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18話-6、念を押す意味深な言葉
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永秋の前まで戻った二人は、断崖絶壁と化しているリヤカーを邪魔にならない場所に置き、四階にある支配人室へと向かっていった。
そして、キセルをふかしているぬらりひょんに、今日あった出来事を報告し終えると、黙々と聞いていたぬらりひょんがニヤリと笑みを浮かべる。
「ふっふっふっ。何はともあれ、牧場を満喫できてなによりだ。ほれ、今日の給料だ。受け取れ」
人間の姿に戻りつつある花梨が、ぬらりひょんから茶封筒を受け取る。胸を弾ませて中身を確認してみると、一万円札がピン札で二枚、顔を覗かせた。
花梨が「ありがとうございます!」と、感謝の言葉を述べつつ、リュックサックに茶封筒をしまっている中。ぬらりひょんがゴーニャに、優しい眼差しを向けた。
「どうだゴーニャよ、初めての牧場は楽しかったか?」
「うんっ。色々おいしい物も食べられたし、とっても楽しかったわっ!」
「そうかそうか、そりゃよかった。んでだ、花梨よ。明日は特別休暇だ。ゆっくりと休め。……と、言いたいところだが、夕方の五時になったら必ずここに来い。いいか? 必ず、だぞ?」
ぬらりひょんの念に念を押す言葉に対し、花梨が思わず首を傾げる。
「夕方の五時、ですか。分かりましたけど……、何かあるんですかね?」
「ある、大いにある。細かい事は明日説明してやるから、必ずここに来るんだぞ。それまでは自由に行動してるがよい」
「むう、気になるなぁ……。とりあえず夕方の五時ですね、了解です!」
「うむ。それじゃあ、お疲れさん」
頭にモヤモヤを残した花梨は、ゴーニャと共に支配人室を後にする。自分達の部屋へと戻ると、服に染みついた牧場の強い匂いを感じ取り、顔を歪めた花梨がゴーニャに目を向けた。
「牧場の匂いが服に移っちゃってるから、全部洗っちゃうか。私の服と下着を貸してあげるから、ゴーニャも全部脱いじゃって。お馬さんのヨダレも付いちゃってるしね。ネットに入れて一緒に洗っちゃおう」
「私の服も? わかったわっ」
そう決めた花梨は部屋に行き、カバンからオレンジ色のTシャツと白い下着を取り出し、脱衣場へと戻り、既にロリータドレスを脱ぎ終えていたゴーニャに差し出した。
ゴーニャが替えの服に着え始めた事を確認すると、着ていた衣類を全て小さく畳み、ネットに入れてから洗濯機の中へと入れる。
花梨も同様、牧場の匂いが移っている衣類を全て脱ぎ、素早く替えの服に着替え、脱いだ服を洗濯機に放り込む。洗剤を容量より多めに入れてから蓋をし、洗濯の開始ボタンを押した。
それと同時に、替えの服に着終わったゴーニャが、見慣れない自分の姿に困惑し、膝辺りまであるオレンジ色の大きなTシャツを、両手てグイッと引っ張った。
「な、なんか違和感が……。花梨の下着が大きくて、ぶかぶかするわっ」
「体格が違い過ぎるからねぇ。ほら、私ってナイスバディだしぃ? ナイスバディ、だしっ?」
「ないすばでえ? よくわからないわっ」
「ですよね~……。帽子は飛ばないように窓際に置いて、匂いを飛ばしておこう。じゃあ、露天風呂に行こっか」
替えの服に着替えた二人は、タオルを用意してから部屋を後にし、紅葉とした山々がライトアップされる『秋夜の湯』に向かっていく。
脱衣所で着たばかりの服を脱ぎ、タオルを体に巻いて風呂場へと入場する。先に、頭と身体にも染みついている匂いをシャンプー、コンディショナー、ボディソープを駆使し、泡に包み込んで一緒に洗い流していった。
花梨が頭を洗っている途中、また水とお湯を間違えたのか。隣からゴーニャの「ヒェヤッ!?」と悲鳴が上がり、花梨が、ふふっ、またやっちゃったか。と、静かに心の中でほくそ笑んだ。
そして全て洗い終えると、二人で景色がよく見える風呂の端まで行き、花梨は肩まで浸かりながら座り、ゴーニャは風呂の淵を腕に置き、体をプカッと浮かせながら白い濁り湯を堪能した。
何も考えずにぽけっとした表情をし、ライトアップされて赤と黄色が強調され、夜風で踊り明かしている山々を眺め、視覚からも癒されていくゴーニャがため息をついた。
「綺麗な景色ね……。ずっと見ていられるわっ」
「いいよねぇ。ここに浸かるのは三回目だけど、全然飽きないや。……ふうっ、今日もあかなめさん達がここを舐め掃除したのかなぁ」
満月になり切っていない小望月が浮かぶ夜空の下。二人は特に会話をする事も無く、ただひたすらに風で踊っている秋の山に目を奪われ、交互にため息をついていく。
しばらくすると、小望月がかなり移動している事に気がつき、仕方なく露天風呂から上がる事にした。脱衣所で牧場の匂いが無くなった体を拭き、服に着替えて自分達の部屋へと戻っていく。
部屋の扉を開けて中に入ると、テーブルの上に、ラップにくるまれた黒い丼ぶりが二つと、七味唐辛子の容器が置かれているのが目に入る。
テーブルの前に座ってから中を伺ってみると、半熟でふわふわとした卵の黄色い絨毯の中に、食欲をそそる焦げ目が付いた大ぶりの鶏肉と、厚めに切られたタマネギが包まれている親子丼が入っていた。
花梨が二つの丼ぶりのラップを取りつつ、初めて目にする親子丼に、疑問を抱きながら首を傾げる。
「鶏肉に焼き目が付いてる親子丼って、初めて見るなぁ。どんな味がするんだろ?」
「花梨っ、早く食べましょっ! おいしそうなご飯が冷めちゃうわっ」
「ゴーニャ、食い意地がだんだん私に似てきたねぇ。……もしかして、私のせいか? そ、それじゃあ、いただきまーす!」
「いただきますっ!」
夜飯の号令と共に、二人は一斉に箸を手に取り、卵の絨毯が乗ったご飯を口の中へと運ぶ。卵から薄っすらと醤油とかつお節の風味が顔を出し、卵だけでもご飯がグイグイと進んでいく。
焦げ目が付いた鶏肉は余分な脂が落ちており、見た目とは裏腹にサッパリとしている。しかし、カリカリに焼かれた皮の脂の主張がより激しく、口の中でパリッと音を奏でつつ、ギュッと詰まっていた脂を弾け飛ばしていった。
厚めのタマネギは焼かれた後に煮込まれたせいか、しんなりとしていて歯切れが柔らかく、噛むたびに、他の風味を押しのけるような甘さが染み出してくる。
にんまりとしながら無我夢中で食べ進め、気がついた時には半分以上食べていた花梨が、口の中にある物を飲み込んでから口を開いた。
「う~ん、鶏肉を焼いた親子丼も美味しいなぁ。覚えておこっと」
「花梨っ、この赤い容器はいったいなんなのかしら?」
「それは七味唐辛子だね。少しかけると味が一気に変わるから、半分ぐらい食べてからかけるといいよ。でも、あまりかけ過ぎないでね。すごい事になるから……」
「すごい事……? き、気をつけるわっ」
そう注意を促した花梨が、早速と思いつつ、親子丼に七味唐辛子を振りかけていく。
その姿を見たゴーニャも、早く七味唐辛子の味を試してみたいのか、慌てて親子丼を口の中にかき込んでいった。
そして、花梨の言う通りに半分ほど食べ終えると、黄色い卵の絨毯に七味唐辛子を振りかけ、赤い鮮やかな装飾を施し、ゆっくりと口の中へと運ぶ。
その卵の絨毯は、模様も風味も様変わりしており、ワサビやカラシとはまた違うピリッとした刺激が、舌や口の中を刺すように走っていった。
新たな風味に出会い、新しい刺激を受けたゴーニャが、思わず顔をギュッと歪める。
「んっ……! 口の中がピリピリするわっ」
「その感覚は辛いって言うんだよ。どう? 美味しい?」
「うんっ。最初はビックリしたけど、とってもおいしいわっ!」
「そっか、辛い食べ物も大丈夫そうだね。よかったよかった」
二人は顔を見合わせてから微笑むと、食欲をも刺激していく親子丼をガツガツと頬張り、あっという間に完食していった。
しばらく親子丼の余韻を味わった後。食器類を一階の食事処に返却し、自分達の部屋へと戻り、洗濯物を洗濯機から取り出していく。
シワが出来ないようハンガーに通し、風通しの良いカーテンレールに引っ掛けていると、ふと突然、窓の下の方から怪しい視線を感じ取った。
花梨は、恐る恐る窓から顔を出し、視線を下に向ける。するとそこには、座敷童子の纏が身を潜めるように壁に立っており、纏が花梨と目が合うと、「しまった」と嘆くように声を漏らした。
纏の焦っている表情にピンと来た花梨が、窓の淵に持たれ込み、悪どい笑みを浮かべる。
「纏姉さ~ん、いま来たんですかぁ~?」
「そ、そう。たったいま来た」
「本当にぃ~? 実は歯を磨くのがイヤでぇ、私達が歯を磨き終えるのを待っていたんでしょ~?」
「うっ」
図星を突かれた纏は、汗をダラダラと流しながら目が泳ぎ始める。的の真ん中を射た花梨は、逃がさまいと手招きをし「カモォ~ン」と、いやらしい口調で纏を呼んだ。
逃げ場を完全に失った纏が観念したのか、頭を垂らし、窓に歩み寄りながらボヤキ始める。
「妹がいじめてくる」
「おやおやぁ~? 人聞きが悪いですねぇ。私は纏姉さんの歯を思って言ってるんですよぉ~?」
「花梨、絶対に楽しんで言ってるよね」
「そんな事ないですよぉ~、うぇっへっへっへっ……」
「この妹、妖怪よりも怖い」
渋い顔をしながら纏が部屋に入ろうとした瞬間。部屋の中に居る、忌まわしきメリーさんの姿に似た少女が目に入り込む。
が、服装がいつもと違うせいか、一度その場にピタリと止まり、目をパチクリとさせる。そして、細目でじっと睨みつけてから口を開いた。
「そこにいる金髪でオレンジ色のTシャツを着た子、誰」
「ゴーニャよ! ワザと言ってるの!?」
「あっ、ゴーニャだった。イタズラで、親の服を着て遊んでいる子供みたいなのがいると思って」
「これは花梨の服よ! だったら、花梨は私のお母さんって事になるわねっ」
「え~っと? そうなると私は纏姉さんの妹で、ゴーニャのお母さん? だんだんと複雑になってきたなぁ……」
部屋の住人が三人となり、纏のえずき声が聞こえる歯磨きを終えると、纏とゴーニャは、ベッドの上に座って足をプラプラとさせながら静かに待機し、花梨は日記を書き始める。
今日は初めてとなる、ゴーニャと一緒に仕事の手伝いをしに行ってきた! と言っても、おつかいなんだけどもね。
今日行ったのは牛鬼牧場! 初めて極寒甘味処に行って、雹華さんからそこのソフトクリームは絶品だと言われた、あの牛鬼牧場だ。
ゴーニャとウキウキしながら巨大なリヤカーを引いていったけども、初めて牛鬼牧場で働いている人の姿顔を見たら、ゴーニャと共に固まってしまった……。
獅子舞となまはげを足して、二で割ったような顔をしてい、いや、失礼だなこれは……。でも、それ程までに怖かったんだ……。
体がカチコチに固まっている中、初めて接して話したのは牧場主である、牛鬼の馬之木さんだった。あのすごく威圧感のある顔をグイッと迫られて、本当に恐怖したよ……。
だけど、会話をしていく内に分かったんだけども、怖いのは表面だけで、中身はとても優しい人だった。そして、時間を潰すために、ゴーニャと一緒になって牛の乳搾り体験を始めたんだ!
まさか、普通に牧場体験が出来るとは思ってなかったから、胸が弾んじゃったなぁ。ゴーニャ、最初にしては牛の乳搾りがとても上手だった。
物覚えがとてもいいし、案外、少しやり方を教えれば何でも出来るかもしれないなぁ。色々と体験させてあげよっと。
そしてその後は、ずっと色んな物を食べてたんだ。思い出しただけでもヨダレが……。甘さがギュッと凝縮された牛乳に、待望だったソフトクリーム! シュークリームやプリン、ケーキ、クッキー、ロールケーキ、バーベキュー……。
二人揃って、かなり食べたな……。ゴーニャも私と同じぐらいに大食いみたいだ。今度二人で、色んな店に行って食べ歩きしてみようかな?
一人で牛鬼牧場に行っていたら、ここまで楽しくならなかっただろうなぁ。ゴーニャが一緒にいたから楽しかったんだ。明日も楽しい毎日が待ってると思うと、なんだかとってもワクワクしてくるや。
「ふふっ。ゴーニャと出会えて、本当によかったなぁ」
「えっ? 花梨っ、いま私の事を呼んだかしら?」
「呼んでないよ~。さてと、明日は夕方まで自由行動だし、ゆっくり寝よっか!」
そう決めた花梨がパジャマに着替え、いそいそとベッドの中に入り込んだ。
待機していた二人は、昨日と同じように右側に和服を着た纏。左側に、オレンジ色のTシャツを着たゴーニャが花梨の体にピッタリとひっつき、甘えるように体に頬ずりをしたゴーニャが口を開く。
「寝る時になったら、この花梨の服を着て寝てもいいかしら?」
「んっ? ああ、いいよ。じゃあ、そのTシャツはゴーニャにあげるね」
「やったっ! ありがとっ」
「ずるい、私も花梨の服が欲しい」
その会話を聞いていた纏も、すかさず我もと思いながら会話に割り込んできて、花梨が少し思案してから纏の方へと向いた。
「んー、残り十三着あるからー……。いいですよ、明日一着あげますね」
「やった。でも、明日は来れないから明後日お願い」
「そうなんですね、分かりました。それじゃあ二人共、おやすみなさい」
「おやすみ、花梨っ」
「おやすみ花梨」
体の右側に姉。左側に娘を挟んだ母親である妹は、現状にまんざらでもない様子で微笑みながら寝息を立て、その後を追うように、姉と娘も静かに寝息を立て始めた。
そして、キセルをふかしているぬらりひょんに、今日あった出来事を報告し終えると、黙々と聞いていたぬらりひょんがニヤリと笑みを浮かべる。
「ふっふっふっ。何はともあれ、牧場を満喫できてなによりだ。ほれ、今日の給料だ。受け取れ」
人間の姿に戻りつつある花梨が、ぬらりひょんから茶封筒を受け取る。胸を弾ませて中身を確認してみると、一万円札がピン札で二枚、顔を覗かせた。
花梨が「ありがとうございます!」と、感謝の言葉を述べつつ、リュックサックに茶封筒をしまっている中。ぬらりひょんがゴーニャに、優しい眼差しを向けた。
「どうだゴーニャよ、初めての牧場は楽しかったか?」
「うんっ。色々おいしい物も食べられたし、とっても楽しかったわっ!」
「そうかそうか、そりゃよかった。んでだ、花梨よ。明日は特別休暇だ。ゆっくりと休め。……と、言いたいところだが、夕方の五時になったら必ずここに来い。いいか? 必ず、だぞ?」
ぬらりひょんの念に念を押す言葉に対し、花梨が思わず首を傾げる。
「夕方の五時、ですか。分かりましたけど……、何かあるんですかね?」
「ある、大いにある。細かい事は明日説明してやるから、必ずここに来るんだぞ。それまでは自由に行動してるがよい」
「むう、気になるなぁ……。とりあえず夕方の五時ですね、了解です!」
「うむ。それじゃあ、お疲れさん」
頭にモヤモヤを残した花梨は、ゴーニャと共に支配人室を後にする。自分達の部屋へと戻ると、服に染みついた牧場の強い匂いを感じ取り、顔を歪めた花梨がゴーニャに目を向けた。
「牧場の匂いが服に移っちゃってるから、全部洗っちゃうか。私の服と下着を貸してあげるから、ゴーニャも全部脱いじゃって。お馬さんのヨダレも付いちゃってるしね。ネットに入れて一緒に洗っちゃおう」
「私の服も? わかったわっ」
そう決めた花梨は部屋に行き、カバンからオレンジ色のTシャツと白い下着を取り出し、脱衣場へと戻り、既にロリータドレスを脱ぎ終えていたゴーニャに差し出した。
ゴーニャが替えの服に着え始めた事を確認すると、着ていた衣類を全て小さく畳み、ネットに入れてから洗濯機の中へと入れる。
花梨も同様、牧場の匂いが移っている衣類を全て脱ぎ、素早く替えの服に着替え、脱いだ服を洗濯機に放り込む。洗剤を容量より多めに入れてから蓋をし、洗濯の開始ボタンを押した。
それと同時に、替えの服に着終わったゴーニャが、見慣れない自分の姿に困惑し、膝辺りまであるオレンジ色の大きなTシャツを、両手てグイッと引っ張った。
「な、なんか違和感が……。花梨の下着が大きくて、ぶかぶかするわっ」
「体格が違い過ぎるからねぇ。ほら、私ってナイスバディだしぃ? ナイスバディ、だしっ?」
「ないすばでえ? よくわからないわっ」
「ですよね~……。帽子は飛ばないように窓際に置いて、匂いを飛ばしておこう。じゃあ、露天風呂に行こっか」
替えの服に着替えた二人は、タオルを用意してから部屋を後にし、紅葉とした山々がライトアップされる『秋夜の湯』に向かっていく。
脱衣所で着たばかりの服を脱ぎ、タオルを体に巻いて風呂場へと入場する。先に、頭と身体にも染みついている匂いをシャンプー、コンディショナー、ボディソープを駆使し、泡に包み込んで一緒に洗い流していった。
花梨が頭を洗っている途中、また水とお湯を間違えたのか。隣からゴーニャの「ヒェヤッ!?」と悲鳴が上がり、花梨が、ふふっ、またやっちゃったか。と、静かに心の中でほくそ笑んだ。
そして全て洗い終えると、二人で景色がよく見える風呂の端まで行き、花梨は肩まで浸かりながら座り、ゴーニャは風呂の淵を腕に置き、体をプカッと浮かせながら白い濁り湯を堪能した。
何も考えずにぽけっとした表情をし、ライトアップされて赤と黄色が強調され、夜風で踊り明かしている山々を眺め、視覚からも癒されていくゴーニャがため息をついた。
「綺麗な景色ね……。ずっと見ていられるわっ」
「いいよねぇ。ここに浸かるのは三回目だけど、全然飽きないや。……ふうっ、今日もあかなめさん達がここを舐め掃除したのかなぁ」
満月になり切っていない小望月が浮かぶ夜空の下。二人は特に会話をする事も無く、ただひたすらに風で踊っている秋の山に目を奪われ、交互にため息をついていく。
しばらくすると、小望月がかなり移動している事に気がつき、仕方なく露天風呂から上がる事にした。脱衣所で牧場の匂いが無くなった体を拭き、服に着替えて自分達の部屋へと戻っていく。
部屋の扉を開けて中に入ると、テーブルの上に、ラップにくるまれた黒い丼ぶりが二つと、七味唐辛子の容器が置かれているのが目に入る。
テーブルの前に座ってから中を伺ってみると、半熟でふわふわとした卵の黄色い絨毯の中に、食欲をそそる焦げ目が付いた大ぶりの鶏肉と、厚めに切られたタマネギが包まれている親子丼が入っていた。
花梨が二つの丼ぶりのラップを取りつつ、初めて目にする親子丼に、疑問を抱きながら首を傾げる。
「鶏肉に焼き目が付いてる親子丼って、初めて見るなぁ。どんな味がするんだろ?」
「花梨っ、早く食べましょっ! おいしそうなご飯が冷めちゃうわっ」
「ゴーニャ、食い意地がだんだん私に似てきたねぇ。……もしかして、私のせいか? そ、それじゃあ、いただきまーす!」
「いただきますっ!」
夜飯の号令と共に、二人は一斉に箸を手に取り、卵の絨毯が乗ったご飯を口の中へと運ぶ。卵から薄っすらと醤油とかつお節の風味が顔を出し、卵だけでもご飯がグイグイと進んでいく。
焦げ目が付いた鶏肉は余分な脂が落ちており、見た目とは裏腹にサッパリとしている。しかし、カリカリに焼かれた皮の脂の主張がより激しく、口の中でパリッと音を奏でつつ、ギュッと詰まっていた脂を弾け飛ばしていった。
厚めのタマネギは焼かれた後に煮込まれたせいか、しんなりとしていて歯切れが柔らかく、噛むたびに、他の風味を押しのけるような甘さが染み出してくる。
にんまりとしながら無我夢中で食べ進め、気がついた時には半分以上食べていた花梨が、口の中にある物を飲み込んでから口を開いた。
「う~ん、鶏肉を焼いた親子丼も美味しいなぁ。覚えておこっと」
「花梨っ、この赤い容器はいったいなんなのかしら?」
「それは七味唐辛子だね。少しかけると味が一気に変わるから、半分ぐらい食べてからかけるといいよ。でも、あまりかけ過ぎないでね。すごい事になるから……」
「すごい事……? き、気をつけるわっ」
そう注意を促した花梨が、早速と思いつつ、親子丼に七味唐辛子を振りかけていく。
その姿を見たゴーニャも、早く七味唐辛子の味を試してみたいのか、慌てて親子丼を口の中にかき込んでいった。
そして、花梨の言う通りに半分ほど食べ終えると、黄色い卵の絨毯に七味唐辛子を振りかけ、赤い鮮やかな装飾を施し、ゆっくりと口の中へと運ぶ。
その卵の絨毯は、模様も風味も様変わりしており、ワサビやカラシとはまた違うピリッとした刺激が、舌や口の中を刺すように走っていった。
新たな風味に出会い、新しい刺激を受けたゴーニャが、思わず顔をギュッと歪める。
「んっ……! 口の中がピリピリするわっ」
「その感覚は辛いって言うんだよ。どう? 美味しい?」
「うんっ。最初はビックリしたけど、とってもおいしいわっ!」
「そっか、辛い食べ物も大丈夫そうだね。よかったよかった」
二人は顔を見合わせてから微笑むと、食欲をも刺激していく親子丼をガツガツと頬張り、あっという間に完食していった。
しばらく親子丼の余韻を味わった後。食器類を一階の食事処に返却し、自分達の部屋へと戻り、洗濯物を洗濯機から取り出していく。
シワが出来ないようハンガーに通し、風通しの良いカーテンレールに引っ掛けていると、ふと突然、窓の下の方から怪しい視線を感じ取った。
花梨は、恐る恐る窓から顔を出し、視線を下に向ける。するとそこには、座敷童子の纏が身を潜めるように壁に立っており、纏が花梨と目が合うと、「しまった」と嘆くように声を漏らした。
纏の焦っている表情にピンと来た花梨が、窓の淵に持たれ込み、悪どい笑みを浮かべる。
「纏姉さ~ん、いま来たんですかぁ~?」
「そ、そう。たったいま来た」
「本当にぃ~? 実は歯を磨くのがイヤでぇ、私達が歯を磨き終えるのを待っていたんでしょ~?」
「うっ」
図星を突かれた纏は、汗をダラダラと流しながら目が泳ぎ始める。的の真ん中を射た花梨は、逃がさまいと手招きをし「カモォ~ン」と、いやらしい口調で纏を呼んだ。
逃げ場を完全に失った纏が観念したのか、頭を垂らし、窓に歩み寄りながらボヤキ始める。
「妹がいじめてくる」
「おやおやぁ~? 人聞きが悪いですねぇ。私は纏姉さんの歯を思って言ってるんですよぉ~?」
「花梨、絶対に楽しんで言ってるよね」
「そんな事ないですよぉ~、うぇっへっへっへっ……」
「この妹、妖怪よりも怖い」
渋い顔をしながら纏が部屋に入ろうとした瞬間。部屋の中に居る、忌まわしきメリーさんの姿に似た少女が目に入り込む。
が、服装がいつもと違うせいか、一度その場にピタリと止まり、目をパチクリとさせる。そして、細目でじっと睨みつけてから口を開いた。
「そこにいる金髪でオレンジ色のTシャツを着た子、誰」
「ゴーニャよ! ワザと言ってるの!?」
「あっ、ゴーニャだった。イタズラで、親の服を着て遊んでいる子供みたいなのがいると思って」
「これは花梨の服よ! だったら、花梨は私のお母さんって事になるわねっ」
「え~っと? そうなると私は纏姉さんの妹で、ゴーニャのお母さん? だんだんと複雑になってきたなぁ……」
部屋の住人が三人となり、纏のえずき声が聞こえる歯磨きを終えると、纏とゴーニャは、ベッドの上に座って足をプラプラとさせながら静かに待機し、花梨は日記を書き始める。
今日は初めてとなる、ゴーニャと一緒に仕事の手伝いをしに行ってきた! と言っても、おつかいなんだけどもね。
今日行ったのは牛鬼牧場! 初めて極寒甘味処に行って、雹華さんからそこのソフトクリームは絶品だと言われた、あの牛鬼牧場だ。
ゴーニャとウキウキしながら巨大なリヤカーを引いていったけども、初めて牛鬼牧場で働いている人の姿顔を見たら、ゴーニャと共に固まってしまった……。
獅子舞となまはげを足して、二で割ったような顔をしてい、いや、失礼だなこれは……。でも、それ程までに怖かったんだ……。
体がカチコチに固まっている中、初めて接して話したのは牧場主である、牛鬼の馬之木さんだった。あのすごく威圧感のある顔をグイッと迫られて、本当に恐怖したよ……。
だけど、会話をしていく内に分かったんだけども、怖いのは表面だけで、中身はとても優しい人だった。そして、時間を潰すために、ゴーニャと一緒になって牛の乳搾り体験を始めたんだ!
まさか、普通に牧場体験が出来るとは思ってなかったから、胸が弾んじゃったなぁ。ゴーニャ、最初にしては牛の乳搾りがとても上手だった。
物覚えがとてもいいし、案外、少しやり方を教えれば何でも出来るかもしれないなぁ。色々と体験させてあげよっと。
そしてその後は、ずっと色んな物を食べてたんだ。思い出しただけでもヨダレが……。甘さがギュッと凝縮された牛乳に、待望だったソフトクリーム! シュークリームやプリン、ケーキ、クッキー、ロールケーキ、バーベキュー……。
二人揃って、かなり食べたな……。ゴーニャも私と同じぐらいに大食いみたいだ。今度二人で、色んな店に行って食べ歩きしてみようかな?
一人で牛鬼牧場に行っていたら、ここまで楽しくならなかっただろうなぁ。ゴーニャが一緒にいたから楽しかったんだ。明日も楽しい毎日が待ってると思うと、なんだかとってもワクワクしてくるや。
「ふふっ。ゴーニャと出会えて、本当によかったなぁ」
「えっ? 花梨っ、いま私の事を呼んだかしら?」
「呼んでないよ~。さてと、明日は夕方まで自由行動だし、ゆっくり寝よっか!」
そう決めた花梨がパジャマに着替え、いそいそとベッドの中に入り込んだ。
待機していた二人は、昨日と同じように右側に和服を着た纏。左側に、オレンジ色のTシャツを着たゴーニャが花梨の体にピッタリとひっつき、甘えるように体に頬ずりをしたゴーニャが口を開く。
「寝る時になったら、この花梨の服を着て寝てもいいかしら?」
「んっ? ああ、いいよ。じゃあ、そのTシャツはゴーニャにあげるね」
「やったっ! ありがとっ」
「ずるい、私も花梨の服が欲しい」
その会話を聞いていた纏も、すかさず我もと思いながら会話に割り込んできて、花梨が少し思案してから纏の方へと向いた。
「んー、残り十三着あるからー……。いいですよ、明日一着あげますね」
「やった。でも、明日は来れないから明後日お願い」
「そうなんですね、分かりました。それじゃあ二人共、おやすみなさい」
「おやすみ、花梨っ」
「おやすみ花梨」
体の右側に姉。左側に娘を挟んだ母親である妹は、現状にまんざらでもない様子で微笑みながら寝息を立て、その後を追うように、姉と娘も静かに寝息を立て始めた。
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。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。
こども病院の日常
moa
キャラ文芸
ここの病院は、こども病院です。
18歳以下の子供が通う病院、
診療科はたくさんあります。
内科、外科、耳鼻科、歯科、皮膚科etc…
ただただ医者目線で色々な病気を治療していくだけの小説です。
恋愛要素などは一切ありません。
密着病院24時!的な感じです。
人物像などは表記していない為、読者様のご想像にお任せします。
※泣く表現、痛い表現など嫌いな方は読むのをお控えください。
歯科以外の医療知識はそこまで詳しくないのですみませんがご了承ください。
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