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9話-1、着物レンタルろくろの手伝い
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朝焼けが顔を出し、白みを帯びた空が青く染まり始めた朝の七時十五分頃。
花梨の、不可解な寝言を聞くのが楽しみの一つになっていた女天狗のクロは、期待を胸に寄せて花梨の部屋に訪れてみると、期待を裏切るように布団を押しのけてヘソを丸出しにし、大いびきをかいて寝ている花梨の姿がそこにあった。
「まるで酔い潰れたジジイみたいだな……。さてと、今日は鼻と口を塞いでみるか」
ニヤッと不敵な笑みを浮かべたクロは、花梨の鼻を手で塞ぐと「フガッ」と口を鳴らし、その大口を開けている口も塞ぐと、緩み切っていた花梨の表情がだんだんと強張っていく。
そして、酸素を求めるように手と足を激しくばたつかせ、夢の世界から戻ってきたのか、カッと目を見開き、勢いよく上体を起こし、息を荒げながら辺りを見渡した。
「ハァハァハァ……、お、おはようございます……。急に大きな酒樽の中にワープして、酒に溺れる夢を見た……」
「おはようさん。せっかくの髪の毛がボッサボサになっているから、ちゃんととかしてからぬらりひょん様の所に行けよ。朝食はテーブルの上だ、今日も頑張れよ」
「うわっ、本当だ……。ありがとうございます!」
そうエールを送ったクロが部屋から立ち去ると、花梨はあくびを一つついてからベッドから抜け出し、カバンから携帯用の折り畳み式の櫛を取り出す。
脱衣場に向かい、鏡を見ながら爆発している髪の毛を丁寧にとかし、オレンジ色の髪の毛を結き、いつもの見慣れたポニーテールへと綺麗に戻した。
私服に着替えてから歯を磨き、口をゆすいで部屋に戻り、テーブルの上を覗いてみる。
すりおろしショウガと刻みネギがたっぷりと盛られ、食べやすいよう四等分に切られている豆腐が一丁。その横には別皿に注がれている醤油。ブルーベリーの果実が混ぜられたヨーグルトが置かれていた。
「お酒を飲んだ次の日には、優しい朝食だ。いただきまーす!」
花梨は、豆腐に醤油を垂らしてから箸を手に取り、茶色く染まった柔らかい豆腐を崩さないよう持ち上げ、ゆっくりと口の中へと運んでいく。
豆腐の豊かで深みのある甘みの中に、食欲を増進させるショウガとネギの風味、豆腐の甘みを際立たせる醤油の味が混ざり合い、酒の海に浸かっていた体をゆっくりと引き上げてくれた。
四口で豆腐を平らげると、次にヨーグルトを口に入れる。ブルーベリーの爽やかな酸味と、ヨーグルトのサッパリと甘みが、酒の海から引き上がった体をゆっくりと優しく癒していていく。
あっという間に完食すると、少しずつ本調子が戻ってきた体をグイッと伸ばし、食器を水洗いしてからぬらりひょんが居る支配人室へと向かっていった。
支配人室の前まで来て、扉を数回ノックしてから中に入ると、いつものように書斎机の椅子に座り、ふんぞり返りながらキセルをふかしているぬらりひょんの姿が目に入る。
「おはようございまーす!」
「おお、来たな。早速だが、お前さんが初めてここ永秋に来て、仕事の手伝いをした時にマッサージをした客の事を覚えているか?」
「あ~、忘れたくても忘れられないですよねぇ……。ろくろ首さんですよね、それがどうかしたんですか?」
「なら、話は早い。今日はそのろくろ首が営んでいる『着物レンタルろくろ』の店に行ってもらう」
その言葉を聞いた花梨は、「つ、ついに来てしまったか……!」と、顔を青ざめ、落胆するかのように両手で顔を覆い隠した。
その絶望している花梨の姿を見たぬらりひょんが、鼻で笑いながら話を続ける。
「そんなに嫌なのか?」
「い、嫌ではないんですけど……。私に、ちゃんとした妖怪の恐怖を叩きこんでくれた人なので、まだ恐怖心が残っているというか、なんというか……」
「ふむ、向こうはお前さんの事をかなり気に入っているみたいだがな。また首をマッサージしてもらいたいとか言っておったぞ」
「そ、そりゃあよかったです。それじゃあ行ってきますっ!」
花梨は、少々重い足取りで支配人室を後にする。永秋の入口付近を掃除していたクロに、昨夜のお礼を言い、極寒甘味処の近くにある着物レンタルろくろを目指して歩き始める。
朝の温泉街を歩いている妖怪の姿は疎らで、凄まじい速度で、こちらに向かって走ってくる座敷童子の纏の姿もよく見えた。
花梨の姿を見つけた纏も、目の前で砂埃を巻き上げながら急ブレーキをし、お互いにこれまであった事を話し合って会話を楽しんだ。
そして纏と別れてから少し歩くと、目的地である着物レンタルろくろの店の前までたどり着き、何度か通った時にも横目で見てきた店の外見を、改めてまじまじと眺めてみる。
この店の周りの建物の時代が、大正や明治時代なのであれば、着物レンタルろくろの建物だけが江戸時代で時が止まっているように感じる、由緒正しい歴史を思わせる面立ちだった。
建物内が伺える大きな入口を挟み、左右に紺色で大きな一枚布が二枚、雨除けから垂れ下がっている。その布は地面まで伸びており、先が地面に紐で固定されていてピンッと張っている。
左の一枚布には大きく白文字で『着』と、右側の一枚布には『物』と文字が記されており、その文字は更に大きくて太い丸の記号で囲まれていた。
花梨は恐る恐る建物内に入ってみると、中も相当広くなっていて、壁一面には彩り鮮やかな大小様々な着物が立て掛けられており、所々に、ピラミッドのように積み重ねられたロール状の布が目に入る。
辺りを見渡していると奥の方で、決して忘れる事ができない、見覚えのある女性が着物を畳んでいる姿を見つけ、背筋に一瞬だけ悪寒が走るも、勇気が無くなる前に「す、すみませーん!」と、声を上げた。
その声が見覚えのある女性の耳に届いたのか、首を蛇みたいにうねらせながら伸ばしていき、頭だけが百八十度グルンとこっちに向いた。
その顔が花梨を見つけるや否や、ニヤッと笑みを浮かべてから、ものすごい速度で近づいてくる。
花梨は、女性の顔の距離が近づくにつれ、自分の足のつま先から徐々に、石のようにガチガチに固まっていく感覚に襲われる。
顔が目前まで迫ってくると、その顔と首が花梨の体を三週ほど周り、花梨の事を舐め回すようにジロジロと見てきた。
逃げ場を失った花梨は、みるみる内に顔が青ざめていき、永秋でマッサージをしていた時の記憶が鮮明に蘇り、声の出ない悲鳴を上げた。
「――――ッ!!」
「あらぁ、やっと来てくれたのねぇ花梨ちゃん~。首を長くして待っていたんだからねぇ~」
「あ、あのあっ……。ほ、本当に、首びっびっ……な、ながっ……、長くなっててて……」
女性は、怯える花梨の表情を見ながらニタァと不気味に笑い、話を続ける。
「そりゃ~ねぇ。私はろくろ首だからねぇ~。自己紹介をするわぁ。着物レンタルろくろの店主をやっていますぅ、首に雷と書いて首雷と申しますぅ~。以後ぉ、お見知りおきを~」
「あっ、あきか……じぇ、かかり……んと、言いっま……」
「あらぁ~? 永秋でマッサージをしてもらった時と、名前が変わっているわねぇ。かかりんちゃんって言うのかしらぁ~?」
恐怖で喉がつっかえている花梨は、震えている手を青ざめている頬に添え、恐怖を吹き飛ばすように、思いっきり頬を四回叩く。
そして、爆発する勢いで鼓動している心臓と、未だにねっとりと絡みついてくる恐怖心を抑えつけるように、深呼吸を十回ほどすると、申し訳ない程度に心が落ち着いてきて、再び恐怖心に捕らえられる前に改めて自己紹介を始める。
「あっ……秋風 花梨と言います! 今日一日よろしくお願いしますっ!」
「あぁ~、やっぱり花梨ちゃんでよかったのねぇ~。よくできましたぁ」
自己紹介を聞いた首雷はニコリ笑い、伸ばしていた首を元の体へと戻していく。その不気味な光景を見た花梨は、はっ、はははっ……。な、慣れるまで相当時間が掛かるぞこれ……。と、心の中でボヤき、口をヒクつかせる。
見た目だけは普通の人間の姿に戻った首雷は、笑顔のまま花梨に向かって手招きをし、それに気がついた花梨は靴を脱ぎ、鉛のように重い足を引きずりながら首雷の元へと近づいていった。
「早速だけどぉ~。花梨ちゃん、着物の着付けはやったことはあるかしらぁ~?」
「は、はいっ。一応、男女の着物の着付けはやったことがあり、自分一人でも着ることができます」
「あらぁ、いい子ねぇ~。じゃあ今日の仕事はぁ、お客様の着付けの手伝いをお願いしようかしらぁ~」
仕事の内容を聞いた花梨は、「了解しました!」と、やっといつもの声が出せるまでに気持ちが回復し、それを聞いた首雷は口元を手で隠し、クスクスと笑いながら話を続ける。
「それじゃあ、ここで作業をする際はぁ~、着物を着てやってもらっているんだけどもぉ。当然花梨ちゃんは着物を持っていないわよねぇ~。だからぁ、この店にある着物からぁ、好きな物を選んで着てちょうだい~」
「えっ、いいんですか!? 嬉しい~、ありがとうございますっ! どれにしよっ……、う~ん……」
着物を着れると聞いて喜んだかと思うと、すぐに黙り込み、何かを思案するように険しい表情に変わった花梨を見て、首雷が「どうしたのぉ~?」と、不思議そうにしながら声をかけた。
「……あのっ、一つ質問をしてもいいですか?」
「なにかしらぁ?」
「例えば~、例えばなんですけども。ここにある着物を着たら、首が伸びたりするとかは、ないですよね……?」
「……どういう経緯でぇ、その考えに至ったかは分からないけどぉ~。この店にある着物はぁ、全て普通の物だから安心して着なさいなぁ~」
「本当ですか!? ああ、よかったぁ! 久々にこの姿のままで仕事のお手伝いができるー!」
永秋で仕事の手伝いをして以来、妖狐神社では妖狐の姿に、座敷童子堂では座敷童子の姿に、居酒屋浴び呑みでは茨木童子の姿になって仕事をしており、今回は、ここにある着物を着たら、ろくろ首になるのでは……? と予想し、疑心暗鬼になっていた。
人の姿より、妖怪の姿で仕事をしていた方が長かったせいか、首雷の言葉を聞いて人の姿で仕事が出来る事をひたすらに喜んだ。
そして、鼻歌を歌いながら数ある着物の中から、紅葉の柄が所々に散りばめられている赤い着物をチョイスし、上機嫌でその着物に着替え始めた。
花梨の、不可解な寝言を聞くのが楽しみの一つになっていた女天狗のクロは、期待を胸に寄せて花梨の部屋に訪れてみると、期待を裏切るように布団を押しのけてヘソを丸出しにし、大いびきをかいて寝ている花梨の姿がそこにあった。
「まるで酔い潰れたジジイみたいだな……。さてと、今日は鼻と口を塞いでみるか」
ニヤッと不敵な笑みを浮かべたクロは、花梨の鼻を手で塞ぐと「フガッ」と口を鳴らし、その大口を開けている口も塞ぐと、緩み切っていた花梨の表情がだんだんと強張っていく。
そして、酸素を求めるように手と足を激しくばたつかせ、夢の世界から戻ってきたのか、カッと目を見開き、勢いよく上体を起こし、息を荒げながら辺りを見渡した。
「ハァハァハァ……、お、おはようございます……。急に大きな酒樽の中にワープして、酒に溺れる夢を見た……」
「おはようさん。せっかくの髪の毛がボッサボサになっているから、ちゃんととかしてからぬらりひょん様の所に行けよ。朝食はテーブルの上だ、今日も頑張れよ」
「うわっ、本当だ……。ありがとうございます!」
そうエールを送ったクロが部屋から立ち去ると、花梨はあくびを一つついてからベッドから抜け出し、カバンから携帯用の折り畳み式の櫛を取り出す。
脱衣場に向かい、鏡を見ながら爆発している髪の毛を丁寧にとかし、オレンジ色の髪の毛を結き、いつもの見慣れたポニーテールへと綺麗に戻した。
私服に着替えてから歯を磨き、口をゆすいで部屋に戻り、テーブルの上を覗いてみる。
すりおろしショウガと刻みネギがたっぷりと盛られ、食べやすいよう四等分に切られている豆腐が一丁。その横には別皿に注がれている醤油。ブルーベリーの果実が混ぜられたヨーグルトが置かれていた。
「お酒を飲んだ次の日には、優しい朝食だ。いただきまーす!」
花梨は、豆腐に醤油を垂らしてから箸を手に取り、茶色く染まった柔らかい豆腐を崩さないよう持ち上げ、ゆっくりと口の中へと運んでいく。
豆腐の豊かで深みのある甘みの中に、食欲を増進させるショウガとネギの風味、豆腐の甘みを際立たせる醤油の味が混ざり合い、酒の海に浸かっていた体をゆっくりと引き上げてくれた。
四口で豆腐を平らげると、次にヨーグルトを口に入れる。ブルーベリーの爽やかな酸味と、ヨーグルトのサッパリと甘みが、酒の海から引き上がった体をゆっくりと優しく癒していていく。
あっという間に完食すると、少しずつ本調子が戻ってきた体をグイッと伸ばし、食器を水洗いしてからぬらりひょんが居る支配人室へと向かっていった。
支配人室の前まで来て、扉を数回ノックしてから中に入ると、いつものように書斎机の椅子に座り、ふんぞり返りながらキセルをふかしているぬらりひょんの姿が目に入る。
「おはようございまーす!」
「おお、来たな。早速だが、お前さんが初めてここ永秋に来て、仕事の手伝いをした時にマッサージをした客の事を覚えているか?」
「あ~、忘れたくても忘れられないですよねぇ……。ろくろ首さんですよね、それがどうかしたんですか?」
「なら、話は早い。今日はそのろくろ首が営んでいる『着物レンタルろくろ』の店に行ってもらう」
その言葉を聞いた花梨は、「つ、ついに来てしまったか……!」と、顔を青ざめ、落胆するかのように両手で顔を覆い隠した。
その絶望している花梨の姿を見たぬらりひょんが、鼻で笑いながら話を続ける。
「そんなに嫌なのか?」
「い、嫌ではないんですけど……。私に、ちゃんとした妖怪の恐怖を叩きこんでくれた人なので、まだ恐怖心が残っているというか、なんというか……」
「ふむ、向こうはお前さんの事をかなり気に入っているみたいだがな。また首をマッサージしてもらいたいとか言っておったぞ」
「そ、そりゃあよかったです。それじゃあ行ってきますっ!」
花梨は、少々重い足取りで支配人室を後にする。永秋の入口付近を掃除していたクロに、昨夜のお礼を言い、極寒甘味処の近くにある着物レンタルろくろを目指して歩き始める。
朝の温泉街を歩いている妖怪の姿は疎らで、凄まじい速度で、こちらに向かって走ってくる座敷童子の纏の姿もよく見えた。
花梨の姿を見つけた纏も、目の前で砂埃を巻き上げながら急ブレーキをし、お互いにこれまであった事を話し合って会話を楽しんだ。
そして纏と別れてから少し歩くと、目的地である着物レンタルろくろの店の前までたどり着き、何度か通った時にも横目で見てきた店の外見を、改めてまじまじと眺めてみる。
この店の周りの建物の時代が、大正や明治時代なのであれば、着物レンタルろくろの建物だけが江戸時代で時が止まっているように感じる、由緒正しい歴史を思わせる面立ちだった。
建物内が伺える大きな入口を挟み、左右に紺色で大きな一枚布が二枚、雨除けから垂れ下がっている。その布は地面まで伸びており、先が地面に紐で固定されていてピンッと張っている。
左の一枚布には大きく白文字で『着』と、右側の一枚布には『物』と文字が記されており、その文字は更に大きくて太い丸の記号で囲まれていた。
花梨は恐る恐る建物内に入ってみると、中も相当広くなっていて、壁一面には彩り鮮やかな大小様々な着物が立て掛けられており、所々に、ピラミッドのように積み重ねられたロール状の布が目に入る。
辺りを見渡していると奥の方で、決して忘れる事ができない、見覚えのある女性が着物を畳んでいる姿を見つけ、背筋に一瞬だけ悪寒が走るも、勇気が無くなる前に「す、すみませーん!」と、声を上げた。
その声が見覚えのある女性の耳に届いたのか、首を蛇みたいにうねらせながら伸ばしていき、頭だけが百八十度グルンとこっちに向いた。
その顔が花梨を見つけるや否や、ニヤッと笑みを浮かべてから、ものすごい速度で近づいてくる。
花梨は、女性の顔の距離が近づくにつれ、自分の足のつま先から徐々に、石のようにガチガチに固まっていく感覚に襲われる。
顔が目前まで迫ってくると、その顔と首が花梨の体を三週ほど周り、花梨の事を舐め回すようにジロジロと見てきた。
逃げ場を失った花梨は、みるみる内に顔が青ざめていき、永秋でマッサージをしていた時の記憶が鮮明に蘇り、声の出ない悲鳴を上げた。
「――――ッ!!」
「あらぁ、やっと来てくれたのねぇ花梨ちゃん~。首を長くして待っていたんだからねぇ~」
「あ、あのあっ……。ほ、本当に、首びっびっ……な、ながっ……、長くなっててて……」
女性は、怯える花梨の表情を見ながらニタァと不気味に笑い、話を続ける。
「そりゃ~ねぇ。私はろくろ首だからねぇ~。自己紹介をするわぁ。着物レンタルろくろの店主をやっていますぅ、首に雷と書いて首雷と申しますぅ~。以後ぉ、お見知りおきを~」
「あっ、あきか……じぇ、かかり……んと、言いっま……」
「あらぁ~? 永秋でマッサージをしてもらった時と、名前が変わっているわねぇ。かかりんちゃんって言うのかしらぁ~?」
恐怖で喉がつっかえている花梨は、震えている手を青ざめている頬に添え、恐怖を吹き飛ばすように、思いっきり頬を四回叩く。
そして、爆発する勢いで鼓動している心臓と、未だにねっとりと絡みついてくる恐怖心を抑えつけるように、深呼吸を十回ほどすると、申し訳ない程度に心が落ち着いてきて、再び恐怖心に捕らえられる前に改めて自己紹介を始める。
「あっ……秋風 花梨と言います! 今日一日よろしくお願いしますっ!」
「あぁ~、やっぱり花梨ちゃんでよかったのねぇ~。よくできましたぁ」
自己紹介を聞いた首雷はニコリ笑い、伸ばしていた首を元の体へと戻していく。その不気味な光景を見た花梨は、はっ、はははっ……。な、慣れるまで相当時間が掛かるぞこれ……。と、心の中でボヤき、口をヒクつかせる。
見た目だけは普通の人間の姿に戻った首雷は、笑顔のまま花梨に向かって手招きをし、それに気がついた花梨は靴を脱ぎ、鉛のように重い足を引きずりながら首雷の元へと近づいていった。
「早速だけどぉ~。花梨ちゃん、着物の着付けはやったことはあるかしらぁ~?」
「は、はいっ。一応、男女の着物の着付けはやったことがあり、自分一人でも着ることができます」
「あらぁ、いい子ねぇ~。じゃあ今日の仕事はぁ、お客様の着付けの手伝いをお願いしようかしらぁ~」
仕事の内容を聞いた花梨は、「了解しました!」と、やっといつもの声が出せるまでに気持ちが回復し、それを聞いた首雷は口元を手で隠し、クスクスと笑いながら話を続ける。
「それじゃあ、ここで作業をする際はぁ~、着物を着てやってもらっているんだけどもぉ。当然花梨ちゃんは着物を持っていないわよねぇ~。だからぁ、この店にある着物からぁ、好きな物を選んで着てちょうだい~」
「えっ、いいんですか!? 嬉しい~、ありがとうございますっ! どれにしよっ……、う~ん……」
着物を着れると聞いて喜んだかと思うと、すぐに黙り込み、何かを思案するように険しい表情に変わった花梨を見て、首雷が「どうしたのぉ~?」と、不思議そうにしながら声をかけた。
「……あのっ、一つ質問をしてもいいですか?」
「なにかしらぁ?」
「例えば~、例えばなんですけども。ここにある着物を着たら、首が伸びたりするとかは、ないですよね……?」
「……どういう経緯でぇ、その考えに至ったかは分からないけどぉ~。この店にある着物はぁ、全て普通の物だから安心して着なさいなぁ~」
「本当ですか!? ああ、よかったぁ! 久々にこの姿のままで仕事のお手伝いができるー!」
永秋で仕事の手伝いをして以来、妖狐神社では妖狐の姿に、座敷童子堂では座敷童子の姿に、居酒屋浴び呑みでは茨木童子の姿になって仕事をしており、今回は、ここにある着物を着たら、ろくろ首になるのでは……? と予想し、疑心暗鬼になっていた。
人の姿より、妖怪の姿で仕事をしていた方が長かったせいか、首雷の言葉を聞いて人の姿で仕事が出来る事をひたすらに喜んだ。
そして、鼻歌を歌いながら数ある着物の中から、紅葉の柄が所々に散りばめられている赤い着物をチョイスし、上機嫌でその着物に着替え始めた。
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