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3話-2、永秋の手伝い
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支配人室へと戻った花梨は、相変わらずキセルの煙をふかしているぬらりひょんに、ろくろ首に驚かされつつマッサージをこなした事を伝えた。
その話を聞いていたぬらりひょんが、再びキセルの煙をふかしてから優しく微笑む。
「ほう、マッサージ処でも即戦力級の働きか。感心感心」
「ありがとうございます! 最初は驚いちゃって、体がうまく動かなかったですが……」
鼻で笑いながら次にどうするか思案したぬらりひょんは、夜が訪れたせいか、黒く染まっている窓を横目で覗き、壁に掛けられている時計に目を移した。
「六時ちょい過ぎか……。もう一つぐらい何かやっておくか?」
「いいですよ、なんでも言ってください!」
花梨の疲れを見せない元気な返事に、ぬらりひょんがコクンと頷く。
「いい返事だ。確か、接客もできると言っていたな……。なら、この時間帯は宿泊する客が大勢来店してくるから、クロの手伝いをしてきてもらおうか。入口の受付にいるから行ってこい」
「了解です!」
次の仕事を与えられた花梨は、駆け足で一階まで下り、既にぬらりひょんから連絡を受けて待っていたクロと合流した。
別の女天狗も七名ほど受付の隣で待機しており、客が目の前を通り過ぎると「いらっしゃいませー!!」と、活気に溢れる声を発している。
「クロさん、お疲れ様です!」
「来たな。ここに来てまだ半日も経ってないのに、もう仕事を始めたんだな。その作業服姿、なかなか似合ってるぞ」
「ありがとうございます! ぬらりひょん様の所に行ってからすぐに、露天風呂の掃除をしてマッサージ処で働いてきました」
花梨の言葉を聞いたクロは「あの人は人使いが荒いからな。お前も気をつけろよ」と、苦笑いながら忠告し、話を続ける。
「それじゃあ、花梨も私が声をかけるまでの間、女天狗達の列に並んで待機していてくれ」
「分かりました!」
そう指示を出された花梨は、女天狗の列の最後尾に並び、客に悪い印象を与えないよう背筋をピンと伸ばす。
他の女天狗達の姿を見て学び、客が前を通り過ぎようとすると、女天狗達と共に「いらっしゃいませー!」と、声を揃えて客を出迎えた。
しばらくすると、クロに「こちらのお客様を131号室に案内してくれ」と、指示を出される。
待っていましたと言わんばかりに花梨が、「お客様、お部屋にご案内致しますのでこちらへどうぞ」と、丁寧に喋りながら客を案内し始めた。
接客第一号は、一目で青鬼と分かるほど全身が青く、硬そうな黄色い角が頭から生えている。
腰には虎柄の布を巻いており、太い棘が付いた金棒を大事そうに肩に置いていた。
身長はおおよそ三メートル以上はあり、背後からドシンドシンという重低音と、軽い振動を感じながら目的の部屋に案内をしていく。
案内を無事に終えると、急いでクロが居る一階の受付場所へと戻り、再び女天狗達の列に並び直す。
クロに声をかけられるまでは客を出迎えながら待機し、その作業を幾度となく繰り返した。
そして、夜の七時半を過ぎた辺りで頃合だろうと思ったクロが、未だに元気な声を発している花梨に声を掛けた。
「花梨、もう上がれ。初日から飛ばしすぎると、次の日が大変だろうからな」
「もうですか? 私はまだまだ全然大丈夫ですけど、分かりました。お先に失礼します!」
「うん、お疲れ。ぬらりひょん様に報告すんの忘れんなよ」
「了解です!」
クロと別れた花梨は、今日三度目の報告をするために、多くの客が行き交う中央階段を上って支配人室に戻ると、ぬらりひょんに本日最後の報告を済ませた。
「ふむ、風呂掃除、マッサージ、接客を初日から難なくこなせるなら、温泉街にある店の手伝いも気兼ねなく頼めそうだな」
「鵺さんに鍛えられましたからね、なんでも任せてください!」
「頼もしい限りだな。よし、今日の仕事は終わりだ。ほれ、今日の給料だ。受け取れ」
ぬらりひょんから差し出された茶封筒を受け取り、胸を弾ませながら中身を確認すると、一万円札が二枚ピン札で入っていた。
想定外の金額に驚いた花梨が、目を丸くしながらぬらりひょんに顔を向けた。
「えっ、二万円も入ってる! こんなにいいんですか!?」
「ワシの無茶振りにちゃんと答え、成果を出したんだ。それに金が無いんだろう? ワシからの小遣いも含まれてると思えばいい」
「わ、分かりました、ありがとうございます!」
花梨は二万円が少しはみ出た茶封筒を高々と掲げ、自分の物になった二万円に軽くキスをする。
その微笑ましい光景を見て、鼻で笑ったぬらりひょんが話を続ける。
「さてと、疲れただろう? 部屋にある風呂、一階にある銭湯、サウナ、露天風呂、岩盤浴。どれでも好きに使うがいい。料理は頃合を見てクロに運ばせておくから、楽しみにしてろ」
「本当ですか!? やったー! それじゃあ、お言葉に甘えて露天風呂に行ってこよっかな」
花梨がそう言いながら部屋を去ろうとすると、言い忘れた事があったのかぬらりひょんが「ああ、ちょっと待て」と、止めに入る。
「最後にひとつ。明日は朝の八時にこの部屋に来い。いいな?」
「朝の八時ですね、了解です!」
「よし、ここからは自由行動だ。好きにして来い」
「分かりました! お疲れ様です!」
今日初めて自由になった花梨は、せっかくなのであかなめ達と掃除をした秋夜の湯に入ることにした。
シャンプー、コンディショナー、ボディソープは露天風呂の掃除をした際、風呂場に置いてあるのを目にしていたので、タオルと着替えの服を用意する為に、一度自室へと戻る。
体を洗う用と隠す用、拭く用のタオルを三枚と私服を用意し、ウキウキしながら秋夜の湯へと向かう。脱衣場で汗で湿った作業服を脱ぎ、体にタオルを巻いて風呂場に入場した。
風呂場に出ると、客の妖怪達が体を洗っていたり、湯船に浮かんだ桶の中にあるおちょこに酒を注ぎ、飲みながら景色を堪能している妖怪と、それぞれ温泉を満喫している姿が目に入る。
花梨も汗で汚れた頭と体を洗い流し、再び体にタオルを巻き、適温の白いにごり湯に肩まで沈めていった。
「ぬっはぁ~……気持ちいい~……」
疲れが温泉の湯に溶けていくのを感じつつ、あかなめが説明をしていた、ライトアップされた幻想的な山々に目を向ける。
ライトの光で鮮やかな紅葉がより一層際立ち、風に揺られて楽しそうに踊っている。
温泉の湯で体、風景で目と頭が癒されていくのが分かり、永秋が妖怪の楽園と呼ばれているのも納得ができた気がした。
風呂から上がり時計に目をやると、五十分以上浸かっていた事が分かったが、それは、一瞬の出来事のように思えた。
「九時前か……、そんなにお風呂に入ってたんだなー。またここに来ようっと」
全身がポカポカに温まり、湯気に包まれながら部屋に戻ると、テーブルの上に四角い黒い箱とお椀、箸が置いてあった。
ワクワクしながら開けてみると、蓋を追うように湯気が立ち込め、箱の中身を見てみると、半熟の卵が覆いかぶさったカツ丼が大盛りで入っている。
お椀の蓋も開けてみると、透き通った温かい汁と、お麩や三葉が添えられているお吸い物が入っていた。
「おおー! 美味しそうだっ、いただきまーす!」
卵と出汁を吸い取った部分と、カリカリとした部分と、様々な食感を堪能できるカツと一緒に、大量のご飯を口の中に入れる。
出汁が混ざったカツの旨味と脂の風味が口の中に広がり、すぐさまご飯のほんのりと甘い風味が、カツの後を追いかけていく。
口の中にあるカツとご飯を飲み込み、温かいお吸い物を一口すすり、「ほうっ……」と、ため息をつきながら再びカツとご飯を口に頬張る。
その作業を五回ほど繰り返し、十分もしない内に大盛りのカツ丼とお吸い物を完食した。
「すんごい美味しかったー。さすがは旅館の料理だ……。自由行動の時に食事処に行ったら、食べすぎてすぐに破産しちゃいそうだなー」
天井を見上げて料理の余韻を存分に堪能した後、食器類を一階の食事処に持っていき、そこで作業をしている女天狗に声をかけた。
「すみませーん、洗い場を借りてもいいですか?」
「ん? 洗い場で何するの?」
「この食器類を洗って返そうかと思いまして」
花梨はそう言いながら持ってきた食器類を作業員に見せると、その作業員が手を振りながら苦笑いをした。
「あー、そこまでしなくてもいいよ。返却口に置いといてくれれば、私たちが洗っておくからさ」
「こ、ここですか? すみません、ありがとうございます」
持ってきた食器類を返却口に置いて「ご馳走様でした!」と一言残し、自分の部屋へと戻る。
携帯電話を取り出して時間を確認すると、夜の九時半過ぎなっていた。電波を見てみると通っているようで、アンテナが全て立っているのも確認できた。
「うーん……。少し早いけど、色々あって疲れたし今日はもう寝ようかな」
花梨はくたびれた体をグイッと伸ばし、パジャマに着替えて歯を磨き始める。
歯を磨きながら窓から外を覗いてみると、明かりが灯った夜の温泉街を一望でき、妖怪を乗せた一反木綿が、とある店から出てきて浮かび始め、満点の星空に溶け込んでいった。
再び温泉街に目をやると、日中に比べて妖怪の姿は少なく、歩きながらヒョウタンに入っている物を飲んでいる妖怪や、キセルの煙をふかしながら歩いている妖怪がいた。
歯磨きが終わると、寝る前にカバンから日記と筆記用具を取り出して、今日あった現実離れした出来事を書き始める。
今日は、初めての出来事がありすぎて上手く日記を書けないかもしれない。
街中で出会って、私に仕事を紹介してくれた小さいおじさんは、実は妖怪の総大将である「ぬらりひょん」で、しかも秋国という温泉街の支配人だった!
私は、その温泉街で働く事になり、『永秋』という温泉旅館でお世話になる事になったんだ。
眺めが最高な露天風呂の掃除を、舌で汚れを綺麗に舐め取るあかなめさん達とやって、マッサージ処でろくろ首さんに驚かされながら首をマッサージして……。
妖怪さんの体、初めて触ったけど肌がものすごくスベスベしていたなぁ、羨ましい!
最後は、黒い羽がカッコイイ女天狗のクロさんと一緒に仕事をした。
初めて部屋に案内したお客さんは、体がとても大きい青鬼さんで、威圧感がものすごかったなぁ……。
今日は味わったことのない刺激的な出来事の連続で、とっても楽しかった! 明日はどんな刺激が待っているんだろう? 今からワクワクして眠れないかもしれない。
「ははっ、全然上手く書けてないや。この日記の内容……、他の人に見せても絶対に信じてくれないだろうなぁ」
書き終わった日記を読み返してみると、今でも信じ難い内容ばかりで、未だに実感が湧いていない自分がいた。
「さってと、寝ようかな。携帯電話の目覚ましをセットしてっと」
携帯電話の目覚ましを、朝の七時から五分ごとにアラームが鳴るようにセットした花梨は、予め用意されていたベットの中に潜り込み、ゆっくりと眠りについていった。
その話を聞いていたぬらりひょんが、再びキセルの煙をふかしてから優しく微笑む。
「ほう、マッサージ処でも即戦力級の働きか。感心感心」
「ありがとうございます! 最初は驚いちゃって、体がうまく動かなかったですが……」
鼻で笑いながら次にどうするか思案したぬらりひょんは、夜が訪れたせいか、黒く染まっている窓を横目で覗き、壁に掛けられている時計に目を移した。
「六時ちょい過ぎか……。もう一つぐらい何かやっておくか?」
「いいですよ、なんでも言ってください!」
花梨の疲れを見せない元気な返事に、ぬらりひょんがコクンと頷く。
「いい返事だ。確か、接客もできると言っていたな……。なら、この時間帯は宿泊する客が大勢来店してくるから、クロの手伝いをしてきてもらおうか。入口の受付にいるから行ってこい」
「了解です!」
次の仕事を与えられた花梨は、駆け足で一階まで下り、既にぬらりひょんから連絡を受けて待っていたクロと合流した。
別の女天狗も七名ほど受付の隣で待機しており、客が目の前を通り過ぎると「いらっしゃいませー!!」と、活気に溢れる声を発している。
「クロさん、お疲れ様です!」
「来たな。ここに来てまだ半日も経ってないのに、もう仕事を始めたんだな。その作業服姿、なかなか似合ってるぞ」
「ありがとうございます! ぬらりひょん様の所に行ってからすぐに、露天風呂の掃除をしてマッサージ処で働いてきました」
花梨の言葉を聞いたクロは「あの人は人使いが荒いからな。お前も気をつけろよ」と、苦笑いながら忠告し、話を続ける。
「それじゃあ、花梨も私が声をかけるまでの間、女天狗達の列に並んで待機していてくれ」
「分かりました!」
そう指示を出された花梨は、女天狗の列の最後尾に並び、客に悪い印象を与えないよう背筋をピンと伸ばす。
他の女天狗達の姿を見て学び、客が前を通り過ぎようとすると、女天狗達と共に「いらっしゃいませー!」と、声を揃えて客を出迎えた。
しばらくすると、クロに「こちらのお客様を131号室に案内してくれ」と、指示を出される。
待っていましたと言わんばかりに花梨が、「お客様、お部屋にご案内致しますのでこちらへどうぞ」と、丁寧に喋りながら客を案内し始めた。
接客第一号は、一目で青鬼と分かるほど全身が青く、硬そうな黄色い角が頭から生えている。
腰には虎柄の布を巻いており、太い棘が付いた金棒を大事そうに肩に置いていた。
身長はおおよそ三メートル以上はあり、背後からドシンドシンという重低音と、軽い振動を感じながら目的の部屋に案内をしていく。
案内を無事に終えると、急いでクロが居る一階の受付場所へと戻り、再び女天狗達の列に並び直す。
クロに声をかけられるまでは客を出迎えながら待機し、その作業を幾度となく繰り返した。
そして、夜の七時半を過ぎた辺りで頃合だろうと思ったクロが、未だに元気な声を発している花梨に声を掛けた。
「花梨、もう上がれ。初日から飛ばしすぎると、次の日が大変だろうからな」
「もうですか? 私はまだまだ全然大丈夫ですけど、分かりました。お先に失礼します!」
「うん、お疲れ。ぬらりひょん様に報告すんの忘れんなよ」
「了解です!」
クロと別れた花梨は、今日三度目の報告をするために、多くの客が行き交う中央階段を上って支配人室に戻ると、ぬらりひょんに本日最後の報告を済ませた。
「ふむ、風呂掃除、マッサージ、接客を初日から難なくこなせるなら、温泉街にある店の手伝いも気兼ねなく頼めそうだな」
「鵺さんに鍛えられましたからね、なんでも任せてください!」
「頼もしい限りだな。よし、今日の仕事は終わりだ。ほれ、今日の給料だ。受け取れ」
ぬらりひょんから差し出された茶封筒を受け取り、胸を弾ませながら中身を確認すると、一万円札が二枚ピン札で入っていた。
想定外の金額に驚いた花梨が、目を丸くしながらぬらりひょんに顔を向けた。
「えっ、二万円も入ってる! こんなにいいんですか!?」
「ワシの無茶振りにちゃんと答え、成果を出したんだ。それに金が無いんだろう? ワシからの小遣いも含まれてると思えばいい」
「わ、分かりました、ありがとうございます!」
花梨は二万円が少しはみ出た茶封筒を高々と掲げ、自分の物になった二万円に軽くキスをする。
その微笑ましい光景を見て、鼻で笑ったぬらりひょんが話を続ける。
「さてと、疲れただろう? 部屋にある風呂、一階にある銭湯、サウナ、露天風呂、岩盤浴。どれでも好きに使うがいい。料理は頃合を見てクロに運ばせておくから、楽しみにしてろ」
「本当ですか!? やったー! それじゃあ、お言葉に甘えて露天風呂に行ってこよっかな」
花梨がそう言いながら部屋を去ろうとすると、言い忘れた事があったのかぬらりひょんが「ああ、ちょっと待て」と、止めに入る。
「最後にひとつ。明日は朝の八時にこの部屋に来い。いいな?」
「朝の八時ですね、了解です!」
「よし、ここからは自由行動だ。好きにして来い」
「分かりました! お疲れ様です!」
今日初めて自由になった花梨は、せっかくなのであかなめ達と掃除をした秋夜の湯に入ることにした。
シャンプー、コンディショナー、ボディソープは露天風呂の掃除をした際、風呂場に置いてあるのを目にしていたので、タオルと着替えの服を用意する為に、一度自室へと戻る。
体を洗う用と隠す用、拭く用のタオルを三枚と私服を用意し、ウキウキしながら秋夜の湯へと向かう。脱衣場で汗で湿った作業服を脱ぎ、体にタオルを巻いて風呂場に入場した。
風呂場に出ると、客の妖怪達が体を洗っていたり、湯船に浮かんだ桶の中にあるおちょこに酒を注ぎ、飲みながら景色を堪能している妖怪と、それぞれ温泉を満喫している姿が目に入る。
花梨も汗で汚れた頭と体を洗い流し、再び体にタオルを巻き、適温の白いにごり湯に肩まで沈めていった。
「ぬっはぁ~……気持ちいい~……」
疲れが温泉の湯に溶けていくのを感じつつ、あかなめが説明をしていた、ライトアップされた幻想的な山々に目を向ける。
ライトの光で鮮やかな紅葉がより一層際立ち、風に揺られて楽しそうに踊っている。
温泉の湯で体、風景で目と頭が癒されていくのが分かり、永秋が妖怪の楽園と呼ばれているのも納得ができた気がした。
風呂から上がり時計に目をやると、五十分以上浸かっていた事が分かったが、それは、一瞬の出来事のように思えた。
「九時前か……、そんなにお風呂に入ってたんだなー。またここに来ようっと」
全身がポカポカに温まり、湯気に包まれながら部屋に戻ると、テーブルの上に四角い黒い箱とお椀、箸が置いてあった。
ワクワクしながら開けてみると、蓋を追うように湯気が立ち込め、箱の中身を見てみると、半熟の卵が覆いかぶさったカツ丼が大盛りで入っている。
お椀の蓋も開けてみると、透き通った温かい汁と、お麩や三葉が添えられているお吸い物が入っていた。
「おおー! 美味しそうだっ、いただきまーす!」
卵と出汁を吸い取った部分と、カリカリとした部分と、様々な食感を堪能できるカツと一緒に、大量のご飯を口の中に入れる。
出汁が混ざったカツの旨味と脂の風味が口の中に広がり、すぐさまご飯のほんのりと甘い風味が、カツの後を追いかけていく。
口の中にあるカツとご飯を飲み込み、温かいお吸い物を一口すすり、「ほうっ……」と、ため息をつきながら再びカツとご飯を口に頬張る。
その作業を五回ほど繰り返し、十分もしない内に大盛りのカツ丼とお吸い物を完食した。
「すんごい美味しかったー。さすがは旅館の料理だ……。自由行動の時に食事処に行ったら、食べすぎてすぐに破産しちゃいそうだなー」
天井を見上げて料理の余韻を存分に堪能した後、食器類を一階の食事処に持っていき、そこで作業をしている女天狗に声をかけた。
「すみませーん、洗い場を借りてもいいですか?」
「ん? 洗い場で何するの?」
「この食器類を洗って返そうかと思いまして」
花梨はそう言いながら持ってきた食器類を作業員に見せると、その作業員が手を振りながら苦笑いをした。
「あー、そこまでしなくてもいいよ。返却口に置いといてくれれば、私たちが洗っておくからさ」
「こ、ここですか? すみません、ありがとうございます」
持ってきた食器類を返却口に置いて「ご馳走様でした!」と一言残し、自分の部屋へと戻る。
携帯電話を取り出して時間を確認すると、夜の九時半過ぎなっていた。電波を見てみると通っているようで、アンテナが全て立っているのも確認できた。
「うーん……。少し早いけど、色々あって疲れたし今日はもう寝ようかな」
花梨はくたびれた体をグイッと伸ばし、パジャマに着替えて歯を磨き始める。
歯を磨きながら窓から外を覗いてみると、明かりが灯った夜の温泉街を一望でき、妖怪を乗せた一反木綿が、とある店から出てきて浮かび始め、満点の星空に溶け込んでいった。
再び温泉街に目をやると、日中に比べて妖怪の姿は少なく、歩きながらヒョウタンに入っている物を飲んでいる妖怪や、キセルの煙をふかしながら歩いている妖怪がいた。
歯磨きが終わると、寝る前にカバンから日記と筆記用具を取り出して、今日あった現実離れした出来事を書き始める。
今日は、初めての出来事がありすぎて上手く日記を書けないかもしれない。
街中で出会って、私に仕事を紹介してくれた小さいおじさんは、実は妖怪の総大将である「ぬらりひょん」で、しかも秋国という温泉街の支配人だった!
私は、その温泉街で働く事になり、『永秋』という温泉旅館でお世話になる事になったんだ。
眺めが最高な露天風呂の掃除を、舌で汚れを綺麗に舐め取るあかなめさん達とやって、マッサージ処でろくろ首さんに驚かされながら首をマッサージして……。
妖怪さんの体、初めて触ったけど肌がものすごくスベスベしていたなぁ、羨ましい!
最後は、黒い羽がカッコイイ女天狗のクロさんと一緒に仕事をした。
初めて部屋に案内したお客さんは、体がとても大きい青鬼さんで、威圧感がものすごかったなぁ……。
今日は味わったことのない刺激的な出来事の連続で、とっても楽しかった! 明日はどんな刺激が待っているんだろう? 今からワクワクして眠れないかもしれない。
「ははっ、全然上手く書けてないや。この日記の内容……、他の人に見せても絶対に信じてくれないだろうなぁ」
書き終わった日記を読み返してみると、今でも信じ難い内容ばかりで、未だに実感が湧いていない自分がいた。
「さってと、寝ようかな。携帯電話の目覚ましをセットしてっと」
携帯電話の目覚ましを、朝の七時から五分ごとにアラームが鳴るようにセットした花梨は、予め用意されていたベットの中に潜り込み、ゆっくりと眠りについていった。
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