んでいる。
まだ熱い土鍋の蓋を開けてみると、中にはザク切りにされたキャベツや、厚めに輪切りされているニンジンとタマネギ。
一口大に斜め切りされたネギ。それらを覆い隠すほど大量に入っている豚肉。そして、その具材ら全てを真っ赤に染めているキムチ鍋が、湯気を昇らせながら現れた。
「んっはぁ~っ、食欲を刺激するいい匂い~! 肌寒い時には嬉しい夜飯だ」
「花梨っ、これはきっと辛《から》い料理でしょ?」
「正解! これはかなり美味しいよ~。それじゃあ、いただきまーす!」
「いただきますっ!」
二人が元気よく夜飯の号令を唱えると、花梨が取り皿を手にし、土鍋から具材とエキスが凝縮された赤いスープを入れてゴーニャに渡す。
花梨も同様に、自分の取り皿に一通りの具材とスープを入れると、二人は同時に大きな豚肉を箸で取り、一斉に口の中へと入れた。
まず初めに、程よくピリッとした辛さとニンニクの風味が口の中に広がるも、咀嚼をしていく内に染み出してきた豚肉の甘い脂が辛さを抑えていき、中和されていく。
しかし、その二つの風味で食欲が一気に増進され、堪らなくご飯が欲しくなり、二人は同時にご飯を口の中にかき込んだ。
「う~ん、キムチ鍋とご飯の相性抜群っ! ご飯が足りなくなっちゃいそうだなぁ」
「ちょうどいい辛さでおいしいわっ」
「ねっ、いくらでも食べられそうだ」
豚肉を更に食べると、歯ごたえが充分にあり、辛さを吹き飛ばす甘みのあるニンジン。箸で持ち上げると、崩れるほど柔らかくなっているタマネギ。
そして、下にまだ隠れていた大量のキャベツやニラ、ウィンナーを食べ進めつつ、合間にご飯を沢山口の中に入れていく。
案の定、土鍋の中にはまだ具が残っているにも関わらず、二人は先にご飯を完食してしまい、早めの締めに取り掛かる。
うどんを土鍋の中に入れてから少しかき混ぜ、キムチの赤い色がうどんに移り始めてから取り出し、花梨は豪快にすすり、ゴーニャは一本ずつちゅるんと食べた。
「コシが強くて、んまいっ。一度に二度鍋を楽しめるから、やっぱり締めは最高だなぁ」
「花梨っ、もっと食べたいわっ」
「おっ、いい食べっぷりだねぇ。はい、零さないように気をつけてね」
「ありがとっ!」
ゴーニャが笑顔でお礼を言うと、嬉しそうにうどんをすすり始め、その姿を見た花梨が微笑みながら話を続ける。
「ゴーニャ、美味しそうにうどんを食べるよねぇ」
「うんっ。初めて食べた物だから、うどんが一番大好きなの」
「なるほどね。それじゃあ今度にでも、うどんを使った料理が沢山ある『定食屋付喪』に行こっか。メニュー表を見たら目移りしちゃうかもよ~?」
「ほんとっ? 楽しみだわっ!」
「私も妖狐に変化して、油揚げがたっぷり入った裏メニューの料理を……、へっ、へへへっ……」
「妖狐? ……尻尾ぉ」
「ゔっ……」
体を小さく波立たせた花梨が、「た、食べてる時はなるべる触らないでね……」と言ってうどんをすすり、ゴーニャが「えぇ~っ……」と、文句を垂らしながらうどんを一本だけ口の中に入れた。
締めのうどんを食べ終え、残ったスープまで飲み干して土鍋の中を空っぽにすると、二人は体がポカポカに温まった事を感じつつ、天井に向かって余韻が含まれたため息をつく。
そして体が冷める前に、食器類を全て一階にある食事処に返却し、まだ夜飯の匂いが立ち込めている自分達の部屋へと戻る。
念入りに歯を磨いてからパジャマに着替えると、ゴーニャはベッドの上でゴロゴロと転がって遊び、花梨は日記を書き始めた。
今日は休みなので、ゴーニャと一緒に秋国山にある『ぶんぶく茶処』と、『秋国山小豆餅』に行ってきた!
秋国山に続く橋を渡っている途中、河童の川釣り流れを覗いてみると、相変わらず釣りをしている妖怪さんはいなかったけど、相撲目的なのか土俵に向かって長蛇の列が出来ていたんだ。
流蔵さん、楽しそうに生き生きと相撲を取っていたなぁ。私が相撲を取った時よりもかなり強くなっていたから、私も頑張らねば!
秋国山に着いて初めて山を登ってみたけど、秋がぎゅっと詰まった紅葉のトンネルは最高だったなぁ。次の休みにでも、また足を運ぼうかな?
その紅葉のトンネルの歩いていると、トンネルに囲まれているぶんぶく茶処を見つけたんだ。そこには化け狸の釜巳さんがいたんだけども、私の事を知っているような風だったし「こんなに大きくなって!」って言いながら、私に抱きついてきたんだ。
でも、不思議とイヤな気分にはまったくならなかったし、むしろ、安心感のある懐かしい感じがしたんだよなぁ。昔どこかで会った事があったんだろうか? ……う~ん、未だに思い出せないや。
それで、なぜか釜巳さんの奢りで甘味を食べる事になったんだけど、釜巳さんってば、頼んでいないのにどんどん甘味を持ってくるんだよ……。
どれも本当に美味しかったけど奢りだったし、悪いと思って丁重に断って逃げ出しちゃった。今度行った時に、お金を払わないと……。
その時になったら、ゴーニャと一緒になって全メニューを制覇してやるんだ!(もちろん、お金もちゃんと払う!)
次に秋国山小豆餅に行ったけど……、行ったんだけど……。そこには、カワイイ静か餅の硬嵐さんと、カッコイイ小豆洗いの洗香さんが居たんだ。
最初は、硬嵐さんが女、洗香さんを男だと思っていたけど、逆でね……。すっごいビックリしたなぁ……。もう見た目だけで性別を判断するのは、絶対にやめておこう……。
で、雨が降ってきたから妖狐に変化して、和傘を作って帰ったんだけど、どうやら妖狐と化け狸にとって、耳と尻尾は性感帯らしいんだ。(釜巳さんから聞いた)
ゴーニャにずっと狐の耳をいじられていたけど、触られるたびに、こう、ね? ビクンと来るというか、ね? 感じた、というか……。とりあえず色々と危ない状況だった……。次に妖狐に変化する時は、気をつけねば……。
せっかくの休日だってのに、雨が降ってくるなんてなぁ。明日は止んでるといいんだけど……。
「……止んでなかったら何をしようかなぁ」
「花梨っ、纏来ないわねっ」
「雨が降ってるからねぇ。……今日も二人で寝よっか」
「やったっ!」
そう決めた花梨は、カバンの中に日記をしまい込み、雨の雫が線を引いている窓から外を眺め、座敷童子の纏が居ない事を確認すると、ゴーニャと共にベッドの中へと潜りこんだ。
すかさずゴーニャは、夜飯のせいかいつもより温かくなっている花梨の体に抱きつき、微笑みながら顔を埋めて頬ずりをした。
「今日も花梨を独占よ! 嬉しいわっ」
「ふふっ、甘えん坊さんめ。おやすみゴーニャ」
「おやすみ、花梨っ」
甘えん坊と言った花梨もゴーニャをそっと抱きしめ、姉妹は静かに眠りへと落ちていく。普段聞こえる二人分の寝息は、強い雨音にかき消され、雨と共に地面の中に吸い込まれていった。
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