あやかし温泉街、秋国

桜乱捕り

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6話-2、至高と和解の一本

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 しばらくすると、火が通り始めた皮が油を滴らせ、その油が焼き鳥台に落ちると、小さな火柱がボッと上がる。
 焦げ目が付いてカリカリに焼きあがると、店員は傍にある銀色の鍋に串を突っ込み、鍋から引き上げると、深い黄金色に輝くタレが絡みついた皮が出てきた。

 油とタレが混ざった食欲をそそる黄金色の雫が、床や焼き鳥台へと落ちていき、それを目撃した花梨が、ああ、勿体ない……と、残念そうに指をくわえる。
 待望である皮を花梨に差し出すも、店員のその手は何かに怯えるように、微かに震えていた。

「……ほら、皮だ」

「ああ、美味しそう……! いただきまーす!」

 花梨は一本しか食べられない貴重な皮を、食欲に任せて一気にがっつかないよう気をつけながら口に入れ、ゆっくりと咀嚼そしゃくを始める。

 味付けが濃い醤油ベースのタレには、ほどよいトロミが付いおり、油の旨みと絡み合って口の中に広がっていく。
 パリッとした食感の皮からは、焼いている最中に散々油を滴らせたにも関わらず、音を立たせて噛むたびに、中から溢れんばかりの油が飛び出してきた。

 笑みを浮かべながら一枚目の皮を飲み込むと、「はぁ~っ……」と、満足そうな声を漏らし、二枚目の皮を口に入れる。
 一枚目と同様に食感、タレと皮と油の風味、飲み込んだ後の余韻に存分と浸り、三枚目、四枚目と食べ進めていく。

 そして串から皮が無くなると、もうこれ以上は食べられないという後悔の念に駆られ、満足感と切なさが半々に混ざったため息を漏らした。
 その花梨の様子を黙って伺っていた店員が、緊張しながら恐る恐る味の感想を聞いてきた。

「……どうだ、味は? 美味かったか?」

「……味? ……色々な焼き鳥屋の皮を食べてきたけど、たぶん一、二位を争うくらいに美味しかったよ」

「そんなにか、そんなに美味しかったか! そうか、そいつあよかったぁ……!」

 花梨の嬉しい感想を聞けた店員は、顔から憑き物が取れたように明るくなり、無垢な笑顔を浮かべて小さくガッツポーズをした。
 その店員の初めての表情を目にした花梨は、不思議に思って首をかしげるも、ふわっと微笑んでから話を続ける。

「人間の私に、焼き鳥を食べさせてくれてありがとう! この串は記念に貰っていくね」

 心の底からのお礼を述べた花梨が、焼き鳥屋八咫やたから立ち去ろうとすると、その哀愁が漂う後ろ姿を見た店員が、ガッツポーズをしていた手を解き、慌てて花梨の背中に差し伸べた。

「おい待て! どこに行くってんだ!?」

「んっ? もう、ここにいたら商売の邪魔になるし、帰ろうかなって……」

 先ほどまで商売の邪魔していた花梨が、至極真っ当な言葉を返すと、更に慌てた店員が焼き鳥台を飛び越え、キョトンとしている花梨の元まで駆け寄っていった。

「待て待て! そのっ、最初に俺が言った言葉は……、忘れてくれねえか?」

「えっ、どういうこと?」

「……あー、そのっ……。情けねえ話なんだが……、怖かったんだ」

「……怖かった?」

 視線を花梨から逸らし、鼻頭をポリポリと搔いた店員が、今度は表情を歪めながら頭を掻き、重く閉ざしていた口を開く。

「……あいつらのか……いやっ、人間であるお前に、俺が焼いた焼き鳥を口にして、不味いって言われるが怖かったんだ。なら、最初から食わせなきゃいいと思って、な……」

 店員がボソボソと小さい声で喋ったせいで、最初の部分が聞き取れなかった花梨は、少々気にかけながらも、その考えを否定するように首を横に振った。

「店員さんが焼いた焼き鳥、本当に美味しかったよ。こんな美味しい焼き鳥を不味いっていう人なんか、絶対にいないよ」

「……本当か?」

「本当だよ」

 不安を抱えている言葉に即答した花梨の瞳は、真っ直ぐと店員を見据えており、嘘偽りを言っているようにはとても思えなかった。
 その真剣な眼差しを向けられた店員は、不安が残っていた胸を打たれて吹っ切れたのか、子供のように明るくて眩しい笑顔を花梨に返す。

「……ありがとよ、少し弱気になっていたようだ。そこまで言ってくれるんであれば、全身全霊を込めて答えにゃあいかんよなあ! 来い、今日は俺の奢りで食わせてやる!」

「えっ、いいの!? やったー! ありがとう店員さん!」

「ん~、お前に店員って言われるのもなんかしっくりこねえ。俺は八咫烏の八吉やきちっつうんだ」

「八吉さんって言うんですね! 私は―――」

 焼き鳥を再び食べられると分かり、喜んだ花梨が自己紹介をしようとするも、八吉がそれを遮るように花梨の目前にバッと手を伸ばし、口角上げてニヤッと笑う。

「知ってる、花梨。秋風 花梨だろ?」

「えぇっ、私の名前知ってたの!? なんでっ!?」

「そいつあ、教えられねえなあ~。それより、焼き鳥が食いたいんだろう? どんどん食っていってくれ!」

 なぜ八吉が自分の名前を最初から知っていたのか、花梨は疑問に思うも、脳が完全に焼き鳥という単語に支配されており、その小さな疑問は一瞬で霧散し、ヨダレをタラッと垂らした。

「焼き鳥! それじゃあ、メニューにある品を全部タレでお願いしますっ!」

「はあっ!? 本当に言ってやがんのか!? ……いい度胸と食いっぷりだなあ、余計に気に入ったぜえ! 待ってろ、いま焼いてやるからな!」

「やったー!」

 様々な焼き鳥の匂いを含んだ煙が、八吉の翼であおがれて温泉街へと広がっていく。
 しばらくすると、八吉主催である花梨の宴が始まり、大量に焼かれた焼き鳥はまたたく間に姿を消していった。

 その二人の明るい声と焼き鳥の匂いに当てられたのか、腹を空かせた太陽が、温泉街をオレンジ色に染めつつ地平線の彼方へと落ちていった。
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