あやかし温泉街、秋国

桜乱捕り

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7話-1、一日座敷童子代行

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 まだ寝ぼけている朝日が顔を出し、それに釣られて温泉街も活動を始めた頃。

 とある言付けを伝える為に、花梨の部屋に訪れていた女天狗のクロが、申し訳なさそうな表情をしながら、寝ている花梨の体を揺すって起こそうとしていた。

「花梨、起きてくれ」

「うわぁ~……。このコンクリート、こんにゃくで出来てるや……。急いで味噌を付けて焼いて食べないと……」

「……すごい夢を見てるな。ほらっ、起きてくれ」

 花梨の寝言に若干怯むも、先ほどよりも激しく体を揺さぶり、花梨を夢の世界から強制帰還させに入る。
 そして、無理やり引き戻された花梨が目を覚ますと、半開きの寝ぼけまなこをクロに向けた。

「……あれっ? この大きな田楽、クロさんに似てる……」

「誰が田楽だ。休みの日にすまん、急な仕事が入ったんだが……、できるか?」

「んあっ……。いいですよ、どんな仕事ですか?」

 起こして早々、仕事の話を持ちかけたのにも関わらず、快諾してくれた花梨に罪悪感を抱きつつ、視線を逸らしながら仕事の説明に入る。

「あー、仕事というよりも看病って言った方が正しいな。座敷童子という妖怪が倒れてしまったんだ。で、そいつの看病をお願いしたい」

「看病、ですか。妖怪の看病ってやった事ないんで少々不安ですけど、分かりました!」

「やってくれるか、すまんな。夜飯は楽しみにしててくれ。朝食はテーブルに置いておいたから、食べたらぬらりひょん様の所に行ってくれな」

「おおっ、期待せねば! 了解ですっ!」

 そう用件を伝えたクロは「休日にすまんな、ありがとう」と、感謝を言いながら花梨の部屋を後にした。
 頭も完全に眠りから覚めた花梨は、体を思いっきり伸ばしてベットから抜け出し、私服に着替えて歯を磨き、身支度を終えてからテーブルに目をやった。

「おにぎりとウィンナー……、最高の組み合わせじゃないか!」

 香り豊かな海苔が巻かれているおにぎりは、塩がかなり効いており、単品でも美味しく頂けるようになっている。
 炒められたウィンナーは、二つに割るとパキッと気持ちの良い音を鳴らし、中から油が溢れ出してきた。

 八本あるウィンナーの内、三本はチョリソーになっており、ほどよい辛さの刺激が、食欲の天井をどんどんと底上げしていった。

「大きいおにぎりは十個、ウィンナーは三十本以上はいけるな。そこに卵焼きと味噌汁があったらぁ……。んっはぁ~、たまらんっ」

 またたく間に朝食を食べ終えた花梨は、皿を水で洗い流し、ぬらりひょんの元に行く為に部屋を後にする。
 支配人室の扉をノックして部屋に入るや否や、書斎机の上で足を組みながら待っていたぬらりひょんが、すぐさま口を開いた。

「待っていたぞ、休みのところすまんな。クロから話は聞いているな?」

「お疲れ様です、ぬらりひょん様。座敷童子さんの看病ですよね。妖怪さんも体調を崩したりするんですねぇ」

「当たり前だ、そこら辺は人間となんら変わりはせん。風邪もひくし、怪我だってする。意外だったか?」

「はえ~、少し意外でした。妖怪さんはみんな、無敵で不老不死だと思っていたんで」

 それを聞いたぬらりひょんが、鼻で笑ってからキセルの煙をふかし、話を続ける。

「まあ、そういう奴もいるがな。しかし、大抵の奴は歳も取るし寿命が来ればちゃんと死を迎える」

「へぇ~、そうなんですねぇ」

「うむ。話が逸れたが、そろそろ看病の方に行ってくれ。『座敷童子堂ざしきわらしどう』にいるから、よろしく頼むぞ」

「分かりました、それじゃあ行ってきます!」

 そう指示を出された花梨は、目的地である座敷童子堂を目指す為に、ぬらりひょんに一礼をしてから支配人室を後にする。

 永秋えいしゅうから出て周りを見渡してみると、朝が来たことを伝えるように、スズメがチュンチュンと鳴きながら、地面をついばんで朝食を楽しんでいる。
 その明るい鳴き声を堪能しつつ、まだ閑散としている温泉街を歩いていく。

 しばらく歩くと、目的地である座敷童子堂の前に着き、改めて建物に目をやった。

 店というよりも民家のような面立ちで、扉はどこにも見当たらず、目の前にある縁側から建物内に入れるようになっていた。
 その縁側に手をかけた花梨が、建物内を覗いてみると、中は線香の匂いが漂っていて、田舎で一緒に暮らしていた祖父の事を思い出し、懐かしい気持ちが込み上げてきた。

 その思いを馳せていると、薄暗い奥の部屋で動いている影が目に入り、靴を脱ぎ捨ててこっそりと入り込んでいく。
 音を立てずに奥まで進むと、白衣を身にまとっているイタチに似た動物が、布団で横になっている少女に聴診器を当てていた。

 その少女をまじまじと眺めてみると、この前温泉街を歩いている途中、猛スピードで横を通りすぎていった少女だと分かった。
 背後に何者かがいると察知したイタチに似た動物が、花梨がいる方向にゆっくりと首を向ける。

「誰だね?」

「あっ、邪魔してすみません。ぬらりひょん様に言われて座敷童子さんの看病をしに来ました、秋風 花梨と言います」

「ああ、君が例の人間か。私は『薬屋つむじ風』を営んでいるカマイタチの辻風つじかぜだ。よろしく」

 辻風と名乗ったイタチが自己紹介を終えると、丸い耳にしていた聴診器を外し、そばにある黒いカバンの中にしまい込んだ。

「辻風さんですね、よろしくお願いします。あのっ、座敷童子さんの容態は……」

「ただの風邪みたいだね。静かに寝ていれば、すぐに良くなるだろう。風邪薬を三日分置いていくから、看病の方をよろしく頼むよ」

「任せて下さいっ、責任を持って看病します!」

 その言葉を聞いてコクンとうなずいた辻風は、安心しながら縁側から外に出て、姿を消していった。
 辻風を見送った花梨は、座敷童子の看病をする為に、呼吸を荒らげている座敷童子の横に座ると、途端に様々な疑問が浮かび上がる。

 花梨は心の中で、そういや、妖怪さんの看病って人間と同じやり方でいいのかな……? ぬらりひょん様か、辻風さんに聞いておけばよかった……。と、遅くやって来た後悔の念に駆られる。
 眉間に深いシワを寄せて必死に考えていると、寝ていた座敷童子が花梨の存在に気がついたのか、苦しそうにしながら口を開いた。

「ゴホッ……、誰?」

「あっ、すみません。座敷童子さんの看病をしに来ました、秋風 花梨と言います」

「……そう、私はまとい。……でも、看病はいらない」

「で、でも、纏さんとても苦しそうですし……。何か私に出来る事がありましたら、何でも言って下さい」

 そう心配している花梨の問いかけを聞いた纏は、少し間を置いてから「……なら」と呟き、身に付けていた妖々しく緑色に光る勾玉のネックレスを外し、花梨に差し出した。
 ネックレスを差し出されてキョトンとした花梨が、両手で受け取りながら話を続ける。

「あの、これは……?」

「……それを身に付けて「座敷童子さんいらっしゃい」って、言って」

「えっ? あっ、はい」

 花梨は言われるがままに立ち上がり、貰った勾玉のネックレスを首から下げ「座敷童子さんいらっしゃい」と、恐る恐る唱える。
 すると、ポンッという軽い音が耳に入り、その場で立っていたハズなのにいつの間にか宙に浮いており、そのまま床へと着地をした。

 何が起きたの状況を飲み込めていない花梨は、「えっ、……えっ?」と、困惑しつつ、辺りを見渡した。
 先ほどに比べるとタンスや天井が高くなっており、心なしか部屋も少し広くなっている。

 極めつけは、今は立っているのにも関わらず、座っていた時よりも纏との距離が、だいぶ近くなっていた。

「……へっ? なにっ、何が起きたの? なんか、デジャヴみたいな物を感じるんだけど……」

「ゴホゴホッ……。……そこに全身鏡があるから自分の姿を見てみて」

 咳込んだ纏が布団から腕を出し、目の前にある全身鏡に指を差すと、そこで全てを察した花梨が、全身鏡のある方へと歩み始める。

「あー、このデジャヴの正体が分かったぞ。今度はなんにされたんだ私は……」

 妖怪から貰った物を身に付けると、姿を変えられると解釈し始めていた花梨は、全身鏡で自分の姿を確認してみてると、その解釈は確信たるものへと変わった。
 着ていた私服は、所々に赤い花が刺繍されている真っ白な着物へと変わっており、背丈も三歳から五歳ぐらいの子供ぐらいまでに縮んでいる。

 髪型と髪色は変わっていないものの、顔が少し幼くなっているように見えた。

「見た目が完全に子供みたいになってる……。それにしても、綺麗な着物だなぁ」

「……それじゃあ、今日一日私の代わりをやって」

「纏さんの代わり……。と、いう事は、この姿は、座敷童子……?」

「……そう、私と同じ座敷童子」

「へぇ~、これが座敷童子……」

 座敷童子に変化へんげした花梨は、改めて自分の姿のを確認してみるも、ただの子供みたいになっただけで、特別な刺激を受ける事はあまりなかった。
 柔らかい両頬を手で持ち上げてみたり、引っ張ったりして鏡と遊んでいた花梨が、布団で寝ている纏に目を向ける。

「それじゃあ、私は何をすればいいですかね?」

「……まだその体に慣れていないだろうから、縁側で座ってるだけでいい」

「えっ、それだけでいいんですか?」

「……うん、今の花梨の姿を見た人には小さな幸福が訪れる。……温泉街を歩いている人達に、自分の姿をいっぱい見せてきて」

「本当に!? すごいなぁ、今の私……」

 纏の説明を聞いて驚いた花梨は、小さくなった自分の手を見てながら「ふ~ん……」と呟き、現状を全て把握すると、ふわっと微笑んだ。

「分かりました、それじゃあ縁側に行ってきますね! 何かあったら、すぐに呼んで下さい」

「……わかった」 

 弱々しい纏の返事を聞くと、花梨はニコッと笑いながらうなずき、眩しい光が差し込んでいる縁側にちょこちょこと歩いていった。
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