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2話-1、あやかし温泉街、秋国
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ぬらりひょんに無理やり薄暗い電車内に連れ込まれた花梨は、電車の振動に体を揺らしつつ、ぬらりひょんに誘われるがまま席に腰を下ろした。
思考が停止していた脳がゆっくりと活動を再開すると、思い浮かんだ質問を片っ端に投げつけながら、ぬらりひょんの体を激しく揺する。
「ねえっ! 妖温泉街ってなに!? 秋国ってなに!? もしかして、さっきの駅員達も妖怪なの!? そういや聞き忘れてたけど、私はそこでいったいなにすんの!?」
「あーあー、うるさいっ! いっぺんに質問するな! 離さんかい!」
そう叱られた花梨は、慌ててぬらりひょんの和服から手を離し、申し訳なさそうに一言謝って席に座り直す。
しかめっ面のぬらりひょんは「まったく……」と、ぼやきながら両手で乱れた和服を直し、今言われた質問を一つ一つ答え始めた。
「改めて自己紹介をしよう。ワシの名は「ぬらりひょん」。妖怪の総大将をやっておる」
「やっぱり妖怪なんだ! へぇ~、初めて見た……。後頭部の出っ張った部分触ってもいいですか?」
「バカッ、ダメに決まってるだろう!」
花梨は興味本位で後頭部に手を伸ばすも、ぬらりひょんに振り払われた。少々機嫌を損ねたぬらりひょんが説明を続ける。
「次! 妖温泉街は、ワシと妖怪達と一部の奴らが作り上げた温泉街だ。様々な妖怪達が店を構えておる」
「ふむふむ、どんな店があるんですか?」
「それは後で説明してやる。それとさっきの駅員共、あいつらも妖怪だ。あそこの駅事務室は妖怪が温泉街に行く為の入口の一つだ。普通の人間には見えんが、稀にその入口が見える人間が入り込んでくる事もある。だから、温泉街に人間を入り込ませない為の見張り役をさせている訳だ」
花梨は深く頷きながら聞いていたが、とある一つの疑問が生まれ、元気よく高々と手を挙げた。
「はい、質問! 私、人間ですけどその温泉街に入っちゃってもいいんですか?」
「お前は仕事という名目があるから大丈夫だ。温泉街にいる妖怪達にも、ちゃんと伝えてある」
それを聞いた花梨はホッと胸を撫で下ろし、更にぬらりひょんが説明を続ける。
「最後の質問だ。お前さんは、温泉街で店を構えている妖怪達の仕事の手伝いをしてもらう。それが、ワシが紹介した仕事の内容だ」
ぬらりひょんの言葉にまた疑問が生まれた花梨は、今度は小さく、恐る恐る手を挙げた。
「すみません、また質問なんですが……。それって人間じゃないとダメな理由とかってあるんですかね?」
「んー……、刺激だ」
「……刺激、ですか」
質問の返事を花梨がそのまま復唱し、キセルで白い煙を電車内に撒き散らしたぬらりひょんが、コクンと頷く。
「二十年以上も同じ事をやっていると、さすがに妖怪共も飽きてきたんじゃないか? と、心配になってきてな。それで新しい刺激を与えるためとして、試しに人間を雇ってみることにしたんだ」
「はえ~、二十年以上も前から温泉街があったんですね。で、その雇われた人間が私、と」
花梨が自分を指差しながら答え、今度はぬらりひょんが花梨に質問を返した。
「そうだ。一応求人広告にも書いておいたが、お前さんは何ができるかね?」
その質問返しに花梨は、顎に人差し指を当てながら思案すると、「んー、大抵の事は出来るかと思います」と答えた。
予想外の返答にぬらりひょんは、少々意地悪そうに「ほう? 大抵の事は出来るとはまた大きく出たな」と言葉を返し、花梨が更に答える。
「ぬらりひょんさんと出会う前に、派遣会社「鵺」っていうところで仕事を貰ってたんですが、本当に色々な仕事があって楽しかったんですよ。中でも凄かったのは人類未踏の地の探索だったかな? ジャングルで数日間遭難して、すごく大変だったんですよねぇ」
鵺という名前が耳に入った途端、ぬらりひょんは呆気に取られた表情をして口をポカンと開けるも、今度は大きく笑い始めた。
何度も自分の膝を叩き、笑いすぎて目に涙を浮かべ、今にも零れ落ちそうな涙を指で拭う。
「鵺! そうかそうか鵺か! それなら納得だ」
「あれっ、知ってるんですか?」
「うむ、知っとるぞ。あいつが紹介する仕事は本当にすごい内容ばかりだと聞いておる。かなりの怪我人や死者も出ているらしいが、それを楽しかったと! すごいな、お前さんは! はっはっはっ!」
再び高らかに笑い始めたぬらりひょんの言葉に、花梨は褒められたと思ったのか鼻頭をポリポリと掻き、「へへっ……」照れ笑いをした。
しばらくすると、走っていた電車のスピードが徐々に遅くなり、終始黒く染まっていた窓が流れる駅のホームの景色を映し出す。
アナウンスも無く電車が止まると、音を立たせる事なく扉が開いた。
「着いたな。来い、階段を上がればすぐに温泉街だ」
ぬらりひょんに言われるがまま着いていき、肌寒さを感じるひんやりとした薄暗い駅のホームに降り立つ。
そのまま目の前にあったコンクリート製の階段を登ると、目の前が急に開けてパッと眩しくなり、花梨は思わず腕で顔を覆い隠す。
目が光りに慣れ始めた頃、顔を覆い隠していた腕を下ろすと、目の前に広がっている光景を見て「うわぁ~……」と、ため息が混じった声を漏らした。
紅葉とした山々が温泉街を見守るように囲んでおり、山から流れてくる鮮やかな紅葉が、そこらかしこでチラチラと空を舞っている。
目の前には広くて整地された土の大通りがあり、左右に瓦屋根で落ち着いた和風の店がズラリと奥まで続いていた。
その大通りには、明らかに人ではない異様な姿をした様々な妖怪達が、浴衣や着物を着て悠々と歩いている。
道の彼方に、一際大きな建物があちらこちらから白い煙を出しているのが見え、あれが温泉旅館かな? と、思いながら花梨は目を細め、遠くに見える建物を睨みつけた。
「ここがワシら妖怪の理想郷である「妖温泉街、秋国」だ。その名に相応しく、ここの季節はずっと秋になっている。で、目の前にあるのが自慢の温泉街だ」
「……綺麗な山々に囲まれて、どこか懐かしさを感じるような温泉街……。いいなあ、見ただけで気に入っちゃいました。本当に妖怪しかいないんですね。最初は半信半疑だったけど……実際に見てみると圧巻だなぁ」
「ふっふっふっ、気に入ってくれたか、そうかそうか。そいつは良かった」
ぬらりひょんは、嬉しさと照れが混じった笑い声を出しながら上機嫌に温泉街へと歩き始める。
それに続いて花梨も、首をひっきりなしに動かしながら後に着いていく。
そこから、並んで歩きながらぬらりひょんによる建物の大まかな説明が始まった。
「駅を出てすぐ右側に、神社で見かける大きな鳥居があるだろう?」
「はい、ありますね」
「ここは「妖狐神社」といって、その名の通り、妖狐という妖怪が神社を営んでいる」
そう説明された花梨が、手入れが施されている立派な赤い鳥居を見てから彼方にある景色に目を移す。
狐の耳と尻尾を生やした人間の姿に近い妖怪達が、境内の掃き掃除や、参拝客と会話を楽しんでいる様子が伺える。
「んで、次にすぐそばにあるのが座敷童子堂だな。座敷童子という妖怪が住んでおる。縁側にちょこんと座っとる奴がいるだろう? そいつがそうだ」
次の説明が入ると、花梨はずっと妖狐神社に向けていた目を、座敷童子堂と説明された建物に向けた。
その建物の縁側には、おかっぱ頭の黒い和服を着た女の子が座っていて、ふと目が合うと、その子に手を振られたので花梨も笑顔で手を振り返した。
「ここから先に進んで―――」
ぬらりひょんが簡潔に建物の説明を続けていると、急に辺りが太陽に雲が掛かったかのように薄暗くなった。
突然の出来事に花梨は足を止めて辺りを見渡すと、どうやら自分の周りだけが薄暗くなっているようで、原因を確かめる為に空を見上げた。
真上を見ると太陽の光を遮るように、数枚の布みたいな影がユラユラと揺れており、時折隙間から差す太陽の光が花梨の目を眩ませる。
「あれは、テレビでもたまに見る一反木綿、かな? ……あっ」
一反木綿と推測した黒い影に染まった布を凝視していると、ふと目線に青白い火の玉が映り込み、その火の玉が温泉旅館と予想した建物に向かってとんで行った。
その火の玉を目で追うと、少し離れた場所でぬらりひょんがこちらを見ており、早く着いてこいと言わんばかりに手招きをしている。
「あっ、すみません! 今行きまーす!」
初めて見るばかりの奇っ怪な光景にすっかりと目を奪われていた花梨は、手招きをしているぬらりひょんの元に、慌てて駆け寄っていった。
思考が停止していた脳がゆっくりと活動を再開すると、思い浮かんだ質問を片っ端に投げつけながら、ぬらりひょんの体を激しく揺する。
「ねえっ! 妖温泉街ってなに!? 秋国ってなに!? もしかして、さっきの駅員達も妖怪なの!? そういや聞き忘れてたけど、私はそこでいったいなにすんの!?」
「あーあー、うるさいっ! いっぺんに質問するな! 離さんかい!」
そう叱られた花梨は、慌ててぬらりひょんの和服から手を離し、申し訳なさそうに一言謝って席に座り直す。
しかめっ面のぬらりひょんは「まったく……」と、ぼやきながら両手で乱れた和服を直し、今言われた質問を一つ一つ答え始めた。
「改めて自己紹介をしよう。ワシの名は「ぬらりひょん」。妖怪の総大将をやっておる」
「やっぱり妖怪なんだ! へぇ~、初めて見た……。後頭部の出っ張った部分触ってもいいですか?」
「バカッ、ダメに決まってるだろう!」
花梨は興味本位で後頭部に手を伸ばすも、ぬらりひょんに振り払われた。少々機嫌を損ねたぬらりひょんが説明を続ける。
「次! 妖温泉街は、ワシと妖怪達と一部の奴らが作り上げた温泉街だ。様々な妖怪達が店を構えておる」
「ふむふむ、どんな店があるんですか?」
「それは後で説明してやる。それとさっきの駅員共、あいつらも妖怪だ。あそこの駅事務室は妖怪が温泉街に行く為の入口の一つだ。普通の人間には見えんが、稀にその入口が見える人間が入り込んでくる事もある。だから、温泉街に人間を入り込ませない為の見張り役をさせている訳だ」
花梨は深く頷きながら聞いていたが、とある一つの疑問が生まれ、元気よく高々と手を挙げた。
「はい、質問! 私、人間ですけどその温泉街に入っちゃってもいいんですか?」
「お前は仕事という名目があるから大丈夫だ。温泉街にいる妖怪達にも、ちゃんと伝えてある」
それを聞いた花梨はホッと胸を撫で下ろし、更にぬらりひょんが説明を続ける。
「最後の質問だ。お前さんは、温泉街で店を構えている妖怪達の仕事の手伝いをしてもらう。それが、ワシが紹介した仕事の内容だ」
ぬらりひょんの言葉にまた疑問が生まれた花梨は、今度は小さく、恐る恐る手を挙げた。
「すみません、また質問なんですが……。それって人間じゃないとダメな理由とかってあるんですかね?」
「んー……、刺激だ」
「……刺激、ですか」
質問の返事を花梨がそのまま復唱し、キセルで白い煙を電車内に撒き散らしたぬらりひょんが、コクンと頷く。
「二十年以上も同じ事をやっていると、さすがに妖怪共も飽きてきたんじゃないか? と、心配になってきてな。それで新しい刺激を与えるためとして、試しに人間を雇ってみることにしたんだ」
「はえ~、二十年以上も前から温泉街があったんですね。で、その雇われた人間が私、と」
花梨が自分を指差しながら答え、今度はぬらりひょんが花梨に質問を返した。
「そうだ。一応求人広告にも書いておいたが、お前さんは何ができるかね?」
その質問返しに花梨は、顎に人差し指を当てながら思案すると、「んー、大抵の事は出来るかと思います」と答えた。
予想外の返答にぬらりひょんは、少々意地悪そうに「ほう? 大抵の事は出来るとはまた大きく出たな」と言葉を返し、花梨が更に答える。
「ぬらりひょんさんと出会う前に、派遣会社「鵺」っていうところで仕事を貰ってたんですが、本当に色々な仕事があって楽しかったんですよ。中でも凄かったのは人類未踏の地の探索だったかな? ジャングルで数日間遭難して、すごく大変だったんですよねぇ」
鵺という名前が耳に入った途端、ぬらりひょんは呆気に取られた表情をして口をポカンと開けるも、今度は大きく笑い始めた。
何度も自分の膝を叩き、笑いすぎて目に涙を浮かべ、今にも零れ落ちそうな涙を指で拭う。
「鵺! そうかそうか鵺か! それなら納得だ」
「あれっ、知ってるんですか?」
「うむ、知っとるぞ。あいつが紹介する仕事は本当にすごい内容ばかりだと聞いておる。かなりの怪我人や死者も出ているらしいが、それを楽しかったと! すごいな、お前さんは! はっはっはっ!」
再び高らかに笑い始めたぬらりひょんの言葉に、花梨は褒められたと思ったのか鼻頭をポリポリと掻き、「へへっ……」照れ笑いをした。
しばらくすると、走っていた電車のスピードが徐々に遅くなり、終始黒く染まっていた窓が流れる駅のホームの景色を映し出す。
アナウンスも無く電車が止まると、音を立たせる事なく扉が開いた。
「着いたな。来い、階段を上がればすぐに温泉街だ」
ぬらりひょんに言われるがまま着いていき、肌寒さを感じるひんやりとした薄暗い駅のホームに降り立つ。
そのまま目の前にあったコンクリート製の階段を登ると、目の前が急に開けてパッと眩しくなり、花梨は思わず腕で顔を覆い隠す。
目が光りに慣れ始めた頃、顔を覆い隠していた腕を下ろすと、目の前に広がっている光景を見て「うわぁ~……」と、ため息が混じった声を漏らした。
紅葉とした山々が温泉街を見守るように囲んでおり、山から流れてくる鮮やかな紅葉が、そこらかしこでチラチラと空を舞っている。
目の前には広くて整地された土の大通りがあり、左右に瓦屋根で落ち着いた和風の店がズラリと奥まで続いていた。
その大通りには、明らかに人ではない異様な姿をした様々な妖怪達が、浴衣や着物を着て悠々と歩いている。
道の彼方に、一際大きな建物があちらこちらから白い煙を出しているのが見え、あれが温泉旅館かな? と、思いながら花梨は目を細め、遠くに見える建物を睨みつけた。
「ここがワシら妖怪の理想郷である「妖温泉街、秋国」だ。その名に相応しく、ここの季節はずっと秋になっている。で、目の前にあるのが自慢の温泉街だ」
「……綺麗な山々に囲まれて、どこか懐かしさを感じるような温泉街……。いいなあ、見ただけで気に入っちゃいました。本当に妖怪しかいないんですね。最初は半信半疑だったけど……実際に見てみると圧巻だなぁ」
「ふっふっふっ、気に入ってくれたか、そうかそうか。そいつは良かった」
ぬらりひょんは、嬉しさと照れが混じった笑い声を出しながら上機嫌に温泉街へと歩き始める。
それに続いて花梨も、首をひっきりなしに動かしながら後に着いていく。
そこから、並んで歩きながらぬらりひょんによる建物の大まかな説明が始まった。
「駅を出てすぐ右側に、神社で見かける大きな鳥居があるだろう?」
「はい、ありますね」
「ここは「妖狐神社」といって、その名の通り、妖狐という妖怪が神社を営んでいる」
そう説明された花梨が、手入れが施されている立派な赤い鳥居を見てから彼方にある景色に目を移す。
狐の耳と尻尾を生やした人間の姿に近い妖怪達が、境内の掃き掃除や、参拝客と会話を楽しんでいる様子が伺える。
「んで、次にすぐそばにあるのが座敷童子堂だな。座敷童子という妖怪が住んでおる。縁側にちょこんと座っとる奴がいるだろう? そいつがそうだ」
次の説明が入ると、花梨はずっと妖狐神社に向けていた目を、座敷童子堂と説明された建物に向けた。
その建物の縁側には、おかっぱ頭の黒い和服を着た女の子が座っていて、ふと目が合うと、その子に手を振られたので花梨も笑顔で手を振り返した。
「ここから先に進んで―――」
ぬらりひょんが簡潔に建物の説明を続けていると、急に辺りが太陽に雲が掛かったかのように薄暗くなった。
突然の出来事に花梨は足を止めて辺りを見渡すと、どうやら自分の周りだけが薄暗くなっているようで、原因を確かめる為に空を見上げた。
真上を見ると太陽の光を遮るように、数枚の布みたいな影がユラユラと揺れており、時折隙間から差す太陽の光が花梨の目を眩ませる。
「あれは、テレビでもたまに見る一反木綿、かな? ……あっ」
一反木綿と推測した黒い影に染まった布を凝視していると、ふと目線に青白い火の玉が映り込み、その火の玉が温泉旅館と予想した建物に向かってとんで行った。
その火の玉を目で追うと、少し離れた場所でぬらりひょんがこちらを見ており、早く着いてこいと言わんばかりに手招きをしている。
「あっ、すみません! 今行きまーす!」
初めて見るばかりの奇っ怪な光景にすっかりと目を奪われていた花梨は、手招きをしているぬらりひょんの元に、慌てて駆け寄っていった。
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