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8話-2、その酒、副作用あり
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大柄な酒羅凶の後ろに着いていき、店の外まで戻ってきた花梨は、ふと、初めてこの店に訪れた時には無かった物が目に入る。
黄色いビールケースが、十段積みで二山置かれており、隙間から中を覗いてみると、一ケースに三十本ビール瓶が入っていて、花梨の頭に良からぬ不安が生まれた。
「よし、初仕事だ!! この二山を今すぐ永秋に配達してこい!!」
ビールケースを指差しながら酒羅凶が命令すると、花梨の不安が確固たるものへと変わり、唖然とする。
ビールケースの山を見上げた花梨は、いやっ、こんなの絶対に動かせっこないぞ……。しかし、言われた通りにしないと後が怖いっ……! と、心の中で泣き喚く。
そして、己の火事場の馬鹿力を信じ、ビールケースの山を持ち上げようとするも、やはり重すぎるのか微動だにしなかった。
「うぬおおおあああっ! ……てっ、店長ぉぉぉっ! これ何キロあるんですかっ!? 重すぎてまったく動きませんっ!」
「一山おおよそ三百キロだ!! だらしねえな!! おい酒天、アレ持ってこい!!」
酒羅凶が店に向かい、店全体を揺るがす怒号を放つと、すぐさま酒天が真っ赤なひょうたんを持って出てきて、「はいっスー」と、言いながら酒羅凶に手渡した。
そしてすぐに、その赤いひょうたんを花梨の目前に差し出して、再び怒鳴り声を上げる。
「秋風!! このひょうたんの中に入っている酒を飲め!!」
「て、店長……。これは、一体なんでございましょうか?」
「俺が作った酒だ!! 剛力酒と言って飲めば力がつく!! ただし、副作用が出るがな!!」
「……副作用。えっと、飲まないとダメですかねぇ……?」
「ダメだ!! 飲め!!」
酒羅凶の命令に花梨は、ああ、これ飲む以外の選択肢が無いやつだ……。と肩を落とし、閉まっていた赤いひょうたんの栓を開け、ゴクッゴクッと、二回喉を鳴らして飲んだ。
口当たりはサラッとしており、風味はハチミツのような濃厚な甘さがあるも、喉通りがよく非常に飲みやすかった。
しかし、度数がかなり高いのか、喉を焼くような熱さが遅れてやってきて、ゆっくりと喉を広がっていく。
それと同時に、今度は体の内側が猛烈に熱くなり始め、徐々に全身を蝕んでいった。
強い気だるさで頭に深いモヤがかかり、……これから、私はどうなってしまうんだろう……。と考えるも、すぐに面倒くさくなって思考を放棄した。
しばらくして熱が収まり始めるも、頭と唇に小さな針で刺されたような痛みが走り、そこで更に二つの違和感が生まれる。
まず初めに、頭に手を持っていくと、両手に短くて硬い突起物が当たった感触がし、角っぽい物が生えているな……。と、直感した。
次に唇に触れてみると、右側に尖った物が出ており、……牙? 八重歯みたいになっているなぁ。そうか、私は今度は鬼にでもなったのか……。と、もはや慣れた様子で、不可思議な現実をすぐに受け入れる。
口をヒクつかせている花梨を、静かに見ていた酒天が、にんまりとしながら口を開いた。
「おー、花梨さん。髪型をあたしみたいにサイドテールにしたら、あたしと瓜二つっスよー」
「えっ? って、ことは髪色も酒天さんみたいにウグイス色に……? うわっ、爪もすごい尖ってるや」
自分の髪色を確かめようとした花梨は、先に物騒な爪先が目に入り、その手を止めて眺めてみた。
紙なら難なく切れそうなほど鋭く尖っており、人間の時に比べると、かなり長くなっている。
うっかり握り拳を作ろうものなら、自分の手の平を切ってしまうのではと、変な好奇心と小さい不安が生まれてきた。
酒天そっくりの姿になった花梨を見て、酒羅凶が腕を組みながら怒号を上げる。
「飲んだな!! もう一度ビールケースを持ってみろ!!」
「は、はいっ、店長! ……うわっ、軽っ!」
人間の時に持ち上げようとしたビールケースは、どこから持ち上げようとしてみても、ビクともしなかったのに対し、茨木童子に似た姿になってから持ち上げてみると、重さは微塵も感じず、力を込める前に持ち上げられた。
それで調子に乗った花梨は、片手だけでビールケースの山を持ち上げてみるも、やはり重さはまったく感じず、だんだんと面白くなってきたのか、腕を上下に動かし、ビールケースの中にある瓶を踊らせる。
「おお、すごいっ! 片手でも軽々持てるや! 楽しい~」
「そうか、よかったな!! いいから早く永秋に運んでこい!!」
「了解しました、行ってきますっ!」
一山三百キロのビールケースの山を二つ、軽々と両手で持ち上げ、居酒屋浴び飲みを一旦後にする。
恐怖の象徴である酒羅凶から、一時的に解放された花梨の足取りは軽く、鼻歌を交えながら永秋を目指して進む。
永秋の近くまで来ると、入口付近を箒で掃き掃除をしているクロを見つけ、花梨はビールケースを高らかに上げながら「クロさーん! ビールをお届けに参りました~!」と、声を上げる。
その声に気がついたクロが、掃き掃除をしている手を止めて花梨に目をやると、ニコッと笑い、いつもと違う口調で言葉を返してきた。
「よお酒天、いつもより元気だな。配達ご苦労さ……、んっ? お前、酒天か? なんだかいつもと雰囲気が違うような気が……」
「な、なるほど、そこまで酒天さんに似ているんですね……。すいません、私、花梨です……」
「はあっ!? お前、花梨なのか? ……いや、本当に酒天そっくりだぞ?」
「そ、そんなにですか……」
驚愕したクロの表情と言葉で、花梨はだんだんと今の姿に興味を持ち始め、鏡で確認してみたいという衝動に駆られる。
落ち着かなくなった心境の中、クロに歩み寄ってから一旦ビールケースの山を地面に置くと、クロが「んっ?」と声を漏らし、しかめっ面になった。
「それよりも花梨……。お前、かなり酒臭いぞ。飲んだのか?」
「えっ、本当ですか? 居酒屋浴び呑みのスタッフルームが、ものすごくお酒臭かったんですけど……。服に染みついちゃったのかなぁ……?」
花梨は着ている服を引っ張り、丹念に匂いを嗅いで確かめてみるも、鼻の感覚がマヒしているせいかまったく分からず、少々ショックを受けながらクロに目をやる。
「……やっぱり、臭います?」
「ああ、めちゃくちゃ臭うぞ。かなりキツイ」
「えぇ~、そんなにぃ……? イヤだなぁ、お酒臭いの……。お風呂に入りたくなってきたぁ……」
心に突き刺さるクロの率直な感想に、多大なるショックを受けた花梨は、置いたビールケースの山の寄りかかり、頭を垂れて嗚咽し始めた。
そんなデリカシーの無い発言をしたクロは、「やばっ、言い過ぎたか……?」と呟き、慌てて花梨のそばに駆け寄り、頭にそっと手を置いた。
「す、すまん。帰ってきたら、すぐに自分の部屋にある風呂に入れ。綺麗に掃除をしておいてやるかな、なっ?」
「ううっ……」
「そうだ。私が気に入っているシャンプーとコンディショナーも置いといてやるから、自由に使ってくれ」
そう心を傷つけられたクロに励まされると、花梨は嗚咽を止め、涙で潤んでいる瞳をクロに向ける。
「今から、お風呂に入っちゃダメですか?」
「それはダメだ、仕事が終わってからにしろ」
「ですよねー……。あっ、そうだ。ビールケースはどこに置いておきますか?」
「ああ、そうだな……。入口の邪魔にならない場所に、三段積みぐらいにして置いといてくれ。あとは、部下達に運ばせておく」
「入口の邪魔にならない場所ですね、分かりました!」
機嫌を取り戻した花梨は、クロの指示通り、入口の左側にビールケースを三段積みにし、余った二ケースを二段に積み、クロに手を振りながら永秋を後にした。
居酒屋浴び呑みに戻る時の足取りは、行きとは打って変わってかなり重く、暗くて長いため息をつきながら腰を曲げ、脱力し切った上半身を左右に振りつつ、ヨタヨタと歩いていった。
そして、遠方に仁王立ちをしてこちらを見据えている酒羅凶と、笑顔で手を振っている酒天の姿が目に入ると、ヨタヨタ足を駆け足に変え、二人の元に駆け寄っていった。
「店長ー! 永秋の配達終わりましたー!」
「おせえぞ酒天この野郎!!」
「へっ、酒天? ……ぬおおおおおっ!?」
酒羅凶が花梨の事を酒天と呼び、その事に違和感を覚えた瞬間、目の前に居た二人の姿が急に見えなくなり、変わりに大きな壁らしき物が、目前まで迫ってきていた。
花梨は刹那で、あっ、店長、私のことを酒天さんと間違えて蹴ろうとしているな。と、冷静に判断し、瞬時に死に物狂いで横に飛び込み、酒羅凶の凶悪な蹴りをギリギリで回避した。
「あっ……、あっぶ! あっぶな!」
「酒天この野郎!! なにいっちょ前に避けてんだ!!」
「ち、ちがっ! 私は秋風 花梨です! 酒天さんはあっち!」
「ああっ!?」
酒羅凶は、花梨が慌てて指を差した方向に目をやると、そこには確かに酒天がおり、目が合うとにんまりと笑ってきた。
目線を戻すと、汗だくになっている酒天と瓜二つの花梨がおり、余計に頭を混乱させて首を傾げる。
そして、何度も二人を見返しているうちに、だんだんと腹が立ってきたのか、「どっちが本物の酒天なんだゴラアアアアアッ!!」と空に向かい、やり場の無い怒号を上げた。
「う、嘘でしょ? 見分けがつかないの……?」
「今のあたしと花梨さん、本当に見分けがつかないっスからねー。同じ服を着たら、もはや判別がつかないっスよー」
「や、やっぱり、相当似ているんですね……」
にんまりとしている酒天の言葉に、今の姿が更に気になり始めた花梨は、そわそわしながら辺りに鏡がないか見渡した。
しばらくすると酒羅凶が叫ぶのをやめ、「ゼェ、ゼェ……」と息を荒らげ、近くにあった荷車に手を置いた。
呼吸が整うと、花梨を鋭い眼光で睨みつけ、その眼光に当てられた花梨は、ま、また蹴りが来るのか……!? と予想し、咄嗟に身構えた。
歩み寄ってきた酒羅凶は、赤い甲冑の隙間から一枚の紙を取り出し、それを身構えている花梨に差し出した。
それを見てキョトンとした花梨が、遠くから限界に腕を伸ばして受け取り、ビクビクしながら中身を覗く。
そこには、今まで行った事のある店の名前が書かれており、その横には、様々な酒の名前と本数がズラリと記されている。
花梨が首を傾げながら紙を見ていると、落ち着きを取り戻した酒羅凶が説明を始めた。
「てめえが秋風だよなあ? 今度はその紙に書かれている店に、この荷車に乗った酒瓶を配達してこい」
「み、見分けがついてる! よかったぁ……。了解しました、店長!」
酒羅凶から名前を呼ばれ、内心ホッとして安堵した花梨は、すぐさま荷車を引き、鼻歌を交えながら居酒屋浴び呑みを再び後にした。
黄色いビールケースが、十段積みで二山置かれており、隙間から中を覗いてみると、一ケースに三十本ビール瓶が入っていて、花梨の頭に良からぬ不安が生まれた。
「よし、初仕事だ!! この二山を今すぐ永秋に配達してこい!!」
ビールケースを指差しながら酒羅凶が命令すると、花梨の不安が確固たるものへと変わり、唖然とする。
ビールケースの山を見上げた花梨は、いやっ、こんなの絶対に動かせっこないぞ……。しかし、言われた通りにしないと後が怖いっ……! と、心の中で泣き喚く。
そして、己の火事場の馬鹿力を信じ、ビールケースの山を持ち上げようとするも、やはり重すぎるのか微動だにしなかった。
「うぬおおおあああっ! ……てっ、店長ぉぉぉっ! これ何キロあるんですかっ!? 重すぎてまったく動きませんっ!」
「一山おおよそ三百キロだ!! だらしねえな!! おい酒天、アレ持ってこい!!」
酒羅凶が店に向かい、店全体を揺るがす怒号を放つと、すぐさま酒天が真っ赤なひょうたんを持って出てきて、「はいっスー」と、言いながら酒羅凶に手渡した。
そしてすぐに、その赤いひょうたんを花梨の目前に差し出して、再び怒鳴り声を上げる。
「秋風!! このひょうたんの中に入っている酒を飲め!!」
「て、店長……。これは、一体なんでございましょうか?」
「俺が作った酒だ!! 剛力酒と言って飲めば力がつく!! ただし、副作用が出るがな!!」
「……副作用。えっと、飲まないとダメですかねぇ……?」
「ダメだ!! 飲め!!」
酒羅凶の命令に花梨は、ああ、これ飲む以外の選択肢が無いやつだ……。と肩を落とし、閉まっていた赤いひょうたんの栓を開け、ゴクッゴクッと、二回喉を鳴らして飲んだ。
口当たりはサラッとしており、風味はハチミツのような濃厚な甘さがあるも、喉通りがよく非常に飲みやすかった。
しかし、度数がかなり高いのか、喉を焼くような熱さが遅れてやってきて、ゆっくりと喉を広がっていく。
それと同時に、今度は体の内側が猛烈に熱くなり始め、徐々に全身を蝕んでいった。
強い気だるさで頭に深いモヤがかかり、……これから、私はどうなってしまうんだろう……。と考えるも、すぐに面倒くさくなって思考を放棄した。
しばらくして熱が収まり始めるも、頭と唇に小さな針で刺されたような痛みが走り、そこで更に二つの違和感が生まれる。
まず初めに、頭に手を持っていくと、両手に短くて硬い突起物が当たった感触がし、角っぽい物が生えているな……。と、直感した。
次に唇に触れてみると、右側に尖った物が出ており、……牙? 八重歯みたいになっているなぁ。そうか、私は今度は鬼にでもなったのか……。と、もはや慣れた様子で、不可思議な現実をすぐに受け入れる。
口をヒクつかせている花梨を、静かに見ていた酒天が、にんまりとしながら口を開いた。
「おー、花梨さん。髪型をあたしみたいにサイドテールにしたら、あたしと瓜二つっスよー」
「えっ? って、ことは髪色も酒天さんみたいにウグイス色に……? うわっ、爪もすごい尖ってるや」
自分の髪色を確かめようとした花梨は、先に物騒な爪先が目に入り、その手を止めて眺めてみた。
紙なら難なく切れそうなほど鋭く尖っており、人間の時に比べると、かなり長くなっている。
うっかり握り拳を作ろうものなら、自分の手の平を切ってしまうのではと、変な好奇心と小さい不安が生まれてきた。
酒天そっくりの姿になった花梨を見て、酒羅凶が腕を組みながら怒号を上げる。
「飲んだな!! もう一度ビールケースを持ってみろ!!」
「は、はいっ、店長! ……うわっ、軽っ!」
人間の時に持ち上げようとしたビールケースは、どこから持ち上げようとしてみても、ビクともしなかったのに対し、茨木童子に似た姿になってから持ち上げてみると、重さは微塵も感じず、力を込める前に持ち上げられた。
それで調子に乗った花梨は、片手だけでビールケースの山を持ち上げてみるも、やはり重さはまったく感じず、だんだんと面白くなってきたのか、腕を上下に動かし、ビールケースの中にある瓶を踊らせる。
「おお、すごいっ! 片手でも軽々持てるや! 楽しい~」
「そうか、よかったな!! いいから早く永秋に運んでこい!!」
「了解しました、行ってきますっ!」
一山三百キロのビールケースの山を二つ、軽々と両手で持ち上げ、居酒屋浴び飲みを一旦後にする。
恐怖の象徴である酒羅凶から、一時的に解放された花梨の足取りは軽く、鼻歌を交えながら永秋を目指して進む。
永秋の近くまで来ると、入口付近を箒で掃き掃除をしているクロを見つけ、花梨はビールケースを高らかに上げながら「クロさーん! ビールをお届けに参りました~!」と、声を上げる。
その声に気がついたクロが、掃き掃除をしている手を止めて花梨に目をやると、ニコッと笑い、いつもと違う口調で言葉を返してきた。
「よお酒天、いつもより元気だな。配達ご苦労さ……、んっ? お前、酒天か? なんだかいつもと雰囲気が違うような気が……」
「な、なるほど、そこまで酒天さんに似ているんですね……。すいません、私、花梨です……」
「はあっ!? お前、花梨なのか? ……いや、本当に酒天そっくりだぞ?」
「そ、そんなにですか……」
驚愕したクロの表情と言葉で、花梨はだんだんと今の姿に興味を持ち始め、鏡で確認してみたいという衝動に駆られる。
落ち着かなくなった心境の中、クロに歩み寄ってから一旦ビールケースの山を地面に置くと、クロが「んっ?」と声を漏らし、しかめっ面になった。
「それよりも花梨……。お前、かなり酒臭いぞ。飲んだのか?」
「えっ、本当ですか? 居酒屋浴び呑みのスタッフルームが、ものすごくお酒臭かったんですけど……。服に染みついちゃったのかなぁ……?」
花梨は着ている服を引っ張り、丹念に匂いを嗅いで確かめてみるも、鼻の感覚がマヒしているせいかまったく分からず、少々ショックを受けながらクロに目をやる。
「……やっぱり、臭います?」
「ああ、めちゃくちゃ臭うぞ。かなりキツイ」
「えぇ~、そんなにぃ……? イヤだなぁ、お酒臭いの……。お風呂に入りたくなってきたぁ……」
心に突き刺さるクロの率直な感想に、多大なるショックを受けた花梨は、置いたビールケースの山の寄りかかり、頭を垂れて嗚咽し始めた。
そんなデリカシーの無い発言をしたクロは、「やばっ、言い過ぎたか……?」と呟き、慌てて花梨のそばに駆け寄り、頭にそっと手を置いた。
「す、すまん。帰ってきたら、すぐに自分の部屋にある風呂に入れ。綺麗に掃除をしておいてやるかな、なっ?」
「ううっ……」
「そうだ。私が気に入っているシャンプーとコンディショナーも置いといてやるから、自由に使ってくれ」
そう心を傷つけられたクロに励まされると、花梨は嗚咽を止め、涙で潤んでいる瞳をクロに向ける。
「今から、お風呂に入っちゃダメですか?」
「それはダメだ、仕事が終わってからにしろ」
「ですよねー……。あっ、そうだ。ビールケースはどこに置いておきますか?」
「ああ、そうだな……。入口の邪魔にならない場所に、三段積みぐらいにして置いといてくれ。あとは、部下達に運ばせておく」
「入口の邪魔にならない場所ですね、分かりました!」
機嫌を取り戻した花梨は、クロの指示通り、入口の左側にビールケースを三段積みにし、余った二ケースを二段に積み、クロに手を振りながら永秋を後にした。
居酒屋浴び呑みに戻る時の足取りは、行きとは打って変わってかなり重く、暗くて長いため息をつきながら腰を曲げ、脱力し切った上半身を左右に振りつつ、ヨタヨタと歩いていった。
そして、遠方に仁王立ちをしてこちらを見据えている酒羅凶と、笑顔で手を振っている酒天の姿が目に入ると、ヨタヨタ足を駆け足に変え、二人の元に駆け寄っていった。
「店長ー! 永秋の配達終わりましたー!」
「おせえぞ酒天この野郎!!」
「へっ、酒天? ……ぬおおおおおっ!?」
酒羅凶が花梨の事を酒天と呼び、その事に違和感を覚えた瞬間、目の前に居た二人の姿が急に見えなくなり、変わりに大きな壁らしき物が、目前まで迫ってきていた。
花梨は刹那で、あっ、店長、私のことを酒天さんと間違えて蹴ろうとしているな。と、冷静に判断し、瞬時に死に物狂いで横に飛び込み、酒羅凶の凶悪な蹴りをギリギリで回避した。
「あっ……、あっぶ! あっぶな!」
「酒天この野郎!! なにいっちょ前に避けてんだ!!」
「ち、ちがっ! 私は秋風 花梨です! 酒天さんはあっち!」
「ああっ!?」
酒羅凶は、花梨が慌てて指を差した方向に目をやると、そこには確かに酒天がおり、目が合うとにんまりと笑ってきた。
目線を戻すと、汗だくになっている酒天と瓜二つの花梨がおり、余計に頭を混乱させて首を傾げる。
そして、何度も二人を見返しているうちに、だんだんと腹が立ってきたのか、「どっちが本物の酒天なんだゴラアアアアアッ!!」と空に向かい、やり場の無い怒号を上げた。
「う、嘘でしょ? 見分けがつかないの……?」
「今のあたしと花梨さん、本当に見分けがつかないっスからねー。同じ服を着たら、もはや判別がつかないっスよー」
「や、やっぱり、相当似ているんですね……」
にんまりとしている酒天の言葉に、今の姿が更に気になり始めた花梨は、そわそわしながら辺りに鏡がないか見渡した。
しばらくすると酒羅凶が叫ぶのをやめ、「ゼェ、ゼェ……」と息を荒らげ、近くにあった荷車に手を置いた。
呼吸が整うと、花梨を鋭い眼光で睨みつけ、その眼光に当てられた花梨は、ま、また蹴りが来るのか……!? と予想し、咄嗟に身構えた。
歩み寄ってきた酒羅凶は、赤い甲冑の隙間から一枚の紙を取り出し、それを身構えている花梨に差し出した。
それを見てキョトンとした花梨が、遠くから限界に腕を伸ばして受け取り、ビクビクしながら中身を覗く。
そこには、今まで行った事のある店の名前が書かれており、その横には、様々な酒の名前と本数がズラリと記されている。
花梨が首を傾げながら紙を見ていると、落ち着きを取り戻した酒羅凶が説明を始めた。
「てめえが秋風だよなあ? 今度はその紙に書かれている店に、この荷車に乗った酒瓶を配達してこい」
「み、見分けがついてる! よかったぁ……。了解しました、店長!」
酒羅凶から名前を呼ばれ、内心ホッとして安堵した花梨は、すぐさま荷車を引き、鼻歌を交えながら居酒屋浴び呑みを再び後にした。
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