あやかし温泉街、秋国

桜乱捕り

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18話-5、忽然と姿を消すメリーさん

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 沢山の笑い声が飛び交うバーベキューが終わりを迎え、名残惜しみつつ後片付けの手伝いをした後。

 ほがらかな表情をしている馬之木ばのきに、「もう少しで肉の準備が終わるから、適当に時間を潰しててくれな」と言われ、二人は再び販売所へと向かっていく。
 そして、販売所の前でゴーニャを待機させると、花梨だけが店の中に入っていく。全ての締めとしてコーヒー牛乳を購入すると、鼻歌を交えながら外へと出ていった。

「お待たせゴーニャ、牛乳と同じぐらい美味しい物を買ってきた……、あれっ、ゴーニャ?」

 店から出てきた花梨が、ゴーニャにコーヒー牛乳を差し出そうとするも、どこにも姿が見当たらない。辺りを見渡してみても、いるのは作業をしている牛鬼や、牧場を堪能している妖怪の姿だけであった。
 予期せぬ事態にだんだんと、とてつもなく嫌な予感と薄暗い不安が、焦りを感じている心に込み上げてくる。

 コーヒー牛乳を地面に置き、ゴーニャを探しに行こうとした矢先、携帯電話から着信を知らせる黒電話の音が鳴り始めた。
 慌てて携帯電話をポケットから取り出し、画面を見てみると非通知と表示されており、ゴーニャからの電話だ! と直感し、すぐさま発信ボタンを押して「もしもし! ゴーニャ!?」と、声を荒げながら電話に出た。

「私、メリーさん。いま、いまっ……、ここ、どこなの……?」

 電話に出たゴーニャが自分に対し、怯えるほどまでに嫌がっていた「メリーさん」という名を言い放ち、花梨は一瞬言葉が詰まるも、ゴーニャの声を聞けて少し安心しながら話を続ける。

「私に聞かれてもなぁ……。牛鬼牧場内にはいるの?」

「うん、いるわっ……。宙に浮いてるヒラヒラした物を追いかけてたら、とある建物内に入っていったの……、グスッ。私も一緒になってその中に入ったら、大きい茶色い奴に捕まって……、動けないでいるの……」

「ヒラヒラした物? ……チョウかな? それにしても大きい茶色い奴って、いったい……?」

 捕まっていると聞き、想像したくなかった最悪の事態を想定し始めると、電話越しからゴーニャのすすり泣く声に混じり、「ヒヒーン! ブルルッ」と、馬のいななきが聞こえ、「ああ、なるほど。馬に捕まっているのか……」と、胸を撫で下ろした。

 ゴーニャの居場所が分かると、近くに居た牛鬼に馬小屋の場所を聞きだし、泣いているゴーニャを励ましつつ、駆け足で馬小屋へと向かっていく。
 牛鬼に教えてもらった馬小屋を見つけると、猛ダッシュで中へと入る。息を荒げながら中を見渡してみると、一番手前の柵にいる馬に、服の背中部分を咥えられ、目に涙を浮かべてぶら下がっているゴーニャの姿があった。

「花梨っ、助けてぇ……。ううっ……」

 手足を無気力に垂らしているゴーニャの姿を見た花梨は、ぬう、カワイイ……。写真を撮りたいけど、ゴーニャ怒るだろうなぁ……。と思いつつ、通話が切れた携帯電話をポケットに入れる。

 そして、まだ自制心が乗っている内に、足を忍ばせて馬に近づいていく。馬の隣まで来ると、刺激を与えないように「よしよし……」と言いながら、ひたいから鼻先にかけ、サラサラした毛並みをなぞるように優しく撫で始めた。

 撫でられて機嫌を良くした馬は、花梨に甘えるように鼻を擦り寄せてくると同時に、咥えていたゴーニャの服をパッと離す。
 花梨は慌てて、落下していくゴーニャの体を包み込むように抱きしめ、大きな安堵をため息をついた。

 ロリータドレスの背中の部分が、馬の唾液で湿っており、咥えられていた箇所がしわくちゃになっている。花梨に救われて安心したのか、ゴーニャが目に溜めていた涙を頬へと伝わせた。

「グスッ……、ありがとっ……」

「あ~あ、綺麗なドレスがヨダレでびっちゃびちゃだ。永秋えいしゅうに帰ったらすぐに洗っちゃおうね」

 そう言った花梨は、ゴーニャを地面に下ろしてからしゃがみ込み、泣いているゴーニャの頭をそっと撫で、温かな声でなだめ始める。

「怖かった?」

「……とっても、怖かったわっ……」

「これからは勝手に離れちゃダメだよ? ゴーニャが急にいなくなったから、すごく心配したんだからね?」

「ご、ごめんなさい……」

「うん、分かればよろしい」

 ゴーニャが反省の色を見せると花梨は、両手でゴーニャの柔らかい頬を包み、流れている涙と目を親指でそっとぬぐう。
 涙を拭われたゴーニャは、花梨の両手に自分の小さな手を添え「花梨の手、とってもあったかいわっ」と、涙を流すのを止め、ふんわりと微笑んだ。

 その無垢な微笑みを見て、ニコっと笑みを返した花梨が、ゴーニャを抱っこしてから話を続ける。

「それじゃあ、戻ろっか」

「うんっ」

 ゴーニャが、もう離れまいと花梨の服をギュッと握ると、二人は馬に手を振りながら馬小屋を後にした。

 外に出てから三度販売所へと向かい、ゴーニャが食べたがっていたウィンナーを六袋。牛乳とコーヒー牛乳、イチゴ牛乳を二本ずつ。コーンビーフを二缶。ビーフジャーキーを三袋購入し、販売所を後にする。
 買い物袋を携えた花梨が、「お腹がすいた時にでも一緒に食べようねぇ」と、胸を弾ませて言うと、「そうね、楽しみだわっ!」と、ゴーニャが微笑みながら言葉を返す。

 二人揃って買い物袋の中を見て、どうやって食べようか考えていると、その考えを遮るように牛鬼牧場の入口付近から、二人の名前を叫ぶ馬之木の声が聞こえてきた。

「秋風さぁ~ん、ゴーニャさぁ~ん。肉の用意が完了したど~」

「あっ、はーい! いま行きま、ゔっ……」

 その声を聞き、花梨が明るく返事をしようとした瞬間。目に映った巨大な物体により、明るい返事が途中で喉を詰まり、奥へと戻っていく。

 かつて木霊農園こだまのうえんでも見た、野菜山脈よりも数倍高いシートが覆いかぶさった断崖絶壁があり、背景にある緑緑りょくりょくしい山の色を塗り替えつつ、引いてきたリヤカーに積まれている。
 口をヒクつかせた花梨は、呆気に取られながら馬之木の元へと歩み寄り、力強く佇んでいる断崖絶壁のシートを見上げてから口を開いた。

「ば、馬之木さん……。この崖みたいな奴の重さは、いったい何トンあるんですかね……?」

「あー、おおよそ二十トン前後かぁ? どうやって引くんだこれ?」

「あっはははは……、すごーい……。このリヤカー何の素材で出来てるんだろう……、気になる~……」

 花梨がヤケクソ気味に愚痴をこぼすと、横にいたゴーニャも目の前にある断崖絶壁を見上げ、目をパチクリとさせて「あ~……」と、呆然とした声を漏らす。
 決めたくない覚悟を決めた花梨は、どうせ茨木童子にならないと引けないなら、人間の姿で引けるか試す必要はないなぁ……。と思い、リュックサックから剛力酒ごうりきしゅを取り出した。

 そして、多めに飲んで茨木童子の姿になって準備を終えると、初めてその姿を目撃したゴーニャが、後ずさりをしながら震える手で花梨に指を差した。

「か、花梨っ? 花梨よね!? 急にどうしちゃったの、その恰好っ!!」

「んっ? ああ、そっか! ゴーニャにはまだ言ってなかったね。これは茨木童子って言う妖怪の姿だよ」

「よ、妖怪……? 花梨っ、人間じゃ、なかったの……?」

「いやっ、人間だよ!? え~っと……、この赤いひょうたんの中に剛力酒っていうお酒が入ってて、飲むとすごい力持ちになれるんだ。だけど、副作用があって茨木童子になっちゃうんだよねぇ。ちなみに、あと二種類別の妖怪になれるんだ~。そのうち見せてあげるから、楽しみにしててね」

 ゴーニャに誤解を与えぬよう、自分は決して妖怪ではないという説明を済ませた後。二十トン以上はあろうリヤカーの前ハンドルを持ち、引けると信じて動かし始める。
 若干重さを感じるものの、リヤカーがタイヤを沈めながら動き出す。難なく引けると分かった花梨は、安心するようにホッとため息をつき、馬之木の方へと向いてニコッと笑った。

「馬之木さん。お肉の準備と、美味しいバーベキューありがとうございました!」

「全然構わねぇだ。それより、それを引ける秋風さんにビックリしただぁ。相当力持ちなんだなぁ」

「私も、正直この力の強さには驚いています。どれだけ重い物を持てるのか、気になってきちゃいました」

「そうかぁ、今度はもっと沢山の肉を持ってってくれなぁ。いつでも歓迎するど」

「あっははは……、分かりました。それじゃあゴーニャ、永秋えいしゅうに帰ろっか。それではっ!」

 リヤカーに乗れなくなったゴーニャは、一度馬之木に向かって「ありがとうございましたっ!」と、ペコリと頭を下げ、買い物袋をリヤカーに引っ掛けると、花梨のすぐ横を歩きながら牛鬼牧場を後にする。

 柵の向こう側にいる動物達に手を振りつつ、春と夏が入り交じった季節の終わりを告げるススキ畑まで戻ると、再び永遠の秋の季節が花梨とゴーニャを迎え入れた。
 新しい居住区が気に入らなかったのか、午前中に引越しを終えたばかりの赤トンボが、静かな攻防戦を繰り広げたゴーニャの帽子へとまり、帰路に就く仲間が静かに増える。

 赤トンボに気がついていないゴーニャは、道端に落ちていた手頃な木の棒を拾い上げ、ぶんぶんと振り回しながら鼻歌を交え、リヤカーを引いている花梨の事を楽しませた。
 その、元気の出る鼻歌を静かに聴いていた花梨も、自然とニコニコしながらゴーニャを追いかけるように、鼻歌を歌い始める。

 そして花梨は心の中で、今日は本当に楽しかったなぁ。もし、一人で牛鬼牧場に来てたらどうなってたんだろう? ……ふふっ、まったく想像できないや。と、ゴーニャの小さな背中を見て、そっとほくそ笑む。
 今まで一つだけしか無かった寂しい影法師は二つとなり、帰り道を照らしている夕日で背を伸ばしつつ、温泉街へと帰っていった。
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