あやかし温泉街、秋国

桜乱捕り

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10話-3、終わりの見えない昼食リレー

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 作業をしている木霊達は、花梨が持ってきたリストに書いてある野菜を、小さい体ながらもお互いに協力し合って土から引き抜き、野菜に付いている土を手で払いつつ、あらかじめ用意していたシートの上にせっせと積み重ねていった。
 花梨はリヤカーに寄りかかり、絵本でしか見られないであろうその童話染みた光景を、微笑ましい表情をしながら眺めていた。

「カワイイなぁ、ずっと見ていられるや」

 しばらくの間、絵本から飛び出してきた光景を眺めていると、背後にある建物の中から、料理の完成が近い事を知らせる、食欲を湧き立たせてくる匂いが辺りに漂い始める。
 その匂いを嗅いだ花梨は、微笑ましくしている表情から一転、ヨダレを垂らして緩み切ったニタリ顔へと急変し、腹の虫も匂いに反応したのか、小動物のような鳴き声が腹から鳴り出した。

「んっはぁ~、いい匂い~……」

 漂ってくる匂いから察するに朧木おぼろぎ達は、広場の囲炉裏にあった野菜スープを作っているようで、昼食に対する期待がどんどんと高まっていく。
 花梨は、既に野菜畑で作業をしている木霊達を見ておらず、目を瞑りながら顔を空に上げ、大量の野菜スープがある想像と妄想の世界へと旅立っていった。

 時折、「へっ……へへへっ……」と、不気味な声を発しつつ、想像と妄想の世界で野菜スープがたんまりと入った厚底鍋を鷲掴み、一気に飲み干していく。
 にへら顔が加速していく中、現実世界の方では朧木と木霊達が、出来たての昼飯が乗ったお盆を四人で担ぎながら、花梨の元へと歩み寄ってきていた。

「花梨さーん、大変お待たせしました。昼食が出来たので持ってまいりました」

「あ~……、もしかして、この厚底鍋も食べられるんじゃ……ハッ!? あっ、は、はいっ! ありがとうございます!」

 暴走を始めていた世界から慌てて帰還した花梨は、朧木達が持ってきたお盆を手に取り、ふわっと微笑む。
 体が自由になった朧木達は、花梨を近くにあるちょうどいい高さの切り株に誘導すると、花梨は「ありがとうございますっ」と感謝して、その切り株に腰を下ろした。

 お盆を太ももの上に乗せてから、朧木達がこしらえてくれた昼食に目を向けると、栗の炊き込みご飯で作られた、大きなおにぎりが三つ。
 そして、想像上では厚底鍋一杯分を飲み干したが、今度はちゃんと目の前に、味噌仕立てで作られた野菜スープがちゃんとあり、香ばしい匂いを含んだ湯気が立ち込めている。

「全てこの木霊農園こだまのうえんで、丹精を込めて作った作物でこしらえました。花梨さんのお口に合うかどうか……」

「いえいえっ! とっても美味しそうです、ありがとうございます! それじゃあ、いただきまーすっ!」

 花梨はまず、栗の炊き込みご飯で作られたおにぎりを手に取り、にんまりとしながら大口を開けて口の中に入れる。

 まず初めに、やや濃い和風だしの風味が口の中いっぱいに広がる。咀嚼そしゃくをしていくと、米の中に隠れていた大ぶりの栗が、逃げ場を失ったのか一気に出てきた。
 その栗は大ぶりながらも、適度な水分を含んでいるのかしっとりと柔らかく、深みの強いねっとりとした濃厚な甘い風味が、濃い和風だしの味をまろやかにしていく。

 そして、その和風だしが栗の甘さをより一層引き立たせ、お互いの長所を高め合っていった。

 次に、お目当てだった野菜スープが入ったお椀と箸を手に取り、はやる気持ちを抑えつつ、息を数回吹きかけてからゆっくりとすする。
 赤味噌を主体にして作られた野菜スープは、飲んだ瞬間は、塩分の強いガツンとした辛めの風味を感じるも、具の野菜一つ一つから滲み出てくる強い甘みが、赤味噌の強い風味をどんどんと丸め込んでいき、最終的には赤味噌の風味を打ち勝った。

 具は、イチョウ切りされたダイコンやニンジン、大量の豆モヤシ、千切りのキャベツやタマネギ、輪切りのゴボウ、とうもろこし。そして、アクセントとして細かく刻まれたレモンの皮。
 それぞれの野菜の味は、噛むと存在を主張するように口の中に飛び出してきて、食感もしっかりと残っており、一杯で二度も三度も楽しめるようになっている。

 野菜スープは、花梨が想像していたよりも遥かに美味しく、そして、何よりも食べられたという満足感が、全身の隅から隅まで駆け巡っていった。
 花梨がほっこりとした笑顔で「はぁ~っ……」と、至福の長いため息をついていると、その様をドキドキしながら不安そうに見ていた朧木が、ついに耐えかねたのか花梨に恐る恐る声を掛けてきた。

「……あのっ、味の方はどうデス、か?」

「さいっこうに美味しいですよっ、いくらでも食べられそうです!」

 花梨の感想を聞いた朧木と、その周りに居た木霊達の不安そうにしていた表情が一気に明るくなり、喜びながらお互いにハイタッチを交わし、ニコニコしながらその場で何度も飛び跳ねた。
 その中に混ざり、満面の笑みで飛び跳ねていた朧木が、花梨に向かって笑顔で話を続ける。

「それはよかったデス! 私達も丹精を込めて作った甲斐がありました! おかわりは沢山ありますので、よかったらどんどん食べていって下さい」

「おかわりなんてそんな、悪いですよ……、ああっ、でも食べたいっ! ありがとうございます!」

 すぐさま誘惑に負けた花梨は、おつかいをする為に来ただけだというのに対し、厚くもてなされている事に申し訳なさがあったものの、その気持ちは瞬時に食欲に吸収されていく。
 そして、食べて喜んでくれるのであれば、もっと沢山食べねばっ……! と、都合よく解釈をして結局、追加のおにぎりを六つ、野菜スープを三杯飲んだところで、ほどよく腹が膨れ上がり、心の底から満足した。

 が、しかし朧木達は、自分達が作った野菜を、本当に美味しそうに食べてくれている花梨の姿を見て、嬉しさのあまりに暴走し始めてしまったのか、おにぎりと野菜スープのおかわりを、わんこそばの如く間髪を入れずに持ってきていた。
 その光景を見た花梨は、持ってきてしまったのならば仕方ない……。ならっ、私はその熱意に応えるまでよ! と、心に火が付き、晴天織りなす秋空の下、ピクニック気分で味わえていた至福の昼食は、いつしか終わりの見えない、わんこそば風一人大食い大会へと発展する。

 おにぎり、野菜スープ、おにぎり、野菜スープが盛られた器を持った木霊達が列をなし、その列は徐々に長くなっていき、気がつくと建物の中にまで続く大行列になっていた。
 その大食い大会は二十分ほどすると、挑戦者である花梨が表情をヒクつかせていき、胃袋に限界が来たのか、青ざめた表情をしながら腕でバツの字を作り、「もう、無理っス……」と、掠れた声でギブアップ宣言を申し出る。

 挑戦者の小さな悲痛の叫びを聞いた朧木が、ふっと我に返ったのか、慌てて後ろ向き、おかわりの列を作っている木霊を止めに入り、大食い大会は木霊達の勝利で幕を閉じた。

「す、すみません花梨さん! あまりにも嬉しくなってしまっていたのか、つい……」

「い、いえっ、とんでもないです……。こちらこそ、とても美味しいおにぎりと野菜スープをありがとうございまゲプッ……」

「ああっ、すみませんデス……。こちらにシートを用意しましたので、楽な姿勢で横になっていて下さい」

「す、すみません……、ありがとうございます……」

 朧木に誘導された花梨は靴を脱ぎ、ずっと背負っていたリュックサックを下ろすと、重くなった身体をシートの上に大の字で寝かせ、空を見上げながら小さくため息をつく。
 天高い空を流れる様々な形の雲が、秋の風に身を任せ、形を変えながら戯れている。花梨もその風を肌で感じつつ、鮮烈な青さをしている空を見据えながら黄昏たそがれて、心がノスタルジックな気分へと染まっていった。

「はあ~っ……。いい所だなぁ、木霊農園。みんな優しくて、野菜も美味しくて、景色も良いときた。みやびまといさん達と一緒に来たいなぁ」

 独り占めをするには、深い罪悪感が生まれるほど木霊農園が気に入った花梨は、願いを込めた独り言を呟くと、その願いは風に流されて空の彼方へと吸い込まれていった。
 涼しい秋の風で体を癒しつつ、刹那せつなで形を変える雲でえがかれた広大な空のキャンパスを、心を空っぽにしながらボーッと眺めていると、遠くの方から朧木の小さい声が聞こえてきた。

「花梨さーん! 大変遅くなって申し訳ありませーん! リストに書かれていた野菜を全て、リヤカーに積み終えましたよー!」

 その叫び声を聞いた花梨は、朧木の言葉に違和感を覚えながら上体を起こし、ポケットから携帯電話を取り出して現在時刻を確認してみると、時刻は既に夕方の四時を迎えていた。

「あれっ? もうこんな時間か。ずっと空を見ちゃってたんだなぁ……。はーいっ、今行きまーす!」

 そう叫び返した花梨は、立ち上がってから少し固まっている体をグイッと伸ばす。そして、リュックサックを背負い、靴を履いてからつま先で数回地面を叩き、リヤカーの前で待っている朧木達の元へと走っていった。
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