私、メリーさん。今、あなたと色んな物を食べているの

桜乱捕り

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55話、罪悪感に勝る食欲と好奇心

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「私、メリーさん。今、お皿の洗い方について調べているの」

「まだ諦めてないんだ。気持ちだけで十分嬉しいから、そこまでやってくれなくていいよ」

「どうやら洗剤で洗う前に、水で汚れをある程度落としておくと良いらしいわよ」

「温かいお湯でやると、油汚れも結構落ちてくれるんだよね。ちなみに、洗剤入りのお湯に漬けとくのも効果的だよ。鍋にこびり付いたカレーとか、ふやけてスルリと落ちるんだ」

「へえ、そうなのね」

 ラーメンを食べ終えて、余韻に浸った後。食器類を纏めて台所に持って行こうとしたら、ハルに止められちゃったのよね。
 『私がやっておくわ』と言っても、ハルは『いいっていいって』の一点張り。意図せずハルを急かした結果になってしまったので、今回は反省しておかないと。
 やっぱり、いきなりやろうとしたのがマズかったのかもしれない。次回は一人でやろうとせず、ハルと一緒に手伝う形で試してみよう。

「さってと、味噌汁を作ろうかな~」

「え? まだ三時過ぎよ? もう作るの?」

「言ったでしょ? 最強の夕食を作るって。今日は、一番出汁から作る超ガチ味噌汁だよ。期待して待っててね」

「超ガチ、味噌汁……」

 ハルが、本気中の本気で作ったお味噌汁? 何よそれ? 絶対おいしいに決まっているじゃない! どうしよう。夕食よりも、そっちの方が遥かに気になる。

「えっと、一番出汁の作り方はっと」

 タブレットの画面を最初まで戻し、『一番出汁』『作り方』と文字を入力して検索する。そして、一番初めに出てきたレシピをタップした。

「あら、動画付きのレシピじゃない。どれどれ……」

 まず出てきたのは、湿った布で軽く汚れを拭き取った昆布。これが、おおよそ十五g。その昆布を深鍋に置き、水を一ℓ投入───。

「……え? 火に掛けないで、何もしないまま三十分放置するの?」

 まさかの展開に、動揺が隠せない。出汁を作るだけで、こんなに時間が掛かるの? それで昆布を取り出し、一度沸騰させる。
 今度は、カツオ節を十五g投入。更に灰汁を取りながら中火で一分加熱させた後。キッチンペーパーを敷いたザルで漉《こ》し、ようやく完成した。

「わあっ、綺麗な黄金色……」

 じゃない! あまりにも衝撃的な事実だ。料理を作るのは、大変だって事はだんだん分かってきていたけれども。お味噌汁のベースを作るだけで、これだけ時間が掛かるだなんて。
 そういえば、ラーメンのスープを作るのに、五、六時間ぐらい掛かるってハルが言っていたっけ。スープや汁物を作るのって、とんでもない労力を要するのね。
 だから、ハルは三時から一番出汁を作り始めたんだ。これなら納得出来る……、待って? まだ、肝心なお味噌汁を作っていない。
 ならば全行程を足すと、完成まで一時間以上は見ておいた方がいいわね。

「知れば知るほど、疲れてくるわね……。あ、二番出汁っていうのもある」

「ごめーん、メリーさん」

「ん?」

 タブレットに疲れが溜まったため息を吐くと、なんとも女々しいハルの声が聞こえてきたので、声がした方へ顔をやれば。
 やってしまったと言わんばかりの表情をしているハルが、買い物袋を持ちながら立っていた。

「ど、どうしたの?」

「ダッシュで買い物してくるから、留守番頼んでもいい?」

「留守番?」

「うん。いやね~、どこを探してもネギが見つからなくってさ」

 ばつが悪そうに説明し出し、「あっははは」とから笑いするハル。って事は、ネギを切らしちゃったようね。……来た。私にとって、千載一遇のチャンスが!
 このチャンスを逃す訳にはいかない。私がハルの代わりに、買い物へ行く口実を作れる。
 そもそもの話、ハルにお味噌汁を作らせているのは、他でもない私なのよ? せめて材料ぐらいは、私が用意しないと。

「なら、私が買ってくるわ」

「え? メリーさんが?」

「そうよ。ほら、袋とお金をちょうだい」

 ハルには有無を言わせないと立ち上がり、右手を差し出して催促する。きっとハルの事だから、お皿洗いの時みたいに断るでしょうね。
 けど、そうはさせないわ。粘りに粘って、買い物へ行く権利をもぎ取ってみせる。
 そして、いずれは徐々にその頻度を増やし、買い物自体を私の担当にしてみせようじゃないの。

「いや。いくらなんでも、それは悪いよ。私の事は気にしないで、ゆっくりしてな」

「いいえ。私がやりたいから、代わってあげるって言ってるの。あんたこそ、夕食を作るのに専念してなさい」

 あんたの為を想ってって言いたいのに……。なんだか、むず痒い恥ずかしさが込み上げてきたせいで、やけに遠回しで高飛車な口調になっちゃった。
 これって、ハルに悪い印象を与えちゃうわよね。いや、普段から私の喋り方って、大体こんな高圧的な喋り方だわ。今更変えるのも、なんか変よね?

「メリーさん。さっきの皿洗いとかも、そうだけどさ? そういうのを、やってみたかったの?」

 やや詮索する様な感じで返してきた、ハルの問い掛けよ。内心驚いていそうだわ。この場合、私の思っている事を伝えるよりも、話を合わせた方が都合が良いかもしれない。

「ええ、そうよ。人間の文化に色々興味を持ち始めてきたから、少し触れてみたくなったの」

「へぇ~。人間の文化に、興味をねぇ。それで最初に思い付いたのが、皿洗いだったんだ」

「そうよ。でも、あんたは頑なにやらせてくれなかったでしょ? だから今度は、買い物をって思った訳よ」

「ふ~~ん、そうだったんだ……」

 かなり大袈裟な嘘を交えて、買い物へ行きたい理由を伝えてみれば。丸くなったハルの目が、右へ逸れていった。出たわね、何かを思案している時のハルが。
 このハルが出てくれば、もう大丈夫だわ。数秒したら口角が緩く上がり、私の提案を通してくれる。これは、私が知っているハルの癖よ。
 ……今日は、やけに長く考えているじゃない。十秒待てども、ハルの目が私の方へ戻ってこない。稀にフリーズするのよね、ハルって。あ、口角が緩く上がった。

「だったら仕方ないか。じゃあ悪いけど、ネギの買い物頼んでもいい?」

「もちろんよ。買いに行くのは、スーパーじゃなくて商店街の八百屋でいいわよね?」

「うん、そうだね。買い物の仕方は、知ってる?」

「当然よ。買いたい物を選んで、店員に渡してお金を払えばいいんでしょ?」

「そうそう、合ってる。それじゃあ~」

 やっと買い物袋を渡してきてくれたハルが、右ポケットから古ぼけた財布を取り出し。「はい、これ」と言いながら、私に百円玉を差し出してきた。ああ、これでネギを買えって訳ね。

「百円って事は、一本だけ買ってくればいいのね」

「いや。ネギ分のお金は、あらかじめ袋の中に入れてあるよ。それは、メリーさんへのお駄賃さ」

「おだちん?」

「そっ。そのお金で、何か好きな物を買ってきなよ」

 お駄賃。つまりこれは、正真正銘私のお金になるってこと? ……嘘? それじゃあ、私が食べたい物を好きに選んで、自由に買えるってわけ!?

「……え、あっ。は、ハル? 本当に、いいの?」

「うん、買い物へ行ってくれるお礼さ。使うも良し、貯める良し! 好きに使ってちょうだい」

「は、はぁ……」

 どうしよう。見返りなんて求めてなかったから、この百円がものすごく受け取り辛い。でも、このお金があったら、旅番組でも良くやっている食べ歩きが、私も出来るようになる。
 ああ、もう駄目だ。胸がだんだん弾んできた。ほんのり湧いてきた罪悪感よりも、食欲や好奇心の方が勝ってきている。私も、食べ歩きをしてみたい!

「なら、貰っておくわ。ふふっ、何を買おうかしら」

「駄菓子だったらいっぱい買えるし。商店街へ行くなら、コロッケとかでしょ? 大福やどら焼き、ダンコといった和菓子類もあるし~。まあ、百円でも色々買えそうだね」

「へえっ、そう。それじゃあ行ってくるわ」

「うん、ありがとう。ゆっくり気を付けて行っておいで」

「分かったわ」

 一番出汁を作っているのなら、ネギを使うのは、まだだいぶ先。少なく見積もっても、五十分以上の猶予がある。
 ならば、買い物は数分で終わらせて、二十分ぐらい食べ歩きをしてしまおう。待っていなさいよ、商店街! 練りに練り歩いて、食べたい物をじっくり決めてやるんだから!
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