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14話-1、泣き虫でおっちょこちょいな来訪者
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温泉街が、穏やかで温かな空気に包まれている昼の十一時頃。
一度も起きずに爆睡をしている花梨の部屋内に、携帯電話から着信を知らせる黒電話のベルの音が鳴り始めた。
その、温泉街に来てから初めて鳴る音に、深い眠りを妨げられた花梨は、目を開かぬまま、筋肉痛で動かしづらい腕を携帯電話へと伸ばす。
「イテテ、誰だぁ~? 鵺さんかなぁ~……」
花梨は、あくびをついてから携帯電話の画面を覗いてみると、鵺という文字ではなく非通知と表示されていた。
深い睡魔に襲われつつ「なんかの業者かなぁ~……」と、ボヤキながらも発信ボタンを押し、「もしもぉ~し……、秋風ですけどぉ~」と、今にも眠りに落ちそうな声で対応を始める。
「や、やった! 出てくれたっ! あ、あのっ! あっ……」
「ん~?」
電話からワンパクで無邪気そうな少女の声がするも、突然黙り込んでしまい、花梨は思わず首を傾げた。
しばらく間、黙って相手の返答を待ってみるも結果は変わらず、不思議に思いながら花梨が話を続ける。
「あの~、どちら様ですか?」
「……私、メリーさん。いま、人気の無い山奥にいるの」
「メリーさん? あっ、切れちゃった。……メリーさんって確か、電話に出るたびに近づいて来るって言う、あのメリーさんだっけ? ……ってことは、また電話が掛かってくるのかな?」
今の対応で目が覚めてしまった花梨は、重い体を起こしてベッドの上で胡座をかき、腕を組みながら再び着信が来るのを待ち構えた。
しかし、五分、十分と待ってみるも着信は無く、やっぱりイタズラ電話だったのか? と、考えると、相手の事を忘れるようにベッドから抜け出し始める。
すると、持っていた携帯電話から着信を知らせる黒電話のベルの音が鳴り始め、花梨は画面を確認せず慌てて携帯電話の発信ボタンを押した。
「もしもし、秋風ですけど」
「私、メリーさん。いま、駅の近くにいるの」
「あのっ、君は本物の……、また切れちゃったや。結構近くまで来たなぁ。次は、永秋の前辺りかな?」
そう予想した花梨は、カバンから百倍の倍率までズームできる双眼鏡を取り出し、カーテンの隙間から温泉街の様子を確認し始めた。
しばらく妖怪達が闊歩している大通りを眺めてみるも、声の主と一致しそうな容姿の人物は見当たらず、もしかして、アパートの方に行っちゃってる……? と、心配そうに思案する。
そして、大通りの観察をやめると同時に携帯電話から着信があり、双眼鏡を置いてから三度目の電話に出た。
「私、メリーさん。いま、あなたのアパートの前にいるの」
「げっ、やっぱりそっちに行っちゃったか。私はそっちには……、切れちゃったよ……。まあ、またすぐに掛かってくるか」
花梨の予想通り、ものの数秒で携帯電話が鳴り始め、四度目の非通知の電話に出る。
「私、メリーさん。いま、あなたの部屋の扉の前にいるの」
「ちょっと私の話を聞いて。その部屋に私は―――」
「ふふふっ、もう遅いわっ」
電話の相手が、花梨の言葉を遮るように可愛げな笑い声を発すると、電話越しからギィッと、確かに鍵を掛けたハズの扉の音が聞こえてきた。
そこから電話の相手は終始「ふふふふっ」と、獲物を物色するように笑っていたが、不意にピタリとその笑い声が止まり、今度は困惑した声が聞こえてきた。
「……あれっ? 誰も、いない? あれっ? あれっ!? も、もしかして、逃げちゃったの……?」
「だから、元々そっちに私は―――」
「に、逃げられちゃった……。そんなぁ、私の最後の希望が……、うぅっ、グスッ……、ヒック……」
「な、泣いてるの? だから、ちょっと私の話を聞いてってば!」
「……グスッ、なによ?」
「私は今、住み込みで働いていて、そのアパートにはいないんだよ」
「そうなの……? グスッ……。ね、ねぇ……、そっちに行っても、いいかしら?」
その懇願するような願いを聞いた花梨は、メリーさんって人間ではないよなぁ……。妖怪? それとも都市伝説の類だっけ? まあ、人間じゃなければ、この温泉街に招いても大丈夫かな? と、軽く思案する。
「あっ、あー……。まあ、大丈夫だと思うけど……。いま私がいる場所、分かる?」
「わからないわっ……、グスッ」
「ふうっ、仕方ない。じゃあ、ここまでエスコートしてあげるよ。まずは、駅まで戻ってくれる?」
「本当っ!? 駅ね、わかったわっ!」
そこから花梨は、メリーさんと名乗る少女を秋国まで来させる為のエスコートを始めた。駅まで向かわせると、駅の構内にある普通の人間には見えない駅事務室まで少女を誘導させる。
が、駅事務室に入らせた途端、電話越しから焦りを感じる少女の声が聞こえてきた。
「ねえ、ちょっと。部屋の中にいた奴に「どこまで?」って言われたんだけど、なんて答えればいいのかしら……」
「えっ、なにそれ? ……え~っと、秋国まで~、とか言えばいいの、かなぁ?」
「あ、あきぐに? えと、あきぐにまでよっ。……やったっ、通してくれたわっ!」
「合ってた! じゃあ、そこから奥に進むと駅のホームがあるから、そこにある電車に乗ってちょうだい」
「わかったわっ」
花梨がそう指示を出すと、携帯電話から扉の開く音が聞こえてきた。
通路の奥にある地下鉄の駅に止まっている電車に『秋国行き』と、表示されている事を確認させ、その電車に乗るよう少女に指示を出す。
しばらくすると、電話越しからガタンゴトンという電車が走っている音と、少女の不安そうにしている声が聞こえてきた。
「こ、この電車、いったいどこに向かっているのかしら……?」
「さっき言った秋国っていう、妖怪による妖怪ためだけの国に向かっているよ」
「妖怪ためだけの国……? なによそれ、あんた人間でしょ? なんでそんな所にいるのよ」
「話すと長くなるんだよね~。電車が止まったら近くにコンクリート製の階段があるから、そこを上ってね」
「階段……、わかったわっ」
少女が確認するようにそう言うと、通話が一旦そこで途切れた。花梨は再び双眼鏡を用意し、部屋から少女の姿を伺う為にこそこそと準備を始める。
そして、窓の外を覗こうとした瞬間、五度目の非通知の電話が掛かってきた。
「私、メリーさん。いま、あきぐに? ……に、いるの。あんたはいったいどこにいるのよ」
「まさか、メリーさんに居場所を尋ねられるとは……。そこから見て一番奥に、一際大きい建物があって、その建物からモクモクと白い煙が出ているのが見える? その建物を正面から見て、四階の一番左側の部屋に私がいるよ」
「正面の建物……? あっ、あれねっ! やっと、やっと会えるわっ! ……グスッ」
「また泣いてる……。あれ、切れちゃった。ふっふっふっ、しかーし、先に双眼鏡で君の姿を確認しちゃうもんね~」
そう言ってニヤついた花梨は、カーテンの隙間から自分の姿を隠しつつ、双眼鏡で駅の方面を確認し始める。
情緒溢れる温泉街の街並みの中で一人、浮いている姿をしている少女が永秋に向かって走って来ているのを見つけ、その姿を追った。
つばの広い白い帽子を深くかぶっているせいで、顔やその表情を伺う事ができない。少し青みがかった白いロリータドレスを身に纏っており、真っ赤なストラップシューズを履いている。
細い腕で、目の部分を擦っている素振りをしている事から花梨は、「やっぱり泣いているのかな? なんでだろう……」と、多少の気がかりが生まれる。
少女はおもむろに携帯電話を取り出し、誰かに電話を掛けるような仕草をすると、花梨の携帯電話に着信が入ってきた。
その音を聞いた花梨は、「おっ、来たな~」と、呟きながら非通知の電話に出る。
「わ、私、メリーさん。……グスッ。この建物の名前、なんて言うのよ?」
「グダグダだなぁ。永秋って言うんだよ」
「ありがとっ……、ヒック……。私、メリーさん。いま、永秋の前にいるの」
「……切れた。なんかもう、可愛くなってきちゃったなぁ。次が最後の電話かな。扉を見張っておかないとっと」
花梨は双眼鏡を置き、部屋の扉の方に目を向けると、これで最後であろう非通知から電話が掛かってきて、浮かれ気味にニヤニヤしながら電話に出た。
「もしもーし」
「私、メリーさん。いま……、よいしょっ」
「扉の前にいるんでしょう~? 分かってるんだからぁ~」
「……あんたの後ろにいるのよぉーーっっ!!」
「んぎゃぁああああーーーーっっ!!?」
完全に扉から入ってくるであろうと予想していた花梨は、突然背後から上がった叫び声に、度肝を抜かれて体を大きく波立たせる。
そして、驚いた拍子にベッドから転げ落ち、受け身を取れないまま、激しい音を立たせながら顔面を床に強打した。
そのまま「いったぁ~……」と、赤く腫れている鼻を手で抑えながら起き上がり、少女がいるであろうベッドに目を向けた。
そのベッドの上には、散々花梨に電話を掛けてきたであろう少女が、肩で息をしながら花梨の事をじっと睨みつけている。
全体的に小顔ながらも、どこか妖々しさが垣間見える面立ちで、少しつり目で吸い込まれるような青みを帯びた瞳をしている。
黄金色の腰まで伸びた髪の毛が、窓から差し込む光を浴び、息を呑むような美しさで眩く輝いていた。
右手には雪のように白い携帯電話、左手には脱いだ赤いストラップシューズを持っており、青白いロリータドレスを身に纏っている少女が、申し訳なさそうに口を開いた。
「ご、ごめんなさいっ……。ここまでやらないと、止まらないのよ……」
「そ、そうなんだ……。あのさ―――」
「ふうっ……。なんか、あんたに出会えてホッとしたせいか、思いっきり走ってきたせいか……、ドッと疲れちゃったわっ……。少し……、寝かせ、てぇ……」
「ええ~……。あっ、寝ちゃったや……。なんだかなぁ」
花梨の部屋に押しかけて来た少女は、力尽きたようにベッドに倒れ込み、すぐさま寝息を立て始めた。
頭にモヤモヤだけが残った花梨は、頬をポリポリと掻いてから一度は少女を起こそうとするも、その少女の安心し切っている無垢な寝顔を見て、少女に伸ばしていた手が思わず止まる。
起こすのを躊躇った花梨は、「ふうっ、このままそっと寝かせてあげるか……」と、諦めながら少女を見守りつつ床に腰を下ろした。
すると、それと同時に背後から、扉がバァンッ! と激しい音を立たせながら開く音が耳に入り、再び体を大きく波立たせて驚いた花梨が、慌てて後ろを振り向いた。
「び、ビックリしたぁ! 誰っ!?」
「花梨! 急に大声を出していったい何があったんだ!?」
「ああ、なんだ、ぬらりひょん様か。大声を出させた元凶はいま、私のベッドで爆睡しています……」
「ベッドで爆睡? ……おおっ、そいつはっ! そうかそうか、そいつからここに出向いてきたか」
「この子の事、知っているんですか?」
少女の顔を見るや否や一人で納得し、全てを把握したようにうんうんと頷《うなず》いていたぬらりひょんが、笑みを浮かべながら話を続ける。
「ああ、知っているとも。安心しろ、そいつは人畜無害で根は良い奴だ」
「はあ……」
「ふっふっふっ。これから、この部屋は賑やかになるぞぉ。クロにも伝えておかねばな」
「えっ? それって、どういう意味ですか?」
「時期に分かる、それまで待っておれ」
そう意味深な発言を残したぬらりひょんは、高らかに笑いながら花梨の部屋から姿を消した。
全てにおいて置いてけぼりにされ、更にモヤモヤを頭に募らせた花梨は、「なんか、今日はワケが分からない事だらけになっちゃったなぁ……。目も覚めちゃったし、焼き鳥屋八咫にでも行くか……」と、これからの目的を決め、身支度を始めた。
一度も起きずに爆睡をしている花梨の部屋内に、携帯電話から着信を知らせる黒電話のベルの音が鳴り始めた。
その、温泉街に来てから初めて鳴る音に、深い眠りを妨げられた花梨は、目を開かぬまま、筋肉痛で動かしづらい腕を携帯電話へと伸ばす。
「イテテ、誰だぁ~? 鵺さんかなぁ~……」
花梨は、あくびをついてから携帯電話の画面を覗いてみると、鵺という文字ではなく非通知と表示されていた。
深い睡魔に襲われつつ「なんかの業者かなぁ~……」と、ボヤキながらも発信ボタンを押し、「もしもぉ~し……、秋風ですけどぉ~」と、今にも眠りに落ちそうな声で対応を始める。
「や、やった! 出てくれたっ! あ、あのっ! あっ……」
「ん~?」
電話からワンパクで無邪気そうな少女の声がするも、突然黙り込んでしまい、花梨は思わず首を傾げた。
しばらく間、黙って相手の返答を待ってみるも結果は変わらず、不思議に思いながら花梨が話を続ける。
「あの~、どちら様ですか?」
「……私、メリーさん。いま、人気の無い山奥にいるの」
「メリーさん? あっ、切れちゃった。……メリーさんって確か、電話に出るたびに近づいて来るって言う、あのメリーさんだっけ? ……ってことは、また電話が掛かってくるのかな?」
今の対応で目が覚めてしまった花梨は、重い体を起こしてベッドの上で胡座をかき、腕を組みながら再び着信が来るのを待ち構えた。
しかし、五分、十分と待ってみるも着信は無く、やっぱりイタズラ電話だったのか? と、考えると、相手の事を忘れるようにベッドから抜け出し始める。
すると、持っていた携帯電話から着信を知らせる黒電話のベルの音が鳴り始め、花梨は画面を確認せず慌てて携帯電話の発信ボタンを押した。
「もしもし、秋風ですけど」
「私、メリーさん。いま、駅の近くにいるの」
「あのっ、君は本物の……、また切れちゃったや。結構近くまで来たなぁ。次は、永秋の前辺りかな?」
そう予想した花梨は、カバンから百倍の倍率までズームできる双眼鏡を取り出し、カーテンの隙間から温泉街の様子を確認し始めた。
しばらく妖怪達が闊歩している大通りを眺めてみるも、声の主と一致しそうな容姿の人物は見当たらず、もしかして、アパートの方に行っちゃってる……? と、心配そうに思案する。
そして、大通りの観察をやめると同時に携帯電話から着信があり、双眼鏡を置いてから三度目の電話に出た。
「私、メリーさん。いま、あなたのアパートの前にいるの」
「げっ、やっぱりそっちに行っちゃったか。私はそっちには……、切れちゃったよ……。まあ、またすぐに掛かってくるか」
花梨の予想通り、ものの数秒で携帯電話が鳴り始め、四度目の非通知の電話に出る。
「私、メリーさん。いま、あなたの部屋の扉の前にいるの」
「ちょっと私の話を聞いて。その部屋に私は―――」
「ふふふっ、もう遅いわっ」
電話の相手が、花梨の言葉を遮るように可愛げな笑い声を発すると、電話越しからギィッと、確かに鍵を掛けたハズの扉の音が聞こえてきた。
そこから電話の相手は終始「ふふふふっ」と、獲物を物色するように笑っていたが、不意にピタリとその笑い声が止まり、今度は困惑した声が聞こえてきた。
「……あれっ? 誰も、いない? あれっ? あれっ!? も、もしかして、逃げちゃったの……?」
「だから、元々そっちに私は―――」
「に、逃げられちゃった……。そんなぁ、私の最後の希望が……、うぅっ、グスッ……、ヒック……」
「な、泣いてるの? だから、ちょっと私の話を聞いてってば!」
「……グスッ、なによ?」
「私は今、住み込みで働いていて、そのアパートにはいないんだよ」
「そうなの……? グスッ……。ね、ねぇ……、そっちに行っても、いいかしら?」
その懇願するような願いを聞いた花梨は、メリーさんって人間ではないよなぁ……。妖怪? それとも都市伝説の類だっけ? まあ、人間じゃなければ、この温泉街に招いても大丈夫かな? と、軽く思案する。
「あっ、あー……。まあ、大丈夫だと思うけど……。いま私がいる場所、分かる?」
「わからないわっ……、グスッ」
「ふうっ、仕方ない。じゃあ、ここまでエスコートしてあげるよ。まずは、駅まで戻ってくれる?」
「本当っ!? 駅ね、わかったわっ!」
そこから花梨は、メリーさんと名乗る少女を秋国まで来させる為のエスコートを始めた。駅まで向かわせると、駅の構内にある普通の人間には見えない駅事務室まで少女を誘導させる。
が、駅事務室に入らせた途端、電話越しから焦りを感じる少女の声が聞こえてきた。
「ねえ、ちょっと。部屋の中にいた奴に「どこまで?」って言われたんだけど、なんて答えればいいのかしら……」
「えっ、なにそれ? ……え~っと、秋国まで~、とか言えばいいの、かなぁ?」
「あ、あきぐに? えと、あきぐにまでよっ。……やったっ、通してくれたわっ!」
「合ってた! じゃあ、そこから奥に進むと駅のホームがあるから、そこにある電車に乗ってちょうだい」
「わかったわっ」
花梨がそう指示を出すと、携帯電話から扉の開く音が聞こえてきた。
通路の奥にある地下鉄の駅に止まっている電車に『秋国行き』と、表示されている事を確認させ、その電車に乗るよう少女に指示を出す。
しばらくすると、電話越しからガタンゴトンという電車が走っている音と、少女の不安そうにしている声が聞こえてきた。
「こ、この電車、いったいどこに向かっているのかしら……?」
「さっき言った秋国っていう、妖怪による妖怪ためだけの国に向かっているよ」
「妖怪ためだけの国……? なによそれ、あんた人間でしょ? なんでそんな所にいるのよ」
「話すと長くなるんだよね~。電車が止まったら近くにコンクリート製の階段があるから、そこを上ってね」
「階段……、わかったわっ」
少女が確認するようにそう言うと、通話が一旦そこで途切れた。花梨は再び双眼鏡を用意し、部屋から少女の姿を伺う為にこそこそと準備を始める。
そして、窓の外を覗こうとした瞬間、五度目の非通知の電話が掛かってきた。
「私、メリーさん。いま、あきぐに? ……に、いるの。あんたはいったいどこにいるのよ」
「まさか、メリーさんに居場所を尋ねられるとは……。そこから見て一番奥に、一際大きい建物があって、その建物からモクモクと白い煙が出ているのが見える? その建物を正面から見て、四階の一番左側の部屋に私がいるよ」
「正面の建物……? あっ、あれねっ! やっと、やっと会えるわっ! ……グスッ」
「また泣いてる……。あれ、切れちゃった。ふっふっふっ、しかーし、先に双眼鏡で君の姿を確認しちゃうもんね~」
そう言ってニヤついた花梨は、カーテンの隙間から自分の姿を隠しつつ、双眼鏡で駅の方面を確認し始める。
情緒溢れる温泉街の街並みの中で一人、浮いている姿をしている少女が永秋に向かって走って来ているのを見つけ、その姿を追った。
つばの広い白い帽子を深くかぶっているせいで、顔やその表情を伺う事ができない。少し青みがかった白いロリータドレスを身に纏っており、真っ赤なストラップシューズを履いている。
細い腕で、目の部分を擦っている素振りをしている事から花梨は、「やっぱり泣いているのかな? なんでだろう……」と、多少の気がかりが生まれる。
少女はおもむろに携帯電話を取り出し、誰かに電話を掛けるような仕草をすると、花梨の携帯電話に着信が入ってきた。
その音を聞いた花梨は、「おっ、来たな~」と、呟きながら非通知の電話に出る。
「わ、私、メリーさん。……グスッ。この建物の名前、なんて言うのよ?」
「グダグダだなぁ。永秋って言うんだよ」
「ありがとっ……、ヒック……。私、メリーさん。いま、永秋の前にいるの」
「……切れた。なんかもう、可愛くなってきちゃったなぁ。次が最後の電話かな。扉を見張っておかないとっと」
花梨は双眼鏡を置き、部屋の扉の方に目を向けると、これで最後であろう非通知から電話が掛かってきて、浮かれ気味にニヤニヤしながら電話に出た。
「もしもーし」
「私、メリーさん。いま……、よいしょっ」
「扉の前にいるんでしょう~? 分かってるんだからぁ~」
「……あんたの後ろにいるのよぉーーっっ!!」
「んぎゃぁああああーーーーっっ!!?」
完全に扉から入ってくるであろうと予想していた花梨は、突然背後から上がった叫び声に、度肝を抜かれて体を大きく波立たせる。
そして、驚いた拍子にベッドから転げ落ち、受け身を取れないまま、激しい音を立たせながら顔面を床に強打した。
そのまま「いったぁ~……」と、赤く腫れている鼻を手で抑えながら起き上がり、少女がいるであろうベッドに目を向けた。
そのベッドの上には、散々花梨に電話を掛けてきたであろう少女が、肩で息をしながら花梨の事をじっと睨みつけている。
全体的に小顔ながらも、どこか妖々しさが垣間見える面立ちで、少しつり目で吸い込まれるような青みを帯びた瞳をしている。
黄金色の腰まで伸びた髪の毛が、窓から差し込む光を浴び、息を呑むような美しさで眩く輝いていた。
右手には雪のように白い携帯電話、左手には脱いだ赤いストラップシューズを持っており、青白いロリータドレスを身に纏っている少女が、申し訳なさそうに口を開いた。
「ご、ごめんなさいっ……。ここまでやらないと、止まらないのよ……」
「そ、そうなんだ……。あのさ―――」
「ふうっ……。なんか、あんたに出会えてホッとしたせいか、思いっきり走ってきたせいか……、ドッと疲れちゃったわっ……。少し……、寝かせ、てぇ……」
「ええ~……。あっ、寝ちゃったや……。なんだかなぁ」
花梨の部屋に押しかけて来た少女は、力尽きたようにベッドに倒れ込み、すぐさま寝息を立て始めた。
頭にモヤモヤだけが残った花梨は、頬をポリポリと掻いてから一度は少女を起こそうとするも、その少女の安心し切っている無垢な寝顔を見て、少女に伸ばしていた手が思わず止まる。
起こすのを躊躇った花梨は、「ふうっ、このままそっと寝かせてあげるか……」と、諦めながら少女を見守りつつ床に腰を下ろした。
すると、それと同時に背後から、扉がバァンッ! と激しい音を立たせながら開く音が耳に入り、再び体を大きく波立たせて驚いた花梨が、慌てて後ろを振り向いた。
「び、ビックリしたぁ! 誰っ!?」
「花梨! 急に大声を出していったい何があったんだ!?」
「ああ、なんだ、ぬらりひょん様か。大声を出させた元凶はいま、私のベッドで爆睡しています……」
「ベッドで爆睡? ……おおっ、そいつはっ! そうかそうか、そいつからここに出向いてきたか」
「この子の事、知っているんですか?」
少女の顔を見るや否や一人で納得し、全てを把握したようにうんうんと頷《うなず》いていたぬらりひょんが、笑みを浮かべながら話を続ける。
「ああ、知っているとも。安心しろ、そいつは人畜無害で根は良い奴だ」
「はあ……」
「ふっふっふっ。これから、この部屋は賑やかになるぞぉ。クロにも伝えておかねばな」
「えっ? それって、どういう意味ですか?」
「時期に分かる、それまで待っておれ」
そう意味深な発言を残したぬらりひょんは、高らかに笑いながら花梨の部屋から姿を消した。
全てにおいて置いてけぼりにされ、更にモヤモヤを頭に募らせた花梨は、「なんか、今日はワケが分からない事だらけになっちゃったなぁ……。目も覚めちゃったし、焼き鳥屋八咫にでも行くか……」と、これからの目的を決め、身支度を始めた。
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